[ロクスコ]野の夜、二人
トレジャーハンターなんてものを生業にしていれば、僻地での旅路と言うのも、そこそこ慣れたものであった。
ロックの世界では、人の足が用意に踏み込めない場所は多くあり、そう言う場所にこそお宝が眠っている。
何百年も前に滅んだ文明の残骸であったり、共謀な魔物が住み着いた崖壁にある洞穴であったり───大抵はそう言うものだ。
嘘か真か眉唾か、其処に眠ると噂される財宝を目指して、トレジャーハンターは道ならぬ道を掻き分けて進む。
別の言い方をすれば、“冒険家”なんて言う呼び方もあり、実際、誰も言った事がない場所を目指して旅をしている訳だから、その道筋を『冒険』と称するのも遠くはないだろう。
ただ明確に線引きをするならば、“冒険家”は誰も踏み入れた事がない場所を敢えて行き、其処を踏破することを目的としているのに対し、“トレジャーハンター”はその名の通り、財宝を得ることを目的としている。
ロック自身、探し求める財宝と言う物があったから、自身は“トレジャーハンター”であると自称した。
一人で方々を駆け回るのには慣れている。
あちこちで情報収集をしていたので、それなりに顔は広く、時には同行者と共に目的地へ赴く事もあったが、基本的にロックは単身行動を好んでいた。
他者との連携行動を厭う性質ではないのだが、何せ一人の方が身軽なものだ。
口では連帯を謡いながらも、利益を求める為に他者を蹴落とす事も当たり前の、弱肉強食が常に隣にある世界だから、下手な味方は敵より厄介だったりする。
宝を見付けた瞬間、横からナイフが突き出してくる事もあるから、本当の意味で信頼が置ける人間と言うのは、財宝よりも貴重なものだった。
それを思えば、ロックがあの世界で共に旅をした仲間達と言うのは、正しく貴重な存在であったと言えるだろう。
では、神々の闘争の世界で出会った者達はどうか。
一部は利害を担保とし、一部は“神の意思”に則って契約的な間柄を下とし、様々な理由付けの中で、敵と味方の境界線を分けている。
しかし、そんな者達の中でも、また別の区分けとして、特に親しくしている間柄の者は存在していた。
そう言う者達は、神々による闘争の世界への召喚と言う経験を、過去にも得ている者ばかりだった。
彼等は彼等で絆があるから、神々の気分次第で振り分けられる天秤以外にも、目の前にいる人間が信用に値するか否かを量る手段を持っているのだろう。
ロックが闘争の世界に召喚されたのは、これが初めての事だ。
ロックが此処に来て以降、また何人か召喚されたので、いつの間にやら先達の立場に持ち上げられているが、個人的にはまだまだこの世界には慣れていない。
その意識を多少なりと育てておく為にと、ロックは時間があれば、この世界の形を見るようにと努めていた。
戦士達が闘争を繰り広げることで生まれるエネルギーによって、この闘争の世界は拡がっていくのだと言う。
その言葉を裏付けするようにか、ロックが外へと足を向ける度に、世界の何処かであらましが変わっている。
これを何処まで拡げれば、神々が言うこの闘争は決着が着くのか、召喚された戦士達は元の世界へと戻る事が出来るのか────その辺りの事もはっきりさせたくて、ロックはよく外へ向かう。
ついでに、この“神々が創った世界”にしか存在しない“お宝”はないかと、職業柄の好奇心も絡めつつ。
神々が創った世界は、毎日のように繰り広げられる、誰かと誰かの闘いをエネルギーにして、少しずつ拡張していると言う。
だからなのか、世界はどうにも不安定な場所も多く、地形の成り立ちや気候の変化が、常識的な理屈から逸脱している場所も少なくなかった。
そう言う場所は長い時間をかけて安定に変わっていくものらしいが、ロックはこの変化の過渡期こそが面白いものが見れるのではないかと思う。
(……とは言っても────)
ヒュウン、と風を斬る音を後ろから聞いて、ロックは横に飛んだ。
ロックがいた場所に突き立った矢を放ったのは、後方で弓を番えている義士だ。
水晶で作られきらきらと輝くその躰から、あれがイミテーションと呼ばれる、召喚された戦士たちを模した人形である事が判る。
短剣を構えるロックの頭上から落ちて来たのは、ティーダのイミテーションだ。
空中を水のように泳いだかと思ったら、直角の動きで刃が降って来るので、不意を打たれる危険がある。
ロックはそれを半身に捩って避けて、利き腕に握っていた短剣でイミテーションの首筋を切りさいた。
生身の人間であれば十分に致命傷になる筈だが、人形は痛みを感じない。
首の半分程度を掻き割ったものの、其処を胴体と分離させるまでには至らず、イミテーションはすかさず次の攻撃を仕掛けて来た。
重みがある筈の長刃の武器を、ティーダは腕一本で振り回す。
