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2016年08月08日

[クラスコ]甘いのだあれ

  • 2016/08/08 22:40
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貌だけで言えば、甘味よりも、苦味の強いものの方が好きそうなイメージだ。
それは自分も同じようだが、彼の方が一層その印象が強い事だろう。

常に眉間に皺を寄せて、厳しい顔をしている少年。
その大人びた雰囲気から、年齢相応に見えないとよく言われているが、中身は存外と幼く青い。
些細な事を強く根に持ったり、仕返しをしてやると心密かに決意していたり、それを実行に移したり、と言う具合に。
見た目ほど彼が大人でない事を知るまで、それ程時間はかからなかったように思う。

恋人同士ともなると尚更で、彼は少し判り難い所はあるものの、やはり幼い一面が多分にある。
その幼さを周りに悟らせるのが嫌で、鉄面皮を被っていると思うと、尚更彼の内面が未成熟である事が判るだろう。

そんな彼でも、疲れている時は、やはり仮面が剥がれるもの。
前日、ジタン、バッツと共に希少な素材を回収する為、アース洞窟へと赴いていた彼は、洞窟内のトラップの所為で少々道に迷う羽目になり、予定を大幅に遅れての帰還となった。
バッツの動物的勘のお陰でなんとか帰って来れたのは良かったが、帰還したのは既に深夜。
疲労の所為だろう、キープされていた食事を食べる気力もなく、三人は先ずは睡眠、と言って自室に引っ込んだらしい。
それを見た見張り役のフリオニールは、今朝方、自分が寝る前に三人の食事を改めて揃えてから、就寝した。
仲間達がそれぞれ目を覚まし、朝食を終えてからも、バッツ、スコール、ジタンの三人は起きて来なかった。
取り敢えず、帰還した事だけはフリオニールから聞き及んでいたので、疲れているならゆっくり休ませてやろう、と暗黙の了解で、皆それぞれにいつもの生活を始めた。

不寝番だったフリオニールを含め、仲間達が眠っている屋敷を襲撃されては大変なので、クラウドが待機番で残る事になった。
そうして、そろそろ時刻が昼を迎えようかと言う頃、リビングのドアが開く。
入って来たのは、しっとりと頭を濡らし、タオルを肩にかけたスコールだった。


「おはよう、スコール」
「……ん」
「それと、お帰り」
「……ただいま」


遅れに遅れた起床と帰宅の挨拶に、スコールは言葉少なに応える。

のろのろとした足取りでテーブルに近付くスコールは、どうやらシャワーを浴びてから此処に来たようだった。
猫っ毛の柔らかな濃茶色の髪が、適度に水分を含んでいる。
スコールはそれをタオルでわしわしと拭きながら椅子につくと、力を失ったようにテーブルに突っ伏した。


「昨日は大変だったようだな」
「……ああ」
「怪我はしていないと聞いたが、本当に大丈夫か?」
「……ああ」


芳しくない返事ではあったが、言葉の通り、確かに何ともないらしい。
歩いている時に部位を庇うような偏りもなかったし、剥き出しの腕や、無防備な襟下から覗く肌も、いつも通りの色だ。
変色している所と言えば、目の下の隈だろうか。
寝るには寝たが、まだまだ休養が十分とは言い難いようだ。

取り敢えず、起きたのなら栄養をつけるべきだろう。
フリオニールの話のままなら、スコール達は昨晩は夕食も取らずに眠ってしまったと言う。
体力の回復の為にも、栄養摂取は大事だ。

テーブルに突っ伏して動かなくなったスコールをそのままにして、クラウドはキッチンに向かった。
冷蔵庫の中に、綺麗にラップをして、盛り付けまで綺麗にキープされている食事が三皿。
きっと腹が減っているだろうから、と言うフリオニールの気遣いで、中々スタミナのあるメニューになっている。
電子レンジでそれらを一気に温めると、サラダが温野菜になってしまったが、まあ良いか、とクラウドは思う事にした。
それから、鍋ごと冷蔵庫に入れられていたスープを取り出し、火にかけて温め、スープ皿に注ぐ。
一通りトレイに乗せてリビングへと運ぶと、香る匂いにつられて、スコールがのろのろと顔を上げた。


