Entry
2017年03月
ルーネスが風邪を引いた。
珍しい事だと言うのが、その話を聞いた全員の第一の感想だろう。
自分に厳しいルーネスは、自己の体調管理にも当然、余念がない。
寒い日には体を冷やさないように十分に温めてから就寝するし、余計な怪我を避ける為に、特訓や運動前のストレッチも欠かさない。
座学への興味も尽きない彼は、夜遅くまで本を開いている事も多いが、反面、自分が眠いと思ったら無理をせずに休むようにしている。
毎日の些細な積み重ねが、自分自身を育てる事にも、怠惰にもし得る事も、彼は理解しているのだ。
────とは言っても、バイオリズムとは不思議なもので、それだけ務めても、思わぬ時にバランスを崩してしまうものだった。
ルーネスが体調を崩したその日、秩序の聖域の屋敷には、ルーネスの他、スコールのみが待機する事となった。
スコールならば安心だろう、とウォーリアが言い、ティナもそうねと頷いた。
本当はティナもルーネスの面倒を見たかったようだが、生憎、彼女には看病の知識がない。
この世界で仲間達との共同生活を始めてから、折々に怪我や病気で寝込む者を看る機会がある為、経験が皆無と言う訳ではないのだが、手放しで任せられるかと言われると、少し難しい。
その点、スコールならば、元の世界で看護に必要な知識───最低限の程度であると彼は言うが───があるし、病人に無茶をさせる事もなく、ついでに言うと、ルーネスが大人しく言う事を聞くであろうと言う思惑もあって、聖域の留守を任される事となった。
仲間達がそれぞれの予定に合わせて出立した後、スコールは少し早目に昼食を採った。
トースターで焼いたパンとコーヒー、朝食の残りのサラダを手早く腹に入れた後は、ルーネスの為の粥を作る。
少し多めの水で炊いた全粥を土鍋に移し、少し塩を振り、真ん中に梅干しを入れる。
小さな皿に漬物を二切れ乗せて、熱い茶を淹れた急須と湯呑、それから匙と土鍋とトレイへ並べて、キッチンを出た。
リビングの扉を背中で押し開けて、二階へ向かう。
五つ並んだ部屋の右端に、ルーネスの部屋がある。
スコールは持ったトレイを落とさないように片手で持ち直し、空いた手で扉をノックした。
「はーい」と言う返事が聞こえたのを確認して、ドアノブを回す。
「昼飯だ。食えそうか」
「うん。ありがとう、スコール」
部屋に入ってきたスコールを見て、ベッドに寝転んでいたルーネスが起き上がる。
まだ子供らしさの残るまろい頬は、ほんのりと熱の赤みを帯びていたが、瞳はしっかりとしており、熱もそれほど高くはないようだ。
「朝あんまり食べなかったからかな。お腹空いちゃって」
「食欲が出てきたのなら、良い事だな」
今朝のルーネスは、熱の自覚症状を感じ始めた所で、食事もあまり進まなかった。
食べたいと言う気持ちはあるが、体がそれを受け付けられなかったのだ。
しかし、あれから数時間の間をおいて、ベッドで養生に努めたお陰か、熱も下がり、代わりに空きっ腹が元気な主張を始めていた。
スコールからトレイを受け取ったルーネスは、それを膝の上に置いて、土鍋の蓋を開けた。
ほこほこと立ち上る湯気の中、紅一点を抱いた白米の煌めきに、ぐう、とルーネスの腹が鳴る。
「頂きます」
「ああ」
行儀よく両手を合わせた後で、ルーネスは匙を手に取った。
この世界に召喚された戦士の中で、ルーネスは最も小柄であるが、食事の量は他の面々に引けを取らない。
ティナやセシル、バッツ等のように、魔力もかなりの量を操れる者は、総じて健啖家であった。
まだ熱い粥に息を吹きかけて冷ましながら、ルーネスはぱくぱくと小気味良く平らげていく。
スコールは土鍋の中の粥の減り具合を見ながら、もう少し多めに作っても良かったか、と思った。
だが、幾ら消化しやすい粥とは言え、食べ過ぎれば胃に要らぬ負担をかけてしまうだろう。
昼食は一先ずこれで済ませて貰って、後でまた小腹が空いた時には、昨日フリオニールが作ったデザートの残りを出してやるのも良い。
ルーネスが粥を食べ終わる頃に、スコールは湯呑に茶を入れ、ジャケットのポケットに入れていた薬包を取り出す。
「バッツが煎じた薬だ」
「うわ……有難いけど嬉しくない」
顔を顰めるルーネスの言葉に、スコールの唇が緩む。
「あいつの薬は苦いからな。セシルも顔を顰める位に」
「本当にね。良い薬は苦いものだって言うけどさ。もう少し飲み易くして欲しいな」
「同感だ」
ジョブマスターを自負するだけあって、バッツは薬師としての腕も悪くない。
