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2016年08月
闇の力のお陰で、様々な世界に渡る事が出来る。
幼馴染の青年は、それを止めはしないものの、この力に深入りする事には顔を顰める。
だが、危険性も何もかも、自分で理解した上で、それでも必要だから使っているのだ。
出来るだけ早く、件の人物を見つけ出す為にも、クラウドは闇の力に頼る事は止められない。
“外の世界”には様々なものがある。
故郷が失われてから十数年の間住んでいた街は、朝や昼と言うものはなく、常夜の空に覆われていた。
他の世界には、決して夜が訪れない場所もあれば、常に太陽が昇ったままの世界もあるらしい。
万年雪に覆われた世界や、もっと深い夜と寄り添う街、更には朝と昼と夜が一ヵ所でくるくると変わる所もあったようだ。
この辺りは、闇の力とはもっと別の───言ってしまえば、あれが本来の方法になるのだろう───やり方で世界を渡り歩く少年から聞いた事だ。
そう言う世界を渡り歩く生活を送っているクラウドは、必然的に、日付感覚と言うものが曖昧になっている。
この世界に来て何日、と言う計算は出来ても、では故郷を経って何日経ったと問われると、答えられない。
世界事に一分が何秒と言う設定が変わる程ではないと思うが、夕焼けの街を発った後、辿り着いたのが朝空の街だったりと言うのは、よくある事だ。
計算をするだけ面倒になるので、考える事を止めたのは、随分前の事である。
それでも、そろそろ帰った方が良いかも知れない、と言う気持ちは湧く。
以前はそれも振り切って方々を歩き回っていたが、故郷が取り戻された今は、折々に顔を見せに行った方が良い、と言う意識は持つようになった。
その都度、復興の人手に狩り出されるのは閉口するが、代わりに美味い食事に在り付けるのだから、文句ばかりが出る事もない。
ついでに、恋人関係となった青年の所に転がり込めば、甘い(と言うには些か砂糖が足りない感は否めないが、お互いに良い年なのだから気にはしない)時間を過ごす事も出来る。
人恋しさに肌を求めるような性格ではなかったが、それらを思えば、定期的に故郷に帰るのも悪くないと思えた。
そんな調子で久しぶりに戻って来た故郷は、夜の時間を迎えていた。
しばらく見ない内に復興が進んだ街並みを、高い場所から見下ろして、凡その時間を図る。
最近は人が増えて来て、住居も整いつつあったが、明かりを灯している家は殆どなかった。
曇り空で月が見えない為、詳しい時間は判らないものの、人々が就寝している時間である事だけは把握する。
(レオンは────まだ起きてるな)
人々が寄り添うように密集している住宅地から、少し離れた場所に、ぽつりと浮かぶ明かり窓。
クラウドは高台から飛び降りて、屋根を飛び伝いに渡り、その家へと近付いた。
狭い通りを挟んだ反対側の家の上から、窓の向こうを覗いてみる。
簡素なアパートに一人暮らしをしている男は、ベッドに座って新聞を手に飲み物を傾けていた。
あのカップの中身がなくなれば、そのまま就寝するのだろう、彼の服装はラフなものになっている。
入るのなら今の内だな、とクラウドは屋根を蹴って飛んだ。
窓を覆う転落防止の小さな柵に足を乗せて着地すると、物音に気付いて、部屋の主────レオンが振り返る。
一枚ガラスの向こうで柵の上にしゃがんでいる金糸の男を見付けると、レオンは判り易く溜息を吐いて、窓の鍵に手を伸ばした。
カチャン、と鍵が外れて、クラウドが窓を開ける。
「ただいま」
「どうしてお前は其処から入って来るんだ」
「表に回るより手っ取り早いからな」
窓の下に置かれたベッドをジャンプで飛び越えて、クラウドはレオンの部屋へと上がり込んだ。
やれやれ、と溜息を吐きながら、レオンは新聞をベッドに置いて腰を上げる。
「もう少し早く帰って来ると思っていたんだが、当てが外れたな。帰らないのかと思った」
レオンはそう言いながら、カップのコーヒーを空にして、キッチンへ向かう。
クラウドは勝手知ったるリビングのソファに座って、「そうなのか?」と首を傾げた。
「俺が帰って来るのを待ってたのか」
「……まあな」
「珍しい。俺に逢いたかったのか」
「逢いたがってるのは俺じゃなくて、ユフィ達だな」
恋人の相変わらずドライな返答に、だろうな、とクラウドは肩を竦めた。
キッチンでカップを洗う音がする傍ら、レオンが訊ねる。
「クラウド。お前、夕飯は食べたのか」
「いいや。夕飯どころか、昼も食った覚えがない」
「ちゃんと食うものは食わないと、身長が伸びないぞ」
「……今更伸びるか」
「20過ぎても伸びる奴は伸びるそうだから、望みはあるんじゃないか?」
「おい。笑ってるだろう、あんた」
慰めのような台詞を言うレオンだったが、声が完全に笑っている。
揶揄っているのが明らかな年上の男に、人のコンプレックスを知ってる癖に、クラウドは顔を顰める。
「冗談だ。だが、食事は大事なエネルギーだぞ。ちゃんと食え」
「食いたいのは山々だが、忙しいからな」
「じゃあ、此処にいる間は好き嫌いせずに食えよ」
そう言って、レオンはキッチンからトレイに乗せた食事を持って来た。
テーブルに置かれた夕食の品は、基本的にバランスを重視しているレオンにしては珍しく、クラウドが好きな肉料理ばかりだ。
どれも確りと仕込みが必要な凝ったものばかりで、作り置きでもなければ、直ぐに出せるようなものでもない。
これは、とクラウドが目を丸くしている間に、レオンはまたキッチンへと引っ込んだ。
好物ばかりの夕飯の上に、まだ何か出てくるとは、いつになく豪華だ。
何か良い事でもあったのか、と思ったクラウドだったが、自分が家に入って来た時のレオンの反応はいつもと変わらないものであったし、特別機嫌が良いと言う訳でもなさそうだった。
珍しい事もあるものだ、と思っていると、電子レンジのタイマーの音が聞こえた。
今度は何だ、と待つクラウドの前に、温め直したグラタンが運ばれる。
「今日は随分豪勢な夕飯だったんだな。ソラでも来たか」
レオン一人では、先ず間違いなく、有り得ない料理のバリエーション。
誰かが遊びに来たとかなら納得が行く、と最初に浮かんだのは、この街を闇の力の手から取り戻してくれた少年だった。
元気で無邪気、きっと食べ盛りであろう彼がいたのなら、彼に甘いレオンが腕を振るうのも判る。
が、レオンは首を横に振り、
「ソラは来たが、直ぐに出て行ったからな。夕飯は一緒じゃなかった」
「…なら、なんでこんなに食い物が多いんだ?あんた一人じゃ食い切れないだろ」
他によく食べる者と言ったら、ユフィが筆頭であるが、彼女も此処までの量は食べ切れまい。
エアリスはそれ程量は食べないし、濃い肉料理よりも、野菜の方が好きだ。
シドは味の濃い炒め物等は好きだが、年になって来たのか、そればかり食べる事も出来ないようだ。
レオン自身はと言うと、成人男性としては少し小食な位で、六皿、七皿と増えて行く食事を、一人で食べられる訳もない。
他にレオンの家に来るような人間はいるだろうか。
首を傾げて考えていると、
「そんな事より、食べなくて良いのか。冷めるぞ」
「……食う」
折角のレオンの手料理だ。
温かい内に食べるのが一番良い、とクラウドは疑問を放って、フォークを手に取った。
真っ先にローストした肉に被り付いたクラウドに、レオンは「野菜も食えよ」とサラダの皿を寄せる。
今日は昼を完全に抜いて過ごしていた所為か、胃袋はすっかり空っぽだ。
空の胃に重いものを入れるのは感心されない事だろうが、クラウドは構わずに料理を平らげて行く。
味までクラウドの好みに合わせてあるので、益々不思議な気分になったが、美味いものはやはり美味いので、有難く頂く事にする。
パンをちぎって、グラタンのチーズを乗せて、口に運ぶ。
チーズの塩気がよく効いていて、これもクラウドの好みだ。
隅から隅まできっちりチーズを取って、パンも欠片も残さずに食べ切った。
「残す位に作ったつもりだったが、足りなかったか」
「いや、十分だ」
積み上げられた空の皿を片付けながら言うレオンに、クラウドは首を横に振る。
確かに、いつもの夕飯よりも遥かに多い量だったので、残る可能性もあっただろう。
が、今日のクラウドは昼食を食べていなかったお陰で、胃袋には収まるスペースしかなかったのだ。
