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2012年11月

[三&空]君のいない静寂

  • 2012/11/29 21:53
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いつも通りに過ぎて行く一日の中で感じた、ふとした違和感。
その違和感が何か自分に不都合を齎したのかと言うと、そうでもなく。
どちらかと言えば、その違和感のお陰で一日が順調に、これと言うようなトラブルもなく過ごせた訳だから、良い事であったと言えるだろう。

しかし、あまりにも違和感が過ぎると、歓迎すべき違和感であっても、徐々に気持ちが悪くなってくる。
今日の違和感は、そう言う類の違和感であった。


今日何度目かの小休止と、咥えた煙草に火をつける。
早朝に山積みされていた紙束は、一日の違和感のお陰で、既に残り僅かとなっている。
この後に余計な追加がなければ、後一時間もすれば全て消化されるだろう。
それで今日の予定は空となり、三蔵は自由の身となる。

……それは良い事なのだが、



(……妙に静かだな)



修行僧は相変わらず右へ左へと騒々しいが、それは三蔵にとって、大した問題ではない。
途中で余計な書類追加がなければ。

三蔵が“静か”と称したのは、いつも何かと見付けては(それが下らない事でも)報告にやって来る子供である。
今日は朝から大人しいもので、僧侶に追われているだの、本堂に逃げ込んだの、供物に手を出しただのと言う話すらか聞かない。
別に彼の起こすトラブルを心待ちにしている訳ではないので、それは良い事なのだが、



(…………)



青天の霹靂と言うべきか、鬼の攪乱と言うべきか。
とにかく、常々鬱陶しいと思っているような事でも、日常の一端が唐突に姿を変えると、人は違和感を感じて落ち着かなくなってしまうと言う事だ。

────そんな事を考えながら煙を吹かしていると、



「……さんぞ?」



キィ、とドアを開ける音がして、滑り込んで来たのは、聞き慣れた子供の声。
三蔵が視線だけを寄越すと、子供────悟空はきょろきょろと執務室の中を見渡し、



「三蔵、仕事終わった?」



確認する子供に、三蔵は無言のまま、視線だけで書類の束を指す。
悟空も倣ってそれを見て、獣の耳でもあれば判り易くしょぼくれてしまっただろう、しゅんと詰まらなそうな顔をする。



「……じゃ、オレ、部屋にいるね」
「─────待て」



執務室に入る事なく、早々に立ち去ろうとする子供を、三蔵は制した。
踵を返そうとした中途半端な角度のまま、悟空は止まり、きょとんと首を傾げる。

引き留めた後、何も言わなくなった三蔵に、悟空は悩むように立ち尽くしていたが、暫くすると「おじゃましまーす…」と静かな足取りで執務室に入って来た。
足音すら、忌避したように静かに進む子供の姿は、常の騒々しさを知っている人間であれば、違和感しかない。
やはりこれか、と三蔵は思った。



「さんぞ、なに?」



ことん、と首を傾げて問う悟空に、三蔵は煙を吐き出し、



「お前、何考えてる?」
「え?」



藪から棒の三蔵の問いに、悟空は反対側に首を傾ける。
暫く、ぱちぱちと不思議そうに瞬きを繰り返していた悟空だったが、不機嫌を隠さない紫電に睨まれ、竦んだように肩を縮めると、



「オレ、静かにしてたと思うんだけど。なんか三蔵に怒られるような事、した?」
「……その逆だ」
「ぎゃく?」



鸚鵡返しをした悟空に、三蔵はまた煙を吐き出す。
其処に溜息分の息を混じらせて。

やはり三蔵の言う事が把握できないらしく、悟空はむぅ、と唇を尖らせる。



「いいじゃん、静かにしてたんだから。三蔵の邪魔はしてないだろ?」
「ああ。毎日こうなら良いんだがな」
「オレいつも静かにしてるよ!」
「どの面下げて言う」



いい子にしてる、と言う本人の主張を、三蔵は一瞬で切り捨てた。

悟空が大人しくしていられない性質である事は、三蔵が本人以上によく知っている。
其処に彼の悪意などと言うものがないのは確かだが、それだけに始末が悪いと三蔵は思う。
悟空自身は純粋に、子供らしく遊んでいるだけのつもりなので、他人に迷惑をかけていると言う気がないのだ。

