[スコリノ]あなたの面影
デュエルムファイナルファンタジーの話です。
βテストにて触れた、デュエルムのネタバレを含んでいます。
まだ本稼働ではないこと、βテストに参加した人しか触れていないことなど踏まえ、畳み+スクロールスペースがあります。
ご覧になりたい方のみどうぞ。
窓を開けると、故郷を思わせる広大なビル群が立ち並んでいる。
それらは夜になると、これもまた故郷を思わせる、沢山の灯火が点き、空の星さえ負ける程に明るかった。
けれども早朝のうちの今は、遠くから昇る太陽の光の恩恵を、大きなビルの群れが静かに頂戴している。
リノアは軽く伸びをした後、定位置に置いている鍵とリードを持って玄関に向かう。
其処には、既に愛犬が行儀良くお座りして、主がやって来るのを待っていた。
「おはよう、アンジェロ。お散歩行こっか」
リノアが愛犬に声をかけると、アンジェロは「ワン!」と嬉しそうに鳴いた。
その頭を撫でてやって、首輪にリードをかけてやる。
ドアを開ければ、アンジェロは嬉しそうな足取りで外へ出た。
外階段を下りていくリノアとアンジェロと擦れ違いに、小さな犬を腕に抱いた女性と擦れ違う。
この女性とは散歩の時間が入れ違いになっているようで、いつも此処で顔を合わせた。
おはようございます、とリノアが声をかければ、女性もにこりと笑って応えてくれる。
腕に抱かれたトイプードルが、リノアの方を見てぱたぱたと尻尾を振っていた。
アンジェロはリノアの横にぴったりと歩調を合わせて歩いている。
元の世界では、彼女はいつだってリノアの傍にいて、旅路の中でもリードは必要ないくらいに、しっかりと飼い主に追従してくれた。
けれども、この世界で、少なくともこの地では、周囲への配慮と、万が一の事故を防ぐ為、安全上の対策として、ペットには首輪とリードが必須だと規定されている。
自由に動き回れないのは窮屈かなあ、と最初こそ思ったが、存外とアンジェロは平気そうだった。
これが必要なのなら良いよ、と時には自らリードを咥えて散歩待ちをしているから、全く賢い子だと思う。
綺麗に舗装された道をしばらく行くと、芝生の広がる運動公園がある。
其処では早朝マラソンに勤しむ人や、遊歩道をのんびりと散歩する人、出勤の近道に横断する人などなどがあった。
リノアとアンジェロも、遊歩道に沿って歩く。
その傍ら、公園の中央にそびえるように浮かぶ、大きな結晶───クリスタルを見遣った。
それはきらきらと清浄な光を放ち、朝の陽光と露を反射させて、美しく耀いている。
(うん、綺麗に浄化されてる。浸食は受けてないね)
このクリスタルの耀きが濁って行くと、モンスター───この世界ではアグレシオと言う名で呼ばれている───が現れる。
そして人々を襲い、その魂を糧として活動、増殖し、街中を破壊してしまうのだ。
現在、この国ではその被害の対策として政府組織が作られる程、喫緊の問題となっている。
どうやらリノアは、そんなアグレシオ問題に対処する為に、この異世界に召喚された……と言う事になるらしい。
正確な所はリノアも判らないことの方が多いし、どうして自分が喚ばれたんだろう、もっと戦いに慣れてる人じゃなくて───と思う事はある。
だが少なくとも、リノアがアグレシオ=モンスターと戦う力を有していることは確かであり、目の前で困っている人、襲われている人がいるのに放っておくことも出来なかった。
同じような力を持って、異世界から召喚された者は、他にもいる。
今はそうした面々が寄り集まって、この地に出現するモンスターを倒し、街の平和を守る活動を続けていた。
そんな訳で、毎日の愛犬との朝夕の散歩は、パトロールとしても丁度良い理由になった。
定期的に似たルートを通って観察するので、その風景に異変があると、早い内に気付く事も出来る。
何度かこの散歩の最中に、アグレシオ出現の兆しを見た事もあって、仲間たちの役に立つことも出来ると思えたのが嬉しかった。
とは言え、異変の兆しがなければ、散歩は牧歌的なものである。
運動公園の遊歩道をぐるりと一周して、何事もないことに安堵しつつ、リノアは公園を後にした。
「もうちょっと歩きたいね、アンジェロ」
「クゥン」
「朝ご飯、買って帰ろうかな。そろそろあのお店開いてる筈だし」