食べ切った後になって、残しておけば明日も食えたのか、と少し勿体ない気分にもなったが、今更である。
美味いものを鱈腹食べられた事を感謝しながら、クラウドは膨らんだ腹を撫でた。
「クラウド。まだ残っているんだが、もう入らないか?」
「まだあるのか?」
「俺が作った訳じゃないが……ユフィとエアリスからな」
「……?」
あまり料理をしない女子二人が、一体何を、と首を傾げるクラウドの前に運ばれて来たのは、直径5センチ程の小さなケーキだった。
可愛らしい皿に乗せられたケーキは、オレンジのムースをベースにしており、デコレーションに輪切りのスライスオレンジが飾られている。
更にホワイトチョコのプレートが乗せられ、『Happy Birthday, Cloud!』の文字。
それを見てようやく、クラウドは今日と言う日を思い出した。
「……俺の誕生日か」
「なんだ、忘れていたのか?」
「忘れてたと言うか、日付感覚がなかった」
クラウドの言葉に、レオンは呆れた、と言う表情を浮かべながら、テーブルにケーキとデザートフォークを置く。
「あんた、俺の誕生日だから、あんなに俺の好物ばかり作ったのか」
「まあ、そんな所だ。ユフィ達にもねだられたし。折角の誕生日なんだから、って。お陰で、お前が帰って来なかったら、俺があれを食べなきゃならなかった」
帰って来てくれて良かった、と心の底から安堵したように、レオンが呟く。
とにかく料理の行方が心配になる所だった、とでも言いたげなレオンだったが、その貌が僅かに赤い事に、彼は気付いているだろうか。
年下の少女達にねだられたからとは言え、あんなにも気合を入れて作ってくれたのだと思うと、クラウドはなんとも面映ゆい気分になる。
が、それを表に出して喜べるほど、クラウドも無邪気ではない。
遅くなって悪かったな、とだけ返して、フォークをケーキに差す。
「そっちのケーキは、ユフィとエアリスから。二人で選んで買って来たんだそうだ。明日、ちゃんと礼を言えよ」
「そうする。……でも、なんで料理もケーキも、あんたの家にあるんだ。料理は判るが、ケーキは……」
ユフィとエアリスが買ったまでは良い。
その後、どうしてレオンの家の冷蔵庫に、このケーキが収められていいたのか────とクラウドが訊ねると、レオンはまた溜息を吐いて、
「お前がいつも真っ先に俺の家に来るからだろう。俺に渡しておけば、今日じゃなくとも、帰って来た時に渡せると」
「……そうか」
「そう言う事だ」
レオンの言葉に、クラウドは納得した。
確かに、寝床を求める意味もあり、恋人との睦言を期待する意味もあり、クラウドはこの世界に帰って来ると、大抵真っ先にレオンを探す。
朝や夜ならレオンの家、昼なら彼が常駐している事が多い城の地下、と言う具合だ。
ユフィ達もそれを判っているから、再建委員会の会議所となっているマーリンの家に置くより、レオンに渡して置くのが確実だと思ったのだろう。
オレンジのムースは、甘さの中にほんのりと酸味が効いていて、クラウドも気に入った。
エアリス達も復興作業で忙しいだろうに、戻って来るかも判らない自分の為に、わざわざ探してくれたのだろう。
レオンの言う通り、明日になったら、きちんと彼女達に礼を言いに行かなければ。
そう考えながらケーキを食べていると、レオンがまたキッチンに行き、程無く戻って来る。
「で、こっちはシドからだ。一応、上等のワインらしいな」
「ワインってのがまたシドらしくないな」
「確かにな。ビールよりは雰囲気があると思ったんだろう」
そう言って、レオンはワインボトルとグラスを置く。
グラスは二本並べられ、レオンの手にはオープナーが握られていた。
「あんたも飲むのか」
「なんだ。駄目か?」
「そう言う訳じゃないが、あんた、酒弱いだろう。明日大丈夫か?」
「明日は休ませて貰う事にした。お前が帰って来たら、どうせ起きれないだろうと思ったしな」
レオンの最後の一言が、酒の耐性とは関係ないものを指している事を、クラウドは直ぐに理解した。
ケーキフォークを噛んだまま、目を丸くしてまじまじと見る碧眼に、レオンはワインを開ける手を止めて口角を上げる。
「プレゼントが夕飯だけじゃ、足りないだろう?」
好物だけで埋め尽くされた、手の込んだ夕飯。
あれを見て、足りない、などと言った日には、ユフィから贅沢者と罵られるに違いない。
それでも、貰えると言うのなら、遠慮なく全部貰うべきだろう。
ワインを開ける恋人の、微かに赤い横顔を見ながら、帰って来て良かった、と思った。
クラウド誕生日おめでとう!と言う事でクラレオ。
うちのレオンは何かとクラウドに塩対応なので、偶には至れり尽くせりを。
次の日、起きれないレオンの代わりに、ちゃんと働きます。
二ヶ月前、アルバイトを始めるからしばらく逢えない、と言われた。
その時思ったのは、逢えなくなる事への寂しさよりも、あの過保護な父がよくアルバイトを許したものだ、と言う驚きだ。
クラウドの恋人であるスコールは、現役の高校生である。
学業が本分と言われる学生の鑑ではないが、彼の一日は殆ど勉強に費やされている事が多い。
こう言う言い方をすると、ガリ勉のような印象になるが、彼の勉強スタイルは非常に効率よく行われている為、自分で設定した一日のノルマをクリアすれば、残りの時間は学生らしくゲームや友人との遊びの時間に使っている。
そんな彼の父親は、息子に非常に甘く、その溺愛ぶりは近所でも評判であった。
勉強に関しては何も心配していないようだが、息子自身の事を非常に気にかけており、中学三年生まで門限が五時であった程だ。
高校生に上がって当分の間は、六時に延ばされたそうだが、今時の学生では碌に遊ぶ時間も作れないようなもので、高校に上がってスコールの交友関係が広がった事───クラウドとも恋人関係になった事───もあり、現在は八時まで延長されている。
そんな父親であるから、スコールがアルバイトをしたいと言っても、中々許しては貰えなかった。
元より、スコールの小遣いは非常に潤沢な数字で渡されており、スコールもそれを無駄遣いするような遊び方はしないので、遊ぶ金欲しさにアルバイトを申し出た事はない。
スコールとしては、余りに過保護な父への反発心もあり、自分の可能性を試してみたいと言う思春期特有の一種向う見ずな心の働きもあり、アルバイトをしてみたい、と言ったのだ。
その都度、父は息子の帰りが遅くなる事を仕切りに心配して反対していたのだが、高校二年生の春を過ぎて、ようやく許可が下りた……と言うよりも、許可をもぎ取ったとのこと。
アルバイトを始めると、途端に自由な時間が減る事は、苦学生だったクラウドもよく知っている。
現在は社会人であるクラウドも、金はあるが時間がない、と言う環境だ。
其処に来て、割と時間の自由の利く筈だった恋人がアルバイトを始めるとなると、必然的に逢瀬のタイミングは減る。
一応、クラウドの仕事の時間と、スコールのアルバイトの時間を擦り合わせ、逢える時間を作ってはいるが、アルバイトを始めた時期が時期であった事もあり、更にテスト期間まで重なって、週に一度でも逢えれば良い方、と言う状況になってしまった。
そうなる事はクラウドも直ぐに予想が出来たので、スコールがアルバイトを始める事には苦い表情を浮かべてしまったが、それも直ぐに飲み込んだ。
以前から過保護な父にアルバイトの件で衝突していた事を聞いていたクラウドは、スコールが念願叶った事を挫く気にはなれなかった。
スコールがアルバイトを始めたのは、5月の終わり。
クラスメイトのヴァンの紹介で、週に四回、駅前の大きな本屋で働き始め、要領の良い彼は直ぐに仕事を覚えた。
客対応はどうしても苦手なので、声をかけられると仏頂面が出てしまうが、頼まれた本を探したり、リストアップしたりと言う作業は早い。
二週間もする頃には、客対応の主な部分は人懐こいヴァンが引き受け、彼が苦手としていた本の整理や在庫の確認をメインに行うようになった。
そうしてスコールがアルバイトを始めてから二ヶ月────世間は夏休みへと突入した。
休みを謳歌する子供や学生とは裏腹に、そんな有難いものとは縁のない大人であるクラウドだが、恋人の休みが増えるとなれば、やはり気持ちも上を向く。
学生を夜の街に連れ出すのは気が引ける為、激減していた逢瀬の時間が増やせると思ったのだ。
