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2026年01月

[ウォルスコ]世界と隠れて

  • 2026/01/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



旅行と言う言葉に特に心が躍るような性格ではないが、それでも、温泉と言うものに悪いものは思わない。
それが誰の目も気にせず、のんびりと堪能できるような環境が揃えられている所なら、寧ろ喜ばしい。
だが、それを得る為の努力をする所まで、スコールは意欲的ではなかった。

そもそも学生であるが故、金銭的な自由に限りがあるし、そうなると遠出と言うのも知れている。
電車に乗れば何処まででも行ける、なんて思える程、スコールは世の中に夢を見てはいなかった。
第一、電車と言うのは走るルートが決まっていて、其処から逸れた場所に行きたいのなら、何かしら手段を用意しなくてはならない。
駅から歩いていける範囲に目的のものがあるのなら良いが、存外、それが叶えられる場所と言うのは、大都会の真ん中で全ての施設が集約されているような場所くらいだ。

自身の財布事情に無理のない範囲で、行って堪能して戻って来れる小旅行などと言うのは、計画する段階で存外と面倒くさいのだ。
元が旅好きの性分であるなら、それを加味して計画する楽しさもあるのかも知れないが、生憎とスコールには無縁の話だ。
そんな手間暇をかけてわざわざ出掛けるくらいなら、家で静かに読書をしている方が良い。
スコールはそう言う考え方の人間だ。

しかし、それらの問題を一挙に解決してくれる手段があって、降って沸いた幸運で切符が渡されるのなら、一考の余地はある。

恋人であるウォーリアの自宅で過ごす、ある日のこと。
「君はあまり好むものではないかも知れないが」と前置きをした上で、ウォーリアはとある温泉旅館の宿泊チケットを見せた。
なんでも、近所の商店街の新年恒例の福引で当てたと言う。
宿泊と飲食をペアで無料にしてくれる、然程大きくはない商店街の福引にしては、中々に好待遇だ。
往復の徒は自分で確保しなくてはならないが、ウォーリアは通勤用に車を持っている。
場所は都心から少々離れており、公共交通もない場所だったが、車を出すならその問題は解決だ。
使える日付の期限だけが気になる所で、スコールの予定が合わねば諦めるしかなかったが、幸いにもそれは冬休みの終わりにギリギリで間に合ったのだった。

────そう言う訳で、スコールは今、ウォーリアが運転する車の助手席に乗っている。

山間を抜ける道路はうねうねとよく蛇行する。
景色は何処まで行っても山の緑、時々川、そして晴れた青空だ。
退屈と言えば退屈な光景だが、都会の喧しい環境で育ったスコールにしてみると、静かで心地良い。

ハンドルを握る恋人とは、それほど会話をしないのは常だ。
元々スコールは口が回る質ではないし、ウォーリアも寡黙である。
この沈黙に、何処かしらぎこちないものを感じていたのも、もう随分と昔の話になる。
今は、黙って静かに過ごしていられるのが気が楽で良い、と思っている。

山の中腹辺りから、続く道の勾配が緩やかになって行き、やがては視界が開けた。
雑木林の一画を切り開いた駐車場の先に、年季の入った趣のある建物が建っている。
時代劇で見るような、大きな土塀に囲まれた木造の建物。
多くはない荷物をそれぞれ持って、門扉の方へと向かって見ると、中居と思しき女性が「ようこそいらっしゃいました」と深々と頭を下げた。

中居に案内されて建物の中へと入ると、足元は毛足の短い絨毯が敷かれており、足音を吸収する。
フロントでウォーリアが宿泊の手続きをしている間、スコールはきょろきょろと辺りを見回していた。


(……随分、古い建物だ)


建物全体から漂う、何百年と続いて来た老舗の風格。
内装の折々に現代風の改修工事の痕跡はあるものの、建物の旧さが齎す空気は壊していない。
人の気配が其処此処にあるので、宿泊客は他にもいるのだろうが、気配は何処か遠かった。
これなら静かに過ごせそうだ、とスコールは胸を撫で下ろす。

手続きを終えたウォーリアに声を掛けられ、スコールはその後を追う。


「部屋は離れになるそうだ」
「……そうか」
「食事は運んでもらえるし、温泉も客室風呂がある。購買は本館の此処にしかないそうだ。必要なものがあるのなら、今のうちに見ておいた方が良いかと思うが、どうだろう」
「別に、大丈夫だろ。買うものなんて、精々土産くらいだ。帰りで良い」
「判った」


