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2015年05月
木の上に上ったまま、降りられなくなっていた仔猫を助け、着地に失敗して足の骨を骨折したのが、今から一週間前。
回復力の早いと自負しているとは言え、切り傷や打ち身と違い、折れた骨は簡単にはくっついてくれない。
そんな訳で、バッツはしばらくの間、入院を余儀なくされてしまった。
入院生活はとても退屈である。
基本的に、じっとしている事が余り好きではないので、ベッドの上で淡々と時間の経過を待つしかないのが辛い。
ギプスで固定された足を、天井から釣っている為、尚の事身動きは自由にならなかった。
仕様のない事、且つ自分のミスによる、云わば自業自得と言われれば返す言葉もない。
止む無くバッツは、計画していた冒険と言う名の散策や遠出をキャンセルし、退院日を待つのだった。
バッツが入った病室は大部屋となっており、全部でベッドが六つ、その内の半分が既に埋まっていた。
飾らない性格のバッツは、直ぐに病室の雰囲気に馴染み、入院初日から同室者達とは親しくなった。
風に誘われる如く、ふらりとあちこちに足を運んだ時の土産話等、話題には事欠かない。
身振り手振りで面白おかしく、時に愉快な事件に巻き込まれるバッツの土産話は、バッツと同じく暇を持て余す入院患者には非常に受けが良く、回診に来た看護士も交えて、話に花が咲く。
しかし、やはりバッツはじっとしているのが苦手だった。
早く足を治して、次の冒険に行きたい────と、思いつつ。
「バッツ」
呼ぶ声に、うつらうつらと舟をこいでいたバッツの意識は、一気に覚醒に向かった。
眠りかけていた事など忘れたように、ぱっちりと開いた褐色の目に、深い蒼が映る。
「スコール!」
「煩い。病院だろ、静かにしろ」
両手を広げて、よく来たと言わんばかりに喜色満面のバッツに対し、蒼───スコールは至って冷静に言った。
おっと、と両手で口を塞ぐバッツに、スコールは呆れたと溜息を吐く。
スコールは学校帰りのまま此処に来たのだろう、制服に学生鞄を携えていた。
いつもきっちりと着崩さないスコールは、今日も通例に則り、服装に乱れはなく、優等生然としている。
そろそろ暑くなってきたと言うのに、辛くないのだろうか、と思ったバッツは、その矢先に、彼の首筋が酷く赤くなっているのを見付ける。
珠になった汗まで浮いているので、きっと暑くない訳ではないのだろう。
しかし、白い肌の彼は日向に出ると直ぐに皮膚を赤らめてしまう為、迂闊に肌を露出する事も出来ないのだ。
早く制服の衣替えが出来れば良いな、と思いつつ、バッツは身体を伸ばして、ベッド横の備付冷蔵庫の蓋を開けた。
「スコール、冷えてるジュースあるぜ」
「……貰う」
「はいよ」
冷蔵庫の中に入れてあるペットボトルを取り出して、スコールに差し出す。
スコールは冷蔵庫の上のトレイに伏せられていたコップを借り、オレンジ色の液体を其処に注いだ。
────彼が使うそのコップが、スコール専用に用意されたものであると、彼は知らない。
「……ふう」
「外、今日も暑いのか?」
「……ああ」
冷たいジュースをちびちびと飲みながら、スコールは一息吐いた。
ベッド下に収められていた丸椅子を出して腰を下ろすと、鞄からタオルを取り出す。
柔らかな布を額に、首筋に押し付けるスコールに、バッツは眉尻を下げて言った。
「もう上着も脱いじゃえよ。学校じゃないんだし、此処は日も当たんないしさ」
「……そうだな」
体の中に篭る熱も鬱陶しかったのだろう、スコールは素直に頷いた。
春用の上着を脱いで、きちんと締めていたネクタイも解き、ワイシャツの袖も捲り上げる。
終いにはシャツの第一、第二ボタンも外し、襟下を広げてぱたぱたと服の内側に風を送る。
病院内の温度は基本的に一定に保たれており、ずっと此処にいるバッツには涼しくも温かくもない。
しかし、日射に焼かれた外を歩いて来たバッツには、涼しく感じられるのだろう。
「楽になった……」
「だろうなー。ほい、ジュースお代わり」
「…ん」
空になっていたグラスに再度ジュースを注ぎ、バッツはグラスを差し出した。
