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2023年07月

[クラレオ]この傷に意味はない

  • 2023/07/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



偶にはこんなミスもするものなのだと、何処か他人事のように思った。

少々頑強なハートレスがいたのを、油断は愚か慢心していたつもりもないのだが、それの一撃を回避し切れなかった。
左足の脛からどくどくと流れる血に、案外と深いなと、これもまた他人事のように考える。
さっさと止血をして、闇の力を使って適当に安全な場所に移動するのが良いのだが、如何せん疲れている。
この傷を負った後から、またわらわらとハートレスが集まり、それらを一掃するまでバスターソードを振るい続けていたのだから無理もない。
そうしてやっと掃除が終わったら、アドレナリンの放出で麻痺していた痛覚が戻って来て、立っていることも出来ずに座り込んだと言う訳だ。

ずきずきとした痛みは中々に重く、失血死こそしないだろうが、当分は療養しないと足が動かなくなるだろう。
闇の力を行使し、様々な世界を渡り歩いて、それなりに年月を数えるが、こんな負傷をしたのは初めてかも知れない。
持った力のお陰か体は普通よりも頑丈だったから、自己治癒力の高さもあり、後を引くような大怪我を負う事はなかったのだ。

場所は街から北にある、ハートレス蠢く谷の道の途中。
レオンに言われて、夕飯代に仕事くらいしろとのことで、いつものようにハートレス退治を引き受けた。
最近の街の中は、クレイモアの普及が拡がりつつあるお陰で比較的平穏なのだが、其処から少しでも離れると、心なきものはまだ幾分も減っていない。
谷の中を彷徨っているだけならまだ良いが、個体に縄張りがあるのか、やはり人の心と言うものにあれらは誘われる習性もあるのだろう、じわじわと居住区域に近付いて来るものもあるのだ。
放っておけば当然人々の脅威となる為、一定ラインを越える前に、レオン達はそれらを駆逐して街の安全を保つようにしている。
それを今日はクラウドが任されたという訳だ。

ハートレスは、幾ら斃した所で、幾らでも沸いて来る。
永遠に続くいたちごっこは面倒極まりないものではあったが、クラウドとて故郷と言うものに少なからずも愛着はあるのだ。
嘗て失われたこの地を、幼馴染達が懸命に守り、再び興そうとしているのだから、その手伝いくらいはしても良い。
心身を捧げるような殊勝な心はないが、片手間にやれる事をやる程度なら、厭と言う程でもなかった。
だからレオンが言う夕飯代も、いつものように軽い一言で受けたのだが、


(……流石にこれは良くないな)


止まる様子のない出血に、クラウドは眉根を寄せる。
失血死はしないだろうが、早くなんとかした方が良い。
しかしポーションは持ってこなかったしと、思えばそれが慢心だったのだろうと、用意の浅さを今になって反省する。

どうしたものかと、翻って開き直ったように凪いだ頭で考えていると、ざり、と土を踏む音が聞こえた。
ハートレスだと面倒だな、と音のした方向に目を向けると、ガンブレードを肩に乗せた男───レオンの姿があった。
レオンはゆっくりとクラウドの方へと歩きながら、辺りを警戒して首を巡らせている。
そしてクラウドのいる場所から数メートルと言う位置まで来て、言った。


「駆除は済んだようだな。ご苦労だった」
「ああ」
「それで、その足はどうした」


労う言葉を述べた後、投げ出されたクラウドの足を見て問うレオン。
クラウドは、助かりはしたが聊か情けない気分にもなって、溜息を吐きながら答える。


「一発食らった」
「らしくもない」
「そんな日もあるんだ。治してくれ」


レオンなら出来るだろうと、クラウドは未だ出血している足を指して言った。
今度はレオンが一つ溜息を吐いて、クラウドの傍で片膝を着き、右手を傷のある場所へと翳す。
柔い光がレオンの手から生み出され、ゆっくりとクラウドの傷を包み込み、裂けた筋肉や皮膚を修復していく。
程無く傷はなくなり、赤黒く染まった足元と地面だけが、怪我の痕として残った。


「助かった。ついでに肩を貸せ、立てない」
「全く……もう少しまともな感謝を示せ」
「示しているだろう。助かったと言ったじゃないか」
「普通は“ありがとう”だ。まあ、お前に言われても仕様がないか」