前を行く中居に案内されて、二人はフロント奥の戸口から外へ出た。
枯山水で整えられた中庭を通り過ぎると、その向こうの戸口から更に外へ。
小さな石垣に挟まれた小径を進むと、離れ離れに並んだ幾棟かの建物のうち、平屋作りの四つ目の所に案内された。


「此方がお客様のお部屋になります」
「ありがとう」


中居が玄関の戸を開け、どうぞ、と促す。
ウォーリアの謝辞を聞いて、スコールは小さく会釈だけをして、中に入った。

建物の中は、古式ゆかしい純和風の内装になっていた。
足下は畳で、微かに弾力のようなクッション性があると言うことは、今時風の素材のものではなく、本物の藺草を使った本畳なのだろうか。
元々は座布団で過ごすことが前提だったのだろうが、時代に合わせてか、部屋の中央の座卓には座椅子が添えられ、部屋の隅には背の低い椅子もある。

居間の奥にある襖を開けてみると、此方も畳敷きの広い部屋があった。
入って来た方向と反対の位置には障子戸があり、開けてみると、窓とその向こうには山が織りなす自然の景色が続いていた。
調度品の類が殆ど置いていないと言うことは───と床の間の横の襖を覗くと、其処は押し入れで、綺麗に畳まれた布団が収められている。
大方、此処が寝室になるのだろう。

スコールが探索をしている間に、ウォーリアは居間に腰を落ち着けていた。
戻って来たスコールを見て、その整った面に、微かに柔いものが浮かぶ。


「ゆっくりと過ごせそうか?」
「……悪くない」


スコールにとって、それが痛く好ましいと言う意味であることを、ウォーリアは理解している。
ならば良かった、とアイスブルーの瞳に、安堵に似たものが滲んだ。


「旅館の離れなんて初めて来た。風呂も温泉で、此処に引いてあるんだろう」
「そう言っていた。本館に大浴場があるそうだが、離れも各個で源泉が引いてある。室内風呂もあるが、露天も備えられている」
「贅沢だ。相当高いんじゃないのか」
「値段については、私は何とも。何せ貰ったようなものだから」
「ちょっとチケット見せてくれ」


今更ではあったが、スコールはウォーリアが持っている筈のチケットの詳細が気になった。
フロントで受付の時に提出したそれは、半券になっている。
残った部分に、この旅館の名前と外観の写真があるので、それを元に携帯で検索をかけてみた。


「……やっぱり。創業200年だぞ」


この国に古い温泉宿地と言うのは数多く、開いて長い宿も少なくないとは言うが、そうも長く続く宿と言うのはやはり限られる。
そして、大抵こうした所は、それなりに値の張るものであった。
そんな所にタダで泊まれるチケットなんて、商店街の福引としては随分と大盤振る舞いしたものだ。

途端にスコールは、なんだか酷く落ち着かない気分になった。
彼としては、ちょっと辺鄙な所にある温泉宿に出掛ける、程度の感覚だったのだ。
思いもがけず、贅沢な機会に恵まれてしまったことを自覚し、そわつく気持ちが湧き上がる。

しかし、スコールの前にいる恋人はと言えば、何処か満足そうな顔をしている。


「それだけ長く続いている旅館なら、色々と行き届いているのだろう。君と此処に来られて良かった」
「……そう、か……」
「離れならば周囲に人の気配も少ない。静かに過ごすことが出来るだろう」
「……まあ、そうだな」


ウォーリアは、何処までもスコールを満足させることを第一に考えているらしい。
都会から遠く離れた山の中にある温泉は、騒がしい事を嫌う少年にとって、良い保養になると考えていたのかも知れない。

実際、周囲はとても静かで、物音を立てているのは此処にいる二人だけだ。
あとは空調の音と、周囲を囲む山森で過ごしている野鳥の鳴き声くらいのもの。
離れの建物も、各棟が全く独立した距離を持っているお陰で、他の客の気配は全く感じられなかった。


(……それって、つまり……)


ふ、とスコールに、この環境を俯瞰図で見る感覚が浮かぶ。

山奥と言って差し支えない場所に構えられた、旅館の離れ。
隣室などと言うものは、壁向こうどころか、外空間の数十メートル先にあるくらいで、例えば其処に行くまでの道を誰かが歩いていたとしても、大して聞こえては来ないだろう。
昼日中の時分でさえこうも静かなのだから、夜ともなれば尚更だ。
夕食の時間になれば、中居が食事を運んで来るとは思うが、それも一時の事である。
まるで世界から切り離されたような場所だ。