スコールもサバイバル用の薬草の知識はあるが、あそこまで幅広く網羅している訳ではないし、幾つもの種類の薬草を煎じて“薬”として使えるものを作れと言われると、白旗だ。
それだけの知識があるなら、苦くて堪らない薬も、もう少し工夫を施せるのでは、と思うが、バッツは其処までしてはくれない。
と言うよりも、バッツとしては今の状態でも、十分に苦味を抑えて作っているつもりなのだそうだ。
そう言われてしまっては、スコール達にはどうしようもない事で、これ以上の我儘はひっこめた。
ルーネスは先ず湯呑の茶を一口飲んで、温度を確かめるついでに、口の中を湿らせた。
それから、粉末状に砕かれた薬が、さらさらとルーネスの口の中へ入っていく。
舌の上で溶け始めた苦味に、ルーネスの眉根が目一杯寄せられていた。
スコールが湯呑を差し出すと、ルーネスは直ぐにそれを受け取り、こくこくと口の中のものを喉の奥へと流し込んでいった。
「う~っ!」
「……もう一杯飲むか」
急須を用意するスコールに、ルーネスは頷いた。
空になった湯呑に並々と茶を注ぐと、ルーネスはそれを半分まで一気に飲み干す。
それからようやく、はあ、と一息を吐き出した。
「苦かったぁ……」
「よく頑張ったな」
「やめてよ、その言い方。子供じゃないんだから」
年少の子供を褒めるようなスコールの口振りに、ルーネスは唇を尖らせる。
口直しに、ぱりぱりと漬物を齧って、ルーネスの食事は終わった。
空になった土鍋と匙をトレイに戻し、スコールはそれをベッド横のサイドテーブルへ置いた。
「少し熱を計るぞ」
「うん」
ぽふっ、とルーネスがベッドに横になり、スコールの僅かに温度の低い手が、少年の額に触れた。
「…まだ少し熱いな」
「スコールの手は冷たくて気持ち良いよ」
「……お前の熱が下がりきっていないって事だろう」
心なしか嬉しそうに言うルーネスの言葉に、スコールは溜息を吐いて返した。
暢気だな、と呆れた表情を見せるスコールだったが、ルーネスは気にしていない。
目を閉じて額に触れる冷たさを感じている彼の表情は、いつものこまっしゃくれた生意気さはなく、穏やかな顔をしているように見えた。
「眠るか?」
「んん……あんまり眠くはないんだけどね。さっきまで寝てたし」
「……」
「でも、もうちょっとこうしていたいかな。スコールの手、気持ち良いから」
そう言って、ルーネスの緑黄の瞳がスコールを見上げる。
良いかな、とねだられている事を、スコールはなんとなく察した。
反面、忙しいのなら良いよ、と言う気遣いのようなものも感じられて、スコールは溜息を吐く。
「……少しだけだぞ」
病人、それも子供───と言うと彼は怒るに違いないが───が甘えたがるのは、恐らく普通の事だ。
自分がそうであったかはスコールに思い出す事は出来ないが、そうでなかったと言い切れる程の自信もないし、知識や意識としてはそう言うものなのだろうと思っている。
第一、今は特にやらなければならない事がある訳ではないし、病人が傍にいて欲しいと言うのなら、叶えるのは吝かな事ではなかった。
ルーネスの額に触れていた手が、するりと滑る。
淡い金色の髪に手櫛が通るのを感じて、くすぐったい、とルーネスは笑った。
不器用な手付きで撫でる手は、とても優しい。
その優しさに甘えて、ルーネスは、その手を一人占めする喜びを感じながら目を閉じた。
3月8日と言う事で、オニスコ。
子供は苦手と言いつつも、割と無条件に甘やかしてくれるスコール。
子供扱いは好きではないけど、自分にだけ甘いスコールが嬉しいルーネス。
そんなオニスコ。
・メールが迷惑メールとすら認識されず、サーバー上で此方、お相手ともに不到着となる
・上記の不到着となった際、エラーメールも返ってこない為、受信側に不到着となっている事が送信側に判らない
・メールアドレスの存在が認識されずに送れない
↑と言う報告を頂いております。
考えられる原因としましては、
・消滅はサーバー上のセキュリティによるもの
・メールアドレスの不認識は各プロパイダに依存されているメールアドレスの形容の制限(ドットが二つ並ぶものは禁止、大文字禁止、記号類の制限など)に因る
以上が理由のものと思われます。
どちらも当方個人の力では対策は難しいものとなっております。
メールアドレスの形式については、過去には登録が出来たアドレス形式が、現在は登録できないもの=現在は認識できないものとして、不認識になる場合があるようです。