日々を過ごす拠点として用意して貰った、マンションへと向かう道を途中で折れる。
青々と茂る広葉樹が道沿いに並ぶのを眺めながら進めば、足元は平らに舗装されたアスファルトから、レンガを敷き詰めたものに変わっていた。
中央にひとつ大きな道を通して、沢山の店が軒を連ねている。
飲食店、ブティック、アクセサリーショップ、本屋に雑貨屋と、犇めく店々は種々様々だ。
時刻はまだ随分と早いものだから、店の多くはまだ“close”の看板を吊るしていたが、モーニングを提供する喫茶店はぽつぽつと開いている。
休日の昼間ならば、此処は沢山の人が行き交っているが、平日の早朝はやはり疎らだ。
リノアと同じように、ペットの散歩の為に此処を取っている人と擦れ違う。
マンションの階段で擦れ違った女性と同様、同じ人と何度となく顔を合わせるので、ちょっとした雑談をすることもあった。
其処から聞いた話や噂から、アグレシオ出現の前兆を聞く事も出来るので、中々有意義な情報収集にもなっている。
そしてある一画まで来ると、其処にはキッチンカーが一台停まっていた。
リノアはスマートフォンで時間を確認して、キッチンカーへと近付く。
「おはようございます。もうお店開いてますか?」
キッチンカーの奥にいるであろう人に声をかけると、思った通り、初老の男性が注文カウンターにひょこりと顔を出した。
男声はリノアの顔を見ると、にっかりと人好きの顔で笑う。
「ああ、おはよう。今日も早いね。店は開いてるよ」
「良かった。朝ご飯、此処で買って帰ろうと思って」
「嬉しいね。今日はどれにする?」
「うーんと……」
何度も足を運んでいる店だから、メニューに何があるのかはよく覚えている。
此処はサンドイッチがメインで、野菜が主のものもあれば、厚みのある肉が入っているものもあったり、揚げ物をはさんだりとバリエーションが豊富だった。
リノアはしばし悩んだ後、朝食だし、と思って、キャロットラペのサンドイッチを頼む。
支払いは、スマートフォンに入っているキャッシュレスアプリを使うのが常だ。
これがあるお陰で、リノアはこの異世界でも、日々の衣食住に困窮することなく済んでいる。
アンジェロとじゃれ合っている内に、サンドイッチが提供された。
紙袋に入ったそれをしっかりと抱えて、「また宜しく」と手を振る店主に会釈して、その場を離れる。
「そろそろ良いかな。家に帰って、ゆっくり朝ご飯しよう」
「ワン」
「アンジェロもお腹空いた?そっかそっか」
愛犬の頭を撫でて、帰路へと向かう。
今日の散歩も何事もなく終わりそうで、リノアはほっとしていた。
アグレシオの襲撃と言うのは、その出現の前兆こそある程度臨むことが出来るものの、基本的には不規則で、しかも根絶が難しい。
現在の所、出現した時に倒しに行く、と言う対処療法しかない上、クリスタルの浄化を済ませても、しばらくすると濁ってしまい、アグレシオが出現する為、手放しに安全とも言えない。
だから、パトロールはリノアに限らず、仲間たちがそれぞれ得意な方法で日々行われていた。
本当は、こうしたパトロールなど必要のない、毎日が平和であることが一番なのだろう。
それが今朝は一先ずの所は叶った、と言うのが、今のリノアにとって小さな喜びであった。
お陰で、今日は道行に並ぶ街並みものんびりと見渡せる。
そうして歩いていると、ふと気になるものを見付けたりもするものだった。
(あっ。このお店────)
リノアが足を止めると、アンジェロも隣でぴたりと止まる。
リノアが見付けたのは、道沿いの小窓をショーウィンドウとして演出している、小さなアクセサリーショップ。
其処には銀色に光る細工の凝ったアイテムが並び、陽光を受けてきらきらと反射している。
店の戸口はまだ“close”の看板がかかっていたが、店の奥には人がいる気配が覗ける。
ドアは開きそうにないが、開店準備をしているのだろう。
しげしげと眺めていると、アンジェロが「ワン」と吠えた。
愛犬を見れば、今来た道の方を見ている。
リノアもそちらを見てみると、つばの広い帽子を目深にかぶった男───カインが立っている。
「カイン、おハロー」
「ああ」
リノアがひらひらと手を振って挨拶すれば、カインは短く応えた。
