[ヴァンスコ]温度を分けて
秩序の聖域に雪が降った。
昨晩から冷え込んでいるとは思ったが、まさか此処まで冷えるとは、誰も予想していない。
ほんの数日前には春を思わせる温かな陽気があったと言うのに、一転して真冬の到来だ。
その前には数日に渡って雷雨が続いており、天候の忙しなさは、この世界の安定が揺らいでいる事を示している────のだろうか。
想像すると悪い予感しかしない事ばかりだが、実際の所どうなのかは戦士達には判らない。
環境や時代にもよるものの、天気と言うのは基本的に自然が齎す予測のつかないものであり、急激な変化と言うのも珍しくはないのだ。
神々の闘争の世界は、独自の成り立ちで造られ営まれているようだから、少し妙な出来事がああったからと言って、敵の幻術を疑うような事でもなければ、大抵は成行きに乗るしかないのであった。
朝一番に雪を見たのは、寝ずの番をしていたティファだった。
朝食の準備がてら、倉庫に置いている食材の確認をする為に玄関を出た所で、降り積もった雪に気付いた。
積雪の高さは彼女の膝程度で、空気が乾燥しているお陰で雪自体はハラハラと粉のようになっていて柔らかい。
冷える空気に二の腕を摩りながら食材を集めた彼女は、キッチンに入ると、寝起きた皆が温まれるようにとコンソメスープを拵えた。
案の定、目を覚ました仲間達はそれぞれ寒い寒いと言いながら朝食の席に着く。
そして順次温まって食事を済ませた後、若い戦士達は、我先に新たな世界の一歩を踏まんと飛び出して行ったのであった。
スコールが目を覚ましたのは、外が賑々しくなってからの事だ。
寒さを嫌う彼は、昨日の夜から毛布に包まり、朝になっても明けない冷え込みに辟易して丸まり続けていたのだが、外界の騒がしさに流石に寝続けてはいられなくなった。
布一枚を抜け出すのを躊躇う冷気は相変わらずだが、布団の中でじっとしていても、体は大して温まってはくれないし、腹も減ったままだ。
スコールは皆が食事が終わったタイミングで、ようやくリビングに現れ、残ったスープの最後の分を食べ終えた。
ティファのスープのお陰で、体はそこそこ温まった。
とは言え、世界が寒い事には変わりなく、屋敷の中も底冷えか、じんわりとした冷気は中々消えない。
暖房器具か、もしくは着て歩ける電気毛布が欲しい、と思いつつ、スコールの足はなんとなく玄関へと向かっていた。
重みのある扉をゆっくりと押し開けば、其処には一面の銀世界が広がっている。
空を覆う雲の隙間から、時折太陽の光が差し込む度に、光が反射して、雪の表面がまるで宝石のようにきらきらと光る。
眩しい、と目を細めていると、フリオニールがバッツとジタンに追われながら駆け抜けて行った。
どうやら雪合戦をしているようだが、ルールなどあってないようなもので、すっかり鬼ごっこの様相を呈しており、追いながら雪玉を投げるバッツとジタンに対し、フリオニールは逃げの一手だ。
投げた雪玉が幾つかフリオニールに当たったが、柔らかな雪はあまり強くは固まらないようで、当たると簡単に弾けて散る。
痛くはないのだろう、フリオニールは飛び散る雪の冷たさに笑いながら逃げていた。
わいわいと騒ぎながら駆け回るメンバーに、元気な奴等だな、とスコールは思う。
銀世界は見慣れない事もあって珍しさに目を瞠るが、スコールはそれより寒さが面倒だ。
バッツにしろジタンにしろ、よくもまあいつもと同じ格好で遊べるな、と感心する。
せめて外套の一枚、バッツは手袋もした方が良いのではないか、と常と変わらない軽装で元気に駆け回る仲間達を眺めていると、
「……ん?」
視界の隅に蹲っている影を見て、スコールは其方に目を向けた。
玄関の階段の直ぐ横で、人間が一人、蹲っている。
もぞもぞ、ごそごそと動いているそれはヴァンだった。
