サイト更新には乗らない短いSS置き場

Entry

2025年01月

[ウォルスコ]閉じた世界に温もりを

  • 2025/01/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



歪の中で発生した空間の揺らぎに引っ張られて、スコールとウォーリアは見知らぬ場所に飛ばされてしまった。

何処かの深い密林と思しき其処は、果たして神々の闘争の世界その地なのかも判らない。
重い暗雲に覆われた空の下、鬱蒼とした樹木に覆われた其処は、見知らぬ植物や動物が群生していた。
蔓状の植物や、シダ植物に似たものが多いことを思うと、風景としては亜熱帯ジャングルに似ている。
こういう場所には、食虫植物の巨大バージョン(人肉も襲う類だ)だったり、有毒の蛇や虫がいるもので、足元に這う生き物さえも注意の対象となる。
人の大きさよりも体高のある蜘蛛を見付けた二人は、此処を下手に動き回るのは危険だと判断した。
とにかく、なんでも良いから歪を見付けて、此処を離れた方が良い───と思いはすれど、肝心の歪は中々見付からなかった。

茂る草木を掻き分けながら歩き回る内に、重い空に覆われた天は、あっと言う間に暗くなった。
夜行性の動物が徘徊を始める前に、せめて安全地帯を見付けたい。
そう切に思った二人の前に、一軒の山小屋が現れた。
渡りに船と言うには聊か警戒が立つ二人だったが、暗闇の中、ジャングルを歩く方が良いかと問われれば、出来れば御免被りたい。
山小屋の周囲と、その中に不穏なものがないことだけは確認して、二人は朽ちかけた建物の中へと入った。

長い間放置されていると思しき小屋の中は、恐らくは倉庫のような使われ方をしていたのだろう、壊れた農具らしきものがいくつも転がっていた。
床は辛うじて板張りされているが、足を乗せると何処もぎしぎしと音が鳴る。
壁際は湿気の侵食を受けて、板木が腐りかけている程で、天井屋根に穴がないのが幸いと言えた。
炉や竈に出来そうなものはなく、暖を取ろうにも、朽ちたこの家で火など起こせば、火の粉ひとつで燃え上がりそうだったので辞めた。
暗くなってから気温が低くなっていて、暖は欲しかったが、焼け出されては元も子もない。
雨風の直撃を凌げるだけマシだと思おう、とスコールとウォーリアの意見は一致した。

手荷物にあった携帯食で簡素な食事を済ませた後は、直ぐに休むことにした。
歪での戦闘から、こんな場所へ飛ばされて、歩き詰めで疲れている。
建物の中ではあるが、念の為に見張りがいた方が良いとなって、一人ずつ眠る。

「君が先に休むと良い」とウォーリアが言ったのを、以前のスコールならば口の中で反発の三つや四つはあったのだろうが、今はそれもなくなって久しい。
二人の関係が“仲間”と言う枠組みに収まらなくなった頃から、スコールのウォーリアに対する態度は、分かりやすく軟化していた。
それでも時に渋面が出てしまうのは、節々にあるウォーリアからの子供扱いめいた言葉と、同時に感じられる、「君を大事にしたい」と言うあけすけな気持ちが見えるからだ。
要するに思春期の複雑な心境と言うものだが、それはウォーリアには関係のない話である。
今回については、疲れていたことも含めて、先に見張りを引き受けると言うウォーリアの言葉は純粋に有難かった。

山小屋の中は隙間風が酷かったので、スコールはなるべく体の熱を逃がさないよう、丸くなって眠った。
疲労感のお陰か、睡魔は程なくやってきて、スコールは夢も見ないほど深く眠る。

それから、二時間程度は経っただろうか。
寝入りから当分は深く落ちていたスコールだったが、睡眠の波が浅瀬に上がってきた頃に、がたがたと煩い音が耳についた。
重みのある瞼をどうにか開けると、視界は暗く、朝はまだ当分先だと悟る。
そんな時分に睡眠を邪魔してくれたのは、この小さな空間を保ってくれる、建物そのものが鳴らす音だ。


(……風……強くなったのか……)


山小屋には、明り取りの為か、小さな跳ね板窓がついている。
しかし冷えた空気を取り込むばかりの其処は、閉じたままにしていた。
それがばたんばたんと勝手に開け閉めを繰り返しているものだから、煩いことこの上ない。

スコールは眉間に皺を寄せながら、もぞもぞと内側に閉じこもるように縮こまった。
肩口に引っかかるものを摘まんで、本能的に手繰り寄せる。
小さな世界の、そのまた小さな空間の中は、薄らとだが熱が籠って温かく感じられた。


(……ん?)


