[ヴァンスコ]ランチボックスの秘密
それは、週に一度と決まっていた。
そうしろ、とスコールが言った訳でも、そうしよう、とヴァンが言った訳でもなかったけれど、いつの間にかそう定着していた。
スコールの方は専ら受動しているばかりであったから、結果的には、ヴァンが決めたことになるのだろう。
週に一度、二人の弁当を交換する。
ただそれだけの事だから、傍目にはなんでそんなことをしているんだ、と言われるかも知れない。
けれども、この些細なやり取りが特別なのだと言うことは、二人だけが知っていれば良かった。
高校生になる以前から、弁当と言うものは作り慣れていた。
スコールは父子家庭で、ヴァンは年の離れた兄弟で二人暮らしと言う環境だったから、お互い、それぞれの流れで家事を行うようになった。
スコールは仕事に行く父親の為、ヴァンも同じく仕事に行く兄の為、最初は真っ白な米とふりかけ、焦げた卵焼きとプチトマトと言う献立。
まるで示し合わせたように、卵が焦げたことまで一致しなくても良かっただろうに、そう言う所まで似ていたことがおかしかったけれど、それが言葉数の決して多くはない二人のシンパシーを呼んだのは確かだ。
思い返せば絶対に不味かっただろうし、ひょっとしたら味付けに見よう見まねで加えた塩は砂糖だったかも知れない、と思ったりもするが、父は、兄は、その弁当をすっかり空にして帰ってきた。
それが幼心に嬉しくて、くすぐったくて、何より「ありがとう」と頭を撫でてくれたことが堪らなくて、二人は弁当作りを仕事にするようになったのだ。
高校生になり、自分の為に弁当を用意するようになる頃には、慣れた家事のひとつになっていた。
幼い日、一所懸命にフライ返しを使ってぐちゃぐちゃにひっくりかえした卵焼きも、もう焦がすこともない。
おかずの半分は昨晩の夕食の残り物だし、それがなければ、弁当用の冷凍食品も使えば良い。
スコールは凝り性を発揮し始めて、インターネットやテレビで見付けたレシピを試したり、その為にマニアックなスパイスやらを集めるようになった。
ヴァンはそれ程料理にハマっている訳ではないから、どちらかと言えば手軽さを売りにしたものと、冷めて美味しいと評判のレシピを探している。
そうしてそれぞれの事情と性格で彩られた弁当は、家族には大変好評であるのだが、本人たちにとっては特別わくわくするようなものでもない。
中身は自分で詰めたものだから、弁当箱を取り出す時、今日のお昼はなんだろなと楽しみになることもないのであった。
弁当にしろ、家での食事にしろ、自分で作った料理と言うのは、日常に食べるものであるが、なんとなく、じんわりと、飽きのようなものもある。
塩、砂糖、コショウを始めとした調味料は勿論、使う具材も、自分で選んで調理している訳だから、特別驚きが得られるような料理は早々できないものだ。
新しいレシピを手に入れた時は、上手く行くか、味付けはどんな風になったのかと少しばかり楽しみもあるが、経験がものを言うのか、大体は予想が立てられる。
ほぼ毎日をそれと付き合っているものだから、「たまには人が作ったものが食べたい」と思う日もあるのだ。
だから、一週間に一回、二人は弁当を交換する。
何故、毎日ではなくこの頻度なのかと言うと、「その方が特別な感じがするだろ」とヴァンは言う。
確かに、回数が多くなればなるほど、それは当たり前のものになり、それに伴う感情も平坦になって行くものだろう。
スコールは習慣化してしまえば結局は同じことじゃないかと思ったが、それでも、毎日のことと一週間に一回とでは、確かになんとなく、赴きは違うのかも知れない。
普段よりも茶色が濃い具材に飾られた、友人の弁当箱を見て、スコールはそんなことを考えていた。
屋上は、其処に行くまでの階段を上るのが面倒くさいからか、昼食の穴場スポットだ。
其処を使うのが自分たちだけと言う訳ではなかったが、食堂や中庭よりは静かで、ゆっくりと落ち着いて食べられる。
箸で摘まんだチキンを口に運べば、甘辛の味付けがとろみと一緒に咥内に拡がる。
そんなスコールの前では、ヴァンが牛肉に包んだ味付け卵をぱくり。
「んむ。んんんんん」
「飲み込んでから喋れ」
半分に切った卵を、ほぼそのまま口の中にいれたヴァン。
目を輝かせているのは良いとして、そのまま喋ろうとするな、とスコールは呆れた。
むぐむぐむぐごっくん、とヴァンは喉を動かしてから、
「美味いな、この卵。味沁みてる。なあ、これ何?人参の干物?」
「キャロットラペ」
「へー。むぐ、ん、んん。さっぱりしてる。良いな」
ヴァンは箸をあっちへこっちへ遊ばせて、スコールが作ったおかずを平らげて行く。
「なあ、このレシピ教えて」
「どれだ」
