背中の重みが心地良い。
もう少しこのままでいたいと、思う位に。
スコールとバッツの二人で秩序の聖域を出発し、エルフ雪原でイミテーション退治をしていた。
ちらほらと出現するイミテーションの中に、少々厄介なレベルまで成長した物が在ったが、それの駆除も終わった。
しかし、騎士と道化のイミテーションを同時に相手取っていたスコールが足を負傷してしまった。
戦闘中は治療している間も惜しいと、気合と気力で殺していたダメージは、一段落ついた所で一気に襲い掛かって来た。
駆け回っている間に傷は悪化し、出血も少なくはない。
バッツが直ぐに回復させる事が出来れば良かったのだが、此方も幻想と英雄のイミテーションと同時に戦っていた為、魔力をすっかり使い果たした。
出血だけはなんとか止める事が出来たものの、スコールが自分の足で立って歩く程には至らない。
スコールの負傷、バッツの魔力も枯渇となれば、これ以上イミテーション退治は続けられない。
空はまだ夕焼けも見えていなかったが、今日はもう帰ろう、と言うバッツに、スコールも頷いた。
近辺のイミテーションは掃除する事が出来たので、帰路は比較的安全である。
とは言え、雪原を棲家にする魔物がいない訳ではないし、最も警戒すべきは、神出鬼没の混沌の軍勢だ。
帰路は出来るだけ早く進みたい────が、足を負傷したスコールには難しい。
そこで、バッツが「おれがおんぶするよ」と言い出した。
初めこそスコールは赤い顔で「断る!」と言っていたが、幾らも歩かぬ内に痛み出す足と、此処で意地を張ってもバッツの足を引っ張るだけと思い直してからは、バッツの背に甘える事にした。
雪原を抜けた先にあるテレポストーンへ向かうバッツの歩調は、のんびりとしている。
急いだ方が良いんじゃないのか、とスコールは思うのだが、バッツも疲労していない訳ではないのだ。
自力で歩けない自分が急かしても詮無い事で、大人しくバッツの背中で揺られている。
「おっ、ウサギ」
カサカサと音がした茂みの向こうを見て、バッツが言った。
見れば、確かにバッツの言う通り、茶色と白のまだら模様のウサギがいる。
「良い大きさだな。食ったら美味そう」
「…あんた、腹減ってるのか」
「もーペコペコ。だから魔力も中々回復しないんだよ、多分」
ウサギを見るなり、胃袋を鳴らしたバッツに、スコールは呆れた溜息を吐く。
昼にあれだけ食べた癖に、と聖域出発前の昼食時の光景を思い出すが、バッツの燃費の悪さは今に始まった事ではない。
何より、今のバッツは魔力が底を尽いているのだ。
ティナやルーネス、セシルにも見られる傾向であるが、魔力が尽きると空腹感を覚えるものらしい。
魔力が尽きると言う事は、魔力を当たり前に有する魔法使いにとって、スタミナエネルギーの枯渇と同等の意味を持つのだろう。
早い内に空腹を満たす事が出来れば、魔力の回復も早まるようだが、現状のバッツにそれは望めない。
腹減ったなあ、と言いながら、バッツは緩やかな坂道を上っている。
その言葉が聞こえたかのように、茂みの向こうにいたウサギが逃げ出したのを、スコールは見た。
お前を捕まえる気力もない、と見えなくなったウサギに呟いて、スコールは歩を進めるバッツに言った。
「…腹が減ってるなら、もう下ろせ。俺を背負ってるんじゃ余計に辛いだろ」
「おっ、スコールが心配してくれた。お陰で元気出たぜ」
「……ふざけてないで、さっさと下ろせ。もう足も痛くない」
「そんな訳ないだろ。あんなに血が出てたんだから」
下ろせ、と繰り返すスコールに、ダーメ、とバッツは言う。
スコールの両脚を抱えるバッツの腕は、しっかりと力が込められていて、離すつもりはないようだ。
スコールは唇を尖らせ、バッツの剥き出しの肩を抓って、下ろせ、と急かすが、バッツは痛がる様子も、足を止める事もない。
「もうちょっと魔力が回復したら、スコールにケアルかけるからさ。そしたらスコールも今より歩き易くなるだろ?」
「…だから、俺を背負っていたら、その魔力も回復が…」
「これ位、大した事ないって。スコールって軽いから」
「………」
自分が戦士としてはウェイトが軽い事は、スコールにとって喜ばしくない事だ。
しかし、こうして他人に背負われている状態では、重いよりは軽い方が良い事は確か。
拗ねた顔はしつつも、スコールは大人しくバッツに背負われている事を諦めて受け入れた。
