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お返事(7月3日)

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[セフィレオ]気紛れの亡霊

  • 2025/07/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



その存在と言うものを、認識していなかった訳ではない。

遅れて故郷に戻ってきた幼馴染の、その行動の理由が、そもそもは“それ”だった。
もしも姿を見ることがあったら教えてくれ、と酷く強い表情を浮かべて言うから、頭の隅程度には残していたし、彼が帰ってきて以来、奇妙と言うのか不気味と言うのか、そう言った気配を感じたことはある。
ただ、その気配が“それ”であると知るまでには随分と時間がかかった。
元々此方の知る由もないものであったし、幼馴染が言う、“それ”を指す姿の説明がどうにも判然としない。
何か魔法的な制限でも受けているのか、ともかく、説明が要領を得ないのだ。
その要領を得ない遣り取りの末に、「街のものとも、心の闇とも違う気配を持つもの」があったら、“それ”なのだろうと解釈するに至った。

とは言え、生憎、此方は“それ”ばかりを気にして生活している訳ではない。
街の人に直接的な被害が及ぶとか、セキュリティや建屋を破壊していくと言うのなら、喫緊の問題として対処の優先度も上がるのだが、どうやらそう言う訳でもない。
“それ”は幼馴染一人と切っても切れない間柄であると同時に、他には興味もないらしい。
つまり、街の人は勿論、復興委員会が管理している機械や家屋諸々には、先ず以て害が及ばないのである。
こうなると、必然的に此方の意識としては優先順位が低くなり、幼馴染に対しても、「もしもそれらしいものを見かけたら報告する」程度にしかやる事がないのだ。
そして、曖昧な気配を忘れた頃に漂わせるくらいのものを頻繁に報告する訳もないので、なんだかそう言う話をしたな、と言った程度にしか意識しなくなって行ったのは、当然の流れであったと言えよう。

────そんなことを、宙に浮いた状態でレオンは考えている。
それは傍目には現実逃避に見えただろうが、レオンは至極真面目にその回想を追っていた。

レオンは今、一人の男の腕に抱えられている。
お陰で遥か下方に真っ逆さまと言う、あわやと言う事態を免れたのは幸いなのだが、しかし、現況に置いて当惑する状態が続いている事は変わりない。
逆らえない重力に従うのがマシだったかと言われれば、否だ。
まだ死にたくない、死ぬ訳にはいかないと思う身であるからこそ、この状況で事態が膠着したのは、感謝すべきことだと言える。

しかし。
この状態にレオンが至ることになった、最大の原因と言える存在に対し、レオンは対処法が判らない。
見掛けたら報告を寄越せと言った当人は、眼下に広がる街並みを見渡しても、何処にも見付からなかった。
そもそも今この瞬間、彼がこの街に、この世界にいるのかすらも判らないのである。
見付けたら教えろと言っていた癖に───と一方的な怒りを覚えるのが、八つ当たりである事は、少なからず自覚している。

と、一握の混乱による憤りを、この場にいない人物に一通りぶつけた後で、レオンは改めて自分の状況を確認した。


(ミスをした。それは違えようがない。お陰で地上は十メートルは下。飛ぶ羽根はない、その手の魔法も俺はない。これで今死んでいないだけ、マシと言えばマシだが……)


ことが一歩でも違えば、レオンは今頃、石畳の上で潰れたトマトになっている。
なんともグロテスクなことだが、空を飛ぶ手段を持っていない者なら、不可避の自然現象だ。

それが今は、一人の男に丁寧に抱えられて、空中に留まっている。
背中と膝裏を支える力は、存外としっかりとしており、安定感があった。
代わりに、この体勢だと、踏ん張りがきかないので碌な力が入らず、下手に暴れれば落ちてしまう可能性もあって、レオンは大人しくしているしかない。
この体勢が、元々は拉致誘拐の為に用いられていた、と言う真偽不確かな諸説があったのも、なんとなく頷けてしまう気がした。

しかし、自分自身を大柄とは思っていないが、決して控えめな体躯でないことは自覚がある。
少年期の後悔以来、それを払拭するように必死に自分を虐め鍛えて来た甲斐は、それなりに目に見える形で効果を齎していた。
だから決して、ひょいと抱えていられるような体重ではないことは自負があるのだが、目の前にある、まるで丹精込めて創られた彫像のような顔は、眉ひとつも動かさずに、じっと此方を見詰めているのみであった。


(……重くないのか?)


大の男一人を両腕二本で支える当人は、まるで風でも抱いているかのように涼やかな顔をしている。
落下を嫌う体が、本能的に安全を求めて身を預ける格好になっている胸板は、存外と固い。
遠くから見ていたシルエットは細い印象があったのだが、実の所はそうでもないのか、その体幹はしっかりとしてブレが感じられなかった。

地面と空の間に留まらされていることを思えば、この体幹が安定しているのは有難いことだ。
抱える腕がぶるぶると不安定に震えたりなんてしたら、一秒後に落ちるかも知れない恐怖で、こうも悠長に目の前の顔を眺めている暇などあるまい。

とは言え、いつまでもこうして、呑気に空中散歩をしている訳にはいかない。
先ずは地に足の着く場所へ下ろして貰い、落下の恐怖とお友達になる時間は終わりにしたい。


(……取り合えず、礼を言って、頼んでみるか……)


話が通じる相手だと良いのだが、と思いつつ、レオンは少し乾いた口をゆっくりと開く。


「その……助けてくれて、ありがとう」
「……」
「それで……差し出がましいとは思うが、そろそろ、下ろして欲しいんだが……」
「……」


反応の様子を見ながら言うレオンを、目の前の不可思議な虹彩がじっと見つめる。
そのあまりの無反応ぶりに、無視されていると言うよりも、これは声が聞こえているのだろうか、と言う疑問すら浮かんだ。

と、レオンを抱えたその瞬間から、ずっと宙の真ん中に漂い留まっていた体が、すいと動き始めた。
唐突に体が動いたものだから、レオンは増した浮遊の不安定さに身を固くする。
それを感じ取ったか、七色に瞬く眼がちらとレオンを見て、


「落ちるのが嫌なら、大人しくしていろ」


初めて聞いたその声は、低く重みのあるものだったが、耳障りの良いものだった。
何処か絡みつくように粘度を感じたのは、この状況から来る不安や不穏から来る、自分自身の中で苛む一種の懐疑のようなものが原因かも知れない。
何せ、この人物についてレオンが知っているのは、幼馴染が苦々しい顔で行方を追っている、と言う点のみであったから。

