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2014年12月

[絆]朝の光はまだ遠く 1

  • 2014/12/31 21:50
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バラムの正月は、港端に祀られている水神様に参拝に行くのが習わしになっている。
参拝に行くタイミングは、年末年始を跨ぐ時、年始の朝、年明けから三日以内と、特に厳密に定められてはおらず、人によっては三日を過ぎてから行く場合もあった。
早い内が良いと言われてはいるが、バラムの島民が一挙に押し寄せるとなると、決して広くはない港は、あっと言う間に飽和状態になる。
昨今は参拝客を宛てにした出店も増えた為、人口密度は尚の事上がっていた。

となると、そんな場所に小さな子供を連れて行くのは危険、とレオンが考えるのは、至極自然な話だ。
今年で9歳を迎えたスコールとティーダは勿論、13歳のエルオーネも、人でごった返す場所に連れて行くのは憚られる。
エルオーネは「スコールとティーダはともかく、私は大丈夫だよ」と言ったが、それでも心配性の兄である。
弟達の面倒もある事だし、と参拝は年明け三日以内の人が少ない時間帯に行く事にし、年末の夜は家でのんびり過ごす事になった。

年末一週間前から、バラムガーデンは冬休みに入っている。
レオン達は、冬休みが始まった当日から、コツコツと宿題を片付け、年末を迎える頃にはその数はすっかり減っていた。
アルバイトのあるレオンは、まだ半分弱が残っているが、計画的に済ませれば、無理なく終えられる程度だ。
勉強嫌いのティーダが度々サボりたがったが、確りとエルオーネに取り押さえられ、スコールに続く形でプリントを消費している。
スコールとエルオーネは恙なく片付けられており、スコールはプリントが数枚、エルオーネは問題集が数ページ残るのみとなった。
これなら焦る事もないだろう、とレオンは判断し、年末年始の二日間位は勉強から解放されても良いだろうと、冬休みが始まって以来定められていた“勉強の時間”を無しにした。

年末年始限定の変化は、“勉強の時間”だけではない。
いつもなら、遅くとも夜10時には布団に入るように促される弟達だが、今日だけは深夜まで起きていて良いと言われた。
夜更かしに憧れていたティーダは喜び、スコールも兄と姉と長く一緒にいられるとあってか、夜を待ち遠しそうに過ごしていた─────が。


「……んみゅ……」
「スコール、眠いの?」


兄妹弟で揃ってソファに座り、テレビを見ていた時の事。
姉に寄り掛かっていたスコールが、猫手で顔を擦り始めていた。
時刻は夜の10時半、いつも9時半頃には欠伸をしているスコールにしては、頑張って起きていた方だろう。


「ふぁ……」
「もう寝ちゃう?」
「……やぁ……」


頭を撫でながら言うエルオーネに、スコールは愚図るようにふるふると首を横に振った。
しかし眠い気持ちは耐え難いらしく、甘えるように姉に抱き付く。

そんなスコールの隣に座っているティーダはと言うと、ぱっちりと目を開けて、テレビ番組に釘付けだ。
今は年末年始に飾られる事の多い菓子の作成風景が映されており、ティーダは作成工程はさて置いて、度々画面に映る色鮮やかな美味しそうな菓子に夢中になっている。


「うまそ~」
「そうだな。それに、形も綺麗だし」
「う~、お腹空いて来た」
「涎も出てるぞ」
「だって美味そうなんだもん」


レオンはソファ前のテーブルに置いてあるティッシュを取り、ティーダの口の周りを拭いた。
ティーダはされるがままにしており、視線はテレビから離れない。
今はチョコレートのグラサージュと、真っ白な生クリームでデコレーションが施された、チョコレートケーキに釘付けだった。


「スコール、ほら、ケーキ。美味しそうだよ」
「んぅ……」


眠らぬように頑張っている弟を発奮させようと、エルオーネがテレビを指差した。
しかしスコールからの反応は捗々しくなく、眠たげな目がようやくモニターを見る程度だ。

これはもう無理かな、とエルオーネがレオンに眉尻を下げて笑い掛ける。
その意味を汲み取って、レオンもくすりと笑った。
レオンはソファから腰を上げると、寝落ち掛けているスコールを抱き上げてやる。


「よっ……と、と」
「やぁう…」


ベッドに連れて行かれようとしている事が判ったのだろう、スコールはごそごそと身動ぎした。
いやいやと頭を振るスコールを落とさないように、レオンは小さな体を抱き直して、ぽんぽんと背中を叩いて宥める。
寝かしつけられるのを察して、スコールはうーうーと抗議の声を上げるが、


「うゆぅ……んん」
「無理して起きてなくても良いんだぞ」
「やぁ……まだねないぃ…」


ぎゅう、とレオンの首にしがみついて、スコールは駄々を捏ねる。
今日は皆と一緒にずっと起きているんだ、と心に決めているのだ。
残念ながら、体はその頑張りについて行けていないが。

そんなスコールに気付いたティーダが、兄に抱かれているスコールを見上げて言った。


「スコール、歌だ!歌ったら眠いのもなくなる!」
「ティーダ、無理に起きてなくて良いのよ?」
「ほら、スコール。歌お!もーいーくつねーるーとー」
「んんぅ…」


リビング全体に響く大きな声で歌い出したティーダに、スコールは顔を顰める。
起きていたいが、それでも眠気に苛まれる今のスコールには、ティーダの大音量は少々煩いようだ。

