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2013年08月

[クラレオ]プリーズ・リピート・フォー・ミー

  • 2013/08/11 22:02
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クラレオでクラウド誕生日祝い。




昨夜の情交の名残だろう、腰や下腹部の違和感を覚えつつ、レオンは目を覚ました。
否応なく何度となく味わったこの感覚は、やはり慣れるものではない────と言うよりも、慣れたくない、男のプライドとして。
しかし、プライド云々と拘った所で、現在のこの関係を解消しようと言う気もないのだが。

レオンにそんな複雑な心境を抱かせる元凶とも言える男は、隣ですやすやと安らかに眠っていた。
その暢気な表情がどうにも癪に障って、レオンは男────クラウドの高い鼻を摘まんでやった。
呼吸が阻害された違和感を感じ取ったか、クラウドは常のレオンとよく似た皺を眉間に寄せて、鼻の代わりに閉じていた口をぱかりと開けた。
かーかーと寝息を立てる男をしばし見つめた後、レオンは開いていた手でクラウドの口を閉じてやる。

しん、としばしの間、静寂がその場を支配していた。
かと思うと、クラウドは目を閉じたまま、じたじたと手足を暴れさせ始めたのだが、レオンは彼を解放しようとはしなかった。
いつまでこのままでいられるかな、と十何年振りかの子供のような悪戯心をわくわくと働かせていると、


「─────~~~~~っっ!!!」


カッ!と碧眼を見開き、声にならない(出来ない)声をあげたクラウドの顔は、破裂しそうな程に真っ赤に染まっている。
いつも何処かぼんやりとマイペースを崩さない碧が、これでもかと言わんばかりに必死になっているのが見えて、レオンはくつくつと笑った。

じたばたともがき続けたクラウドは、このままでは本当に自分の命が危ういと思ったか、本気の力で暴れ始め、レオンをようやく振り払う。


「ぶはっ!!」
「くく……っ」
「レオン!」


楽しげに笑うレオンに、クラウドが眉尻をつり上げて名を呼ぶ。
殺す気か!?と怒りの形相で睨むクラウドに、レオンはこほん、と咳払いを一つして、


「おはよう、クラウド」
「おはよう。じゃない。あんた、俺に何の恨みがあるんだ」
「自分の胸に手を当てて考えるんだな」


肩を掴んで詰め寄ってくるクラウドをやんわりと退かせて、レオンはベッドを抜け出した。
裸身の体に、じっとりと湿気が染み込んでくるのを感じながら、床に落ちていたリモコンを拾って空調のスイッチを入れる。

シェルフからインナーとズボンを出して着ると、レオンは寝室を出た。
置いてけぼりにされたクラウドが、ちょっと待て、と言いながらどたばたとベッドを降りる音がする。

構わずにレオンはキッチンへ立つと、冷蔵庫から卵とパンを取り出して、パンをトースターへ、卵をフライパンへと落とす。
ジュウジュウと白身に火が通って、色が変化していく様子を眺めなていると、クラウドが寝室から出てきた。
クラウドは上半身は裸で、ズボンだけを身に付けており、腰のベルトもきちんと通すのが面倒だったのか、中途半端に腰回りにまとわりついているだけだ。
だらしのない、と思うレオンだが、そんな姿も最早見慣れた。

がりがりと金色の頭を物臭げに掻きながら、クラウドはレオンへと近付くと、卵の焼き加減お確認するレオンの背中にぴったりと密着した。


「邪魔だ、クラウド」
「…今日はやけに扱いが悪くないか」
「別に。いつも通りだと思うが」


不満を訴えようとするクラウドだったが、レオンはさっさと受け流した。
正直レオンには、子供のように不満げな顔をする男の機嫌の上下よりも、卵とトーストの焼き加減の方が気になる。

背中にくっついている所為で邪魔になる男を肘で押し退けて、レオンは焼き上がった目玉焼きを皿へと移して、クラウドに運べと命じる。
クラウドは素直にそれを聞いて、二人分の目玉焼きをテレビの前のローテーブルへと運んだ。
トースターがチン、と音を立てて、レオンは良い焼き目のついたパンを取ると、トレイに乗せた。
インスタントのブラックコーヒーを二つ並べてトレイに乗せ、ミルクとシロップを一人分だけ用意して、クラウドが待つテーブルへと運ぶ。


「ほら、何ボーッとしてる。冷めない内に食べろ」
「………ん」


レオンに促され、のろのろと食事を始めるクラウド。
レオンもその隣に座って、トーストをかじった。

はあ、と隣から露骨な溜め息が聞こえた。
いつもはレオンの作った朝食をがっつくように食べ始めるのに、妙だな、とレオンは胸中で首を傾げる。
ひょっとして、先のレオンの悪戯をまだ怒っているのだろうか、と思ったが、横目に伺う限り、彼の表情は怒っているとは言い難い。
どちらかと言えば、───彼にしては珍しく───消沈していると言う風に見えた。
確かに、ぎりぎりまでクラウドの必死な姿を楽しんでいたレオンであるが、あの悪戯が此処まで尾を引くものだろうか。
仮にそうだとしても、この男は悪戯の仕返しとばかりに、露骨なセクハラ攻撃をしてくるのが関の山だと思っていたのだが、今日は一体何の心境の変化なのか。

隣の男が妙に静かであることが、どうにも気持ちが悪い。
べたべたとくっつかれても面倒だが、それが日常であった事も確かで、レオンはどうにも落ち着かない気分になっていた。


(………ん?)