「飯……」
「食ってないんだろう。少しで良いから食べておけ」
「……ああ」
「お前にはちょっと量が多いかも知れないが」
「…いい。食える」


トレイに乗せられたスタミナ料理を見て、スコールはきっぱりと言った。
その言葉の通り、スコールはいつもよりも早いペースで食事を平らげて行く。

黙々と食べていたスコールの食事は、あっと言う間に終わった。
ティーダと張れる位には早かったのではないか、いつもの小食振りがまるで嘘のようだ。
後に聞けば、アース洞窟脱出から延々と歩いて来た上、途中でイミテーションや魔物にも何度も襲われたらしく、疲労も空腹も当然の事と言えた。
帰還後、先ずは体が欲して已まなかった睡眠を補った後は、生物の根源的欲求である空腹を満たしたくなるのも自然な事。
見事な食べっぷりに、この場にフリオニールがいれば、もっと作ろうか、と喜び申し出たのは想像に難くない。

スープまで綺麗に飲み終えて、ふう、とスコールは息を吐く。


「美味かった」
「フリオニールが帰ったら伝えると良い」
「……ん」


口の周りについていたスープの残りをティッシュで拭いて、スコールは膨らんだ腹を撫でる。
スコールでこの調子なら、ジタンとバッツは、同じ一皿では足りないかも知れない。
他に何か残り物があったかな、と考えたクラウドの脳裏に、冷蔵庫の奥に並べられているデザートの存在が浮かぶ。


「ルーネスが作ったデザートがある。それも食べるか?」
「……良いのか」


ルーネスが作ったものと言ったら、基本的にそれはティナの為に用意されたものだ。
作った本人もいないのに、勝手に食べて良いのかと言うスコールに、クラウドは頷く。


「昨日、俺達も食べたからな。残ってるのはお前達三人の分と、後は試しに作った余りみたいなものだ。遠慮しないで良い」
「…じゃあ食べる」


心なしか弾んだ声で、スコールは言った。
クラウドは席を立って、キッチンへ向かう。

冷蔵庫の一番下の奥に、綺麗に並べられたグラスデザートがある。
ティナの為にと見た目も凝って作られたので、苺のシロップを炭酸と混ぜて気泡入りのゼリーにし、その上に泡立てたミルクゼリーを乗せ、スパークリングワイン風にデコレーションされていた。
見た目はルーネスがティナに喜んで貰う為に考えたものだが、数はきちんと人数分が揃えられている。
きちんと作る前に何度か練習もしているので、その分、余分が出るのもあって、当分は戦士達の趣向品として楽しまれる事だろう。

スプーンと一緒にデザートを運ぶと、スコールが心なしか待ち遠しそうな顔をしていた。
自覚がないのであろう、静かに輝いている蒼に笑みを堪えつつ、クラウドはいつもの顔でデザートを差し出す。


「炭酸入りのゼリーだ。少し弾ける感じがするから、面白いぞ」


クラウドの手からデザートを受け取り、スコールは早速スプーンを入れた。
柔らかいゼラチンにするりとスプーンが差し込まれ、掬った泡ゼリーがきらきらと光を反射させる。

炭酸の入ったイチゴゼリーは、口に入れるとしゅわしゅわと気泡の食感が残る。
それとは別に、泡立てミルクを固めた泡ゼリーは、甘く蕩ける味がした。


「……美味い」


ぽつりと小さく呟いて、スコールはまたスプーンを入れる。
黙々と、朝食を食べるよりもゆっくりとしたスピードで、スコールはゼリーを食べ進めて行く。

甘い物を食べている時、スコールは食べるスピードが遅くなる。
クラウドがそれに初めて気付いた時は、甘いものが苦手で、早く食べ進められないのかと思っていた。
が、よくよく見ると、スコールは甘いものをじっくりと舌で味わってから食べており、甘味の類が好きである事が判った。
今日のデザートの他にも、チョコレートやキャンディ、アイスクリーム等、ゆっくりじっくり堪能しながら食べている。

ゼリーを食べるスコールの頬が、ほんのりと赤い。
どうやら、ルーネスが苦労して作ったゼリーは、彼のお気に召したようだ。


(俺もああいうものが作れると良かったんだが)


