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2014年09月

[ジタスコ]エピソード・スタート

  • 2014/09/08 21:53
  • Posted by
9月8日なので現代パラレルのジタスコ……の筈だったのに、どう見てもジタスコ未満。
オープニング的なものと言う事で。





生徒手帳を落とした事に気付いたのは、一日の就学を終えた放課後の事だった。
いつもなら、学則に生徒手帳の所持が定められている事など気にせず、まあその内発行し直せば良いか───で済むのだが、その日は違った。

自由な校風を売りにしている学校だが、服装検査の類がほぼ全く行われない代わりに、所持品検査は厳しい所がある。
携帯電話の所持は生徒の安全上の問題として認められているものの、音楽プレーヤーや、勉強と関係のない娯楽雑誌等の持ち込みは禁止されていた。
先生に見付からなければ大丈夫、と言うスリル感の中で持ち込む者もいるが、生徒指導の教員にでも見つかれば一発で取り上げられてしまう為、それらが校内で日の目を見る機会は少なかった。
授業中に弄らなければ良い、と言う位の優しさが欲しい、と思う生徒達は少なくなく、ジタンも漫画一冊位の持ち込みは赦して欲しい、とよく思う。
が、今日のジタンが焦っているのは、『所持品検査』に置いてもう一つ重視される事項について、だ。

『所持品』についてもう一つ生徒達が面倒臭がっている事は、授業に必要なものがきちんと揃っているか確認される事だ。
教科書、ノート、筆記用具───此処までは授業に使用するものだから判るとしよう。
だが、生徒手帳の絶対所持と言う項目については、意味が解らない、と言う生徒も多い。
今のジタンが正にその一人であった。


(やばいやばいやばい!見付けないと明日の検査で何言われるか!)


人気の少なくなった教室で、ジタンは自分の席周りを何度も探していた。
机の中を覗き、鞄の中を覗き、机の回りをしゃがんでぐるぐると周り、教室後ろのロッカーも確認した。

生徒手帳の所持は、この学校の生徒達には義務として定められている。
所持品検査で最も厳しく確認されるのも、この生徒手帳だった。
失くした時でも、再発行の手続きは受け付けてくれるので、いつもなら焦りはしないのだが、明日は所持品検査がある。
発行手続きから手元に届くまで、少なくても四日から一週間は必要なので、今回はそれを待っている暇はない。

だというのに、目当ての黒壇色の生徒手帳は、一向に見付からない。


(外で失くしたのか?まさか学校の外で?だったら何処に落としたか判んねーぞ)


生徒手帳は普段、制服のブレザーの胸ポケットに仕舞われている。
他の生徒も同様で、其処ならクリーニングに出す時等を除けば取り出す必要がないので、入れっ放しにされているのだ。
だから体育などで着替える時でなければ、登下校も含め、平日は何処に行くにも、生徒手帳は持ち歩いている事になる。

落とした可能性のある場所を探す為、ジタンは今日一日を振り返った。
その傍ら、落としたのが今日でなければこんなに焦る事はなかったのに、と胸中で愚痴を零す。


(明日が検査じゃなけりゃ、もっと色んな想像して楽しめたのによ~)


落した生徒手帳には、学校名と学籍番号と学年が記されている。
生徒手帳は何に使うものでもない───身分証明と、人によってはメモ帳代わりに使っている者もいるが───が、失くすと困るものだ。
学校名が記されているので、届け先が判るから、拾い主によってはわざわざ届けてくれる事もある。

例えばの話。
その落とした手帳を拾ってくれたのが、一人の可愛らしい少女であるとしよう。
少女は隣の区に住んでいて(何故そんな人物がジタンの生徒手帳を拾ったかについては、ジタンの方が隣地区に遊びに行った際に落としたものだと設定する)、放課後の帰り道で偶然それを見付けた。
少女は隣地区の新学校に通っており、街でも大きな家に住んでいるお嬢様で、楚々として真面目で、品行方正。
髪はロングのストレート、目尻は少し下がっていて、普段は少し儚い雰囲気だけれど、笑うと可愛い。
落し物を見付けた彼女は、早く持主に返さなくてはと思い、わざわざ土地勘のない隣地区までやって来る。
なんとか学校までやって来た少女は、偶然にもこの学校に中学生代の友達がいたと言う事で、ジタンの教室まで案内されるのだ。
友達がいたのなら、その子に預けてしまえば良いじゃないかと言う突っ込みについては、少女がとても真面目で、きちんと本人の手に返したいと願っているから───と言う事にする。
そして少女はジタンと出逢い、ジタンと生徒手帳の顔写真を確認し、ほっと安心して、微かに顔を赤らめつつ、生徒手帳を差す。
ジタンは礼を言ってそれを受け取り、拾ってくれたお礼にと少女の名前を利き出して──────