辿り着いたテレポストーンにバッツが触れると、二人の視界が白く反転する。
一秒、二秒もすれば、次の瞬きの時には、辺りの風景はすっかり変わっていた。
茂る森の木々の向こうに、聖域の中央に位置する白銀の塔が見える。
バッツは、よいしょ、とスコールを背負い直すと、聖域に向かって歩き始めた。
ゆっくりと近付く聖域のシンボルに、スコールは、相変わらずのんびりと歩くバッツに声をかけた。
「…バッツ」
「んー?」
「……聖域に着く前には下ろせ」
なんで?」
「………」
この状況を見られたくないからだ、とスコールは唇を尖らせる。
負傷した情けない姿を見られるのも癪だし、バッツに背負われているのも、正直余り見られたくない。
スコールとバッツが付き合っている事は、秩序の戦士達の間では周知されているのだが、知られているからこそ、スコールは余計に今の状態に抵抗があった。
揶揄って来るような人間はいないとは思うが、ジタンやティーダは遠巻きにニヤニヤと此方を見ていたり、セシルやクラウドからは生温かい視線を送られるに違いない。
スコールはそれが嫌なのだ。
しかし、バッツはまだスコールを下ろす気はなかった。
いっそ自力で降りようか、と背中でもぞもぞと身動ぎするスコールには気付いているが、彼の足はまだ自由に動ける状態ではない。
止血しただけでどうにかなる傷ではなかったのだ。
スコールもそれが判っていない訳ではないだろうに、未だに彼は、こうして恋人と密着している事を他人に見られるのが苦手らしい。
案の定、もがくだけ無意味だったスコールは、はあ、と溜息を吐いて、バッツの背に体重を預ける。
バッツの項を、スコールの柔らかい髪がくすぐった。
「……バッツ」
「ん?」
「あんた、魔力はまだ……」
「うーん。イマイチ」
バッツの歩調はゆっくりとしており、散歩にも思えるものであった。
しかし、このまま歩いていれば、バッツがケアル一回分の魔力を回復させるよりも早く、聖域に着くだろう。
「もう帰ってから誰かにケアルして貰った方が良いかもな」
「……そうか」
「ティナもルーネスもセシルも、今日は聖域で待機だったっけ。皆、おれより魔法が上手いし、綺麗に治してくれるよ」
「……ああ」
彼等の丁寧な治癒魔法は、生傷の絶えない生活の中で、非常に重宝されている。
バッツも治癒魔法が使えるが、専門職には及ばない所はある、らしい。
(でも……)
スコールの視線が、すぐ目の前のバッツの頭から、抱えられている自分の足へと落ちる。
なけなしの魔力を使い切って止血を止めた傷には、破ったバッツのマントが包帯代わりに巻かれている。
聖域に着き、誰かに治療して貰う時には、この包帯は解かれる────それは何も構わないのだけれど、
(……あんたに、治して欲しかった───かも知れない)
治療魔法なんて、誰から受けても違いはない。
魔法を使う本人の腕に差はあっても、癒してくれるのなら、それで十分有難い事だ。
特にスコールは、自身の魔法は彼等に遠く及ばない事、使う為に一定のリスクを課せられる分、その有難みは一入強いものになる。
だから、誰が治療してくれるにしろ、相手に感謝の念を忘れる事は無い。
けれど、個人的な我儘が許されるのなら、バッツが良い、とスコールは思う。
何故と問われると非常に答えに窮してしまうのだが、“彼が良い”と望む自分がいる。
しかし、それを口に出せる程、スコールは自分が素直な人間ではないと自覚がある。
ひっそりと溜息を吐いて、スコールはバッツの肩に頭を乗せた。
バッツが歩く度に揺れるスコールの髪が、バッツの首をふわふわとくすぐる。
「スコール?」
心配そうに呼ぶ声が聞こえたが、スコールは顔を上げなかった。
足が痛いのかとバッツは問うが、やはりスコールは答えない。
そのまま黙っていると、寝ちゃったかな、とバッツが呟いたので、そう思って貰う事にした。
スコールを起こさないように慮ってか、バッツの歩調が更に遅くなる。
お陰でスコールへ伝わる揺れは小さくなり、揺り籠で揺られているような気分になった。
背負われている所を誰かに見られるのは嫌だったが、それも段々とどうでも良くなる。
ほんのりと草いきれの匂いがするバッツの肩に顔を埋めて、とろとろと目を閉じた。
自分を背負って歩く青年が、こっそりと遠回りしながら帰路を歩いている事を、スコールは知らない。
5月8日でバツスコ!
