[サイスコ]荷台に揺られて
サイファーにとっての任務と言うのは、半強制的なものである。
と言うのも、先達ての魔女戦争の経緯から、“戦犯”の肩書がついて回っているのだから仕方がない。
本来ならば投獄どころか処刑されても当然な所を、未成年であることを理由に、スコールを始めとした幼馴染の面々の尽力により、“更生期間”としての執行猶予をもぎ取った。
バラムガーデンは二十歳まで在籍することが可能で、サイファーも其処に籍を置いたまま───と言うより、学園長であるシドがその除籍に判を押していない───である。
そして何より、“魔女戦争の英雄”を擁した、“魔女戦争終結の立役者”たるバラムガーデンの意向を、周辺諸国も無視は出来なかった為、こうした措置となった。
このことについて、身内に甘いと思われるだろう、とサイファーは顔を顰めているのだが、とは言え、最終的には彼自身もその意向に従わざるを得なかった。
連れ戻される直前、最終的な意思決定として、スコールと派手にやりあった末、遺憾ながら先に膝をついたと言うことも加味して。
それからサイファーは、バラムガーデンに在籍している間に、SeeD資格を取得するか、相応の“罪滅ぼし”をすることを義務付けられている。
この為、折々にSeeDの派遣任務に従軍することを命じられるのだ。
これにより、サイファーの行いは社会奉仕活動として扱われ、一定の───その天井が幾らなのかは知らないが───ポイントを蓄積することで、最後に更生の是非を判断される。
そう言う条件で、スコールたちはサイファーをバラムガーデンに連れ帰ることを、主にガルバディアを筆頭として諸国に認めさせたのである。
現在、サイファーは監視付きの執行猶予中である。
その割に、存外と自由な生活を許されているのは、幼馴染の面々が総じて身内に甘いきらいがあるのは勿論だが、下手な拘束をした所で無意味かつ逆効果であると判っているからだろう。
閉じ込めれば反って蹴り開ける性分であると理解しているから、「何かあったら力付くで止める」と言う手段を前提として、好きにさせている状態だ。
流石に嘗ての風紀委員活動は許されなかったが、元よりサイファーはその気質でバラムガーデンの有名人である。
鎖に繋がれた状態の今でも、多くのガーデンの生徒にとっては当たらず触らずが無難な所なので、一応、無暗な衝突は避けられている。
そう言う訳で、立場の割りに自由なガーデン生活をしているサイファーだが、任務に関してはそうではない。
社会奉仕活動としてのポイントを稼がなくてはいけないので、基本的に拒否権がなかった。
サイファーがこのポイント稼ぎに躍起になる気はないのだが、これをきちんとクリアしないと、スコール達にとってはサイファーを連れ戻した意味がない。
指揮官直々に据えた目で「命令だ」と言われれば、サイファーは従うことしか許されなのだ。
「────だからって、よりによってこんな日に任務を入れるかよ」
悪路にゴトゴトと揺れる車の中で、サイファーは毒づかずにいられなかった。
剥き出しの鉄板で設えられた簡素な腰掛から響いて来る振動の鬱陶しいこと。
慣れた感触ではあるが、せめてもう少し福利厚生を考えて欲しい、と思うのは、決してサイファーだけの願いではない。
その向かい側で、同じく此方も簡素な腰掛に座っているのは、スコールだ。
蒼灰色は、苦々しい表情を浮かべるサイファーを見る事もなく、閉じ切った後部の扉を見ている。
眉間の皺がじわじわと深くなっているので、サイファーの不機嫌の言葉はしっかり聞こえているのだろう。
逃げ場のないこの環境で始まった愚痴を聞かされなければならない事に、面倒に思っているのが表情から見て取れた。
「……」
「何が悲しくて、こんな殺風景な所に閉じ込められなきゃならねえんだ」
「……」
「“戦犯”だって、日々真面目に過ごしてるんだぜ。少しは今日って日を堪能させてくれよ」
うんざりとした表情で、サイファーは組んだ足に頬杖をついて言う。
それをスコールは、胡乱な瞳を浮かべたまま、開かない後部扉を見詰めて聞いていた。
揺れる車は、現在、ガルバディア大陸のヘスペリデス平原を横断している。
人里からも離れたこの場所は、舗装された道路の類もない為、必然、悪路を行くしかなかった。