また、これらに該当しない、制限に当たらないメールアドレスも認識されず、エラーメールが返ってくる場合もあるようです。此方については原因の特定も出来ておりません…
一時策として、 kryuto.ff*gmail.com と kryuto*hotmail.co.jp の二つを通販連絡に際するメールアドレスとし、他にもう一つ緊急用のメールアドレスを用意する事とします。
先月より主な運用としているgmailのアドレスにメールが送れなかった場合、または此方から他方へのメールが送信できなかった場合、他のアドレスから送らせて頂く場合があります。
この為、迷惑メール防止サービスをご利用の方は、上記二つのアドレスが受信できるよう、設定をお願いします。
フリーメールではなく、プロパイダ契約のメールアドレスを作る事が最も堅実な道ではあるのですが、費用他諸々の課題(私的な課題です、申し訳ありませんがご了承下さい)から、今すぐに適用させる事は難しい為、複数アドレスによる対応とさせて下さい。
2017年2月~現在までに頂きました通販の注文の発送を完了いたしました。
また、12月11日にご注文して頂いた、注文番号DOS01713の方への発送を完了いたしました。
発送毎にご注文の方へ発送完了のメールを行いましたが、携帯電話からメールを送られる方は、迷惑メール防止を設定されていると、此方からの返信メールが拒否されてしまう可能性があります。
携帯電話からメールを送られる方は、迷惑メール防止を設定されていると、此方からの返信メールが拒否されている可能性があります。
欲しいものは、と聞かれたら、幾らでも思いつくような気がしていた。
新しい服、それに似合うアクセサリーは勿論、新刊の文庫本や、流行りの漫画、雑誌、食べ物も。
お金も時間も、幾らあっても足りない位に、欲しいものは沢山ある。
スコールに「誕生日に何が欲しいか」と聞かれた時も、そんな気持ちを持っていた。
先ずはそんな言葉を投げてきたスコールに驚いた(何せ彼は、そう言う事には全般的に疎い人だから)ものだが、それはともかく、恋人が何かプレゼントしてくれると言うのなら、リノアが嬉しくない訳がない。
その内容が何であれ、スコールがくれるなら、リノアは飛び跳ねて喜んだだろう。
だから「なんでもいいよ」と言ったのだが、スコールは判り易く困った顔をした。
女子の流行り云々は勿論、きっと今までそんな経験もせずに生きてきたのだろう彼に、自由お題と言うものは酷く難しい課題だったのだろう。
何だって良いのに、彼の好きなシルバーアクセサリーや、カードゲームだって一緒にやってみると面白かったので、新しいブースパックだって構わない。
“誰に”貰ったのかが、リノアにとっては重要だった。
けれども、スコールを困らせたい訳ではなかったし、きっとこんな事に悩むのは子供の頃以来なのだろう彼に、リノアもどうせ貰うのなら特別な何かが良い、と思った。
消費してしまえば消えてしまうようなものや、ありきたり───何をもってして“ありきたり”とするのかは諸説あろうが───のものではなく、唯一無二のものが良い。
密かな我儘を胸に抱きつつ、リノアは悩むスコールに、一つ提案をした。
3月3日、リノアの誕生日。
その日、一緒に欲しいものを探して欲しい、と。
祝いたいと思っていても、どう祝えば良いのか判らないスコールには、渡りに船であった。
それで良いなら、とスコールは頷いて、すぐにその日のスケジュールを開けるように調整した。
キスティスやサイファーも心得たもので、指揮官周りの仕事をちゃくちゃくと片付けさせ、代理の立てられるものは代わりを務めた。
その様子を見てから、思っていた以上の我儘を押し付けてしまったような気がしたリノアだったが、当日、一緒にデリングシティを歩いている今、あの時言って良かった、と思う。
朝の内にバラムガーデンを発ち、昼前にデリングシティに到着した後、まずは腹拵えをした。
デリングシティではあちこちにあるファーストフード店で、手早く腹を膨らませて、少しだけお喋りをしてからウィンドーショッピング。
魔女戦争の後、ガルバディアは色々と不穏な匂いも滲んではいるが、住み暮らす一般人はいつも通りだ。
大きな通りに車がひしめき合い、立ち並ぶ店々は煌びやかな光とウィンドーで客を誘う。
色々と近道になる裏通りは、今は危ないから近寄るな、とスコールに言われた。
通り慣れた道もあるのに、とリノアは思ったが、今のガルバディアの情勢を思えば無理もない。