レオンがようやく浮遊感から解放されたのは、街並みの中でもひとつ背の高い、鐘塔の上だった。
出来れば地面に下ろしてくれると有難かったのだが、自力で地上に降りられなかったのだから、贅沢は言えない。
下ろせと言われて、その場で宙に放られる可能性があったことを思えば、優しい対応であったのは間違いない。

もう何年も役目を忘れられ、釣られるのみの大鐘の横で、レオンは十数分ぶりに両の足で立った。


「ふう……助かった。改めて、感謝する」
「必要ない。気紛れだ」
(そうなんだろうな)


レオンの言葉に、素っ気ない反応を返す人物に、レオンはこっそりと嘆息した。

レオンと目の前の男に、接点はない。
男は幼馴染が目的をもって探しており、どうやら男の方も彼に何か執着めいたものがあるらしいが、レオンがその間に入っている訳でもなかった。
お互いに名前も知らないことは想像に難くなかったから、気紛れなんてことでもなければ、この男がレオンを助ける理由もない。

助ける───そう、レオンは助けられたのだ。
名前も出自も、どうしてこの街にいるのかも知らない、この男に。

事の始まりは、今から一時間とならない前の話だ。
いつものようにレオンが街のパトロールをしていたら、高台の上に佇む黒衣の陰があった。
それが金色を持っているのなら幼馴染であると判るので、ひとつ働いて貰おうかと声をかけにいくのだが、其処にあったのは真逆の銀色だった。
夕暮れの街並みをぼうと眺める銀色は、ただただ其処にいるだけで、例えば街を襲おうとか、壊そうとか、そんなことを企んでいるようにも見えない。
とは言え、不穏な人間がいることはやはり無視できなかったので、念の為に注意を向けてはいたのだ。
そんな所へ、ハートレスが烏合の群れを作っている所を見付け、レオンの意識は其方へシフトした。
場所は縦に入り組んだ階段通路で、見晴らしの良い高台へと向かう途中。
群れの集まりがまだ統率されていない内に、掃討しておくつもりだったのだが、どうやら魔法を得手とする手合いが近くに隠れ潜んでいたらしく、不意を突かれた。
風魔法で吹き飛ばされたレオンの体は、階段の欄干の縁を乗り越えてしまう。
更に空を飛ぶ性質を持ったハートレスが追撃に来て、あわや───と言う寸前で、件の銀色が割って入り、ハートレスを長い刀で切って捨てると同時に、墜ちゆく筈であったレオンの体を抱き留めたのである。

それからしばしの望まぬ空中散歩の後の、今である。
思い返せば、自分の至らなさに悔しい気持ちが募るばかりだったが、こうした後悔ももう慣れてしまった。
悔やむだけなら何にもならないと、レオンは意識して気持ちを切り替えて、鐘塔の縁の向こうに浮かぶ男を見る。


「気紛れでも、俺があんたに援けられた事実に変わりはない」
「……」
「普通なら、助けて貰った礼でもする所なんだが……あんたにそう言うものは必要か?」
「……」
「例えば───あんたはクラウドに用があるみたいだから、あいつに言伝でもあるなら引き受けるが」


目の前の男が、金髪の幼馴染と因縁があることは聞いている。
どちらかと言うと、それしか知り得ない、と言うのがレオンが男について持っている情報の全てだ。
だから彼の名を出せば、何某か反応が見えるかとも思って言って見たのだが、相手の反応は予想よりもずっと淡泊なものだった。


「必要ない。あれは自ずと此処へ辿り着く。それ以外に奴の選択肢はない」
「……そうか」


表情を変えずに淡々と言う男の目には、感慨も浮かんでいない。
その発言の裏に、信頼か信用でもあるかと思ったが、見る限りはそれもなさそうだった。
七色の虹彩の瞳は何処か冷たく氷のようで、オモチャを壊すことを楽しんでいる子供のように残酷だ。

かと言って、レオンが幼馴染に心配を向けるような間柄でもない。
万が一、この男と邂逅した時に、幼馴染が七日七晩の半死半生にでもなれば心配するだろうが、そうでもなければレオンが割り込んで良い話でもないだろう。


(と言うか、こいつは触らない方が良い)


蒼灰色の瞳に映る男は、酷薄な表情を浮かべている。
この世界を嘗て覆っていた、重苦しい闇の力とも違う、重く淀んだ氣が男からじわじわと溶け出すように漂っている。
男が宙を行く術として利用しているのだろう翼は、片方しかない歪な黒翼で、これもまた、この男を世界に異質な存在であると証明しているように見えた。

レオンと男の間に、接点はない。
ならばこれ以上は立ち入るべきではない、とレオンは判断した。


「……どうやら、俺が何か手を貸す必要もないようだ。借りを作ったままと言うのは聊か落ち着かないが、いらないことを強要するものでもないしな」


とすれば、この相対の時間もまた、此処まで。
レオンは鐘塔を下りるべく、踵を返す───つもりだった。

ぐん、と躰が何かに引っ張られて後ろに踏鞴を踏んだかと思うと、とすり、と柔いものにぶつかる。
視界の隅でさらりとした銀色が流れ落ちて、背後で男が猫のように身を寄せていることに気付いた。
突然のことに目を丸くするレオンの頬を、舐めるように男の手が滑って、形の良い唇が弧を描く。


「人の好い奴だ。その背中から貫かれるとは思わなかったか」
「……あんたが俺にそれをする理由がない」
「判らんぞ。お前の首を奴に贈れば、良い顔が見られそうだ」


レオンの頬を撫でた男の手が、そのまま首へと移る。
断ち斬る場所を選ぶように、男の指がつぅとレオンの首を横円周に辿って行く。
肩口から覗き込む男の顔は、やはり空恐ろしい程に整っていて、薄い笑みを浮かべた貌は狂気すら感じさせた。

それを間近にしたレオンの瞳もまた、冴え冴えと冷たく尖る。


「あんたもよく判らない奴だな。そうするつもりなら、最初からそうしていただろう。あんたの実力ならそれが出来る」
「……」
「俺は───俺は、あんたより弱いんだから」


その事実を、レオンは苦々しくも腹立たしい程に知っていた。
自分が特別な人間ではないと言うことを、嫌が応にも理解しているのだから。

レオンの指摘を、男は否定も肯定もしなかった。
代わりに、色の薄い唇が深く歪んだ笑みを浮かべ、男の指先がレオンの唇を擽るように辿る。


「安心しろ。あれより余程、強い。お前は人間なのだから」


そう言った男の目が、何処か愉しそうに、嬉しそうに見えたのは、レオンの気の迷いだろうか。
笑みは笑みでも歪んでいるから、その感情の根が何処にあるのか、いまいち読み取れない。