目的はこの平原を越えた先にある、ホールグローリー岬で出現観測された、月の魔物退治である。
“月の涙”によってこの星に降り立った魔物たちは、総じて原生生物よりも狂暴でしぶとく、危険である為、各地の軍隊や防衛機構で対処に当たっているが、それが届き切らない所も多々ある。
ホールグローリー岬も、最寄りのドールからも遠い事から、縮小傾向にあるドールの国軍では対処の手を伸ばすことが難しかった。
人里から離れているのは幸運だが、放っておけば生態系が崩れかねないこと、狂暴な月の魔物から逃げた他の生物が人里に近付いて来る危険性がある為、早期の解決をと望んだドール議会から、バラムガーデンに依頼が寄越された。
月の魔物が相手となれば、SeeDとしても出せる人材には限りがある。
都合が取れたのがまずサイファーで、次にその監視役としてスコールが同行することになった。
サイファーにしてみれば、半端に名も知らないSeeDを監視に宛がわれるよりは楽なことだが、今回、彼が不機嫌になっているのは、人選に関する所ではない。
「誕生日だってのに、色気もへったくれもねえ。折角色々と計画してたってのに」
サイファーの顰め面が解かれないのは、この為だ。
聖夜も近付く12月22日────今日はサイファーの誕生日だ。
無論、個人の誕生日に任務の割り振りが考慮される訳もないのだが、正SeeDならば其処を狙って休暇申請をすることが出来る。
しかし、基本的に監視付きの更生期間と言う状態のサイファーは、任務をつけたと言われれば、行かなくてはならない。
休暇申請なんてものを出せる立場でもないので、いつなりと出動しなくてはならない訳だ。
それはサイファーも判っているのだが、判っているから、目の前の男が考慮するべきだろうと思う。
SeeDの指揮官であり、サイファーの監視役であり、恋人である、スコールが。
じっと睨むサイファーに、スコールも言わんとするものを感じ取っていた。
スコールは胡乱な目をサイファーにちらと向けると、また後部扉へ視線を戻して、はあ、と溜息を吐く。
「依頼内容からして、魔物の特徴がエルノーイルと一致した。あいつは早目に対処しないと、後が厄介だ。緊急性の高い依頼だと判断したから、あんたに振った。空いていたから」
「空けてくれてるもんだと思ってたぜ。まさか当日の朝っぱらに撤回されるとは思わなかった」
「仕方がないだろ。あんたしか暇なのがいなかったんだ」
「暇じゃねえよ。やる事は山積みだったんだ」
苦々しく言うサイファーに、スコールはまた溜息を吐く。
「俺だって本当は出る予定なんかなかった。あんたのお陰で、こんな所まで来なきゃいけない」
言いながらスコールは、この車を運転しているSeeDも、ひょっとしたら休みだったのかも知れない、と思う。
体力の浪費を避ける為、運転係として出向する羽目になったSeeDにも、少なからず同情はある。
だが、任務は任務、派遣命令が出ればSeeDはそれに従わなくてはならない。
それは指揮官であるスコールも同じで、なんなら、人手不足と人材不足を埋める為、スコールの休みなど返上されるのが常である。
だからサイファーの苛立ちも理解はできるが、それでも仕事は仕事として熟さねばならないのだ。
恨むなら依頼人か、その依頼を出す原因となった魔物を恨め。
スコールはそう言って、何度目になるか、物言わぬ後部扉を睨む。
そしてサイファーも、この場でスコールにどんな愚痴や恨み小言を零したとて、意味がないことは判っている。
判っているが、それでもサイファーは言わずにいられなかった。
今日と言う日の為、着々と用意して来た何もかもが、すっかり吹き飛んでしまったのだから、憎まれ口も出ようと言うものだ。
「この調子だと、年末なんてモンもないんだろうな」
「……」
「苦労して取った予約だったのに。良い店なんだぜ。行った事ねえけど」
「……」
「バラムホテルの傍にある、洒落たレストランだ。景色が良いんだと。まあ、海なんて幾らでも見てるけどな」
確かに、バラム島で暮らす人々にとって、海は身近にあるものだ。
それでも、毎日何気なく見ている風景でも、洗練された洒落た店の中で腰を落ち着ければ、何か違う印象があるのかも知れない。
