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[プリスコ]その手を引いて空を見て

  • 2025/11/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

オペラオムニア第一部9章後




飛空艇の甲板に立って、スコールは長く息を吐いた。
知らず知らずに溜め込んでいたそれを吐くと、胃の中に重く留まっていたものが抜けて行くような感覚がする。

異世界と言うものにこの両足で立ってから、思いの外、長い時間が経った。
その間に既知と遭遇することが出来たのは幸いだ───現時点で、相反する位置に立つ者がいるとしても。
ただ、その“既知”の状態が、今のスコールが思うものと違う状態であることが、彼の表情に翳を差す要因になっている。

一人の女神と、一人の男神によって造られていると言うこの世界には、様々な異世界から召喚された者たちが、戦士としてそれぞれの活動を行っている。
その中で、女神に召喚された戦士たちは、モーグリを指標と舌主立ったひとつのグループとして所帯を形成しつつあった。
スコールは恐らくは比較的早い段階で其処に加わることとなり、後続が随時加入していくのを見ている。
飛空艇の入手により、巡る世界がより一層広くなった今でも、この所帯は拡充しつつあり、それに呼応するように、足となった飛空艇の内部も拡大が続いている。

いつになったら元の世界に帰れるのか、と言うことは、幾ら気を揉んで考えても判らないばかりだ。
そして、それよりもスコールは、目下もっと頭の痛い問題がある。


(ゼルはラグナを知っていた。でも多分、あれは本人に会う前……エルオーネのジャンクションで見たラグナだ。アーヴァインは……何処までだ?あいつは結構、自分の本心を隠すのが上手いからまだ判らない。サイファーの方は、映画の主役としてのラグナで───)


頭の中に浮かぶ、この世界で幸いにも顔を合わせることが出来た幼馴染たち。
その様子を日々見る度に、彼らの言動が齎す“彼らの状態”と言うものが、スコールの溜息を増やす。


(サイファーは魔女アルティミシアを知らなかった。あの分だと、自分が一度は“魔女の騎士”になったか覚えているかも怪しい。確実に言える段階としては、SeeD試験の後か?風神と雷神も似たような所か)


スコールは、元の世界で辿った自分の旅路と言うものを覚えている。

“愛と勇気と友情の大作戦”を終え、魔女アルティミシアを本懐とした魔女戦争は終結した。
その後、戦犯としてガルバディア軍に追われていたサイファーを先んじて捕まえ、未成年の更生期間をもぎ取ってバラムガーデンに連れ帰った。
傍ら、長きに渡って鎖国していたエスタの国際社会復帰に際し、“魔女戦争の英雄”とされたスコールを擁するバラムガーデンが諸々の補佐をすることにもなった。

ともかく、後にも先にも、やる事は多かったのだ。
その間、ゼルを始めとしたスコールの幼馴染の面々も、トラビアガーデンの復興であったり、軍に接収されていたガルバディアガーデンの再校の為の代行手続きであったりと、多忙に振り回されていた。
おまけに“月の涙”の影響で、SeeDの派遣要請依頼も随時届くものだったから、とにかくバラムガーデン全体が大わらわだったのだ。
ガーデン内でマスター派と学園長派の内紛の折より、内職を手掛けていた大人の数まで減っていた中で、よくもやり切ったものだと思う。

────と、それだけ慌ただしかった直近の日々を覚えているのは、スコールだけだ。
それに加えて、どうも時間そのものが随分と違う状態で来てしまった者もいることが、スコールには頭が痛い。


(あのラグナは、昔のラグナだ。俺がジャンクションしていた時の。だから、俺たちの事も知らないし、映画が昔のものになってることも知らない。多分、“魔女”も違う)


スコールと同じ世界から来た者は、押しなべてこうした具合だった。
元の世界から召喚されたタイミングが全員バラバラだと言っても可笑しくないくらいに、記憶に重ねた経過時間が違う。
だから同じ話題を共有している筈なのに、それに対する認識がずれる。
かと思えば、ふとした折に認識がかち合う事もあって、どうにもややこしい。