ティーダの大音量から逃げるように、スコールはレオンの肩に顔を埋める。
寝るか?とレオンが訊ねると、スコールはふるふると首を横に振った。
煩いのは嫌だが、寝るのも嫌、と言う我儘に、レオンは苦笑して、ソファに座り直し、スコールを膝に乗せてやる。



「もうちょっと頑張るか、スコール」
「うん……皆で最初のお日様見るの…」
「そうだよ。だからスコール、寝ちゃ駄目だよ」
「うん……」


新年の朝、海の向こうから上って来る太陽を見ると、今年一年は良い年になる───と言う言い伝えがある。
スコールは昔からその太陽を見たがっていたのだが、それは叶わなかった。
早く寝落ちてしまうと、麻も比較的早く目覚めるのだが、それでも朝日は高い位置に上っている。
ならば朝まで眠るまいと頑張ると、今度は遅くに寝落ちてしまい、目覚めるのも遅くなる。
そんな出来事が積もり積もったスコールは、今年こそ、と意気込んでいた。

ティーダもティーダで、きっともう少し夜が更けたら、スイッチが切れたように寝落ちるのだろう。
夜更かしに憧れている所為か、ティーダは普段から夜中まで起きていようと頑張っているが、日中に元気良く過ごしている分、夜半まで体力気力が続かないのだ。
さっきまで元気にはしゃいでいたと思ったら、ちょっと休憩、と少し寝転んだ直後に、すやすやと眠ってしまう。

今年もそろそろかな、と部屋の壁掛け時計を見上げて、レオンは思う。
エルオーネも、歌を歌い続けているティーダを宥める傍ら、欠伸を噛み殺している節があった。
今日は皆で大掃除をしていたので、彼女も疲れているのだろう。


「ティーダ、夜だからね。ちょっとボリューム抑えよう?」
「小さい声で歌ったら、眠いのなくならないじゃん」
「大丈夫、歌ってるとそれだけで眠くなくなるんだよ。それに、大きな声で歌うと疲れちゃうでしょ。ティーダも眠くなっちゃうよ」
「むー」


眠気を飛ばす為に、大きな声で歌う。
大きな声で歌えば、疲れてしまう。
疲れてしまうと、寝てしまう。

この流れはティーダも覚えがあるようで、唇を尖らせつつ、「じゃあ小さい声で歌う」と言った。
それならティーダも直ぐには眠くならないし、スコールが嫌がる事もない。
ほっとエルオーネは胸を撫で下ろして、ティーダと一緒に小さな声で歌い出した。


「んぷ……」
「頑張れよ、スコール」
「うん……」


兄の励ましに、スコールは小さく頷いて、こしこしと目を擦る。
しかし、瞼は既に半分まで落ちており、このままトロトロと眠ってしまうのが予想できた。

そんなスコールとレオンの隣では、ティーダとエルオーネが歌っている。
目の覚めるような楽しい歌ではなく、スローテンポの牧歌的な選曲は、エルオーネの作戦だろう。
彼女も日中の疲れがあるから、なんとかしてティーダを寝かしつけて休みたいのだ。
皆で初日の出を見たい、と言う弟達の可愛らしい願いは叶えてやりたいが、バラムと言えど、冬の朝はまだまだ遠い。
時計を見れば、ようやく日付が変わったと言うタイミングで、兄妹弟揃って、朝まで体力は持ちそうにない。



[絆]朝の光はまだ遠く 2

  • 2014/12/31 21:49
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エルオーネの作戦の甲斐あってか、スイッチが切れつつあるのか、ティーダが眠たげに目を擦り始めた。
その頃には、レオンの膝の上で、スコールの意識も夢に委ねられつつある。


「かもめーの、すいへいさん。なーみにちゃぷちゃぷ……ふあぁ…」


歌うティーダの口から欠伸が漏れ始めた。
まだ頑張って起きていようとしているようだが、意識はふらふらと宙に浮き気味になっている。
スコールに至っては、すっかりレオンの胸に体を預け、すぅすぅと寝息を立てている。

エルオーネの手に触れていたティーダの手が、きゅっ、きゅっと彼女の手を握っては話し手を繰り返す。
眠い時の合図だと、エルオーネはよく心得ていた。


「ティーダ」
「……ん……」
「スコール」
「………」


兄と姉がそれぞれ弟の名を呼ぶが、返事はない。

レオンがスコールを抱き上げると、かくん、と頭が揺れる。
頭の据わらない赤ん坊のように首を揺らすスコールに、レオンは小さな頭を自分の肩に乗せて支えた。
物音を立てないようにそっとソファから腰を上げ、階段に向かう。
ちら、とソファに座る妹ともう一人の弟を見遣ると、ティーダはエルオーネに抱き付くように体を寄せ、歌声も止んでいた。
リビングに柔らかく響くのは、エルオーネが奏でる子守唄だけだ。