それを受け取るスコールの眉間の皺は、いつもよりも少し和らいでいる。
バッツは、グラスを傾けるスコールの横顔を眺めていた。
こく、こく、と音を鳴らしながら、喉が上下する。
その喉は汗は多少落ち着いたが、未だ赤みは引いていない。
「大変だなあ、スコールは。日焼けすると直ぐ赤くなっちゃって」
「…それだけじゃない。ヒリヒリするんだ」
「じゃあ、体育とか辛いだろ」
「……最悪だ。おまけに、来月になったら体育がプール授業になる」
「へー、良いじゃん、プール!高校でプールとか羨ましいなあ。おれはなかったぞ」
真夏の暑い時期、釜茹でされるような炎天下のグラウンドでマラソンを敢行された時の辛さと言ったら。
絶対にあの体育教師は頭が可笑しい、と高校時代のバッツとその友人の間では持ち切りだった。
そんな経験を持つバッツにしてみると、水の恩恵にあやかれるプール授業と言うのは、羨ましい限りだ。
しかし、スコールにとっては違うらしい。
「プール授業なんか、日焼けしに行けって言ってるようなものだろ」
「…まあ、そう考えると、スコールには辛いかぁ」
肌の一切が守れないプール授業は、皮膚の炎症を起こし易い体質のスコールにとって、出来れば参加したくないものだった。
しかし、体調不良でもない限り、単位の為にも授業を欠席する訳には行かない。
出来れば一時間目が良い、日差しがまだ強くはないから、と呟くスコールに、バッツは眉尻を下げて苦笑した。
「こればっかりはし仕様がないよなあ。頑張れ、スコール」
「………」
慰めようにも慰められず、バッツはなけなしの激励をスコールを励ましてみるが、効果はない。
グラスに口をつけたスコールの眉間には、いつもと同じ深さの皺が刻まれている。
グラスをもう一度空にして、スコールは鞄を開けた。
取り出したのはA4サイズの茶封筒で、表に"バッツ用"と走り書きされている。
見覚えのある走らせ方は、バッツの大学での友人であるセシルのものだ。
「校門でセシルに渡された。あんたに届けてくれと」
「おっ、助かるー!ありがとな、スコール!」
「…礼はセシルに言ってくれ。俺は持って来ただけだ」
持って来ただけだと言うスコールだが、バッツには緩む頬が押さえられない。
わざわざ届けに来てやったんだぞ、と言う恩すら感じさせないスコールは、自分がこの病院に、バッツの見舞いに来る事を当然と考えているようだった。
それが判るから、バッツの頬はにやけてしまうのだ。
バッツが骨折して入院してから、友人達は入れ替わり立ち代わりに見舞いに来てくれた。
大学の友人であるセシルは勿論、バイト先で親しくなったクラウドやティナも。
スコールの同級生であるティーダも、部活のない日は此処に来て、一日の事をあれこれと報告してくれる。
きっとバッツは退屈しているだろうから、気分を紛らわす為に、彼等は気を遣ってくれているのだ。
とは言え、彼等も暇ではない訳で、毎日バッツの様子を見に来るのは難しい。
そんな中で、スコールだけが毎日病室へやって来る。
彼も暇な訳ではなく、特待生らしく勉強に追われており、学校では学年代表として生徒会にも所属している為、教員に呼ばれてあれこれと手伝いをさせられる事も多いと言う。
定期テストが一段落した後とは言え、毎日バッツの下に来て、他愛のない話で時間を浪費すると言うのは、スコールにとって決して有益な事とは言えまい。
(でも、来てくれるんだよなあ)
丸椅子に座ったスコールは、其処から動く気はないらしい。
明日は小テストがある、と言ったスコールに、頑張れよ、とバッツは言った。
スコールからは特に返事はなかったが、彼の眉間からは皺が一本減った。
────病院生活は、バッツには退屈だ。
入院の原因が足の骨折であるだけに、ベッドから降りて、院内を探検する事も出来ない。
早く治ってくれないだろうか、と思うのは一度や二度ではなかった。
けれど、こうして彼が毎日会いに来てくれるのなら、もう少しだけこの生活を続けるのも悪くない。
……そんなバッツの傍らで、足の怪我の所為でバッツが何処にも行かない事を、スコールが密かに嬉しく思っている事を、彼は知らない。
5月8日なのでバツスコ!
