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2023年03月

[オニスコ]向上の道

  • 2023/03/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



世の中にはどうにもならない事も多いが、そうだと思っているものでも、案外とどうにかなってしまう事もある。
それは理に逆らっているようで、きちんとそれも理の中に組まれているものであった。
だから、どんなに理解不能なことでも、通じた時には相応の組み立てが成されているものだ。
それを解析して行けば、理は新たな理として定着する。

どうにもならない事の第一は、年齢であるとルーネスは思う。
時間の流れと言うのは画一的なものであり、誰であろうと何であろうと、一秒は一秒だ。
どんなに早く動いているようでも、スロウがかかったように動きが鈍間でも、世界を取り巻く時間は決して早回しにも遅回しにもならない。
異世界で時間を操る術を持った魔女ですら、世界の時代を行き来する力を持っていても、己自身に流れる時間は動き続けていたのだ。
世界の時間は誰一人としてその枠組みから外れるようには、出来ていない。

だからルーネスがどんなに願っても、逆立ちしても、彼はこの世界に召喚された者達の中で、最年少と言う場から動けない。
新たな戦士が呼ばれれば判らない話だが、自分以下の年齢が戦士として召喚されるのもどうかとは思う。
ルーネス自身の記憶がはっきりとしないので定かではないが、秩序の戦士達で年齢がはっきりしている者や、体格の仕上がり具合などから見ても、自分が数え十五になるかならないかと言うのは否定できなかった。
となれば、それ以下となると、いよいよ幼い。
悔しいながら、多くの者がルーネスを“幼い”と形容する中で、自分以下の年齢の戦士が召喚されたら、幾らそれが女神の采配と言えど、ルーネスも彼女の真意を疑う事もあっただろう。
異世界それぞれに基準は違えど、少なくとも半数は元服と見られる年齢に接していると思われるルーネスは、秩序戦士達にとってはギリギリの許容ラインだったと言える。
故に、それ以下の幼い戦士の参入は、決して歓迎されるものではあるまい。

その他、戦士達の力ではどうにもならない事と言えば、それぞれの世界に依存する力の作用だ。
分かり易いのが、各個人が持つ魔力やそれを操る素養の差である。
セシルの世界では、魔法はそれぞれの道に応じた才能と素養、そして努力があって実るものであるが、やはり強いのは生まれ持っての才能であったと言う。
だから黒魔法と白魔法を同時に究められる者は先ず殆どおらず、いればその人は賢者と呼ばれる程の力を有することになる。
フリオニールの場合、魔法の素養は少なくとも多くの人間が持っているが、それを得る為の手習いのような方法がなかった為、書を手に入れて鍛錬に望めばこそ得られる力であった。
そう言った理屈であったから、修練を積めば研ぎ澄ませることも出来るが、フリオニール自身がそもそも魔法を不得手としているようなので、あまり頼ることはない。
反対にヒトが魔法を使う事自体が難しく、道具に頼らざるを得ないのがクラウドだ。
彼の場合、魔法は専ら”マテリア”と呼ばれる魔石に集約されており、無手で魔法を扱うのはまず無理だとのこと。
ティーダも魔法を使うことは出来ず、元の世界でもこれは同様で、魔法は使えるべき人のみが扱えるものだったそうだ。

ルーネスの場合はと言うと、元の世界のことがよく思い出せないので、はっきりとはしない。
ただ、どちらかと言えばフリオニールやセシルの世界に近かったような気はする。
感覚的なものだから一概に言えるものではないが、“特別なもの”であると同時に、“ありふれているもの”でもあったように思うのだ。
だからなのか、ルーネスの勤勉さも含め、学び研ぎ澄ませようとすればする程、ルーネスの力には伸びしろがあるように皆が評価した。

年齢と言うアドバンテージは、どう頑張っても引っ繰り返せない。
ルーネスはそれをきちんと受け止めていた。
故にこそ、経験不足を補えるように、知識とそれに伴う経験値を誰よりも多く積もうと心掛けている。