ふ、と。
なんとなく視界に入ったカレンダーを見て、レオンはしばし停止した。
それから、ああ、成る程、と。

やれやれ、と今度はレオンが溜息を漏らす。
かじったパンを飲み込んで、レオンは一口、コーヒーを飲んだ後、


「クラウド」
「……ん」


呼べばいつも、懐いた犬のように嬉しそうに振り返るのに、今日は気もそぞろな返事だけ。
ある意味判り易いな、と思いつつ、レオンは金糸の隙間から覗く丸い耳を引っ張った。


「あたたたたた」
「呼ばれたらちゃんとこっちを向け」
「いたたた判った、判った。なんだ、一体」


今朝からの些細な(少なくとも、レオンにしてみれば可愛いものである)無体が尾を引いているのだろう、クラウドは面倒臭そうに振り返る。

その唇に、レオンは己のそれを押し当てた。
ほんの一瞬、掠めるように。


「…………………………お?」


ぱちり、と碧が瞬きを一つ。
そうすると、元々の童顔さと相まってか、レオンには妙にこの男が可愛らしく見える。

零れかけた笑みを殺して、レオンは自分の食卓に意識を戻した。
ナイフとフォークで卵の黄身を割ると、半熟の卵からとろりとした黄身が溢れ出した。
何事もなかったかのように朝食を再開させるレオンの隣で、クラウドがふるふると肩を震わせる。


「………おい、レオン」
「早く食え。片付かない」


呼ぶ声に平然とした声で返せば、がしっ、とクラウドの手がレオンの肩を掴んだ。
きらきらと、これでもかと言わんばかりに輝かしい目を近づけるクラウドに、レオンは眉根を寄せる。


「レオン、さっきの」
「………早く食え」
「もう一回」
「断る」
「良いじゃないか。今日ぐらい、俺の頼み聞いてくれても」
「もう聞いてやっただろう」


レオンの言葉に、クラウドはきょとんとした表情で首を傾げる。
そんなクラウドを見て、レオンは溜め息を一つ吐いて、


「……たまには俺からキスしろって、昨日の夜、言っただろう」


そう言って碧眼を真っ直ぐに見返す蒼灰色は、静かな光が湛えている。
けれど、その傍らで白い筈の頬が微かに紅潮しているのを見て、クラウドは信じられないものを見るように瞬きを繰り返す。

かと思うと、ガバッ!とクラウドは勢い良くレオンに抱きついてきた。
思わぬ───今までの経験を思えば、十分に予測の範疇であったが───男の行動に目を丸くしている間に、レオンは床に倒れる事となる。
運良くクッションがあったお陰で痛い思いはしないで済んだが、変わりに頭を強かにぶつけて、一瞬意識が遠退きかけた。
痛む頭を抱えつつ起き上がろうとすると、腹の上に乗ったものが邪魔になって、中途半端に頭だけを起こした形で止まる。


「……おい」
「ん」
「邪魔だ」
「良いじゃないか。俺の誕生日だし」


クラウドの言葉に、レオンは溜息を漏らす。


「プレゼントなら、もうやっただろう。十分だろ」
「もっと欲しい」


明け透けに欲求をぶつけられて、レオンはやっぱり調子に乗った、と思う。
こうなると後が面倒なのが目に見えているから、日頃から甘やかすまいお思っていたのだが、ああも判り易く落ち込んだ態度を取られてしまうと、どうにも弱い。

腹の上に乗っている男は、レオンが自分の願いを叶えてくれるまで、離れようとはしないだろう。
全く以て面倒な、と思いつつ、レオンの眦は心なしか柔らかい。
今更ながら、随分と絆されたな、と思った。


「欲張りたいなら、早く飯を食え」
「食ったらもっとくれるのか。プレゼント」
「……そうだな。考えておいてやる」


それだけ言ってやると、腹の上の重みが消えた。
決して多い量の朝食ではないのに、急ぐようにがつがつと食べ始める男に、レオンはこっそりと笑う。



一心不乱にパンをかじる男の頬に、掠めるように唇を当てる。
ぽろ、とクラウドの手からパンが落ちたのを見ない振りをして、レオンは自分のパンをかじる。

嬉しそうに飛び付いてきた男を、片手で制して、レオンは食後のコーヒーに口をつけた。





誕生日なので、たまにはレオンさんの方から。

[クラスコ]プレゼントボックス 1

  • 2013/08/11 21:25
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今日がクラウドの誕生日名のだと知った秩序の面々の行動は、早かった。

様々な世界の断片が入り乱れたこの神々の闘争の世界で、今日が何月何日であるかなど、正確に判るものなどいない。
春夏秋冬等と言うものはないし、真夏日の翌日には雪が降っている、と滅茶苦茶なのは最早日常。
当てになるものと言ったら、モーグリショップで購入したカレンダーくらいのもので、これも捲り始めた日が本当は何日であるのか、明確な標になるものはなかった。
だから、今日が“8月11日”であると言うのは、カレンダーを捲り始めてからそれだけの時間が経った、と言う程度のものだ。
半年以上もこの世界で闘争を繰り返しているのかと思うと、些か気が滅入りそうにもなるが、そんな時こそ、楽しいイベントは重要視される。
常識だの理屈だのと言う事はさて置いて、今日と言う日が特別な日にして、盛り上げる事が先決だ───とは、賑やか組三名の言葉である。

バッツ、ジタン、ティーダの三人のお陰で、今日の秩序の戦士達は、籤引きでハズレを引いた二名を残し、皆でクラウドの誕生日を祝う事になった(ちなみに、ハズレを引いたのはフリオニールとジタンである)。
とは言え、ハズレのメンバーも、仲間の誕生日の祝いたいので、任務は秩序の聖域周辺をぐるりと見回って来ただけ。

改めて秩序の戦士が揃った所で、クラウドの誕生日パーティは始まった。
肉をメインにしたご馳走に、バッツが買って来たシャンパン(未成年メンバーは果実ジュースだ)、ケーキはティーダがスコールにせがみ、ルーネスに手伝って貰いながら作ったもの。
ついでに、リビングはティナとセシルとが飾り付けを行い、可愛らしくも華やかである。
ウォーリア・オブ・ライトも飾り付けを手伝ったようで、所々歪な飾り輪がそれだろう。

