[クラレオ]気紛れなプレゼント
久しぶりに見る故郷の空は、宵闇に包まれていた。
時間の正しいところは判らないが、月が高い位置にあることから、概ね日付を越えた頃だろうか。
今だ人の気配の少ない街並みには、灯りも少なく、一見するとゴーストタウンと変わりない。
そんな場所でも心の影はうろうろとしていたが、獲物もない故か、襲われる人の声もなかった。
これを一匹くらいは退治して行っても良いのだろうが、生憎とクラウドも疲れている。
今夜の寝床を求めて、それを許してくれる場所へと飛んだ。
帰っているなら楽なのだが、と向かったのは、街はずれにある小さなアパートだ。
その二階に灯りが燈っているのを見て、これ幸いと窓辺に下りる。
閉じたそのガラス戸を軽くノックすれば、程なく家主───レオンがやって来た。
「玄関と言うものを知らないのか、お前は」
「こっちの方が早い」
胡乱な目で窓を開けたレオンに、クラウドはいけしゃあしゃあと言って、入室する。
レオンは溜息を吐いて、侵入者を受け入れた窓を閉めた。
「まさか今日帰ってくるとはな。残念だ」
「なんだ。邪魔か?」
「それはいつもそうだな」
言いながらレオンは、やれやれと言う表情で、台所へと向かう。
帰り路をパトロールにするからと、仲間たちの輪から離れた場所に居住を整えたレオン。
とは言え普段は専ら会議場にしている魔法使いの家と、賢者の研究所がある城を往復する生活である。
この為、自宅と言うのは一週間に一回程度、寝に帰っている程度のことだ。
稀に客人───鍵の勇者がやって来た時、甘える彼に絆されて、しばし休息の寝床を許すことはあるが、使い道と言ったらその程度である。
この家の台所と言うのも、あまり使われない故に綺麗なものである。
偶にしか戻って来ない家だから、あれこれと生活用品を置いても持ち腐れになるとか。
冷蔵庫はあるが、生鮮食品も必要な時に最小限しか持ち帰らない為、それ程中身は入らない。
レオンはその冷蔵庫を開けると、真っ白な紙箱を取り出した。
「ユフィから、お前が戻って来るかも知れないからと押し付けられたんだ。二、三日中に帰って来なかったら、酒の肴にしようと思っていたんだが」
「なんだ、それ」
レオンがキッチンに箱を置いて、蓋を開ける。
クラウドが横合いから覗き込んでみれば、真っ白な生クリームにフルーツを乗せたケーキが入っている。
「……ケーキ」
「お前の誕生日だろう」
「……ああ」
そこまで言われて、ようやくクラウドは壁にかけられた時計を見る。
アナログな針時計に、デジタル液晶で今日の月日が表示されている。
「そんな日だったか」
「用意し甲斐のない奴だ」
「忙しいんだ」
「ふらふら飛び回ってる奴が言っても説得力はないな」
レオンの言葉に、クラウドの眉間に皺が浮かぶ。
忙しいことは事実だが、その中身が故郷の復興に明け暮れる幼馴染たちとは違うのも確かだ。
人手不足に喘ぎながら、あれこれとやる事に追われている彼らに比べると、クラウド自身は己の問題のみに集中すれば良いので、楽と言えば楽だった。
レオンはケーキを皿に移し、フォークを添えて、それを食卓用のテーブルに置く。
「一応、お前の為に用意されたものだ。お前が食べろ」
「そう言う事なら、遠慮なく。でもこれだけで腹は膨れないぞ」
「贅沢な奴だ」
クラウドの言外の要望をくみ取って、レオンはまた溜息を吐く。
冷蔵庫を開けたレオンは、ラップで閉じた皿を取り出し、
「残り物しかない」
「十分だ」
「手を洗ってから食えよ」
釘を差すレオンに、お前は母親か、とクラウドは呟く。
じろりと睨む蒼に降参の手を上げて、いそいそと水場に向かった。
電子レンジで温められたのは、肉団子の入ったスープ。