その為、ルーネスは暇さえあれば、屋敷内にある書庫に籠る。
書庫には異世界のどこと問わずに様々な書籍が並べられており、時にそれがぽこりと増えていたりする。
自分の世界の本は勿論、異なる世界の書物に触れる機会など、こんな世界に喚ばれていなければ先ず有り得なかっただろう。
貴重な経験をさせてくれる事には感謝をしつつ、ルーネスは毎日のように某か本を開いていた。

そんな彼の下に、一人の青年───スコールが現れ、こう言ったのだ。
「魔法を教えてくれないか」……と。



三冊の本を広げた机を、挟み合う形が向き合って、早一時間。
いつの間にか定着したこの並びで、ルーネスはスコールを相手に魔法の理屈について講師をしていた。

内容はその時々によって違い、議題は基本的にスコールの方から出してくれる。
今日はこれについて教えて欲しい、と言うスコールの申し出に合わせ、ルーネスは書棚からその回答に使えそうな本を探す。
使う本は大抵、ルーネスが微かな記憶で見覚えのあるものにしていた。
魔法に関する本と言うのは、大体それが出版された本の理に則って記述されているから、ルーネスにとってもその理解度はやはりバラつきがあるのだ。
よくよく分かるのは自分の世界のものと思しきものなので、先ずはそれを取っ掛かりにし、解決できない疑問があれば裾野を広げて本を探すようにしている。
こうした時間を過ごすことで、ルーネスにとっても、齎された議題について、様々なアプローチから考え直す機会も得ることが出来ていた。

師事を依頼して来たスコールは、講習中の態度も真面目なものだった。
基本は黙々と本を読み、疑問点があればそれをルーネスに尋ね、解決の如何に関わらず何かを得心したような表情を浮かべてくれる。
無駄話をしないので、ルーネスにとっては非常に心地の良い生徒と言えるだろう。

その傍ら、ルーネスはどうしても解けない疑問があった。
聞いて良いものかと考えあぐねて、今日と言う日まで過ごしているのだが、折角ならすっきりさせてしまいたい。
そんな気持ちで、今日の勉強分は終えたと本を閉じたスコールに声をかけた。


「ねえ。どうしてスコールは、僕に魔法を教わりに来たの?」


直球に訊ねてみれば、蒼の瞳がちらと此方を見る。
結構お喋りなんだよ、とジタンが言っていた瞳だが、ルーネスはまだその奥底の言葉と言うのは聞こえない。
ただ、視線を寄越してくれたと言う事は、少なくとも話をする、或いは聞く気があると言う事だ。

質問を投げかけた時、スコールはしばらくの間、黙ったままでいることが多い。
これに不機嫌にさせたか、聞かれたくないことを聞いたかと思っていたルーネスだが、どうやらそうでもないらしいと最近分かった。
スコールは自分に向けられた質問に対し、どう答えて何を言葉にするべきか、それを考える時間が必要なのだ。
喋るのが面倒なのか、言葉数を多くするのが嫌なのか、色々と削ぎ落すことに意識が向くのが彼の癖らしい。

今回も数秒の沈黙の後で、スコールは答えをくれた。


「あんたが一番分かり易い」
「そう?セシルとか、フリオニールとかでも良い気がするけど」


秩序の戦士達の間で、それぞれの優劣と言うものはないが、それはそれとして、各個人の得意分野と言うものはある。
また、何かを他人に教えると言うのも一種の才能で、物事を分かり易く噛み砕いたり、相手の立場や状況にたって思考の仕方を変えると言うのは、そう誰もが出来ることではなかった。
生憎ながらルーネスはその点については自信がない。
と言うのも、自惚れでなく、ルーネスはそれなりに物事への理解が早い方であるから、言ってしまえば“理解ができない人向けの説明”と言うのが難しいのだ。
一を聞いて十を知る人間にとって、一と二と三と順序立てて説明するのは、反って簡単すぎて分解のしようがない為、簡単に言えないものになってしまうのである。