レオンはスコールを、次にティーダを寝室に運び、ベッドに寝かしつけた。
二人はもうむずがる事もなく、二人並んですやすやと健やかに眠っている。

リビングに戻ったレオンを出迎えたのは、ソファに座って欠伸をしているエルオーネだった。


「お疲れ、エル。お前もそろそろ休め」
「うん……そうする。レオンももう寝るでしょ?」
「そうだな。片付けが済んだら、寝るよ」


そう言って、レオンはテーブルに並べられていた、夜食用に使った食器を重ねて行く。
明日の朝食の準備は既に済ませているから、出ている食器を片付けてしまえば、レオンも床に入る事が出来る。

キッチンに運んだ食器を、水に晒していると、出入口からエルオーネが顔を覗かせた。


「ねえ、レオン。今日、皆で一緒に寝ない?」
「俺は良いけど……狭くないか?」


エルオーネの提案に、レオンは大丈夫だろうかと首を捻る。
普段、生活リズムの違いから、レオンだけが違う部屋で眠っているが、皆で揃って眠る事に否やはない。
が、弟達の身長は日に日に伸び、平均的に見れば小柄とは言え、そろそろ妹弟三人で眠るにも、ベッドは窮屈気味になっていた。
大きめのベッドを新調するか、小さ目のベッドを人数分揃えるかと悩んでいた頃である。
弟達とは逆に、体格に恵まれたレオンも一緒に眠るとなると、あのベッドは流石に辛い。


「駄目かなあ……ほら、初日の出、見せてあげられないでしょ。だからその代わりにと思ったんだけど」


初日の出を見る為に、遅い時間まで頑張って起きていたスコールとティーダ。
これだけ頑張ったのだから、早朝に起こしてやろうとしても、きっと彼等は目覚めない。
致し方のない事とは言え、きっと明日の朝、高く昇った太陽を見て、彼等は残念がるに違いない。

弟達ががっかりする顔を、レオンは直ぐに想像する事が出来た。
どうして起こしてくれなかったの、と言われるのも、想像に難くない。
拗ねた弟達を宥める為にも、今夜は皆で過ごすのが良いかも知れない。


「そうだな。じゃあエル、悪いけど、俺の部屋から布団を運んで貰えるか。毛布だけで良いから」
「駄目だよ、そんなの。ちゃんと温かくして寝なくちゃ。大丈夫、布団位ならもう運べるもの」


そう言ったエルオーネに、レオンは口端を綻ばせ、「それじゃあ、頼む」と言った。
判った、と言ったエルオーネがキッチンを出て行く。

片付けを終えたレオンは、ふあ、と欠伸を一つ。
気が抜けた所為か、妹弟の前で堪えていた眠気が一挙に押し寄せてくる気がした。
ふらふらと揺れそうになる足取りで、二階への階段を上り、自室の前を通り過ぎる。
電気の点いた奥の部屋の扉を開ければ、エルオーネがレオンの布団だけではなく、ジェクトや客人の為にと備えていた予備の布団も敷き終えた所だった。


「これなら、皆で一緒に眠れるでしょ?」
「そうだな」


布団の端に座っているエルオーネに頷いて、レオンはベッドで眠っている弟達を抱き上げた。
床に敷いた布団に二人を移動させ、冷えないように毛布と冬布団を重ねてかける。


「んぁ……」
「ふにゅ……」


意味のない寝言を漏らす弟達に、レオンとエルオーネの目許が緩む。
寝顔を覗き込んで見れば、安らかなものであった。
二人の小さな手が掴むものを求めるように彷徨うので、レオンがスコールの、エルオーネがティーダの手を握ってやる。
慣れた温もりに触れて安心したのか、ふにゃ、と弟達の顔が緩むのを見て、レオンとエルオーネはくすりと笑った。

消すぞ、と一言言って、レオンは電気を消した。
窓から差し込む冴えた月明かりだけが、薄ぼんやりと部屋を照らす。
エルオーネが眠たげに目を擦り、レオンは布団に横になって、一つ深い深呼吸。


「今年も終わっちゃったね」
「そうだな」
「…結構、良い年だったなぁ」
「ああ」
「大変な事も多かったけど」
「確かに」


一年を振り返るエルオーネの呟きに、レオンは頷いて、くつくつと笑う。
二人の脳裏には、まだまだ幼い弟達に振り回された日々から、ガーデンの学友達と過ごした日常まで、様々な記憶が巡っている。
それらはエルオーネの言う通り、大変な事件となった事もあったが、思い返して笑みが零れる位には、良い思い出になっていた。

笑みを零すレオンのそれが伝染したように、ふふ、とエルオーネが笑った。
眠る弟達を起こさないよう、密やかな笑い声が静かな寝室に響く。


「ふふ……そうだ、言い忘れる所だった。あけましておめでとう」
「ああ。おめでとう。今年も宜しく」
「宜しくね。今年も色々、大変だと思うけど。レオンはアルバイトもあるし」
「ああ。エルも、スコールとティーダの事で、大変な事もあるだろうな」
「……でも、きっとまた、良い一年になるよね」