そんないつもより華やかなリビングで、仲間達から何度も祝いの言葉を投げかけられて、クラウドは鼻先がくすぐったくなるのを感じていた。


(二十歳も越して、今更こんなに祝って貰うような事でもないんだがな)


隣のセシルから注いでもらったグラスを傾けつつ、クラウドは喉奥で笑みを殺す。
逆隣からは、ティーダがこれも食べろあれも食べろと、沢山の肉をクラウドの皿に移して来る。
幾らなんでも、そんなには食べれない、とクラウドは思うのだが、ティーダの楽しそうな顔を見て、クラウドは断りの言葉を飲み込んだ。
ケーキも食べ終え、ティナやルーネス、フリオニールも楽しそうにしているし、此処は自分もこの空気に酔うべきだ。
ウォーリアも、明々楽しむ仲間達を叱る事なく、この賑やかな夕食を、心なしか和らいだ眦で眺めていた。

こんな風に盛大に祝って貰うような柄ではないが、祝って貰える事は、やはり嬉しい。
そう思いながら、クラウドはグラスの中身を空にした。


(だが……スコールは何処に行ったんだ?)


唯一、この祝いの席の不満を胸中で呟いて、クラウドは目線だけでリビングを見回した。

誕生日会と兼ねて夕食が始まった時、リビングには秩序の戦士十人が揃っていた。
しかし、いつの間にか三人の仲間がこの空間から姿を消している。
こうした賑やかさが好きなバッツとジタン、逆に苦手として敬遠しているスコールだ。

スコールが騒がしさを嫌うのは、クラウドもよく知っている。
だから、さり気無くを装って、こっそりとこの場を逃げたのも、無理はない────とは思う。
思うが、折角の恋人の誕生日なのだから、何か一言くらいは行って貰えないものだろうか、と密かに期待していたクラウドとしては、少々悲しいものがある。

零れかけた溜息を、もう一度グラスを傾けて誤魔化した。
そんな時、パン、パン、と大きな手拍子の音が響く。


「よーし、もうすぐ11時だ」
「お開きにしようぜ」
「えーっ。これからが楽しいトコじゃないっスか!」


スコールと同じく、いつの間にか姿を消していた筈のジタンとバッツの言葉に、ティーダが判り易く不満そうな顔をした。
無理もあるまい。
テーブルには、まだ沢山の豪華な料理が並び、シャンパンボトルも残っている。
お開きにするなんて早過ぎる、と言うティーダを、フリオニールが仕方ないだろう、と宥めた。


「明日からは、また戦いが始まるんだ。今日はもう休んで、明日に備えないと」
「ちぇー……もうちょっと楽しみたかったのにな」


今日の誕生日パーティが、夜の11時でお開きになる事は、事前に決められていた。
遅くまで騒いでいては、明日からの行動に差支えが出てしまう。
其処を混沌の戦士に攻められては、堪ったものではない。

もうちょっと祝いたかった、と言いながら、ティーダが席を立つ。


「じゃあ、クラウド。誕生日おめでと」
「ああ、ありがとう、ティーダ」
「おやすみー」


今日何度目か判らない祝いの言葉を改めて伝えて、ティーダはリビングを後にする。
ティナとルーネスも、片付けをフリオニールとセシルに頼んでから、クラウドの下へ駆け寄り、


「お誕生日おめでとう、クラウド」
「おめでとう。プレゼントも何も用意できなくてごめん」
「ありがとう、ティナ、ルーネス。俺には、その気持ちだけで十分だ」


ふわりと花のように柔らかい笑みを浮かべたティナと、少し照れ臭そうに頬を赤らめたルーネス。
そんな二人の表情と、貰った言葉だけで、クラウドは満たされた気分だった。

かしゃん、と金属の音が鳴る。
クラウドが顔を上げると、人形のように整ったウォーリア・オブ・ライトの顔があった。


「誕生日おめでとう、クラウド」


きっと、ティナやフリオニールから、誕生日にはこう言って祝うのだ、と教わったのだろう。
ウォーリアが言葉を告げた時の、何処かぎこちない言葉尻を感じ取って、クラウドは思った。


「あんたに言って貰えると、なんだか妙にくすぐったいな」
「……言わない方が良かっただろうか」
「いや、そういう事じゃない。嬉しいって事だ。ありがとう、ウォーリア」


クラウドの言葉に、そうか、と微かにウォーリアの口端が緩む。

踵を返し、ウォーリアがリビングを後にする。
ドアボーイのように扉前に立っていたジタンとバッツが、エスコートするように扉を開けた。
そして、ぱたり、と扉を閉じると、くるりとクラウドへと振り返り、


「クラウド、たんじょーびおめっとさん!」
「めでたいな!こう言う日って、もっとあれば良いのにな」
「ありがとう。ああ、そうだな」


賑やかし事好きなジタンとバッツにとっては、今日のような日は楽しくて仕方ないに違いない。
ティーダの「クラウドの誕生祝をやろう!」と言う言葉に、真っ先に乗ったのも、この二人だった。
豪華な料理を作って、リビングを飾り付けして、プレゼントも用意しよう、と彼等は言っていた。
結局、プレゼントは用意出来なかったのだけれど、代わりに二人はクラウドを楽しませる為、あれこれと曲芸や隠し芸を披露してくれた。

その割に、二人は夕食の席から、いつの間にか忽然と姿を消していたのだが。

皆の誕生日も祝いたいな、と言うバッツに、そうしよう、とジタンが頷いている。
ウォーリアの誕生日ってどうする?と言うジタンに、バッツが唸って首を捻った。
そんな二人に、クラウドは咳払いを一つして、


「あんた達、スコールは何処に行ったか知らないか?」


ジタン、バッツ、そしてスコール────この三人は、よく一緒に行動を共にしている。
だから、三人揃っていなくなっていると言う事は、てっきりスコールもこの二人と一緒にいるものだとばかり思っていたのだが、違うのだろうか。