男の指がレオンの耳元にかかる髪を引っ掛け、手遊ぶように梳いて行く。
その手付きが、まるで絡みついて来るように不快で、レオンは眉根を寄せてその手を払い除けた。
と、その払い除けた手を、また伸びて来た手が掴む。

薄く笑んだ碧色の瞳が、触れそうな程の距離でレオンを見つめていた。
それを眉根を寄せた顔で睨み返していれば、くく、と喉が笑う音が聞こえる。


「良い目だな」
「……」
「己の弱さを知りながら、強さを求めて足掻く。滑稽だ」
「莫迦にしているのか」
「感心している」
(今のはどう聞いても莫迦にした物言いだろう)


言語の基準が違うのだろうか。
会話が出来ているのに、成り立っていないような気がして、レオンはやっぱり厄介な奴だ、と思った。

男の背中で黒の片翼がゆるりと開いて、男と共にレオンを覆うように被さって来る。
黒と銀色で埋め尽くされる視界に、レオンのガンブレードを持つ手が力を籠める。
振るった所で大した牽制にもならないことは想像できたが、身を守る為の警戒は決して緩んではいなかった。

男の指がレオンの唇の端を拭うように擦る。


「面白そうだ」


そう言って、男はレオンの唇から手を離した。
閉じかけていた片翼は再び開き、其処に内包していたレオンを解放して、ひらりと翻る。

羽ばたきの音が鳴って、男は鐘塔から飛び去って行った。
佇むレオンの周りに、まるで己の存在が現実であることを主張するかのような、漆色の羽根が舞っている。
足元に落ちたそれに目を遣って、レオンは今日何度目かになる溜息を吐いた。





7月8日と言うことでセフィレオ。
現パロはよく書いてるなぁと思い、久しぶりにKHでの二人を絡ませたくなったので。

KHでのセフィロスとなると、どうやっても電波系になるもんで、レオンに厄介絡みしかしていない。
レオンとしては、あからさまな敵意もないし、一応街に危害がある訳でもないし、注意警戒はするけど取り合えず据え置きと言う扱い。
排除しようにも、バカみたいに強いので、祟りがないなら触らない方が無難だなと言う。
でもまさか自分に絡んでくるとは思っていなかったので、興味を持たれて改めて非常に面倒くさい気配だけは感じている。

[クラスコ]雨幻だった君

  • 2025/07/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

オフ本[レイニーブルーの向こう側]その後





財布を片手に家を出ると、空は薄らとした雲に覆われていた。
田舎ではこうした空の下でよく嗅いでいた、雨降り特有の湿気の匂いも混じっている。
これは降るな、と思ったクラウドだったが、どうせ出掛ける道行は五分程度だし、傘は持たないことにした。
帰り際にでも降られたら、走って帰って、すぐに風呂へ逃げ込めば良い。

古びたアパートが犇めき合う小道を抜けて、ひとつ大きな通りに出ると、横断歩道を挟んだ向こうに、行き付けのコンビニがある。
今日も今日とて、クラウドは其処で夕飯と明日の朝に食べるものを調達しようと思っていた。

毎日がコンビニ弁当か、カップラーメンなんて言う生活は、不摂生であることはよくよく判っていることだが、料理が微塵も出来ないのだから仕方がない。
食堂にでも食べにいって、栄養が一揃いした定食を頼んだ方が健康には良いかも知れないが、それはそれで労のいることだ。
仕事なり遊びなりで外に出ている時なら、帰り道に食べに寄ることも出来るが、今日のクラウドは丸っと休日であった。
溜め込んでいたゲームを一日かけて消化した訳だから、今日はこれが初めての外出である。
そんな訳で今から店の多い場所まで行く気にもならないし、最寄りのコンビニで必要なものだけをまとめ買いするのが手っ取り早い選択だった。

信号が青に変わった横断歩道を渡り、さて今日は何にしようかと、今週発売の新作弁当も良いかも知れない、と思っていた時だった。
コンビニの狭い出入口から出て来た少年と、ぱちり、と目が合う。

短くすっきりとした濃茶色の髪に、蒼灰色の瞳。
前髪の隙間から覗く眉間の傷は、昨年の夏の始め頃、事故に遭った時に出来たもの。
クラウドの記憶では薄らと青白く華奢だった体のラインは、今はあの頃よりも日に焼けたようで赤みがあった。
日差しの直撃を嫌ってか、薄手の長い袖口から伸びる手には、買ったばかりの薄水色のソーダアイスが握られている。

その少年の名を、クラウドは知っている。


「スコール。塾終わりか」


名前を呼んで声をかければ、スコールは此方を見て小さく頷いた。

スコール・レオンハート───昨年の夏の盛りの頃、ひょんなことからクラウドが知り合った、一人の少年。
彼は昨冬の頃から、この近くにある学習塾に通っている。
彼が塾での授業を終えて帰宅する時間と、クラウドが仕事を終えてこのコンビニに立ち寄る時間が重なることが儘あるため、こうして顔を合わせることがあった。

スコールはアイスの包装を取ると、早速薄水色の氷菓に齧りついた。
額にある傷と、その眉間に浮かぶ皺が相俟って、何処となく機嫌が悪そうに見えるが、彼の場合、これが大抵のデフォルトの表情だ。
クラウドも判っているので、特に気にせず声をかける。


「迎えはこれから?」
「……少し遅れるって言われた。だから、ちょっと何か摘まもうと思って」


しゃく、とアイスを齧りながら、スコールは答える。

気温は高く、雨が降りそうな気配と湿度の所為か、蒸し暑い。
勉強で疲れた頭が糖分を欲していた事もあって、スコールは彼にしては珍しく、買い食いをしているのだ。
首筋に滲む汗を鬱陶しそうに拭いながら、アイスを口に入れる度に、その涼やかさに青い瞳がほうっと熱を和らげる。

見ていると、クラウドもアイスが欲しくなってきた。


「スコール。そのアイス、美味いか?」
「……普通。冷たいのは気持ち良い」
「そうか」


気のない風に、けれども律儀に答えてくれた少年に「ありがとう」と言って、クラウドはコンビニに入る。

買い物籠に、当初の目的である食糧を重ね入れ、飲み物も追加する。
日用雑貨は今日の所は焦るものもないから、探さなくても良いだろう。
代わりに冷凍庫のコーナーを覗いてみると、スコールが買ったものと同じアイスを見付けたので、これも籠に入れた。