温かい、とは。
そんなものに身に覚えがないことを思い出して、スコールは片眉を潜めた。

暗がりの中を見詰めていると、徐々に暗闇に対して目が慣れて来る。
物置然とした山小屋の中の様子が微かに伺える程度になってから、何かを掴んでいる手元を見ると、少し埃っぽくなった布があった。
生成りに近い黄色の布は、毛布とするには少しごわついていて、手触りの良さよりも頑丈さが感じられる。
自分の持ち物ではないそれに、スコールは眠気のある目を擦りながら、寝転んだままでそろりと首を巡らせてみた。

横向きになっていたスコールの背中側に、唯一の同行者────ウォーリアが座っていた。
ウォーリアは着込んでいた筈の鎧を外し、その下に着ていた黒のインナー姿になっている。
細いがしっかりとした体躯がシルエットからも読み取れるその肩口から、無造作に伸ばされた銀糸がきらきらと光って見えた。

ウォーリアはじっと何処かを見詰めている。
何を見ているのかとスコールが首を伸ばして彼の視線の先を辿ってみると、山小屋の内と外を繋ぐ戸口があった。
物言わぬ戸口を見つめるウォーリアの瞳は、何処か冴えて冷たく、剣を握っている時に似ている。


「……ウォル……?」


どうした、とスコールが問う代わりに名前を呼ぶと、アイスブルーの瞳が此方を見た。
ちらと一瞬見遣るだけの視線だったが、その目が「静かに」と言っているように見えて、スコールは口を噤む。

それから数分。
ウォーリアはゆっくりと瞼を一度伏せた後、ふう、と一つ息を吐いてから、スコールへと視線を移した。


「起こしてしまったか」
「……いや」


起きたのはごく自然なことだった。
強いて言うなら、家鳴りが煩いのが原因で、ウォーリアが何かしたと言う訳ではない。
緩く首を横に振って否定したスコールに、ウォーリアはそうか、とだけ言った。

スコールがのろりと起き上がると、体を包んでいたマントが滑り落ちて、冷気が体に刺さってくる。
ぶるりと肩が震えたスコールだったが、寒さをあからさまにするのもプライドが擡げて、唇を噛んで堪えた。
手元のマントを、何食わぬ顔でウォーリアへと突き出し、


「……返す」
「いや、君が使うと良い。眠っている間、微かに震えていた。寒かったのだろう」
「……もう平気だ」


返す、とスコールはもう一度マントを突き出したが、ウォーリアは柔い瞳で此方を見ている。
受け取る気がないのが読み取れて、スコールの唇が尖った。

持ち主ががんとして受け取ろうとしないので、スコールは渋々顔でマントを手繰り寄せる。
使えと言うなら仕方がない、と言う表情で、マントでまた体を包みつつ、


「……外を気にしてたみたいだけど、何かあったのか」


山小屋のひとつしかない戸口をじっと睨んでいたウォーリア。
スコールが眠っている間に、ひょっとして何か、誰かやってきた気配でもしたのかと尋ねてみると、


「少し前に、獣が山小屋の周りをうろついていたのだ。狼のような、魔物かまでは判らなかったが……それが扉の前に屯していた」


腹を空かせた獣か魔物が、山小屋を取り囲んでいたのだと、ウォーリアは言う。
餌を求め、山小屋の中にその匂いを感じ取ったか、獣たちは扉を仕切りに引っ掻いていた。
しかし、朽ちかけの小屋ではあるものの、作りはそれなりにしっかりとしていたのか、幸いにも獣が障壁を突破できるほどに脆くはなっていなかったらしい。
その上、外は強風に加えて雨も降り出していた。