「おーい、ジタンー?いるー?」


生徒手帳を探す手を止め、夢想にトリップしていたジタンを呼び戻したのは、良く知る友人の声だった。
良いとこだったのに、と思いつつ、遺失物捜索の件を思い出し、ジタンは我に返る。

呼ぶ声は、教室の後ろの入り口からだった。
いたいた、と手を振っているのは、一学年上の先輩であり、友人であるティーダだ。
子犬を思わせる人懐こい顔で呼んでいるティーダに、ジタンは席を立つ。


「なんだ?オレ、忙しいんだけど」
「まーまー、直ぐ済むから。ほら、こいつがジタン」


明日に控える所持品検査への焦りから、やや素っ気ない態度になったジタンを、ティーダは気にしなかった。
こいつ、と言ってジタンを指差したティーダの視線は、彼の後ろへと向けられている。

ティーダが退いて、隣地区の新学校の制服が見えた。
え、と目を丸くしたジタンに、ティーダが制服の持主を紹介する。


「こいつ、スコール。俺の幼馴染で、隣の地区に住んでるんだ。なんかジタンの生徒手帳拾ったから、届けに来たって」


ティーダの蜜色の髪とは正反対の、ビターチョコレートを思わせる濃茶色の髪。
瞳は青とも藍とも違う、生まれたばかりの猫に似た、透明感のあるキトゥン・ブルー。
長い手足、やや細身だが均整の取れた体系、制服も着崩す事なくネクタイまできちんと締めている。
高い鼻、小さな唇、シャープな輪郭、切れ長の目────そして、額に走る一閃の傷痕。

美丈夫、クールビューティ系、と言えば良いだろうか。
額の傷を見て尚、醜いとは全く思われる事のない、神が丹念に厳選を重ねたかのような秀麗な面だ。
きっと同性からはさぞかし羨ましがられ、異性は虜にされて已まないだろう。
ジタンもこれだけの美人が相手ならば、自ら進んで愛の奴隷となるに吝かではなかった。


(…………って、男かよちくしょおおおおおおお!)


がっくりと膝を折るジタンに、ティーダが「おーい?」と声をかける。
美丈夫は、きょとんとした表情で地に這ったジタンを見下ろしていた。

つい先程まで妄想していた内容と現実との剥離に、思わずショックを受けたジタンであったが、直ぐに我を取り戻した。
この際、届けてくれた人物の性別など、二の次三の次だ。
先ずは生徒手帳を拾ってくれた事と、わざわざ届けに来てくれた事に感謝を述べるべきだろう。
そう思い直して、ジタンはすっくと立ち上がった。


「ジタン、大丈夫っスか?」
「おう、悪いな、なんでもないから気にするな。で、あんたがわざわざ届けに来てくれたんだよな」
「……ああ」


ジタンの確認に、美丈夫───スコールは静かな声で頷いた。
低く主張の少ない声に、ティーダの幼馴染と言う割には随分と大人しい印象だな、とジタンは思う。

スコールは手に持っていた鞄から、黒壇の生徒手帳を取り出した。
無言で差し出されたそれを受け取り、顔写真のページを確認する。
写真、学籍番号、名前と、間違いなくジタンのものが記入されていた。


「…あんたので間違いないか」
「ああ。サンキュ、本当に助かった。これがないと大変な事になるとこだったんだ」


ジタンの言葉に、スコールが不思議そうに首を傾げる。
生徒手帳一つで何を大袈裟な、と言う表情を浮かべるスコールに、ティーダが言った。


「明日、所持品検査があるんスよ。このガッコ、生徒手帳は絶対持ってなきゃいけないんだ」
「……面倒だな」
「だよなー。スコールのとこは、そう言うのないっスか?」


ティーダの質問に、スコールは判らない、と言って首を横に振った。
きちんと整えられた制服姿を見て、あったとしても引っ掛からなそうだな、とジタンは思う。

しばらく、幼馴染だと言う二人の会話をぼんやりと眺めていたジタンだったが、話が放課後の寄り道の算段になったのを見て、ああそうだ、と思い出す。


「えーと、スコール…先輩?」


ティーダと幼馴染なら、年齢は一つ上になる筈だ。
探りながら名を呼んだジタンに、スコールが振り返る。


「……なんだ」
「あんた、隣の地区に住んでるんだよな。手帳拾ったのも、そっちで?」
「ああ」


頷くスコールを見て、一体いつ落としたのだろう、とジタンは記憶を巻き戻す。
制服のままで隣地区に遊びに行ったのは、今から一週間も前の事だ。
それから明日までに所持品検査が重ならなくて良かった、とほっと胸を撫で下ろす。