トラブルを産んでスコールの迷惑にはなりたくなかったので、彼の言う通りにした。
表通りにある店だけでも、かなりの数が軒を連ねている。
二人は、それを端から端までのんびりと歩きながら眺めていた。
「あっ、これ可愛い」
小さなジュエリーショップのウィンドーに光る石を見て、リノアは足を止めた。
並んでスコールも足を止め、恋人の視線を奪っているものを見る。
リノアが見ていたのは、淡いピンク色の宝石を抱いた、小さなイヤリング。
普段は清廉とした青色や、中間色の緑と言ったパステルカラーを身にまとう事が多いリノアだが、彼女はドレスアップ用に白や淡色の服も持っている。
スコールの頭にも、パーティ会場で出会った時のリノアの姿が浮かんでいた。
あの服なら、この可愛らしいイヤリングも似合いそうだ。
「……これにするか?」
「ん、んー。待って、もうちょっと見たい。お店に入ってもいい?」
「ああ」
スコールが頷くと、リノアは嬉しそうに、スコールの腕を引いて店の玄関を開ける。
店はこじんまりとしたものであったが、真ん中に大きなテーブルを据え、其処に敷き詰めるようにジュエリーアクセサリーが並んでいる。
壁にも様々なアクセサリーが並べられており、使えるスペースを全て陳列に利用しているようだった。
高い店ではなさそうだ、とスコールが思いながら値札を見遣れば、思った通りだ。
安価なものよりもゼロが一桁多かったが、それでも一般的な学生が買える程度の金額設定である。
恐らく、使われている宝石もイミテーションが多いのだろうが、代わりに種類も色も豊富と言うのが強味だろう。
まるで宝石箱のように並ぶアクセサリーを、リノアは目を皿のようにして眺めている。
「触ってもいいかなあ……」
呟くリノアの声を聞いて、スコールはレジカウンターにいる店員を見た。
女性店員と目が合って、にこり、と笑顔を向けられる。
「……大丈夫だろう。其処に鏡もあるから、合わせてみれば良い」
「うん」
スコールの言葉に、リノアも鏡の存在に気付いて安堵した。
白い指がそろそろと伸びて、軒先で見ていたものと同じ、薄桃色のイヤリングを手に取る。
リノアはテーブルの上の鏡の前で、横髪を後ろに流して、イヤリングを耳に当てた。
ひら、ひら、と宝石が柔らかな光を反射させる。
それをしばらく見た後、リノアは色違いのイヤリングを手に取って、交互に宛がって見比べ始めた。
「白の方が可愛いかな」
「……」
「あっ、このネックレスも可愛い」
リノアはイヤリングを元の場所に戻すと、花をモチーフにしたネックレスを手に取った。
ネックレスを試そうとして、リノアは既に身に着けているネックレスを思い出した。
一旦手に取ったものをテーブルに置いて、首にかけているネックレスのチェーンを外そうとする────が、
「んん~……」
リノアのネックレスの金具は、デザインとして、金具そのものが目立たないように小さなものが使われている。
お陰で髪をアップにしても、金具が目立たず、好きな服が着れるのだが、代わりに止め外しが少し煩わしい。
首の後ろで留め具を外そうと四苦八苦しているリノアの指。
その指が、決して器用な性質ではない事を、スコールは知っている。
やれやれ、と言う気持ちで、スコールは奮闘しているリノアの指をやんわり止めた。
「ふえ?」
「じっとしてろ」
「はいっ」
背中に回ったスコールの言葉に、リノアは背筋を伸ばして、気を付けの姿勢でピシッと止まる。
其処までしろとは言っていない、とスコールは思ったが、まあ良いか、と流して、いつも嵌めている手袋を外した。
スコールの指先が、ネックレスのチェーンを引っ掛ける。
後ろに引っ張ってしまわないように気を付けながら、スコールは留め具に爪先を当てた。
僅かに引っかかる突起を押して、カンの穴を開け、噛みあっていた金具を外す。
「いいぞ」
「あ、ありがとう」
「俺が持っていた方が良いか」
「う、うん」
スコールの気遣いに、リノアは赤い顔をしながら頷いた。
いそいそとその顔を反らすリノアに、スコールは気付かない。
赤らんだ顔を手団扇で冷ましながら、リノアは改めて、花のネックレスを手に取った。
チェーンの金具はこれも小さなものだったが、見ながらであれば、なんとか外せる。
早速それを試してみようと、首元にかかる髪を後ろへ流した時、
「リノア」
「ん?」
「…貸せ」
「これ?」
頷くスコールに、リノアはきょとんとした顔で、花のネックレスを差し出す。