今日一日、何も言わずに(ケーキは作ってくれたけれど)いなくなってしまった、恋人。
口下手な彼の事だから、こう言う状況になる事は予想していた。
けれども、せめて今日と言う日が終わる前に、もう一度彼の顔を見てから眠りたい。



彼の事だから、やはり自分の部屋か。

そんな事を思いながら訊ねたクラウドに、ジタンとバッツは、にんまりと笑った。






長くなったので分けました。

[クラスコ]プレゼントボックス 2

  • 2013/08/11 21:15
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こっちこっち、と楽しそうに尻尾を揺らすジタンに手を引かれ。
早く早く、と此方も楽しそうに笑うバッツに背を押され。

連れて来られたのは、クラウドの自室。


「じゃっ!」
「おやすみー!」
「………は?」


軽快な挨拶をするなり、ジタンとバッツは、ぱっと踵を返して散って行った。
クラウドをその場に残し、各々の自分の部屋へ向かって。

────待て。
俺は、スコールは何処に行ったんだ、と訊いた筈だ。
それがどうして、自分の部屋に連れて来られる事になるんだ。

クラウドのその疑問は、音にする間もなく、訊ねる相手を失った。
バタン!とジタンの部屋の扉が閉じられる音が聞こえ、バッツの階段を上る足音が響く。
クラウドが彼らを追い駆ける事は簡単だが、追い駆けて捕まえて、何をしようと言う気もない。

ただただ、困惑に佇んでいたクラウドだったが、はた、と我に返ると、自分の部屋へと向き直った。


(……まさかとは思うが)


此処に、彼がいるのだろうか。
滅多に他人の領域に───部屋の主が許可しても尚───近付こうとしない、彼が。

クラウドは微かに緊張感を抱きつつ、自室の扉を開けた。
ギィ、と蝶番が音を立てて、電気のついていない部屋に、廊下の明かりが微かに差し込む。
その滑り込んだ微かな光が、部屋の真ん中にあるものを浮き上がらせていた。

クラウドは部屋に入って、電気を点けると、眼を擦った。
目の前に在るものが俄かに信じられなくて。


「…………」


しかし、何度目を擦って見ても、目の前にあるものは変わらない。
部屋の中心にどんと鎮座した、腰程の高さのある、四角形の箱は、確かに其処に存在していた。

一体何処から調達して来たのだろうか。
四角形の箱は、ピンクに白のドット柄で、如何にも可愛らしい風だ。
それに赤色の大きなリボンが括り付けられており、蓋の上で蝶結びに結われている。
如何にもな“プレゼントボックス”の様相をしたそれには、メッセージカードも添えられており、「Happy Birthday!」の文字と、チョコボの絵が綴られていた。

クラウドの脳裏に、楽しそうな表情のジタンとバッツが蘇る。
このプレゼントボックスをこの部屋に運び込んだのは、十中八九、あの二人だろう。


(………まさか)


スコールは何処に行ったんだ、とクラウドは彼等に聞いた。
そして彼等は、この部屋にクラウドを連れて来た。

……まさか、いや、まさか。
仕掛けたジタンやバッツ、ノリのよいティーダや、案外となんでも面白がって便乗するセシルならともかく。
殊更に真面目な気質故に、その真面目さを逆手に取られ、悪戯を仕掛けられる事のあるウォーリアでも、百歩譲って判る、としても。
あの気難しくて恥ずかしがり屋の彼が、こんな真似をする筈が。

いや、しかし、現状で考えられるのは、それしかない。
ついでに言うと、恋人が案外と押しに弱い性質である事も思い出し、


「……スコール」


呼んでみると、ガタッ、とプレゼントボックスが揺れた。
早く開けろ、と言わんばかりのそれに、クラウドは思わず漏れかけた笑いを噛み殺す。

リボンを解いて、蓋を開ける。
すると其処には、両手を布のリボンで縛られ、更にはリボンで猿轡をされているスコールが蹲っていた。
窮屈そうに長い足を縮め、じろりと睨む蒼灰色の瞳には、不機嫌を通り越した怒気が滲んでいる。
そんな恋人を見て、くく、とクラウドが殺し切れなかった笑いを漏らしたのは、無理もなく。


「あんた、ジタンとバッツが相手だと、本当に無防備だな。少し妬けるぞ」
「……っ!!」


上から箱の中を覗き込んで言ったクラウドを、射殺さんばかりの眼でスコールが睨む。
さっさと助けろ、と言わんばかりのスコールに、クラウドは苦笑した。

箱の中にいるスコールを捕まえて、腕の力で持ち上げる。
脇下から抱えるように持ち上げると、捕まれている場所が嫌なのか、スコールはもぞもぞと身動ぎしたが、こればかりは我慢して貰わなければならない。

スコールをプレゼントボックスから助け出すと、クラウドは彼の口に噛まれている猿轡を外した。
ようやく許された正常な呼吸に、はぁっ、と吐息が漏れるのが聞こえた。
そして、ぎらり、と凶悪な眼光が閃いた。


「あいつら、後で絶対殴ってやる…!」


あいつら────勿論、スコールをこんな目に遭わせた、ジタンとバッツの事だろう。
予想通り過ぎて、クラウドはくつくつと笑う。

ぎりぎりと怒りに歯噛みするスコールの横顔は、いつもの冷静を務めるものとは違い、非常に青臭くて、クラウドは微笑ましさを誘われる。
そんな事を当人が知れば、莫迦にしているのかと烈火の如く怒るのだろうが、それすらクラウドには愛しかった。
唯一、不満を呈するとすれば、そうした表情を引き出す事が出来るのが、自分ではないと言う事か。