薄い反応は一見するとぶっきら棒だが、律儀に挨拶を返してくれる所に、優しいなあ、とリノアは思っている。
「アンジェロの散歩か」
「うん。ついでにいつものルートのパトロールもばっちり。今のとこ、今日は大丈夫だったよ」
「そうか。此方も、特に問題はない」
元の世界で、竜騎士と言う、高所へのジャンプ技を得意としていたと言うカインは、この世界でもよく高所に昇っている。
その身体能力と視野を生かした索敵力は、仲間たちにとって大いに助けになっていた。
お互いに一仕事を終えた所で、この辺りで鉢合わせしたと言う事は、とリノアは想像する。
「カインも朝ご飯、食べに来たの?」
「ああ。先程、済ませた所だ」
「この辺り、美味しいモーニングのお店が多くて嬉しいよね」
リノアの言葉に、カインは「そうだな」と淡泊な返事だ。
だが、その口元が微かに緩んでいるのを見付けて、リノアは嬉しくなる。
「今度、そのお店も教えてね。私も食べてみたい」
「記録にしてある。今は手元にないが、後で見せよう」
「やったぁ!カインが教えてくれるお店、何処も美味しいから、ガイアたちにもオススメ出来るんだ。そうだ、今度はプロンプトやクラウドも誘おうっと」
「リーダーは良いのか」
「うぅ~ん、誘いたいけど、忙しそうだから、いつが良いかなって思ってるの。対策委員会と話をしてくれるのはリーダーでしょう、邪魔すると良くないなって思って……」
「誘えば奴も都合をつけるだろう。一度、声をかけてみれば良い」
「そうかな。うん、そうしてみよう」
親睦会みたいなのもやってみたいなあ、と呟くリノア。
カインはそれを止めるでもなく、好きにやってみれば良い、と言う。
それより、とカインの視線が傍らの店へと向けられた。
「この店を見ていたのか」
「うん。ちょっと目について、気になっちゃって。見てただけなんだけどね」
何か異変を感じた訳ではなく、ただただ、見ていただけ。
そう言ったリノアに、カインはじっと窓辺に飾られたアクセサリーを見詰めながら、
「こう言うものも好みだったとは、少々、意外だったな」
「あ、それは────」
窓辺に並べられた銀細工は、リング、ブレスレット、ネックレスと種類は多様だが、其処に飾られた意匠は動物をモチーフとしたもので統一されていた。
動物は愛らしさよりも猛々しさが強調され、燻しを利用したものは無骨さを醸し出している。
鋳型なのか手作りなのかは、窓辺で見ているだけでは判らなかったが、中々に凝った細工の代物もあった。
それらは一見する限り、リノアが普段身に付けている、すっきりとシンプルなアクセサリーとは大分赴きの異なるものだ。
だからカインは、リノアがこれを見ていることを“意外”と言ったのだろう。
それも無理からぬ事である。
リノアは赤くなる頬を指で掻きながら、
「あの、えっと、私が好きなんじゃなくって。こう言うの、好きそうだなって人がいるのを思い出して、それで」
「……元の世界の仲間か」
「仲間───うん、そう、かな。仲間で、大事な人」
「……成程な」
「特にあのライオンのアクセサリーとか。私の世界では珍しいものだったと思うから、喜びそうだなあって」
ねえ、とリノアは傍らの愛犬に声をかける。
アンジェロは主の言わんとしていることを悟ったようで、「ワン!」と嬉しそうに吠える。
彼の事は、アンジェロも良く知っているのだ。
理解の深い愛犬の頭を撫でていると、カインも得心が済んだようで、
「……邪魔をしたな。俺は行こう。それとも、見送りは必要か?」
「ううん、大丈夫。ありがとう。カインも気を付けてね」
カインの言葉少なな気遣いを感じつつ、リノアは感謝とともにそれを辞退する。
カインは「そうか」と言って、ひらと片手を振って、モールの向こうへと歩き出した。
リノアは腕に抱えていた紙袋を持ち直して、お座りして合図を待っていた愛犬を見る。
その前にリノアは膝を追ってしゃがみ、アンジェロの顔を撫でた。
愛犬を見つめる瑪瑙の眦には、柔くもほんの少し寂しいものが滲んでいる。
「思い出したら、逢いたくなっちゃったね」
主の言葉に、アンジェロが小さく鼻を鳴らす。
ぴすぴすと鼻を鳴らしながら、リノアを慰めるように顔を寄せて来るアンジェロ。
リノアはその気遣いに目を細めながら、傍らのアクセサリーショップを見上げてみる。