そんな場所に、今日明日と、スコールは過ごすのだ───恋人と二人きりで。


「……!!」


ぶわ、とスコールの全身の血が沸騰した。
唐突に赤くなったと自覚のある顔を、ウォーリアの目が捉えて、ことりと首を傾げる。


「スコール?どうかしたのか」
「い、や……なん、でもない……っ」


心配そうに声をかけるウォーリアに、スコールは分かりやすく顔を反らしながら、なんとか言った。

しかし、言葉でそうは言っていても、思春期の少年の頭の中は目まぐるしい。
ウォーリアとは良い仲であるからして、この状況がスコールにとって、意識せざるを得ない環境なのは無理もなかった。
どくどくと早鐘を打つ心臓を、黙るように叱るものの、脳裏に浮かぶ情景がそれを受け付けなかった。
寧ろ、頭からそれを追い出そうとすればする程、反ってイメージは鮮明になってしまう。

座卓の向こうに座っていたウォーリアが、すくりと立ち上がるのを見て、は、とスコールは我に帰る。


(何を考えているんだ、俺は。ウォルは別に、そう言うつもりで此処に来たんじゃないだろう)


見た目からして堅物なウォーリアだ。
性格についても、真面目一辺倒に加えて、妙な所で朴念仁であった。
お陰でスコールは色々と振り回されることもあったし、頑なな彼の態度に耐えかねて、幼い子供のような我儘で彼を困らせた事もある。
それ位に擦れ違いが少なくなかった経験から、この温泉地への誘いについても、決して邪なものが彼の内にないことは、スコールの想像に難くなかった。

と、ぐるぐると頭を巡らせていると、すとん、と隣に座る気配。
見れば、勿論のこと、恋人の端正に整った顔が、すぐ其処にあった。


「────!」


どうやっても意識することを辞められない内に、至近距離で見てしまった恋人の顔。
彼はただ隣に座っているだけだが、それでも今のスコールにとって、その貌そのものが大層な刺激となるものであった。

息を詰まらせて顔を赤くするスコールだったが、ことはそれだけで終わらなかった。
知らず膝の上で握っていたスコールの手に、ウォーリアの手が重ねられる。
しっかりとした節のある、大人の手のひらの感触に、初心な心臓が飛び出さんばかりに跳ねる。


「……ウォ、ル?」
「ああ」


微かに震える舌で名前を呼べば、柔く緩んだ瞳が至近距離で優しく笑んで、返事をする。

───これは、良いのだろうか。
期待しても、良いのだろうか。
其処から先も望んでも良いのだろうか。

誰に問えば良いか判らないものを、スコールは音にすることは出来ない。
ただ、ゆっくりと近くなって行く瞳を見詰める内に、意を決するようにスコールは口を噤んだ。





1月8日と言うことで、ウォルスコ!
なんだか温泉でしっぽりして欲しいなと思ったので。
温泉らしいシーンは全くないですが、この後ゆっくり過ごしたり、スコールが意識しすぎたりするんだと思う。
でもウォルの方も全くその気がない訳ではない、と良いなぁ。折角の二人きりなので。

[ラグスコ]共に過ごす時間の価値に

  • 2026/01/03 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



一国の大統領、それもクーデターを成功させた経緯を持つともなれば、それは民にとって英雄だ。
当人曰くは、あれよあれよと祀り上げられたと言うものだが、やるだけやって無責任に離れることも、舞い込んできた権力で横暴を振るう事もなく、粛々とエスタの再建と安定に労を費やした。
存外と真面目と言うか、義理堅いと言うか───何にせよ、お陰で科学大国エスタは平和だ。
長らくエスタが人知れず戦い続けた魔女アデルも屠られ、その連なりから未来から来た魔女も斃された。
そして17年ぶりに鎖国体制が解かれ、ほぼ一世代ぶりに、エスタは国際社会へと復帰することとなった。

長い鎖国の間、ラグナは決して強権を振りかざすことなく、民に寄り添っていたと言われている。
その言葉には、表裏含めて各所から思惑も入り混じることであろうが、ともかく、彼の築いた道は概ね善政と言って良いのだろう。
鎖国していた故に、その間の詳細と言うのはスコールの知る由ではない。
それでも、エスタの執政官に限らず、街の人々も、現大統領に対しての印象は好意的なものが多かった。
他に対抗馬となる者が出て来ない、或いは、それを必要としないくらいに、“ラグナ・レウァール大統領”と言う存在は、エスタの人々にとって慕うに値するものなのだ。