料理に関して、クラウドは全く見込みがない。
それに関する知識も少ないし、経験した記憶と言うのも殆どなかったので、恐らく、元々手にかけてはいなかったのだろう。
分量や手順を間違えると失敗し勝ちな菓子類など、尚更だった。
その事を特に悔しく思う事はないが、こうして恋人の幸せそうな横顔を見ていると、自分がそれを引き出す事が出来ないのは残念に思う。

そんな気持ちで、ゼリーを食べるスコールの横顔を見ていたら、蒼灰色が此方を向いた。


「……なんだ?」


甘味に夢中になっていたスコールだったが、まじまじと見つめるクラウドの視線に、流石に気付かずにはいられなかったようだ。
邪魔をしてしまった、とクラウドは視線を外し、


「いや、なんでもない。気にせず食べろ」
「………」


クラウドの言葉に、言われずとも、とスコールは一口ゼリーを食べる。

柔らかなゼラチンが、舌の上でほろりと溶けて行き、ミルクの甘味がとろりと広がる。
それから炭酸のすっきりとした後味が残り、それが消えない内にまた一口、とスコールはゼリーを掬った。
直ぐにゼリーを口に入れようとしたスコールだったが、ふと視線を感じて隣を見れば、碧眼がまた此方を見ている。

スコールは口に入れかけていたゼリーを、改めて運び入れた後、ゼリーを一掬いし、


「ん」
「……ん?」


一言と言うにも足りない声と共に、差し出されたスプーンを見て、クラウドは目を丸くした。
驚いた顔をするクラウドに、スコールは眉間の皺を寄せ、


「あんたも食べたいんだろ」


言えば一口位やる、と言うスコール。
そんなつもりはなかったクラウドは、ぽかんとした顔でスコールを見詰めてしまった。

クラウドはただ、美味そうに食べているな、と思って見ていただけだった。
フリオニールが作った食事にしろ、ルーネスの手作りデザートにしろ、クラウドには到底真似の出来ないものだ。
あいつらが羨ましい────そんな気持ちで見詰めていたのを、スコールは、甘い物を欲しがっていると解釈したようだ。

俺は要らない、と言うのは簡単だったが、なんとなく言い出し難かった。
ほら、ともう一度スプーンを差し出すスコールに、クラウドの口元が緩む。


「なら、一口」
「ん」


顔を寄せるクラウドに、スコールもスプーンを近付ける。
手ずから差し出されたゼリーを口に入れると、ゼラチンが溶けて、しゅわっと爽やかな炭酸の味が舌に残る。

クラウドがゼリーを食べたのを見て気が済んだスコールは、また自分の為にスプーンを差した。
どうやら泡のミルクゼリーが特に気に入ったようで、其方だけ減りが早い。
ついでにクラウドは、スコールの唇の端に、白いミルクの欠片が残っている事に気付き、


「スコール、ついてる」
「ん?」


口の中にゼリーを入れた状態で、スコールが振り返る。
何処だ、とスコールが問う前に、クラウドはスコールの口端を舐めた。

ほんのりとミルクの甘みが、クラウドの舌に残る。


「………!?」
「甘いな」


満足げなクラウドの前で、スコールが絶句して言葉を失っていた。
何が起きたのか一瞬理解が追い付かなかったスコールだが、把握すると、今度は白い頬が一気に赤くなる。
何やってるんだ、馬鹿なのか、と言いたそうにスコールの唇が動いたが、声は声帯が機能を失ったように出て来なかった。

廊下へと繋がるドアの向こうから、二人分の足音が聞こえて、クラウドはキッチンに向かうべく席を立った。


「おはよーっす。腹減ったなー」
「おっ、そのゼリー何?美味そう」
「ん?スコール、どした?」
「顔赤いぞ~」


仲間達の声に反応する事も出来ず、スコールは赤い貌のまま、しばらく固まっていたと言う。





『甘めのクラスコ』でリクエストを頂きました。ので二人に甘いもの食べさせてみた(そう言う意味ではない)。

甘いもの好きなスコールは可愛い。
スコールから「あーん」してますが、無意識です。意識したら恥ずかしくて出来なくなる。

[クラスコ]安らぎの種

  • 2016/08/08 22:35
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朝、目が覚めた時から違和感はあった。
だがそれは深く気にする程のものではなく、少し頭の芯がぼやける、程度のもの。
寝起きが悪い事には多少なり自覚があるので、その所為だろうと思って、そのままにした。