スコールはリノアを鏡に向くように言って、ネックレスのチェーンを開いた。
まさか、とリノアが思っている間に、肩口から伸びてきたスコールの手が、リノアの首にネックレスを宛がう。
リノアは思わず大きな声を上げそうになって、慌てて口を噤んだ。
鏡の中に、真っ赤になった自分の顔と、そんな自分を見ているスコールの顔が映っている。
スコールの視線は、リノアの首下で光る花に向けられていて、赤い顔には気付いていないようだった。
「……良いんじゃないか」
「そ、そっかな?似合う?」
「……ああ」
スコールの言葉を聞いて、リノアはようやく鏡に映る自分を見た。
ほんのりと薄い水色を帯びた、小さな花の宝石。
髪の流れをいつもの形に整えてみると、流れる黒髪と相俟って、その光が引き立つ。
今日のカジュアルコーディネートと合わせても、違和感はない。
外すぞ、とスコールが言うので、リノアは小さく頷いた。
邪魔にならないように後ろ髪を前に流すと、項にスコールの指が触れる。
ほんの一瞬、掠めるだけだったそれにも、リノアは顔が熱くなるのを感じていた。
その傍ら、ちらりと卓上の鏡を見ると、ネックレスを外そうと、蒼い瞳が真剣に自分の後ろ首を見つめているのが見える。
シミとかないよね、変じゃないよね、と朝出かける時に確認して来なかった自分を恨んだ。
ちゃり、と小さな音と共に、スコールの手が離れる。
「……他も見るか?」
「ん、うー……」
言外に、まだ探すのを付き合ってくれると言うスコールの言葉は嬉しかった。
普段、中々二人で出掛けられない事もあり、今日は本当に久しぶりの二人きりの時間だったのだ。
だから欲しい物を決めずに歩いていた、と言う訳ではないが、結果的には久しぶりのデートであった事を、リノアは密かに喜んでいた。
だからもう少しこの時間を楽しみたい気持ちもある。
けれども、
「ううん。これにする」
「そうか」
リノアの答えに、スコールは短い言葉だけを返して、ネックレスを持ってレジカウンターへ向かう。
リノアはその後ろをヒヨコのようについて行った。
若者たちのやり取りを、女性店員も見ていたのだろう。
スコールが支払いを済ませると、店員は、
「このまま身に着けて行かれますか?無料でラッピングも致しますよ」
「あ……えーと、」
「………」
どちらでもどうぞ、と言う店員に、リノアはスコールを見た。
スコールは黙ったままで、リノアが決めて良い、と言う。
「じゃあ、ラッピングで…」
「お色が青とピンクと御座いまして……」
見本を見せる店員に、リノアはこっちで、と青の包装紙を指差した。
店員が綺麗に手早く、ネックレスを専用のボックスに納め、包装紙で包んで行く。
メッセージカードも奨められたが、スコールが判り易く目を反らしたので、リノアの方から断った。
口では言えない事も文字でなら書ける、と言う理屈はスコールには通じない。
その代わり、スコールは今日という日を一緒に過ごしてくれたから、リノアにはそれで十分だった。
プレゼントボックスを店の袋に入れて貰って、店舗を出る。
冬が終わって陽が長くなったお陰で、空はまだ明るい。
「今日はありがとうね、スコール」
「……別に。大した事じゃないだろ」
「そんな事ないよ」
スコールが今日という日を休みにする為、どれだけ頑張ってくれていたか、リノアは判っている。
そうして取った貴重な一日を、自分の為に費やしてくれた事も、リノアには堪らなく嬉しい事だった。
SeeDの人手不足や、月の涙による魔物の増加など、そうした日々に忙殺されているスコールの事を思えば、贅沢すぎる位だとも思う。
「んじゃ、そろそろ駅に行かなくちゃね」
「……?」
今日はもう十分。
そんな気持ちで、帰宅を促すリノアに、スコールが不思議そうに眉根を寄せる。
「…駅?」
「早く電車に乗らないと、バラムに着く前にガーデンの門が閉まっちゃうよ」
判っている事だとリノアが言うと、ああ、とスコールは合点したように零し、
「今日は帰らなくても良い」
「え?」
「明日も休みだし、外泊許可は取ってある。……リノアの分も」
スコールのその言葉の意味する所を理解するまで、リノアは少しの時間を要した。
ぼんやりとずつ理解していくに連れ、瑪瑙色の瞳が驚きに見開かれる。
それから、熱の収まっていた頬が、またぽっぽっと赤くなった。
ぎゅう、と腕に抱き着く重みから、スコールは顔を背ける。
しかし、その頬と耳が赤くなっているのを見つけて、リノアは胸の中が幸せで満たされるのを感じていた。
リノア誕生日おめでとう!