願いを籠めたエルオーネの言葉に、レオンは頷いた。
大切な家族がこうして傍にいてくれるのだから、きっとまた、良い一年を過ごせる筈だ、と。

ころん、と二人の間で、スコールとティーダが寝返りを打った。
温もりを求めるように身を寄せる弟達を抱き寄せて、レオンとエルオーネも目を閉じる。



耳元から聞こえる幼い弟の吐息と、触れ合う場所から伝わる鼓動を、これからも守って行こうと思った。





頑張って起きていようとするけど、結局寝ちゃったちびっ子達。
頑張る二人を見守りつつ、お兄ちゃんお姉ちゃんも結構眠かったりする訳で。
皆で見る初日の出は、また来年。

こんな感じうちの子達を、今年も宜しくお願い致します。

[レオスコ]傍にいたいと願うから

  • 2014/12/31 21:44
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俳優レオン×弟スコールで大晦日。






年末ともなれば、あちこちから忘年会だとか、特別番組の打ち上げだとか、何かしらに呼ばれるものなのではないだろうか────と、今年も例年通りに年末年始を家で過ごす兄を見ながら、スコールは思った。

熟れっ子芸能人の年末年始は忙しい。
生放送か否かに関わらず、特別番組が全チャンネルで企画され、人気のある芸能人はそれに引っ張りだこになる。
ドラマ、音楽、お笑い番組と、その垣根も越えて、様々な内容の番組が放送されるのだ。
芸能人はその年末年始に向けた収録に11月頃から追われるようになり、年末から年始を跨ぐ生放送番組、或いは新年の朝から始まる番組等、とにかく、予定が入る理由としては、枚挙に暇はあるまい。
正月休みと言ったものは、世間一般から遅れたタイミングで取られる事が多い。

しかし、スコールの兄であり、現在人気俳優として様々なドラマ、映画に出演している兄レオンはと言うと、年末年始は必ず家で過ごしている。
打ち上げや忘年会を全て断っている訳ではないのだが、日付が変わる前には必ず帰って来ていた。


「……忙しいんじゃないのか?」


炬燵に入って毎年恒例の歌番組を見ている兄に、スコールは尋ねた。
レオンは蜜柑の皮を剥いていた手を止め、唐突だな、と言った。


「藪から棒にどうした?」
「どうもこうも……あんた、毎年この時期は家で過ごしてるだろ」
「駄目か?」


テレビを見ていた蒼灰色の瞳が、スコールへと向けられる。
心なしか寂しそうな色を宿す目に、スコールはそう言う事を言ってるんじゃない、と言って、


「芸能人の年末年始って、忙しそうな感じがするから」
「まあ、確かにな。今日も特番の収録があったし」


その収録は午前中に行われたので、午後からレオンはオフなっていた。
昼過ぎに帰って来たレオンは、スコールと一緒に年末用の買い物を済ませた後、弟と共に炬燵に入ってのんびりと過ごしている。


「クラウドから聞いたけど、あいつは今日、新春特番ドラマの出演者と新年会だって」
「ああ」
「あんたは誘われなかったのか?」
「いや、呼ばれた。声をかけて来たのは監督だったかな」
「行かなくて良いのか?」
「行って良いのか?」


質問に質問で応えられて、スコールは一瞬、レオンの言葉を判じ兼ねた。
頭の中でレオンの言葉を反芻している間に、レオンが剥き終わった蜜柑をスコールの前に置く。
序に、とレオンはテーブル端に置いていた急須に茶葉と湯を入れ、温かな茶を注いだ湯呑みも、スコールの前に置いた。

スコールは数秒の間を開けた後で、ようやく我に帰り、レオンを見て言う。


「付き合いとか、大事なんだろ」
「そうだな」
「監督からの誘いなら、尚更……」
「まあな」
「誘われてたの、どうせ其処だけじゃないんだろ。他にも色々…」
「出た番組からは一通り声をかけられたかな」
「それ全部断ったのか?」
「ああ」


にべもなく、レオンはきっぱりと言って、自分の分の茶を淹れた。
のんびりとそれを傾けるレオンに、スコールは眉間に深い皺を寄せる。

大丈夫なのだろうか────と、スコールの頭に過ぎっているのは、心配であった。
スコール自身、友人達から年末年始のあれこれに誘われて、全て断った身であるが、それでも学生同士の話である。
友人達は皆スコールの性格を熟知しているので、無理に連れ出そうと言う人間もいなければ、少々付き合いが悪いからと言って、気を悪くする者はいない筈だ。
しかし社会人であるレオンはそうも行くまい。
人付き合いと言うものは、華やかな芸能界であっても疎かにしてはならず、人脈を作って仕事を恒久的に貰う為にも、こうしたタイミングの飲み会は断らない方が良い。
大御所ならば自分の都合を優先しても文句は言われないだろうが、レオンは人気俳優と言えど、まだまだ20代半ばの若手である。
ドラマの監督と言えば、番組を作る中でも特に上にいる人物になる訳で、それに飲み会に誘われたとなれば、余り断れるものではないのではないか、とスコールは思う。
一時は大物女優に誘われ、それを断ったと言う理由で、業界内で根も葉もない噂が流れていただけに、また同じような事になりはしないか、と気掛かりなのだ。

訝しげに見詰めるスコールの胸中に対し、レオンは相変わらず、のんびりとしている。
出涸らしになった茶葉を淹れ直しているレオンを見ながら、スコールは彼が剥いた蜜柑を手に取った。
丁寧にスジも取られ、つるんとした薄皮に包まれた蜜柑を、口の中に入れる。
口一杯に広がる甘酸っぱい味を飲み込んで、一口茶を飲んでから、スコールは改めて訊ねた。