精算を済ませて外に出ると、ぽつぽつと小さな雨が降り出している。
空を見上げればやはり灰色が広がっていたが、見る限りでは、雨が酷くなるようなものでもない。

それよりも───とクラウドが首を巡らせると、先の少年……スコールは、ふたつ並んだバス停の下に立っている。
降り出した雨を嫌ってか、彼は待合の椅子に座って、のんびりとした様子で長い足を投げ出して、アイスを齧っていた。


(……何度見ても、不思議な気分になるんだよな)


スコールがああしてバス停の幌下で過ごしているのを見る度に、クラウドは心臓の鼓動が早くなる。
その後で、其処にいる少年が、昨夏の頃によく見た姿と違うことを思い出して、ほっとするのだ。
此処にいる少年は、幻のような存在ではなくて、確かに生きて此処にいるのだと言うことを、確認して。

クラウドは買い物袋を腕に引っ掛けつつ、購入したアイスを取り出して、封を切った。
ゴミはコンビニ横のゴミ捨て場に入れて、蒸し暑さで既に水滴を浮かせ始めたアイスを早速齧る。
そのままバス停へ向かったクラウドは、待合所の屋根の下に入って、スコールの隣に腰を下ろした。

隣にやってきた人物を、スコールがちらと見て、眉間に微かに皺を寄せる。
しかし、赤の他人が近くにいるよりはマシとでも思ったか、彼は何も言わずに、またアイスを齧った。

冷たいアイスは長く味わって涼を堪能したいものだが、この蒸し暑さでは程なく溶けていく。
凝固した氷が崩れてしまう前に、スコールもクラウドも、アイスを食べきっていた。
クラウドは役目を終えた棒きれを指で遊ばせながら、隣でぼうっと灰色をの空を見上げている少年を見る。


「まだ塾に通うんだな。進級できたんだから、もう授業の遅れは取り戻せたんじゃないのか?」


クラウドの言葉に、スコールは「まあ……そうだけど」と呟く。

昨年の夏の口、スコールはこのバス停で交通事故に遭い、半年近くを意識不明で過ごしていた。
クラウドが彼と知り合ったのは、丁度その間のことで、不思議なことが幾つも起きているのだが、それはともあれ終わった話である。
冬の入り口の頃に目を覚ましたスコールは、病院を退院後、勉強の遅れを取り戻す為に塾に行くことにした。
それが、この近くにある学習塾だったのだ。

スコールが進級したと言うことは、彼の友人であるティーダから聞く機会があった。
無事に友人と一緒に進級したことを一番喜んでいたのがティーダだということは、クラウドも想像に難くない。

と言うことは、その時点でスコールが塾に通う必要はなくなった筈なのだが、彼は今でも塾に籍を置き、週に二度か三度の回数で勉強に来ているようだった。
その理由を、クラウドが「どうしてだ?」と尋ねてみると、スコールは拗ねたように唇を尖らせて答えた。


「……受験対策、遅れたから。面倒だけど、多分、今年いっぱいは通う」
「成程。真面目だな」


スコールの回答に、クラウドはくつりと小さく笑う。
そして、そもそも真面目過ぎる性格だった、と出会いを通して知った彼の人となりを思い出す。

スコールは現在、高校三年生である。
つまり、事故に遭った時には二年生だった訳だが、彼が籍を置いている進学校では、その時分の夏に進路を決めての対策が講じられるらしい。
しかし、その頃のスコールは進路のことを考えられる精神的余裕もなかったし、何より事故に遭ってしまった。
退院してから、遅れた学習についてはなんとか追いつくことが出来たが、カリキュラム上の予定は半分ズレ込んだままなのだ。
多くが二年生のうちに対策を始めていることを思うに、半年の開きは決して小さくはなく、これを取り戻すには学校内の授業にのみ終始していては足りない、とスコールは判断したのである。


「……ラグナも、良いって言ったし。迎えも続けるって言ったから……」


ラグナ、とはスコールの父親のことだ。
実父を名で呼ぶのは、彼と父との間が少し特殊な父子関係であるからだが、それによる齟齬は大分落ち着いているのだろう。

スコールは学校が終わった後、そのままの足で塾に向かうのだが、帰りは必ず父の迎えがある。
塾がそこそこ遅い時間に授業が終わると言うことも勿論だが、やはり、昨年の事故の件が、父としても気がかりなのだそうだ。
何せ、スコールが事故に遭ったのは、正に今スコールとクラウドが座っている、このバス停なのだから無理はない。
事故現場に近い場所の塾に行くこと自体、父は心配でならなかったようだが、スコールの方が効率を優先して選んだとか。
それならせめて迎えに行かせてくれ、と言った父親は、息子が二度と悲運に見舞われないように願うと同時に、自分自身の手で守りたかったのだろう。
スコールも、我儘をひとつ押し切った手前か、一見すれば過保護な父の申し出は受け入れているようで、塾終わりはこうして父の迎えを待っている。
───其処にクラウドが時々やって来て、顔を合わせる機会が出来るのだ。

ふと、ヴーッ、ヴーッ、と携帯電話のマナーモードが振動音を鳴らす。
俺じゃないな、とクラウドがポケットの感触を確かめていると、スコールがジャケットの胸ポケットから携帯を取り出す。
スコールはバックライトの転倒した液晶画面を見て、はあ、とひとつ溜息を吐いた。


「どうした?」
「……ティーダだ」
「遊びの誘いか」
「逆だ。勉強が判らないから教えてくれって」
「それは、大変そうだな」


深々と溜息を吐くスコールに、クラウドは苦笑して言った。


「受験生だし、呑気にはしていられないか。聞くが、遊びに行く暇なんてあるのか?」
「息抜きはしてる。ティーダが何処か行こうって言うから、付き合うことはある。……俺は根を詰めすぎるから、なんでも良いから偶には吐き出しに行こう、とかって……」


そんな暇はないのに、とぼやくスコール。
しかしクラウドは、流石ティーダは友達の性格と言うものをよく心得ている、と思った。
それについては口に出さず、


「そうだな。確かに、偶にはガス抜きするのは大事なことだ」
「……」
「頭の中で七面倒な公式だとか訳語だとか……一旦忘れて息抜きすると、良いリフレッシュ効果で、次の勉強も捗るかも知れないぞ」
「……そう言うものか?」
「俺の場合はそうだったな。だからゲームは欠かさなかった。今でも休みの日はゲーム漬けだ」
「……それは参考にして良い例なのか」


胡乱な蒼灰色がじっとりとクラウドを見る。
クラウドも、自分で言ったものの、さてなぁと眉をハの字に首を傾げるしかない。
肩を竦めて曖昧にするクラウドに、スコールは呆れたように吐息を漏らした。