唯一無二の思い出とともに。
恋人が格好良くて可愛くて幸せ。
後日、ネックレスを見る度にスコールにして貰った事を思い出して赤くなるリノアでした。
静かな子供だった、と言うのが、カインのスコールに対する一番最初の印象だった。
公園のそばの養護施設で暮らしていたカインが、初めてスコールを見たのは、彼がまだ5歳の時。
近所に引っ越してきた若い夫婦の一人息子が、彼らの元で引き取られ暮らしているという姉に連れられ、公園に遊びに来た時の事だ。
彼は姉の影に隠れるようにぴったりとくっつき、初めまして、と挨拶する利発な姉に促されて、ぺこりと頭を下げていた。
人見知りの激しさはその頃から発揮されており、スコールはセシルの「はじめまして。お名前は?」と柔和な笑顔を浮かべた質問にすら、答えないまま姉の陰に隠れていた程だ。
初めましての挨拶の後も、スコールは姉から離れようとしなかった。
公園で遊んでいた子供達が「遊ぼう」と誘っても、スコールはどれも首を横に振り、おねえちゃんといっしょにいる、と答えた。
利発な姉が、子供達に「ごめんね」と困り顔で詫びていたのを、カインははっきりと覚えている。
あの頃のスコールにとって、大好きな姉以外の存在は、怖いものだったのだろう。
外遊びが好きそうではない、と言う雰囲気は正解で、彼は鬼ごっこもボール遊びも好きではなかった。
同じ年の男子達が、元気に公園を駆け回る傍ら、彼は幼い姉と一緒に砂遊びをしたり、花冠を作ったり。
その事を他の子供達に揶揄われ、中には「実は女なんだろ」とまで言う子供もいた。
その度、彼は「ちがうもん」「おとこのこだもん…」と泣き出す一歩手前の顔で、精一杯の反論を試みたが、今でも弁舌の立つ方ではない彼は、幼い時分にはもっと弱かった。
男の子達に揶揄われては、零れそうな大きな青灰色の瞳に涙を浮かべ、ぐすん、ぐすん、と泣き出してしまう。
成長するにつれ、そうした泣き虫癖は見えなくなったが、あの頃に培った経験は彼に強く根を張ってしまったようで、折々に自信のなさと言うものが垣間見える。
思春期になると、自分の弱さを認め難い、プライドも芽生えてきたようで、すっかり泣くことはなくなった。
が、相変わらず弁舌は立たないので、無言で相手を睨み続けている事が増え、眉間に皺を寄せる事も増えた所為か、彼の眉間にはいつも深い谷が出来ている。
幼年期の経験は、また別の場所でもスコールに根を張っていた。
子供の頃、隣近所の子供達から何かと揶揄われてばかりいた所為か、スコールは対人関係を構築する事に酷く消極的だ。
彼の面倒を見ていた姉の存在がなかったら、もっと悪い方向へ成長していたかも知れない事を思うと、“消極的”程度で済んだのは幸いかも知れない。
しかし、そんなスコールが、カインにだけは懐いていた。
いや、懐いていたと言う程、朗らかなものではない、とカインは思っている。
何せカイン自身に彼と遊んだと言う記憶はないし、スコールもカインに遊んで構ってとせっついてきた事はない。
ただ傍にいただけなのだ。
公園のベンチで本を読んでいたカインの隣に、いつの間にかちょこんとスコールが座っていた、と言うパターンが常である。
カインはスコールが来た事に気付いてはいたが、小さな子供───それも、ふとすれば泣き出してしまうような、人見知りの激しい子供───の扱いは得意ではなかったので、気付かないふりをして本を読み続けていた。
その内、遊び疲れた姉がスコールを迎えに来て、「スコールがお世話になりました」と言って帰っていく。
二人が目を合わせるのは、スコールが帰り際、ばいばい、とカインに小さく手を振る時くらいのものだった。
後から思えば、あの頃のスコールには、それ位の距離感が丁度良かったのかも知れない。
人見知りが激しいが、可愛らしい見た目と、庇護欲をそそる顔立ちで、姉と同じ年頃の女子には受けが良かった。
しかし、彼自身は人見知りが激しい為、あまり知らない人とは一緒にはいたくない。
そんな中、顔見知り程度は知り合いで、無理に距離を詰めてくる事のないカインとの距離は、スコールにとって楽だったのだろう。
