サイト更新には乗らない短いSS置き場

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[セフィスコ]銀環

  • 2026/05/29 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



体の重怠さを自覚しながら、スコールはベッドを抜け出そうと試みる。
腰に絡みついていた、細いのに存外としっかりした腕が、駄々をこねるように掴んできた。
それを四苦八苦に解かせて、転がるようにベッドから落ち、床に散らばっていた服を拾う。

ブラインドの向こうから朝の光が差し込んでいる。
いや、ひょっとしたら昼かも知れない、と思って時計を見ると、案の定である。
体の重さ具合で、自分がこの時間まで寝沈んでいたことを推察できるのが、なんとなく厭になった。
別段、健康的で規則正しい生活を心がけている訳ではなかったが、朝ぼらけの頃までまぐわった末の今だと思うと、なんとも怠惰に思えてくる。

寝室を出て、綺麗に整えられたダイニングキッチンに入る。
三日に一度、この家にやってくる家政婦が仕事熱心なお陰で、台所はいつも綺麗に磨かれている。
まるで使われた形跡もないかのようだが、一応、スコールは毎日ここを使っていた。

家政婦が作り置きにしたスープの入ったタッパーを冷凍庫から取り出し、電子レンジで温めている間に、目玉焼きを作る。
トースターにはバターロールパンをふたつ、表面がうっすらと焦げる手前まで熱を入れた。
温め終わったスープをマグカップに移して、牛乳を添えれば、朝食の完成だ。

二人分のトレイにそれぞれ朝食を並べ、ダイニングテーブルに運んだところで、寝室のドアが開いた。
見事としか言いようのない、真っ直ぐに長いプラチナブロンドを持った男が出てくる。
ついさっきまでベッドにいたとは思えないほど、その髪は癖もうねりもなく、男の美丈夫ぶりをより一層引き立たせている。


(モデルになる為に生まれてきたような男だな)


毎日のようにその面を見ているスコールだが、見る度にそんなことを考える。
それ程、この男───セフィロスの容姿と言うのは、飛び抜けて整い優れているのだ。

スコールとて小柄ではないのだが、セフィロスの顔は見上げないと見えない。
整った顔立ちは言わずもがな。
足下まで届こうかと言うプラチナブロンドの長い髪は、癖や枝とは無縁なほどに整えられている。
彼が「使っている」と公言しているヘアケア商品が飛ぶように売れるのも無理はあるまい。
体型についても、無駄な筋肉も脂肪もない引き締まった体つきに、身長に見合った長い手足がつき、どんな服でも着こなすことが出来る、理想のかたちをしていた。
ランウェイを歩くだけで女たちが感嘆の溜息を漏らすのも、当然のことだ。

そんなセフィロスの周りには、沢山の人々が寄り集まって来るが、彼自身はまるで他人に興味がない。
ごく僅かな旧知の人間を除くと、後は蟻と同じようなもので、人の顔もろくに覚える気がなかった。
実際、モデル業の後輩だとか、撮影を共にした女優だとか、そう言うものが「三日前のお仕事で一緒になって」などと言っても、彼は基本的に無言である。
その時の顔は、これは何だったろうか、と考えているものなのだが、多くの人は綺麗な面に夢中なので、その中身の方まで見てはいない。
それで良いのか、とスコールは思うのだが、セフィロス程の地位ともなれば、いちいちそんなことを咎める人間の方が稀なのだろう。

そんな具合で、他人に根本的に無関心である男が、何をどうして自分なんかを気に入ったのか。
スコールは甚だ疑問であったが、問うたところでまともな返事があった試しがない。
ただ、こうして同居まで許されている辺り、一応、彼の本心───スコールのことを「閉じ込めたい」ほど執心してくれていることは、疑う必要はないのだろう。
なんとも風変りなことであるが、そのお陰で、諸所のトラブルに巻き込まれた所為で住む家を失くしたスコールが、幸運にも路頭に迷わず済んだのだ。
取り合えず追い出されない限りは、この恩恵を享受することにしている。

───眠い目を擦りもせず、茫洋とした顔でダイニングテーブルの横に立ち尽くしているセフィロス。
まだちゃんと起きていないな、とスコールは察して、自分の席に座りながら声をかけた。


「おはよう」
「……ああ」
「朝飯が出来てる。早く食べろ」
「……ああ」


スコールが言った通り、セフィロスは食卓に着き、食事に手を付けた。

こうして共に食事をしているが、二人の間に会話はほとんどない。
どちらも口が回る質ではなかったし、沈黙で過ごせるのならその方が楽だ。
黙々とした食事は、20分もすれば、食後の一服であるコーヒーも含めて終わっていた。

スコールが食器を片付けている間に、セフィロスはようやく身支度を整える。
顔を洗ったことで瞼がきちんと持ちあがると、その顔立ちは一層の完璧さを醸し出す。
身に着ける服はどれも一流ブランドのもので、シャツ一枚とっても桁が5つになるとかならないとか。
それは普通の洗濯機に放り込んで良いものなのか、とスコールは何度も思うのだが、持ち主はその辺りのことにまるで頓着がないのであった。

スコールが濡れた手を拭いていると、セフィロスがキッチンにやって来た。
目を合わせると、綺麗な顔がうっそりと笑みを浮かべて、


「お前の仕事だ」


そう言って、男は手に持っていた銀色を見せる。
スコールは眉根を寄せて唇を尖らせた。


「ネックレスくらい、自分でつけられるだろ」


燻し色の銀の意匠を提げた、銀色のネックレス。
ここ一月の間、男の首に毎日のように光るそれを渡した自分を、スコールは少しばかり後悔していた。

自分でやれよ、と言う気持ちで、スコールはじっと男を睨んでいた。
しかし眼前の人物は口元に笑みを浮かべたまま、掲げたネックレスも下ろそうとしない。
こうしてスコールが睨み続けていても、存外と忍耐強い男には大した効果もなかった。

はあ、とスコールは溜息を吐いて、右手を伸ばす。
ネックレスを受け取って金具の留めを外すスコールを、セフィロスは変わらぬ笑みで見つめている。


「あんた、別に不器用な訳でもないだろう。なんでいつも俺にやらせるんだ」
「それを俺に寄越してきたのはお前だ」
「だから、なんでそれで俺がやらなきゃいけないんだ」


会話になっていない、と青灰色がまた睨む。
セフィロスはそれに堪える様子もなく、陶然とした様子で返す。


「俺はなくても構わなかったが、お前がそれを着けろと持って来たのだろう。俺の出で立ちが不服だと言って」
「別に不服だった訳じゃない。あんた、なんでも大体似合うけど、なんか物足りなく見えることがあったから……こう言うものでもあれば良いんじゃないかって思っただけだ」
「そうだ。そうして、お前がそれを見繕った。俺にはそれが合うだろうと」


セフィロスの言葉に、スコールは唇を尖らせる。
彼の言っていることは、確かに事実であった。

どんな服でも着こなすセフィロスだが、彼自身はファッションと言うものに頓着がない。
仕事もあって、撮影の為に使用した服をまるごと買い取って持ち帰ることは儘あるのだが、それらを自分の思うように着こなそうと言う楽しみ方はしなかった。
好みのバランスは多少なりあるので、奇抜な取り合わせこそしないものの、モデルの割りにはどこか抜けた───スコールから見て、“物足りない”感が残ることがある。

それで、なんとなく手持ちのアクセサリーの中から、セフィロスに似合うものを選んでみた。

別段、セフィロスを着飾らせようと思った訳ではない。
そんなことをしなくても、この男は単体で十分見栄えのする姿かたちをしているから、華美に飾る必要もなかった。
けれども毎日のようにセフィロスの私服を見ているので、違和感がある状態を常に見るのが気持ちが悪かったのだ。


(……だからって、毎日着けていけとは言ってないし。俺が着けてやるのが仕事になるなんて思ってなかった)


どうしてこうなった、とスコールは何度目か知れず思う。

フックになっているカンを外して、チェーンの輪を解く。
小さな金具を相手の作業は、その細かさが案外とストレスになることもあって、面倒臭くなる。
人によっては、どうしても自分では出来ない、況して目に見えない位置でやるのは無理、と言う不器用さに苛まれることもあるだろう。
だが、目の前にいる男はそうではない筈だ、とスコールは胡乱な目で長身の男を見上げた。

蒼灰色と碧眼が交じり合うと、碧眼がうっそりと細められる。
そして男は、すぅ、と背中を丸めて頭の位置を下げてきた。


(……近い)


見上げる位置にあったセフィロスの顔が、スコールの目線の高さとほぼ同じになっている。
じっと見つめる碧眼をまた睨めば、ああ、とセフィロスは得心した様子で瞼を閉じた。