その辺りの分解と組み立て直しが上手いのがセシルで、相手の立場で一緒に考えてくれるのがフリオニールだ。
良くも悪くも素直だが物覚えの悪いティーダに、根気よく付き合っている所からも、それは伺える。

しかし、スコールは緩く首を横に振り、


「セシルも魔法に関しては理詰めの説明は難しいらしい。お前に聞いた方が良いと言われた」
「そうなの?じゃあフリオニールは?」
「フリオニールも魔法は得意じゃないし、そもそも座学が苦手だと言っていた。こう言う事には向かないだろう」


こう言う事、とスコールが示したのは、机に広げた書籍たち。
確かに、フリオニールがこう言う本を開いているのは見たことがない、と思う。


「あとは……他にも、バッツとか、ティナとか」
「バッツは感覚が強すぎる。ティナも魔法に関しては似たような所があるようで、説明には向かない」
「まあ、そう言われると、そうだね」


バッツは幅広い知識を持っているので、旅の知識や薬学は中々理論立てて説明してくれるのだが、武術や魔法のことになると、どうも野生じみた勘が強い。
こうしたらこうなるだろ、と実践で見せてくれるのは有り難いが、時には他人から見て無茶なことも平然としてくれるから、あれは生粋の天才肌だとスコールは言う。
そう言う人間に、体の使い方や、個人によっても違う感覚の差を、平均的な文章に並べ直して説明してくれと言うのは、中々に難しいものがあった。

そして、秩序の戦士達の中で、魔法に最も長けていると言えばティナだ。
しかし彼女自身、何がどうして自分が魔法を使っているのかと言うのは、よく分かっていないらしい。
彼女の場合、バッツのような天才肌と言うよりも、持って生まれたものを当たり前に使っていると言う、”どうして生き物は呼吸をするのか”と言う疑問に近い所があるようだ。

残った他のメンバーは、魔法を主体としない戦い方をしており、そもそも魔法の素養も低い者が多い。
ウォーリア・オブ・ライトは少しそこから定義を外すことになるだろうが、彼相手に魔法の講義を頼めるかと言うと、流石にルーネスも首を捻った。


(消去法で考えても、僕しか残らないか)


スコールの選択を、ルーネスもはっきりと理解した。
魔法の素養を持ちながらも、その使用を本能的な所に頼らず、尚且つ日々の研鑽努力に厭いのない人物。
ついでに付け加えるならば、書庫にある本の多くを種類問わずに把握しており、内容についてもそれなりに頭に入っている者。
必然的に、選択はルーネス一人に絞られていく訳だ。

スコールにしてみれば、選ぶべくして選んだ人選だったのだろう。
そう思うと、例え消去法でも、そこに選択肢として残してくれただけで、ルーネスは少し嬉しかった。


(スコールに頼られたと思えば、やっぱり少しは、ね)


口元に浮かびそうになる笑みを、ルーネスは本を読むふりをして隠す。

ルーネスから見て、スコールはとても優秀な戦士であった。
自身の獲物から、持ち場とする距離感を保ちつつ、様々な手を使って戦術を組み立てることに長けている。
年齢を聞けば、ティーダと同い年であると言うから驚いたが、沈着冷静な佇まいや、かと思えば突き抜けることを躊躇わない胆力など、流石は傭兵と称されると納得する。
全体的に年若い秩序の戦士達の中でも、どちらかと言えば年下に区分けされるスコールだが、その中でも戦場に対する意識は抜きんでていた。
そんな彼から、一時でも師事を仰ぐ者として選ばれたのなら、少々自惚れに頬を緩めても許されるだろう。

閉じた本を山にして、スコールが本棚にそれを返しに行く。
それを横目にふと窓の外を見れば、いつの間にか濃い夕焼け色の陽が差し込んでいた。
間もなく日が落ちて夕飯になるだろう頃合いに、ルーネスも本を閉じて席を立った。