言いながらレオンは、ガンブレードを腰に納め、クラウドに肩を貸しながら立ち上がる。
レオンの肩に持ち上げられる形で、ようやくクラウドも立つことが出来た。

魔法で傷の修復は行えたが、魔法は表面的な傷を治しているだけで、本当に損傷が一切なくなっている訳ではない。
傷付いた神経が治るには、時間をかけて自然治癒を待つしかなかった。
しかし、こんな場所で悠長にいつまでも座っていては、いずれまた沸いて来るハートレスの餌食になってしまう。
クラウドを喪うのはレオンとしても痛手な訳で、愚痴を零しつつも、彼はクラウドを担いで街まで戻ってくれるに違いない。

治癒したばかりの足を引き摺るクラウドの為にか、レオンの歩はゆっくりとしたものだ。
何だかんだと面倒見の良い奴だと、ちゃっかりとそれに甘えて気儘をさせていることを棚に上げつつ思っていると、


「……その足だと、明日明後日は動かない方が良さそうだな」
「ああ。動けない事はないだろうが、戦闘はしたくない」


クラウドが負傷したのは右足だ。
何をするにも、踏み込む力として使っているから、その負担は軽くない。
だから負傷した後、激しく動き回った所為で傷が拡がり、出血が酷くなったのだ。
見えない部分の損傷具合を想像しても、今日の明日で負荷の高い運動はするべきではない。

はあ、とレオンがまた溜息を吐いた。
色々と予定を組んでいたのに、と呟く彼の頭の中では、今日も今日とて故郷再建の為のあれこれが巡っている事だろう。
相変わらず忙しい男であるから、自分の手では回り切れない所───主にはハートレス退治と、幾つかの力仕事───の為にクラウドを頼りにしていたに違いない。
しかし、先の傷の深さを目にしている事もあり、無理をさせる訳にもいかない、とは思ってくれたようだ。


「明日、エアリスに診せる。俺の家に呼ぶから、お前は其処で大人しくしていろ」
「別に自分で行っても良いが。どうせあの魔法使いの家にいるんだろう」
「怪我人は動くな。俺の魔法は、ただの応急処置なんだ。下手なことをして悪化させるのは止めろ」


レオンの言う事は最もだ。
今でさえ、立てないと言ってレオンの肩を借りている訳だから、きちんとした診断が出来るまで、負担をかけるような真似は避けるべきだ。

休ませてくれるのなら、真面な寝床が欲しいクラウドにとっては、願ったり叶ったりだ。
家にいて良いと言われているのだし、クラウドがレオンに対して遠慮する必要もない。
じゃあ大人しくしていよう、とクラウドは思った。

それにしても、怪我をしたからとは言え、随分と優しい。
クラウド自身にしても珍しい位に出血していたと言うのもあるだろうが、随分と甲斐甲斐しく許してくれるものだ。
そんな事を思って、ちらとクラウドが傍らにある横顔を見遣ると、微かに陰のある男の表情が見えた。
蒼の瞳は基本的には進む先を見ており、周囲を警戒して首を巡らせるのだが、その隙間に、ふと足元に視線を遣る瞬間がある。
見ているのは引き摺り気味のクラウドの足だ。
心配しているのかと、存外と年下には過保護な男にそんな事を考えたクラウドだが、レオンがその過保護ぶりをクラウドに向ける事は先ず無い。
さほど年齢が離れていないからか、同性だからかは判らないが、レオンは仲間内の中では珍しく、クラウドだけは扱いが雑なのだ。
それは信用、信頼の証でもあるのだが、そんな男がこうも甲斐甲斐しくしてくれるという事に、ただ傷を慮っての事とは思えない。

力の入り難いクラウドの足が、時折、かく、と膝を折る。
不意にかかる重みにレオンは眉根を寄せたが、横顔から滲むのは、重いとか面倒だとか言うものではない。
見覚えのある感情がその眦に香る気がして、ああ、とクラウドは納得した。


(後悔している訳か。俺に怪我をさせたことを)


レオンの横顔は、遠く故郷が失われたあの日を、悔恨している時のものに似ている。
幼馴染の怪我一つに、それ程大袈裟な猛省などしていまいが、似た気配があるように見えた。