「…良いのか?飲み会とか、行かなくて」
「お前は、行って欲しいのか?」


また質問を質問で返されて、スコールは眉根を寄せる。
俺の質問に答えろよ、と拗ねた顔で睨む弟に、レオンはくつくつと笑いながら「悪い」と詫びた。


「良いんだ、俺は。まあ、周りが何か言ってるかも知れないが、そんなのは今更だしな」
「でも……」
「俺が飲み会に殆ど参加しないのは、今に始まった話じゃないし。人との付き合いは確かに大事だが、お前よりも優先される様な理由もない」


そう言って、レオンはスコールを見て双眸を細める。
柔らかな笑みと、仄かに熱の篭った蒼の瞳に見詰められ、スコールは数瞬、きょとんとしていた。
そして笑みと彼の言葉が齎す意味を知って、俄かに白い頬に朱が奔る。

テーブル向こうにいたレオンがスコールの隣に移動する。
赤くなったスコールの頬に、レオンの手が触れて、ほんのりと柑橘系の匂いがスコールの鼻腔をくすぐり、スコールは俯いた。


「俺は、正月くらい、お前とゆっくり過ごしたいと思っている」
「……」
「お前は、どうだ?」


耳にかかる吐息と、鼓膜を震わせる通りの良い低い声に、スコールはじんわりとした熱が体内に生まれるのを感じる。
触れられた場所からその熱が知られてしまうような気がして、スコールは身を捩って、目の前の兄から離れようとした。
しかし、レオンの片腕がそれを阻むようにスコールの細腰に回される。

近い、とスコールは思った。
レオンもそれは思っているだろう、しかし彼が体を離す事は絶対にない。
視線を彷徨わせるスコールを、レオンはゼロに近い距離で見詰め、


「俺は、いつだってお前と一緒にいたいと思ってるんだ」


それが特別な日でなくとも、レオンにとって何よりも大切なのは、スコールの存在だ。
彼以上に大切にするもの等ないのだから、レオンが仲間達の誘いを断り、スコールを優先するのも当然の事であった。

無いに等しかった距離が、更に埋められて行く事に耐えられず、スコールはぎゅうっと目を閉じた。
真っ赤になって固まっている弟に、レオンはくすりと笑い、唇を重ねる。
恥かしさからか、噤まれている唇に、レオンはゆっくりと舌を這わせた。
ぞくん、としたものがスコールの背を奔って、唇が僅かに解けると、レオンの舌がするりと滑り込む。


「…ん…ふ…ぁ……っ……」


スコールの喉からくぐもった音が零れる。
頬に添えられたレオンの手に、スコールの手が重なって、緩く握った。
レオンはその手を捕まえて握り締め、口付けの角度を変える。


「ん、ぅ……」


レオンがそっと体重をかければ、スコールは抵抗なく、ゆっくりと床に倒れた。

炬燵布団に隠されたテーブルの下で、もぞ、とスコールの足が身動ぎする。
見えない筈のその気配を覚ったように、スコールはレオンが微かに笑ったような気がした。



歌番組がカウントダウンを始めている。
僅かに離れた唇が、また重なった。





年末年始は基本的に仕事を入れない方針の俳優レオンさん。
スコールもスコールで、レオンが自分より仕事を優先したら、仕方ないと思いつつ寂しがってると思う。
だから正月は絶対に家にいる。弟と過ごす方が大事です。

[絆]不器用なサンタクロース 1

  • 2014/12/25 22:16
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スコールとティーダがサンタクロースの存在を信じていたのは、初等部の六年生までだった。
それを遅いと見るか、そうでないかは一概には言えないが、純粋な幼年期の延長が長らく続いていたのは確かだろう。
それは一重に、彼等を溺愛する兄姉の功績であると言えた。

まだ孤児院が機能していた頃から、レオンは年中行事と言うものに余念がなかった。
それは父がそう言う人物であったからと言う影響もあり、妹弟の喜んだ顔を見る事が何よりの楽しみであった事も理由にある。
孤児院では子供達を楽しませる為、頻繁に行事ごとが行われており、始めはレオンもそれを受ける側であった。
しかし、エルオーネや弟妹分達が嬉しそうに行事に参加するのを見て、企画する側に回りたいと思うようになり、彼は孤児院に来て間もなく、イデアやシドと同じ立場になった。
そんな彼がサンタクロースを信じていたのは、六歳の時までである。
これは父親のうっかりの所為であったが、彼は行事ごとが好きな父を寂しがらせないようにと、クリスマスの夜は寝た振りをして、プレゼントの到着を待っていた。
これはこれでレオンは楽しかったのだが、サンタクロースが父であったと知った時、少なからずがっかりしたのも事実だ。
妹弟達にはそんな思いをさせないよう、彼はサンタクロースのプレゼントについては、子供達に見付からないように念入りに準備をしていた。
スコールとティーダが長らくサンタクロースを信じていたのは、そう言う理由だ。
因みにエルオーネはと言うと、八歳の時にはなんとなく“サンタクロースはいない”と感じていたようで、兄弟で孤児院を出て生活するようになってからは、ごく自然にレオンと同じ立場として、クリスマスの準備を始めるようになった。