しかし、クラウドの期待に反し、スコールと逢える時間が増える事はなかった。
休み前は、学校生活から放課後にアルバイト、と言うサイクルだったスコールの生活サイクルが、午前中は勉強、午後半日をアルバイト、と言うサイクルに変わったからだ。
おまけに週四日だったアルバイトの時間を、週五日に増やしている。
一週間の内、残りの二日にクラウドの休みが重なれば良かったのだが、クラウドの運が悪いのか、これも悉く当てが外れたのであった。
────そんな調子で、逢えそうで逢えない日々を過ごして、ようやく時間が取れた時の喜びと言ったら。
メールで「明日、あんたの家に行って良いか」と言う文章を受け取った時は、思わずガッツポーズをした程だ。
喜びのあまり、迎えに行こうか、と返信すると、「自分で行くから良い」と返された。
久しぶりに恋人をバイクに乗せて一緒に走りたかったのだが、そんな事はまたの機会でも十分だ。
待ってる、とメールを送ると、「二時頃に行く」と返事が着いた。
それから約十二時間、クラウドはそわそわとした気持ちで一人過ごしていた。
今日が仕事休みで本当に良かった、と心から思う。
(前にスコールが家に来たのは……二ヶ月前か。バイトを始める前だな)
元々、スコールがクラウドの家に来る事は少ない。
逢瀬の時間が基本的に彼の放課後に限定される事もあり、デートと言ったら、スコールを学校から家まで送り届ける時が殆どであった。
それも彼の友人に先約があったりするので、毎回クラウドを優先させる訳ではない。
クラウドは一物の寂しさはあったが、学生時代は自分も通った道であったし、今でもザックスに誘われて遊びに行く事はある。
友人関係は大事にするべきものだから、クラウドも───気持ちがないと言えば嘘であるが───独占欲は引っ込めていた。
クラウドの休みが土日と被れば、一日を共に過ごす事もあるが、その時はクラウドのバイクでツーリングしたり、街をぶらぶらと歩いたり、と言う具合だ。
スコールの家には過保護な父がいて、クラウドも彼の眼が気になるし、スコールはスコールで思春期特有のもので過干渉な父が鬱陶しく思えるらしい。
休日デートの後にクラウドの家に呼ぶ事も出来るが、やはり相手は学生だから、迂闊に外泊させる訳にも行かず。
そんな二人のデート生活を聞いたザックスは、「健全だなあ」と苦笑いしていたものだった。
それでも、ごく偶にではあるが、スコールがクラウドの家に泊まる事もある。
その日は決まって父が仕事で出張している時で、彼が家に一人で残っている時だった。
周りの目を気にしなくて良いので、スコールも遠慮なくクラウドの家に来れるのだろう。
(週一で掃除をして置いて良かった。汚い所にスコールを入れる訳にも行かないし)
スコールが家に来るようになってから、クラウドは出来るだけ部屋を綺麗に保っている。
毎日掃除をする程ではないが、ゴミを溜め込む事も減ったし、布団も定期的に日干ししていた。
早朝の内に、今日の分のゴミを捨て、少し掃除機をかければ、十分だ。
午前中の内にそれをさくさくと済ませた当たり、自分は浮かれているのだろうな、とクラウドは自己分析する。
現金な自分に呆れつつも、久しぶりに恋人と逢うのだから、これ位張り切るのは当然だろうとも思う。
クラウドはキッチン上の棚を開けて、ココアの粉を取り出した。
大人びた風貌の所為か、よく逆だと勘違いされるが、スコールは甘いものが好きだ。
このココアパウダーは、スコールの為にクラウドが常備するようになったものだった。
外は今日も暑いから、来たら直ぐに入れてやろうと、キッチン台にそれを出した所で、玄関の呼び鈴が鳴る。
「───よく来たな、スコール」
「……ん」
濃茶色の髪と蒼灰色の瞳。
薄手の長袖のシャツと、タイトなデニムジーンズと言うスタイルに、シンプルな黒の鞄を肩にかけて、久しぶりに来訪した恋人に、クラウドは頬が緩むのを抑えられなかった。
入るように促すと、きちんと「お邪魔します…」と言って、スコールが玄関を上がる。
「暑かっただろう。ココア飲むか?」
「……飲む」
シャツの隙間から覗くスコールの白い肌は、真っ赤になって汗の粒を浮かせている。
子供の頃から殆ど日焼けが出来ず、長時間日に当たると炎症を起こしてしまうので、後で冷やしたタオルを渡した方が良いだろう。
スコールがクーラーの効いているリビングに入った後、クラウドは早速ココアパウダーの袋を開けた。
グラスに粉を入れ、ポットから少量の湯で粉を溶かし切った後、牛乳を入れる。
白と茶色がすっかり混じってから、氷を入れて、マドラーで一掻き。
それから風呂場に行って、適当にタオルを捉まえ、水に浸してしっかりと搾った。
グラスとタオルを手にリビングに入ると、スコールはクーラーの冷風が当たる場所に座り込んでいる。
「スコール。ほら、タオル」
「……ありがとう」
「ココアも置いておくぞ」
タオルを手渡し、ローテーブルにココアのグラスを置く。
スコールは冷たいタオルに顔を押し付けて、噴き出す汗を抑えてから、赤くなった首や腕を冷やした。
少し清々しい顔になった所で、クラウドがタオルを受け取り、スコールはココアに手を伸ばす。
桜色の唇がグラスに触れ、カラン、と氷が音を鳴らした。
「ん……冷たい」
「俺も少し貰って良いか」
「ああ」
差し出されたグラスを受け取ったクラウドだったが、口は付けない。
ずい、と更に近付いて来たクラウドに、スコールがきょとんと目を丸くして、反射的に頭を逃がす。
クラウドは素早くスコールの後頭部に手を添えて、逃げ道を塞いで、唇をスコールのそれに押し当てた。
「んぅ……っ!?」
予想していなかったのだろう、スコールが零れんばかりに目を瞠った。
ばたばたと逃げようとするスコールだったが、クラウドの手は離れない。
クラウドはグラスをテーブルに置いて、空いた手でスコールの腰を抱き寄せた。
外を歩いて来た所為だろう、スコールの体は記憶にあるものよりも随分と熱い。
タオルで冷やしても、まだまだ内側の熱が冷めていないようだった。
それを宥めるように、逆に煽るように、クラウドの手がスコールの赤らんだ頬を撫でる。
ぞくりとしたものがスコールの背を走って、細い肩が震えたのが判った。
甘いココアの味を残す唇をじっくりと堪能して、クラウドはゆっくりとスコールを解放した。
はあっ、とスコールの濡れた唇から、艶を孕んだ呼吸が零れ、クラウドの体に血が集まる。
そんなクラウドを、蒼灰色がじろりと睨んだ。
「あんた、いきなりするの止めろ…っ!」
「…すまん。久しぶりだったから、つい、な」
夏の気温の所為だけではない火照りを、手で隠しながら睨むスコール。
恥ずかしがり屋な年下の恋人に、クラウドは愛しさを感じながら、悪かった、と詫びた。
スコールは拗ねた顔でココアを取って、ごくごくと飲んで行く。
赤くなった顔を誤魔化そうとしているのだろうが、単純な体温の上昇とは違う赤みは、中々引いてくれない。
いつもは少しずつ飲んで行くココアを、あっと言う間に半分まで消費するスコールを見て、少しがっつき過ぎたか、とクラウドは改めて反省した。
それから、いつもの確認事項について思い出す。
「それで、今日は何時までいられるんだ?」
来た傍から帰りの話は野暮とは思うが、クラウドはいつも忘れず聞くようにしていた。
家事が全く出来ない父に代わり、スコールも夕飯の準備をしなくてはならないので、そこそこの時間には家の近所までバイクで送るようにしているのだ。
が、スコールはグラスから口を放すと、クラウドを見ないまま、
「……今日は、帰らなくて良い」
スコールのその言葉を聞いて、今度はクラウドが目を瞠る。
帰らなくて良いと言う事は、クラウドの家に泊まると言う事。
クラウドは、赤い顔を隠すように目を逸らすスコールの横顔を、まじまじと見つめた。
「良いのか?ラグナは───」
「……出張。明後日まで帰らない」
「アルバイトも……」
「…昨日で終わった」
スコールの答えに、「終わった?」とクラウドは鸚鵡返しをした。
夏休みの真っ最中となれば、学生も今の内に稼いで置きたい所ではないだろうか。
店も殆どが書入れ時だし、本屋も夏休み中に色々なフェアを企画したり、特別編集の新刊や雑誌が発行されるので、人手は欲しい筈。
スコールのような有能なアルバイトなら、店側も是非続けて欲しい、と言いそうだ。