仕事を任せた所為で怪我をさせた、一人で行かせた所為で無理をさせた────それを頼んだのは自分だ、と。
そんな所かと思うが、何を今更、とクラウドは独り言ちる。
一宿一飯の代金の代わりに、ハートレス退治を引き受けるのも、クラウドにとってはいつもの事だ。
実際、タダで飯も寝床も借りるというのは、後々が恐ろしいものだから、これは等価交換であるとクラウドは割り切っている。
怪我など別に今日が初めての事ではないし、仮にこれをレオンの所為としても、迎えに来て応急処置を施し、肩を貸してくれているのだから、詫びは十二分だろう。


(────なんて言った所で、こいつの事だ。口では判ったように返事をしても、頭の中は割り切っていないだろうな)


クラウドはレオンの性格をよく知っている。
良く言えば真面目、悪く言えば融通が利き難い所がある。
融通については、育った環境や年齢を経てそれなりに柔軟さを身に着けているのだが、こと自分の心中のことについては頑固であった。
そう言う真面目な人間だから、街の人々からは信頼されているのだろうが、偶には責任転嫁と言う言葉に身を任せても良いだろうとクラウドは思う。

やれやれ、とクラウドはこっそりと息を吐く。
それは傍らの幼馴染の頑固さへの諦めと呆れによるものだったが、相手はそうは受け取らなかったらしい。
レオンは一度歩く足を止めて、肩を担ぐクラウドの姿勢を直させると、


「もう少しゆっくり歩いた方が良いか」
「いや。今まで通りで良い。此処はさっさと抜けた方が良いだろう」
「……そうだな」


意識が罪悪感に傾いている所為か、普段の三倍増しはありそうな気遣いが、クラウドはどうにも擽ったい。
しかし、分かり易く自分に甘いその様子は、少しばかりクラウドの悪戯と欲望心を刺激していた。


「レオン」
「なんだ」
「腹が減った。帰ったら何か食いたい」
「暢気だな。何もないから、作らないといけない」
「構わない。結構出血したからな、血が作れるものが良い。肉だな」
「お前は普段からそればかりだろう」


クラウドの言葉に呆れながらも、仕方がない、とレオンは呟いた。
どうやら用意してくれるらしい。


「あとは、そうだな。久しぶりに甘いものが食べたい」
「そんな贅沢品がうちにあると思うか」
「今日じゃなくて良い。明日なら調達できるだろう?果物でもなんでも」
「……判った判った。探して置いてやる」


保証はしないぞと釘を刺しつつも、我儘を叶える努力はしてくれるようだ。
面倒を増やすなよ、と愚痴るレオンに、それなら無理だときっぱり言えば良いものを、と真面目な性格の所為でそう言う嘘が下手な幼馴染に、クラウドの口元は緩む。


「それから、そうだな───」
「まだあるのか」


もう十分だろう、とレオンがじとりとクラウドを睨む。
クラウドはそれを気にせず、一番の我儘を口にした。


「今日はあんたが上で頑張ってくれると嬉しいな。足も痛いし、その方があんたも下手な心配をせずに楽しめるだろう。どうだ?」


耳元で囁くように言うと、レオンはしばし固まった。
一分もそれはなかっただろうが、此処までの会話のテンポからすると、急激にブレーキがかかる。
しばらくしてから「……は?」と此方を見た蒼灰色に、クラウドは判り易く目を細めてやった。

クラウドの肩を担ぎ、その体重を持ち支える為に添えられていたレオンの手が、ぱっと解かれる。
完全に支えを当てにしていたクラウドは、それを唐突に失ってぐしゃりと地面に落ち伏した。
レオンはそんなクラウドを無視して、すたすたと足早に歩いて行ってしまう。


「そんな事を宣う元気があるなら、後は一人で帰れるな」
「待て。おい、レオン。冗談だ」
「冗談を言う元気もあるようだな。俺は先に行ってる、さっさと来いよ」


脇目も一切降らずに遠退いて行く背中。
調子に乗り過ぎたのは明らかだが、反面クラウドは、レオンがいつも通りの対応になった事にひっそりと安堵した。
そして彼の性格をよく知るからこそ、数分となく、彼は戻って来てくれるだろうと言う事も知っている。