今朝の当番だったバッツが作った朝食を食べている時、もう一つ違和感を覚えた。
バッツにしては薄味だ、と思いながら食べていたが、隣に座るティーダが、スクランブルエッグにケチャップをかけていなかった。
味の濃いものが好きなティーダにしては珍しい事だ、と思いながら、黙々とスプーンを運んでいると、ジタンが「今日の卵、甘いな」と言った。
スコールはジタンのその言葉を聞くまで、スクランブルエッグが甘い事に気付かなかった。
……そう言えば、甘い甘くない以前に、卵らしい味も感じない、と言う事に遅蒔きに気付く。

違和感が強くなって来ると、なんとなく気分が悪い───とまでは言わないが、落ち付いて食事を採る気がなくなってきた。
半分まで食べた所で席を外し、リビングのソファに座って転寝をする。
目覚めた時の、頭の芯の靄が再来しているような気がして、体が重くなって行く。
このままソファに沈んで寝てしまおうか、でも今日はジタンとバッツが一緒に行こうとかなんとか…と思っていると、


「スコール。お前、大丈夫なのか」


聞こえた声に、スコールが閉じていた瞼を億劫そうに持ち上げると、変わった虹彩を宿した碧眼が此方を見下ろしていた。


「……クラウド」
「…飯もあまり食ってなかったな。気分でも悪いのか?」
「……別に……」
「お前のそれは、いまいち当てにならないな」


どうにも反応の鈍いスコールに、クラウドは苦笑して言った。
その言葉にスコールがむっと眉根を寄せるが、クラウドは構わずに手を伸ばす。

濃茶色のカーテンがかかる額に、クラウドの手が添えられた。
ごつごつとした厚みのあるクラウドの手は、ひんやりとしていて、スコールは心地良くて目を細める。
その様子を見たクラウドは、やれやれ、と眦を下げ、遠巻きに此方を見ていたジタンへ振り返った。


「少し熱があるようだ。今日のスコールは待機だな」
「やっぱり?おーい、バッツー」
「……別になんともない。あんた達、大袈裟だ」


クラウドの報告を受けて、キッチンで洗い物をしているバッツに報告に行くジタン。
そんな二人の遣り取りを見ていたスコールは、熱などないし、あったとしても大した事ではない、と反論したが、


「素人の半端な診断は信用できないぞ」
「あんただって素人だろ」
「なら、バッツに頼むか?セシルでも良いか」


クラウドの言葉に、スコールの眉間の皺が深くなる。

薬師としての腕が確かなバッツなら、スコール自身やクラウドよりも遥かに正確に診断できるだろう。
が、彼に診断を任せると、後で特別に煎じられた薬を飲まされる。
薬の効果は中々高く、早く治したい時は重宝させて貰うが、彼の作る薬と言うのは、恐ろしく不味いものも少なくない。
良薬口に苦しと言うが、出来ればもう少し飲み易くして欲しい、と言うのは、彼の薬の世話になった人間が総じて抱く切実な願いであった。

セシルは専門的な医学の心得がある訳ではないが、経験豊富で知識も豊かだ。
更に言えば、スコールはセシルのさり気無い押しの強さと言うものを苦手としており、彼に綺麗な笑顔で「判った?」と言われると、閉口するしかない。
あれに睨まれる位なら、最初から大人しくしていた方が良い、とスコールは思っている。

判り易く不満そうな顔をするスコールに、クラウドはくすりと頬を緩めた。
ぽんぽんとクラウドの手がスコールの頭を撫でる。
その頭も、いつもは朝食までに綺麗に整えられているのに、今日は寝癖の痕をくっきりと残していた。
それを見付けた時点で、クラウド他、スコールを良く見ている者には、彼の不調は判る事だった。

洗い物を終えたバッツが、ジタンと共にキッチンから出てくる。


「スコール、調子悪いって?」
「ああ。だから今日のスコールは待機だ」
「おい、クラウド……」
「仕方ないな。朝飯の残り、お粥にしといたから、昼に食べろよ」


自分の体調不良について、まだ納得したとは言い難いスコールだったが、周りはそんな事は気に留めなかった。
それ所か、バッツは判っていましたと言わんばかりの準備の良さだ。
スコールは益々眉間の皺を深くするが、誰もそれを気に留める者はいない。