スコールも父の反対を押し切ってようやく漕ぎ着けたものであったし、職場の愚痴もあまり聞かなかった───逢える時間が少なかったのもあるが───ので、案外と水が合っていたのだろうと思っていただけに、すっぱりと「終わった」と言うスコールにクラウドは驚いた。
どうして、と言いたげに見詰める碧眼に、スコールは眉根を寄せたまま答える。
「元々、昨日までって話だった」
「そうだったのか?」
「ヴァンにもそのつもりで紹介して貰った。夏休みの間、ヘルプで呼ばれる事はあるかも知れないけど、毎日仕事に入るのは昨日までだ」
言いながら、スコールはローテーブルの横に置いていた鞄を手繰り寄せた。
お気に入りのブランドロゴが入った鞄を開け、中から取り出したものを、クラウドの前に差し出す。
「……これ、」
「……?」
「……あんたに」
差し出されたのは、四角の黒い小さな箱。
銀色の無地のリボンを結び付け、シンプルな飾り付けにしたその端に、『Happy Birthday』と印字された金縁のシール。
────そう言えば、そうだった。
今日が自分の誕生日である事を、クラウドは今初めて思い出した。
毎日のようにカレンダーや携帯電話の日付を見ていたのに、全く頭から抜け落ちていたようだ。
それから、箱の隅に記されたブランドロゴが、自分のお気に入りのアクセサリーブランドである事に気付く。
その店は、他のブランドアクセサリーに比べれば比較的優しい値段であるが、それでも学生が容易く買える値段とは違う。
次いで、スコールが二ヶ月前に始めたアルバイトを「昨日で止めた」と言う情報が繋がって、つまりそれは、とクラウドの頭の中で図式が組み上がって行く。
「……スコール、」
「……早く取れ」
余計な事を聞くな、と言わんばかりに、スコールは箱を突き付けて来た。
耳まで真っ赤になった顔を、明後日の方向へ向けて。
此処まで頑張っても、最後の最後で素直になれない恋人に、クラウドの頬が緩む。
緊張か、恥ずかしさがピークになったのか、微かに震える手を握って、クラウドは小さな箱を受け取った。
「開けても良いか」
「……ん」
相変わらず此方を見ないまま、スコールは頷いた。
リボンを解いて箱の蓋を開けると、狼の牙をモチーフにしたピアスが収められている。
牙の根本には蒼色の小さな石が埋め込まれており、光に反射してきらきらと光っている。
二人でアクセサリーの雑誌を見ていた時、良いな、とクラウドが呟いたものだった。
あの時、クラウドは独り言で呟いただけだったが、スコールはそれを覚えていたのだろう。
このブランドの直営店は、クラウドの家から最寄にある駅ビルに入っている。
だからスコールは、迎えに行くと言うクラウドの申し出を断り、自分で歩いて行くと言ったのだろう。
昨日終えたばかり、そしてきっと手に入れたばかりであろうアルバイト代を手に、ショップに立ち寄ってピアスを買い、その足でクラウドの下へ来てくれたのだ。
「ありがとう、スコール。大事にする」
「………うん」
クラウドの言葉に、スコールはもう一度、小さく頷いた。
自分の顔が赤い事に自覚があるのか、彼は決して此方を見ようとはしない。
髪の隙間から赤い耳が覗いているし、首まで赤いので、結局は何もかも見られているのだが。
そんな恋人の姿も可愛らしかったが、やはりこっちを見て欲しい。
クラウドはピアスの箱に蓋をして、ローテーブルに置き、そっぽを向いているスコールの頭を撫でた。
びくっ、と大袈裟な反応を見せる少年に笑みを殺しながら、肩を抱いて振り向かせる。
スコールは振り向く事には抵抗しなかったが、クラウドの顔が見られないようで、真っ赤な顔を斜め下へと向けていた。
「スコール」
「……」
「折角だから、もう一つ欲しいものがあるんだが、良いか?」
囁く声に、スコールの顔が益々赤くなって行く。
なんで聞くんだ、と言わんばかりに蒼灰色が睨んだが、クラウドは笑みを浮かべてそれを受け止めるのみ。
スコールは右へ左へ視線を泳がせた後、ぎゅうっと目を閉じた。
恥ずかしさを精一杯堪える顔で、目を閉じて顔を上向かせるスコール。
差し出された唇に、クラウドはそっと自分の唇を重ねたのだった。
クラウド誕生日おめでとう!
スコールが自分でお金を溜めて、自分で用意したプレゼント。
それだけでもクラウドには十分嬉しいけど、更に欲張ったり。それも確信犯で。ズルい←
貌だけで言えば、甘味よりも、苦味の強いものの方が好きそうなイメージだ。
それは自分も同じようだが、彼の方が一層その印象が強い事だろう。
常に眉間に皺を寄せて、厳しい顔をしている少年。
その大人びた雰囲気から、年齢相応に見えないとよく言われているが、中身は存外と幼く青い。
些細な事を強く根に持ったり、仕返しをしてやると心密かに決意していたり、それを実行に移したり、と言う具合に。
見た目ほど彼が大人でない事を知るまで、それ程時間はかからなかったように思う。
恋人同士ともなると尚更で、彼は少し判り難い所はあるものの、やはり幼い一面が多分にある。
その幼さを周りに悟らせるのが嫌で、鉄面皮を被っていると思うと、尚更彼の内面が未成熟である事が判るだろう。
そんな彼でも、疲れている時は、やはり仮面が剥がれるもの。
前日、ジタン、バッツと共に希少な素材を回収する為、アース洞窟へと赴いていた彼は、洞窟内のトラップの所為で少々道に迷う羽目になり、予定を大幅に遅れての帰還となった。
バッツの動物的勘のお陰でなんとか帰って来れたのは良かったが、帰還したのは既に深夜。
疲労の所為だろう、キープされていた食事を食べる気力もなく、三人は先ずは睡眠、と言って自室に引っ込んだらしい。
それを見た見張り役のフリオニールは、今朝方、自分が寝る前に三人の食事を改めて揃えてから、就寝した。
仲間達がそれぞれ目を覚まし、朝食を終えてからも、バッツ、スコール、ジタンの三人は起きて来なかった。
取り敢えず、帰還した事だけはフリオニールから聞き及んでいたので、疲れているならゆっくり休ませてやろう、と暗黙の了解で、皆それぞれにいつもの生活を始めた。
不寝番だったフリオニールを含め、仲間達が眠っている屋敷を襲撃されては大変なので、クラウドが待機番で残る事になった。
そうして、そろそろ時刻が昼を迎えようかと言う頃、リビングのドアが開く。
入って来たのは、しっとりと頭を濡らし、タオルを肩にかけたスコールだった。
「おはよう、スコール」
「……ん」
「それと、お帰り」
「……ただいま」
遅れに遅れた起床と帰宅の挨拶に、スコールは言葉少なに応える。
のろのろとした足取りでテーブルに近付くスコールは、どうやらシャワーを浴びてから此処に来たようだった。
猫っ毛の柔らかな濃茶色の髪が、適度に水分を含んでいる。
スコールはそれをタオルでわしわしと拭きながら椅子につくと、力を失ったようにテーブルに突っ伏した。
「昨日は大変だったようだな」
「……ああ」
「怪我はしていないと聞いたが、本当に大丈夫か?」
「……ああ」
芳しくない返事ではあったが、言葉の通り、確かに何ともないらしい。
歩いている時に部位を庇うような偏りもなかったし、剥き出しの腕や、無防備な襟下から覗く肌も、いつも通りの色だ。
変色している所と言えば、目の下の隈だろうか。
寝るには寝たが、まだまだ休養が十分とは言い難いようだ。
取り敢えず、起きたのなら栄養をつけるべきだろう。
フリオニールの話のままなら、スコール達は昨晩は夕食も取らずに眠ってしまったと言う。
体力の回復の為にも、栄養摂取は大事だ。
テーブルに突っ伏して動かなくなったスコールをそのままにして、クラウドはキッチンに向かった。
冷蔵庫の中に、綺麗にラップをして、盛り付けまで綺麗にキープされている食事が三皿。
きっと腹が減っているだろうから、と言うフリオニールの気遣いで、中々スタミナのあるメニューになっている。
電子レンジでそれらを一気に温めると、サラダが温野菜になってしまったが、まあ良いか、とクラウドは思う事にした。
それから、鍋ごと冷蔵庫に入れられていたスープを取り出し、火にかけて温め、スープ皿に注ぐ。
一通りトレイに乗せてリビングへと運ぶと、香る匂いにつられて、スコールがのろのろと顔を上げた。
「飯……」
「食ってないんだろう。少しで良いから食べておけ」
「……ああ」