特にラグナに関しては、過去の人間の前に未来の人間が出逢っている事になる為、何の拍子にタイムパラドックスでも起きてしまう可能性もあって、スコールは彼との会話にはより慎重にならなければならなかった。
これが、決して他者との会話や、その矛先を誘導することが得意ではないなスコールにとって、想像以上に疲れを誘う。


「………はあ………」


スコールは甲板の縁に寄り掛かって、深く息を吐いた。

本音ではこんな場所ではなくて、自分の城である寮部屋のベッドに引き籠りたい位には疲れている。
可能ならばこの飛空艇にもそんなプライベート空間が欲しかったが、残念ながらそれは叶わない。
寝室は様々な形で作られており、スコールも自分の寝所として確保している所はあるが、部屋は病室以外は基本的に大部屋だ。
他者の気配を寸断できる場所と言うのはないも同然で、辛うじて一人になれそうな場所、として妥協できたのが、この甲板の片隅であった。

飛空艇はモーグリが指す方角へ、操舵技術を持つ面々が話し合いで航路を決めて飛んでいる。
目的に着くまで、ただただ待っているしかないのは、いつかの海の上で漂った日々を思い起こさせた。

空に向かって溜息を吐いた所で、何が変わる訳でもない。
それでも、閉じ篭ることが出来ない今、こうしやって僅かに一人に浸れる時間が欲しかった。

そのまま、五分か十分か、スコールはじっと縁に寄り掛かっていた。
飛空艇は東に向かって飛んでいるようで、夜の色が急くように空を染めている。
吹く風にも冷気が混じり、望んで此処に来たとは言え、長居をするには向かなくなっていた。
もう少し、あと少し、気が済む程度に過ごしたら、中に入ろう───と思っていた時だ。


「おっ?」
「………」


スコールの後ろで、甲板を通り過ぎようとしていた足音がぴたりと止まる。
足音はそのままトットッと近付いてきて、スコールの傍で止まった。

スコールは縁に乗せた腕に顔を伏せていたが、その状態でも、近い距離からじいいいっとした視線が刺さるのが判る。
応じる気のないスコールはそのまま黙っていたのだが、視線はスコールの回りをちょこまかと動きながら向けられ続けた。
時にはスコールと縁壁の間から潜り込み、覗き込むようにしてくる無遠慮さだ。

遂には、つんつん、と髪の毛を摘まんでくるものだから、元来短気なスコールが根負けするのは無理もなかった。


「……」
「おっ」


胡乱な目でスコールが顔を上げれば、其処にはプリッシュがいた。

プリッシュは飛空艇の縁の上に登っている。
体を少し横に傾ければ、空の下へと真っ逆さまに墜ち行く場所で、少女は危なげもなくしゃがんでいた。

じとりと睨むも同然に見詰めるスコールを、プリッシュは臆する様子もなく見返して、


「こんな所で寝てたら風邪ひくぞ、スコール」
「……寝ていた訳じゃない」


全く邪気のないプリッシュの言葉に、スコールは急に毒気を抜かれた気分だった。

一人の時間を邪魔された気分は否めないものの、見下ろす少女の瞳には、言葉以上の他意もない。
疲れているとは言え、この少女相手に態度を尖らせるのも違う気がして、スコールは何度目かの溜息を洩らしつつ、寄り掛かっていた縁から体を起こした。

どうにも気分として動きが鈍麻になるスコールに、プリッシュは言った。


「なんか元気ねえなあ。腹減ってるのか?」
「……別に」
「飯食ったら元気出るぞ」
「……結構だ」


プリッシュとしては気遣いなのだろうが、スコールにとっては要らぬ世話だ。
放っておいてくれれば良い、とひらひらと手を払う仕草で「行ってくれ」と示す。
それを見たプリッシュは、ぱちぱちと瞬きをして、ことりと首を傾げる。