あれよあれよと言う内に、スコールの体調不良の件は、他の仲間達にも知られた。
バッツとジタンは、今日はスコール抜きで探索に向かう事にし、フリオニールはスコールの部屋に毛布を多目に運び込んだ。
セシルはモーグリショップで購入していた薬の在庫数を確認し、ちょっと少ないね、と言うと、ティーダがばびゅっと買いに行き、セシルもそれを追った。
ティナは、体調を崩すと心細くなるものだからと、スコールにお気に入りのモーグリのぬいぐるみを貸し、ルーネスも暇潰しにどうぞと数冊の本を渡してから、聖域を後にした。
ウォーリア・オブ・ライトは、病気について自分は何も出来る事はないから、とわざわざ断りを入れに来て、代わりに聖域周辺の見回りを強化するので、君はゆっくり休んでいると良い、と言った。

かくして、スコールは、元々の待機番であったクラウドと共に、聖域に残される事となった。
二人きりになった屋敷の中で、スコールはティナが渡して行った大きなモーグリのぬいぐるみに体を半分預けた格好で、ソファに横になっている。


(……平気だって言ってるのに)


誰も聞きやしない、と不満に唇を尖らせるスコール。
しかし、外に出なくて良いとあって、気が抜けたのだろうか。
頭の芯の靄が、またふわふわと濃くなって来るような気がして、スコールはぬいぐるみの腹に顔を埋める。


「スコール。大丈夫か」
「……ん」


クラウドの声に、スコールは顔を上げずに答えた。


「寒気は?」
「……ない」
「部屋で寝なくて良いのか?」
「……ん」


移動できない程に体が重い訳ではなかったが、面倒とは思う。
そんな自分を鑑みて、あまり大丈夫じゃない程度には調子が悪いのかも知れない、とようやく思い直した。

モーグリの腹に顔を埋めていると、ちょっと良いか、とクラウドの声がした。
んー、と意味のない返事だけを放ると、ぬいぐるみと額の間にクラウドの手が割り込む。
ひたりと額に宛がわれたクラウドの手は、やはり僅かに冷たくて心地良い。


「少し汗を掻いてるな。暑いか?」
「……いや……」
「…着替えて寝るか。その格好より、寝間着の方が楽だろう」


スコールの服装は、いつもの黒衣のジャケットとタイトなズボンだ。
今日はバッツ達と出掛ける予定だったから、そのつもりで着替えて、そのままだった。

移動するのは面倒だが、服は楽なものに着替えたい。
そんなスコールの着替えは、自分の部屋にしかないので、面倒な移動を行わなければならない。
億劫そうにスコールが起き上がっていると、クラウドがその背をぽんぽんと撫でて宥め、


「着替えは部屋にあるんだろう。俺が取って来よう」
「……じゃあ、頼む」


クラウドの申し出に、スコールは素直に任せて、またソファに横になった。

リビングを出たクラウドは、五分と経たずに戻って来た。
何せスコールの着替えは、几帳面な彼には珍しく、今朝脱ぎ捨てられたまま、ベッドの上に丸められて放置されていたからだ。
お陰で探す時間がかかる事もなく、クラウドはそれらを回収すると、直ぐにリビングへと戻った。

着替えを用意されたスコールが、もう一度ゆっくりと起き上がる。
長い睫を携えた瞼が、半分下りているのを見て、クラウドは苦笑する。


「今日は外に出なくて良かったな」
「……そうか?」
「そうだろう。自分じゃどうか判らないが、傍目に見るとかなり重症だぞ?」
「……?」


クラウドの言葉に、スコールはことんと首を傾げる。
いまいち会話のテンポが遅いスコールに、自覚も追い付かない位に、調子が悪いんだろうな、とクラウドは思った。

クラウドはスコールをモーグリのぬいぐるみに寄り掛からせ、スコールのジャケットを脱がす。
いつもの厚着で熱が篭ったのだろう、スコールの体はじっとりと汗を滲ませている。
シャツまで脱がせてやると、スコールは少しすっきりとした表情を浮かべた。