大方これ自体が残り物のリメイクで作られたのだろう、具材のほとんどは溶けて然程形は残っていない。
それでもレオンが作ったものなら不味いことはない。
遠慮なく平らげて、食後のデザートとしてケーキにも手を付けた。
生クリームたっぷりのケーキは、見た目からして如何にも甘いものだったが、フルーツの酸味がそれを程よく中和してくれる。
まだこういうものを購入できるほど、この街は落ち着いていないから、きっとエアリスあたりが作ったのだろう。
こうした甘味は普段ほとんど食べないが、偶に食べるには良いかも知れない。
───と、半分ほど食べたところで、レオンがテーブルに大きなボトル瓶とグラスひとつを置いた。
「これもお前に」
「なんだ」
「ワインだ」
手短に答えて、レオンは向かいの椅子に座る。
瓶には、洒落たカリグラフィのラベルが貼ってある。
手に取ってまじまじと眺めてみると、どうやらクラウドの生まれ年数に仕込まれたものだと判った。
「ワインなんて上等なものが、この街で手に入るとはな」
「醸造施設が無事だったのと、そこの管理人が戻ってきたのが大きいな。中身はちゃんとチェックしてクリアしたものだから、問題なく飲める。安心しろ」
「随分な貴重品だろう」
「ああ。だから、お前が帰って来なかったら、俺が飲んでしまおうと思っていた。実に残念だ」
レオンは露骨に残念そうな表情を作った。
言葉でもその意を表明するあたりに、彼が本当に楽しみにしていたことが判る。
クラウドはにやりと笑って、
「生憎だったな。俺が帰って来て」
「全くだ。普段はまるで音沙汰もない癖に、こういう時だけ嗅ぎ付けてくる」
「鼻が良いんでな」
「調子の良い」
呆れた溜息が返って来た。
クラウドはケーキの最後の一口を食べた。
生クリームとスポンジだけの一欠けらだが、中々に甘い。
その舌に別の味が欲しい、と思いつつ、
「なあ、レオン」
「なんだ」
「誕生日なのに、手酌って言うことは、ないよな?」
蒼の瞳を見つめながら言えば、レオンは判り易く眉間に深い皺を刻む。
甘えるな、と言いたげな視線だが、結局のところ、この男は年下と言うものに総じて甘い。
加えて今日はクラウドの誕生日だと言う点も、譲歩の理由になった。
レオンがワインボトルを手に取ったので、クラウドもグラスを差し出した。
傾けた口から、とくとくと深い赤色の液体がグラスに注がれた。
天井にぶら下がった照明の光を受けながら、中できらきらと泡が渦を作っている。
グラスを口元へ運んで傾ければ、酸味の利いた味わいがクラウドの舌をとろりと濡らす。
「……うん」
「どうだ」
「美味い。ケーキが甘かったし、丁度良い」
そう言ってクラウドは、一気にグラスを開けた。
「気に入ったか」
「そうだな」
「なら、シドも選んだ甲斐があったな」
「シドが?」
普段はビールばかりを飲んでいる養父が、ワインを選んだのか。
意外なことを聞いて、クラウドはしげしげとワインボトルを眺めた。
洒落たラベルのカリグラフィは、咥え煙草に腹巻が似合う男と中々ミスマッチで、くつりと笑いを誘う。
グラスのワインを飲み干すと、直ぐにレオンが二杯目を注いだ。
それも飲んでしまうと、また次がすぐに齎される。
「そんなに急いで注がなくて良いんだが」
「空いていても味気がないだろう」
「まあ……悪い気はしないがな」
とは言え、ペースを考えて飲まないと、この分だと飲み干す頃には潰れそうだ。
度数はそれなりに高いようで、胃袋の辺りが熱くなっているのが判る。
黙々と飲んでは注がれを繰り返していたクラウドだったが、ふと、じっと見つめる蒼に気付いて、
「あんたも飲むか。興味があったんだろう」
「まあ、多少は」
「じゃあ飲めば良い」
「それはお前へのプレゼントとして、シドが用意したんだ」