「って事は、あんたはわざわざ隣の地区から、此処まで来てくれたんだな」
「…知らない学校なら警察に届けようと思ったが、ティーダがいたからな」
「俺のお陰っスね、ジタン!」
「確かにな。お前がいなかったら、大目玉喰らうとこだった」


隣地区で拾ったものだから、届けられる警察署も、やはり隣地区のものだろう。
こういう場所に届けられたものは、落とした持主が管轄に連絡しなければ、戻ってくる事はない。
ジタンはまさか隣地区で落としているとは思わなかったから、スコールが届けてくれなければ、明日の所持品検査には絶対に間に合わなかっただろう。


「んじゃ、わざわざ御足労して頂いた訳だし。ティーダのお陰ってのもあるし。お礼になんか美味いものでもどう?」
「マジっスか!」
「は?」


目を輝かせて食い付いたティーダに対し、スコールの反応は鈍かった。
判り易く眉根に皺を寄せて顔を顰めるスコールに、失敗したかな、とジタンは眉尻を下げる。
進学校に通っているし、放課後の寄り道、飲食は禁止、と言う委員長タイプかな、とジタンが考えていると、


「いいじゃないっスか、スコール。ジタン、結構美味いもの知ってるから、期待して良いっスよ」
「俺は別にそう言うのは……大体、落し物届けた程度で、そんな事」
「言っただろ?明日、所持品検査なんスよ。生徒手帳がないと、生徒指導に目付けられる位厳しいんだ。俺も一回落とした時に検査で引っ掛かったんだけど、わざとじゃないのに、校則守れないのかってネチネチ苛められるのなんて、溜まったもんじゃないっス」
「そんなに厳しいのか?」


信じられない様子で問うスコールに、ジタンとティーダは揃って頷いた。


「まあ、そう言う訳でさ。良いタイミングで届けてくれた救世主様に、感謝の気持ちを伝えたい訳」
「……大袈裟な……」
「良いから良いから!スコールもたまには放課後の楽しみってものを知ると良いっス!」


だから行こう、とティーダはスコールの背を押して歩き出した。
スコールは戸惑う表情は消えないが、押しに弱いのか、されるがままだ。

ジタンは教室に置いたままにしていた鞄を回収し、昇降口へ向かう二人を追った。
階段を下りる所で二人に追い付くと、ジタンはティーダを真ん中にして並ぶ。


「お礼に行くとこだけど、何処が良い?」
「スコールが決めろよ。拾ったのはスコールなんだし」
「俺は別に……」


土地勘がない事も然る事ながら、放課後の寄り道自体に経験が少ない所為か、スコールからの希望はこれと言って挙げられない。
じゃあ仕方ない、と代わりにティーダが希望を挙げた。


「いつものゲーセンの向こうにさ、トンカツ屋あるじゃん。あれとかどうっスか?」
「ああ、あそこ美味いよな」
「スコールも良いよな?其処なら、鳥とか軽い奴もあるからさ」


スコールからの返事はなかったが、ティーダはそれを是と受け取ったらしい。
よし行こう!と拳を振り上げるティーダに、やはりスコールは反対を口にしなかった。

昇降口の下駄箱は学年毎に並べられている為、一年生のジタンと二年生のティーダの下駄箱は全く違う所にある。
そして来客用の下駄箱は、昇降口の一番端に設置されており、それと向かい合ってジタンのクラスの下駄箱があった。
靴を履きかえる為、自分のクラスの下駄箱に向かうティーダと一端別れると、ジタンはスコールと二人きりになった所で、彼の幼馴染に聞こえないボリュームで訊ねた。


「スコール先輩って、ひょっとして脂っこいもんとか苦手?」


背中を向け合って訊ねたが、背後でスコールが僅かに動きを止めたのは判った。
スコールは少しの間を置いてから、


「……なんで判った?」
「いや、なんとなく」


ティーダがトンカツ屋と言った時、スコールが僅かに眉を潜めたのが見えた。
鶏肉もあるから、とティーダが言った時、スコールは何も言わなかったが、横顔が少しだけ安堵したように見えた。
後は、見た目からして、余り味の濃いものや、揚げ物の類を好みそうに見えない────と言う事を説明するのが面倒で、ジタンは便利な言葉でひっくるめた。