スコールはネックレスを持った腕を伸ばした。
プラチナブロンドのカーテンの隙間を抜けて、銀意匠がセフィロスの首の下へ。
チェーンの端を持ったスコールの両手が、頭を垂れるセフィロスの項へと回った。


(……やりづらい……)


向き合ったまま、男の首の後ろにキーフックをかけるのは、中々に難しい。
何せスコールからすると、男の頭頂部がほぼ目の前にあり、形の良い後頭部が邪魔になって、項に添えた自分の手元が見えないのだ。

それなら背中に回って、手元が見えるようにすれば良いではないか。
誰もがそう言うだろうが、それが出来れば苦労はなかった。
いつの間にかスコールの背中を抱くように回された腕が、このままやれ、と我儘を言っている。
これも振り払えれば楽なのだが、腕は細く見えて力が強く、また抵抗したところで同じことを繰り返されるのは既に経験済みだ。
無駄な労力と時間を割くくらいなら、男の望むに合わせて仕事を済ませた方が良い、とスコールは学習していた。


「……絶対、あんたが自分でやった方が早く済むぞ」
「だろうな」
「判ってるなら」
「だが、これはお前の仕事だ。お前が選んできたのだからな」
「……」


押し問答だ、とスコールは何度目になるかの諦念に行き付く。
どれだけ言った所で、セフィロスはこの謎の儀式を辞めるつもりがないらしい。
そして、居候の身である自分に、この儀式を拒否する権利はないのだ。

手探りでどうにかフックをかけて、スコールはようやく両手を下ろした。
セフィロスはスコールを腕の檻に閉じ込めたまま、垂れていた頭を上げる。
その瞳と色の薄い唇には、さも満足と言わんものが浮かんでいた。

スコールの目の前に、男の形の良い鎖骨のラインと、燻し銀の光が並んでいる。

このアクセサリーは、スコールが持っている物の中でも少し特殊だ。
スコールが普段から贔屓にしているブランドが、他業種とのコラボしたことでデザインされたものになっている。
その為、普段のスコールの好みからは少々外れていて、買ったは良いものの、平時のコーディネートと合わせ難くて眠らせていた。

それがセフィロスの首にあると、妙なもので、しっくりと来る。


(……別に、こいつの為に買ったものじゃないんだが……)


どちらかと言うと、こういうものは、自分の為に買っている。
身に着けなくても、コレクション的に揃えて眺めるだけでも満足するのだ。

けれども、身に着けて似合う者が身近にいるのなら、まあ良いか、と思う。
ましてや、誰もに雲上の人のように扱われる男が、このネックレスをスコール手ずからに首にかけさせる為、わざわざ頭を下げてくるのだ。
少年にとって、この現実が、なんとも言えない優越感を誘った。

じっと見上げるスコールを、高い位置から見下ろす碧眼は、まるで何もかもを見通しているかのようだ。
どうにもその視線に居心地の悪さを感じて、スコールは身動ぎする。


「……終わったんだから、もう離せ」
「つれない奴だ」


する、と背中で男の手が滑る。
背筋を辿る感触に、スコールが否応なく肩を震わせると、男の喉がくつりと笑った。


「っ早く行け!仕事だろ!」


真っ赤になったスコールが男の胸を叩く。
セフィロスはその反抗もそよ風のような顔だったが、ダイニングテーブルで携帯電話が無遠慮な振動音を鳴らしていることに気付いて、ようやく腕の檻を解いた。


「やれやれ……已むを得ん。続きは夜だな」
「やらないからな。明日は授業があるんだから、今日は寝る」
「構わん。お前は意識がなくとも良い反応をする」
「……あんた、俺が寝てる間に何してる?」


顔を顰めるスコールを、セフィロスは双眸を細めて見つめ返す。
じり、と後ずさりする少年に、男は如何にも楽しそうに喉を鳴らした。

揶揄われたと判ったスコールが顔を赤くするうちに、セフィロスは銀糸を翻して玄関へ消える。
静かな部屋に残されたスコールは、つい先に触られた背中がむず痒くなるのを感じていた。





デュエルムにセフィロス参戦、現代服衣装もお披露目。
フォロワーさんが、現代衣装のネックレスがちょっとスコールと似てると呟いてるのを見て、勝手に広げました。
スコールチョイスのネックレスを、スコールの手で首にかけさせるセフィロスです。

このスコールは高校生で、元々は一人暮らしをしていたけど、色々面倒な不動産トラブルに巻き込まれて、住む家がなくなった所をセフィロスに拾われた……と言う事情がありました。そのまま囲い込んでるセフィロスです。
私ロスなので偶に(頻繁に?)会話をしてくれない。でもお気に入りに対しては面倒見が良いのかも知れない。
自分より背の低い相手に頭を差し出してくる長身の男が見たかった。渋々顔しながら律儀に付き合ってあげるスコールでした。スコールからすると、何考えてるのか判らないけど妙に自分に懐いてくる、シュッとした見た目の大型犬(ボルゾイとかアフガンハウンドとか)を相手にしている気分。

[バツスコ]熱を交えて確かなる

  • 2026/05/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



一ヵ月ぶりにバッツが帰ってきた。
フィールドワークの一環だと言っていたが、果たして目的がそれに限られたのかは判らない。
彼はとかく好奇心旺盛な性格だから、何か別の目的物があって、そのついでにフィールドワークを組んだ、と言うことも十分あり得る。

土産は奇妙な文様が入った石で、一応、お守りと言うことらしい。
謂れはなんなりとあるようで、バッツはそれを語ってくれたが、スコールはあまり聞いていなかった。
こういうものは、真面目に聞いたところで、それほど記憶には残らない。
後で物を見て、これは何の何だったか、とぼんやりと考えるくらいのものだ。

それよりスコールは、バッツ自身が欲しかった。
仕方のないこととは言え、一ヵ月も彼と逢えなかったのだ。

隙間を縫うように電話で話をしたが、時差があるものだから、こちらが昼でもあちらが夜で、お互いの生活リズムが合わず、じっくり話をすることは出来ない。
メッセージアプリでのやり取りはもう少し頻度があったが、これもやはり、リアルタイムとはいかなかった。
普段のバッツは、メッセージを送れば直ぐに既読と返事が着く。
スコールもそのテンポに慣れていたから、既読チェックが付かないだけで、妙にそわそわと落ち着かなかった。

だからバッツが帰ってくると、スコールはその日のうちに、彼の家に行った。
長期間の海外滞在から戻って来たばかりで、きっと疲れているとは思ったけれど、我慢できなかったのだ。
なんでも良いから、彼の顔を見て、声を聞いて、その温もりを感じたかった。

───そんな調子だったから、馬鹿に盛ってしまった。
安普請のアパートのベッドの中で、今になって自分の行動を振り返って、羞恥に苛まれている。


(何してるんだ、俺……)


壁の方を向いて丸く縮こまっているスコール。
その背中に、ぴったりとくっついている体温がある。


「スコール、大丈夫か?」
「……」
「結構頑張ってくれて、おれは良かったけど。腰とか辛くない?」
「……」


耳元に吐息と一緒にかかる声に、スコールは答えない。
どう返事をしても顔が更に熱くなるのが判ったから、何も言えない状態だ。

返事がないのを、機嫌を損ねていると思ったのだろう。
スコールの腹を包み抱いていた腕がひとつ解けて、スコールの腰骨の辺りを摩り撫でた。
軽く揉んでくれるのはマッサージだ。
肉を柔く刺激されるのはなんともむず痒いものがあるが、労わってくれることは悪い気はしない。

時間は正午を迎えつつある。
昨夜は遅い時間まで熱を交え、その後気絶するように眠っていた。
お陰でよく眠れたと言って良いが、気分の落ち込み───と言うよりは、羞恥からの悶絶───と、体の疲労感とが重なって、起きる気にはならない。
ついでに言うと、昨夜の感触がまだ秘部の奥に残っていて、起き上がると変な気分になりそうだった。

まだもうしばらく、スコールはベッドから出たくない。
それでも、空っぽの胃はそろそろ自己主張を始めている。


(……腹が減った……)
「お、もうこんな時間だったか。スコール、飯食うか?」


タイミングの良いことで、まるでスコールの心を読んだように、バッツが言った。

スコールの体を包んでいた腕がするりと解け、ベッドマットの傾きが動く。
ちらと後ろを見遣れば、バッツが服を着ているところだった。


「昨日の残りで良いかな。スープ温めるだけで済むし。あとはパンと」
「……ヨーグルト」
「うん、昨日買っといた。ちょっと待ってな、すぐ出来るから」


ぽん、とバッツの手がスコールの髪を撫でる。
その手が離れて行くのを視界の隅に見送って、スコールはようやく体を起こすことにした。

昨晩、急くように事を始めたものだから、持って来ていた夜着はベッドの下に落ちていた。
早々に脱ぎ捨てたので汚れもなく、皺が寄っているだけだったから、これで良いか、と拾って袖を通す。
そうやって着替えをしている間に、腰がじんじんと疲労の痛みを訴えるものだから、着替えが終わったらまた横になった。