────思った通り、しばらくその場で転がっていると、レオンは溜息を吐きながら戻って来た。
それだから調子に乗ってしまうのだと、改めて肩を貸す彼に甘えつつ、クラウドは夜を楽しみにするのであった。



7月8日と言う事でクラレオ。
うちのレオンはクラウドに対して基本は塩対応で、クラウドもそれで良いと思っていますが、なんだかんだでレオンはクラウドに甘い所があるし、クラウドはちゃっかりそれに便乗する。
よく考えると、レオンがクラウドに塩なのはその態度だけで、根は面倒見が良いので放っておけないのかも知れない。

[クラスコ]心地の良い場所

  • 2023/07/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



風邪など、一体何年ぶりだろうか。
秩序の聖域の、戦士達の拠点となる屋敷の中、自分の部屋でクラウドは天井を見つめながら思った。
開けたカーテンの向こうから差し込む光は、いつものように薄曇りではあるが、それでも室内を明るくするには十分だ。
そんな昼間のうちから、何をするでもなく自室に籠ると言うのは、ひょっとしてこの世界で目覚めてから、初めての事ではないだろうか。

傷を負った為に療養すると言うのは、儘あることだった。
魔法は傷を癒す事は出来るが、消費したスタミナであったり、流れた血を生成して補う事は出来ない。
だから大怪我と呼べるレベルの傷を負った際は、治療の後、きちんと休む時間というものが必要だった。
そうすることで、表面的な所からは判らない、身体の内部の損傷を修復させるようにしているのだ。
だから大人しく寝ているしかないと言うのは、この闘争の世界では、然程珍しいことではない。
怪我ではなくとも、なんらか遅効性の罠や魔法で、毒系を初めとした搦め手を受けることもあるから、此方も同様に、安全の為に様子を見ようと、数日の待機が余儀なくされる事もある。

しかし、今日のクラウドがベッドで大人しくしているのは、闘いや警戒とは全く別のものが理由だ。
どうにも昨日の晩から調子が優れない気がして、夕飯が常の半分程度しか食べれなかった。
健啖家の部類に入るので、半分と言ってもそれなりの量を食べてはいるのだが、体が常と違う状態であったのは確か。
胃もたれのような、どうにもスムーズに食べ物が腹に入らないような、それに加えて妙に背中の方が痛い気がして、あまりのんびりと過ごす気になれなかった。
不調は長引かせたくないもので、バッツに相談して滋養になる薬を一つ煎じて貰い、それを飲んで早めに寝床に入っている。

そして朝になって、熱が出ていたのだ。
今日はティーダに誘われ、フリオニールやセシルと共に、素材熱めに行く話をしていたのだが、これは無理だと判断した。
熱があるから辞めておく、と言ったクラウドを、三人は随分と心配してくれたが、言っても症状は熱だけなのだ。
休んでいれば治るから、とクラウドは三人を送り出し、後は部屋に戻って一日養生する事に決めた。

それから半日が経っており、中々暇なものだと、物言わぬ天井を見つめて思う。


(動き回る訳にも行かないから、寝ているしかないんだよな。これが存外……)


退屈だと、それが今のクラウドの胸中だ。
熱は極端に高くはないと思うのだが、体温計でもあれば、38度はあるのではと言う感覚がする。
一人で動けない事もないが、起き上がるのは体が面倒臭がるし、かと言って寝続けるのもそろそろ飽きている。
元の世界であれば、こう言う時は本なりゲームなりと、何かしら暇潰しが欲しいものであった。

本くらいなら構わないかなと、クラウドはむくりと起き上がる。
書庫にある本を一つ二つ拝借し、部屋に戻ってベッドの中で読む位なら、誰かに怒られる事もないだろう。
書庫に向かう足を見付かると注意されるかも知れないが、直ぐに戻るつもりで行くのだから、それ位は許して貰おう────と思っていた時だった。

コンコン、と部屋のドアがノックされて、クラウドは「開いてる」と答えた。
キ、と蝶番の鳴る音がすると、手にトレイを持ったスコールが入って来る。


「昼飯だ。食えるか」
「ああ、ありがとう。多分大丈夫だ」


置いておいてくれ、と言うクラウドに、スコールはベッド横のサイドチェストにトレイを置いた。
小さな土鍋にスプーンが添えられている所を見るに、粥かスープだろうか。
その横には、小さく折り込まれた紙が二つ並んでおり、中身はバッツが煎じた薬であることが想像できた。