言えば良いのに、なスコールでした。
バッツもバッツで、傷を治す為には、早く聖域に着いた方が良いんだけど、そうしたらスコールを下ろさなきゃいけない、二人きりの時間も終わるので、ゆっくり帰ってたって言う。
リビングのテーブルで、子供と大人が一緒に折り紙を折っている。
参考にしている折り紙の本は、七年前に長男レオンの為に買ったものだ。
本に載っているのは少ない工程で簡単に折れるものから、複数の紙を使って組み合わせるものまで様々。
レオンは一つの事に熱中する傾向があったから、これを手に入れてからしばらくは、暇さえあれば折り紙をしていたものだった。
その後、長男が折り紙を卒業すると、次は妹のエルオーネが本を受け継いだのだが、彼女は外遊びやイタズラの方が楽しかったようで、余り折り紙に熱中する事はなかった。
そして今度は、末っ子スコールが本を受け継ぎ、此方は外遊びが苦手と言う事も相俟って、近頃はずっと折り紙をして遊んでいる。
五歳になった末っ子は、大人が思うよりも案外器用なのだが、かと言って余りに複雑な工程が出来る程、慣れてはいない。
几帳面な性格なので、作業が一つ進む度、本を見て手順を確認しているので、間違える事は少ないのだが、立体的な作業は難しいらしく、それを父に手伝って貰っている。
しかし、残念ながら父ラグナは、器用か不器用かと言われると、後者になる。
それでも息子の為にと頭を悩ませ、二人一緒に正しい折り方を模索し、ようやく完成させた花や鳥を見せ合っては笑顔を見せ合っている。
今日の父子は、鯉を折っていた。
印につけた折り目に合わせ、紙を折り、引っ繰り返し、半分を拡げて、そのまた半分を折る。
此処しばらく、すっかり折り紙に夢中になったお陰が、スコールの折り紙の腕はかなり上達した。
父の見本を真似て、小さな手で丁寧に折り進めている内、何度も登場する特殊な折り方も覚えたようで、スコールの方がラグナに「こうやるんだよ」と教えたりもしている。
ラグナはそれに対し、判っているよとは言わず、「そうか、そうやるのか」と感心して見せて、スコールは折り紙が上手になったなあ、と褒めてやった。
「んと……こっちに裏返しして、それから…」
「あ、この線だ。此処に合わせて折って」
「あっ、ズレちゃった。んん、キレイになんない…」
几帳面なのか真面目なのか、スコールは折り目から少しでも食み出たりすると、直ぐに折り直している。
揃えて隠れる筈の場所から、裏地の白が見えるのも我慢が出来ないようで、何度も何度もやり直していた。
そんな努力の甲斐あって、スコールの紙は細かなシワが端々に見えるものの、形は本の通りに綺麗なものが出来上がりつつある。
初めは、これは何の為に折ったのだろう、と思うような工程だったものが、最後に近付くに連れ、背鰭になり、胸鰭になりと、魚らしいパーツに整えられて行く。
段々と形が目標に近付いているのが判って、スコールの瞳が輝いていた。
あとちょっと、と最後の一折を終わらせると、赤色と蒼色の二匹の鯉がテーブルに浮かんだ。
「できたぁー!」
「出来たー!」
万歳をして喜ぶスコールに、ラグナも同じように喜ぶ。
スコールは二匹の鯉を手に持って、キッチンで夕飯の用意をしている母の下へ駆ける。
転んじゃうぞ~、と言いながら、ラグナがそれを追った。
「おかあさん、おかあさん。見て見て、おさかなさん!」
「あら。綺麗に折れたのねえ。こっちがスコールが折ったのかな」
「うん!」
少し草臥れた鯉を指差して言うレインに、スコールがこくこくと頷く。