此方もいつもと同じ、袖のないベストの格好で、一心不乱に手元を睨んで何かをしている。
何をしているんだ、となんとなくその様子を眺めていると、視線を感じてか、ひょいっヴァンが顔を上げた。
ばっちり目が合ってしまい、思わずスコールががちっとフリーズしていると、ヴァンはにっかりと笑って、
「見ろよ、スコール。団子みたいだ」
「……そうだな」
持ち上げたヴァンの両手には、白く小さな雪玉が三つ並んでいる。
確かに団子だな、と思いつつ、こういう時は雪だるまか雪兎を見せて来るのがセオリーじゃないのか、とスコールは眉根を寄せる。
別にそれが見たいと言う訳ではなかったが、シンプル過ぎるヴァンの創作物に、スコールは少し呆れていた。
気のない反応のスコールに気を悪くする様子もなく、ヴァンは雪団子の制作を続ける。
ふわふわとした雪は、ぎゅっと握ると潰れたように小さくなり、ヴァンはそれを大きくしようと奮闘するが、中々上手く行かない。
雪が水分をあまり含んでいないので、接着剤になるものがなく、重ねても重ねてもはらはらと落ちてしまうからだ。
しかしヴァンは辛抱強く、強く押し付けてみたり、擦り付けてみたりと、手を変えて奮闘している。
その様子を眺めながら、意外と我慢強いと言うか、諦め悪いんだよな、と独り言ちるスコールであったが、それよりも気になる事がある。
「ヴァン」
「んー?」
「…あんた、手袋は?」
雪を触るヴァンの手は、全くの素手だった。
いつから雪団子作りに精を出していたのか、ヴァンの手は指先まで悴んで赤くなっている。
いつも嵌めている籠手か手袋でもしておけば、そんなに冷える事はなかっただろうに、とスコールがそれの所在を尋ねてみると、
「あれ、邪魔だから外したんだ」
「邪魔って……雪、冷たくないのか」
「冷たいよ」
と言いながら、ヴァンは両手を雪の中にズボッと入れる。
うーっと唸るヴァンの表情を見るに、全く感覚が麻痺している訳ではないようだ。
そうなっていたら温める所か回復魔法の出番になるので、まだ幸いか。
「冷たいならちゃんと手袋しろ。あんた、霜焼けになってるんじゃないか」
「霜焼け。霜焼けかー。面白いな」
「………」
何が面白いんだ?と眉根を寄せるスコールと、雪から抜いた手をしげしげと見ているヴァン。
何もかもが珍しい、面白いと言う表情をしているヴァンを見て、そう言えば砂漠出身だと聞いた事を思い出した。
砂漠地帯で雪を見る機会など先ずないだろうし、生まれて初めて見た────のかも知れない。
そう考えると、雪の冷たさすら、ヴァンにとっては楽しくて仕方がないのか。
それでも、あの手は駄目だ、とスコールは溜息を吐く。
紅い手で懲りずに次の団子を作ろうとしているヴァンの下へ向かい、スコールは雪を掴むその手を捕まえる。
「なんだ?スコールも団子作るか?」
「作らない。それより、あんた、素手で雪遊びはもう止めろ」
「なんで?」
「多分もう霜焼けになってるし、悪化すれば血の巡りが悪くなって、最悪の場合、腐敗して使い物にならなくなる。雪遊びを続けたいなら、せめて手袋をしろ」
「手袋、取りに行くの面倒だよ」
「………」
取りに行く手間よりも、雪に触りたい、遊びたい。
判り易く真っ直ぐに訴える瞳に、駄々っ子か、とスコールは呆れた。
仕方なくスコールは自分の黒の手袋を外す。
どうせこの雪では今日の予定は台無しだし、そもそも外に出掛ける気にもならない。
「これを使って良い。終わったら俺の部屋に戻────っ!」
「あ。スコールの手、温かいな」
手袋を差し出すスコールの手を、冷たいヴァンの手が握る。
どちらかと言えば温度は低い方であろうスコールの手だが、今ばかりは冷え切ったヴァンの手の方が冷たい。
それが面白いのか、暖を奪おうとしてか、ヴァンはスコール手をにぎにぎと揉んで遊ぶ。
