[カイスコ]黄金に揺蕩う
歪の中で遭遇したのは、魔法を得意とするイミテーションの群れだった。
スコールとカインと言う構成で、この群れに遭遇したのは痛い所だったが、幸い、歪が生まれて間もなかったのか、イミテーションのレベルは高くない。
手痛い攻撃を食らう前に一気に肉薄し、詠唱の為に動きが鈍るものを先手を打って屠って行く。
その最中、少女がごく短い詠唱の後、スコールに向かってスリプルを放った。
しまった、と思った瞬間には既に効果は現れ始め、スコールの足元がぐらりと揺れる。
好奇と他の魔法使い達が攻撃の詠唱に入った瞬間、スコールはぎりっと奥歯を噛んで強く踏み込み、それまでを遥かに上回る速度で敵を殲滅し始めた。
睡眠魔法は厄介なもので、浸透してしまうと、完全に意識が途切れてしまう。
効果が完全に体を犯してしまう前に、敵を殲滅し切れなければ、スコールの命はない。
気迫で意識を繋ぎ、途切れそうになる意識は己の咆哮で奮い立たせる。
正しく獅子奮迅たるその姿に、心を持たない筈の模造すら怯んだように見える程であった。
そして、最後の一体となった皇帝に向かって走り出そうとした瞬間、
「……っ!」
ぐわん、と頭の芯が揺さぶられ、一瞬スコールの意識がブラックアウトした。
重心の崩れた体を右足を出して支えるが、その僅かな隙こそが命取りである。
魔法を完成させた皇帝が、本人と寸分変わらない高慢な笑みを浮かべ、魔法陣を浮かび上がらせる。
その頭部を鋭利な槍が突き刺し、縦一直線に皇帝の体が割り砕ける。
紫色の結晶を巻き散らして粉々になっていく皇帝の断末魔は、長く続かないまま、闇の世界の彼方へと消えた。
スコールが顔を上げた時、皇帝がいた場所には、槍を携えた男が立っていた。
「これで終わりだな」
「……ああ」
血を払うように槍を振るったカインの言葉に、ふらつく頭に手を当てて顔を顰めながら、スコールは辺りを見回しつつ頷いた。
睡魔の所為で頭の芯がぼやけている所為で、視界まで霞んで見える。
それでも、辺りに新手の気配が見当たらない事だけは確かめる事が出来た。
歪の解放が済んだのであれば、いつまでも内部にいる必要はない。
出るぞ、と言うカインの後を追う形で、スコールも歪を脱出した。
何処か重くまとわりつくような気配を持つ闇の世界を脱出すると、辺りは夕暮れに包まれていた。
歪があったのは切り立った崖の上で、その向こうには柱のように伸びた細い山岳が連なっている。
丁度、柱の群れ真っ赤な太陽が沈もうとしていた。
突き刺すような眩しさで目を射抜かれて、スコールは目を細めたが、瞼を下ろすとまた睡魔がやって来る。
こんな所で、頭を振って睡魔を追い出そうと試みるが、
(……駄目だ。眠い。……くそ)
口の中で悪態を零して、スコールは霞む意識を誤魔化そうと、奥歯を噛み締めた。
戦闘中からそんな事を繰り返しているので、歯がぎしぎしと嫌がっている気がする。
────ふ、と太陽を前にしていたスコールの視界に、影が落ちる。
光を遮ったのは、カインの体だった。
それを見上げる余裕もなく歯を噛んでいるスコールの肩が掴まれ、軽い力で引き寄せられる。
強い眠気で抗う力を持たない体は、容易く固い鎧の胸へと寄り掛かった。
「辛いのなら、少し眠れ」
スコールが戦闘中に催眠魔法をかけられたのを、カインは見ていた。
此処にセシルがいれば彼がエスナで回復させる事が出来たのだろうが、ない物強請りをしても仕方がない。
それからはスコールが倒れるようなら、即座に助太刀に向かえる距離で戦い、折々に様子を伺った。
だからスコールが、決して短くはない間、気力だけで意識を繋ぎ止めていた事も、気付いている。
戦士達の魔法に対する耐性と言うのは様々で、魔法への得手不得手だけでもかなり差が出る。
更には、魔法が不得手なものの中でも、決して小さくはない差があった。
その違いが何処から生まれるのか考察してみると、元の世界の影響と言うべきか、出身の世界でどれだけ魔法が普及しているかと言う点が大きな違いとなっていた。
スコールはその法則が完全に当て嵌まっており、彼の世界では魔法は“魔女”のみが持ち得る特殊な力であり、スコールが扱えるのはそれを科学的に解析した“疑似魔法”のみとなっている。
“疑似魔法”の威力は本物の魔法に比べれば取るに足らないもので、比例して使用者の魔法の耐性も───魔法が有り触れている世界の者に比べると───各段に劣る。
特に精神分野へ影響を及ぼす魔法の効果は顕著に出た。
スコールはジャンクションと言う方法で耐性力を底上げしているが、元々の数値の差と言うべきか、やはり全体的に見るとスコールの魔法耐性力は低い。
そんなスコールが、レベルが低いとは言え、少女のスリプルを食らってからも戦い続けていたと言うのは、大したものである。
しかし、食らった魔法の中和力も弱い為、時間経過で睡魔が散る事もなかった。
最後の最後でスコールの意識が一瞬途切れたのは、その所為だ。
戦闘を終えた今でも睡魔が消えないのも、理由は同じだろう。
だから、眠れ、とカインは促した。
スコールは固い鎧に寄り掛かったまま、苦い表情を浮かべる。
「……こんな所で眠れるか」
傍らには、解放したとは言え、歪がある。
歪に入る前に蹴散らしたが、この辺りは魔物の気配も少なくはなかった。
とても眠れるような場所じゃない、と反論するスコールに、カインはふむ、と頷き、
「確かにそうだな。なら、移動するか」
「!」
そう言うなり、カインはスコールの腰に腕を回し、ひょいっと持ち上げた。
足元が僅かに地面から浮くのを感じて、スコールは目を丸くする────その間に、更に強い浮遊感が襲った。
スコールを腕に抱き寄せたまま、カインが大きくジャンプしたのだ。
(近い、と言うか高い……っ!)