スコールが手に握っていた携帯電話が、また鳴っている。
着信を鳴らすそれを操作して耳にあてると、


「……ん。判った、すぐ行く」


スコールはごく短い返事をして、通話を切った。
荷物鞄を手に腰を上げるスコールに、クラウドも電話の相手を悟る。


「迎えか」
「……ん」
「其処まで送ろう」


クラウドも買い物袋を手に立ち上がる。
スコールは、見送りなんて、と言いたげな瞳で此方を見ていたが、結局は何も言わなかった。

バス停の下に入った時には降っていた雨は、地面を濡らした程度で止んでいた。
道の突き当りの角を曲がると、少し行った先に、一台の車がランプを照らして停車しているのを見付ける。
その運転手が此方を───スコールを見て、ひらひらと手を振るのが見えた。

スコールの目が、隣を歩く男を見遣って、


「……じゃあ、帰る」
「ああ。気を付けてな」
「……あんたも」


気を付けて、とスコールはごく小さな声で言った。

足を止めたクラウドを置いて、スコールは小走りになって車へ向かう。
後部座席を開けて乗り込んでしまえば、もうクラウドから彼の姿を見ることは出来なかった。

運転席の男───スコールの父ラグナが、クラウドを見付けてひらりと手を挙げる。
こうして時折、塾終わりのスコールと遭遇しては、迎えが来るまでスコールと一緒にいて、車の傍まで見送って来る青年のことを、彼も覚えているのだ。
もしかしたら、スコールが入院していた時には、ティーダの知人として顔を合わせた事もあるから、それも覚えているのかも知れない。

クラウドが小さく会釈するのを見てから、車はゆっくりと発進した。
角の道を、向こう側へと遠ざかって行く車を見送って、クラウドも踵を返す。



────昨年、雨が降る日に限って、出逢っていた少年。
生霊か幻か、奇妙な形で知り合った彼と、真っ新な再会をしてからも、こうして時折顔を合わせる。
今はただ、たったそれだけのこと。

それでも、あの少年と、一時こうして会話をすることが出来るのは、クラウドにとって密かな楽しみであった。
顔を合わせる度、以前は見ることのなかった表情の変化や、その時毎に聞く些細な日常の愚痴を聞いたりして、彼があの白い部屋で寝ている訳ではなく、確かに此処に息衝いていることを確かめている。

願わくば、次に会う時にも、ささやかな日常の中で。
雨が止んでも消えることなく、彼が確かに存在していることが嬉しかった。





オフ本『レイニーブルーの向こう側』のクラスコのその後の様子です。
約束や示し合わせるような間柄でもないけど、偶にばったり逢うと、なんでもない話をする位の距離。
なんとなく嫌な人じゃない、と思ってスコールからクラウドへの好感度は高めです。見送りなんて別にいらないのにと思いつつ、まあ良いか……ってなっている。
クラウドの方は、ちゃんと生きて此処にいるんだなー……っていうことにしみじみしている模様。
その内、ティーダやザックスも一緒に、皆で何処かに遊びに行ったりするかも知れない。

[16/シドクラ]甘くて柔い



クライヴが帰宅してから二時間程の後、シドは帰ってきた。
その手には、見慣れない形のロゴを印字した手提げボックスがある。


「それはどうしたんだ?」


遅めの夕飯を食卓に並べながらクライヴが尋ねれば、ああ、とシドは手提げボックスをテーブルに置き、


「昔馴染みが新しく商売を始めてな。洋菓子屋だ。オープン記念で、ちょっと顔見に行ったのさ」
「それで、商品を買って来たと」
「冷やかしで帰るのも何だろう。向こうはでかいホールを買って宣伝しろと言ってくれたが、手に余るからな。ショートケーキふたつで勘弁だ」


言いながら、シドは上着を脱いでハンガーにかけている。
クライヴは、ふぅん、と返しながら、手提げボックスを見た。

ボックスに印字されたロゴは、恐らく、店の名前なのだろうが、洒落た筆記体になっていて、ぱっと見ただけでは何と書いてあるのか読み取れない。
店主もそれを判っているのだろう、ロゴの片隅には小さく読み取り易いフォントで、名前と思しきものが添えられている。
あとで調べてみよう、とクライヴはその店名を頭の隅に置いた。

ケーキならば、食べるまではよく冷やして置いた方が良いだろう。
クライヴは手提げボックスをそのまま冷蔵庫に入れた。

ラフな格好になったシドが食卓のテーブルにつき、クライヴも向かい合う位置で席に座る。
のんびりとした夕食が始まった。




食後の片付けをシドが引き受けたので、クライヴはコーヒーの準備をすることにした。
吊戸棚に綺麗に並べられたコーヒー豆は、どれもシドが懇意にしている店から買ったものらしい。
シドは人脈、付き合いというものが随分と広く、このコーヒーに限らず、彼お気に入りのワインも、付き合いの長い友人知人の下から購入していることが多いと言う。
貰い物も多岐に渡り、それは大抵、そこそこの値が張る代物であったりして、クライヴは本来ならば見ることもなかったであろうものも少なくなかった。

以前のクライヴにとって、コーヒーと言うのは、カフェインを効率的に摂取する為のアイテムであった。
エナジードリンクを一日一本、後は缶コーヒーやペットボトルのコーヒーを飲む。
別にコーヒー党でもないのだが、とにかく、真っ黒だった一日を乗り切るには、覚醒作用の強いもので無理やりにでも頭と体を動かすしかなかった訳だ。

そんな生活をしていたものだから、コーヒーの味なんてものも、碌々分かっていなかった。
コーヒーと言うものが、豆によっては勿論、その産地でも味が違うということを知ったのは、シドと同居するようになってからだ。
彼のお気に入りのカフェバーにも連れて行かれ、色々なコーヒーを飲むに連れ、感覚的に麻痺していた舌が、ようやく味覚を楽しむと言うことを思い出した。

吊戸棚に並んだコーヒー缶の中から、すっきりとした味わいのするものを取り出す。
コーヒーの淹れ方と言うのは、シドがやっていた行程を見て覚えて真似ている。
正しい淹れ方なのかはクライヴの知る由ではないが、適当に入れてみた頃よりは、コーヒーを旨く感じられるようになっていた。


「どうだ?もうそろそろか」


食器の片付けを終えたシドの声に、クライヴは「ああ」と返事した。

シドが冷蔵庫に納めていたボックスを取り出し、蓋を開ける。
其処には、鮮やかな赤い苺を乗せたショートケーキと、瑞々しいオレンジを飾ったチョコレートケーキが並んでいた。