「スコールの手が温かいって珍しいよな。いつも俺より冷たい感じなのに」
「あんたの手が冷えてるだけだ!離せ、冷たい」
「もうちょっと。スコール手、ぽかぽかしてて気持ち良いんだ」
そう言いながら、ヴァンは両手でスコールの手を握った。
冷たい手に体温を奪われて行くのが判って、スコールの眉間に深い皺が刻まれる。
しかしヴァンはそれすら嬉しそうな顔で、「あったかいな~」と赤い鼻で暢気に呟いた。
よくよく考えれば、ヴァンが冷え切っているのは、何も手に限った話ではない。
ヴァンはいつもの通りの格好であるから、腕も肩も、腹や胸元までもが晒されたままになっている。
空気も冷え切ったままなので、ヴァンの鼻先や耳も悴んで赤くなっており、やっぱり寒いんじゃないか、とスコールは思う。
今は雪遊びに夢中でテンションが上がり、寒さそのものに鈍くなっているのかも知れないが、追って体が感覚を思い出してくるのは想像に難くない。
はあ、とスコールはもう一つ溜息を吐いた。
「……あんた、まだ遊ぶのか」
「うん。スコールも何か作るか?」
「俺は良い。……何か羽織れるものを持ってくる。あんた、その格好だと、後で絶対に後悔するぞ」
「そっか?でも、うん、なんか着た方がやっぱり良いんだよな。手袋は借りて良いのか?」
「ああ。……だからそろそろ手を離せ」
「もうちょっと」
握られ続けている手がどうにも落ち着かず、スコールは解放を促すが、ヴァンは折れなかった。
冷え切っていた手は少しずつマシにはなっており、未だスコールの体温の方が高い状態ではあるが、ヴァンの指先は少しずつ赤みが引いている。
揉んだり擦り合わせたりと、掌だけでなく、指先まで触り始めたのには辟易するが、振り払うのもまた面倒で、スコールはヴァンの気が済むまで好きにさせる事にした。
ふと、こうしてヴァンの手を直に触れたのは、初めてだったのではないかと気付く。
ヴァンはスキンシップに積極的ではないが、抵抗もないらしく、他者との距離も近い所があるので、誰かに触れる事を躊躇わない。
戦闘中も交代の為にハイタッチすると言うのはよくある光景で、それ位はスコールも応じていた。
しかし普段は互いに手袋や籠手をしているので、直接手のひら、その肌にじっくりと触れる事はなかったように思う。
(少し乾燥している。俺より少し太くて、爪が少し伸びてて───、でも、結構器用だ)
大雑把に見えて、案外と細かい作業をヴァンは嫌いではない。
自分の興味が続くものであれば、指先だけを使う細かな作業も、ヴァンは決して得手としていた。
肌はカサカサとして皮が少し厚く、爪の周りに少し皮膚がささくれ立っているのが見えた。
ぎゅう、とヴァンの両手でスコールの手が挟まれる。
始めは酷く冷たかったヴァンの手だが、スコールの熱を得て、いつもの体温が戻ってきている。
そして、納得したのか、ヴァンの手がすっと離れて行った。
「はー、温まった。じゃあ手袋借りるな。終わったらちゃんと返すから」
「……ああ」
スコールの手から手袋を受け取り、ヴァンの手に嵌められる。
手袋の中にもスコールの体温は残っており、ヴァンは「あったかいなー」と嬉しそうに行った。
その手で早速雪遊びを再開させるヴァンを尻目に、スコールは屋敷の中へと入る。
じんわりとした感覚が、スコールの手に残っている。
冷たいようで、温かくもあるその熱が、妙にくすぐったく思えた。
12月8日と言う事でヴァンスコ。
スコールの手のひらをにぎにぎしてるヴァンと、振り払わずに好きにさせてるスコールが浮かんだので。
後でスコールはヴァンの為に上着とマフラー諸々の防寒用具一揃い持って来る。
ヴァンは「動きにくくなるからこんなに良いよ」って言うけどスコールが無理やり着せて、結局「温かいな~」って言うのでスコールも満足。