「雨が降り出した頃に、獣は去ったようだ」
「……まあ、これだけ降ってれば、大抵の生き物は引き籠るだろうな」


煩い跳ね板窓の向こうでは、ざあざあと大きな雨粒が降りしきり、開け閉めを繰り返す窓口の隙間から雨粒が入り込んでくる。
もしもこの建物の中に逃げ込んでいなければ、この大雨の中、濡れ鼠で凍える羽目になったかも知れない。
その悪天候ぶりを見て、色んな意味でこの山小屋が見付かって良かった、とスコールは思った。

冷え切った空気がスコールの頬を撫でて、マントの中で肩がぶるりと震えた。
布一枚のあるなしで肌に感じる寒さは大分違うが、とは言え、こんな環境では快適とは程遠い。
せめて火が起こせたらと思うが、やはり火気はこの建物には危ないだろう。
他に何かないか、とスコールは視線を巡らせるが、柄の折れた鍬や、蔓で編んだロープなんてものは、燃料以外に使い道もなかった。
その手の手段が使えないとなれば、いよいよ熱を求める手段はない。

────其処まで考えてから、いや、とスコールは顔を上げた。


(……熱は……ある)


蒼灰色の視線の先には、一人の男がいる。
スコールは其処に行く事に、じんわりとした羞恥心を感じたが、さりとて熱の誘惑には抗えなかった。

肩を包むマントをずるずると引き摺りながら、スコールはウォーリアへと身を寄せる。
気配を感じてか、此方を見たウォーリアと目を合わせる前に、スコールは彼の胸へと飛び込むように体を突っ込んだ。
反射的だったのだろう、かかる重みを支えるように、スコールの肩にしっかりとした手が添えられた。


「スコール?」
「……」


どうした、と名を呼ぶ男に、スコールは返事をしなかった。
出来なかった、と言うのが正しい。
厚みのある胸板に鼻面を押し付けながら、自分が酷く子供っぽいことをしていることを自覚する。
自覚すると無性に恥ずかしさがこみあげて、すぐ間近にある筈の透明な瞳を見る事が出来なかった。

もぞもぞ、もぞもぞと身動ぎして、落ち着きの良い体勢を探す。
胸元でそんなことをされて鬱陶しいだろうに、ウォーリアは何も言わずに、スコールの好きにさせていた。
仲間に対する寛容さとはまた違う、“恋人”にのみ許される甘さを良いことに、スコールはウォーリアの体にぴったりと身を寄せて、猫のように丸まった。

一頻り体勢を試した後、スコールはウォーリアの腕の檻に収まる形で落ち着いた。
ふう、と一息吐いたスコールは、密着した熱量の高い体の感触に安堵する。


「大丈夫か、スコール」
「……ん」


ウォーリアは、見張りの邪魔になるだとか、見張りの交代を、と言ったことは言わなかった。
外はいよいよ雨煙が強くなり、雨音は時折、ごおおお、と重い音がするほどになっている。
こんな状態では、水棲の魔物だって獲物が取れないから棲み処で大人しくする他ないだろう。
獣を警戒しなくて良いなら、見張りの為に起きている必要もない────ウォーリアもそう思っているのか、彼は腕の中の恋人を抱き締めながら、双眸を柔く緩めていた。

その視線を旋毛のあたりに感じながら、スコールはふと、包まっているマントのことを思い出す。
このマントはそもそもウォーリアの持ち物であるから、こんな状態になっても自分が独り占めしていると言うのはどうなのか、と思った。
今更と言えば今更だが、引っかかってしまうと、スコールはそのままの状態ではいられなかった。

スコールは檻の中で自分の腕を動かして、体を包んでいたマントを解く。
広げたそれをウォーリアの背中へと回し開いて、彼の背中を外気から隠した。

スコールの意図を感じ取ったか、ウォーリアは微かに眉尻を下げて、


「私より、君が使うと良いと言っただろう」
「俺はあんたが布団だから良いんだ」


そう返したスコールに、ウォーリアの唇が苦笑するように薄く弧を映す。
心なしか、スコールの身体を包む腕に、優しく力が籠ったように感じられた。

スコールが少し頭を傾けて、ウォーリアの胸板に耳元を押し付ければ、ゆっくりとした鼓動が聞こえてくる。
規則正しいリズムのそれは、褥の中で聞いていると、スコールの安心を誘う。
此処は安全な場所だと、そう思う事が出来るのか、スコールを緩やかな眠りに誘うスイッチのようだった。