「ライオン、私は知らなかったもんな。教えて貰ったんだよね」
「クゥン」
「絶滅してる動物だったの。あっちでは。でも、こっちではまだいるんだって」
「ワウ」
「動物園に行ったら、見れるらしいよ。見に行ってみようかな。でも、同じライオンなのかな?私じゃよく判んないね」
話しかけるリノアに、愛犬は程よい相槌を打ってくれる。
リノアが知っているライオンと言うのは、“彼”に教えて貰ったものだけだ。
“彼”が自分の目指すものとして象徴しているものだから、それは現実的なものよりも、どちらかと言えば概念的な存在になる。
そもそも、絶滅していて、文献にしか載っていないものだったから、本物がどんな生き物だったかも判らない。
最初はキマイラブレインのようなモンスターだと思っていた位には、あまり知られていない動物だった。
それでも、この世界ではライオンが生きて存在しているのだと知ったら、“彼”はどんな顔をするだろう。
モチーフとしたアクセサリーは、“彼”が気に入りそうな、立派な鬣と牙を持った獅子の姿が象られている。
この世界でも、ライオンとはそう言う生き物なのだとしたら、一度見てみる価値はあるのではないだろうか。
「確か、上野に大きな動物園があるんだっけ」
「ワン」
「行ってみようかな。それで、あっちに帰ったら、本物のライオンを見たよ!って自慢しよっか。あ、でもそんなことしたら拗ねちゃうかも」
“彼”はとても冷静で凛々しいけれど、実の所、存外と子供っぽい所がある。
そう言う部分を、親しい人たちに先回りで言い当てられると、眉間に皺を作って、唇を真一文字に噤むのだ。
「本当は一緒に見れたら良いんだけど……」
呟くリノアに、アンジェロはことんと首を傾げる。
それでいいの、と尋ねるような愛犬の仕草に、リノアは眉尻を下げて苦笑した。
“彼”がこの世界に来てくれたら、きっとリノアは嬉しい。
“彼”はリノアと違って、幼い頃から戦うことを学んできたエキスパートだから、、アグレシオの問題についても頼りになるに違いない。
しかし、リノア自身、見知らぬ世界に迷い込んだ時の不安を忘れてはいないし、いつ帰れるとも知れないこの生活に彼を巻き込むことを望んではいない。
現状として、ただ平和にこの世界の営みを謳歌する、と言うのは、難しいことだった。
それでも、その存在を思い出してしまえば、逢えない寂しさは募っていく。
「……逢いたいな、スコール」
名前を零せば、益々気持ちは膨らむ。
その気持ちを共有してくれる愛犬もまた、くぅん、と寂し気に小さく鳴いた。
慰めるように眦に頬を寄せて来るアンジェロを、ぎゅっと抱き締める。
それでリノアは、沸き起こる寂しい気持ちに蓋をした。
「────よし!帰ってご飯食べよっか!」
「ワン!」
振るって明るい声で言ったリノアに、アンジェロの声が嬉しそうに響いた。
ディシディアファイナルファンタジー最新作、デュエルムのβテスト、お疲れ様でした。
幸運にもテスターとして参加させて頂き、一足早くデュエルムの世界を味合わせて頂きました。
知らない世界で、成り行きからの寄せ集め的な仲間たちに対しても、相変わらずコミュ力の高さを発揮していて可愛かったです。FF14から参戦のガイアと喋ってくれてありがとう。アンジェロも一緒でより可愛い。
原作では、スコールたちと同じ年齢なのに、育った環境の違いの所為か、逆に彼女の方がパーティメンバーの中ではやや浮いていたくらいの雰囲気ですが、この感情を隠さないで人と接せる所が彼女特有の良さなんだな~と。
そしてアドバイスされたことには受け止めて、自分の失敗や間違い、勘違いを正して再チャレンジに前向きになれるのが、彼女の強みなんだなと思いました。
と言う事で、リノアが元気にスコリノしていて滾った末がこれです。
またキャラクターたちの生活様式やら拠点やらを捏造しているよ!ディシディアシリーズではいつもそうです。多分こんな感じだったら良いなを妄想しています。
スコールがいずれプレイアブル化するとなると、リノアは嬉しいのか複雑なのか(スコール側はオペラオムニアでリノアが参戦したことに心配を持って迎えていたので)……と思いつつ、先んじて東京生活に馴染んでいたリノアがスコールをあちこち連れ回したりしたら良いなあとか思ったのでした。