スコールはベッドから降りようとしているクラウドを見て、眉根を潜める。


「起きて良いのか」
「良いと言う程でもないが、あんまり暇なものだからな。本でも取ってこようかと思っていた」
「……熱は?」
「下がっている気はしないな」


自分では体感以上のことは判らない。
そう言ったクラウドに、スコールはふうと一つ息を吐いて、クラウドの前に立った。
いつも嵌めている黒の手袋を外し、クラウドの額に手を置く。
元々スコールは体温が高い方ではないが、それにしても今日はひんやりと感じられて心地良い───詰まる所、まだクラウドの熱が幾らも下がっていないと言う事なのだが。

スコールは、クラウドと自分の額とにそれぞれ手を合わせて、違いを確かめた。
その結果、やはりクラウドの熱がまだ高いままである事を確信する。


「まだ熱い。本なら適当に見繕ってきてやるから、あんたは寝ていろ」
「それは有り難いが、じっとしているのも飽きているんだ」
「病人は大人しくしてろ」


ぴしゃりと言われて、ご尤も、とクラウドは肩を竦める。

食べれるだけ食べていろと言われたので、クラウドはトレイを手元に寄せた。
土鍋の蓋を開け、ほこほこと湯気を立てていたのは、野菜の出汁に浸して作った粥だった。
今日はバッツが屋敷に残っているから、彼が病人の為に用意してくれたのだろう。
熱を取りながら食べ始めたクラウドを見て、スコールは「本を取って来る」と言って部屋を出て行く。

クラウドが粥を半分ほど食べ、胃の感覚から、こんな所だなと食事を終えた頃、スコールも戻って来た。
厚みのある小説を一冊、薄い雑誌形態のものが二冊と、どちらもクラウドの世界では見ないものだったが、今は中身が何であれ読めれば十分だ。

バッツの薬を飲むと、中々に苦くて渋い味が口一杯に広がった。
良薬口に苦しと言うが、もう少しなんとかならないだろうか、と詮無い事を思う。
それを二つも飲むと言うのは中々根気がいるのだが、折角バッツが煎じてくれたのだから、無駄にする訳には行かない。
たっぷりの水を添えて飲み下し、ふう、とクラウドがようやく息を吐いたのを見て、


「……あんたが風邪を引くなんて、珍しいな」


ぽつりと言ったスコールの声が聞こえて、クラウドはベッドに戻りながら「そうだな」と頷いた。
クラウドは空になったグラスをサイドチェストに置きつつ、


「俺も、こう分かり易く熱を出したのは、随分久しぶりな気がする」
「この世界に来てから、こう言う事はなかったのか」
「覚えている限りでは、ないな。傷の所為で熱を持ったのはあったと思うが、風邪なんて、若しかしたら何年振りかも知れない」


クラウドの躰は、頑丈に出来ている。
それは生来の健康体であると言うのではなく───それも理由として皆無ではないだろうが───、クラウドの過去の出来事により、“普通”から逸脱しているのだ。
己の意志と関係なく取り込んだ因子により、表面的な頑健さも、生命が本来持ち得る自己回復力も、大幅に強化されている。
だからクラウドは、時間と共に消えるような弱い毒なら、それ程留意しない事も多く、身体を蝕むものについての抵抗力も強かった。
体に変調を齎すウィルスに対しても、その抵抗力が先んじて攻撃し、速いうちに駆逐してくれるので、そう言った免疫活動による反応が表面化する程に強くなる事も少ないのだ。

そんな訳だから、風邪など本当に久しぶりなのだ。
よくよく考えると、昨日の夜に感じた背中の痛みも、風邪症状の一つだったのだろう。
疲労の肩凝りにしては妙なと思っていたが、体の中に原因があったとは、あまりに感覚が久しぶり過ぎて気付きもしなかった。
バッツに薬を貰う時、色々と症状を聞かれて、それに合わせたものを煎じて貰ったが、今思うと、受け答えに少々ズレがあったかも知れない。
だが、先程飲んだ薬は、昨日のものともまた違うものだったから、恐らく今度こそ症状に合わせたものが煎じられたのだろう。
夜もあの薬を飲まなくて良いように、熱には早く下がって欲しいものだ。