「どっちが良い?」


訊ねるシドに、クライヴは、どちらでも、と答えようとして留まった。
こう言う時にそうした答え方をすると、シドは「遠慮するな」と言って、クライヴが選ぶまで辞めないのだ。
買って来たのはシドなのだから、シドが先に選べば良いのに、とクライヴは思うのだが、何故かこの線は譲ってくれないのである。

クライヴは少しの間考えてから、


「苺の方で頼む」
「分かった」


シドが小皿二枚取り出して、それぞれにケーキを移す。
フォークも添えたケーキ皿がテーブルへと運ばれた。
クライヴもサーバーに入ったコーヒーをカップへと注ぎ、シドの下へと移動する。

ケーキとコーヒーが並んだテーブルを見て、シドが何処か満足そうに口角を上げている。


「今日は妙に頭を使った仕事が多かったからな。良いご褒美だ」
「だから買って来たのか?」
「少しは甘いものが欲しかったのは確かだな」


ケーキの切り口を保護するフィルムを剥がしながら言うシドに、確かに今日は忙しかったな、とクライヴも思う。

クライヴが貰った苺のショートケーキは、断面も綺麗に飾られている。
スポンジに挟まれた白いクリームの中には、赤、緑、オレンジが宝石のように埋め込まれ、まるで宝石鉱脈の断層だ。
フォークで一口切り取って、口に入れてみると、スポンジはしっとりとしていた。
シロップを沁み込ませたスポンジはほんのりと甘く、代わりに生クリームが甘さ控えめでバランスを取っている。
サンドされていたクリームの中にあったのは、苺やキウイ、オレンジのスライスだった。
トップは生クリームと苺と言う、ショートケーキの代表のようにシンプルな外見をしているが、隠れた場所に工夫を凝らしている。

クライヴは甘いものは苦手ではないが、好きという訳でもない。
好んで食べる機会も少ないから、今日も久しぶりの味わいだったと言えるだろう。
そんな彼でも、このケーキは上位に入る味だ。


「美味いな」
「ああ、こっちも悪くない」


オレンジの乗ったチョコレートケーキを楽しんでいたシドも頷いた。


「中にフルーツが色々入ってる。そっちは?」
「こっちはフルーツじゃなくて、砕いたチョコかな。粒の触感がある」
「ふぅん……」
「食ってみるか?」


食べかけではあるが、とシドが自身の皿を指差した。


「……じゃあ、あんたも」
「ああ」


貰うばかりは気が引けて、クライヴは自分のケーキと交換を提案した。
シドも頷いて、お互いの皿を交換させる。

チョコレートケーキは、やはりチョコレートを混ぜている分、ショートケーキよりも甘かった。
その分、トップに飾られたオレンジの他、スポンジとクリームにサンドされたオレンジジャムの酸味が活きる。
他にも、サンドされたクリームには、シドが言った通り、粒々とした固い感触があって、食感の変化を楽しませてくれた。
甘味も酸味も程良く、コーヒーと楽しみながら味わえる、バランスの取れた逸品だ。

一口、二口程度を貰って、ケーキを元の持ち主に戻す。
改めてショートケーキを食べると、此方は生のフルーツを楽しむ為のクリームなのだと言うことが分かった。


「こんなに美味いなら、皆に教えても良いな。ジルも甘いものは好きだし、ジョシュアも」
「ああ、そりゃあ良い。宣伝してくれと言われたからな」
「何処にあるんだ?ホームページはあるのか?」
「ホームページなんてもんは最近は少ないからな。SNSのアカウントなら取ったと言っていたぞ。店名で検索すれば出て来る筈だ」


ケーキを平らげて、クライヴは忘れない内にと携帯電話で店名を検索してみた。
検索結果から三つ目にそれらしきものを見付けて開いてみると、SNSアカウントのアイコンに、手提げボックスに印字されていたロゴが載っている。
「これか?」と見せてみると、シドは「ああ」と頷いた。

SNSのメディア欄に、店で取り扱っているケーキの写真が掲載されている。
種類は決して多くはなかったが、フルーツをふんだんに使ったケーキが一堂に並べられ、さながら宝石箱のような光景だった。


「他にも色々あるんだな」
「ああ。今日は行った時間が遅かったから、そんなに残ってなかったが、昼か夕方くらいならもう少し選び代があったかもな」


シドは会社を閉めてから店に行った。
時間は閉店前の頃合いであったから、もう売れ残ったもの位しかなくて、それなら代表的なものをと選んだのが、ショートケーキとチョコレートケーキだった。
お陰でシンプルな中にも工夫を凝らしたケーキの美味さを知ることが出来たが、それはそれとして、


「じゃあ、今度は昼に行ってみるか」
「なんだ、そんなに気に入ったか」


興味を持って自ら行ってみようと言い出したクライヴに、シドがくつと笑った。
何処か子供を見るような目をしているシドに、クライヴはなんとなく唇が尖る。


「美味かったし……色々種類があるみたいだから、他のものを試して見ても良いだろう」
「まあな。店主のオススメってのもあるらしい。後は、酒に合うケーキもあるとか」


シドの言う所では、店主は酒もデザートも好きで、その両方を楽しめるものを求めていると言う。
その趣向はしっかりと商品にも反映され、ワインの宛に出来るものを作ったのだとか。
シドもそれには興味が合ったが、今日は生憎、売り切れていたと言う。


「じゃあ、次はその辺りかな。休日に行った方が良さそうだ」
「遅い時間に行くよりは物が揃ってるだろうな。楽しみにしてるよ」


空になった皿とカップを持って、シドが席を立つ。
クライヴもケーキの最後の一口を食べて、シドに続いた。

食後のデザートものんびりと楽しんで、後はもう風呂に入って寝るだけだ。
クライヴは後片付けをシドに任せて、湯を入れることにした。


「風呂の湯を出してくる」
「ああ───いや、ちょっと待て、クライヴ」


呼び止められて、踵を返しかけたクライヴの足が止まる。
何かと思って振り返ると、シドの腕が顔の前まで伸びてきて、クライヴの口端を拭った。


「子供みたいな食べ残しをするなよ」


仕様のない奴だ、と笑みを浮かべたヘイゼルの瞳。
シドの指先には白いクリームが付着していて、それはクライヴの口元から取れたものだ。
その事に気付いて、笑みを浮かべるシドの表情が子供を揶揄するそれだったものだから、クライヴの眉間に皺が浮かぶ。
シドの指が拭った感触を残す口端を、ごしごしと手の甲で拭った。