ついでに、カインに話しかける子供と言ったら、幼馴染のセシル位のもので、他の子供は皆遠巻きにしているだけだったのも、スコールには良い避難所として機能していたのかも知れない。
カインとスコールのそうした関係は、今も続いている。
────が、意外や意外、高校生になった彼は、存外と友人というものに恵まれていた。
進学した先で、気の良い仲間達に出会えたのが、功を奏したのだろう。
相変わらず彼自身に積極性は薄いが、周りが彼を放っておかないので、一人になる事は少ない。
スコール自身は「煩い」「鬱陶しい」「しつこい」とにべもないが、口ではそう言いながらも、彼も決して友人達を厭う事はなかった。
中学生であった頃は、友人という存在そのものを忌避しているような節が見られていた事を思うと、良い方向に丸くなってきたと言える。
専ら姉とカインにくっついていた彼の幼少期を知るセシルは、「もうカインがいなくても平気かもね」と言っていた。
そうでなければ困るだろう、とカインは返したが、自分の後ろを無心についてきた子供がいなくなると言うのは、心なしか寂しいものがあるような、ないような────そんな気がした。
……しかし、そんな細やかな淋しさも、そう長くは続かない。
「カイン。ほら、来てるよ」
今日の授業が終わり、ゼミの予定もないと帰宅準備をしていたカインに、セシルが声をかけた。
にこにこと楽しそうに彼が指差す方向を見れば、中庭のベンチに座っている少年がいる。
やれやれ、とカインは溜息を一つ。
そんな幼馴染に、セシルは「また明日」と言って、一足先に教室を出て行った。
セシルから遅れる事、約一分半。
中庭のレンガ道を踏んだカインの足音に、少年───スコールが顔を上げる。
いつもながら、どうして足音だけで自分が来たと判るのか、カインには不思議だ。
柔らかな濃茶色の髪のカーテンの隙間から、青灰色の瞳が真っ直ぐにカインを見上げる。
カインはそれを見下ろして、教室で吐いたものと同じ溜息を吐いた。
「スコール。わざわざ俺を待たなくて良いんだぞ」
「……」
「こんな所で俺を待たずとも、ティーダやヴァンと帰れば良いだろう」
カインの言葉に、スコールは拗ねた様に唇を尖らせ、眉間に皺を刻む。
週に一度、スコールはカインが在籍する大学に来て、帰路を共にする。
この大学は、スコールの家と通う高校の中間地点に位置している為、帰り道を少し変えれば立ち寄れる立地になっていた。
よく一緒に帰っている友人達も同じようなものなので、彼らが大学に立ち寄る事自体は、不思議ではない。
しかし、スコールが、週に一度、カインが出てくるまで中庭で待ち続けていると言うのは、どうしたものか。
昨年の夏など、熱中症になりかけてまで待っていた事もあり、幾らなんでもこれは駄目だと、待つのを止めるように言ったのだが、その時のスコールが、まるで捨てられるのを待つ猫のような顔で見詰めてくるものだから、結局カインの方が譲る事となった。
以来、夏は日陰で水を常備して待つようになったのだが、そもそも、待たずに帰ればあんな事にはならなかったのだ。
子供の頃から懐いていた少年が、今も自分を慕ってくれる事に悪い気はしないが、此処まで傾倒されるというのは、些かどうかとも思う。
そんなカインの胸中など露知らず、スコールは拗ねた顔を続けている。
言葉以上に雄弁な瞳が、カインの言葉に対し、どうしてそんな事を言うんだ、と訴えていた。
その目に返せる言葉が見つからず、カインはもう一つ溜息を吐いて、
「……帰るぞ、スコール」
「……ん」
いつもの言葉をかけてやれば、スコールは少し安堵した声で頷いた。
歩き慣れた道を、いつもよりも少しだけ歩調を落として歩く。
それは、スコールと並んで歩く時の癖だった。
今でこそスコールの身長は177cmとそこそこの数字だが、子供の頃は同じ年頃の子供と比べても随分と小柄だった。
だからカインやセシルと言った年上の少年と一緒に歩くと、コンパスの差で直ぐに遅れてしまう。
それを追って走れば、足を縺れさせて転んでしまうのがお決まりだったから、いつしかカイン達はスコールの歩調に合わせて歩くようになった。