ついさっきまで眠っていたスコールだが、こうして恋人の暖に包まれていると、またうつらうつらと意識が揺蕩う。
そんなスコールの様子に気付いて、ウォーリアは背中にかけられたマントを寄せて、二人分の体を布地で包んだ。
本来一人分であるマントを無理に使っていることもあって、二人の体は縮こまるように、より密着し合っている。


「……ウォル……」
「ああ、眠ると良い」
「……あんたも、寝ろ」
「そうだな。君が眠ってから」


スコールは頬に、皮の厚い固い手が触れるのを感じた。
それが首筋までゆっくりと辿って行く感触があって、途端に閨の熱を思い出し、体が鼓動を逸らせていく。
こんな状況で、ウォーリアにそんな意図はないのだろうが、スコールにとっては条件反射のようなものだった。
とくとくと早くなる心臓が、すぐ其処ににいる男に伝わってくれるなと願う。

外の雨は、豪雨から大雨と言える程度になっていた。
風は止んだ様子はないが、風向きが変わったのか、跳ね板窓は静かになっている。
これならもう一度眠るくらいは出来そうだ、とスコールは思った。

スコールが少し頭を動かすと、ウォーリアの首筋に額が擦り付けられる。
あやすように頭を撫でられるのを感じながら、スコールは視界に映った細い銀糸を見つめていた。
暗闇の中にひらひらと光る銀色に、夢の中でも逢えることを願いながら、目を閉じた。




1月8日と言う事で。
ボロい山小屋で二人きりで過ごしている二人が見たいなとか思いまして。
ひょっとしたらこの後、もっと温まることをしたとかしてないとか。

[ラグスコ]誰の為の空白

  • 2025/01/03 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



新年を迎えたエスタの街は、何処も彼処も賑やかだった。

最先端の技術が、都市の隅々まで行き渡っている此処では、車のエンジン音を始めとした騒音の類と言うのも少ない。
ショッピングモールでも、レジカウンターには人がおらず、電子パネル越しの買い物が可能となっている為、飲食店の類でさえ、人の顔を見ないで購入することが可能だ。
その所為か、他国ならば人で溢れかえるような商店街でも、何処となく人の気配は少なく感じられるのが常であった。
娯楽の部類で言っても、機械、とりわけ電子機器の分野が幅広く発達している為、コンピューターゲームも普及しており、国内でオンライン系の遊戯コンテンツも充実している。
イントラネットが一般家庭の端から端まで行き届いているとあれば、その気になれば、人は一歩と外に出ることなく、あらゆる恩恵を享受することが出来るのだろう。

そんな科学都市エスタではあるが、それでも年始となると人出は多くなっていた。
嘗ての魔女の支配から脱却して以来、英雄ラグナを大統領と据えた治世のもと、エスタは十七年間の鎖国と言う事実と共に、平和な時間を過ごしていた。
まだ記憶に新しい、宇宙へと打ち出した魔女アデルの再臨を恐れながらも、国としての新たな基盤は、その間に着実に築かれていたと言って良い。
そんな風に過ごした時間があったからこそ、一年が終わり、新たに始まると言う日の喜びは、一入あるものだったのかも知れない。

だからか、年始のエスタと言うのは、一年の内で最も盛り上がると言っても良いかも知れない。
新年を迎えた祝祭の宴に、ショッピングモールでは大売り出しのセールが始まり、飲食店もこの日を祝う為の限定メニューが企画される。
この辺りは、他国でも規模の違いこそあれ同じものだが、国全体が沸き立つと言うのはエスタくらいではないだろうか。
更にエスタでは、最新のゲーム機器で遊べるゲームタイトルが続々と放出され、テレビも特別番組が全チャンネルで目白押しになる。