思った以上に健全なバツスコになった気がする。友達以上恋人未満かな?
皆が毎日来ないのは、二人に気を遣ってると言う所もある。
ティーダ辺りは早くくっつけば良いのにとか思ってそう。
子供の日なので、昨日に引き続き、保育士なレオンです。
今日のヒカリ保育園は、子供達を連れて、近所の河川敷へと出掛けた。
職員は事務員と他数名を残して待機、その他は皆子供達の監督の為に一緒に河川敷へ。
今日はレオンも監督役で、園舎を出発する前から、道中に誰が手を繋ぐかで取り合いが始まった。
レオンは子供達のおやつの入ったバスケットを持っているので、手を繋ぐ権利を得られるのは一人だけだ。
希望者が集まって、公平にジャンケンをした結果、権利を勝ち取ったのはカイリであった。
これには、レオンが一番好きだと言って譲らないソラも、我儘を引っ込めるしかない。
保育園から河川敷までは、大人の足で歩いて三分、就学前の子供なら五、六分と言った所だろうか。
集団でゆっくりと歩くので、もう少し時間はかかるが、道中は至って穏やかなものであった。
平日の昼間とあって、人通りも車の通行量も多くはなく、子供達もきちんと列を作って、引率の職員の後をついて行く。
時々やんちゃな子供が列を食み出すが、各位置で見守る職員達が卒なく捉まえ、列へと戻した。
到着した河川敷は、そよそよと穏やかな風が吹き、草いきれの匂いがする。
天気が良いので、川面で太陽の光が反射してきらきらと輝いていた。
「はーい、着いたわよー」
「わーい!」
「あっ、コラ!一人で行っちゃダメだろー!」
エアリスの言葉に、待ち切れなかったのだろう、やんちゃな子供達が一目散に川に向かって駆け出す。
慌てて追うのはユフィで、そのまま川まで突進しそうな子供達を捕まえた。
「川には近付いちゃ駄目って言ったでしょ」
「えー」
「きもちよさそうなのにー」
「ダーメ!はい、戻って戻って」
ユフィに叱られ、子供達はつまらなそうに唇を尖らせる。
川で遊びたい子供達の気持ちは判らないでもないが、この川は子供が遊べるような深さではない。
ユフィは川に近付きたがる子供達の手を握り、集合している他の子供達の下へと連れ戻した。
全員が揃った所で、職員達でさり気無く誘導し、子供達を扇状に座らせると、子供たちの前にエアリスが立って言った。
「それじゃあ、今から自由時間です。でも、危ないから、川には行っちゃ駄目だよ」
「はぁーい」
「おやつの時間になったら、笛を吹きます。集まれない子のおやつは、なくなっちゃうかもね」
「えーっ!」
「やだぁー!」
「ふふ。だから、きちんと笛が聞こえるように、あんまり遠くには行かない事。えーっと……あの石と、あのベンチから向こうは駄目です。気を付けてね」
「はーい」
「おトイレに行きたくなったら、我慢しないで、早目に近くにいる先生に言いましょう」
「はーい」
「それじゃあ、今から自由時間です。皆、元気に遊びましょう!」
はーい、と子供達の声が重なり、元気な子供達は早速あちこちへ散って行く。
この河川敷には、子供向けの遊具が幾つか設置されている。
定番のシーソーやスプリング遊具の他、箱型ブランコや、回転式ジャングルジムもあった。
レオンはスプリング遊具で遊びたがる子供達の監督を務める事にし、ケンカや横入りが起きないように、順番待ちになるように誘導する。
中々にバランス感覚と筋力が鍛えられる遊具に、子供達が振り落とされないように、レオンは一人一人にきちんと持ち手を握るように促した。
子供達は言われた通り、小さな手でしっかりと持ち手を握り、びよんびよんと前後に跳ねるスプリング遊具の上で、きゃっきゃと笑っている。
子供達が一通りスプリング遊具で遊び、待機列もなくなった頃、一人の子供がレオンの下にやって来た。
「レオンせんせー!」
「ああ。ソラもこれで遊ぶか?」
駆け寄って来た子供は、レオンに特に懐いている、ソラと言う子供だ。
ソラは走る勢いそのままにレオンに抱き付いて、腰にぐりぐりと額を押し付ける。
抱き付いて来た時には、必ず行う甘え方だった。
ソラは一頻りレオンに甘え倒した後、埋めていた顔を上げた。
へへ、と嬉しそうに笑うソラに、レオンはくすぐったさを感じつつ、癖っ毛の髪を撫でる。
「レオンせんせー」
「ん?」
「……へへへ」
呼ぶ声に、頭を撫でながら答えてやると、ソラは顔を赤らめた。