台所では、タンクトップとトランクス姿のバッツがてきぱきと食事の用意をしている。
トーストしたパンにチーズとハムを挟んでサンドイッチを作り、スコールが希望した通り、ヨーグルトも並べた。
温め終わったスープも皿に注いで、乗せたトレイを持ってくるのを見て、スコールももう一度起き上がる。


「お待ちどーさま」
「……ん」


差し出されたトレイを受け取って、スコールはそれを膝に置いた。
のろのろと食べ始めるスコールに続いて、バッツも自分の分を持ってくると、床に座る。
ローテーブルを寄せ近付けて、バッツはベッドを背凭れ代わりに、遅い朝食に手を付けた。

食事をしている間に、バッツは土産話を聞かせてくれた。
今回の旅先で見たもの、聞いたもの、時にはトラブル交じりの面白話。
一応目的はフィールドワークだったので、何を見付けて何を知ったのかも教えてくれた。
大学で考古学を学んでいるバッツの話は、スコールには少々マニアックなものが多くて、聞いてはいるがそれ程頭には残らない。
ただ、古い時代の話をあれこれと話している時のバッツは楽しそうで、その様子を見ているのは、嫌いではなかった。


「それでさ、発掘作業を一緒にやらせて貰ってたら、なんか妙な模様の壁が出て来て。なんだこりゃって思ってたら、教授が目の色変えてすっ飛んできて。よく調べたら、今まであるって言われてたけど見付かってなかった区画が出土したみたいなんだ」
「……そう言えば、一週間前にニュースで言っていたな。なんとかって言う遺跡から、歴史的発見が見付かったとか」
「こっちのニュースに出たのか?そりゃ凄いな。まあ、知ってる人たちからしたら、通説がひっくり返るような話だったからなあ」


そう言ったバッツの表情は、どこまでもあっけらかんとしている。
自分が世紀の大発見をしたかも知れない、と言うことは、特に気にも留めていないようだ。


「そこから発掘の方針が急いで切り替えられてさ。見つかった区画の鑑定と、発掘範囲の見直しと。教授たちが走り回ってた」
「……あんたは、何をしていたんだ?」
「んー?何って言っても、生徒のおれたちは発掘に関しては作業の手伝いが主だったからなぁ。やることは大して変わらなかったよ。掘る場所は毎日変わったけど。あとは近くの史跡巡りして、レポート書いて」
「……そうか」


どこに行っても、どんな環境でも、バッツは逞しい。
やるべきことを存外と要領よく熟しながら、自分の興味についても探りに行く。
何をするにしてもフットワークの軽い男である。

つまりは、バッツは非常に充実した一ヵ月を送っていたと言うことだ。


(……そんなものだよな)


食後の一服にとバッツが淹れてくれたコーヒー。
マグカップになみなみと注がれたそれに口をつけて、スコールは尖る唇を隠した。

───バッツが異国の地で勉学に勤しんでいた頃、スコールもこの国で日常を過ごしていた。
高校生の身であるから、平日は勿論授業があるし、休みの日には家事雑事を片付けた。
放課後は友人たちと街に繰り出すこともあり、ゲームセンターなり、カフェテリアなり、行ける場所はいくらでもある。
バッツと話をする時間が限られる分、勉強に集中することが出来たからか、連休明けに行われた抜き打ちテストも問題なかった。

特別に充実した、と言う訳でもないが、問題のない日々であったと思う。
唯一、恋人の温もりを感じることが出来なかったことを除けば。


(……でも、そんなこと言ったって、しょうがない)


元々、バッツとは生活リズムが違うのだ。
大学生であり、苦学生であるバッツは、生活の為にアルバイトをいくつも掛け持ちしているから、プライベートな時間は限定される。
その僅かな時間を、バッツはスコールの為に使ってくれていた。
それだけでも贅沢な話だと判っているから、バッツにこれ以上の時間を寄越せと言うのは、我儘でしかない。

それでも、一ヵ月の間、全く会うことが叶わなかったのは、今回が初めてのことだった。
別に大した事じゃない、とスコールが思っていたのは始めのうちだけで、段々と物足りなさが降り積もる。
一ヵ月の終わりの頃には、短い電話で声を聴くだけでは足りなくて、早く帰ってきたら良いのにと思っていた。

───だから昨晩は、あんな。

そこまで考えて、スコールは口の中で苦い液体を噛んだ。
顔が勝手に熱くなるのを感じて、眉間に皺を寄せる。


「あれ。コーヒー、不味かった?」
「……いや」


目敏く見付けたバッツの言葉に、スコールは首を横に振る。

昨夜のことはともかくも。
自分だけが寂しかった、なんて、そんなことで拗ねてしまう自分が、子供っぽくて腹が立つ。
それを口に出すなんて尚更嫌で、スコールは残りのコーヒーを飲み干して、胸の奥にあるものも一緒に腹の中へと押し込んだ。

空になったマグカップをバッツが引き取り、他の食器も片付ける。
その間にスコールもようやくベッドを下りて、テレビの前に設置されたフロアソファに移動した。

片付けを終えたバッツが、当たり前に隣に座る。


「スコール」
「……なんだ」


名前を呼ばれたので、返事をする。
隣で機嫌良く笑う声があって、肩にのしりと重みが乗った。


「……近い」
「へへ。スコールの匂いだ」
「嗅ぐな」
「昨日もいっぱい嗅いだけど。やっぱり好きだな」
「……嗅ぐな」


すん、と首筋にかかる息を感じて、スコールは眉根を寄せる。
寄り掛かる重みをじろりと睨むと、近い距離で褐色の瞳が真っ直ぐにこちらを見ていた。
好奇心旺盛に輝く瞳は存外と目力が強くて、スコールはなんとなく、逃げるように目を反らす。

すぐそこにある視線を感じていると、じわじわと心臓の音が大きくなって行く。
自分の露骨な反応に、馬鹿なのか、と歯噛みをしていた時だ。
シャツの隙間にするりと大きな手が侵入して、スコールの腰骨をやわやわと撫でる。


「……おい」
「昨日のスコール、可愛かったな」
「やめろ」


昨晩の話をされると、顔がすこぶる熱い。
顔を顰めてバッツを睨むスコールだが、返ってきたのは、にんまりとした笑みだった。

腹を撫でる手が肌をまさぐるのが判って、スコールは身を捩った。
逃げを打つその身体を、バッツのしっかりとした腕が捕まえて、フロアソファのクッション上にスコールの体が倒される。
覆い被さる重みに、蹴飛ばしてやろうかと思ったスコールだったが、


「昨日はスコールがいっぱい頑張るところ見たからさ。今度は、おれが頑張っても良い?」
「そ、んなの……」
「一ヵ月ぶりだからさ。おれももっと、スコールが欲しいんだ」


バッツのその言葉に、スコールは返す言葉を喪った。
そんな風に言われて、嫌だと言える訳がない。

耳の先まで赤くなった少年の顔を見て、バッツの目は大層満足げに細められた。





5月8日と言うことでバツスコ!

久しぶりに逢えたので、箍が外れて色々頑張っちゃったらしいスコールです。
そんなスコールに、寂しかったんだな~って一晩はスコールに好きにさせてあげた後、今度はおれの番ってなるバッツが見たかった。
この後、存分に甘やかされると良いと思います。

[カイスコ]雨の隙間にて

  • 2026/04/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



なんとも折の悪い事だ、と泣き出した空を見上げる。
恐らくは俄か雨だろうが、一時のことと片付けてしまうには、聊か空が重い。
ビルの谷間から見上げる遠い空は、見える限り暗雲に覆い尽くされており、少なくとも当分の間は切れ間が来ないことを示していた。

始めこそ、この位なら、と思う程度であった雨は、数分としない内に粒を成長させていった。
仕方なく適当な軒下に逃げ込んで、ジャケットに浮いた雨粒を払う。
一先ずこの後の天気を確認してみようと携帯電話を取り出した。
普段は気にも留めない天気予報アプリを起動してみると、西の方から千切れ気味の雨雲が次々と流れてきている。


(……雨宿りをした所で、大した意味もないな。しかし、これでは行く気にもならない)


このまま当分の間は、雨降りと、太陽が束の間に顔を出すのが繰り返される。
ならば濡れることは諦めて駅へと走る手もあるが、視界は既に雨煙である。
此処から走って行けば、駅に着く頃にはすっかり濡れ鼠と化しているに違いない。