その特別番組の中でも、多くの人々が注目するのが、年を開けたその日の昼に放送される、大統領演説だと言うから、スコールは少し驚いた。

バラム生まれ───正確には違うのだが、そのあたりのことはおいて置いて───バラム育ちのスコールにとって、大統領と言う存在そのものが、少し理解の外にある。
海を隔てた隣国ガルバディアが大統領制の国なので、政治的な仕組みについては授業である程度学びはしたが、スコール自身は直にその影響の中で過ごしたことがないのだ。
何せ、バラムは特別な支配層を持たない小さな島国で、しいて言うならば、ドールに近い議会政治に当たるのかも知れないが、その程度だ。
大統領が年の初めに何を言うのか、そんなにも注目されるものなのか、と始めは首を傾げていた。

しかし、思い返せば、大統領と言うのは、人々が暮らす国を牽引する頭なのだ。
その頭は何をしようとしているのか、何処を見ているのかと言うのは、其処で暮らす人々にとって、生活に密接して重要なことなのだろう。
ガルバディアの大統領であった、故ビンザー・デリングも、その演説の場には万の人が詰めかけていた。
国がどうなろうとしているのか、どんな頭の下で自分たちが過ごさねばならないのか、と言うのは、決して軽んじてはならない。
それ程重要な、注目される場面であるからこそ、スコールたちSeeDも護衛任務としてその場に介する事になったのだ。

年始の大統領演説から、その後に続くニューイヤーパーティに、スコールは他十名のSeeDを連れて参列した。
無論、大統領の護衛を基本とし、及びに会場の現場警備の任務としてだ。
打ち合わせと現場の確認の為、年末からエスタに入ったスコールたちは、当然そのまま年明けを迎えている。
それを愚痴る者もいたとは思うが、スコールにとっては、任務の時期がいつであろうと、どうでも良いことだ。
年末か年始か、どちらかくらいゆっくりしたかった、と言う気持ちは判らないでもないが、文句を言って仕事がなくなる訳でもない。
増してやスコールの場合、指名されての派遣だった上、現場指揮まで任されていたので、拒否を示しても後退できる人員がいないのだから、どうしようもなかった。

長い鎖国を解いたエスタの、初めての一年の始まりは、概ね問題なく終わった。
国民が注目していた大統領の演説は、事前にキロスを始めとした執政官が作ったテキストを頼りに恙なく終わり、中継が切られる直前にラグナが足を攣っていた。
それから数時間の後、復帰したラグナは、エスタの各市長の陳情を直に聞く集会へ。
一晩が開けたら、今度は他国に向けた声明発信を行う。
エスタは未だ、他国から“未知の国”“嘗ての魔女支配の国”のイメージを持たれているから、これを払拭する為のアピールだ。
長らく全世界を覆っていた電波通信障害は、アデルの完全消滅によって終結した。
お陰で、ドールの電波塔を始め、エスタが提供した技術も駆使しての長距離通信が復活し、エスタは現在、これを利用して他国に対する各種のPR活動を行っている。
この為にエスタの大統領関係者は、エスタのテレビ局をひとつ、まるごと貸し切る形を取った為、ラグナはその日一日、このテレビ局で過ごした。
護衛であるスコールたちSeeDも此処に同行し、ラグナの顔を必要とする放送が全て終了するまで、缶詰で警護任務に臨んでいた。

そして明くる、年を明けての三日目────ようやくスコールたちの任務は終了となった。

一月三日のその日は、エスタ大統領ラグナ・レウァールの誕生日である。
これを理由に、彼の政務の類は全て止めて、丸一日を休養して貰うのが、執政官たちからの精一杯のプレゼントらしい。
ラグナが休日と言うことで、公の場に出る必要もなく、その場面での護衛が仕事であるSeeDもお役御免と言うことだ。
SeeDたちは朝一番にエアステーションで解散の号令を聞いてから、確保済みの飛空艇チケットを片手に、いそいそと帰路へと向かうっていった。

そんな中、スコールはひとり、エスタに残っている。

SeeDの皆の姿が見えなくなるまで、エアステーションのロビーでぼんやりと時間を潰した後、ようやく腰を上げる。
ガンブレードケースと少ない荷物を片手に向かうのは、ステーション外の駐車場だった。
広大な駐車場で、各所に目印に立てられている番号の看板を頼りに行くと、