はあ、とスコールが溜息を漏らす。
靴を履きかえている背中を見ながら、ジタンは苦笑する。


「言ってくれりゃ良かったのに」
「…別に良いと言ったのは、俺だ。一応、鶏肉もあると言っていたし」


自分で先に選択権を譲ったから、反対し難かったのか。
それとも、部活終わりで腹を減らしている幼馴染を気遣ったのか。
どっちもかな、と勝手に解釈しつつ、ジタンはこっそりと眉尻を下げる。
一番にお礼をするべきなのは、手帳を拾い、届けてくれた彼なのに、これでは意味がない。

ジタンは自分の靴を履きかえると、昇降口の出入口で幼馴染を待つスコールの下に駆け寄った。


「なあ、先輩。また今度、改めてお礼させてくれよ」
「……何度も要らない」
「そう言わないで頼むって。借りの作りっ放しは性に合わないんだ」
「借りならこれから返すだろ」
「でも脂っこいもんは好きじゃないんだろ。それじゃ礼にならないよ」
「………」


沈黙するスコールを見上げれば、彼は眉間に深い皺を寄せていた。
口を真一文字に引き結んでいる所を見ると、機嫌を損ねたように見えたが、蒼の瞳はそうではない。
どちらかと言えば困惑を示しているように彷徨う瞳に、あと一押し、とジタンは見抜く。

ジタンはポケットに入れていた携帯電話を取り出して、操作しながら訊ねる。


「先輩、携帯持ってる?校則で持ち込み禁止?」
「いや、持ってる」
「んじゃ、交換」


自分のアドレスページを開いて見せたジタンに、スコールがぱちりと瞬きを一つ。
切れ長の目が大きく見開かれると、今までと違って随分と幼い印象に見えた。
随分と雰囲気が変わるな、と思いつつ、笑ったらどんな風になるんだろう、と言う細やかな興味が沸く。

形の良い唇が薄く開いて、何かを口にしようとして、結局音にならずに紡がれる。
引き結んだ唇をそのままに、スコールはブレザーのポケットから携帯電話を取り出す。
ジタンは赤外線送信の準備をして、スコールの携帯電話に自分のそれを近付けた。
液晶画面で通信が始まったのを確認していると、ぽつり、と。


「……名前、」
「ん?」


零れた声に、ジタンが顔を上げる。
見上げ見下ろさなければ、互いの顔が見えない身長差に、密かに悔しさを感じていると、


「先輩って呼ばれるのは、変な気分だ。だから、名前で呼んで良い」




そう言って逆光の狭間に照らされた彼の顔が、微かに微笑んでいたように見えて、ジタンは胸の奥が強く弾んだ音を聞いた気がした。






ジタスコ書こうとしたのに、矢印にすらならなかった。でもきっと此処から始まるよ。
スコールの方も、お礼とか先輩って呼ぶとか義理堅い感じがして、良い印象になってると思われる。

[クラレオスコ]ハッピー・スイーツ・パラダイス 1

  • 2014/09/02 23:52
  • Posted by
超甘党なレオンとスコールと、そんな二人に付き合うクラウドで現代パラレル。





見た目の印象化、雰囲気か、レオンとスコールは甘いものが苦手だと思われている。
が、実際には全くの逆で、彼等は大の甘党であり、昨今で言う所謂“スイーツ男子”にカテゴリされるタイプであった。

しかし、スコールの場合は思春期特有の見栄で、レオンは周囲が思う自分のイメージを気にして───要するに、二人とも人目が気になるのだ───、自分が甘党であると言う事を隠している。
知っているのは家族か、付き合いが長く、且つ深い人間だけだ。
何も隠さなくても良いんじゃないか、と彼等の恋人を自負するクラウドは思うのだが、彼等がそう言う性格なのだから仕方がない。
序に、家族以外で彼等の甘党振りを最も良く知っているのが自分だけだと考えると、ちょっとした優越感に浸れるので、まあこのままでも良いか、とも思っている。

そんな甘党兄弟が憧れて已まないのが、時間制限一杯に甘いものが食べられる、ケーキバイキング、スイーツパラダイスだ。
洋菓子店で売られているケーキは、見た目も凝っており、店毎の特色が出ていて、それも良いのだが、幾つも食べるとなるとコストがかかる。
冷蔵庫の容量にも限度があるし、生クリームは日持ちがしないし、かと言って買った当日中に全て食べ切るのも難しい(二人は痩せの大食いなので、可不可の話で言えば、可能かも知れないが)。
出来れば一度に沢山の種類のケーキを味わう事が出来たら、こんなに贅沢な事はない。
そんな彼等の希望を叶えるには、やはり様々ケーキ・フルーツが一堂に会するケーキバイキングはとても魅力的に見えるのだろう。
しかし、圧倒的に女性客が多いであろうそんな場所に、人目を気にする彼等が行くと言うのは、非常にハードルが高い行為であった。
仕事場や学校近くで行われているケーキバイキングもあるのだが、そんな所に行ったら、同僚や同級生と鉢合わせする可能性も高い。
益々、彼等の希望は遠退いた。