せめて、雨粒が少しでも小さくなってくれれば、と溜息交じりに空を見る。
特段、急ぐ用事がないのが幸いではあるが、それにしても無為な時間であった。

辺りに居並ぶ軒の下には、雨から避難した人々が集まっている。
急な雨であったものだから、多くの人は備えがなく、うんざりとした表情で雨が落ち着くのを待っていた。
今朝のニュースの天気予報では、雨の予報などなかったのだから無理もない。
皆一様に、急な天気の崩れを嘆き、空の成り行きを見守っていた。

───と、そんな人々の中に、カインは見覚えのある人物を見付ける。
ダークブラウンの髪に、長く伸ばした前髪の隙間から覗く、子猫を思わせるキトゥン・ブルーの瞳。
制服を着ている時を除けば、基本的にモノトーンな衣服を好んで身に着けるその人物は、今日も例に漏れない出で立ちで其処に立っていた。
腕には大事そうにビニール袋を抱えており、その形からして、中身は恐らく本の類だろうと思われた。
年の頃は、遠目に見ると大人びているが、実はまだ高校生なのだと言うことをカインは知っている。

少年は、カインのいる場所とは、大きな車道を挟んで反対側にいる。
ふむ、とカインはしばし考えた後、携帯電話を取り出した。
メッセージアプリを立ち上げ、目当ての人物を選択し、短く打ち込んだメッセージを送る。
『向かい側が見えるか』と端的な文面は、すぐに既読マークが付き、車道の向こうで少年がきょろきょろと首を巡らせる。
やがてその目がカインを見付けると、蒼灰色は微かに見開いた後、すぐ携帯電話に向き直った。


『何してるんだ、あんた』


帰ってきたメッセージは、思った通り、ぶっきらぼうで簡素なものだ。
これが彼の通常の状態であると知っている。
また、メッセージが返ってくること自体が、彼にとっては中々好感度の高いものであることも判っていた。

カインはすぐに返信メッセージを打ち込む。


『お前と同じだ』
『あんたも災難だった訳だな』
『そうだな』


お互い、突然の雨に降られて、雨宿りを余儀なくされた。
道路の向こうで、少年が深々と溜息を吐いているのが見えて、カインは苦笑する。


『雨が降るなんて聞いてない』
『急な崩れのようだな』
『最悪だ』
『運が悪かったな。俺もお前も』
『この雨、やむのか?』
『晴れ間程度はあるだろう。その後も降るようだが』


カインの返信から僅かに間を置いて、もう一度『最悪だ』と返信が届く。
予定外の雨にやられて、どうやら相当ご立腹らしい。

ふむ、とカインはもう一度考えて、辺りに首を巡らせる。
少年が経っている場所から、連なる軒を三つ越えた所に、小さな看板を出している店があった。
あれは確か悪くない場所だった、とそう遠くはない記憶を掘り起こして、携帯電話に向き直る。


『そちらに行く。少し待て』


それだけ送って、既読マークが付くのも待たず、カインは軒を出た。
タイミングの良いことで、傍の横断歩道は青になった所だ。

雨粒はまだ大きかったが、この短い距離であれば、走り抜ければそれ程苦はなかった。
少年が携帯電話から顔を上げた時には、カインは既に反対歩道に着いており、そのまま彼───スコールのいる軒下に滑り込む。
傍にやって来た男を、蒼灰色がなんとも言えない様子で見上げた。


「何やってるんだ、あんた。濡れてるだろ」


呆れた表情で、スコールは肩にかけていた鞄からハンカチを取り出す。
カインは、撥水の利いたジャケットに浮いた雨粒を拭う為、有難くそれを借りた。


「すまんな」
「別に。それで、わざわざこっちに来た理由はなんだ」
「雨宿りをするなら、もう少しまともな所に行った方が良いだろう。丁度良い店がある。来い」


ハンカチを返して、カインは踵を返した。
軒の下を辿って行くカインに、一拍遅れたものの、直ぐに追う気配が続いた。

カインは、反対歩道で見付けていた、小さな看板を吊るしている、ガラスの嵌まった扉を押した。
其処は炒ったコーヒー豆の匂いが漂う喫茶店だった。
店内は少し薄暗く、照明はやや絞り気味で、雨の外界と言うことも手伝ってか、少し光量が足りないようにも感じられる。
その分、何処か全体が厳かな雰囲気すら滲んでいて、所々に座っている客の話し声も、自然と密やかなものになっていた。

席の埋まりは疎らで、店員からは「お好きな所にどうぞ」と言われる。
窓辺のテーブル席が空いていたので、カインが其処に向かえば、スコールも後をついて来た。

向かい合う形で座り、窓縁に置かれていたメニュー表をスコールに差し出す。


「何か頼むと良い。支払いは俺が持つ」
「……いい。自分で出す」
「そうか」


理由が何であれ、他人に借りを作ることを嫌うスコールである。
彼が気兼ねなく過ごすのならば、彼の好きにさせるのが良いのだろう、とカインは思っている。

店員にコーヒーをふたつ注文して、しばしの沈黙が下りる。
カインは椅子に深く腰掛けて、目の前の少年を眺めていた。
スコールは木製のテーブルに肩肘をつき、手のひらを皿に顎を乗せ、窓の向こうを見ている。
見える景色は狭い路地裏であったが、店の裏手で客の目に着くことを意識してか、外置きの植木鉢が置かれ、景観に心ばかりの彩を添えている。

少年がぼうと外を眺めている内に、雨粒は更に大きさを増していく。
しまいにはざあざあと言う音が聞こえる程の大雨になっていた。


「間一髪だったようだな」


カインが呟くと、蒼灰色がちらとこちらを見て、また窓へと戻る。


「……まあ、そうだな。こんな雨で外にいたんじゃ、雨宿りしてたって濡れる」


植木鉢に植えられた花が、雨と風に煽られている。
この状態では、軒下に逃げていた所で、足元は勿論、半身程度の犠牲は覚悟せねばなるまい。
カインはそこまで読んでいた訳ではなかったが、手頃な店へと避難したのは良い采配であった。

注文していたコーヒーが届けられると、スコールはそれを一口飲んだ。
この店では、五種類のブレンドの中から選ぶことが出来る。
メニュー表には味の特徴が簡素に添えられていたから、豆のことをよく知らなくても、多少は飲みやすいものが選べるだろう。
スコールも好みのものを引けたようで、そのまま黙々とコーヒーを飲み続けた。


「食事はいらないか?」
「……昼は食べた。まだ必要ない。……あんたは?」
「俺も済ませている」


時刻は午後二時。
カインが昼食を食べたのは一時になる手前のことだったから、あれから一時間と経っていない。
流石にまだ腹に食べ物を入れる気にはならなかった。

スコールの視線は何度となく窓へと向かった。
眉間に皺が浮いている所からして、其処から見える景色が気に入った、と言う訳ではないだろう。
降りしきる雨がいつやむか、彼が気にしているのは専らそれに違いない。

カインは雨宿りをしている時に確認した、天気予報図を思い出す。


「向こう一時間は、雨と晴れ間の繰り返しだ。それを過ぎれば、落ち着くらしい」
「一時間……」
「その間に弱まることはあるだろうが、またいつ強くなるか、それは読めんな」


雨粒が小さくなった隙に、外に出ることは出来るだろう。
しかし、雨雲は当分の間、流れ流れにやってくる。
いつ降るか、いつ晴れるか、気を揉みながら行動するのは面倒なのか、スコールはひとつ溜息を吐くと、ようやく窓から視線を剥がした。

店内は、雨から逃げてきた客で席がほとんど埋まったが、静かなものであった。
連れ合いのある者も、潜めた声で会話をしている程度で、店内BGMに混じっている程度にしか聞こえない。
茶器や食器の小さな金属音が少々目立って聞こえる位だ。
カインとスコールも、カップに伸びる手は自然と少し慎重なものになり、持ったカップを元の位置に戻すのも、そっと置くものになる。

かと言って、この静寂が息苦しいかと言われれば、そうではない。
この静けさが保たれる空気感こそが、カインにとってはこの店の居心地の良さになっていた。
スコールも、初めこそ雨と慣れない場所に硬い表情をしていたが、今は眉間の皺も解けている。
此処ならば、気難しい少年も厭な気分にはならないだろうと選んだが、結果として狙い通りに働いたようだ。

───一時間とは、長いようにも、短いようにも感じる時間だ。
二人の間に会話は然程多くはなく、黙してコーヒーを飲み、時折店内や窓の外を見遣るばかりであった。
元より、どちらとも言葉数の多くない質である。
お喋りの気遣いが必要ない相手であることは、互いに理解していたから、これもまた丁度良かった。