猿轡を外してから、口元に笑みを浮かべて自分を見下ろす男を、スコールは見上げた。
じぃ、と無音の訴えを寄越す蒼灰色に、クラウドが気付き、首を傾げていると、


「早く解け」


可愛らしいリボンで縛られた両腕を突き出して、スコールは言った。

傭兵として教育されているのなら、縄抜け位は出来ないのだろうか。
そう思いながらクラウドはスコールを拘束するリボンを解こうとして、ぴた、と思い留まる。


「……クラウド?」


早く解いてくれ、と言うスコールだったが、クラウドの手はリボンに触れない。
それどころか、クラウドは一度出した手を引っ込めると、顎に手を当てて考え込んだ。


「クラウド、何してる」
「……うーん……」
「早く解け。あいつらが逃げる」


ジタンとバッツが逃げる前に、一発殴らないと気が済まない。
眉間に深い皺を刻んで呟くスコールだが、きっと彼らの顔を見たら、また絆されるのだろう。
いや、宣言通り一発くらいは喰らわせるのかも知れないが、彼らの口八丁に丸め込まれるのは目に見えている。
何せあの二人は、この気難しそうに見える少年の操縦方法と言うものを、よくよく心得ているのだから。

自分以上に恋人の機微に聡いあの二人に、妬ける気持ちは否めない。
しかし、スコールとクラウドの間に関わる事で、一番気を回してくれるのも彼らである事は確か。
────そんな二人が、どうしてスコールをこんな目に遭わせたのか判らないほど、クラウドはスコールのように鈍くはない。


「うん。よし」
「───うわっ!?」


熟考を重ねる事、数秒。
やっぱりそうだろうな、と結論を出したクラウドは、スコールの腕のリボンをそのままに、彼をひょいっと姫抱きにした。

突然の浮遊感に目を丸くスコールが、現状を把握する前に、クラウドはスコールをベッドに降ろす。
二人分の体重を受け止めたスプリングが、ぎしっ、と音を立てて軋んだ。


「あ、な……?」
「折角だしな」
「!」


ベッドに寝かされ、自分の上に馬乗りになった男に気付いて、スコールが目を瞠る。
ちょっと待て、とでも言おうとしたのか、開いた薄い唇を、クラウドは己のそれで塞いだ。


「んぅっ……!」


じたばたと、スコールの自由の足が暴れている。
しかし、馬乗りになった男には大した効果はなく、クラウドは存分にスコールの咥内を貪った。
二人の体の間に挟まれたスコールの腕が、ぐいぐいとクラウドを押し退けようとしていたが、スコールが純粋な力押しでクラウドに勝てる筈もない。
おまけに、スコールは未だに腕をリボンで縛られたままだ。
思う程の抵抗は出来ず、くぐもった抗議の音も、クラウドは黙殺した。

絡めようとする度に逃げていた舌を、ようやくの思いで捕まえる。
ちゅ、と絡み合わせた瞬間に、びくっと細い肩が震えたのが判った。
けれどその後からは、暴れていた足も静かになって、一時は強張った体も、少しずつ解けて行く。

ちゅぅ…と名残を惜しむように舌を吸ってやれば、ふるり、と閉じた瞼が震えたのが見えた。
ゆっくりと唇と離して行くと、銀糸が引いて、ぷつりと切れる。
キスで腫れたように膨らみ、濡れた唇を隠すように、スコールは拘束された腕で口元を隠した。


「……あんた、何してるんだ…」
「何って、プレゼントを貰おうかと」
「……誰がプレゼントだ」
「お前だろう。中々気の利いた趣向だ」


そう言いながらクラウドは、スコールの腕に結われたリボンの端を遊ばせる。
スコールはその手を見ながら、眉間に深い皺を寄せ、


「違う。こんな筈じゃなかったんだ」
「じゃあ、どうなる予定だったんだ?」
「……この箱の中に、皆が持って来たプレゼントを入れて、あんたに渡すんだって、バッツが言っていた。俺はティーダに言われてケーキを作っていたから、そんなもの、用意する暇もなかったけど…」


スコールの話を聞いて、クラウドは噴き出しそうになるのを寸での所で堪えた。

プレゼントが用意できなかったのは、何もスコールに限った話ではない。
見回りに行っていたジタンやフリオニール、部屋の飾りつけをしていたルーネス達も用意できていない。
そもそも、急な事だったので、誰もプレゼントなんて買いに行く暇もなかったのだ。
だから、「皆が持って来たプレゼント」なんてある筈がない。

普段、頭の回転は早い筈なのに、妙な所で鈍いと言うか、天然と言うか。
しかし、そんな恋人を愛らしく思うのも確かで、クラウドは不満そうに顔を顰めるスコールの額にキスを落とす。


「バッツとジタンにしてやられた訳だな」
「………」
「そう怒るな。それに、俺はちゃんとプレゼントを貰ってるつもりだから」


そう言って、クラウドはスコールの腕に結ばれたリボンを解く。
てっきり固く結ばれているとばかりおもったリボンは、思いの外あっさりと解けてくれた。

内側から解こうとするのと、外側から紐の先端を引いて解くのとでは、かかる力が逆である事は判っているつもりだが、こうも簡単に解けてしまうと、実はそれ程固く結ばれている訳ではなかったのではないか、とクラウドは勘繰ってしまう。
その辺りの真相については、後でジタンとバッツにでも聞いてみる事として。

リボンを解いたクラウドは、仲間からのプレゼントを前にして、言った。


「これで、ジタンとバッツからのプレゼントは貰ったが────お前は俺に、どんなプレゼントをくれるんだ?」


触れそうな程に近い距離で囁けば、青灰色の瞳が逃げるように彷徨った。
けれども、拘束から逃れた少年の体は、決して其処から逃げようとはしない。




おずおずと伸びた腕が、クラウドの首に回される。
真っ赤な顔で精一杯、触れるだけのキスをする恋人が、愛しくて堪らなかった。






クラウド誕生日と言う事で、クラスコ!
紳士的に振る舞いつつも、貰えるものは貰います。
スコールもこれくらいお膳立てして貰ってからじゃないと、素直になれないし。ツンデレって大変だ。