そんな恋人達の為にと、クラウドは一念発起して、車で行ける範囲にあるバイキングレストランを探し、月に二回の頻度で、全メニューデザート系と言う催しを行っている所を見付けた。
有名所と言う訳ではないが、種類が豊富で、彼等が好きな生クリームやチョコレートクリームを使っているケーキが多い。
勿論、フルーツ系のケーキやタルト、ヨーグルト等も揃っている。
其処はレオンの職場からも、スコールの学校からも遠い為、同僚・同級生に見付かる可能性も低い。
席はテーブル毎にパーテーションで区切られているから、皿にケーキを山盛りにして食べていても、周りを気にする必要はない。

そう言う場所を見付けたから、一緒に行かないか、とクラウドが誘った時、兄弟は判り易く目を輝かせた。
一も二もなく「行く」と言う返事が得られた訳ではなかったが、「偶には良いな」「偶にはな」等と言う遣り取りをする彼等が、内心わくわくと子供の用に喜んでいた事は、クラウドにはバレバレであった。

ケーキバイキングは月に二回しか行われない為、レオンとクラウドはしっかり有給を取った。
平日であった為、学生であるスコールは、仮病をして学校を休んでいる。
其処までして行きたかったのか、と、普段は真面目に学業に従事しているスコールを見て些か呆れたクラウドであったが、この機会を逃せば二度と行けないかも知れない、と真剣に考えている年下の恋人を見て、深く追求する事は止めた。
第一、レオンにしろスコールにしろ、生真面目な性格をしているのだ。
偶に羽目を外す位なら、許されても良いだろう。

待ちに待った当日は、レオンの車をクラウドが運転し、店まで向かった。
ケーキバイキングの幟を掲げた店は、ロッジを模したもので、スイーツパラダイスにありがちな可愛らしさや華々しさはない。
レオンやスコールのように、人目を気にする男性客にとっては、有難い。

受け付けを済ませ、案内された席に荷物を置いた後、クラウドは二人にケーキを取って来るように促した。
入店前からそわそわとしていた二人は、直ぐに席を立って揃ってケーキテーブルへ向かう。
そして戻って来た時には、皿から溢れんばかりのケーキを盛っていた。
ケーキは12カット程度の細いサイズに切り分けられているのだが、それがひしめき合う程に集められているとなると、彼等はかなりの数のケーキをよそって来た事になる。


「……そんなに一気に持って来なくても良かったんじゃないか?」


皿の上で所狭しとしているケーキ群を見て、クラウドは言った。
恋人の一言に、レオンは眉尻を下げて苦笑し、


「そうは思ったんだが、選び切れなくて」
「……一つしかない奴もあった」


スコールの一言に、後からまた出て来るだろう、とクラウドは思ったが、それは飲み込む。
目の前に在るのを見て、我慢できなかったのは明らかだ。

先ずは基本のショートケーキ、とレオンが真っ白な生クリームに覆われたケーキを口に入れる。
フォークを食んだ彼の口元が、誰が見ても判る程に緩んでいた。
その隣では、スコールが大好きなチョコレートケーキを食べている。
トレードマークの如く眉間に刻まれている皺が、今はすっかり解け、顔立ちの幼さが助長された。


「うん、良いな。生クリームもベタッとしてないし」
「チョコケーキ、ナッツが入ってた。触感が変わって面白い」
「これはラズベリーだったな。いや、先に桃のタルトを…」
「あ。レオン、このアップルパイ、まだ少し温かい」
「本当か?じゃあそっちを先に食べるか」
「あと、コーヒーケーキは結構苦い……」
「どれどれ……うん、確かに。半分ずつにしよう、それなら食べられるだろう?」
「……なんとか」


コーヒーケーキの苦味に負けたスコールに、レオンがくすくすと笑う。
渋面が取れない弟に、レオンはラズベリーケーキを一口掬って差し出す。
スコールはぱくっ、と抵抗なくそれに齧り付いた。
苦味の残る舌に、ラズベリーの甘酸っぱさがより深く感じられたのか、瞬く間にスコールの眉間から皺が消える。
気を取り直してトロピカルケーキを食べ始めた弟を満足げに眺めて、レオンは残りのラズベリーケーキを食べ始めた。