やがて外の雨は徐々に落ち着き、間断なく続いていた雨雲が通り過ぎる。
最後には、先程の大雨は何だったのかと思うような、すっきりとした青空が太陽と共に顔を出した。

時計を見れば、二人が店に入ってから、一時間と少し。
ついでに天気予報の雨雲レーダーを確認すると、斑の雨雲は東へ流れ切ったことが判った。


「頃合いだな」


カインが言うと、スコールも携帯電話に落としていた顔を上げる。


「……助かった」
「構わん」


礼を言われる程のことではない、と言いながら、カインは席を立つ。
会計の気配を感じ取った店員が、素早くレジカウンターが設置された場所に向かった。

掲示された金額の支払いを済ませると、後ろに立っていたスコールが「おい」と声をかける。


「あんた、支払い」
「もう済んだ」
「自分の分は払うって言っただろう」


あんたも納得したじゃないか、と抗議する声を背に、カインは店を出る。
続いて店を出てきたスコールを、ドア横で迎えて、カインは言った。


「確かにお前はそう言ったが」
「だったら」
「だが、効率はこの方が早いだろう。二人分の会計を一人で済ませただけだのことだ」
「じゃああんたに代金を渡す」


スコールは鞄から財布を取り出した。
幾らだった、と聞くスコールに、カインは財布を探るその手をやんわりと止めた。


「いらんさ。ただの気紛れだ」
「嫌だ。気持ちが悪い」


きっぱりと言い返してきたスコールに、カインは苦笑する。
こうも真っ直ぐ跳ね返されると、反って清々しい。


「人の厚意は受け取っておけ。貸し借りと思うなら、次の機会で返せば良い」
「……」
「少なくとも、俺は今、それを受け取る気がないのでな」


それ、と指差すのはスコールの財布。
スコールは判り易く眉間に皺を寄せていたが、カインが頑として動かないのを察したか、渋々と言う顔で財布を鞄へ戻す。

駅へ向かって歩く足が並ぶのは、そちらに向かうのだから自然なものであった。
スコールはまだ納得のいかない表情を浮かべているが、蒸し返すのも意味がないと思ってか、唇を尖らせたまま噤んでいる。
カインは、僅かに低い位置にあるスコールの表情を見ながら、くつりと笑うのだった。




4月8日と言うことでカイスコ!
大した会話はないのだけど、だから一緒にいてもまあ良いかと思うくらいの距離感の二人。
無理に会話をしようとしないで良いので楽、と言う感じ。

カインからすると、スコールはちょっと背伸びしたがる少年と言う感覚。なんか危なっかしい所があるので、少し世話を焼きたくなるのかも知れない。無自覚に。
スコールもそれを感じ取っている節はある様子。子供扱いは嫌いなので反発もするが、カインの方が決して無理強いする訳ではないので、なんか流されている。無自覚に好感度が高いんだと思います。

[オニスコ]耀きの生まれる場所

  • 2026/03/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



ルーネスが芸能界に身を置いたのは、物心がつく以前のこと。
子育て系の雑誌の末尾にあった、モデルの公募に母が応募したのが切っ掛けだったと言う。
当分の間、雑誌モデルとして撮影に連れていかれるようになり、その場での聞き分けの良さや映り映えの良さから、ドラマにも出演することになった。
それから次第にドラマの撮影に出演する機会が増え、小学生に上がる頃には、一端の子役として界隈では知られる存在になっていた。

それからずっと、継続的な仕事が入るようになって、今に至る。

年齢は中学生にまで上がっており、ドラマでの露出が減らないこともあって、学校では誰もが知っている存在だ。
出演したドラマを見た、CMを見たと、わざわざ報告してくれるクラスメイトは後を絶たないし、学校行事の時には全校生徒から注目が集まる。
“芸能人”として、ルーネスは同年代の少年少女たちからは、一種の憧れと羨望が向けられていた。
ルーネス自身はそんなことはどうでも良かったが、周囲がそうはしてくれないものだ。

毎日学校に行って、放課後の足で撮影現場に向かう。
撮影に使われるスタジオビルの警備員に通行証を見せ、エレベーターへ向かうのも慣れたものだ。
到着を待っていたマネージャーと合流して、用意された控室に案内して貰う。

撮影は丁度休憩時間に入った所だと言うので、急いでスタジオ入りする必要はないから、ゆっくりと休んでから来れば良い、とマネージャーは言った。
それなら、鞄の中にある学校の課題を片付けてしまおう、とルーネスは筆記用具を取り出した。
課題はいつも学校にいる間に終わらせるようにしているのだが、今日は各科目で出された課題が多く、少々時間が足りなかったのだ。
これを放置しておくのは気持ちが悪いから、ここでやっつけてしまうのが一番良い。

休憩時間が終わる10分前には撮影の準備に入った方が良いから、タイムリミットはここだ。
携帯電話でアラーム機能をセットし、ルーネスは早速課題に取り組んだ。


(どうせ残りがあるだけだし、そんなに難しいものもなかったし。なんとかなるな)


課題プリントの問題をざっと流し見て、ルーネスは十分間に合う、と判断した。

ルーネスは地頭が良い。
頭の回転も速いから、授業で習った大抵のことは一回で理解できるし、課題もほとんど詰まることなく解いて行ける。
特に暗記に関しては昔から得意分野であった。
そのお陰で、幼い頃からドラマの台詞覚えも良く、監督の指示にも理解が早いことが、子役として大成した理由として大きい。

するすると問題を解き、早々にプリントの残りが半分になった頃、控室のドアが開いた。
今日の控室は人と一緒になっていることは、マネージャーに聞いている。
顔を上げると、聞いていた通り、一人の青年の姿があった。


「おはよーございます」
「……おはようございます」


一日で最初に会った人と交わす挨拶は、必ずこれだ。
間延びした声でそれを投げたルーネスに、相手───スコールは静かな声で丁重に返し、形式的な会釈をした。

スコールはルーネスを一瞥すると、テーブルを挟んだ反対側に座った。
手に持っていたものをテーブルに乗せ、開く。
ルーネスがちらりとそちらを見ると、分厚い本とノート、筆記用具が並べられていた。


「スコールも課題?」
「……ああ」


訊ねれば、スコールは端的に返す。

スコールは本を開き、眉間に皺を寄せながら、ノートにシャーペンを走らせる。
眉間にある傷もあって、その表情は如何にも気難しく見えた。

この傷は特殊メイクの類ではなく、彼自身が幼年の頃に遭った事故の名残なのだと言う。
撮影の際、多くは役柄に合わせて隠していることが多いのだが、今回の役柄ではそのまま活かす設定になったことで、晒した状態で過ごしている。
傷を持って尚、その容姿は醜く歪むことはなく、稀に見る色味を持った蒼灰の瞳の存在価値と合わせて、彼と言う逸材を引き立てるパーツとなっていた。
特撮系の役でもやれば、見た目の端麗さもあって、クール系のキャラクターで売り出すことも出来そうな見栄えである。

二人分のシャーペンが動かす音だけが、控室の中でしばらく続く。
スコールは寡黙な質であるから、こうした時に無駄な会話をすることがない。
お陰でルーネスの集中も途切れることなく、時間いっぱいまで課題に集中することが出来る。

携帯電話のアラームが鳴った時、それはひとつではなかった。
全く同じタイミングで鳴りだした二種類のアラーム音に、ルーネスとスコールも同時に顔を上げる。


「10分前だ。終わりだね」
「そうだな」
「これだけ解いて置こう。……よし、終わり!」


ルーネスは最後に残っていた問題を、駆け足で解いた。
その間にスコールは参考書とノートを閉じ、筆記用具も筆箱に片付けている。
ルーネスも急いで課題諸々を片付け、うっかり忘れてしまわないよう、鞄の中に押し込んでおく。

スコールがドアを開けて待ってくれていたので、遠慮なく先にドアを潜る。
スコールは、終わり切っていなかったのか、スタジオまで課題用の道具を持って戻るつもりらしい。
撮影の合間、溜まり場で彼が課題に取り組んでいる姿は、よく見るものだ。


「高校の課題って、やっぱり中学のより多いの?」


スタジオへ向かう道すがらにルーネスが尋ねると、スコールはちらと此方を見て、また視線を前に戻す。


「……まあな。学校の方針や、教師にも因ると思うが」
「スコールの学校って、厳しい所?」
「さあ。俺は別に、苦だと思ったことはない」


そう答えた後で、スコールは潜めた声で「……面倒だけど」と呟いた。
ルーネスはその声にくすりと笑いつつ、


「再来年には、僕も高校生だから、スコールみたいに撮影の合間に勉強してるのかな。うーん、ちょっと考え物なのかも」
「芸能系に理解のある学校にすれば、多少は楽になるんじゃないのか」
「ああ、うん。一応、そう言う所も考えてはいるんだけど。スコールは、そっちに編入するとかは考えなかったの?」