こうした弟達の素直な可愛らしさは、兄姉にとってはとても可愛らしく、良い思い出であるのだが、思春期の少年達にとっては、そう簡単に笑って語れる事ではなく。

そもそも、スコールとティーダがサンタクロースの正体を知ったのは、同じ孤児院の出身であり、一つ年上の幼馴染、サイファーからであった。
彼も、レオンと同じく、幼い内からサンタクロースの正体に気付いていた。
他の子供達にそれを言わなかったのは、レオン程ではないにしろ、彼も早熟な面があったからだ。
毎年クリスマスを、サンタクロースのプレゼントを楽しみにしている子供達に、ガキ大将ながらも兄気質のあるサイファーは、彼等の夢まで壊すまいと黙っていた。
しかし、12歳になっても未だにサンタクロースを信じているスコール達には流石に呆れ、「いい加減に大人になれよ」と言った。
其処には、12歳になっても兄離れが出来てないスコールに対する嫌味もあり、与えられる事が当たり前だと感じている幼馴染達への発破でもあった。
何せサイファーは、レオンが、エルオーネが、イデアやシドが、家事や勉強の傍ら、時間を削ってクリスマスの準備をしている事を知っていたのだ。
彼等はそれを楽しんでいるようだったが、負担がないとは言えない訳で、いつまでもそれに甘えてばかりでいるな、とサイファーは思っていた。

かくして、サイファーの所為或いはお陰で、スコールとティーダは大人の階段を上る事となる。
ティーダは、バラムに来るまでサンタクロースはいないと思っていただけに、反芻されたショックは大きかったらしく、サイファーと言い合いにまで発展した。
スコールはと言うと、サンタクロースの存在を信じながらも、レオンとエルオーネが忙しなくしていた事は知っており、比較的すんなりと納得した。
納得したが、それがサイファーから子供扱いされて、揶揄同然に言われた一言が切っ掛けであった事は些か腹が立ち、サイファーと口論こそしなかったものの、不貞腐れた顔で帰宅する事となった。

その後、兄弟の家にサンタクロースが来る事はなくなった─────等と言う事はなく、スコール達が17歳になった今でも、兄弟の家にサンタクロースはやってくる。
白ではなく黒い不精髭を生やした、筋骨隆々のサンタクロースが。


「……毎年言ってる気がするけどさ。虚しくないのか?」
「るせぇ、クソガキ。俺だって好きでやってんじゃねえよ」


いつの間にか見慣れてしまった、父親のコスプレ姿を見て、ティーダは引いた顔を浮かべていた。
その隣では、スコールが同情の篭った表情で、赤い衣装に身を包んだジェクトを見詰めている。

スコール達がサンタクロースの正体を知った頃、レオンは既にバラムガーデンを卒業しており、SEEDとして海外を飛び回っていた。
そんな彼の代わりにサンタクロース役を担っていたのは、ジェクトである。
彼はブリッツボールのエキシビジョン等で忙しい傍ら、なんとか時間を捻出し、息子の住むバラムに戻って来ると、彼等の枕元にプレゼントを並べていた。
ジェクトも都合がつかない時は、エルオーネがそれを行った。
その際、ジェクトもエルオーネも、判り易いサンタクロースの衣装を着ており、初めてそれを目にしたスコール達は、ぽかんとした顔で彼等を見詰めたものであった。

この“サンタクロースは実はパパ・ママでした”的事件の後も、彼等の下にサンタクロースはやってくる。
もう子供の頃のように、目を覚ました時に正体がバレないようにと言う心配も不要だと言うのに、わざわざ確りと扮装して、ジェクトは息子とその幼馴染の下へ現れるのだ。


「あとさぁ。やるんだったら、ちゃんと白髭もつけろよ。黒髭のサンタとか、変だろ」
「いちいち細けえ事で文句言ってんじゃねえよ。おら、今年の分だ」
「……どーも」
「……ありがとう」


ジェクトは肩に担いでいた大きな袋を下ろし、小さなプレゼントボックスを二つ取り出した。
プレゼントの割に袋がやたらと大きいが、これもやはり、サンタクロースのイメージの為だろう。
サンタクロースは、沢山のプレゼントを大きな袋にパンパンに詰めてやってくるのだから。

差し出されたプレゼントボックスを、ティーダは渋々と言う顔で、スコールは無表情で受け取る。
可愛げがなくなったもんだ、とジェクトは思ったが、17歳ともなれば幼い頃のように無邪気に喜べるものでもないので、仕方のない事なのだろう。
下らないと言って跳ね付けられないだけでも良しとするべきだ。
ついでに、よくよく見ると、早速プレゼントを開けている息子達の表情は、決してこの行事を疎んでいる訳ではないので、ジェクトは今年も気持ち良く自分の仕事を終える事が出来た。


「やった、ピアス!スコールは?」
「リング。シルバーの」


二人は、蓋を開けたプレゼントボックスを互いに見せ合った。
スコールは首にかけているネックレスと同じ意匠を抱いたシルバーリング、ティーダは瞳の色と同じ色の石のピアスだ。
スコールのものはレオンが事前に買ってジェクトに預け、ティーダのものはジェクトがザナルカンドにいる間に探して購入したものだ。
どちらも、二人が前々からアクセサリー雑誌等で気になっていたものである。