[レオスコ]繋いだ手に閉じ籠る

  • 2013/08/08 23:55
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秩序の戦士だとか、混沌の戦士だとか、神々の闘争だとか。
元の世界に帰るとか。

正直、どうでも良かった。




ある日、秩序の聖域が、俄かに騒がしくなった。
仲間の一人が姿を消したのだ。

その人物は、リーダーの忠告を無視して、度々単独行動をしていた。
いなくなったと判明する数日前にも、彼は単独で秩序の聖域を離れていて、そうするだけの実力がある人物だったから、誰も気にしていなかった。
ああまたか、懲りないなあ、後でリーダーと揉めるだろうから、仲裁してやらないと。
そんな程度で暢気に考えていたら、一日、二日、三日四日と時間が過ぎて、いつまでも戻らない彼に、流石にこれは妙だと気付いた。

まさか彼が敵に負ける事などあるまいと、秩序の戦士達は方々を探し回ったが、一向に彼の姿は見えない。
若しも彼が死ぬ事があれば、秩序の女神がその気配の消失に気付く筈だ。
戦士達が彼女に問えば、気配は確かに、この世界に残っていると言う。
けれども、彼の姿は見付からず、どれだけ探し回っても、その影さえも見付ける事が出来なかった。


同じ頃、混沌の地で、奇妙な出来事が起きていた。
混沌の戦士が一人、忽然と姿を消したのだ。

その人物は、混沌の戦士の中では、云わば“穏健派”とでも言うのだろうか。
魔人や幻想のように、理由もなく秩序の戦士と戦う事をせず、剰え一部の秩序の戦士とは親しげに会話を交える事もあった。
本質は秩序として召喚されるべき戦士だったのではないかと、口にしたのは誰だったか。
彼はその言葉に、「さて、どうかな。此方に召喚される性質があったから、混沌に呼ばれたんじゃないか」と言っただけで、要するに、どちらでも構わなかったと言う事だ。
秩序の戦士と混沌の戦士が総力戦でぶつかる時でさえ、彼はその場に向かう事はしない。
戦いの結末はどうでも良い、とでも言うように。

そんな彼が固執する人間が、秩序の戦士の中にいた。
それは隠された関係ではなく、時には彼の前で、己の陣営である筈の混沌の戦士に剣を向ける事もあった。
大樹が何度か裏切り者として断罪しようとしたが、彼はそれを力付くで退けた。
“浄化”を知っている彼は、断罪される事で全てを忘却する事を拒んだのだろう。
そして、彼はあくまで“混沌の戦士”としてこの世界に属し、一人の秩序の戦士に固執しつつも、寝返ろうと言う気配は見せようとはしなかった。

だから彼が姿を消した時、ああ遂に寝返ったか、と誰もが思った。
彼が殊更に固執していた秩序の戦士の下に、遂に行ったのだと。


秩序の戦士達は考えた。
殊更に、彼に固執していた混沌の戦士がいた事を。
彼は、混沌に召喚された事が疑問に思える程、秩序の戦士達に対して柔らかい態度で接していた。
己の味方である筈の混沌の戦士に剣を向けこそすれ、秩序の戦士には絶対に剣を向けない。
きっと夢想の父や、騎士の兄と同じで、何かの間違いで混沌に召喚されてしまっただけなのだと、いつしか秩序の戦士達も思っていた。

若しかして、あの混沌の戦士が、彼を誑かしたのではないか。
そんな事は有り得ない、と若い戦士達は言ったが、他に可能性が考えられないのも事実だった。


秩序の戦士達は、混沌の戦士達と相対し、彼を返せと言った。
混沌の戦士達は、知らない話だと言った。

────これは奇妙な事だ、と混沌の戦士達は思った。
秩序の戦士の下に行ったとばかり思っていた男を、秩序の戦士達は知らないと言う。
果て、それでは彼は、そして姿を眩ましたと言う秩序の戦士は、一体何処へ。




秩序の戦士達と、混沌の戦士達が相対していた頃。
一人の青年と、一人の少年は、海にいた。
浜辺の近くの転送石は、粉々に砕けて散っている。
これって壊れるんだな、と言った少年に、青年が、試してみたら壊れた、と言った。

これからどうしようか、と青年が言った。
彼は少年に、この世界がいつまでもいつまでも繰り返されている世界だとは、伝えなかった。
言えば彼は傷付いて、絶望して、泣いてしまうだろう。
折角二人で過ごせる場所に辿り着けたと思ったのに、と。

世界は何度も何度も繰り返される。
秩序の女神が敗北し、秩序の戦士達は浄化され、この世界で過ごした日々を忘れる。
青年は、それを何度も何度も見続けて、少年が何度も何度も浄化されるのを見て来た。
何度思いを繋げても、次の世界で少年は全てを忘れて目覚め、また一からやり直し。
気が狂いそうになる繰り返しを、青年は何度も何度も見て来た。

どうしようか、と言った青年に、少年は、あんたとずっと一緒にいたい、と言った。
何度も何度も繰り返された世界で、彼がその言葉を音にして伝えたのは、初めてだった。
青年は嬉しくて、少年を抱き締めた。

青年と少年が、手を繋ぐ。
良いのか、と言う言葉は、何度も何度も確かめた事だったから、もうどちらも言わなかった。
お互いの事しか見えないから、見たくないから、振り返りたくないから、此処まで来た。