「お前にはちょっと量が多いかも知れないが」
「…いい。食える」
トレイに乗せられたスタミナ料理を見て、スコールはきっぱりと言った。
その言葉の通り、スコールはいつもよりも早いペースで食事を平らげて行く。
黙々と食べていたスコールの食事は、あっと言う間に終わった。
ティーダと張れる位には早かったのではないか、いつもの小食振りがまるで嘘のようだ。
後に聞けば、アース洞窟脱出から延々と歩いて来た上、途中でイミテーションや魔物にも何度も襲われたらしく、疲労も空腹も当然の事と言えた。
帰還後、先ずは体が欲して已まなかった睡眠を補った後は、生物の根源的欲求である空腹を満たしたくなるのも自然な事。
見事な食べっぷりに、この場にフリオニールがいれば、もっと作ろうか、と喜び申し出たのは想像に難くない。
スープまで綺麗に飲み終えて、ふう、とスコールは息を吐く。
「美味かった」
「フリオニールが帰ったら伝えると良い」
「……ん」
口の周りについていたスープの残りをティッシュで拭いて、スコールは膨らんだ腹を撫でる。
スコールでこの調子なら、ジタンとバッツは、同じ一皿では足りないかも知れない。
他に何か残り物があったかな、と考えたクラウドの脳裏に、冷蔵庫の奥に並べられているデザートの存在が浮かぶ。
「ルーネスが作ったデザートがある。それも食べるか?」
「……良いのか」
ルーネスが作ったものと言ったら、基本的にそれはティナの為に用意されたものだ。
作った本人もいないのに、勝手に食べて良いのかと言うスコールに、クラウドは頷く。
「昨日、俺達も食べたからな。残ってるのはお前達三人の分と、後は試しに作った余りみたいなものだ。遠慮しないで良い」
「…じゃあ食べる」
心なしか弾んだ声で、スコールは言った。
クラウドは席を立って、キッチンへ向かう。
冷蔵庫の一番下の奥に、綺麗に並べられたグラスデザートがある。
ティナの為にと見た目も凝って作られたので、苺のシロップを炭酸と混ぜて気泡入りのゼリーにし、その上に泡立てたミルクゼリーを乗せ、スパークリングワイン風にデコレーションされていた。
見た目はルーネスがティナに喜んで貰う為に考えたものだが、数はきちんと人数分が揃えられている。
きちんと作る前に何度か練習もしているので、その分、余分が出るのもあって、当分は戦士達の趣向品として楽しまれる事だろう。
スプーンと一緒にデザートを運ぶと、スコールが心なしか待ち遠しそうな顔をしていた。
自覚がないのであろう、静かに輝いている蒼に笑みを堪えつつ、クラウドはいつもの顔でデザートを差し出す。
「炭酸入りのゼリーだ。少し弾ける感じがするから、面白いぞ」
クラウドの手からデザートを受け取り、スコールは早速スプーンを入れた。
柔らかいゼラチンにするりとスプーンが差し込まれ、掬った泡ゼリーがきらきらと光を反射させる。
炭酸の入ったイチゴゼリーは、口に入れるとしゅわしゅわと気泡の食感が残る。
それとは別に、泡立てミルクを固めた泡ゼリーは、甘く蕩ける味がした。
「……美味い」
ぽつりと小さく呟いて、スコールはまたスプーンを入れる。
黙々と、朝食を食べるよりもゆっくりとしたスピードで、スコールはゼリーを食べ進めて行く。
甘い物を食べている時、スコールは食べるスピードが遅くなる。
クラウドがそれに初めて気付いた時は、甘いものが苦手で、早く食べ進められないのかと思っていた。
が、よくよく見ると、スコールは甘いものをじっくりと舌で味わってから食べており、甘味の類が好きである事が判った。
今日のデザートの他にも、チョコレートやキャンディ、アイスクリーム等、ゆっくりじっくり堪能しながら食べている。
ゼリーを食べるスコールの頬が、ほんのりと赤い。
どうやら、ルーネスが苦労して作ったゼリーは、彼のお気に召したようだ。
(俺もああいうものが作れると良かったんだが)
料理に関して、クラウドは全く見込みがない。
それに関する知識も少ないし、経験した記憶と言うのも殆どなかったので、恐らく、元々手にかけてはいなかったのだろう。
分量や手順を間違えると失敗し勝ちな菓子類など、尚更だった。
その事を特に悔しく思う事はないが、こうして恋人の幸せそうな横顔を見ていると、自分がそれを引き出す事が出来ないのは残念に思う。
そんな気持ちで、ゼリーを食べるスコールの横顔を見ていたら、蒼灰色が此方を向いた。
「……なんだ?」
甘味に夢中になっていたスコールだったが、まじまじと見つめるクラウドの視線に、流石に気付かずにはいられなかったようだ。
邪魔をしてしまった、とクラウドは視線を外し、
「いや、なんでもない。気にせず食べろ」
「………」
クラウドの言葉に、言われずとも、とスコールは一口ゼリーを食べる。
柔らかなゼラチンが、舌の上でほろりと溶けて行き、ミルクの甘味がとろりと広がる。
それから炭酸のすっきりとした後味が残り、それが消えない内にまた一口、とスコールはゼリーを掬った。
直ぐにゼリーを口に入れようとしたスコールだったが、ふと視線を感じて隣を見れば、碧眼がまた此方を見ている。
スコールは口に入れかけていたゼリーを、改めて運び入れた後、ゼリーを一掬いし、
「ん」
「……ん?」
一言と言うにも足りない声と共に、差し出されたスプーンを見て、クラウドは目を丸くした。
驚いた顔をするクラウドに、スコールは眉間の皺を寄せ、
「あんたも食べたいんだろ」
言えば一口位やる、と言うスコール。
そんなつもりはなかったクラウドは、ぽかんとした顔でスコールを見詰めてしまった。
クラウドはただ、美味そうに食べているな、と思って見ていただけだった。
フリオニールが作った食事にしろ、ルーネスの手作りデザートにしろ、クラウドには到底真似の出来ないものだ。
あいつらが羨ましい────そんな気持ちで見詰めていたのを、スコールは、甘い物を欲しがっていると解釈したようだ。
俺は要らない、と言うのは簡単だったが、なんとなく言い出し難かった。
ほら、ともう一度スプーンを差し出すスコールに、クラウドの口元が緩む。
「なら、一口」
「ん」
顔を寄せるクラウドに、スコールもスプーンを近付ける。
手ずから差し出されたゼリーを口に入れると、ゼラチンが溶けて、しゅわっと爽やかな炭酸の味が舌に残る。
クラウドがゼリーを食べたのを見て気が済んだスコールは、また自分の為にスプーンを差した。
どうやら泡のミルクゼリーが特に気に入ったようで、其方だけ減りが早い。
ついでにクラウドは、スコールの唇の端に、白いミルクの欠片が残っている事に気付き、
「スコール、ついてる」
「ん?」
口の中にゼリーを入れた状態で、スコールが振り返る。
何処だ、とスコールが問う前に、クラウドはスコールの口端を舐めた。
ほんのりとミルクの甘みが、クラウドの舌に残る。
「………!?」
「甘いな」
満足げなクラウドの前で、スコールが絶句して言葉を失っていた。
何が起きたのか一瞬理解が追い付かなかったスコールだが、把握すると、今度は白い頬が一気に赤くなる。
何やってるんだ、馬鹿なのか、と言いたそうにスコールの唇が動いたが、声は声帯が機能を失ったように出て来なかった。
廊下へと繋がるドアの向こうから、二人分の足音が聞こえて、クラウドはキッチンに向かうべく席を立った。
「おはよーっす。腹減ったなー」
「おっ、そのゼリー何?美味そう」
「ん?スコール、どした?」
「顔赤いぞ~」
仲間達の声に反応する事も出来ず、スコールは赤い貌のまま、しばらく固まっていたと言う。
『甘めのクラスコ』でリクエストを頂きました。ので二人に甘いもの食べさせてみた(そう言う意味ではない)。
甘いもの好きなスコールは可愛い。
スコールから「あーん」してますが、無意識です。意識したら恥ずかしくて出来なくなる。
朝、目が覚めた時から違和感はあった。
だがそれは深く気にする程のものではなく、少し頭の芯がぼやける、程度のもの。
寝起きが悪い事には多少なり自覚があるので、その所為だろうと思って、そのままにした。
今朝の当番だったバッツが作った朝食を食べている時、もう一つ違和感を覚えた。
バッツにしては薄味だ、と思いながら食べていたが、隣に座るティーダが、スクランブルエッグにケチャップをかけていなかった。
味の濃いものが好きなティーダにしては珍しい事だ、と思いながら、黙々とスプーンを運んでいると、ジタンが「今日の卵、甘いな」と言った。