子供の頃と違い、金のかかる物を欲しがるようになったな、と思うジェクトだが、それも彼等の成長の一つだろう。
何より、自分は普段からまともに父親らしい事していないのだから、こんな時位は息子の願いを叶えてやりたいとも思う。
そうして息子の、その幼馴染の少年の嬉しそうな顔が見られるのなら、それで十分だ。

一頻りプレゼントを見せ合い、それぞれ指や耳に嵌めて楽しんだ後、スコール達はアクセサリーを箱に仕舞った。
今直ぐつけても良いのだが、真新しいそれを落として傷付けたりするのは嫌だった。
明日か明後日にでも、服装と合うようにコーディネートして、それから楽しむ事にしよう。


「へへー、楽しみっスね」
「…ん。ジェクト、コーヒーでも飲むか?」
「ああ、淹れてくれ。砂糖一つな」
「スコール、俺のも入れて」
「判った。ティーダ、これを部屋に持って行っておいてくれ」
「了解ー」


スコールの手からプレゼントボックスを受け取り、ティーダは二階への階段を上がる。
ジェクトはリビングのテーブルにつき、着込んでいた赤い衣装を脱いでいる。

スコールはキッチンに入って、三人分のコーヒーを作り始めた。
程無く二階から戻って来たティーダとジェクトの話声がキッチンに届く。


「エル姉には何か送ったのか?」
「ああ」
「変なの渡してないだろうな」
「ンだよ、変なのって。嬢ちゃんへのプレゼントは何にすりゃ良いか判らなかったから、ハンカチにしておいた。それなら幾らあっても邪魔にはならねえだろ」
「気が利かないっスねー。エル姉、今はトラビアにいるんだから、マフラーとか送れば良かったのに」
「そんなモン、向こうで自分の好みの奴を買ってるだろ。それか、送るならレオンが選んでるんじゃねえか」
「オシャレするなら、色んな種類のがあったって困んないと思うけど。あ、でも親父が選んだマフラーなんか、絶対に趣味悪いだろうから、結果オーライか」
「おいコラ、クソガキ。誰の趣味が悪いって?」


あんた以外に誰がいるんだよ、と言うティーダに、もう一遍言ってみろ、とジェクトが挑発する。
スコールはやれやれ、とキッチンで一人溜息を吐き、コーヒーの入ったカップをトレイに乗せた。



[絆]不器用なサンタクロース 2

  • 2014/12/25 22:15
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リビングに戻って見れば、案の定、じっとりとした雰囲気が満ちている。
どうしてさっきの今で喧嘩が出来るのか、スコールには甚だ不思議であった。
取り敢えず此処はスコールの家なので、暴れられるのは非常に困ると、スコールはもう一度溜息を吐いて、


「コーヒー、入ったぞ」


いつもなら無言でテーブルに出す所を、わざわざ口に出して言った。
親子は一拍程無言になった後、「……ん」「……おう」と返事を寄越して、それぞれ目を逸らす。

スコールはテーブルにコーヒーを並べると、ソファに向かおうとしているティーダを呼び止めた。


「ティーダ。あれ、持って来い」
「………えっ!今!?」


あれ、とスコールが指した物に気付いて、ティーダは顔を真っ赤にする。
早くしろ、と蒼の瞳が睨んで急かすが、ティーダはその場をうろうろと彷徨い、助けを請うようにスコールを見る。
今じゃなくても、と言う表情なのは判ったが、スコールは黙殺した。

結局、ティーダの方が根負けし、彼は覚束ない足取りで階段を上って行く。
うーうーと唸りながら二階に向かう息子に、ジェクトが訝しげな表情を浮かべていた。


「なんだぁ?」
「………」


説明を求めるようなジェクトの声を、スコールは無視した。
此処で口に出して、またジェクトが余計な茶々を入れては、何もかもが台無しになってしまう。
面倒臭い親子だな、とスコールはこっそり嘆息する。

ティーダは直ぐにリビングに戻って来たが、彼は階段の出入口から中々出て来なかった。
青い瞳はふらふらと彷徨い、時折父親に向けらるが、父が自分を見ている事に気付くと、さっと逸らされる。
どうにも煮えない態度の息子に、ジェクトの眉間の皺が深くなって行く。
それを察したスコールは、やっぱり面倒な親子だ、と愚痴を零しつつ、階段で立ち尽くすティーダの腕を掴んで引っ張った。


「ちょちょちょ、スコール!」
「早くしろ」
「ま、待って待って!タンマ!俺のタイミングで…」
「そんなの待ってたら、来年になる」


きっぱりとティーダの訴えを殺して、スコールは幼馴染をその父の下へと連れて行った。
ジェクトは相変わらず眉間に深い皺を刻んでいたが、口を噤んで息子達を見守っている。

スコールはティーダをジェクトの前に置くと、自分はさっさとキッチンに引っ込んだ。
キッチンで何かする事がある訳でもなかったが、人目があるとティーダはいつまでも行動に出ないと思ったからだ。
リビングからは「スコール!」と助けを求める声がしたが、スコールは反応する気はなかった。
うわああ、と嘆くような焦るような声もしたが、これも無視する。