青年は、少年の手を引いて歩き出した。
浄化の影響が及ばない場所がある事は、この世界をくまなく歩き回って、判明した。
それがこの小さな島に存在する、幾つかの深い深い歪の奥底だ。
其処まで少年を連れて行けば、もう秩序の女神が敗北しても、少年が浄化される事はない。
その代わり、輪廻の輪からも外れて、いつしか元の世界に戻る事も出来なくなると言う話だが、それこそ青年にとっては嬉しい話だった。
…あの世界の因果律が、これで壊れてしまうと判っていても、それこそ、青年が望む事だった。

そんな青年に対し、少年がどうして彼について行く事を決めたのか。
浄化が繰り返され、その度に全ての記憶を失った少年だが、人の心は時として、記憶よりも強く残る事がある。
思いを抱き、消され、また抱き、また消されと繰り返された心は、少しずつ蝕まれて行くようになる。
手に入れた筈なのに、手に入れて貰った筈なのに、もう一度逢う時には何も判らなくなる。
判らなくなるのに、感じるものがあって、また消えて、また感じてと、繰り返される。
元々が淋しがり屋な気質であった彼にとって、失う事を、繋いだ手が離れてしまう事を嫌う彼にとって、それは記憶になくとも繰り返し心を切り刻まれるようなものだった。
やがて彼の心は疲弊し、ようやく繋ぐ事が出来た手を、失わない為にはどうすれば良いのか考えるようになった。
いつの間にかその思考は、傭兵として培われた意識を塗り潰し、繋いだ手を失う恐怖に怯えるようになった。
この手を失う事が、その恐怖から解放されるのなら、それで良い。
けれど、秩序と混沌が争い続けるこの世界では、いつかどちらかの命が摘まれて、消える日が来る。
この手があれば、それだけで良いのに、彼が混沌で、自分が秩序にいる限り、それは絶対に叶わない。
だから全てを投げ捨てて、彼と手を繋いでいたいと、思った。



どれ程か、地上が随分と遠退いた頃。
とん、と少年が青年の背に身を寄せた。

此処まで来たら、引き返せない。
もう地上へは戻れない。
仮に戻ったとしても、その時にはきっと、世界は浄化されている。
青年の事も、少年の事も、秩序の戦士達は覚えていなくて、戦いを棄てた青年も、居場所はない。


望んでもいない宿命から、戦いの輪廻を。
自分自身で撒いた、運命の種を。

全て棄てて、二人は静かに目を閉じた。
繋いだ手が、いつまでも此処に在る事だけを、信じて。




いつかの未来、全てが失われた世界が来ても、きっと彼らは目を開けない。
ある筈だった未来が消え、あった筈だった過去が消えても、きっと彼らは気付かない。

繋いだ手から伝わるものだけが、彼らが求める真実だから。






88の日で『ヤンデレオン&ヤンデレスコールで、メリーバッドエンド』とのリクを頂きました。
……ヤンデレ要素が見えなくなってしまった……

[レオスコ]君の記憶で染まる世界で生きていく

  • 2013/08/08 23:50
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二人きりで、何処かに行きたいな。
突然のレオンの言葉に、そうだな、と言う返事をすると、嬉しそうな笑顔が返ってきた。


「何処に行きたい?」


訊ねて来たレオンの手には、本屋で買って来たのか、旅行雑誌があった。
テーブルの上にも、発行元を問わずに様々な旅行雑誌が詰まれており、国内は勿論、海外の案内雑誌もある。
言葉の壁なんてものは、レオンにとっては大した壁にはならない。
大学を卒業後、海外を飛び回る仕事をしていたから、英語は勿論、挨拶や基礎会話程度であれば、10ヶ国語位は余裕で話せるのではないだろうか。

ほら、これ、とレオンが雑誌をスコールに見せる。
其処には如何にも南国と言った風の写真が載せられており、お薦めプランが綴られている。


「ホテルがバンガローで、それぞれにプールもついてる。海も近い」
「……うん」
「大通りも近いから、食事も色々楽しめそうだ。ああ、バンガローにキッチンがあるから自分で作る事も出来る」
「…ふぅん」
「バーベキューセットも貸出してるそうだ」


殊更に楽しそうに、嬉しそうに語るレオン。
スコールは相槌を打ちながら、そんなレオンの話を聞いていた。

レオンの顔はとても穏やかで、安らかで、幸せに満ちている。
それを見ているだけで、スコールもなんとなく、自分が幸せの中にいるような気がした。
そして、それは強ち間違っていなくて、けれど少し、違う。

窓の向こうで、鳥が鳴いている。
なんと言う名前の鳥だったのか、レオンに教えて貰った筈だが、スコールはもう覚えていない。
レオンから聞く話に興味がない訳ではないのだけれど、やはり、動物そのものに興味がないので、記憶には長く残っていてくれないようだった。
恐らくレオンの方も、スコールに鳥の名前を教えた事は、覚えていないだろう。


「水着、あったかな。ないなら、行く前に買わないとな」
「向こうで買えば良いんじゃないのか。あるだろ、近くに。そういう場所なんだし」
「売ってはいるが、サイズの規定がこっちと違うからな。丁度良いサイズがないかも知れない。こっちで買ってから持って行った方が、失敗しなくて済むぞ」
「……そうか」


仕事柄、色々な所に足を運び、自分の目で見て来たレオンが言うのだから、間違いではないだろう。
素直にスコールが頷くと、じゃあ来週にでも、とレオンは言った。
性急過ぎるとスコールが思う事はなく、もう一度こくんと頷けば、レオンはやはり嬉しそうに笑った。

こっちも良さそうだぞ、とレオンが別の雑誌を開こうとする。
其処で、スコールのポケットの中で、携帯電話が鳴った。


「…ちょっと」
「ああ。友達か?」
「……ん」


そうか、と言ってレオンは雑誌を開いた。
スコールは二人で座っていたソファを離れ、リビングを出る。

廊下とリビングを隔てる扉には、大きな覗きガラスがあって、向こう側の相手の姿を見る事が出来る。
スコールはガラスの向こうのレオンを見ながら、携帯電話の通話ボタンを押した。