「この豚肉の」
「肉にソース絡めて焼いただけ」
「ソース売ってるやつ?」
「……作ったな」
「じゃあそれ教えて」
また食べたい、と言うヴァンに、スコールはポケットから携帯電話を取り出した。
インターネットブラウザを立ち上げ、ブックマークに登録して置いたレシピページを開いて、アドレスをコピーする。
メッセージアプリからヴァンへとアドレスを送れば、ヴァンのポケットで携帯電話が振動する音がした。
「ありがと」
「……ん」
「後で俺が見付けたレシピも送るな」
「……ああ」
なんとなく、料理に凝り性を見出すようになったスコールだが、とは言え毎日のこととなれば面倒になる日もある。
そんな時は、ヴァンから教えて貰った、工程が少なく済む簡単調理の類が非常に役に立っていた。
お互いの弁当を交換するようになってから、こうして情報交換の機会も増えている。
自分では知らない料理、調理方法を知る機会に恵まれるのも、ありがたいことだ。
スコールは普段、自分の興味のある範囲やジャンルしか調べないから、ちょっとした小技だとか、調味料の意外な使い道と言うのは、手軽便利を求めて流離うヴァンの方が詳しかったりする。
そしてヴァンの方は、見た目の彩に凝った料理や、馴染みのない外国料理などはアンテナが立たない節らしく、スコールが見付ける料理のレシピが見目新しく映るらしい。
それぞれが違う知識を持ち寄りつつ、有益なやり取りが出来るので、お互いに得をしている。
それにしても───とスコールは手元のヴァンの手作り弁当を見る。
週に一回、必ずこうして顔を合わせて交換し合うので、よくよく見ているおかず群に、
「ヴァン。あんた、野菜ももう少し入れた方が良いんじゃないか」
見渡す限りの茶色畑になっている弁当箱に、スコールは説教くさくなるとは自覚しながらも、いつか言わねばと思っていた。
自分が食べるだけの弁当なら、ヴァンが好きにすれば良い。
スコールと弁当を交換する前提であるとしても、スコール自身は日々の生活で自分の栄養バランスを整えているつもりだから、一日くらい、こういうスタミナだけを追求したような食事があっても良いと思っている。
自分で作る分には、どうしても緑を装っておかないと気が済まないので、逆にこういった献立は出来ないのだ。
そう言う違いもあって、スコール自身もこの弁当を食べることには、なんら抵抗はない。
ないのだが、とスコールはヴァンの唯一の家族の存在を思わずにはいられない。
「あんたの兄も食べるんだろう、この弁当」
「うん。別のメニュー作る余裕なんてないからな」
「……こうも肉ばっかりだと、栄養が偏るぞ」
ヴァンが味の濃いものが好きなのも、野菜よりも肉の方を食べたいのも、好きにすれば良い。
だが、ヴァンの兄レックスも、これと同じ弁当を毎日食べているのだとしたら、ちょっとそれはどうなんだ、とスコールは思わずにはいられなかった。
スコールも、自分の為だけでなく、父親の弁当も用意する。
その際、それぞれにおかずを用意するのも面倒なので、同じものを詰め込むのも判る。
けれども、こうも肉メニューだけに特化させた料理ばかりを食べていたら、若いとは言え遠からず体に支障が出るのではないか。
父親が既に四十半ばとなって、脂っこいものは胃凭れするだとか、健康診断の結果にも恐々としていることを聞いているスコールは、やはり健康の為には野菜類も必要不可欠なのだと知っている。
「家でちゃんと野菜も食べてるなら良いかも知れないが……」
「ああ、食べてるぞ。野菜もちゃんと入れてるよ。それにも入ってるだろ?」
そう言ってヴァンが指差した先には、ブロッコリーがふたつ。
入ってはいるが、とスコールは眉根を寄せる。
「あんたの弁当のサイズに対して、野菜がこれだけって言うのはどうなんだ」
「だってスコール、普段から野菜は結構食べてるし。それより肉が少ないなーっていつも思うんだ」
ヴァンの手元にあるスコールの弁当は、友のそれとは反対に、彩り豊かである。
緑黄色野菜は毎日抜かりなく収めており、家での食事でも、サラダ類はほぼ必ず出すように努めていた。
そもそもが食事に淡泊な所がある事も手伝って、子供の頃から量をそれ程食べれないから、代わりに栄養バランスに振ったと言う経緯もある。
そんなスコールから見ると、同じ弁当を食べているであろう兄の為にも、ヴァンの弁当メニューは少し直した方が良いのでは、と思ったのだが、
「うちは朝と晩と、休みの日は昼も、サラダとかスープとか、野菜は摂ってるんだ。元々兄さんが家事を全部やってくれてた頃から、そう言う感じだったし。弁当は、兄さんは昼を食べたらあとは帰るまで間食とかも出来ないから、しっかり腹が膨れる方が良いと思って────そしたら、こんな感じになった」