スコールはクラウドに、書庫から持ってきた本を渡し、


「他に何か必要なものはあるのか」
「そうだな……水はまだあるし、暇潰しも手に入ったし。後は────」


取り立てて何も、と答えようとしたクラウドだったが、ふとベッド横に佇む少年を見遣る。
返事を待っているスコールは、じっと此方を見つめていたが、クラウドの視線に気付くと眉根を寄せた。
訝しむ表情にも見えるが、彼の事だから、ただの条件反射の表情だろう。
深くは気にせず、クラウドは自分が座っている隣を、ぽんぽんと叩いてやった。


「……?」
「座ってくれ。此処に」


何が言いたいのかと不思議そうな顔をしたので、クラウドは分かり易く希望を口にした。
スコールが素直に其処に座ってくれるのを見て、よしよしとクラウドも満足する。


「もう少しこっちに」
「……此処か」


ベッドに深く腰掛ける位置にと誘導すると、スコールは言われた場所に位置をずらす。
クラウドが思う十分な場所が出来たことを確認して、クラウドはベッドヘッドから背を離すと、スコールの膝の上にごろりと頭を乗せて転がった。


「……!?」
「うん。中々良いな」


膝を枕にされたスコールは、目を丸くしてクラウドを見下ろす。
クラウドはと言うと、人肌と程よい弾力のあるスコールの膝の感触の心地良さに、良いものだと目を細めた。
男であるし、戦場を駆け回る脚は少々固さも感じられるが、スコールの躰はクラウドやフリオニールのように固い筋肉に覆われているとは言い難い所がある。
少なくともクラウドには、微かに香るスコールの匂いも含めて、心地の良いものがあった。

そのままスコールの膝で落ち着き、横向きの体勢で雑誌を開いたクラウドに、「おい……」とスコールの低い声が落ちて来る。
クラウドがちらと視線の方向を見上げて見れば、眉間に深い谷を作り、心なしか赤くなったスコールの顔があった。


「何をしているんだ、あんたは」
「膝枕だ。恋人の」
「邪魔だ、退け」
「それは出来ない」


けんもほろろに言ってくれるスコールに、クラウドは全く動じなかった。
何処か楽しそうに小さな笑みを浮かべ、また横を向いて雑誌を捲るクラウドに、スコールからは中々に不機嫌なオーラが振り撒かれる。
邪魔、重い、動けない────そんな言葉が彼の視線からざくざくと刺さって来る。

だが、結局スコールは、一つ溜息を吐いただけだった。
恋人だと言う贔屓からか、病人だと言う甘さからか、いずれにせよ、クラウドの頭を膝から落とす事はしなかった。


「病人なんだから、まともにベッドに入って寝ろよ、あんた」
「ベッドの中にはいるだろう。枕も特別性だ。これなら、良い夢が見れる気がする」
「俺が動けない。暇じゃない」
「良いじゃないか、こんな時位、恋人を優先してくれ」


やる事があるのだと言うスコールに、手前勝手な我儘を投げてみると、少年はなんとも言えない表情を浮かべていた。
ほんのりと頬が赤い所から、“恋人”と言う言葉に彼が照れているのだと言う事が判る。
そして、厳しく素っ気なく見えて、実の所は甘えたがりな所があるスコールは、クラウドのこんな我儘を振り払う事はしない。
今日もまた、相手が病人であると言うことも加えて、最後にはクラウドの好きなようにさせてくれるのだ。

何度目かの溜息がスコールの口から漏れた後、彼は書庫から持ってきた小説を手に取った。
此処から動く事を諦めたスコールに、クラウドはくすりと笑みを浮かべて、穏やかな時間を堪能する事にする。



数分後、すぐそこにある恋人の温もりに、沸いた欲と悪戯心でそっと腕を伸ばしてみるが、不埒な手は容赦なく叩かれたのであった。



7月8日と言う事で、クラスコ!
珍しく体調を崩した為、それを前提に甘えたおすクラウドと、なんだかんだと無碍には出来ないスコールが浮かんだ。
でもこの流れなら行けるかなと思った先は、流石に駄目だったらしい。スコールにしてみれば病人が相手なので当たり前。
治ってから存分にいちゃいちゃすれば良いと思います。

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