どうしてわかるの、お母さんすごい、と目を輝かせるスコールに、レインはくすくすと笑った。
スコールが作る折り紙は、綺麗に折れるまで何度もやり直すので、細かい折り目が沢山ついている。
形を確認する為に、裏返したり表返したりと忙しないので、紙も段々と疲れてしまう事が多いのだ。
だから完成した時には、ピンと張っている筈の一辺が柔らかくなっている事も儘あった。
そしてラグナが作る折り紙はと言うと、色と色の隙間に白が見えていたり、折り間違いの後があちこちに残っていたり、膨らませる段階で失敗したのか、皺が寄っている所もある。
大人なので容量は良いものの、スコールのものに比べると、やや雑さが見えるので、レインにはどちらが誰に作られた物なのか、一目瞭然であった。
母にもっと褒めて欲しいのだろう、スコールは「見て見て」と言って鯉を差し出す。
レインは料理を作る手を止めて、スコールの手の中にいる魚を覗き込み、
「あら、スコール。このお魚さんに目はないの?」
「め?」
「お目めよ。お目めがないと、お魚さんは泳いだ時に壁にぶつかっちゃうわよ」
「おめめ!お父さん、おさかなさんのおめめ!」
レインの言葉にはっとなって、スコールはラグナの下へ駆け戻る。
お魚さんに目がない、と言う息子に、ラグナは大変だ!と言って、スコールを連れてテーブルへ戻る。
ラグナはスコールを椅子に座らせると、テーブル横のシェルフの上に置かれていたペンスタンドを取った。
「これでお魚さんに目を書いて上げよう」
「ぼくがやる、ぼくがやる」
「よぉしよし。よく見えるように、大きな目にしてやろうな」
「うん」
マジックペンの蓋を取って、スコールはきゅきゅっと魚の目を描いた。
それだけでは寂しいだろうと、ウロコも描こうと父が言えば、スコールは直ぐに魚の体に楔状の模様を描いて行く。
その間にラグナがキッチンへやって来て、「爪楊枝あるかな」と言った。
彼の考えを汲んで、レインが爪楊枝入れを差し出すと、ラグナは数本を貰って嬉しそうに息子の下へ戻る。
目と鱗を得た二匹の魚を、ラグナがセロハンテープを使って爪楊枝に貼ってやる。
父が何をしようとしているのか、まだ幼いスコールには判らないようで、きょとんとした蒼がラグナの手元を見詰めた。
作業を終えたラグナが爪楊枝の先を摘まんで持ち上げると、二匹の鯉が宙を泳ぐ。
「ほーらスコール。こいのぼりだぞぅ」
「……!」
ラグナの言葉にことんと首を傾げたスコールだったが、直ぐに保育園で見た大きな鯉のぼりの事を思い出したようだ。
きらきらと蒼灰色の瞳が輝いて、嬉しそうにラグナの手から小さな鯉のぼりを受け取る。
「こいのぼり!」
「そう。スコールが作った、スコールだけの鯉のぼりだぞ」
「ぼくのこいのぼり!」
両手で鯉のぼりをぎゅっと握りしめ、嬉しそうに足をぱたぱたと弾ませるスコール。
可愛いなあ、とラグナが呟いて、ふわふわとしたチョコレート色の髪を撫でる。
ガチャン、と玄関から音がしたのを聞き止めたのは、レインだ。
まな板の上の刻んだ野菜を鍋に入れて、エプロンで手を拭きながら玄関を見に行くと、塾帰りのレオンと、遊びに行っていたエルオーネが帰って来た所だった。
「お帰り、レオン、エル」
「ただいま、母さん」
「ただいま!」
「もう直ぐご飯だから、手を洗って良い子にしてなさいね」
「はーい」
靴を脱いだ二人は、揃って洗面所へ向かう。
レインがキッチンに戻り、鍋の火が沸騰し始めたタイミングで、二人はリビングへと入った。
「ただいまー」