とは言え、叱れば反省はするし、(一応)学習もしているようなので、時折境内に迷い込んでは器物破損等々を引き起こす犬猫に比べれば、まだマシかも知れないが。


拗ねた表情で立ち尽くしていた悟空だが、暫くすると、暇を持て余すように足下をごそごそと遊ばせ始める。
そのまま一分、二分と沈黙が続き、三蔵が短くなった煙草を灰皿に押し付けたのが合図となった。



「んー……さんぞ、なんか…ちょっと最近、疲れてるっぽかったから」
「……まあな」



疲れていると言う程ではないが、溜まった仕事に鬱憤が溜まっていたのは確かだ。
対して重要でもない案件に関する書類が、次から次へと増えて、いっそ煙草の灰で燃してやろうかと思った程だ。
そんな事をすれば、書類の再発行だのなんだのと反って面倒にしかならないので、未遂で済ませたが。

その合間に、無邪気に遊んでトラブルを引き起こす子供の行動に頭を痛めていたのも確か。
逐一報告に来る修行僧にも、きゃんきゃんと喚いて言い訳する子供にも、付き合うつもりはなかったので、悟空をハリセンで叩いて強制終了とさせた。


普段、何も周りの事が見えていないような子供に見えて、悟空は聡い。
身近な人間に関する事は特にそうで、野生の勘のように些細な違和感にも気付く事が出来る。

それで直ぐに対応────と言うべきか、態度を改めると言うべきか────が出来ないのは子供故か。


「で?」と三蔵はもごもごと口ごもる悟空に先を促す。



「…この間、三蔵、オレが煩いから仕事できないって言ってたから」



そんな事を言っただろうか。
言ったかもしれない。

三蔵にとっては酷く曖昧な記憶だったが、悟空の記憶に残っているのならば、言ったのだろう、恐らく。
この子供は、周りの事など見ていない、気にしていないように見えて、保護者の言動だけは逐一覚えている。



「だから今日は、邪魔しないように静かにしてようかなって」



それは良い事だ。
出来れば一生、そうしていて欲しい位だと三蔵は思う。

思うのだが、



「お前が静かにしてた所で、仕事が減る訳でもねえんだよ」
「そりゃそうかも知んないけどさぁ~…」



ちょっとは気を付けてみようと思ったんだよ、と。
言いながら執務机に齧り付いて、拗ねた顔をする悟空に、三蔵は次の煙草に火をつけて、煙を吐き出す。
顔面を覆った煙に、悟空がけほけほと咽て、何するんだよ、と金色が睨む。



「どうせ静かにしてるなら、此処でしてろ。目に付かない所で何か仕出かさねえか、気にしないで済むからな」



境内の何処ぞで遊んでいるでも、山で一人で遊んでいるでもなく。
いつもと違って大人しくしていられる程、自制が利いているのなら、此処にいたとて邪魔になる事もあるまい。

目に見えない所で、何を考えているか判らないまま、奇妙な違和感に苛まれて過ごすのは、居心地が悪い。
それなら、此処にいれば良い。
大人しくしていられるのであれば。



三蔵の言葉に、悟空はぱちりと瞬きを一つ。
それからくすぐったそうに笑って、三蔵が座る執務椅子の足下に座った。





三蔵の誕生日なので、悟空から気遣いのプレゼント。
…全く誕生日らしくなくてごめんよ三蔵、峰倉先生のツイート見るまで忘れてたとか言わないよ←

[Cat Panic]よく冷まして食べましょう

  • 2012/11/23 18:06
  • Posted by



以前ならば野菜や茸類を多用していた鍋だが、仔猫を拾って以来、肉を入れる事が増えた。
猫の趣向を思えば、魚肉の方が良いのかと最初は思ったのだが、あの猫は豚肉や牛肉の方が好きらしい。