「子供じゃないんだ。言ってくれれば、自分で取った」
「そうか。そうだな」


くく、と笑いながら、シドは指先についたクリームを舐め取る。
その目が揶揄と同時に、含みを孕んでいるように見えて、クライヴの唇は勝手に尖るのであった。





FF16二周年おめでとう!と言うことで、祝いにケーキでも食べさせてみようかと。
二周年感もなく、甘ったるい雰囲気がまるでありませんが、うちのシドクラは大体そんな感じだなと。でも多分この後はお楽しみだと思う。

[ロクスコ]始まりの前に 2

  • 2025/06/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



何処から来て、何処に行こうとしていたのかも判らないのだと、青年は言った。
目が覚めた時には見知らぬ森の中にいて、どうしてそんな所にいたのかも判らない。
名前だけは、持ち物の中からそれらしいものを見付けたそうだ───其処には“Squall”と記述されていたので、一先ず、それを名として使うことに決めたらしい。
後は腰に携えているものが近くに転がっていて、森の中には野生動物や魔物がいた為、それを獲物として持って行くことにした。
奇妙な形をしたその武器の使い方については、どうやら体が知っているようなので、自分と無関係と言う訳ではないらしい。
だが、判ったことと言えばそれが精々であった。

とにかく情報が欲しいと、森の中を当て所もなく彷徨って、見付けた川を下ってニケアの街に辿り着いた。
街並みはどれだけ見回っても覚えがなく、記憶の琴線も震えない。
懐にあった財布と思しき袋に入っていた紙幣は、市場で出して見ると怪訝な顔をされた為、使える代物ではないと理解した。
森の中でも飲まず食わずに過ごしていた為、腹は限界で、そろそろ何か入れて宥めたいが、金がないので買い物が出来ない。
どうしたものかと途方に暮れて彷徨っていた所へ、道を塞いだ件の巨漢とぶつかった。
それ自体は詫びはしたのだが、「口で詫びてるだけじゃ誠意がねえな」だの、「謝罪するなら態度ってのがあるだろ」だのとにやけた顔で言うから、まず道を塞いでいたのは其方だと言ったのが、男の不興を買った。
後はロックが見ていた通りの流れで、腕に物を言わせて屈服させようとした巨漢を、青年の方がカウンターで投げ飛ばした、と言う決着だ。

ロックは青年を連れて市場を離れ、港の一角に連れて行った。
ウミネコの声が聞こえる其処で、先ほど市場の果物屋で買った林檎をひとつ、青年に差し出す。


「ほら、やるよ。腹減ってるだろ」
「……」
「別に何も入ってないし、腐ってもいないよ。さっき其処で買ったばっかりだ」


林檎を訝し気に見つめる青年に、ロックは苦笑しながら言った。
蒼の瞳には分かり易く警戒心が浮かんでいるが、空き腹も辛いのだろう、迷うように揺れている。
ややもしてから、青年はそろりと腕を持ち上げて、色鮮やかな赤い林檎を受け取った。

ロックは船止めに腰を下ろして、うーん、と小さく唸る。


「記憶喪失、か」
「……」
「自分の名前もはっきり判らないってのは、きついよなぁ」


青年は何も言わなかった。
右手に納められた林檎をじっと見つめるだけの彼が、何を考えているのかは、ロックにも判らない。
ただ、自分のことさえも判らないことに、漠然とした不安と焦燥を抱いていることは想像がつく。
そうやって、何も思い出せない事実に混乱し、憔悴した人を、ロックは嘗て見たことがあったから。

とは言え、見ず知らずの青年の詳細について、ロックが幾ら考えた所で判ることもない。
ロックが出来ることと言ったら、この青年が行けそうな場所について教えること位だ。


「この町は見ての通りの港町だ。この港から出る船にのれば、もうちょっと大きなサウスフィガロって言う街に着く。街の名前に聞き覚えは?」
「……ない」
「じゃあ、フィガロの人間でもないってことかな。後は、別の大陸になるんだけど、ドマとか、ツェンとか」
「……判らない」
「ふぅん……その辺りでもない、となると───」


有力な国の名前を挙げてみるが、何処も空振り。
そうなると残るは、ガストラ帝国が挙がって来る。

もしもこの青年がガストラ帝国の関係者だった場合、リターナーに与しているロックとは、敵対関係とする位置になる。
リターナー本部に近い場所にあるニケアで、帝国関係者が紛れ込んでいると言うのは、正直、歓迎されない話だ。
帝国としても、対抗組織があることは悟っている気配があるから、下手に尻尾を出す真似をすると、強襲される恐れがある。
“記憶喪失”が嘘なら、無害を装って組織に近付こうとするスパイとも考えられるのだ。

どう反応するか、と言う観察を強く意識して、ロックは青年に訊ねてみた。


「ガストラって国はどうだ?南の大陸じゃ、一番大きい国だ」
「……判らない」
「ベクタって街は?」
「……それも」


判らない、と青年は言って、俯いた。
林檎を握る右手が微かに力んで、浮かぶ震えを押し殺しているように見える。
それは、自身の胸中にある不安や恐れを、必死に隠そうとしている仕草のようだった。


(全部判らない、か。こっちとしても、これはなんとも言えないな……)


受け答えの様子を見る分には、“記憶喪失”と言う青年の言葉は事実に見える。
青年が、オペラ劇場で名演を馳せるような舞台俳優ならば話は違ってくるが、生憎、ロックに其方の可能性までは捌き切れなかった。

しゃり、と小さく林檎を齧る音が聞こえた。
ちらを見遣れば、青年が瑞々しい林檎を少しずつ齧っている。
一口食べれば、警戒も形無しとなったか、しゃく、しゃく、と瑞々しい果肉を食べ続けた。
空の胃袋に果汁の味が沁みるのか、時々、ほうっと息を吐く様子が見える。
そうすると、冷たくも見えていた横顔が随分と幼い印象に変わって、瞳に燈る不安げな様子も重なって、ロックは彼を放っておくのは悪いことのような気がしていた。


(……魔物とは戦えるようだし、さっきのこともあるから、まずまず腕は立つ。金はない。行く当てもない。本人の出所が不透明な所さえ目を瞑れば、まあ、条件は悪くない)