「……もしもし」
『もしもし、スコール?』
「…ああ」


今大丈夫か、と訊ねて来る電話の主は、ラグナだった。
レオンとスコールの実の父親であり、大会社の社長を務めている。
レオンは、大学を卒業後、直ぐに父の会社に入社し、その手腕を発揮して、めきめきと業績を上げていた────一年前までは。

電話の向こうの父の声は、とても消沈していた。
無理もない事だと、スコールは知っている。


『レオン、どうだ?落ち着いてる?』
「ああ。昼間は、一応。夜になると、まだ判らない」
『どんな感じなんだ?』
「……眠れない事がある。眠っていても、朝になったら酷い顔をしてる時がある」


スコールの言葉に、そっか、と父は小さな声で言った。

覗き窓から見えるレオンの姿は、スコールが幼い頃から見て来た兄のものと、特に変わらない。
パソコンに向かって書類を書いたり、考え事をしている時と同じ表情で、彼は雑誌を読んでいる。
視線に気付いたのか、顔を上げたレオンが、扉の向こうのスコールを見る。
ひら、と手を振るレオンに、スコールも小さく手を振った。

電話の向こうで、父が潜めた声で言う。


『あのさ、スコール。レオンの事、お前にしか頼めないから頼んじゃったけど。お前は大丈夫か?』
「問題ない」
『本当か?無理するなよ』
「大丈夫だ。それより、レオンが海外旅行に行こうって言ってる。行っても良いか」
『え?───ああ、うん、えーと……』


電話の向こうで、がたがたと騒がしい音がする。
スコールは、のんびりと父の返事を待つ────つもりだった。

徐にソファから立ち上がったレオンが、扉へと近付いて来る。
カチャ、と扉を開けると、レオンは何も言わずにスコールの腕を掴んで、抱き寄せた。
突然の出来事であったが、スコールの表情は平静としたまま、レオンの背中を抱き締める。
もしもし、と父の声が聞こえたが、後でかけ直した時に謝ろう、と決めて、通話終了のボタンを押した。

ぷつ、と通話が切れて、父の声が聞こえなくなると、レオンは言った。


「何処に行ったのかと思った」


先程まで同じ部屋にいて、電話だから、と言って席を離れたスコールの事を、彼はもう覚えていない。
スコールは微かに震えるレオンの背中を、あやすように撫でる。


「何処にも行かない。ずっと一緒だ。約束しただろ」
「……約束……」
「俺が、子供の頃に」
「…ああ、うん。そうだな。約束した。ずっと一緒だって」


ずっと、ずっと。
大人になっても、ずっと一緒。

それは、スコールもレオンも、今よりもずっとずっと幼かった頃の、小さな約束。
その約束だけを、レオンはずっと忘れない。
大人になって、スコールと一緒にいる時間がないほど、海外を飛び回っていた事を忘れても、スコールと一緒に過ごした時間の記憶だけは、忘れなかった。

だから今のレオンの記憶には、スコールと共に過ごした時の記憶しかなく、スコールが傍にいない時の事は、ふとした瞬間にぷつりと消えてしまう。
だから、スコールがほんの少し部屋を離れている間に、自分が一人で何をして過ごしていたのかさえ忘れて、長い長い時間をスコールと離れて過ごしていたかのような錯覚を起こす。
そして、覚えていない筈なのに、大人になってからスコールの傍にいられなくなった事をまるで罪であったかのように感覚的に覚えていて、大慌てでスコールの姿を探すのだ。
だから夜も、目を覚ました時にスコールがいなくなってしまったりしないか心配で、彼は眠る事が出来ない。
一晩でも二晩でも起き続けて、若しもスコールが怖い夢を見て目を覚ました時、直ぐに慰められるように眠らずにいるのだと言う。
スコールが一人ぼっちで淋しくないように、傍にいて、直ぐに抱き締めてやれるように。

何処にも行かない、ずっと一緒。
その言葉がレオンを苦しめて、その約束がレオンをこの世界に繋ぎ止めている。


「ほら、レオン。旅行の話。さっきの」
「ん……ああ」
「何処に行くんだ。俺、あんたが行きたい所なら、何処でも良い」
「そうか?俺も何処でも良いんだけどな。お前と一緒に行けるなら」


仕事をしていた時、一人で飛び回っていた世界の事を、レオンは殆ど覚えていない。
知識として覚えた事は記憶しているけれど、その地を自らの足で踏んだ事を、彼は思い出せない。
今のレオンにとって、スコールと共に過ごす世界だけが、彼の全てなのだ。


「じゃあ、さっき言ってた所。行こう」
「バンガローの奴か。ああ、良いな。電話で予約しておこう。他にも観光スポットの事が書いてあったから、行きたい所がないか見ると良い」
「……レオンは、一緒に行くのか」


行きたい所に、一緒に行ってくれるのか。
訊ねると、レオンは「ああ」と頷いて、嬉しそうに笑った。

スコールに、行きたい所がある訳ではない。
けれど、若しも何処かに行くのなら、その時はレオンと一緒が良いと思う。
レオンの記憶がとか言う話ではなくて、ただ純粋に、レオンと一緒にいられる事が、スコールは嬉しい。



レオンが心の一部を失くして帰って来た時、それが自分の所為だと知って、戸惑った。
けれど、自分だけが欠けてしまったレオンの心を支えられるのだと知って、嬉しかった。

きっと誰もが、レオンの欠けた心が癒える日を待っている。
自分も待っている、待っているけれど。


自分の顔を見て、酷く嬉しそうに笑う彼の顔が好きだから、もう少しこのままでいたいと思う。





88の日で、『レオンが病んでいて、スコールが健常者なほのぼの』とのレオスコリクを頂きました。
シリアスのほのぼのの隙間になったが、良かったのだろうか。
無意識に弱ってるレオンさんは書いてて楽しかったです。

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