「……そうか」
レックスが何の仕事をしているのか、スコールはよく知らない。
だが、午後が忙しくなることはよくあるそうで、それならスタミナが一番大事だと、ヴァンなりの思いやりの結果なのだろう。
栄養バランスなんてものは、トータルして採算が合えば良い訳だし、それなら昼は茶色一色でも良いのかも知れない。
あと、とヴァンは更に続ける。
「今日は弁当交換の日じゃん。だからスコールにも、肉いっぱい食べさせようと思ってさ。もっと肉つけた方が良いよ、スコールは」
ヴァンの言葉に、スコールの眉間に分かりやすく皺が寄った。
子供の頃から、チビでガリだと、よく幼馴染の男に揶揄われていた。
確かに背の順で並ぶと、長らく一番前か二番目だったし、体つきも細く、父にも心配されていた事がある。
単に成長線が緩やかなスタートだったと言えばそうなのだが、今は背が伸びたものの、件の幼馴染に比べるとまだ足りないし、厚みも薄い。
これを育てるには動物性タンパク質が大事だと言うことも、理屈では判っているのだが、如何せん胃袋もそう簡単には大きくならないのであった。
眉間に皺を寄せたまま、不機嫌に唇を尖らせるスコール。
ヴァンはそれを気にせず、スコールの弁当箱をすっかり空にして、ずりずりと尻を擦りながら隣にやってくる。
その手が躊躇なく伸びてきて、ぺたりとスコールの腹に当てられた。
「もうちょっとこの辺、丸い方が体に良いよ」
「……うるさい。俺の勝手だろう、放っとけ」
箸を持つ手とは逆の手で、スコールはヴァンの手を払った。
が、ヴァンは構わず、ぺたぺたとスコールの腹や腰回りを触りに来る。
ヴァンはヴァンなりに、自分の作ったものを食べる人のことを想って、弁当を作っているのだ。
それは、スコールが少なからず、父の健康を気に留めながら日々のメニューを選んでいるのと同じこと。
そしてスコールもまた、今日の弁当をヴァンが食べることは意識していたから、日頃に目にしているヴァンの弁当とのバランスを考えて、今日の弁当を拵えている。
野菜を多めに盛りつつも、よく食べる育ちざかりなヴァンが午後に腹を空かさないよう、腹持ちの良いものも入れた。
やっていることの方針は真逆であるが、根にある思いはお互いに同じであることは違わないだろう。
この弁当を食べる人が、少しでも健やかであるように、と。
はあ、とスコールは溜息を吐いて、友人の好きにさせることにした。
腹回りを撫でるようなヴァンの手は引っかかるが、マイペースな彼に何を言っても暖簾に腕押しだ。
それより自分の食事を終わらせよう、とあと三分の一になった肉のおかずに取り掛かった。
「腹は食べたら育つよ。俺も昔はヒョロヒョロだったらしいけど、今はそうでもないし」
「……そうだな」
「兄さんが腹いっぱい食わせてくれたからな」
「良かったな」
「うん。だから今度は、俺がスコールを育ててやるよ」
「……勝手にしてくれ」
諦念混じりにスコールがそう言えば、ヴァンも「うん、勝手にする」と言った。
そのままヴァンの腕がスコールの腹に巻き付いて、ついでに肩口に顎が乗せられる。
肩の重みにスコールが視線をやれば、鶸色の目と近い距離でぶつかる。
目が合ったと理解してか、ヴァンの瞳が人懐こい光を宿して、スコールを見つめ返した。
「俺さあ」
「……なんだ」
「俺、スコールの作った弁当好きだよ。色キレイだし、俺が作らないものも入ってるし」
「……」
「俺が嫌いなものは、入れないようにしてくれてるみたいだし」
「…あんただって入れてないだろ。なんだよ、いきなり」
「んー、なんとなく。言っとこうと思っただけだよ」
にかりと笑うヴァンに、確かに言葉に他意はないのだろう。
彼は思ったことを思ったままに口に出しているだけなのだから。
「来週も楽しみにしてるな」
「……ああ」
素直な友人の言葉に、スコールはいつもそれだけの返事しかしない。
それでもヴァンは特に不満げにする事もなく、じゃれる猫のようにスコールの肩に寄り掛かっている。
週に一度のこんな些細なイベントでも、繰り返しているのは何故なのか。
特に伝えた訳でもないのに、相手の好きなもの、嫌いなものを、なんとなく把握する位には続いている理由は、何故か。
言葉にしないスコールの胸中を、ヴァンは確かに読み取っていた。
12月8日と言う事で、ヴァンスコ!
学パロお弁当交換してる二人がなんとなく浮かんだので、やらせてみた。
父子家庭と兄弟家庭と言うことで、唯一の身内の健康には、それなりに気を遣ってそうな二人。
お互いそんなに深くは踏み込まないようで、なんとなく許してる・許されてることは空気で感じ取ってそうなのが良いなと思っている。