スコールはジタンのその言葉を聞くまで、スクランブルエッグが甘い事に気付かなかった。
……そう言えば、甘い甘くない以前に、卵らしい味も感じない、と言う事に遅蒔きに気付く。
違和感が強くなって来ると、なんとなく気分が悪い───とまでは言わないが、落ち付いて食事を採る気がなくなってきた。
半分まで食べた所で席を外し、リビングのソファに座って転寝をする。
目覚めた時の、頭の芯の靄が再来しているような気がして、体が重くなって行く。
このままソファに沈んで寝てしまおうか、でも今日はジタンとバッツが一緒に行こうとかなんとか…と思っていると、
「スコール。お前、大丈夫なのか」
聞こえた声に、スコールが閉じていた瞼を億劫そうに持ち上げると、変わった虹彩を宿した碧眼が此方を見下ろしていた。
「……クラウド」
「…飯もあまり食ってなかったな。気分でも悪いのか?」
「……別に……」
「お前のそれは、いまいち当てにならないな」
どうにも反応の鈍いスコールに、クラウドは苦笑して言った。
その言葉にスコールがむっと眉根を寄せるが、クラウドは構わずに手を伸ばす。
濃茶色のカーテンがかかる額に、クラウドの手が添えられた。
ごつごつとした厚みのあるクラウドの手は、ひんやりとしていて、スコールは心地良くて目を細める。
その様子を見たクラウドは、やれやれ、と眦を下げ、遠巻きに此方を見ていたジタンへ振り返った。
「少し熱があるようだ。今日のスコールは待機だな」
「やっぱり?おーい、バッツー」
「……別になんともない。あんた達、大袈裟だ」
クラウドの報告を受けて、キッチンで洗い物をしているバッツに報告に行くジタン。
そんな二人の遣り取りを見ていたスコールは、熱などないし、あったとしても大した事ではない、と反論したが、
「素人の半端な診断は信用できないぞ」
「あんただって素人だろ」
「なら、バッツに頼むか?セシルでも良いか」
クラウドの言葉に、スコールの眉間の皺が深くなる。
薬師としての腕が確かなバッツなら、スコール自身やクラウドよりも遥かに正確に診断できるだろう。
が、彼に診断を任せると、後で特別に煎じられた薬を飲まされる。
薬の効果は中々高く、早く治したい時は重宝させて貰うが、彼の作る薬と言うのは、恐ろしく不味いものも少なくない。
良薬口に苦しと言うが、出来ればもう少し飲み易くして欲しい、と言うのは、彼の薬の世話になった人間が総じて抱く切実な願いであった。
セシルは専門的な医学の心得がある訳ではないが、経験豊富で知識も豊かだ。
更に言えば、スコールはセシルのさり気無い押しの強さと言うものを苦手としており、彼に綺麗な笑顔で「判った?」と言われると、閉口するしかない。
あれに睨まれる位なら、最初から大人しくしていた方が良い、とスコールは思っている。
判り易く不満そうな顔をするスコールに、クラウドはくすりと頬を緩めた。
ぽんぽんとクラウドの手がスコールの頭を撫でる。
その頭も、いつもは朝食までに綺麗に整えられているのに、今日は寝癖の痕をくっきりと残していた。
それを見付けた時点で、クラウド他、スコールを良く見ている者には、彼の不調は判る事だった。
洗い物を終えたバッツが、ジタンと共にキッチンから出てくる。
「スコール、調子悪いって?」
「ああ。だから今日のスコールは待機だ」
「おい、クラウド……」
「仕方ないな。朝飯の残り、お粥にしといたから、昼に食べろよ」
自分の体調不良について、まだ納得したとは言い難いスコールだったが、周りはそんな事は気に留めなかった。
それ所か、バッツは判っていましたと言わんばかりの準備の良さだ。
スコールは益々眉間の皺を深くするが、誰もそれを気に留める者はいない。
あれよあれよと言う内に、スコールの体調不良の件は、他の仲間達にも知られた。
バッツとジタンは、今日はスコール抜きで探索に向かう事にし、フリオニールはスコールの部屋に毛布を多目に運び込んだ。
セシルはモーグリショップで購入していた薬の在庫数を確認し、ちょっと少ないね、と言うと、ティーダがばびゅっと買いに行き、セシルもそれを追った。
ティナは、体調を崩すと心細くなるものだからと、スコールにお気に入りのモーグリのぬいぐるみを貸し、ルーネスも暇潰しにどうぞと数冊の本を渡してから、聖域を後にした。
ウォーリア・オブ・ライトは、病気について自分は何も出来る事はないから、とわざわざ断りを入れに来て、代わりに聖域周辺の見回りを強化するので、君はゆっくり休んでいると良い、と言った。
かくして、スコールは、元々の待機番であったクラウドと共に、聖域に残される事となった。
二人きりになった屋敷の中で、スコールはティナが渡して行った大きなモーグリのぬいぐるみに体を半分預けた格好で、ソファに横になっている。
(……平気だって言ってるのに)
誰も聞きやしない、と不満に唇を尖らせるスコール。
しかし、外に出なくて良いとあって、気が抜けたのだろうか。
頭の芯の靄が、またふわふわと濃くなって来るような気がして、スコールはぬいぐるみの腹に顔を埋める。
「スコール。大丈夫か」
「……ん」
クラウドの声に、スコールは顔を上げずに答えた。
「寒気は?」
「……ない」
「部屋で寝なくて良いのか?」
「……ん」
移動できない程に体が重い訳ではなかったが、面倒とは思う。
そんな自分を鑑みて、あまり大丈夫じゃない程度には調子が悪いのかも知れない、とようやく思い直した。
モーグリの腹に顔を埋めていると、ちょっと良いか、とクラウドの声がした。
んー、と意味のない返事だけを放ると、ぬいぐるみと額の間にクラウドの手が割り込む。
ひたりと額に宛がわれたクラウドの手は、やはり僅かに冷たくて心地良い。
「少し汗を掻いてるな。暑いか?」
「……いや……」
「…着替えて寝るか。その格好より、寝間着の方が楽だろう」
スコールの服装は、いつもの黒衣のジャケットとタイトなズボンだ。
今日はバッツ達と出掛ける予定だったから、そのつもりで着替えて、そのままだった。
移動するのは面倒だが、服は楽なものに着替えたい。
そんなスコールの着替えは、自分の部屋にしかないので、面倒な移動を行わなければならない。
億劫そうにスコールが起き上がっていると、クラウドがその背をぽんぽんと撫でて宥め、
「着替えは部屋にあるんだろう。俺が取って来よう」
「……じゃあ、頼む」
クラウドの申し出に、スコールは素直に任せて、またソファに横になった。
リビングを出たクラウドは、五分と経たずに戻って来た。
何せスコールの着替えは、几帳面な彼には珍しく、今朝脱ぎ捨てられたまま、ベッドの上に丸められて放置されていたからだ。
お陰で探す時間がかかる事もなく、クラウドはそれらを回収すると、直ぐにリビングへと戻った。
着替えを用意されたスコールが、もう一度ゆっくりと起き上がる。
長い睫を携えた瞼が、半分下りているのを見て、クラウドは苦笑する。
「今日は外に出なくて良かったな」
「……そうか?」
「そうだろう。自分じゃどうか判らないが、傍目に見るとかなり重症だぞ?」
「……?」
クラウドの言葉に、スコールはことんと首を傾げる。
いまいち会話のテンポが遅いスコールに、自覚も追い付かない位に、調子が悪いんだろうな、とクラウドは思った。
クラウドはスコールをモーグリのぬいぐるみに寄り掛からせ、スコールのジャケットを脱がす。
いつもの厚着で熱が篭ったのだろう、スコールの体はじっとりと汗を滲ませている。
シャツまで脱がせてやると、スコールは少しすっきりとした表情を浮かべた。
「もうこのままで良い……」
「余計に拗らせるぞ」
スコールらしからぬ怠惰な一言に、クラウドは流石にそれは駄目だ、と寝間着のシャツを押し付けた。
だって面倒臭い、と言いたげな蒼がクラウドを見上げる。
上目遣いで判り易く甘えてくるスコールに、少し甘やかしたくなるクラウドだが、此処でうんという訳にはいかない。
「面倒ならじっとしていろ。着替えさせてやるから」
「……ん」
スコールは素直に頷いて、クラウドに寝間着を差し出した。
やれやれ、と肩を竦めつつ、クラウドは丸めていたシャツを広げて、スコールに着せてやる。
ズボンは脱がせようとしたら嫌がるか、と思っていたのだが、これもスコールはされるがままだった。
ちらりと顔を見遣れば、蒼灰色の瞳が半分瞼に隠れている。