動きからして、多少体重を振り回され気味に見えるのだが、彼の柔軟な筋肉がその欠点を補い、且つ自由な動きをして見せる。
目の良いロックにとって、多少の厄介はあれど、それを捌く事そのものは然程苦ではないのだが、
(二対一ってのは面倒だ)
泡沫の攻撃を捌く為、ロックの足が止まる。
と、それを狙って射出される矢で、ロックは嫌でもその場を飛ばなければならない。
とすれば当然、泡沫が直ぐにそれを追って来て、ロックの意識を縛り付けようとする。
(取り敢えず、あっちの方を先に片付けたいけど)
現状のロックにとって厄介なのは、剣戟を止めない泡沫よりも、遠方から常に狙い続けている義士の存在だ。
義士はつかず離れずと言う距離を常に保ち、弓矢や手斧と言った投隔武器を使って来る。
近距離は完全に泡沫に任せ、安全圏から敵の隙を狙い、時には泡沫の補助と言った戦法に徹していた。
今のロックの位置から、義士のいる場所までは、簡単には狙えない。
とにかく距離を詰めねば当たる攻撃も当たらないのだが、その為には張り付いて離れない泡沫をどうにかしなくてはいけない。
だが、単純に足の速さで振り払うには、泡沫の初速は流石に上回るのが難しかった。
一瞬で良いから、泡沫か、或いは義士の狙いが逸れてくれれば────と思っていた時。
「弾けろッ!!」
「!」
空気を震わせる咆哮と共に、火薬の弾ける音が響いた。
焦げた硝煙の匂いが粉塵と共に散る中に、義士が痛みに喘ぐ声を漏らす。
ロックの視界の端で、頽れかけた義士が体勢を立て直すのが見えた。
舞い上がる土煙の向こうで、剣が切り結ぶ音が響く。
同時に、常に此方を狙っていた刃が減った事に気付いて、ロックはにやりと口角を上げた。
二体のイミテーションを無事に退治したロックは、割り込んできた人物────スコールと合流した。
助かった、と言ったロックに、スコールは相変わらず釣れない態度であったが、ロックにとっては見慣れたものだ。
スコールは、最近、この周辺でイミテーションの目撃例が多いことから、その駆逐の為にやって来たと言う。
真面目なものだとロックは思うが、彼の言うこの哨戒行動が存外と大事である事も事実。
イミテーションは不安定な世界の継ぎ目───次元の狭間───から零れるように沸いて来るもので、放置しておくと爆発的な数になってしまう可能性がある。
嘗ては秩序の戦士を、今では陣営に関係なく、この世界で過ごす戦士を無作為に襲ってくる事から、害獣駆除の一環として、定期的な排除活動が必要となっていた。
戦士達が闘争の世界で過ごす時間が長くなるにつれ、この世界も拡充されている。
秩序と混沌の戦士が拠点とする両陣営の塔からも、随分と離れることが出来るようになった。
今ロックとスコールがいるのは、秩序の塔から二日ほど歩いた場所で、ぽつぽつと次元の歪の存在が目立つようになっている。
歪は力場が安定すれば、閉じるか、或いは通過点として利用できる程度に定着するのだが、今はまだ其処まで至ってはいない。
この為、行くも帰るもその足で歩く以外には手段がなかった。
となれば、当然、野宿と言う事になる。
昨日は一人寝だったロックだが、今夜は折角合流したのだからと、スコールと共にテントを張った。
「人手があるとやる事が少なくなって楽だよ」
「……そうだな」
テントを張り終え、スコールが起こした火を使って、ロックは簡単に鍋を作った。
近くには澄んだ川もあり、適当に切った野菜と、荷物袋の中に押し込んでいたスパイスを使えば、食べられるものになるから楽なものだ。
ロックは木製のカップに鍋を容れ、ほい、とスコールに差し出した。
スコールは無言でそれを受け取り、少し熱の当たりを覚ましてから、それを口元へと運ぶ。
意外と猫舌なのだと知った時には、見た目のクールさに相反した可愛らしさを見出したような気がして、ロックはこっそりと浮かぶ笑みを、自身のカップで隠す。
胃袋が熱を取り込んで、ふう、とロックは一つ安息を吐いた。
「見張りはどっちからする?」
「……どっちでも良い」
「じゃあ俺からで」
「……ああ」
相談と言う程の遣り取りでもない会話は、ものの一つ二つで終わってしまう。
それをロックが気不味く感じていたのは随分前の事で、最近は彼との間に沈黙しかなくても気にしなくなった。
蒼の瞳が、少しぼんやりとしている様子から、多分眠いのだろうなとロックは思う。
いつかの警戒した猫のような態度を思えば、随分と懐いてくれたと、感慨深くなった。
太陽が何処かへ隠れてしまってから、徐々に気温が落ちて行き、吹く風にも冷たさが混じる。
それでも大して寒くはないと思うのは、焚火と、温かいスープと、一人ではないと言う現実からだ。