見上げる顔はにこにこと上機嫌だが、何やら興奮気味にも見える。
何か面白いものでも見付けて、それを報告しに来たのかも知れない、とレオンが思っていると、
「あのね、せんせー。ちょっとしゃがんで」
「こうか?」
ソラのおねだりに応え、レオンは膝を折って、ソラと目線の高さを揃えた。
近くなったレオンの顔に、ソラはそう、と頷いて、ずっと手に握っていたものを差し出す。
「はい、これ。レオンせんせーにあげる!」
そう言ってソラが差し出したのは、シロツメクサの花で作った小さなリングだった。
小さな子供でも腕に通すには小さすぎるそれは、きっと指に嵌めるものだろう。
シロツメクサの白が、指輪の宝石のように眩しい。
「先生が貰って良いのか?」
「せんせーのために作ったんだもん」
「そうなのか。ありがとう、ソラ」
嬉しい事を言ってくれるソラに、レオンは笑って礼を言った。
早速花のリングを受け取ろうと右手を差し出すと、
「あ、まって」
「ん?」
「こっちの手。こうやって」
ソラはレオンの左手を指差して、甲を上にするように言った。
「こうか?」と左手を伏せて見せると、小さな手が、レオンの手を柔らかく掴んだ。
する、と薬指にくすぐったい感覚。
見れば、シロツメクサの宝石が、レオンの指の上で揺れていた。
「これは……」
「けっこんゆびわ!」
思いも寄らぬ言葉に、レオンは目を丸くした。
ソラはそんなレオンを見上げ、健康的に日焼けした頬をリンゴのように染めて笑う。
「すきなヒト同士はけっこんの約束をする時、ゆびわをあげるんでしょ」
ぽかんとした表情になっているレオンの前で、あれ?こんやくゆびわだっけ?とソラは一人で首を傾げる。
あれ?あれ?と首を右へ左へ倒した後で、どっちでもいいか!と笑った。
シロツメクサの指輪を嵌めたレオンの手を、ぎゅっと小さな両手が握る。
「はずしちゃダメだよ。おれとレオンせんせーのけっこんの約束なんだから」
「ソラ……」
ソラの表情は何処までも真剣で、本気でレオンと結婚しようと思っているらしい。
レオンの手を握る彼の手は、心なしか緊張したように固い。
じっと見詰める円らな瞳の傍ら、唇がきゅっと引き結ばれていた。
可愛いものだ、とレオンは思う。
飾る事を知らない子供の言葉は、いつも真っ直ぐにレオンの心を射抜く。
くすぐったさすら感じてしまう程の一途さで、レオンを捕まえようと一所懸命だ。
レオンは左手を握るソラの両手に、そっと右手を乗せた。
途端、真剣な顔をしていたソラの貌が、沸騰したヤカンのように真っ赤になる。
どうやら、相当な努力をして、真面目な顔付をしていたらしい。
ぽこぽこと湯気が出そうな程に赤い顔をして、今更のように挙動不審になるソラに、喉の奥で笑いを堪えながら、レオンは小さな両手を優しく握った。
「ありがとう、ソラ。大事にするよ」
「う、うんっ!」
「ほら、リクとカイリが呼んでるぞ。遊んでおいで」
「うん!」
受け取って貰えた事で、嬉しさを振り切ってしまったのだろう。
ソラは紅潮していた頬を益々赤らめ、瞳はきらきらと輝いて、レオンの言葉に頷いた。
行っておいで、とレオンが背中を押してやると、ソラは元気よく駆け出して行った。
幼馴染の輪に戻って来たソラに、リクとカイリが何かを言うと、ソラは胸を張って見せる。
良かったじゃないか、とリクが言い、カイリが祝福するように手を叩いていた。
レオンは左手の薬指に通された、小さな花のリングを見た。
川の向こうから吹いた風に、シロツメクサの花弁が揺れて、指が少しくすぐったい。
ソラはこの指輪を外さないでと言ったけれど、園舎に戻ったら、仕事の為にも外さなくてはならない。
そうでなくとも、一日二日もすれば、この可愛らしい花の指輪は、すっかり草臥れて、直に枯れてしまう。
(……勿体ないな)
ソラは決して手先が器用ではない。
折り紙は苦手だし、解けた靴紐もまだまだ結べないし、どんなに頑張っても縺れさせてしまうのがパターンだった。
そんな彼にしては、このシンプルな指輪は綺麗に結び作られていて、花も潰れていない。
きっと何度も練習したのだろう、大好きなレオン先生に結婚の約束をする為に。
小さな子供の抱く夢が、いつまでも変わらず続いて行くとは思っていない。
けれど、あの子が同じ夢を見ている間は、この花も変わらずに残っていれば良いのに、と思った。
子供の日なので、引き続き保育士レオン!