「暴れてくれるなよ。落とし兼ねんからな」
言われずとも、とスコールは浮遊感に足掻きたくなる体を宥めて大人しくする。
竜騎士として鍛えられたカインのジャンプは、常人のそれよりも遥かに高い高度まで瞬時に到達する。
経験によって培われた視野と勘で、着地ポイントに寸分狂わずに降り立ち、また其処から予備動作なしで飛び立つ。
高いジャンプ力の為に鍛え抜かれた下半身を主に、全身に渡って無駄のない筋肉に覆われているので、重い鎧を着ている状態でも、この技が衰える事はない。
長身の割に細身であるスコールを抱えても尚、カインのジャンプ力は平時と全く見劣りしなかった。
主に戦闘中、獲物を明確に捉える為に習得された技術だが、これは移動にも役立っていた。
頂点に達した一瞬の浮遊感から落下へ、着地したと思ったらまたジャンプ。
それを繰り返した末に、カインが最後に着地したのは、歪のあった場所から数百メートル離れた場所に立っていた、岩の柱の上だった。
「此処なら、イミテーションも来ないだろう。少しは安全だ」
「……場所が安全とは思えないけどな」
腰を抱いていた腕が離れ、ふらつきそうになる足元を今しばらく耐えながら、スコールは辺りを見回して言った。
遠目に見ていた岩の柱は、柱と称する通り、かなりの高さがある。
足場に出来る場所は十メートル程度の広さがあるので、ジタンやバッツのようなアクティブな寝相の者でも、先ず転がり落ちる事はないが、端に柵のようなものがある訳でもない。
際でうっかり足を滑らせようものなら、数百メートル下の地面まで落ちるしかない。
だが、そんな環境であるからこそ、安全と言えば安全だろう。
イミテーションはおろか、魔物の気配もないし、混沌の戦士の襲撃については絶対とは言い切れないが、こんな僻地にわざわざ出向く酔狂は早々いない筈だ。
しばらく周囲を見回していたスコールだったが、ゆらゆらと頭の芯が揺れるのを感じて、眉根を寄せる。
スリプルの魔法がいよいよ浸透して来たのか、安全地帯に来たとあって気が抜けたのか、睡魔を堪えるのが辛い。
「……少しだけ寝る」
「ああ。見張りは俺がやるから、気にせず休め」
「……悪い」
「構わんさ。お前も道中で歩きながら寝落ちたくはないだろう」
「……ん」
眠ろうと決めたからか、また瞼が重くなる。
スコールは落ち着けそうな場所を探し、一つ大きな岩を日陰にして地面に横になった。
蹲って間もなく、土を踏む音が近付いて来る。
薄らと瞼を開けて視線だけを巡らせると、同じ岩陰の中で、特徴的な兜の形が見えた。
いつも槍を握る皮の厚い指が、スコールの頬に触れる。
それはほんの一瞬、掠めるような触れ方だけで、直ぐに離れて行った。
背にした岩にカインが腰を下ろす、兜がゆっくりと外される。
橙を帯びた金糸が風に揺れる光景を見詰めながら、スコールはゆっくりと眠りの淵へと落ちて行った。
スコール片腕に抱えて平然とジャンプするカインが浮かんだので。
甘さとはなんぞやと思うような微妙な距離感のカイスコが好きです。
ふとした時に触れて、気が済んだら離れて、お互いそれ位が気が楽。
タイトルの読みは「こがねに揺蕩う」です。