そんなラグナの誕生日ともなれば、国を挙げての祭事にでもなりそうなものだが、実の所、当日のエスタと言うのは日常と然程変わりない。
ニューイヤーを越えて間もない内に訪れるその日を知っているのは、ラグナの旧知の人間と、クーデターの際にその中核を成した人物くらいのものらしい。

ラグナの公的プロフィールと言うのは、ごくごく簡素なものしか公表されていない。
エスタ国内のインターネットから大統領官邸のホームページにアクセスすれば、顔写真と共に、大統領に至るまでの経緯が簡潔にまとめられている。
後は、年齢と血液型が添えられている程度で、誕生日などのパーソナルな所は伏せられていた。
ラグナが敢えて言わないのか、周囲が意図して伏せているのかは、これもまたスコールの知る所ではなかった。




諸外国との例に漏れず、一年の始まりとなれば、大統領と言う立場を持つ者もそれなりに忙しい。
エスタ国民と、諸外国と、それぞれに向けたスピーチが衛星電波を使った生放送で行われ、広いエスタの街の各所から訪れた地区代表とも面会を行う。
一年の最初の太陽が顔を出し切る前に始まったラグナの政務は、太陽が二回沈むまで間断なく続いた。
大統領官邸は沢山の執政官が右へ左へと駆け回り、ラグナも次はこっちへ、次はあっちへ、と移動が続く。
その傍らには、エスタのニューイヤーセレモニーに際して警備の派遣を請け負った、スコールを始めとしたSeeDの面々の姿もあった。

二日間の怒涛のスケジュールを終えて、ラグナの政務が終わる。
それに合わせて、彼の身辺警護を請け負っていたSeeDも、任務終了となった。
大統領官邸の中が、セレモニーの跡片付けと、明日以降の準備をしているのを横目に、SeeDは解散する。
年始から任務に就いたSeeD達は、この解散を持って休息が宛がわれ、余程の緊急任務でも発生しない限りは、帰省するもエスタで遊楽するも自由だ。
それは指揮官であるスコールも同様で、立場上、バラムガーデンとの通信を行う端末は手放せないものの、短いながら休暇を与えられたのだった。

そんな訳で、スコールはエスタ国内の閑静な住宅街に据えられた、ラグナの私邸に来ている。
昨日、政務が終わったラグナから「明日休みになるんなら、うちで過ごさないか?」と誘われて、疲れもあってエアステーションに向かう気もせず、甘える形で泊まる事にしたのだ。
寝て起きたら帰ろう、と言うつもりもあったが────


「お、起きたな。朝飯できてるぞ~」


朝起きてみると、ラグナが朝食を作ってスコールの起床を待っていた。

ミルクから温かな湯気が立ち上っているのを見たスコールは、ラグナの促す声に誘われる形で、食卓の席に着く。
皿の上には目玉焼きとソーセージ、サラダとパンが並べられ、その横にシリアルヨーグルトが添えられている。
年始からの仕事となる為、年明け前にエスタに入国し、そのまま警備の打ち合わせと準備に入ったスコールだから、こうした食事らしい食事が並んだのを見るのは、三日ぶりになる。
それをじっと見つめていると、向かい合って座ったラグナが先に「いただきまーす」と言ってパンを千切った。


「うん、美味い」
「……頂きます」


もぐもぐとパンを食べるラグナを見て、スコールもようやくフォークを手に取った。
瑞々しいレタスの葉を口に運べば、しゃきしゃきと良い歯応えがする。

スコールは暖かいミルクを口に運んで、体内が温もるのを感じながら、ああ、と気付く。


(……別に、急いで帰らなくても良いのか……)


休みは今日を含めて二日分。
エスタからバラムまでは遠いが、エスタ開国後に運航が始まった飛空艇が、エスタとF.H.を繋いでいる。
そしてF.H.からはバラム行の船が定期便として運航開始した為、半日弱の時間があれば、バラムに帰ることが出来るのだ。

とは言え、任務もないのにエスタにいても、スコールにはやる事がない。
暇な時間に観光でも、とアクティブになるのも、彼の性格上、少々腰の重いことであった。

やっぱり昼くらいには帰るか───と、そう考えていた時。


「な、スコール。今日ってヒマか?」


ソーセージを齧りながら言ったラグナに、スコールは「まあ……」と答える。


「何か連絡でもない限りは、特には何も」
「何処か行く予定があるとかは」
「特にない」
「じゃあ、今日一日は空いてるんだな」


ラグナの言葉に、スコールは頷く。
するとラグナは、「じゃあさ」と言って、


「今日は一日、俺に付き合って貰って良いか?今日は俺、一日まるっと休みだからさ」
「……休みなのか」
「うん。俺、今日が誕生日だから。毎年この日は、キロスたちが休めるように調整してくれてるんだ」