二人の皿の上のケーキが、瞬く間になくなって行く。
クラウドは、終始嬉しそうにケーキを食べる二人をのんびりと見詰めていたのだが、


「クラウド。お前も行って良いぞ。荷物は俺達が見ているから」


テーブルについて以来、一度も席を立っていないクラウドに、レオンが言った。
クラウドは逡巡したが、「そうだな、行って来る」と言って、ようやく席を立つ。

だが、クラウドはケーキテーブルには向かわなかった。
足はドリンクバーコーナーに向かい、ブラックコーヒーを淹れると、周りに人がいない事を確認して、その場で一口飲んだ。
行儀が悪い事は判っていたが、そろそろ耐えられなくなっていたのだ。


(見てるだけで胸やけしそうだ……)


クラウドは甘い物が食べられない訳ではなく、甘味に関してはカットケーキは半分食べれば満足するタイプだ。
食べる時には必ずコーヒーをアテにしており、レオンやスコールのように、甘味だけを食べる気にはならない。
そんなクラウドにとって、山と積まれたケーキは、中々胃に堪えるものがある。

しかし、悲しいかな、恋人達はそんなクラウドの甘味事情に気付いていない。
それ所か、自分達と同じように、人目を気にしているだけで、実は甘い物が好きだと思っている。
彼等がそう勘違いするように仕向けたのは、他でもないクラウド自身で、だからこそ彼等が自分の本音(スイーツ好き)を打ち明けてくれたのだが、こんな時には少しばかり後悔する。
……因みに、ファミレス等でクラウドが注文したカットケーキを半分食べて残りを譲っている事については、人目を気にして自ら甘味を注文できない自分達の代わりをし、スイーツ仲間としての配慮だと思っているようだ。
クラウドは人目を気にする性質ではないので、代わりに注文しているのは確かだが、半分で食べるのを止めるのが彼の甘味許容値の限界であるからとは、彼等は全く気付いていない。

喉奥が少し落ち着いた所で、クラウドは2本のグラスにオレンジジュースを注いだ。
コーヒーカップとオレンジジュースをトレイに乗せ、一度席に戻る。


「飲み物、持って来た」
「ああ、すまない」
「……ん」


テーブルにトレイを置くと、レオンとスコールからは短い反応。
直ぐにケーキに意識を戻す二人に、クラウドは些か寂しさを覚えつつも、嬉しそうにケーキを食べる二人の横顔に笑みを零す。

クラウドはもう一度席を離れると、今度はケーキテーブルへと向かった。
折角来たのだから、少し位は何か食べて行かないと、損をした気分だ。
レオンとスコールには不評気味だったコーヒーケーキなら、抵抗なく食べられるかも知れない。

ショートケーキ、チョコレートケーキ、フルーツタルト、生クリームやチョコレートや抹茶クリームなど各種のロールケーキ。
バニラムースと苺ムースの2層ケーキ、ティラミス、スフレチーズケーキとレアチーズケーキ……エトセトラ。
シュークリームやマドレーヌ、小さく切り分けた生チョコレートもある。
眩暈がしそうな程に所狭しと並べられたスイーツ群に、見ているだけで胃が凭れそうになったクラウドだが、甘さ控えめと広告のついたティラミスとコーヒーケーキを選ぶ事にする。
ケーキ類の他に、パスタやピザが並べられていたので、それぞれ少しずつ皿に取って、クラウドは席に戻った。
その途中で、空になった皿を持った恋人達と擦れ違う。


「もう全部食べたのか?」


目を丸くするクラウドに、ああ、とレオンが頷く。
その後ろで、スコールが微かに顔を赤らめていた。


「どれも中々美味くて、止められなかったんだ」
「……そうか。まあ、楽しそうで何よりだ」
「お前のお陰だ。行こう、スコール。奥にチョコレートフォンデュがあったぞ」
「…!」


兄の一言に、スコールの蒼眼が輝く。
足早になる弟の背にくすりと笑って、レオンがその後を追う。

席に戻ってコーヒーを飲み、クラウドはほっと息を吐いた。
甘味の前に胃を慣らしておこうと、パスタをフォークに巻き付ける。


(あれだけ甘いものを見るのは少し辛いな。でも……)


つい先程聞いたばかりの恋人の一言を聞いて、クラウドの口元が緩む。

付き合いが長い事、恋人と言う身内同然のポジションにいるお陰か、レオンはクラウドに対して遠慮しない。
仕事で上手く彼をサポートした時を除けば、レオンは余りクラウドに感謝の言葉を口にする事はなかった。
誰に対しても配慮を忘れないレオンが、クラウドに対してだけは容赦のない物言いをするのは、彼からの信頼の証と言って良い。
が、たまには褒めて欲しいな、と思う事もある訳で────と言う所に、先の「お前のお陰だ」と言う一言だ。
レオンにとっては何気ない一言だったのだろうが、恋人にそう言って貰えると、クラウドとて喜ばない訳がない。