「腹が痛いのか?」
「……なんでもない。疲れてるだけだ」


少女を邪険にする気はないが、かと言って相手をする気にもならなかった。
今はただ、一人の時間があれば良い、とそれだけを希望する。

しかし、プリッシュはスコールが予想していない方向へと行動した。


「疲れてるんだったらさ、こっち来いよ」
「は?おい、」


ぐい、とプリッシュはスコールの腕を引っ張った。
小柄な少女にしては存外と力強い手が、スコールの体を遠慮なくその場から連れ出していく。

軽快な足でプリッシュが向かったのは、飛空艇の甲板の前方だ。
空を行く飛空艇が切る風の流れが、直接吹き抜けていく其処は、平時は閉塞を嫌う賑やかな仲間たちが過ごしている。
しかし、夜の帳も広くなったこの時間では、風の温度も下がった所為か、人の気配はない。

プリッシュはスコールを舳先の先端まで連れて来ると、


「ほら。ここ、気持ち良いだろ?」


何故か自慢げに言うプリッシュに、スコールは沈黙した。
どう反応したものか、眉根を寄せて唇を噤むスコールに、プリッシュはやはり気にせず明るく笑う。


「ぱーっと風が吹いてて、今日は天気が良いからずっと向こうまでよく見えるし。もう星も見える」
「……」


両手を空に掲げるように大きく広げ、高い頭上を見上げて言うプリッシュに、スコールも顔を上げた。
少女の言う通り、空は所々に薄く千切れた雲があるだけで、至って快晴だと言える。
薄く紫の混じった宵闇色に染まった天には、小さな光が点々と瞬き始めていた。


「何疲れてたんだか知らないけどさ。下ばっか見てたら、もっと暗くなっちまうぞ。お前、ただでさえいっつも疲れそうな顔してるんだから」
(……悪かったな)


恐らくは悪気はなく、傍目に見ていての単純な感想なのだろうだろうが、必然、この台詞にはスコールの眉間に皺が寄った。
それを見たプリッシュが、「ほら、それだって」と言って、スコールの眉間を突いて来る。


「もうちょっと笑って見ろよ。こういう感じで」


プリッシュは自身の頬を左右から摘まんで、むにぃ、と引っ張った。
頬がよく伸び、引っ張られた口角が緩やかな弧を作って、白い歯を見せて笑う。
くるくると忙しく表情を変え、いつも楽しそうに笑ってあちこちを駆けまわる少女の顔は、随分と柔らかいらしい。

スコールはそれを、いつもと変わらない表情で、ただただ見つめるのみである。


「……そう言うのは、パスだ」
「えー。良いから一回やってみろって」


やはり遠慮も躊躇いもなく、少女の手は伸びて来る。
低い位置から迫るその腕を、流石にスコールは拒否した。
振り払う仕草で伸びる手を嫌うスコールだが、少女はめげずにスコールの頬を捕まえようとする。


「やめろ」
「ちょっとだけ。お前の笑った顔って見た事ないし」
「必要もないのに笑える訳がないだろう」
「楽しかったら笑ってるもんだよ」
(しつこいな。と言うか、面倒だ)


プリッシュは諦めないぞとばかりに、スコールの顔を狙って手を伸ばしてくる。
これがプリッシュなりの気遣いだとしても、そろそろスコールは面倒が勝って来た。
一応は仲間だし、子供ではないようだが小柄な少女であるしと、手荒は避けたいスコールだったが、そうも言っていられる気分ではない。

ああもう、とスコールは半ば自棄になって、プリッシュの両の手首をそれぞれ捕まえた。
おっ、と言う顔で動きが停まったプリッシュを、そのまま身長差に物を言わせて持ち上げてやると、プリッシュは万歳した状態で爪先立ちになった。


「うぉ、とっとっと」
「もうやめろ」
「ええ~」


睨むスコールの一言に、プリッシュはまるで不満そうな声を出す。
うーうーと唸ってスコールの拘束から逃れようと、スコールの足を蹴ってきた。

プリッシュの言動はまるで幼い子供のそれだが、しかし、とスコールは思う。
この異世界で戦線を共有するに当たり、プリッシュはこの小さな体格からは想像も出来ない程の脊力を持っており、ベヒーモスのような超大型の魔物さえ平然と投げ飛ばす事もある。
それだけの怪力を有している戦士が、ただ掴んで釣り上げているだけのスコールの手から逃げられない訳がないのだ。
蹴る足とてそれは同様で、その気になれば、スコールの膝を蹴り割る位のことは容易いだろう。