スコールは全日制の普通高校に通っている。
そもそも、彼がこの世界に入ったのは、昨年のことなのだ。
芸能界入り時、既に高校に在籍していた彼は、其処に籍を置いたまま、学業と芸能生活を両立させている。

それが決して簡単な話ではないことは、幼児期から芸能界に身を置いているルーネスもよく判っていた。
朝から夕方まで学校で過ごし、終われば直ぐに撮影に向かい、家に帰るのは夜。
色々な法的規則もあるので、未成年が遅くまで現場に残ることは出来ないが、その分、家に帰ってから台詞覚えなど自主練習は欠かせない。
それでいて学校のテストも免除されることはないから、勉強もきちんと取り組まなくてはならない。

一部の学校では、芸能関係で活躍する学生に向けたカリキュラムコースが用意されている。
このコースに籍を置いていれば、仕事の都合で出席日数が取れない、と言った所を加味してくれ、進級・卒業することが出来る。
勿論、テストの成績や品行に問題がなければと言う点はあるので、其方を維持するのは決して簡単な話ではなかった。
それでも、長期の撮影を地方に滞在して行う、と言った仕事がある時には、助かるものだ。

しかしスコールは、そうした融通のある学校に移ることはしていない。


「別に、俺は今の所で不満はない。第一、今年もこんなことをしているなんて思ってなかったからな」
「そうなの?お兄さんとお父さんの影響で、役者になったんでしょ?」
「……それは否定しない。だけど、あの二人みたいに、こんな仕事がいつまでも出来るとは思ってなかった。公募に出したのも、ただ……あの二人がどういう世界にいるのか、一度覗いてみたかっただけだ。だから、どうせ一回こっきりのつもりだった」


元々スコールは、芸能界隈では知る人ぞ知る存在であった。
と言うのも、彼の父親と兄が揃って有名な俳優で、母が早くに亡くなったと言う家庭事情もあり、昔からその撮影現場に同行していたからだ。

父も兄も、それぞれに存在感と見目の良さから注目が集まり、人気を博している。
兄に至っては、海外の映画にも出演し、世界的に知られている、正しくスーパースターだ。
長期の地方・海外での撮影も多く、そんな家族と行動を共にすることが多かったから、スコール自身は業界内では知られていたのだ。
それは、眩く宝石の傍らに、まだ日の目を待っている原石があったことを意味する。

そんな彼が昨年、自らドラマの出演役者の公募に応募したと言うのだから、その履歴書を手に取った監督が逃せる訳がない。
実力不明の状態であったから、先ずは実験的に一話限定のゲストキャラクターとして役が与えられた。
其処で彼は遺憾なく存在感を発揮し、散発的ながらドラマ出演の依頼が入るようになったとか。
そして今期放送となるドラマで、1クールに出演するレギュラー役を得たのである。

こうした経歴の末、スコールは今期から本格的な役者活動をすることになったのだが、本人はそれを棚ぼたのようなものと考えていた。


「家族があれだから、珍しがってまだ使われてるだけだろう。俺は演技の才能はないし」
「そんなことないと思うけど」


ルーネスの脳裏に、カメラを通した時、目の前の青年がどんなに綺麗に映っているかが思い浮かぶ。

肉眼で見ている今でさえ、スコールの存在感は決して薄くはない。
すっきりと整えた濃茶色の髪は、歪みのない頭の形に沿っている。
整った面立ちは、少し冷たい印象を持たれ勝ちで、表情筋はお世辞にも柔らかいとは言い難いのだが、ここに感情が乗った時、透明な青灰色が鮮やかに光を放つ。

ルーネスはスコールが端役で初めてのドラマの出演した時、レギュラーとして参加していた。
場面を共にしたのは一瞬で、直接会話をした訳ではなかったが、それでも印象に強く残った。
そして放送されたドラマを確認した時、カメラ越しに見たスコールの姿を見て、「こんなにも綺麗な瞳をした人がいるんだ」と言うことに気付いた。

あの時の事を思い出すと、ルーネスは未だに心臓が高鳴る。
けれども、それを齎した人物はと言えば、どうにも自分は役者に向いているとは思っていないらしい。


「スコールは凄いと思うよ。其処にいるだけで、ああスコールがいるって判るもの」
「……持ち上げるな。そう言うのが合うのは、俺じゃない」
「そりゃあスコールのお父さんとお兄さんも凄いけど。でも、二人とスコールは違うでしょ」
「だから、あの二人の方が凄いんだろう。俺はその七光りで此処にいるだけだ」
「そんなことないってば」


どうにもスコールは、自己評価が低い所があるらしい。
これには、彼を良く知る父と兄も、揃って苦笑するしかないそうだ。

ルーネスは唇を尖らせた。


「スコールは、僕の言ってる事が信じられない?」


長い廊下を歩きながら、長身の彼の顔を覗き込むようにして問うと、スコールは眉間に強い皺を浮かべた。
どう答えるべきか、逡巡している様子が続く内に、ルーネスは重ねて言った。


「僕、それなりにこの業界は長いからさ」
「……だろうな」


ルーネスが幼少の頃から子役として芸能活動をしていることは、スコールも知っている。
つまる所、年齢こそスコールが上だが、芸能界に生きる人間としては、ルーネスの方が遥かに経験豊富なのだ。


「人を見る目はあるって思ってるよ。長く続く人、そうじゃない人。なんとなく判るんだ」
「……」
「どんなに演技が上手い人でも、嫌われる人は嫌われる。逆に、嫌われるような人でも、尖って耀いてるものがあったら、ずっとこの世界にいる。役者だけじゃないよ。芸人だって、スタッフだって、そう言うのはある。僕はそれを見分けられるんだよ。目が良いからね、僕」


自分の緑の目を指差して、ルーネスは言った。
スコールは相変わらず渋面を浮かべていて、全く得心している様子がない。
寧ろ、何を言っているんだこいつは、と言う感情が透けて見えるが、一応、それを口に出すつもりはないらしい。
目の前にいるのは、曲りなりにも、役者として先輩であるが故か。

結局スコールは、しばらくの沈黙の後、溜息を吐いた。


「物好きだな……」
「そんな事ないよ。僕は事実を言っただけ」


そう言ったルーネスの胸中には、一片の曇りもない。
ルーネスは確かに、この蒼灰色の原石が、他の誰より綺麗に輝くことを知っている。

撮影スタジオの前に来て、スコールが扉を押し開ける。
そのまま開けて待ってくれるので、ルーネスも其処を潜った。
見慣れたセットが組まれた広い空間には、沢山のカメラとスタッフが忙しなく次の撮影の準備を整えている。
ルーネスの下に衣装スタッフが、スコールの下にメイクスタッフが駆けて来る。

撮影用のメイクが施されるのを大人しく待ちながら、ルーネスはちらりと撮影セットを見る。
其処には既に支度を整えたスコールが立ち、カメラスタッフが映りの加減を調整していた。
確認モニターの映像をチェックしながら、監督はライティングの指定を行っている。

メイクを終えたルーネスが板に着き、スタンバイに入る。
ルーネスの前にはスコールが立っていて、あの透明な青灰色が真っ直ぐに此方を見ていた。


(ほら、やっぱり)


自分のことは自分が一番見えない、とはよく言ったものだ。
こんなに綺麗な蒼色を持っているのに、その本人だけが、その輝きの光を知らない。




けれども、きっと気付かないからこの瞳はこんなにも美しく耀くのだと、ルーネスは知っていた。





3月8日と言うことで、オニスコ!
こまっしゃくれたオニオンナイトと、その扱いに困りながら無下にはしないスコールの図が好きなんですねえ。
年齢的には自分の方が上だけど、芸能界の年功序列ではオニオンナイトの方が先輩になるので、オニオンナイトの口調の砕けには閉口しているスコールです。

[ラグスコ←モブ]所有証明は掌に

  • 2026/02/21 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

モブ(ドール議員)視点





その青年を初めて見たのは、十七年も鎖国をしていたエスタが、国際社会に復帰すると言う大々的なニュースが報じられた時だった。

エスタの開国、ガルバディアの凋落、新旧の世代が入り混じる魔女戦争の経緯と結末────とても一時間枠の報道ニュース番組では扱い切れない程の情報が、一気に全世界を駆け巡った。
特に、かつてエスタを支配していた前大統領であった魔女アデルの顛末と、未来から来たと言うアルティミアなる魔女の全貌については、未だ当事国であったエスタを除いて扱い兼ねている所がある。
魔女については先達てガルバディアを煽動していた魔女イデアが記憶に新しかったが、此方に着いては他二人の魔女の存在によって、やや掻き消された感がある。
この点について追うジャーナリストは少なくなかったが、結局の所、当該人物がガルバディアからも忽然と行方を消してしまった為、何処で何をしているのか、今も魔女として隠れ潜んでいるのかも判らない。
下手に追い続けて身の危険を被ることも考えると、いつまでも彼女を追い駆けるのは、決して得策ではなかった。
それよりも、開国したエスタと、魔女戦争に終幕を導いた立役者たるバラムガーデンへと世間の注目は集まった。
特にバラムガーデンについては、そもそもが傭兵育成機関であり、それを派遣する事で戦地への戦力投入される他、魔物退治や要人警護を請け負っていた一面もあり、その名に箔がついたと言って良い。
加えて、魔女戦争の最中に起こった現象のひとつとして、“月の涙”が誘引されたことにより、各地で生物の過酷な生存競争が始まっていた。
これに人間も巻き込まれる形で、街や村が襲われる事件が増え、バラムガーデンに魔物退治と警護・警備の依頼が急増することとなる。
そしてエスタの開国と、国際社会への復帰活動の活発化に伴い、世界各国で様々な変化とそれを追う流れが生まれていた。