そんな彼の傍らで、兄以上に無口なスコールも、今日は常よりもずっと楽しそうにしている。
表情だけはいつもと同じように装っているつもりでも、蒼灰色が爛々と子供のように輝いているのが判った。
時折、浮かれている自分に気付いて我に返るのか、真っ赤になっている事があるが、甘味の誘惑には逆らえないようで、結局、また眉間の皺が緩む。
チョコレートフォンデュがあると知って、いそいそと向かった後ろ姿も、いつもの大人びた雰囲気とギャップがあって可愛らしい。

そんな恋人達を見ていると、連れて来て良かった、とクラウドは思った。




≫2

[クラレオスコ]ハッピー・スイーツ・パラダイス 2

  • 2014/09/02 23:48
  • Posted by
スイーツ男子なレオスコと付き合うクラウド続き。





クラウドがパスタとピザを食べている間に、レオンとスコールは戻って来た。
1回目と同じく、皿に特盛にされたスイーツ群に、クラウドはこっそりと自分の胸元を摩って宥める。
二人はそんな恋人に気付く事なく、お互いが選んだケーキの何が美味しい、これがお薦めと話に花を咲かせている。


「苺のロールケーキが美味いぞ。中にカットされた苺が入ってる」
「トロピカルケーキのパイナップル、美味かった」
「マンゴームースはどうだった?」
「俺は気に入った。ババロア、何処にあったんだ?」
「トルテの横だったかな。スコール、フォンデュしたマシュマロ、食べるか?」
「食べる」


爪楊枝を挿した、チョコレートにコーティングされたマシュマロを差し出すレオン。
スコールが雛鳥のように口を開けて、ぱくっと食い付いた。
もこもこと頬袋を作ってマシュマロを食べる弟に、レオンが楽しそうに笑う。


「レオン、苺、食べる?」
「良いか?」


今度はスコールが、爪楊枝を挿したチョコレートコーティングされた苺を差し出す。
レオンが口を開けると、スコールが其処に苺を運ぶ。
甘いチョコレートと、苺の甘酸っぱさが口の中に広がって、レオンの口元が緩む。
それをスコールは羨ましそうに見詰め、もう一つ皿に取っていた苺を口に入れた。


「あま」
「うん」
「……ん」


2文字以下の会話だが、兄弟はそれで十分であった。
口は舌の中の甘味を堪能するのに夢中で、それ以上の役目を放棄している。

そんな二人の前で、クラウドは悶絶していた。


(可愛過ぎるだろう……!)


我知らずにやける口元を、クラウドは必死に引き結ぶ。

お互いに食べさせ合うなんて、いつもならば、人目を気にして絶対に取らない行動だ。
特にスコールは恥ずかしがるので、レオンが促しても断るだろうに、今日は小さな子供のように素直だった。
そんな弟の姿が、レオンは嬉しくて堪らないのだろう、もう一つ、と言ってホワイトチョコレートのかかった苺を差し出している。

やっぱり連れて来て良かった、と思いつつ、クラウドはコーヒーを口に運ぶ。
其処へ、二対の蒼灰色が向けられて、


「クラウド。お前、もう食べないのか?」


レオンに言われて、クラウドはああ、と眉尻を下げた。


「俺はもう十分だ」
「……あんまり食べてないだろ」


確かに、普段のクラウドの食事量と比べれば、今日は半分以下で止まっている。
と言うのも、目の前でこれでもかと言う程消費される甘味を見て、既に胃もたれが始まっているのだから仕方がない。

────が、甘党な兄弟は、そんな恋人の本音には気付いておらず、


「取って来ようか。チーズケーキとか美味かったぞ」
「い、いや。大丈夫だ。俺はお前達が食べてるのを見てるだけで満足だから」


席を立とうとするレオンを、クラウドは慌てて止めた。
彼等と同じペースでケーキを持って来られても、クラウドには半分も消費できない。

レオンは納得しない顔をしつつも、椅子に座り直した。
レオンはしばしクラウドを見詰めた後、手元の皿のショートケーキをフォークに挿し、


「ほら」


徐に差し出されたそれを見て、クラウドは目を丸くした。
固まるクラウドに、レオンは常と変わらない表情で言う。


「美味いぞ」
「……あ、ああ」
「ほら、口開けろ」


促されるままに口を開けながら、まさか、マジかと胸中で叫ぶ。
その叫びは、歓喜でもあり、拒絶でもあり、しかしやはりクラウドは歓喜していた。

舌の上にフォークの背が当たって、クラウドは口を閉じる。
口の中が甘いもので一杯になり、クラウドは引き攣りそうになる顔を必死で正常に保たせていた。


(甘い!やばい!甘い!!)