「おーい、スコール!こっちこっち」


通りの良い声に、聞こえた方へと首を巡らせれば、並ぶ車から手を振っている男がいる。
右手に持っているガンブレードケースを持ち直し、其方へ向かった。

スコールを迎えたのは、時のエスタ大統領ラグナ・レウァール本人だ。
いや、今日はすっかり仕事を取り上げているから、ただのラグナ・レウァールだろうか。
と言った所で、彼の肩書までも消える訳ではないので、スコールは呆れた表情で溜息を漏らす。


「あんた、国のトップがひとりでウロウロするなよ」
「大丈夫、大丈夫。今日は俺、休みだし」
「……」


暢気すぎる───いや、この国の治安が安定している証拠なのか。
腑に落ちないものを感じながら、スコールはそう言う事にしておこうと思った。

ラグナは寄り掛かっていたメタリックブルーの車の助手席を開ける。
此処に乗れ、と言うのを言葉なく感じ取りつつ、スコールはまずは後部座席を開けさせて貰う。
シートの上にガンブレードケースと荷物を下ろしてから、助手席へと乗り込むと、すぐにドアが閉じた。
シートベルトをしている間に、ラグナが運転席に乗り込んで、カードキーで車のエンジンを入れる。

車が音もなく滑り出し、凹凸のないつるりとした道路へ出た。
少しずつ速度を上げて行く車の、振動の代わりの浮遊感に、スコールはまだ慣れていない。
もっと言うと、運転席にラグナがいて、自分が助手席にいると言うのも、任務ならばあってはならない構図であるので、非常に落ち着かない気分だ。

しかし、ハンドルを握るラグナはと言うと、


「へへ。嬉しいなあ」
「……なんだよ、急に」


すっかり緩んだ顔で言ったラグナに、スコールは眉根を寄せる。
窓に頬杖をついて、鏡越しにラグナを見たスコールに、ラグナもちらと視線を寄越して、


「ダメ元で言ってみるもんだなと思ってさ」
「……別に、あんたに言われたからじゃない」
「でも休み取ってくれただろ」
「元々休みだった。年末年始に任務が入った代わりに、キスティスが入れたんだ。俺だけじゃない、今回の任務に派遣した奴には全員だ」


特別なことじゃない、と言うスコールに、でもさ、とラグナは言った。


「帰っても良かったんだろ?バラムにさ」
「………」


唇を尖らせ、眉間の皺を三割増しに浮かせるスコールに、ラグナの唇が益々笑みを深める。

そう、帰っても良かったのだ。
年を跨いでの任務を終えて、バラムへ、或いは実家へと帰る他のSeeDたちと同じように。
キスティスが手間だったであろうに、派遣の時期を考えて、SeeDそれぞれの帰路先に合わせて用意すると言ったチケットを、スコールは断っている。
だから帰り様がないのだと言えばそうなのだが、では何故、断ったのか。
チケットがあったら帰らなきゃいけなくなるから、なんてことを、スコールが口に出来る訳もない。
況してや、最初から今日と言う日、帰る気がなかっただなんて言える程、スコールと言う人間は素直に出来てはいなかった。

年を開けて三日目が、ラグナの誕生日だと言うことを、スコールは一月前に知った。
セルフィ経由であったそれを、何気なく本人に確かめてみれば、その通りだと返ってきた。
その時に、ラグナの方から、ちょっとしたおねだりがあったのだ。
「誕生日に、出来る事なら、一緒に過ごしたいな」────と。
スケジュールの自由などあってないようなスコールにとって、確約が出来ない話は約束できない、と言う返事が精々だ。
だからその時は、期待なんて持つな、と言う話をして終わったのだが、年始の任務の内容が入って来てから、少々事情が変わってきた。
任務は年を跨ぎながら、予定通りなら二日に終わり、三日目には休みが取られている。
一泊二日、明日の昼にエスタを出発するだけの猶予が与えられた。
つまりは、ラグナのおねだりに応えられる時間が出来てしまったのだ。