スコールからすれば、海は海だろ、と思うものだが、ロマンチストのサイファーには違うものなのだろう。
「……また時間が空いた時に予約したら良いだろ」
止まりそうにない愚痴に飽き飽きして、スコールはそう言った。
しかしサイファーは、判ってねえ、と苦虫を潰す。
「人気のレストランだ。早々予約が取れる訳じゃねえんだよ。オマケに、今日を過ぎりゃ、後はクリスマスシーズンだ。今更取れやしねえ」
「……そんなのもあったか」
確かに、クリスマスともなれば、洒落たレストランやホテルはとっくに埋まっているだろう。
特別な日を、特別な人と過ごせるように、誰もがその席を奪い合う。
スコール自身はそうした事にまったく無頓着だったが、世の中の人間は、存外と祝祭に敏感なのである。
そんなスコールの様子に、判ってたけどな、とサイファーは胡乱に目を細め、
「お前がそんな調子だから、俺が用意してやろうと思ったんだぜ」
「……頼んでない」
「そりゃそうだ。お前がムード作りを考える余裕なんて、ある訳ねえからな」
「……」
サイファーの言いように、それはそれで腹が立つ、とスコール思う。
反面、サイファーの言う通りであると、スコール自身も自覚していた。
唇を尖らせるスコールに、サイファーも多少は溜飲が下がって来たか、微かに口角を上げて、スコールの顔を見つめている。
スコールの方も、そんなサイファーを面倒な表情で見返して、
「……埋め合わせなら考えてやる」
「いつだ?」
「そんな事まで保証できるか」
お互いに、予定が幾らでもひっくり返る日々なのだ。
サイファーは勿論のこと、指揮官であるスコールも、休暇申請を出した所で、通るとは限らない。
通った所で、前日当日になって緊急任務が入るのも、然して珍しい話ではないのだから。
それでも、一応、スコールも考えていない訳ではないのだ。
“今日”と言う日の特別性と言うものを───その為に用意したものがあることも。
「……取り合えず、帰ったら」
「一晩はくれるのか?」
「……判ってるだろ」
それが精一杯の時間の譲歩であることを、スコールは眉間に深い皺を寄せて言った。
不機嫌な顔を作っているのに、頬が熱い気がして仕方がない。
出来るだけそれを悟られまいとした所で、目の前にいる男には、碌に効果もなかった。
サイファーは寄り掛かっていた背中を起こして、揺れる車の中で腰を上げた。
向かい合って座っていたスコールに近付いて、徐にスコールの前髪を撫で挙げる。
スコールは片目を細めながら、なんだよ、と言う表情でサイファーを見上げた。
「埋め合わせをくれるのは嬉しいけどよ。今日の分くらい、ちょっとは貰えるモンはないのか?」
「任務に出るのに、余計なものを持ってくる訳ないだろう」
「物じゃなくても、あるだろ?」
口角を上げるサイファーの言わんとしていることに、スコールは奥歯を噛んで睨む。
見下ろす翠の瞳には、赤らんだ顔をした少年が映っていた。
スコールは苦々しい表情を隠しもせず、そろりと右手を持ち上げた。
ちらと見遣る視線は、運転席の方に向けられていたが、其処は小窓があるものの、カーテンを綴じているので運転席が此方を覗くことはない。
それが開けられないように祈りながら、スコールはサイファーの頬に手を添えて、直ぐ其処にある厚みのある唇に、微かに触れるだけのキスをした。
「……誕生日」
「おう」
「……おめでとう」
「ああ」
揺れる車体の音に消え切らない程度の小さな声で囁けば、サイファーは満足そうに笑った。
スコールの額の傷に唇が落ちて、持ち上げていた前髪が戻される。
そのままサイファーは元の席に戻るかと思いきや、スコールの隣に落ち着いた。
距離の近さにスコールは眉根を寄せたが、振り払う程の理由もない。
はあ、と今日何度目かの溜息を吐いて、スコールは隣の恋人の好きにさせてやることにした。
サイファー誕生日おめでとう、と言うことでサイスコ。
何回に一回は書きたくなる、色気のない所で迎える誕生日のネタ。
車の中だし、移動中だし、運転席に人がいるしと言うことで、これ以上はお預け。
任務が終わって帰ったら、思う存分しっぽりしたら良いと思います。
任務帰りとお預けの後なので、中々お熱い夜になるんじゃないだろうか。そのままクリスマス迎えそう。