柔らかい食感の生クリームが、舌の上で蕩けて行く。
噛む程の抵抗もないそれは、瞬く間にクラウドの咥内を満たし、甘い感覚が鼻まで抜けた。

そんなクラウドを、レオンが笑みを浮かべて見ている。


「どうだ?クラウド」
「………あ、まい」
「美味いよな」


聞き間違えたのか、甘い=美味いと言う極甘党の思考なのか、レオンは疑いもせずに、クラウドの一言に嬉しそうに笑った。
その笑顔が眩しくて、クラウドは咥内の甘味地獄に悶えつつ、テーブルの下で耐えた自分にガッツポーズする。

正直な気持ちを吐露すると、この生クリームはクラウドには甘過ぎる。
コーヒーをアテにしても余り食べられるものではないだろうと予想していたが、現実はそれ以上だった。
そんな予測をしていながら生クリームを食べたのは、レオンが滅多にしない「あーん」をしてくれたからだ。
普段はどんなに強請っても、恋人らしい甘い行為など許してくれないレオンが、自ら「あーん」させてくれた事に、クラウドは完全に舞い上がっていた。

更に、レオンがクラウドに差し出したフォークをそのまま使っているのを見て、また顔がにやける。


(間接キス!!)


中学生でもあるまいにと思いつつ、やはり喜んでしまう自分をクラウドは誤魔化せない。

そんなクラウドをじっと見詰めるのは、年下の恋人───スコールだ。
スコールはレオンとクラウドを交互に見詰めた後、徐に皿の上のチョコレートケーキをフォークに取り、


「クラウド」
「ん?」
「………ん」


差し出されたチョコレートクリームに、クラウドは再度目を丸くした。

まさか、スコールが、あの恥ずかしがり屋のスコールが。
驚きと感動に打ち震えるクラウドに、スコールは気付かないまま、微かに赤らんだ顔でチョコレートクリームを差し出している。
早く食べてくれ、と縋るように上目遣いになる彼が、クラウドは可愛くて堪らない。

しかし、口の中にはまだ生クリームの甘味が残っている。
だが、いつまでも躊躇っていては、羞恥に耐え兼ねたスコールが手を引っ込めてしまう。

あ、と口を開ければ、スコールは其処にチョコクリームを運んだ。
クラウドはテーブルの下で拳を握り締めながら、甘味の塊を食む。
するっとフォークが抜けて、スコールを見ると、彼は心なしか嬉しそうに唇を緩ませていた。


(可愛い。でも甘い。でも可愛い…!)


口の中はすっかり甘味地獄だが、クラウドは満足していた。
レオンだけでなく、スコールからも念願の「あーん」をして貰えた。
それだけで、二人を此処に連れて来て、尚且つ一緒に付き合って良かったと心の底から思う。

蕩けたチョコレートクリームの後味を、コーヒーを飲んで誤魔化した。
ふう、と一息吐いたクラウドだったが、そんな彼の目の前に、今度は薄くピンクに色付いたクリームが差し出される。


「苺とラズベリーのケーキ、美味かったぞ」
「…柚子入りのレアチーズケーキも」
「あ、生チョコ食べるか?」
「バナナのチョコタルトとか、あと、アップルパイと」
「ほら、口開けろ」
「……これも…」


次から次へと差し出されるデザートに、クラウドは固まった。
しかし、大好きな甘味に囲まれて舞い上がっている恋人達は、そんなクラウドに相変わらず気付かない。
何より、彼等にとってこの行動は、純粋な好意であり、憧れだったスイーツパラダイスに連れて来てくれたクラウドへの礼なのだろう。

ほら、と。
眩しい程の笑顔と、恥ずかしそうに頬を赤らめて差し出される、甘い甘いケーキ。
それらを見詰め、あらゆる意味で此処は確かに天国だと────そして同時に地獄だと、クラウドは思いつつ、口を開けた。





前々から妄想していたスイーツ男子な獅子兄弟と、彼らに喜んで貰おうと頑張るクラウド。
頑張れば頑張る程クラウドが不憫な気がするが、本人は結構幸せです。翌日胃もたれで寝込むとしても。

甘い物食べたいよーぉぉぉおおおお!

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