今ではスコールの足もすらりと長く伸び、運動神経も良くなり、少し走った程度で転ぶ事もないのだが、長年の癖と言うものは中々抜けず、二人並んで歩く時には、決まって歩調を落として歩いている。
夕暮れ道を歩く中、カインは何度となく考えていた事を口にした。
「スコール。何故お前は、いつも俺を待っているんだ?」
「……駄目なのか」
「そうは言っていない。だが、去年の夏も、今年も、熱中症で倒れかけた事があるだろう。あんな風になってまで、俺を待つ必要があるのかと聞いているんだ」
前述の夏は勿論の事、真冬でもスコールはカインが大学から出てくるのを待っていた。
高校生とは違い、終わる時間が不定期なので、長く待たされる事も少なくないだろうに、それでもスコールはカインを待っている。
まるで、子供の頃、姉が迎えにくるのをカインの傍で待っていた時のようだった。
中庭に来た時、カインを見つけた青灰色が、仄かに嬉しそうの細められるのを、カインは知っている。
それを見る度にむず痒くはあるが、悪い気はしなかった。
だから昨年の春、自分を待つスコールを初めて見た時は、姉が大学進学を期に留学し、幼年の頃から続く親近者がカインとセシル位しかいなくなった事もあり、好きにさせてやろうと思ったのだ。
しかし、あの時に比べれば、スコールは友人を持ったし、カインばかりを頼らなくても良いように見える。
そう思うと、カインには尚更、スコールが自分の下へやってくる理由が判らない。
隣を歩くスコールは、カインの質問に返事をしなかった。
足元を見つめて歩くスコールは、答えに宛がう言葉を探しているようにも見える。
カインは、また少し歩調を緩めて、スコールが言葉を見つけるのを待った。
「……」
「……ん?」
色の薄い唇が、微かに動く。
それを見つけて、しかし音は聞こえなかった事に、カインが何を言ったのかと確かめようとするが、
「なんでもない」
「……」
遮るようにそう返されて、カインは嘆息した。
それきり、スコールは貝のように口を閉ざす。
二人の間での沈黙は、特に珍しいことではない。
カインは元々寡黙な性質であり、スコールも自分から積極的に喋る性格ではない。
どちらも賑やかしよりも静寂を好むタイプであり、お互いがそうであると判っているから、沈黙の時間と言うものに窮屈さを感じる事もないのだ。
だからこそ、二人の関係は、幼少の頃からずっと続いており、スコールがカインに懐いたとも言える。
大学からスコールが住む家までは、歩いて十分程度。
カインは其処からまたしばらく歩いた場所に、一人暮らしをしている。
スコールの家の玄関前まで来た所で、カインは隣の少年を振り返った。
足を止めたスコールは、まだ俯いたまま、じっと口を噤んでいる。
気まずそうな雰囲気を滲ませている少年に、二度目の嘆息が漏れるカインであったが、その眦か微かに緩んでいる事を見る者はいない。
「来週も来るのか」
「………」
応とも否とも、スコールは答えない。
ある意味、正直な反応であった。
そうか、とカインが零すと、それをどう受け取ったのか、スコールが下唇を噛んだ。
鬱陶しがられている────そう受け取ったのは、想像に難くない。
スコールの思考は、基本的にマイナスに向かって動くのだという事を、カインはよく知っている。
そんなスコールの柔らかな髪を、カインの手がくしゃりと撫でた。
「それなら、次からは図書室で待っていろ。あそこなら空調が効いている」
カインの言葉に、スコールが顔を上げる。
眉間の皺を忘れ、きょとんとした顔で見上げる少年は、まだまだ幼い顔立ちをしていた。
撫でる手を放し、じゃあな、とカインは背を向ける。
あ、とスコールは口を開けたが、彼は遠ざかっていく男を呼び止める声を持たなかった。
しかし、まるでその声が聞こえたかのようにカインが振り返る。
蒼と菖蒲色が交じり合う。
男の形の良い唇が弧を描くのを見て、少年は静かに呼吸を失った。
カイン×スコールと言うか、カイン(→)←スコールと言うか。
スコールが自分の気持ちを言うのを待ってるカイン。
庇護欲もあったり、相手はまだ子供だしという気持ちもあって、カインが自分の方から言うのは控えてる。