十七年の鎖国をしていたエスタと言う国について、知っている者は少ない。
そもそもがエスタは、前大統領の時代から閉鎖的な環境と国政を敷いていたから、異国人が来訪するのは勿論のこと、エスタ国民が国外へと出る方法もないに等しかったと言う。
エスタは文化的に完全に孤立された環境が続き、前大統領の追放に成功してからも、その体制は変わらなかった───実際の所は様々な理由が絡んだ所為で、他国への情報開示が難しくなった為の結果的な鎖国状態だったそうだが、其処は他国にはまだ理解の及ばぬ話であった。
他国から見てエスタは、どう言う国で、どんな文化形成が成されているのか、全く判らないのである。
諸外国からすれば、宇宙船やロケット、人工衛星、そして驚くべき速さで空を飛ぶ飛空艇と言った、飛び抜けた科学力を持った国が、突然に現れたようなものだ。

エスタはその世情を鑑みて、まずは“エスタ”と言う国を知って貰うことから始めたい、と言った。
エスタ側が国の門戸を開くのは勿論のこと、エスタの方から他国に対しても積極的に歩み寄りたい、とのこと。
その先駆けとして、大統領自らが諸外国に直接訪問し、その国や街のトップと会談する、と言う方針を取った。

お陰で、昨今のドールでは、毎日のようにエスタ大統領の顔がテレビに映る。
何月何日の何時に何某と言う街に訪問した、其処で何という施設を見学した、街の人々と交流した───と言った様子が報道されるのだ。
大統領は随分と気取らない人柄のようで、テレビカメラに向かってよく手を振る。
前大統領をクーデターによって追放し、それから十七年を独裁政権状態で仕切っていたと言う話だが、全く威圧的な所を感じさせない。
かと思えば、いつの間にか人の懐に入っている、その瞬間の嫌悪感を他者に感じさせない逸材として、各国各都市の首脳陣からは、興味と恐々の眼差しが向けられていた。

そんなエスタ現大統領が初めて全世界に顔を見せた時、かの青年は、傍仕えの如く彼の傍らに佇んでいた。
襟詰めの制服を着込み、凛と冷たい顔に無表情を張り付け、冴え冴えとした蒼の瞳を持った青年。
その目は常に警戒の色濃く周囲を見渡し、カメラの向こうさえ牽制するように睨む。

────スコール・レオンハート。
バラムガーデンに籍を置く傭兵“SeeD”の一人にして、それを統率する指揮官。
そして、過去の魔女と未来の魔女を屠り、今代の魔女戦争を終結へと導いた、“魔女戦争の英雄”その人。

彼の名と顔は、エスタの開国と共に、大きく知れ渡った。
バラムガーデンは元々様々な依頼を請けていたが、彼が在籍していると言う事実が更なる箔となって、“バラムガーデンのSeeD”に対する依頼は急増した。
その中で、要人や有名人の護衛を求める際に、彼を指名しての依頼が増えている。
“魔女戦争の英雄”とされたその実力を買って、と言う点も無きにしも非ずだが、それが正当かつ妥当な指名理由と受け取れるのは、全体の半分を見たない。
多くは「噂の“英雄”を近くで見たい」だとか、「高名な“英雄”を護衛につけた」と言ったステータス価値を求めるものだ。
また時には、大層な肩書とは裏腹に、実はまだ成人年齢に達していないと言う“英雄”を侮り、買収などの手段を使って、今後大きな業績と利益を上げるであろうバラムガーデンごと囲ってやろう、と言う人間もいた。

ドールで生まれ育った一人の男も、正しくそれであった。
年齢は五十を過ぎ、十年前からドールの議会の席を獲得した男は、テレビに映った“魔女戦争の英雄”を見て唇を舐めた。
件の青年は、正しく男の好みに嵌まったのだ。
それは整った容姿も勿論のこと、バラムガーデンに籍を置いている───つまりは大きく見積もっても青年が二十歳以下であると言うことが男の欲を誘った。
是非とも、彼と言う人間を味わってみたい。
なんとも下世話な欲で以て、男はスコール・レオンハートと言う人間に興味を持った。

彼を手中に呼び寄せることは、それ程難しくないと思われた。
バラムガーデンは元々、傭兵稼業の胴元的機関も担っており、世界各国から様々な依頼が寄せられる。
そして依頼をこなす為にSeeDを派遣する訳だから、件の人物を指名して金を積めば良い訳だ。
男はこれまで個人的にバラムガーデンに依頼を出したことはなかったが、良い機会だ。
フリーの傭兵や、セキュリティ会社に頼むよりも値段は上がるが、男の資産は依頼を出すに十分の貯えがある。
相場よりも二回りほど色をつけた報酬を掲示すれば、依頼は優先的に受理されるだろう。

────そう思っていたのだが、ことは中々上手く行かなかった。

何度目かの依頼を出し、派遣されてきた人物を見て、男は渋い顔を浮かべる。
其処には地味な顔立ちをした青年が立っており、定形の挨拶文句を述べていた。
自己紹介も其処に挟まったが、男は興味のない人間の名前など聞いていない。
それよりも、今回も叶わなかった希望について、指の爪を噛まずにはいられなかった。


(また駄目だった。くそ、前より値を上げたのに。一体どれだけ積めば良いんだ?)


資産は十分に余裕があるが、あまり吊り上げると流石に響いて来る。
それなりに上客と取れる程度の数字を出して、既に四回も依頼を出していると言うのに、肝心な所が叶わない。
毎回毎回、違う顔がやって来るので、一度電話で「どうなっているのかね」と問い詰めた事があるが、「スケジュールの都合が尽きませんでしたので」の一点張りである。
そのスケジュールを覆す程の金額を提示できればチャンスがありそうだが、では幾らなら足りるかと問えば、其処は曖昧に躱される。

きっと男のように、彼を目当てにした依頼は幾らでもあるのだ。
その沢山の依頼の中で、一番大きな数字を出す所に優先権が与えられ、スコール・レオンハートのスケジュールは調整される。
男がそれの何番目に配置されているのかは判らないが、世の中、金はある所にはあるものだ。
それを上回る数字を出せなければ、男の欲望は敵わない。

苛々とした気分を抱えながら、男は仕方なく仕事に赴く。
派遣されてきた地味な顔のSeeDは、男の苛立つ様子を読み取ってか、胡乱気な表情を浮かべた以外には何も言わなかった。

とにかく、今回の仕事を終えたら、もう一度金の計算をしなくては。
仕事をして金を稼いで、その金で何処まで上乗せできるか検討する。
男は最近、専らそれが日常の一部と化していた。
それを知っている男の秘書は、飽き飽きとして、もう諦めれば良いのに、と思っているのだが、其方も仕事なので沈黙したまま、男の欲望を叶える足掻きに付き合っている。

今日の男の仕事は、話題のエスタ大統領との会談だ。
ドール議会が定期的に行う会議の場に、エスタ大統領も同席し、ドールの国がどうやって国政方針を定めているのかを学びたいのだと言う。
同席には大統領だけではなく、彼の国で執政官として政治に携わる者が他にも並ぶ。
会議が終われば、ドールの議員とエスタの執政官とで交流を目的とした食事会が催される予定だ。

そして議事堂にやって来て、男は目を瞠った。
男が欲して欲して止まない青年が、議事堂の一画に立っているではないか。
以前にテレビで見た時と同じ、詰襟の服に身を包み、同様の服を着た者達───それらもSeeDだろう───と話をしている。


(なぜ此処に?───そうか、誰かが彼を雇ったと言うことか。一体誰が?)