────結局の所、これはじゃれているだけなのだ。
何処までがプリッシュの本位の行動かは判らないが、悪意もなければ、きっと悪気もない。
強いて言うなら、落ち込んでいるように見える仲間に、気分転換を試みているようなもの。


(………はあ)


零れた吐息は、ごくごく短く小さいものだった。
さっきまで壁縁に寄り掛かっては繰り返し漏らしていた溜息とは、少し違う。
現状への疲れから鬱々としていた気分は、いつの間にか薄れていた。

掴んでいた細い手首を離すと、プリッシュは「ありゃ?」と気の抜けた声を漏らす。
プリッシュは自由になった両手をしげしげと見つめた後、スコールの顔を見上げて来る。
宝石のように円らな紫電色の瞳が、じいっとスコールを見詰めた後、


「へへ」
「………」


にっかりと笑うものだから、スコールはやはり毒気を抜かれる気分だった。

舳先の向こうから冷たい風が吹いて、流石に甲板にいることに寒気を感じると、プリッシュも同様だったのか二の腕を摩る仕草をして、


「うわ、なんか急に冷えたな。本当に風邪引きそうだし、もう中に入ろうぜ」


言うなり、スコールの反応を待たずに駆け出していくプリッシュ。
返事くらい聞けよ、とスコールは思ったが、プリッシュを相手に今更と言えば今更だ。
やれやれ、と緩く頭を振る仕草をして、スコールは歩き出した。

先に船内へと向かう階段の前に到着したプリッシュが、早く来いよ、と言わんばかりに手を振っている。
寒いのなら直ぐに下りてしまえば良いだろうに、どうしてもプリッシュはスコールを放っておく気がないらしい。


「なあなあ、寒くなったし、何か温かいもの食いに行こうぜ」
(それは俺も付き合わないといけないのか?)
「一人で食ってもつまんないしさ」
(……食堂なら誰かいそうだが。まあ、いいか、もう)


どうでも、と半ばこれも投げやりになった気分で、スコールはプリッシュに付き合うことへの抵抗を辞めた。

まわりのことで気を揉む所為か、最近は疲労感が強くて、あまり食事に意義を見出せなかった。
食べることは食べていたが、日々の消費カロリーとのバランスを考えると、足りていない。
この世界は奇妙なもので、食事は摂らなくても死にはしないようだが、習慣からの体の反応なのか、食べない日々が続くと空腹感のようなものが付きまとう。
夕食も済ませた今の時間から、然程の量を食べようとは思わないが、プリッシュの言う温かいものくらいは食べてから、寝床に行っても良いかも知れない。

前を歩く少女は、まるでスコールがついてくることを確認するように、何度も振り返りながら細い通路を進んで行く。
まるで親がついて来るのを確かめる動物の子供みたいだ───とスコールは思うのだが、傍から見るとどちらかと言えば親子の立場が逆のように見えたと言うのは、当人の知らぬ話である。





11月8日と言うことでプリスコ。
オペラオムニアなら、二人は第一部から参入しているので、結構長いこと一緒にいるんだなと思いまして。ストーリーの時系列を断章含めまとめて下さった方に感謝。

オペラオムニアのスコールは、自分が全て覚えているのに、仲間たちはまちまち。
アーヴァインとはお互いに、第一部10章(サイファー加入前のタイミング)で、スコール・アーヴァインともに「アルティミシアを覚えている」と確信するまで、誰が何処までの出来事を覚えているのか探り探りしていたようですね。
此処に至るまで、スコールは「自分以外、元の世界で起きた出来事を覚えていない」と言う前提で考えていて、ひやひやしてただろうなと。

胃をキリキリさせてそうな頃のスコールに、案外面倒見の良いプリッシュがじゃれてたら良いな、と思ったのでした。

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