気分が悪いと言う様子も見られないので、恐らく、単純に眠くなって来たのだろう。
スコールの着替えを終えると、クラウドはすっかり力の抜けた体を抱き上げた。
どうせ寝るなら、リビングのソファ等ではなく、寝室のベッドの方が良い。
体調と気持ちの緩みとで、スコール自身は動く気が無いようなので、クラウドが部屋へと運んでやる。
蛹の抜け殻のように塊になっている毛布を退けて、スコールをベッドに横たわらせる。
体に力が入っていない人間は、存外と重い物だ。
ふう、とクラウドは一息吐いて、ベッド横の小さな椅子を寄せ、腰を下ろした。
スコールがごろりと寝返りを打ち、ベッド横に座っているクラウドを、心なしかぼんやりとした瞳で見上げる。
「……クラウド」
「ん?」
「あんた、…いいのか?」
「何がだ?」
主語の足りないスコールの問いに、クラウドは毛布を寄せてやりながら問い返す。
スコールは被せられた毛布を素直に受け取りつつ、その、と言い辛そうに澱んでから、
「…あんた、今日、何か用事があったんじゃないのか?」
スコールにバッツ達と出掛ける用事があったように、クラウドも事前に予定されていた事があったのではないか。
例えば、ティーダ、フリオニール、セシルと一緒にイミテーション退治に行くだとか、ルーネスやティナに付き合ってモーグリショップに行くだとか。
ウォーリアとの手合わせも頻繁に行われているので、そういう事もあるだろう。
しかしクラウドは、スコールの世話をするのが自分の仕事とでも言うように、当たり前のように屋敷に残っている。
自身の体調不良を徐々に自覚し始めたスコールにとって、世話を焼いてくれる人間がいるのは有難い事だが、急に予定を変えられて業腹なのではないだろうか、とも思う。
単に待機番が変更になったと言うだけならともかく、他人の面倒を見ると言う、ある意味面倒を押し付けられた形になって、───それもさっきまで不調の自覚のなかった人間の世話をするなど、厄介に思われていたのではないか。
そんな事まで考えるスコールの表情に、クラウドは安心させるように、小さく笑みを浮かべる。
「用事って言ったって、ティーダ達といつもの探索だったし、焦るようなものでもない。それより俺は、お前の事が気になったからな」
「……」
お前が深く気に病む事ではないのだと、クラウドがそう言っている事は、スコールにも理解出来た。
だが、それでも過ぎった不安は振り払えないのがスコールと言う人間だ。
顔を顰めたまま、じっと物言いたげに見詰める青灰色に、クラウドはやれやれ、と苦笑する。
クラウドは、くしゃくしゃとスコールの髪を掻き撫ぜた。
子供をあやす撫で方に、スコールが些かムッとしたようだったが、手を振り払われる事はない。
「今日は周りの事は気にするな。それでも気掛かりなら、後で何か埋め合わせをしてくれれば良い」
「…埋め合わせ?」
「夕飯のメニューだとか、手合わせだとか。デートでも良いぞ?」
「………」
付け足した一言に胡乱な目を向けられて、駄目か、とクラウドは肩を竦める。
スコールの訝しげな表情に、撫でる手を引っ込めて、冗談だ、とクラウドは宥めた。
「ともかく、俺の事は気にしなくて良いから───それより、何か欲しいものはないか?」
「…欲しいもの?」
「水でも、飯でも。一通りのものはバッツ達が用意して行ってくれたからな。用意位は出来るぞ」
家事雑事の類は得意ではないクラウドだが、それは仲間達も理解してくれている。
それでもスコールの面倒を見たい、彼の傍にいてやりたいと思う気持ちも、判ってくれていた。
仲間達は揃ってその意志を汲んでくれ、病人の世話に必要になるであろう諸々を、一通り揃えてから出発している。
スコールの希望に併せ、それらを運んで来る位なら、クラウドにも出来る事だ。
ぼんやりと、そのまま寝入りそうな表情で、スコールはクラウドを見上げていた。
熱が上がっている訳ではないようだが、睡魔の所為で、考えるのも億劫になっているのかも知れない。
寝るなら寝るで良い事だ、とクラウドが思っていると、
「……手……」
「手?」
小さな声にクラウドが反芻させると、スコールは小さく頷いた。
クラウドは自分の手を見てから、スコールの前に伸ばしてやる。
スコールはその手を捕まえると、自分の頬へとそれを運んだ。
ひた、と触れたクラウドの手には、いつものスコールよりも少し高い体温が感じられた。
「……あんたの手、冷たい……」
「そうか?」
水仕事をした訳でもないのに、冷たいとは。
やはりスコールの体温が上がって来ているのだと、クラウドは一瞬眉根を寄せたが、直ぐにそれを解いた。
クラウドの手に頬を冷やされて、スコールの唇が緩んでいる。
野暮な説教はなしにして、スコールがこの僅かな涼を求めているなら、与えるのは吝かではない。
クラウドがそっと白い頬に指を滑らせると、スコールは猫のように目を細めた。
きもちいい、と何処か舌足らずに言った恋人に、クラウドの口元も緩む。
スコールは、クラウドの手を握ったまま、とろとろと目を閉じた。
まるで放すまいと捕まえているような様子に、其処までしなくても良いのに、とクラウドは笑む。
────この手のひらで、愛しい君に安らぎを与える事が出来るのなら、幾らでも。
『クラスコでスコールが怪我or風邪』と言うリクエストを頂きました。
世話焼きクラウドと、無意識に甘えたがるスコールと、なんとなく空気読んでさくさくと行動する仲間達。
薬を買いに行っただけの筈のティーダ達も、適当に暇を潰してから帰ります。
WoLは定期的帰って来るけど、クラウドがいるので、スコールの部屋までは上がって来ない。
そんな訳で、スコールの体調が落ち付いて、クラウドの気が済むまでは、一緒にいるんだと思います。
見ていてじれったい、まだるっこしい、とよく言われる。
両想いだと判っていながら、中々縮まらなかった距離。
それぞれ仲間に背を押され、ようやく思いが実ったら、今度は意識し過ぎてお互いに顔が見れない。
仲間達が気を遣ってくれて、二人きりになんてされようものなら、身動ぎ一つも出来ないまま時間が過ぎて行く。
それを隠れ見ていたティーダに「中学生のお付き合いじゃないんだから!」と突っ込まれた。
どんな関係で、それがどんな形であろうと、間違いと言うつもりはない、と皆は言う。
けれども、そうした微妙な距離感の付き合い方の理由の大半が、決して前向きな理由ではない事が、仲間達には少し見過ごせなかったらしい。
この原因は多分にスコールの方に理由があり、いつか終わる関係───別たれる事が判っているなら、いっそ、と言う気持ちが根底にあった。
それを察したジタンとバッツは、終わるからこそ大事にするべき時間もある筈だ、とスコールを宥めた。
実際に、スコールの心にフリオニールを求める気持ちは確かに在り、彼が別れる日の傷に怯える事さえなければ、彼に応えるのはフリオニールも吝かではなかったのだ。
フリオニールはスコールの望みに準じる気持ちを持ちつつも、自身が彼を求めていた事は、ずっと以前から判っていた事だったから。
スコールがジタンとバッツに宥められ、フリオニールはフリオニールで、もっと積極的になるべきだ、と言うティーダとクラウドに発破をかけられた。
そしてセシルが気を回し、二人をさり気無く一緒のテント割にした。
駄目押しに、僕らの事は気にしないで良いから、とセシルに言われて、これで準備は整った。
────が、こうやって二人きりで向かい合うと、フリオニールは未だに緊張してしまう。
今夜の“これから”を思うと、尚の事、フリオニールは血が沸騰してしまいそうだった。
(ど……どうすれば……)
広くはないテントの中、二人きりで一枚のブランケットを挟んで向かい合っている。
やれと言われた訳でもないのに、フリオニールは正座をしていた。
スコールは胡坐で崩したスタイルだが、視線は右斜め下に向けられたまま、フリオニールを見ていない。
白い頬が赤らむと判り易いスコールは、それを隠すように、何度か顔に手を当てては鼻頭を擦る仕種を見せていた。
お互いに、お互いの存在を意識し過ぎて、動けなくなっているのが判る。
せめて何か動ける切っ掛けがあれば良いのに、と事態が動く“何か”を期待して、既にどれ程の時間が流れたか。
このままでは、いつの間にか朝になっていても可笑しくない程、動きがない。