押せ押せソラにびっくりしつつ、悪い気はしない。可愛いなあと思ってる。
ソラは真剣だけど、やっぱりこの年齢差は大きいね。頑張れソラ!
レオンが保育士をしているのを妄想したら滾った。
そんなパラレルで、ソラ→レオンです。
「レオンせんせー!」
聞こえた声に振り返る暇も無く、どんっ、と背中に勢いの良い衝撃があった。
予測はしていたので、しっかりと踏ん張って突進してきたものを受け止める。
ぎゅうっと腰に回された腕に、懐かれた事への喜びを実感しつつ、手に持っていたシーツを広げる手を止める。
振り返って、下へと視線を落とせば、肩越しに茶色の髪がぴょこぴょこと動いていた。
ぐりぐりと腰に押し付けられる頭を撫でるべく、レオンは中断していた作業を再開し、手早くシーツを物干し竿にかけて、洗濯バサミで留める。
ふわっと拭き抜けた風にシーツがはためき、眩しい白が青空に映えた。
シーツの両端を軽く引っ張り、シワが伸びたのを確認して、よし、とようやく空いた手で腰にまとわりついているものを撫でた。
「ソラ、外でリク達と遊んでたんじゃなかったのか?」
「んー。でも、レオンせんせーがいるのがみえたから」
撫でる手にごろごろと嬉しそうにしながら、レオンの言葉に応えるのは、このヒカリ保育園で預かっている、ソラと言う子供だった。
無邪気で明るく、直ぐに誰とでも打ち解ける、人懐こい子供。
初めてヒカリ保育園に来た時も、物怖じする様子もなく、あっと言う間に馴染んでしまった。
少々やんちゃが過ぎる所もあるが、子供のした事と思えば可愛い範囲である。
職員にもよく懐いており、彼が保育園に来た日は、いつも賑やかな園内が一層明るくなるように思う。
そんなソラが一等気に入っているのが、レオンであった。
レオンは今年で四年目になる保育士で、よく気の付く性格、面倒見も良い事で、職員にも子供達にも人気がある。
遊戯室ではレオンの取り合いが始まる事も珍しくはなく、時にはケンカに発展することもあった。
その為、基本的にレオンは遊戯室に留まる事は少なく、昼食の準備や事務仕事、洗濯等を行う事が多い。
しかし、レオンと遊びたい、レオンと一緒にいたいと言う子供は、職員室や洗濯スペースにいるレオンを見付けては、突進して来る事もあった。
その頻度が最も多いのがソラである。
レオンがしばらくソラを撫でている間に、ソラも一頻り甘えて気が済んだか、「ふぁ~」と満足そうな声を漏らして、レオンの腰から顔を上げる。
が、抱き付く腕は離れないままで、レオンは残りの洗濯物を片付ける事が出来ない。
「ソラ、ちょっと離れてくれ。洗濯物が取れないから」
「おれがとってあげる!」
ぱっとソラが離れて、レオンの足下に置かれた洗濯籠から、シーツを掴む。
持ち上げたシーツは、子供用の大きさなので、レオンにとっては小さいが、まだ幼いソラにとってはそうではない。
短い手足を一杯に伸ばして引っ張り出したシーツは、端を洗濯籠の中に収めたまま、持ち上がりそうになかった。
うんうんと頑張ってシーツを持ち上げようとするソラに、レオンはくすくすと笑って、シーツを握る。
「ありがとう、ソラ。助かる」
「うん!」
レオンの言葉に、ソラの笑顔がぱっと咲いた。
褒められると素直に喜ぶのが可愛らしくて、レオンはついつい頬が緩む。
するりと浮いたシーツを広げ、物干し竿にかけていると、
「はい!」
「────ああ。ありがとう」
ソラが差し出したのは、洗濯バサミだ。
ソラはレオンが洗濯物をしていると、よく構って貰いに来ている。
お陰で洗濯物作業の手順をすっかり覚え、最近は手伝う姿もすっかり様になって来た。
レオンが洗濯バサミでシーツを留めている間に、ソラは次のシーツを籠から取り出していた。
様になって来た手伝いとは言え、子供のする事なので、要領は決して良くない。
先と同じく、持ち上げきれないシーツにうんうん唸るソラに微笑みつつ、レオンはシーツを受け取った。