食後のコーヒーを淹れようと席を立ちながら、ラグナは言った。
その中に、初めて聞く事実を聞いて、スコールは微かに目を瞠る。


「誕生日?あんたの?」
「ああ」


元々、エスタに来る以前から、既知の三人の間で、誰かの誕生日を祝うのは通例になっていたと言う。
軍属の頃なら、休暇を取り、街に飲みに繰り出すのが主だった。
エスタに来てからも、街の治安が落ち着いた頃からそうしていたが、ラグナの立場もあり、加齢もあり、外に出かける機会は減っていった。
代わりに誰かの自宅で祝杯するのが定着しているのだが、今年はラグナ以外の休みを取ることが出来なかった。
エスタが開国したことで、各機関に様々な調整と人員が必要になり、大統領側近の位置にいるキロスとウォードも、この手に加わる必要があったのだ。
ラグナの休みだけは、大統領官邸勤めの執政官には判っていた事だから確保できたと言う。
旧友たち曰く、「この休みを誕生祝と思ってくれ」とのこと。
だからラグナは、今日一日は───スコール同様、火急の報せでもない限り───のんびりと過ごすことが出来るのだ。

キッチンでコーヒー豆を挽いているラグナを見ながら、聞いてない、とスコールは思った。
それも当然なことで、二人の間で誕生日なんてものが話題になった事はない。
だからスコールもラグナも、お互いの誕生日と言うものを知らないのは無理もないことなのだが、


「………」


湧いて出て来た事実に、スコールは片眉を潜めた。
空になった皿の横に頬杖をついて、顰めた表情を浮かべているスコールに、両手にコーヒーカップを持ったラグナが気付く。


「どした?」
「いや……」


別に、と言いかけて、スコールは口を噤む。
そんなスコールの前に、煎れたてのコーヒーが置かれた。

スコールは香ばしい豆の薫りを漂わせるそれを見詰めながら、向かい側に座り直しているラグナに言った。


「……知らなかった」
「はは、そうだろうな。俺も言ってなかったし」
「……何も用意してない」
「用意?あー、誕生日プレゼントか。良いよ、そんな。お前、そう言う暇も早々ないだろうしさ」
「……」
「昨日一昨日の仕事でお前がこっちに来てたから、こうして顔合わせてられるけど、そうじゃなかったら顔見ることも出来なかったんだろうし」


ラグナの言うことは尤もだ。
エスタがバラムガーデンに警備の依頼を出し、その依頼にスコールの派遣が叶ったのも、偶々と言えばそうだ。
今日がラグナの誕生日であることを知っていたとしても、スコールに別の任務が入っていれば其方に行っただろうし、何もなければバラムで普通の年越し三日目を過ごしていたに違いない。
スコールは年末も任務であちこち行ったし、ラグナは政務の外遊で中々腰を落ち着けられない。
スコールがラグナへの誕生日プレゼントなんてものを用意する暇など、簡単に取る事も出来ない。


「お前はお仕事でこっちに来てくれたとこだけどさ。こうやって休みが取れたから、うちに泊まってくれたし。朝からお前の顔が見れたからさ、いいプレゼントだよ」


コーヒーを傾けながら言うラグナに、スコールはそれなら良いのだろうか、と微かに首を傾ける。
祝いをされる本人が、これで良いと言うのなら、そうなのかも知れない。
しかし、どうにも納得の行かない気分で、スコールは眉間の皺を深めたまま、コーヒーに口をつけた。

まるで渋いものを飲んでいるような顔をしているスコールに、ラグナがくつりと笑う。


「ま、そんな訳でさ。今日一日、俺がのんびり過ごすのに、お前も付き合ってくれたら嬉しいなって思ってさ」
「……そんな事で良いのか」
「そんなって事はないよ。こういうことって中々出来ないもんだろ?俺たちは」