「おう、お帰り!」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おかえりなさい」
「スコール、何してるの?」
「おりがみだよ」
家族が帰宅し、リビングに集まれば、恒例の末っ子構い大会だ。
スコールはラグナの膝に抱かれて、鯉のぼりはテーブルに置き、新しく黄緑色の紙を折り始めている。
「何を作るの?」
「おさかなさん!」
「おさかな?」
「そうだ、お姉ちゃんにもこいのぼり作ってあげる」
良い事を思い付いたと、スコールは張り切って折り紙にしっかりと折跡をつける。
そんな弟の隣に座って、なんで鯉のぼり?とエルオーネが首を傾げていた。
またその傍らで、中学生のレオンは、今日が子供の日である事を思い出していた。
一度完成させた事が自信に繋がっているようで、スコールは楽しそうに折り紙を折っている。
先程は工程を終える度に本の手順を確かめていたのだが、今は其処まで慎重ではない。
が、やはり間違いはしたくないようで、ちらちらと本を見ては、手元の折り紙を本の横に並べて確認している。
紙を筒状に膨らませる工程は、やはりまだスコールには難しいようで、ラグナが少しだけ手伝った。
弟が一心不乱に折り紙に集中しているのを見て、10歳のエルオーネも気持ちが誘われたらしい。
うずうずとした表情で折り紙の束を見ていると、それに気付いたラグナが、山の中から可愛らしいピンク色の折り紙を取った。
「エルも何か折って見てくれよ」
「うーんと……じゃあ、お花にしよっと。えーっと、確か…」
「お姉ちゃん、おてほん見ないで作れるの?すごいなぁ」
記憶を頼りに折り始めた事を、弟にきらきらとした眼差しで見詰められ、エルオーネは照れ臭そうに頬を赤らめる。
赤い顔を隠すように、エルオーネはスコールの視線から逃げながら、いそいそと作業を進めて行った。
ラグナはしばらくの間、一所懸命に奮闘するスコールと、恥ずかしそうに隠れて紙を折るエルオーネを眺めていたが、ふと向かい合う席で妹弟を眺めている兄に気付き、
「レオンもどうだ?折り紙なんて久しぶりだろ。結構楽しいぞ」
「いや、俺は――――、」
いつものように、俺は良いよ、と遠慮しようとしたレオンだったが、その言葉が途切れた。
おや、とラグナが首を傾げている間に、レオンは思い立ったように席を立ち、母のいるキッチンへ向かう。
キッチンから聞こえる母子の会話に、どうやら兄は兄で何か思いついたようだ、とラグナは察した。
スコールが二匹の鯉を作っている間に、エルオーネは色々な花を折った。
家にいる時は、外遊びをしたがって余り折り紙に熱中しなかった彼女だが、保育園や学校では友達と一緒によく遊んだらしい。
記憶を頼りに折った花は一種類ではなく、途中で此処をこうすればこっちに、と思い出し、一輪、二輪とテーブルに色取り取りの花が咲く。
スコールが作った二匹の鯉は、黄緑色と水色の鯉だ。
これらにもマジックペンで目と鱗を描き、ラグナに教わりながら、スコールの手で爪楊枝に貼った。
「はい、お姉ちゃん。こいのぼり!」
「ありがとう、スコール。スコールには、このお花をあげるね」
スコールから鯉のぼりを受け取ったエルオーネは、完成したばかりの朝顔を渡す。
色付の表と、裏地の白を上手く組み合わせて折られた朝顔は、本物そっくりの出来栄えだ。
スコールは姉から貰った朝顔に、きらきらと目を輝かせて、すごいすごいとはしゃぐ。
其処へ、キッチンで母と話をしていたレオンが戻って来た。
スコールはラグナの膝から降りて、レオンの下へ駆け寄り、エルオーネが折った朝顔を見せる。