「ああ、だから俺が貰った。貰ったんだから、どう飲むのも、誰に飲ませるのかも、俺の自由だ」
「……お前がそう言うなら」
クラウドの理屈に、レオンは小さく笑みを浮かべて乗った。
密かにこの流れを彼が期待していたことは、その表情から読み取れる。
レオンがグラスをもうひとつ持って来たので、それにはクラウドが注いでやった。
ガラスの中でとろりと泳ぐワインを見つめ、レオンはグラスを口へと運ぶ。
「……ああ、良い味だな」
柔く細められた蒼灰色が、ワインを見つめて微かに笑む。
こっそりと楽しみにしていたものを、お零れに与ることが出来てか、レオンの表情は満足げだ。
クラウドもその表情を眺めながら、自然と口角が上がる。
「あんたと飲むのは久しぶりだ」
「お前が街にいないからな」
「前よりは帰ってるだろ」
「お前の気が向いた時だけ、な。だから今回だって、今日帰ってくるとは思っていなかった。皆もあまり期待していなかったし」
「その割には、色々と用意してくれたんだな」
「万が一、な。もう少し早く帰って来ていれば、直に祝えただろうに。残念だ」
今日何度目かの“残念”だが、今度のそれはレオン自身でも、クラウドに向けたものでもない。
この場にいない、既に眠っているであろう、仲間たちのことだ。
暗に、もっとちゃんと帰ってこい、と言う圧を感じて、クラウドは肩を竦める。
「明日には一度、顔を見せに行く。その時に礼は言うさ」
「そうしておけ。一応、準備自体はお前が帰ってくる想定でやっていたんだから」
「……あんたも準備したのか」
「ユフィにねだられたからな。ケーキや夕飯の材料の買い付けには行った」
「それだけか?」
じっと見つめて問い重ねたクラウドに、ワインを飲んでいたレオンの手が止まる。
グラスをテーブルに戻したレオンは、クラウドの問いの奥を少し考えてから、理解した。
「……そうだな。やったことはそれだけだ。だから、俺からお前に渡すものはない」
きっぱりと言い切ったレオンに、クラウドの唇が尖る。
態と判り易い表情を浮かべたクラウドを見て、レオンはにやりと笑った。
「帰ってくるかも判らない奴に、態々手間をかけるのも癪だったからな」
「折角の誕生日だって言うのに」
「調子の良い。だが、まあ……手間のいらないものなら、出しても良いかもな」
テーブルを挟んだ向かい側で、レオンの表情は常になく機嫌が良い。
それを齎してくれたのがワインなら、クラウドにとって、この上なく最高のプレゼントと言えた。
クラウドはグラスのワインを飲み干した。
直ぐにレオンがワインボトルを手に取って、続きを注ごうか、と視線で問う。
クラウドは空のワインと、レオンの顔を交互に見て、
「あんた、このまま酔い潰れやしないだろうな」
「さあな。良い酒だったから、生憎そこまで持つか自信はない」
レオンは決して酒に強くない。
今は上機嫌な様子で飲んでいるが、重ねて行けば、睡魔に浚われていくだろう。
そうやって何度か楽しみを流されたことを、クラウドはよく覚えている。
クラウドはしばらく考えた末に、空のグラスをテーブルの端に置いた。
レオンが腕を伸ばしても、ワインボトルの口は届かない。
レオンは判り易く眉尻を下げてくれたが、ワインは彼の手許に置かれ、ついでにレオンも自分のグラスに残っていた液体を飲み干した。
クラウドが席を立ってレオンの下へと近付くと、笑みを梳いた眼が見上げてくれる。
その顎を捉えて、噛みつくように口付ければ、甘い酸味の味がした。
クラウド誕生日おめでとう、と言うことでクラレオです。
酒盛りさせたいなと言うのと、レオンの方からお誘いがあったら良いなと。
誕生日と言う特権と、美味しいお酒でレオンの機嫌が良いので、色々お応えして貰えると思います。やったねクラウド。