土鍋に一杯の水を淹れて、昆布で出汁を取り、火が通り難いものから順番に鍋に入れて行く。
いつもはキッチンで行うその作業を、今日は食卓の上で行っていた。
その作業を、テーブルに乗り出してじっと上から覗き込んでいる仔猫がいる。
仔猫は、大きな瞳を常よりもきらきらと眩しく輝かせ、尻尾をゆらゆらと揺らし、ごくり、と何度目か知れない喉を鳴らした。



「もう良いかな?」



呟いた途端、がたたん、とテーブルが揺れた。
音の発信源である仔猫に、危ないよ、と咎めるが、仔猫はまるで聞こえていない。
早く早く、と言うように、尻尾がぐるぐると振られ、箸を持つ手が興奮を抑えられないかのように握り締められる。

つん、と菜箸で野菜と肉をそれぞれ摘まんで確かめる。
白菜は芯まですっかり柔らかくなっており、肉も色が変わって、よく火が通っているのが判った。



「うん、良いね。京ちゃん、器を貸してくれるかな」
「ん」



ごまダレの入った小鉢皿を京一が差し出した。
網のおたまで豆腐と野菜、茸を移していると、むぅ、と京一が不満そうに頬を膨らませた。



「野菜なんかいらねえよ。肉、肉がいい」
「はいはい」
「山盛り!」



京一のリクエストに応えて、火の通った豚肉を小鉢皿に移す。
しかし、沢山の野菜の上にちょこんと乗った肉を見ると、また京一は不満げに眉を潜めた。



「これだけかよ」
「取り敢えず、ね。先ずはちゃんと野菜を食べてから」
「うー……」
「それをきちんと食べたら、今度はお肉を一杯入れてあげるよ」



八剣の言葉に、京一は顔を顰めるばかり。
疑うように睨む切れ長の目に、八剣は笑みを浮かべて食事を促してやる。
八剣の言葉を信じようが信じまいが、取り敢えず、小鉢皿を空にしないと、次が食べられない事は理解したらしく、渋々とした表情で箸をつけた。

京一は、皿の一番上に乗っていた小さな肉を拾うと、ふーふーと軽く冷まして、口の中に入れた。
むぐむぐと頬袋を膨らませて食べる京一に、リスみたいだなと思いつつ、八剣も自分の小鉢皿に箸をつけた。



「美味しい?」
「まーな」
「そう」



素直になれない仔猫だから、正直に「美味しい」と言ってくれる事は少ない。
けれど、不味いとか嫌な事ははっきりと口に出すから、それがないと言う事は、仔猫の満足を得られていると言う事だ。

肉を飲み込んだ京一は、次に茸を口に入れた。
やっぱりもごもごと頬袋を膨らませて食べている。



「温まるね」
「ん」
「やっぱり寒い日はお鍋だね」
「そうなのか?」
「美味しいだろう?」
「まぁまぁ」



素っ気なく言いながら、京一の小鉢皿はもう殆ど空っぽになっている。
白菜やネギも綺麗に食べて、温まった豆腐の柔らかさに四苦八苦しつつ、きちんとした箸遣いで豆腐も食べ切った。



「京ちゃん、器貸して。移してあげるから」



八剣が手を伸ばすと、京一はむっとした顔をして、八剣から小鉢皿を遠ざける。



「やだ。お前、野菜ばっか入れるじゃねェか」
「今度はちゃんとお肉も入れるよ」
「信用なんねェ。俺が自分でやる」



そう言うと、京一は八剣の手からお玉を引っ手繰った。


食卓のテーブルは足の低い座卓であるが、小さな京一が鍋の中を覗こうとすると、座ったままでは無理だ。
京一は膝立ちになって鍋の中を覗くと、お玉でぐるぐると中を掻き回す。
野菜や茸の下に沈んでいた肉が顔を出すと、ぴんっと京一の耳が真っ直ぐになった。
肉ばかりを浚って行く京一の尻尾は、嬉しそうに踊るように揺れている。
それは見ていて微笑ましいのだが、やっぱり野菜もちゃんと食べないと、と八剣は横から菜箸で野菜を取って、京一の小鉢皿に移した。