彼が此処にいると言うことは、この議事堂にいる誰かが、彼を射止めたと言うことだ。
誰が雇ったのか判れば、その人物の資産の凡そを計算すれば、次のチャンスの目途が立てられる。
男はにやりと笑って、議事堂に集まっている参加者たちを見渡した。

だが、スコール・レオンハートを雇ったのは、ドールの議員ではなかった。
彼が佇むすぐ傍に、来賓者用のソファがある。
其処には、仕立ての良いスーツを着て、きっちりとネクタイを締めた男───エスタ現大統領ラグナ・レウァール氏が座っていた。


(まさか……)


俄かに浮かんだ可能性に、男の額に汗が浮かぶ。
そして、予想は当たってしまった。

分厚いブックファイルを眺めていたラグナ・レウァールが、スコール・レオンハートを呼んでいる。
気安い口調で呼び寄せる大統領に、スコール・レオンハートは表情を変えずに近付いた。
周囲に聞こえないように配慮して、スコール・レオンハートが大統領の傍へと顔を寄せ、何某かを耳打ちされている。
スコール・レオンハートが、やはり周囲に聞こえない声量で何某か答えると、大統領は満足げに笑った。

その距離感と、スコール・レオンハートが常に周囲に対して鋭い目を向けている事から、厭が応にも理解した。
スコール・レオンハートは、エスタ大統領に雇われている。


(よりによって……!)


同輩たるドールの議員が相手なら、勝てる試算が幾つかあった。
今回スコール・レオンハートを雇った者より、上の数字を、早い段階で掲示する。
先にスケジュールを押さえておけば、それだけで争奪戦はひとつ有利になるだろう。

しかし、相手が一国の大統領となると、計算の幅が全く違う。
何せ大統領ともなれば、国庫と言う莫大な数字が使えるし、警備の重要度から言っても、“魔女戦争の英雄”と言う戦力の確保は優先されるに違いない。
ドールの議員も、国の政治機関を担う要人としての枠は変わらないが、十人以上いるドールの議員と、たった一人の国家首長とでは箔が違うのだ。

男が爪を噛んでいる間に、ドールの国政を担う議会は始まり、恙なく終わって行った。
その間、男の視線は議長ではなく、来賓席に座している男と、その傍らで青の瞳を光らせている青年へと向けられている。

会議の後は、予定通りに交流を目的とした食事会だ。
エスタ大統領が「堅苦しいのは苦手でさ」と言ったことを受けて、今回はカジュアルな立食形式が採用されている。
ドール側にしろ、エスタ側にしろ、今後の国際関係のパワーバランスは、少しでも自国に有利に持って行きたいものだ。
それぞれがそれぞれの思惑を持って、直ぐに情報収集の時間は始まった。

男も例に漏れず、早速情報収集へと向かう。
足の進む先には、ワイングラスを片手に持った、エスタ大統領ラグナ・レウァールの姿がある。

カツカツと足音を鳴らして近付く男に、最初に気付いたのはスコール・レオンハートだった。
蒼の瞳がじろりと威圧するように男を睨む。
瞬間、冷たく冴えた瞳が自分を映したのを見て、男はぞくぞくと背中に心地良いものが奔るのが判った。
判りやすい興奮が露骨になってしまわないよう、意識して顔が緩むのを堪えながら、人当たりの良い笑顔を浮かべておく。


「初めまして、ラグナ・レウァール大統領殿」
「ん?おお、どうも。初めまして」


声をかけると、エスタ大統領は人懐こく笑った。
此方も相応に笑顔を固めておいて、先ずは自己紹介を済ませておいた。


「こうして直にお話しできて光栄です、大統領殿。ドールの食事は如何ですか?」
「ああ、はい、えーと。ちょっと懐かしいって感じがありますかね」
「おや。エスタは長らく鎖国していた国ですが、国外に行かれたことがありましたので?」
「ま、色々あった身でして。ずっと若い頃は、そう言う機会もあったんですよ」


エスタ大統領は、白髪の混じった黒髪を掻きながら、何処か曖昧な物言いだった。
詳しく聞くには、パーソナルに関することはハードルが高いだろう。
そうですかそうですか、と男は愛想を浮かべて相槌を打っておいた。

───所で、と男は話題を切り替える。
男が一番聞きたいのは、彼の後ろに控えている青年のことだ。


「流石は一国の大統領ですな。“魔女戦争の英雄”を護衛に雇えるとは。頼もしいことでしょう」
「はは、そう───ですね、ええ」
「外遊の際には、いつも彼をお雇いになるので?エスタ軍には強化スーツを着用した兵士が多いと聞きますが、それよりも彼の方が信頼できると……?」
「いや、ま、そう言う訳でもないですけどね。何せうちは開国したばっかりで、若い連中は他国の事は全く知らないんです。なもんで、警備上の助言や経験を貰う為に、警備に関しては提携してるんですよ」


エスタ大統領の言葉に、ほうほう、と男はそれらしく頷いて相槌する。


「まあ、でも、毎回来て貰うって訳にはね。忙しいもんですから、彼は」
「それを射止められるとは、羨ましいものですよ」


言いながら、それどころか忌々しい、とすら男は思う。
どれだけ金を積んでも全く靡いてくれない宝石が、こんな飄々とした男に傅いているのだ。
自分にだってもっと権力があれば、と議会制故にその権力は決して直接は飛び出せない身であることを、男は盛大な僻みと共に恨んだ。

傍目になんとも中身のない遣り取りを続けていると、スコール・レオンハートの目が此方を見た。
いや、正確にはその目は、男の後ろに立っているSeeD───男の護衛として派遣されたニーダに向けられており、判りやすく胡乱で、無言に「こいつはなんだ?」と問うていたのだが、男にその意図を読み取る力はない。
じっと此方を見つめる蒼灰色を、何処か熱ぼったくさえ感じた男は、己の股間にその興奮がダイレクトに駆け抜けるのを自覚した。


(ああ……やはり、やはり……味わってみたい……!)


紅潮した顔を向けられても、青年はひとつも表情を変えない。
それも当然のことだ、彼は男が自分を見ていることに気付いてはいなかった。
それ程、スコール・レオンハートにとって、この男は取るに足らない存在なのである。

双方ともにそんな違いの胸中など露知らず、スコールは手元の時計を見て、護衛対象であるラグナ・レウァールに何某かを耳打ちする。


「────」
「ん。時間だな、判った」


エスタ大統領は忙しい。
この交流の食事会も、全ての時間に参加し続けることは難しいのだと事前に通達されている。
大統領は、男も含め、周囲の列席者に手短な挨拶をしながら、「じゃあ私はそろそろ時間ですので」と断りを述べ、


「お話しできて良かったです。最後に、握手を」


そう言って、ラグナ・レウァール大統領は、男に右手を差し出した。
男もテンプレートだと割り切って、同じく右手を出して握る。
ぐ、と強い力で握り返した手には、古い胼胝の感触があった。

男の前で、翠の瞳がすうと細められ、唇が薄く笑う。
それまで至って友好的で人の好かった笑顔が、途端に酷薄なものに見えたかと思うと、低く潜めた声が言った。


「生憎、あの子は安くない。あんたが買って手に入るものじゃないさ」


その目は、何もかもを見抜いていた。
男が青年に向ける、下世話で爛れた劣情も、青年を囲う力と富を持った人間に向ける歪んだ嫉視も、何もかも。

男に向けられる碧眼は、その向こうで冷たい水のように佇む蒼よりも、ずっと深く、重く、どろりとしていた。
目で人が殺せると言うのなら、男はきっと死んでいる。
じわりと手の中に汗が出たのは、本能的な身体の反応だった。

ひゅ、と喉が引き攣るようにか細い音を鳴らした時には、目の前の男はもう“エスタ大統領”の顔に戻っていた。


「それじゃ、私はこれで。皆さんも、どうぞごゆっくり」
「……大統領」
「はいはい。大丈夫、もう行けるよ」


スコール・レオンハートの急かす声に、ラグナ・レウァールはからりと笑って答えた。
蒼灰色は何処となく呆れたように、しかし仕様のないと容認する顔で、自身の警護対象と共にホールの出口へと向かう。

遠退くその背中を見詰めながら、男の足は根を張ったように動かなくなっていた。
握手の為に差し出した手は、とっくに空になっているのに、下ろす事すら出来ずに凍っている。




あれを手に入れる為には、あれを越えねばならないのだ。
富も、権力も、知恵も、そして恐らくは、かの青年を取り巻く全ても含めて取り込んでいる、あの人間を。
それは金を幾らと積むよりも、途方もなく絶望的な現実であった。





2025年88の日にて、『モブから見た視点のモブスコ or ラグスコ or クラスコ』のリクエストから、モブから見た視点のモブスコでラグスコ、でした。
どうにかしてスコールを手籠めにしたいモブおじさん視点……結構ノリノリで書いてたんですが、書き終わってから「これは誰得だ??」と冷静になったものです。
誰得なのか全く判らないけど、ラグナの独占欲が気に入っています。

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