「これで、……最後、と」
「おわった?」
「ああ」
最後の一枚を物干しにかけると、ソラがきらきらとした目で言った。
レオンがこっくりと頷くと、「わーい!」と万歳をして喜ぶ。
そのまま、ソラは勢いよくレオンに抱き付いた。
「おっ、とっと」
「へへへー。レオンせんせー、いい匂いするー」
もう一度しっかりとレオンの腰にくっついて、ソラは嬉しそうに言った。
くんくんと子犬のように鼻を鳴らすソラに、レオンは汗の匂いじゃないだろうな、と少し恥ずかしくなったが、
「なんかあまい匂いするよ」
「……ああ。洗濯している間に、おやつを作っていたから、それかな」
今日の三時のおやつはチョコレートを使ったマフィンだ。
その時の匂いがエプロンに残っているのだろう。
おやつ、と言う単語を聞いたソラは、判り易く頬を上気させる。
「今日のおやつ、なに?」
「チョコレートマフィンだよ。一杯作ったから、取り合いしないで、仲良く食べるんだぞ」
「うん!」
返事の良いソラであったが、果たしてこれが何処まで守られるやら、とレオンは眉尻を下げて苦笑した。
ソラは食べるペースが速く、大抵、一番に自分のおやつを食べ終わる。
他の子供達がまだ食べているのを見ている時、彼は判り易く、もっと食べたい、と全身で訴えていた。
他の子のおやつは食べちゃ駄目、とは言われており、彼もそれを理解していない訳ではなかったが、幼い子供にとって食べ物の誘惑とは絶大である。
我慢出来ずに、よく一緒に遊んでいるリクやカイリに「一口ちょうだい」とねだるのはよくある事だった。
リクとカイリはそんなソラに慣れているのか、一口だけ、と言って食べさせている。
(あれもあまり良くないみたいだが…)
ソラが「一口ちょうだい」と言う事、リクとカイリがそれを許している事。
レオンから見ている分には、仲の良い子供達の微笑ましい光景なのだが、子供達の中には、「一口ちょうだい」の分だけソラが得をしているように見えるらしい。
何人かの子供が、「ソラ君だけずるい」とレオンに訴える事もあった。
(かと言って、ソラの分だけ増やしたり、大きくしたりする訳にも…)
空っぽになった籠を持ち上げ、給湯室に向かうレオンの後ろを、嬉しそうについて来るソラ。
無心に慕ってくれる幼子に、レオンも決して悪い気はしなかった。
しかし、だからと言って彼だけを特別扱いする訳にも行かない。
給湯室に洗濯籠を片付けると、手ぶらになったレオンの手を小さな手が握る。
視線を落とせば、嬉しそうに頬を赤らめて笑う子供と目が合った。
きゅっと小さな手に篭る柔らかい力を感じつつ、「外に行こうか」と言うと、ソラは嬉しそうに頷いた。
連れ立って園舎玄関へ向かって廊下を歩いていると、
「あのさ、レオンせんせーはさ」
「うん?」
「コイビトっている?」
唐突な子供の問いに、レオンはきょとんと目を丸くした。
少しの間固まるように沈黙していたレオンだったが、数秒後には復帰する。
「恋人はいないな」
「じゃあ、すきなヒトっている?」
また唐突な質問だ、と思いつつ、子供の質問は大抵唐突なものだと思い出す。
「好きな人か……」
「うん。いる?」
「どうしてそんな事を聞くんだ?」
きっとテレビアニメか何かの影響だろうと思いつつ、レオンは尋ねてみた。
ひょっとしたら、同い年だけれど少しマセているリクに何か教わったとか、女の子のカイリにちょっと特別な感情を持ったのかも知れない。
カイリはヒカリ保育園で預かっている子供達の中でも、一番可愛いと人気がある。
若しも彼女に初恋をしているのなら、少し応援してやりたいな────と思っていた時だった。
「だってさ、すきなヒトにすきなヒトがいたら、こまるじゃん」
「まあ……そうだな」
「カタオモイってつらいんだって、リクとカイリが言ってた」
(何のアニメを見たんだ?いや、ドラマか…?)