肉盛りとなった小鉢皿に、京一は満足そうに笑みを浮かべて、座布団に座り直す。



「へへー。いっただき!」



大きな肉を取って、あーん、と京一が口を開く。
その肉からは、まだほこほこと温かな湯気が立ち上っていて、



「あ、京ちゃ────」
「あっち!!!」



八剣が止める暇もなかった。
大きな口に肉が入ったと思ったら、途端、京一は悲鳴を上げて飛び上がる。
ガタガタッ!と京一の膝がぶつかったのか、テーブルが物騒な音を立てて揺れた。

涙目で口を押えている京一に、八剣は冷えた茶を淹れたグラスを差し出した。
京一は奪うように受け取ると、じんじんと痛む舌を茶に浸して冷ます。



「大丈夫かい?」
「うぇ……」
「よしよし。びっくりしたね」
「ふぐ」



あやすように撫でる八剣を、勝気な瞳が睨むが、その目尻には大粒の雫。

八剣は、京一の手からそっとグラスを取り上げると、口を開けてごらん、と京一を促した。
あー、と素直に口を開けた京一の舌には、火傷のような痕もなく、暫くすれば痛みも引くだろうと思われた。
しかし京一の方は、じんじんとした痛みがとにかく嫌いなようで、麦茶のグラスを奪うとちびちびと飲み始める。


八剣は保温にと点けたままにしていたガスコンロの火を弱めた。
鍋は温かい状態で食べるのが美味いものだが、猫舌持ちに熱いまま食べろと言うのは酷である。
ちょっと失敗したな、と涙目になっている仔猫を見ながら、心密かに反省する。



「落ち付いた?」
「……ん」
「食べれそうかい?」
「……くう」



食事前よりは気落ちした声であったが、京一の食欲には些かの翳りもない。
よしよし、と八剣は京一の頭を撫でると、彼の前に置いていた肉盛りの小鉢皿を手に取った。



「何すんだ、返せよ!」
「大丈夫、取らないよ」
「かーえーせー!」



フシャーッ!と尻尾を膨らませて威嚇する京一。
どうどう、と八剣は京一を宥めながら、大きな肉を箸で摘まむ。
まだほこほこと温かな湯気を立てているそれに、ふー、ふー、と息を吹きかけて冷まし、



「はい、あーん」



差し出された肉と、笑顔の八剣に、京一は目を丸くした。
肉と八剣を交互に見た後、京一の尻尾が更に大きく膨脹する。



「阿呆な事してねェで、オレの肉返せ!」
「だから、ほら。あーん」
「するか!自分で食う!」



奪い返そうと伸びて来た京一の腕を、八剣は小鉢皿を持った手を引っ込めて避ける。
空を切った手に、京一の顔がみるみる不機嫌なものになって行くのが判る。
ぐるる、と損ねた機嫌を象徴するかのように、子猫の喉が不穏な音を鳴らした。

睨む仔猫に対し、八剣は常と変らない笑みを浮かべて言った。



「でも、もう熱い思いしたくないだろう?」
「…もうやんねェよ、あんなの」
「そう言って、この間もラーメン食べてて火傷しかけてなかったかな」



くすくすと笑いながら言った八剣に、京一はぐうの音も出ない。
京一はぎりぎりと赤い顔で歯噛みした。

八剣はそんな京一を宥めるように、大きな肉をかざして見せる。



「ほら、京ちゃん。あーん」



ガキじゃないとか、バカにするなとか。
言いたい事は山ほどあるが、にこにこと上機嫌な顔で笑う男に、何を言っても無駄である事は、京一もよく知っている。

そんな事より、差し出された肉の誘惑の方が、仔猫にとっては大事で。


渋々顔で、それでも素直に口を開ける仔猫。
その日、結局八剣は、京一が恥ずかしさに耐え兼ねて怒り出すまで、延々と仔猫に餌を与え続けたのだった。





鍋が美味しい季節です。

京ちゃんにあーんってさせたかっただけ。
最終的に、いつまでも調子に乗ってんじゃねえ!って引っ掻かれるんだと思います。

通販申込みの受理・発送

  • 2012/11/05 20:26
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2012年10月中にご注文を頂きました、通販の発送を完了致しました。
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