(この状況が嫌な訳じゃない。でも……スコールはどうなんだろう)
これからの事を思うと、フリオニールは緊張するが、それには期待も混じっている。
恋人同士と言うものが、こう言う状況になって、この後何をするのか、経験はないが判らない程子供ではない。
そして恐らく、それはスコールも同じ事だと思うのだが、問題はスコールの胸中であった。
押し流されつつも、自分の意思でテントに入ったフリオニールと違い、スコールは最後まで抵抗していた。
一部の仲間達の露骨な気遣いに、余計に意地になった所も否めないが、元々スコールは、フリオニールとの仲に大きな進展性を求めていない節があった。
だから、二人の付き合いは今まで清いものであった訳で。
それを、仲間達の助言の下とは言え、こんな状況に押し込められて、外には見張の仲間達の声がしていて、逃げ場を塞がれたような状態。
果たして彼は、本当に納得してくれた上で、此処にいるのだろうか。
それが判らない事が、フリオニールの体をいつも以上に強張らせている。
(……聞いてみようか。良いのかって。進んで、良いのかって)
フリオニールの胸中は、しっかりと気持ちが固まっていた。
第一に、スコールが本心から望まない事は、したくない。
そして、スコールが心から望んでいる事なら、フリオニールはどんな事でも応えようと思う。
だから先ずは、ちゃんとスコールの口から、彼の答えを聞かなければ────と思った時だった。
「……あんた……」
「!」
フリオニールが口を開ける一歩手前で、スコールが口を開いた。
相変わらず視線は斜め下に落ちたまま、赤い横顔を此方に向けて、小さな声で言う。
「……あんた、良いのか」
「い、いいって…?」
「………」
出鼻を挫かれたのと、予期していなかったスコールからの問いに、フリオニールは思わず問い返してしまった。
それが良くなかったのだろう、スコールは眉間に深い皺を寄せて、唇を噛んで黙ってしまう。
その仕種を見て、フリオニールも遅蒔きにスコールが“何”を指しているのか気付き、
「お、俺は。良い、と思ってる」
「……」
「と、言うか、その……あの……」
良いか悪いか、言い表すのはそんな味気のない言葉ではない、とフリオニールは思った。
どくどくと煩い自分の心臓の音を聞きながら、フリオニールは、からからとした喉で無理矢理唾液を飲み下して、改めて口を開いた。
「俺は、スコールと、もっと一緒にいたい。もっとスコールを知りたい」
「……っ…!」
何も隠さないフリオニールの言葉に、スコールの顔が更に赤くなった。
沸騰したみたいだ、とフリオニールが頭の隅で思っていると、蒼灰色がゆっくりと此方へ向けられる。
スコールはしばらくの間、真っ赤な顔でフリオニールを見詰めていた。
泣き出しそうにも、怒り出しそうにも見える蒼色に、フリオニールは緊張で息が詰まって行く。
────と、スコールの足が胡坐を解いて、四つ這いで恐る恐るフリオニールへと近付く。
ブランケットの垣根を越えた細身の体が、フリオニールの前に迫っていた。
緊張のピークに達したフリオニールが、思わず逃げるように体を仰け反らせると、スコールが更に近付く。
バランスを崩したフリオニールの正座が崩れて、尻もちをつけば、へたり込むように座るフリオニールの胸に、スコールの手が乗った。
「ス、スコール、」
近い、とフリオニールが未だ嘗てない距離感に慄いていると、
「……良いんじゃ、ないのか?」
逃げを見せるフリオニールに、やっぱり嫌になったのか、とスコールの眦が寂しげに細められる。
フリオニールは反射反応に等しい勢いで、首を横に振った。
それを見たスコールの表情が微かに緩み、そうか、と嬉しそうな声が零れる。
フリオニールの震える手が、そろそろとスコールの体に回された。
スコールが嫌がる事はなく、フリオニールの胸に添えられた手が、柔らかな力で服を握る。
どちらともなくキスを交わして、いつものように触れるだけのものではなく、もっと深くまで繋がれるように、舌を絡ませて貪り合う。
「ん、ぅ…んっ……」
「っは……ん…・スコール……!」
「ん、ん……っ」
フリオニールの呼ぶ声に、スコールは応える暇も与えられなかった。
それ程激しい口付けは、二人の間では初めてのものだ。
加減を判っていないフリオニールの激しいキスに、スコールは戸惑っていたが、嫌がって逃げようとはしない。
二人とも苦しくなってきた所で、フリオニールはようやくスコールを解放した。
ふあ、と力の入っていない声がスコールの唇から漏れて、赤い貌ではあはあと呼吸を繰り返す恋人の姿に、フリオニールの喉が鳴る。
「スコール……」
「は…はぁ……フ、リオ……」
「……っ」
熱を孕ませた蒼の瞳と共に、濡れた桜色の唇が、フリオニールの名を呼ぶ。
それだけでフリオニールは、自分の熱が一気に暴発しそうになるのを感じた。
尻もちをついてスコールを腹の上に乗せていたフリオニールだったが、スコールの体を掬うように抱き上げると、ブランケットの山に押し倒した。
視界の回転にスコールは目を丸くしていたが、自分の上に覆い被さっている男に気付くと、恥ずかしそうに視線を逸らす。
その眼にこっちを見て欲しい、と思うと、フリオニールはその感情を止められず、スコールの顎を捉えて上向かせ、もう一度深く口付ける。
碌に自制が効いていない事を、フリオニールは頭の隅で自覚していた。
スコールが嫌がる事はしたくないから、こんな調子ではいけないと思うのに、止められない。
そしてスコールも、何度その表情を見ても、嫌がっている様子はないから、尚更フリオニールは、自分を宥める理由がなくなって行く。
「う…ん、ふっ……」
「……っは、…はぁ……っ」
このまま事を押し進めようとして、フリオニールは我に返った。
酸素不足でくったりとブランケットの波に沈んでいるスコール。
汗を滲ませている顔を、今更ながら優しく撫でると、スコールは心地よさそうに、皮の厚い手に頬を寄せる。
「フリオ……?」
あのまま貪り続けられると思っていたスコールは、フリオニールが急に優しくなった事に、少し戸惑っていた。
けれども、頬を撫でる手は心地良くて、このまま触れられていたいと思う。
そんなスコールに、フリオニールは絞り出すような小さな声で問う。
「……なあ、スコール。本当に、良いのか?」
「……?」
「此処から先、進んで……良いのか?」
嫌ならそう言って欲しい、とフリオニールは続けた。
スコールが本心から望んでいないのなら、それに応えるから、と。
フリオニールの言葉は、芯からスコールを愛しているから出て来た言葉だったと言えるだろう。
しかし、スコールはその言葉に、逆に眉根を寄せる。
「……あんた、やっぱり嫌なのか?」
「そ、そうじゃない!本当だ!」
「バカ、声がでかい…っ!」
反射的に声を大きくしたフリオニールに、スコールは慌てて彼の口を手で塞ぐ。
外に聞こえたらどうするんだ、あいつら絶対飛び込んでくる、と言うスコールに、そうだった、とフリオニールも己の軽率を呪う。
フリオニールは口を押えるスコールの手を退かせると、指を絡めて強く握った。
絡み合う手を見たスコールの顔が赤くなる。
そのまま、スコールの手をブランケットの上に縫い付けて、フリオニールはスコールだけに聞こえる声で囁いた。
「俺は、スコールの全部が好きだ。だから全部、欲しいんだ」
フリオニールの言葉に、スコールの瞳が揺れた。
じわ、と雫を滲ませる蒼が、悲しみや恐怖に因るものではないと判ると、フリオニールは嬉しかった。
フリオニールの首に、細身の腕が絡み付く。
苦しくないようにするから、と言うフリオニールに、期待しないでおく、とスコールは言った。
それでも甘えるように体を寄せるスコールに、フリオニールは抱き締める腕に力を籠めて、キスをした。
余計な言葉は、もういらない。
重なり合う熱に身を委ねて、二人の長い夜が始まった。
フリスコで『童貞フリオと処女スコールの初えっちのような甘酸っぱいもの』と言うリクを頂きました。
フリオニールががっつき気味なのは、童貞だからです。
スコールが積極的ですが、腹を括ったら先に動けそうなのはスコールだと思って。でも後で引っ繰り返される。
初えっち手前でどうにもぎこちない二人は、「良いから早くしろ!」と言いたくなるけど、書いてるととても楽しい。