子供向けアニメは、保育園に来る子供達とのコミュニケーションの為にも、逐一チェックしている。
レオンが子供の頃と違い、最近は子供向けでも随分と凝った設定のものが増えた。
ストーリーも深みがあり、大人が見て唸る代物も少なくない。
しかし、子供の見るアニメで恋愛を推すような物はなかったように思う。
主人公の女の子が、作中でも格好良いと人気の男の子に片恋をしていると言う設定はあるが、今の所、それについて深く掘り下げたストーリーは放送されていない。
となると、親が見ているドラマ等を見たのかも知れない。
等と、つらつらと特に意味もなく考えて、
(……ん?)
ふ、と。
先のソラの言葉に、今更に引っ掛かりを感じて、首を傾げた時だった。
「レオンせんせー」
「ん……あ、ああ。なんだ?」
繋いだ手をくいくいと引っ張られて、レオンは自分が呼ばれている事に気付いた。
「せんせー、すきなヒトいる?」
「あ……いや……」
改めて向けられた問いに、意識半分でぼんやりと答えた。
途端、それを聞いたソラの表情が、夏の太陽に眩しく輝く。
「よかった!」
「良かった…?」
「うん。おれ、レオンせんせーがすきだから、レオンせんせーにすきなヒトがいたらタイヘンだった」
何がどう大変なのか、レオンにはソラの考えが判らない。
しかし、真っ白で無垢な魂は、何処までも真っ直ぐに、レオンへと向けられている。
「せんせー。おれ、レオンせんせーのこと、だいすきだよ」
その言葉は、子供の正直な気持ちそのものだろう。
隠されるものなど何一つなく、裏も表もある筈もなく、心のあるがままに言葉を紡ぐ。
繋いだ小さな手に力が篭って、熱い熱いものがレオンの手のひらに注がれて行く。
レオンの手が微かに震えて、それが伝わったのか、ぎゅっと強い力で握られたのが判った。
「だから、センセー。おれ以外にすきなヒト、作らないでね」
見上げる大きな丸い瞳は、何処までも真摯で嘘がない。
心の底からそう望んでいるのが判って、レオンは一瞬、どう反応して良いのか判らなかった。
子供の我儘、大好きな物を一人占めにしたい幼い独占欲────そう思えば、そう思える。
けれども、その奥底に、もっと違う、もっと強い感情が滲むようにも見えた。
握った手に引っ張られて、園舎の玄関から外に出た。
園庭で遊んでいた子供達が、ソラとレオンを見付け、一斉に集まってくる。
レオンと手を繋いでいるソラに、ずるいずるいと子供達が言ったが、ソラは決してレオンと繋いだ手を離そうとはしない。
その一途さが可愛くて、ほんの少しだけ、小さな手を握り返す。
丸い瞳が驚いたようにレオンを見上げ、大福のような頬が赤らんで、子供はとても嬉しそうに笑った。
保育士なレオンに唐突に萌えたので書き散らしてみた。
KH参戦FF組は皆スタッフ。クラウドは後輩スタッフ。
子供はソラ、リク、カイリの他にロクサスとかも(他の五つ子については未プレイの為イメージ出来ず…)。
将来的にソラレオになると良いなー。