ラグナの言う通り、彼もスコールも、忙しい日々を送っている。
たった一日の休みを取るのも難しいのだから、二人揃っての休みが重なる事など滅多にない。
仮に運良く休みが重なったとしても、エスタとバラムガーデンと言う、物理的距離で大きく隔たれた環境なのだ。
モニター越しに十分も話をすれば長い方、と言うことを思えば、直にこうして相対する時間に恵まれたのは、ラグナにとって十分誕生日プレゼントに等しいものだった。

しかしスコールの方はと言えば、どうにも腑に落ちないものがある。

知らなかったから何も用意することが出来なかった、と言うのは最早仕方のないことだが、かと言って、ただ此処にいるだけで十分とするのも聊か収まりが悪い。
それは単純にスコールの気持ちの問題だったのだが、誕生日と言えば特別な日なのだと言うことは、霞んだ記憶の向こうの経験が齎す感覚なのだろうか。
もう少し何か───と言う気持ちが萎れなくて、スコールの眉間の皺が解けなかった。


「………」
「イヤか?」


黙したままのスコールに、ラグナが眉尻を下げて苦笑して言う。
スコールは小さく首を横に振った。


「……そうは言ってない」
「そっか。じゃあ良かった。あ、でも本当に無理はしなくて良いんだぜ。別に俺に四六時中くっついてなくても大丈夫だし。お前も休みなんだからさ、好きに過ごせば良いぞ」
「それも、別に……」


好きにと言われても、特段、やりたいことがある訳でも───そう言いかけてから、スコールは一度口を噤む。
半端に途切れた台詞に、ラグナはスコールが考え事をしていることに気付いた。
手許のコーヒーカップをのんびりと傾け、スコールがもう一度口を開くのを待つこと、しばし。


「……あんた、街に出るのは良いのか?出ない方が良いのか」


ラグナは大統領としてエスタの人々に顔を知られている。
多くの国民からも慕われているから、誕生日なんて日に外出したら、出先であっと言う間に囲まれそうだ。
それが嫌なら外には出ない方が良いだろう、とスコールは思ったのだが、


「どっちでも良いぞ。何処か行くか?」
「……少し買い物がしたい。良いのがあるか判らないけど」
「じゃあショッピングモールだな。そうだ、ついでに昼飯も食って帰ろう。こう言う時だけの限定メニューを出してる店ってのもあるらしいんだ。行った事はないんだけどさ」


ラグナの言葉に、行った事がないのか、とスコールは意外な気持ちで呟いた。
それを聞き留めたラグナからは、今までは友人たちとうちで飲んでたから、と言う。

ラグナたちが異国の地で初めて年を越した時は、まだクーデターの予後が不安定だった。
年明けは勿論のこと、直ぐに迎えるラグナの誕生日も、堂々と祝える程の余裕もない。
様々な処理に追われる中、ほんの一瞬、貰った酒を注ぎ合って飲んだ。
その時の何とも言えない───けれども決して悪くない───一時が、その後も暗黙の了解のように続き、以来、三人の誕生日は旧友たちだけで静かに過ごすのが定着したのだと言う。

年に三回、それぞれの誕生日に行われるそんな時間は、居心地の良いものだった。
けれども、どうしてもそれに執着せねばならない程、三人ともこだわりを持っている訳ではない。
それぞれがそれぞれに、新しい過ごし方を迎える日が来れば、おのずとその日の過ごし方と言うのは変わっていくのだろう、と誰もが思っていた。
今年が丁度、その節目になったのだ。

食器を全て片付けると、早速、ショッピングモールへと出掛けることにした。
上着を羽織って玄関を出ると、冷たい空気が二人の頬を撫でる。


「じゃ、行くか。お前は買い物がしたいんだよな。何を買うんだ?」


ラグナの無邪気な問いに、スコールはしばし考えた後、「……さあな」と肩を竦める。
何が買いたいか───否、何を買えば良いのか、なんてことは、スコールにはまだ判らない。
目の前にいる、今日と言う日の主役が喜ぶようなものが何かなんて、予想もできないのだ。

取り合えず、何か見付かれば良いんだが、と思うスコールの横顔を、翠の瞳は柔い光を持って見つめていた。





1月3日、ラグナ誕生日おめでとう!と言うことで。

キロスとウォードが、ラグナの誕生日は休める時間は確保して、スコールが仕事明けで休みになると言う話をキャッチして、気を回したんだと思います。
ラグナは誕生日の朝をスコールと一緒に迎えて、嫌がられなかったら一日一緒にいれたら良いなーと言う気持ち。
プレゼントもスコールが無理に探す必要はないと思ってるんだけど、何かしなきゃ、と思ってるスコールの様子が可愛いなあと思っています。

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