「…何やってんだ、お前は」
「……うるさい」
「で、さっきから後ろに隠してるのは何だ?」
「う……いや、別に……」


スコールはこっそりと、キッチンの出入口から、リビングの様子を伺った。
其処からはティーダの背中が見え、彼が腕ごと背に回して隠しているものが見えている。
それは青色に雪の白を模様にした包装紙で、赤色のリボンが施され、金色のシールが貼られている。
箱のような固いものではなく、袋を包んだような柔らかさで、ティーダが手元を動かす度、かしゅかしゅとビニールが擦れあうような音が聞こえていた。

ティーダはしばらく唸り、座り込み、頭を掻きともだもだとしていた。
ジェクトはそんな息子に焦れつつ、辛抱強く待っている。


「……………あーもうっ!」


立ち上がって、ティーダは叫んだ。
息子の突然の咆哮に、ジェクトは目を丸くする。
ティーダはそんな父親に気付かず、背に隠していたものを押し付けるように突き出した。


「これ!」
「あ?」
「あんた、いつも腹出して寝てるから!」
「は?」
「じゃ!」


そう言う事で、としゅたっと右手を挙げた後、ティーダはぐるんと方向転換した。
呆然とした表情を浮かべる父に背を向け、ソファに突進してそのまま俯せに倒れ込む。
更に縮こまるように丸くなる息子を、ジェクトはしばしぽかんと見詰めていた。

しんとした静寂が落ちた後、かさり、とジェクトの手元で音が鳴った。
視線を落とせば息子が押し付けて来たものがあり、それは誰が見ても判る、プレゼントとしてラッピングされた袋であった。
何やら、息子の心中が伝染したように、一気にむず痒いものに襲われたジェクトであったが、


「あー……開けるぞ?」
「勝手にしろよ!」


一応の確認をと問えば、ツンツンに尖った返事が帰って来た。
いつもなら、クソガキ、と毒づいてやる所であったが、今のジェクトにそんな余裕はない。

細かい作業を苦手としているジェクトは、こうした包装紙を破くのも上手くない。
自覚がある為、こんな時にはいつもビリビリに破いてしまうのだが、今日はそれは憚られた。
封に貼ってあるセロハンテープをどうにか───結局幾らか敗れたが―――剥がして、口を開けて中を覗き込む。
入っていたのは、シンプルな青生地に黄色のラインがあしらわれた腹巻だった。

中を覗き込んだ格好のまま、ジェクトは停止している。
恐らく、予想だにしていなかった息子からのクリスマスプレゼントに、思考ごと停止しているに違いない。
ティーダはそれを横目で見遣った後、うーうーと唸りながらソファの背凭れに顔を埋めて丸くなった。
スコールはすっかり傍観者として、そんな親子を眺めた後、ほっと息を吐く。


(まあ、今年はこれで良いか)


ティーダがジェクトに渡したものは、スコールとレオンがティーダを宥めて諭して、ようやく準備させたものであった。
買いに行く時は渋々顔だったティーダだが、選ぶ時には真剣な表情で、毛糸は解れるから駄目、体に厚みがあるので伸縮がないと小さくて入らない、明るいカラーは違う、と悩んでいた。
店もあちこち覗いて探しており、それらに付き合ったスコールにとっても、今回は渡されなければ意味がなかった。
結局、渡し方は酷く不格好であるが、無事に父の下へと届けられたのは幸いであった。

これで此方は一安心────と、スコールはリビングを覗くのを止める。
それからスコールは、調理台の上の吊戸棚の扉を開けた。
必要な物のみが揃えられているので、すっきりと片付いた棚の奥に、ひっそりと日の目を待つ小箱がある。

紺色の包装紙に包まれ、赤いリボンが結ばれたそれを見て、スコールは溜息を吐く。
中身はレオンが愛用しているグローブの新品で、長年使っているお陰であちこち傷んでいるのを見付けてから、プレゼントはこれにしようと決めていた。
SEEDとして出先で使用しているものなので、頑丈且つ柔軟性のある素材で作られており、値段もそこそこ張るものであったが、スコールは自分が欲しかったアクセサリーを我慢して、これを用意した。
普段、専ら自分か何かをする側、与える側だと思っている兄に、今年こそは何か返したいと思っての事だ。
どんな顔をしてくれるのかは全く想像がつかなかったが、少しでも喜んでくれたら良いと思う。
そして、今回は時間が足りなかった為に、姉に用意は出来なかったが、来年こそはと決意する。

────そんな決意の傍らで、


(……どうやって渡そう)


レオンが自分を与える側だと思っていたなら、スコールも無意識に与えられる側として定着していた。
一念発起して用意した箱を見詰めながら、今度は、スコールが思い悩む番であった。




頑張ったティーダと、これから頑張るスコール。
スコールとしては、意識しないように普通に渡せば…と考えてたけど、本人を前にすると普通ってどうやるんだったっけ、って思う位に緊張すると思われる。
ティーダと「お前から渡して置いてくれ」「なんで?!自分で渡せよ」って言う押し問答も始まる。

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