とは言え休む時にはそれなりに暖は欲しいもので、スコールは寝床にする為の毛布を広げていた。
「交代時間は?」
「いつでも良い。あんたが眠くなったら起こせ」
「はいよ」
毛布に包まり、腕を枕にしながら言うスコールに、気安くなってくれたもんだとロックは独り言ちた。
ぱちぱちと揺れる焚火を背中にして、小さく蹲る背中。
規則正しい呼吸のリズムだけが読み取れる背中は、恐らくこの環境で深く寝入る事はないのだろうが、ロックに対して気を許している事だけは判った。
かさ、と小さな音が聞こえて、その方向に視線だけをやってみると、茂みの隙間から小さな野リスが此方を見ていた。
まだ若いのか、好奇心旺盛な目がじっとロックを見つめている
と、その目は背中を丸める少年へと向いて、小さな体が地面を滑るように移動して、少年の枕元へと辿り着いた。
チ、チ、と小さく鳴る野リスの喉に、ロックはしぃ、と人差し指を立ててやる。
それが通じたかは定かでないが、野リスはことんと首を傾げた後、今度はロックの下へとやって来た。
「疲れてるみたいだから、起こしてやらないでくれよ。これやるからさ」
ロックは懐に手を入れて、クルミを二個取り出した。
二つを手の中で打ち合わせて殻を割ると、ぽろりと中身が取り出して、野リスは早速それに齧り付く。
カップに夕食の鍋の残りを入れて、ロックは場所を移動した。
眠るスコールのすぐ後ろに胡坐を掻いて、揺れる火の灯りをスコールから遠ざけてやる。
ちらとロックがスコールの顔を見遣ると、眩しそうに寄せられていた眉間の皺が、段々と解けるのが見えた。
変わりにロックが間に入ったことで、焚火の熱源が遠くなってしまったのか、もぞもぞと毛布を手繰り寄せている。
ううん、と小さく唸る声の後、スコールが寝返りを打った。
反対側を向いた体が、傍らに座っていたロックの背に当たる。
「んん……」
むずがるような声が続いて、起きてしまうかと思ったロックだったが、スコールの瞼は持ち上がらなかった。
そんなにも疲れているなんて、一体何処で何をしていたのだかと疑問も沸くが、きっとスコールはその手のことを聞かれたくはないだろう。
素っ気ないようでいで、仲間思いの彼の事だから、色々とこの世界の探索に時間を費やしていたことは相続に難くない。
とは言え、こうも眠れる程に疲れていたのなら、もう少し上手く仲間を頼れば良いのにと思ってしまう。
だが、それが出来ないから、スコールは何でも自分で片付けてしまおうとするのだろう。
ロックの背中に半身を寄せた格好で、スコールはすぅすぅと寝息を立てている。
傭兵としての訓練を受けたと言うスコールは、人が傍にいる環境では深くは眠れない。
そんな彼が、こんな風に密着した状態でも目を覚まさないと言うのは、彼がロックと言う人間を信頼しているからに他なるまい。
「……あんなに警戒してくれてたのになあ」
すやすやと眠る少年を見下ろし、一番最初に顔を合わせた時のことを思い出しながら、ロックは苦笑する。
イレギュラーの重なりで、自分自身のことさえ曖昧だった時のロックを、スコールは誰よりも強く警戒していた。
それが彼の役割であり、誰かが考えなくてはならなかったものであったから、衝突があったことも含め、致し方のないものであったと言える。
逆の立場ならロックとて警戒心は持っただろうから、誰もあの時のスコールの態度を責めることは出来まい。
だが、あれを真っ直ぐに向けられていたから、ロックは今この時間が一入に感慨深い。
毛を逆立てていた子猫の懐は、随分と温かくて心地が良くて、愛おしさまで募って来る。
クルミを食べ終えた野リスが、またスコールの枕元へとやって来た。
目元にかかる栗色の髪に鼻先を寄せる野リスを、ロックは手でその触れ合いを遮ってやる。
野リスはロックの手の甲をすんすんと嗅いだあと、其処からするすると腕を登って、ロックの肩までやってきた。
肩で遊ぶ小動物を好きにさせながら、ロックは眠るスコールの目元に触れる。
指先に触れる皮膚の凹凸の感触は、特徴的な額の傷だ。
その形をゆっくりとなぞりながら、ロックの静かな夜は過ぎて行くのだった。
6月8日と言う事で、ロクスコ。
朗読劇の時には、スコールは得体の知れないジョンに対して警戒しまくりだった訳で。
素性が分かった後は、既に一揉め二揉めした後だったので、スコールの方もロックに対して慣れたと言うか。陣営が別なら警戒はするけど、知り合いの寝首を掻くような人間でもないとは思う。
ロックはロックで、スコールの警戒心の強さは当たり前の事だったし、今も陣営が急に引っ繰り返るので当たりが厳しくなるのも仕方ないなと思いつつ、なんだかんだ自分に懐いてくれているのも感じてほっこりしてると良いなと言う。