そう考えながら、やはり一番は、“記憶喪失”であることがロックの意識を引いた。


「何処にも行く所がないなら、お前、しばらく俺と一緒に来てみるか?」
「……は?」


ロックの提案に、青年は一拍開けた後、眉根を寄せて顔を上げた。
何を言っているんだ、と訝しむ表情に、ロックはそう可笑しなことは言ってないと思うけどな、と笑う。


「この港町を見ても何も思い出さなかったなら、これ以上此処にいても仕方がないだろ?でもお前は船に乗る金は持ってない。その辺で仕事を探せば飯代くらいは稼げるけど、船代となるとな。もうちょっと入用になるから、暇がかかる。気長に頑張るなら止めないけど」
「……」


ロックの言葉に、青年は眉間の皺を深めている。
手許の齧りかけの林檎を見て、自分の腹の具合を考えているのだろうか。

ロックは続けた。


「俺はこれから船で行った先で用事があるんだ。その為にちょっと軍資金もあるから、お前一人の船代は其処から出せる。飯代もまあ、立派なものじゃなくても良ければ、食わせてやれる」
「……其処までして俺を船に乗せる理由はなんだ?正体不明の記憶喪失者に世話を焼く、あんたに何のメリットがある?」


硬質な声で問う青年に、意外と警戒心が強いな、とロックは思った。

いや、確かに青年の言う通り、出逢ったばかりので、出自も曖昧な人間に施すには、余りにも破格な話だ。
彼にしてみれば、余りにも話が旨すぎて、実は奴隷船にでも乗せられるんじゃないか、と疑うのも無理はないか。
ロックも逆の立場であれば、見ず知らずの人間が此処までしてくれると言えば、まず裏があると考えるに違いない。

ロックは何処まで言って良いもんかな、と頭を掻いて、


「お前が何処の誰なのかは、この際聞かない。お前も判らない訳だしな。その上で、ちょっと傭兵みたいなことでも請け負ってくれると有難い」
「……傭兵」


青年が、小さな声で単語を反芻する。
空の手が何かを確かめるように、腰に携えた獲物の柄に触れた。


「武器を持ってるし、さっきはデカい男を一人、軽々投げ飛ばした。それなりに腕に覚えはあるんじゃないか。記憶がなくても、体がああ言う動きを覚えているって位には」
「……判らない。覚えていない」


ロックの言葉を、詰問と受け取ったか、青年は頑なな声で、何度となく連ねた言葉を繰り返した。
ロックもそれには頷き、青年の主張を受け止める。


「仕事柄、俺はあちこち行くことが多いんだ。人と逢う機会も多い。それについて来てくれたら、その内、お前を知ってる人に行き会うかも知れない。保証はないけどさ、この町でじっとしているよりは有効的だと思うぞ」
「………」
「どうやらこの辺の地理も判らないようだし。何処に何があるのか判らないまま、ふらふら当てもなく行くよりは、行先がはっきり分かって案内人がいる方が便利だろ?」
「……それは……そうだけど」
「それで、タダって言うのも反ってお前には心証が悪そうだ。だったら傭兵、食客、そんな感覚で同行してくれれば良い。生憎、相場の傭兵代を出せるほど余裕がある訳じゃないんだけど、飯宿の面倒くらいなら引き受けられる。目的の所に行くまで、面倒な魔物がいる洞窟も通らなきゃいけないし、今後のことを考えると、腕の立つ人間は歓迎したいんだ。もっと言うと、他に取られる前に、うちで確保しておきたいって所もある」
「……」


ロックの提案に、青年は腕を組んで思案している。
その難し気な表情を見詰めながら、ロックは眉尻を下げて苦笑した。


「まあ、そう言う打算も、事実あるんだけど……やっぱり、何も覚えてないって言う奴のことは、俺としちゃ放ってはおけないんだ」


途方に暮れた横顔、ふとした瞬間に覗く不安の瞳。
目の前にあるそれは、ロックが過去に見たものに比べれば、驚くほど落ち着いている。
それを思えば、庇護など必要ないだろうとも思えるが、やはり、疼く傷がロックを急き立たせる。
このまま放っておいて良いのか、と。

これはごく私的な感情であると、ロック自身も理解していた。
二度と取り戻せないものを、今一度、取り戻す方法はないかと、眉唾な話に一縷の望みを託して生きている。
その軛から湧き出て来る物を抑える方法を、ロックは知らない。
フィガロ城に着いたら呆れられるんだろうなあ、と既知の国王の顔が浮かぶのが判った。


「───それで、どうだ?お前にも俺にも、悪い話じゃないとは思う」
「……」



訝しむ瞳は相変わらずロックへと向けられており、提案者の真意を図っているように見えた。

しばらく、青年の沈黙は続いた。
何度も眉間の皺を深くしながら、ともすれば途方に暮れた横顔が覗く。
見知らぬ土地で手探りに自分自身の行方を捜す労力と、掲示された手段に対するメリットと不安要素を計算しているのだろう。
ロックは、船の鐘が鳴るまでなら待てるかな、と思っていたが、存外と早く、青年は答えを出した。


「……しばらく、あんたに同行させて貰う」
「ああ」
「……世話になる」


小さく会釈するように首を垂れる仕草をした青年に、ロックは「律儀な奴だな」と笑った。

そうと決まれば、船の手配をもう一人分、澄ませなくては。
サウスフィガロ行きの旗を掲げた船は、概ね荷積みが終わりつつあるようで、船上では乗組員が出港の準備を始めている所だった。
今のうちなら間に合う、とロックは船止めから腰を上げる。

行こう、と船に向かって歩き出したロックの後を、青年がついて来る。
ロックはそれを肩越しに見遣りながら、


「じゃあ、えーと、名前は……」
「スコールだ。多分」
「ああ、うん。じゃあスコール、当分宜しく」


端的に告げられた名前を、ロックは口の感触を確かめる為に一度呼んだ。
青年───スコールはそれに応答の代わりに頷く。

船への乗船手続きを済ませ、ロックはスコールと共にサウスフィガロ行きの船に乗る。
蒸気を上げて海を走り出した船を、驚いた表情で見上げているスコールを、ロックは意外と幼いのかも知れない、と思いながら見つめていた。





6月8日と言うことでロクスコだと言い張る。

Ⅵの世界に迷い込んじゃったスコールがふと浮かびまして。
現代っ子な文明レベルのスコールにしてみたら、中世のようでスチームパンクなⅥの世界は中々奇天烈に映りそう。
自分の常識感覚が通用しなくて途方に暮れてるのを拾われたりしないかなーとか。
異世界に迷い込んだ時のトラブルだったり、G.F.の影響だったりで記憶喪失になってたら、ロックは放置できない。ゲーム開始時にも記憶喪失のティナを保護したし。過去を引き摺り続けてる男だから、“記憶喪失”に関しては相手問わずに結構過敏だと思う。

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