「そう言えば昨日、スコールの世界で使われてる魔法の本を読んでみたんだけど」


言いながら彼の後ろを通り過ぎ、隣の書架に本を戻す。
スコールは腕に抱えている本を一つ一つ、元遭った場所に戻しながら、


「初級向けの教科書か」
「面白いね。魔法があそこまで細かく分析されているなんて。あれで初心者向けってことみたいだけど、あれは誰でも読めるものなの?」
「ああ。俺がいたガーデンでは、授業の教材として生徒全員に配られる」
「スコールの世界の魔法は、僕らが使うようなものとも違うみたいだし。もう少し読んでみようかな」
「書いてあるのは初歩の初歩だった筈だ。あんたが今更知るような事もないと思うが」
「魔法が科学的に分析されているものなんて、僕には初めて見るものだよ。この理屈が理解できれば、自分の魔法の成り立ちだって、もっと細かく分かるかもしれない。分かれば、何か応用が出来るかも」


知識に貴賤なし────それが異世界のものであっても、ルーネスはそう思う。
取り込めるものは何でも取り込み、良いところを抽出すれば、更に力は磨かれる筈だ。
その為にも、この書架で見つかる本と言うのは、どれも捨てるものはない。

ルーネスの言葉に、スコールが小さく呟いた。


「研究熱心だな」
「スコールほどじゃないよ。僕の所に、こうやって勉強しに来るなんてさ」


感心したと呟くスコールに、ルーネスも真っ直ぐその言葉を返した。

勉強と一口で言っても、先ずそれに手を付けるまでが中々ハードルがあるものだ。
加えて教鞭を求めるのなら、頼む相手が必要になる訳だが、それが年下と言うのはやはり自身の矜持が疼くものではないだろうか。
少なくともルーネスは、そう言うプライドが疼いてしまう。
それが自分の幼い面であると判っていても、保ちたい面子と言うものは、簡単には剥がせないものだ。

それを越えて「教えて欲しい」と頼みに来たスコールだ。
今だけのこととは言え、彼にものを教える立場を与る者として、向上心を忘れる訳には行かないだろう。


「それに、スコールの世界の魔法のことが分かれば、スコールの魔法の扱い方の感覚って言うのも、少しは判るかも知れないしね。魔法の使い方を教えるなら、その辺のこともちゃんと理解しておかないと」


スコールが扱う魔法は、“疑似魔法”だ。
科学的に分析された魔法の方程式を、科学的に組み立てて、“本物の魔法”に似せて使用されるもの。
その独自の成り立ちが分かれば、ルーネスが扱う魔法と、スコールの使う“疑似魔法”の違いも判るかも知れない。
ルーネスがそれを理解できれば、より一層、スコールが教鞭を求めるものにも近付くことが出来るだろう。

取り敢えずはあの初心者向けの本を読み込んでおこう。
今後の方針を固めるように呟くルーネスに、スコールの目元が微かに和らぎ、


「やっぱり、あんたに頼んで正解だった」
「え?何か言った?」
「いや」


なんでもない、と言ったスコールの口元が、いつもの真一文字よりも緩い。
下から見上げる目線であることで、ルーネスにはそれが一等見付け易かった。

見上げるルーネスを、オレンジ色の陽光を灯した、蒼の瞳が見詰めて、



「じゃあ次も宜しくな。ルーネス先生」



────冗談めかして言ったその単語が、思いの外少年の心に突き刺さる事を、彼は知らない。



2023/03/08

3月8日と言う事で、オニスコ。
赤い実はじけたその瞬間みたい。

基本的にルーネスが一番年下なので、ルーネスから教えを乞う事はあっても、誰かに教える立場になることは中々ないだろうなと。
そんな年下少年が、優秀と判っている人から不意打ちに「先生」って言われたら嬉しいんじゃないかなあ。
そしてドキッとして恋まで落ちてくれると楽しい。私が。

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