「見て見て、お兄ちゃん。これね、お姉ちゃんにもらったんだよ」
「さすが、エルは上手だな。スコールの鯉のぼりは、上手く出来たか?」
「うん!」
レオンがエルオーネを見ると、彼女はスコールが作った鯉のぼりを見せた。
パステルカラーの二匹の鯉は、黄緑色の鯉が笑っており、水色の鯉は女の子のつもりなのか、睫毛が描かれている。
鱗は魚鱗ではなく、ハートマークを組み合わせており、姉に贈るものだと言う事を意識して作ったのが判った。
兄に褒められ、頭を撫でられて、スコールはくすぐったそうに笑う。
ぷくぷくとした丸い頬をほんのりと赤らめて、ぴょこぴょこと跳ねる姿は、全身で喜びを表現している。
そんな素直で愛らしい弟に、レオンは後ろ手に隠していたものを見せた。
「上手に折れたスコールには、格好いいカブトをプレゼントだ」
「かぶと?」
かぶとって何?と首を傾げるスコールだったが、レオンは気にせず、隠していたものをスコールの頭に乗せた。
重みのない、けれども確かに何かが頭に乗せられたのを感じて、スコールが頭の上に手を遣る。
その様子を見ていたエルオーネが、弟に負けんばかりに目を輝かせた。
「わあ、良いな、スコール。格好良い!」
「?」
頭の上をを自分で見る事が出来ないスコールは、自分が何を被っているのか判らない。
不思議な顔できょろきょろと兄と姉を見回す息子に、ラグナが携帯電話のカメラ機能を自撮りモードにして映して見せた。
液晶画面に映った自分を見て、ふわぁ、とスコールが感歎の声を漏らす。
頭の上に乗っているのは、大きな広告用紙を折って作られた、兜だった。
普通の折り紙で作っても、入り組んだ形や立体感で趣のある代物だが、ポスターサイズの広告用紙で作った分、大きさもあって迫力もある。
それも自分の頭に被れる程の大きさなのだから、幼いスコールには尚更驚きだろう。
テレビの時代劇や、アクションアニメのヒーローが身に付けているような兜を被っていると知って、スコールの目がきらきらと輝く。
「これ、お兄ちゃんが作ったの?」
「ああ。久しぶりだったから、ちょっと上手く出来なかったけど。ごめんな、スコール」
詫びるレオンに、スコールはふるふると首を横に振る。
振った表紙に頭の上で揺れる兜を落とさないように両手で押さえて、
「お兄ちゃん、すごい!ねえねえ、ぼくのカブト、にあう?」
「似合ってる。格好良いよ、スコール」
姉と兄に格好良いと褒められ、スコールは兎のようにぴょこぴょこと跳ねながら、子供達を見守る父に駆け寄り、
「お父さん、お父さん。ぼく、かっこいい?」
「すっごく格好良くて強そうだぞ、スコール!」
「ほんと?」
“強そう”も“格好良い”も、スコールは中々言われる事がない。
けれども、その言葉が父親や兄に当て嵌まる事は判っているから、スコールにはちょっととした憧れの言葉でもあった。
その言葉を向けられた事が嬉しくて、スコールは嬉しくて堪らない。
お母さんにも見せてくる、と言って、スコールは右手に朝顔を、左手でカブトを押さえながら、キッチンへ走る。
レインは近付く足音に、煮込んでいた鍋の火を消してから振り返った。
小さな頭に、大きなカブトと、朝顔の花。
やっぱり、格好良いより可愛いかな、とこっそりと思いつつ、レインは幼い末息子を抱き上げた。
子供の日と言う事で、折り紙を兜を被った子スコが浮かびました。
このレオンは、自分が小さい頃にラグナに同じものを作って貰ってる。
多分エルオーネも作って貰った事がある。
いっそ子供達皆で被れば良いと思います。そんで大人も被れば良い。可愛い。