それでも、選択肢はスコールの意思に預けられており、スコールはぎりぎりまでこの事を伝えなかった。
休みが入れられたとは言え、自分の立場では実際がどうなるかは直前まで判らなかった、と言うのもある。
しかしそれ以上に、「一緒にいられる」なんて伝えてしまったら、自分がそうなることを、そうすることを望んでいるのをラグナに伝えるようで、考えるだけで顔が沸騰しそうだった。

結局、スコールが今日のことを伝えたのは、年末にエスタ入りをした時のこと。
諸々の打ち合わせを終えて、ラグナとほんの一瞬、私的な会話を交わした隙の話だった。
その時点でも、緊急任務が入ればどうなるか判らない、と言うことは伝えたが、結果として、その心配は杞憂に終わっている。

滑りゆく景色を睨みながら、スコールの目元が胡乱に据わっている。
ラグナは気難しい年頃の少年の横顔に、こっそりと喉を揺らして笑いながら、ゆるゆるとハンドルを操作する。


「嬉しいよ。お前と一緒に過ごせるんだから」
「……」
「まあ、そうは言っても、何処に出掛けるって訳でもないと思うんだけど」


言いながらラグナがハンドルを切ると、車は幹線道路から下りて、住宅街へと入って行く。
いつの間にかスコールにとって見慣れた景色の行く先は、ラグナがエスタ大統領になってから用意された、彼の完全プライベートな私宅だろう。


「この時期だから、あちこち見て回っても良いんだけど。ショッピングモールも賑やかだし。でもお前、人が多い所は好きじゃないだろ?」


ラグナの言うことは確かだ。
しかし、とスコールは今日に限っては思う。


「別に、あんたの好きにしたら良いだろ。今日はあんたの……誕生日なんだから」


どうにもその単語そのものが擽ったい感じがして、スコールの声は微かに引っ掛かったが、それでも出すことは出来た。
出してしまえば、自分が何の為にエスタに留まったのかをありありと実感させられて、妙に耳の裏側が熱くなって来る。

そんなスコールを、ラグナはちらと横目に見て、赤らんだ耳元を見てくつりと笑う。


「じゃあやっぱり、家にいよう。外に出るの、勿体ないもんな」
「……」


ラグナの言葉に、スコールの目がじとりとラグナを見た。
賑やかしごとが好きな男が、新年を祝う空気もまだ冷めやらぬ中、家の中で過ごしている方が良いと言うのが判らない。
誕生日であると言う理由も含め、ラグナの好きな所に連れ回されると思っていた節もあっただけに、スコールは聊か拍子抜けした気分があった。

そんなスコールの胸中を知ってか知らずか、ラグナは横目に見る目を柔く細めて、言った。


「お前がいてくれるんだもん。家なら、遠慮なく二人っきりになれるだろ」


誕生日と言う唯一無二の日に、それを理由に帰る足を止めたスコール。
ねだられたから、頼まれたから、それも勿論、スコールの行動の理由にはあるのだろうが、それよりも最も深い部分を、ラグナは正確に理解している。

角をひとつふたつと曲がった先に、立派なセキュリティを備えたシャッター付きの門扉が見えて来る。
ラグナはその手前で一旦停止すると、ダッシュボードの上に置いていたリモコンで、シャッターを上げた。
するすると静かに車が門を潜り、車が完全に敷地内に入って止まり、またリモコンでシャッターが閉められる。
ラグナは運転席のドアにある車内操作のボタンで助手席のドアを開けると、胸ポケットに入れていた、玄関の鍵をスコールに差し出す。


「先、入っといてな」


車をガレージに置かなきゃいけないから、と言うラグナの手から、鍵が零れる。
スコールは反射的にそれを受け取って、その瞬間、今日と言う日に自分が此処から出る事は出来ないのだと言うことを、悟ったのだった。






ラグナ誕生日おめでとう!と言うことで。
スコール、丸一日かけてお祝いするくらいの時間が空けてあるんですってよ。どんな誕生日を過ごすんでしょうね。のんびりした後、しっぽりすると良いんじゃないかな!

Pagination

  • Newer
  • Older
  • Page
  • 1

Utility

Calendar

12 2025.01 02
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

Entry Search

Archive

Feed