「もうこのままで良い……」
「余計に拗らせるぞ」


スコールらしからぬ怠惰な一言に、クラウドは流石にそれは駄目だ、と寝間着のシャツを押し付けた。
だって面倒臭い、と言いたげな蒼がクラウドを見上げる。
上目遣いで判り易く甘えてくるスコールに、少し甘やかしたくなるクラウドだが、此処でうんという訳にはいかない。


「面倒ならじっとしていろ。着替えさせてやるから」
「……ん」


スコールは素直に頷いて、クラウドに寝間着を差し出した。
やれやれ、と肩を竦めつつ、クラウドは丸めていたシャツを広げて、スコールに着せてやる。

ズボンは脱がせようとしたら嫌がるか、と思っていたのだが、これもスコールはされるがままだった。
ちらりと顔を見遣れば、蒼灰色の瞳が半分瞼に隠れている。
気分が悪いと言う様子も見られないので、恐らく、単純に眠くなって来たのだろう。

スコールの着替えを終えると、クラウドはすっかり力の抜けた体を抱き上げた。
どうせ寝るなら、リビングのソファ等ではなく、寝室のベッドの方が良い。
体調と気持ちの緩みとで、スコール自身は動く気が無いようなので、クラウドが部屋へと運んでやる。

蛹の抜け殻のように塊になっている毛布を退けて、スコールをベッドに横たわらせる。
体に力が入っていない人間は、存外と重い物だ。
ふう、とクラウドは一息吐いて、ベッド横の小さな椅子を寄せ、腰を下ろした。
スコールがごろりと寝返りを打ち、ベッド横に座っているクラウドを、心なしかぼんやりとした瞳で見上げる。


「……クラウド」
「ん?」
「あんた、…いいのか?」
「何がだ?」


主語の足りないスコールの問いに、クラウドは毛布を寄せてやりながら問い返す。
スコールは被せられた毛布を素直に受け取りつつ、その、と言い辛そうに澱んでから、


「…あんた、今日、何か用事があったんじゃないのか?」


スコールにバッツ達と出掛ける用事があったように、クラウドも事前に予定されていた事があったのではないか。
例えば、ティーダ、フリオニール、セシルと一緒にイミテーション退治に行くだとか、ルーネスやティナに付き合ってモーグリショップに行くだとか。
ウォーリアとの手合わせも頻繁に行われているので、そういう事もあるだろう。

しかしクラウドは、スコールの世話をするのが自分の仕事とでも言うように、当たり前のように屋敷に残っている。
自身の体調不良を徐々に自覚し始めたスコールにとって、世話を焼いてくれる人間がいるのは有難い事だが、急に予定を変えられて業腹なのではないだろうか、とも思う。
単に待機番が変更になったと言うだけならともかく、他人の面倒を見ると言う、ある意味面倒を押し付けられた形になって、───それもさっきまで不調の自覚のなかった人間の世話をするなど、厄介に思われていたのではないか。

そんな事まで考えるスコールの表情に、クラウドは安心させるように、小さく笑みを浮かべる。


「用事って言ったって、ティーダ達といつもの探索だったし、焦るようなものでもない。それより俺は、お前の事が気になったからな」
「……」


お前が深く気に病む事ではないのだと、クラウドがそう言っている事は、スコールにも理解出来た。
だが、それでも過ぎった不安は振り払えないのがスコールと言う人間だ。
顔を顰めたまま、じっと物言いたげに見詰める青灰色に、クラウドはやれやれ、と苦笑する。

クラウドは、くしゃくしゃとスコールの髪を掻き撫ぜた。
子供をあやす撫で方に、スコールが些かムッとしたようだったが、手を振り払われる事はない。


「今日は周りの事は気にするな。それでも気掛かりなら、後で何か埋め合わせをしてくれれば良い」
「…埋め合わせ?」
「夕飯のメニューだとか、手合わせだとか。デートでも良いぞ?」
「………」


付け足した一言に胡乱な目を向けられて、駄目か、とクラウドは肩を竦める。
スコールの訝しげな表情に、撫でる手を引っ込めて、冗談だ、とクラウドは宥めた。


「ともかく、俺の事は気にしなくて良いから───それより、何か欲しいものはないか?」
「…欲しいもの?」
「水でも、飯でも。一通りのものはバッツ達が用意して行ってくれたからな。用意位は出来るぞ」


家事雑事の類は得意ではないクラウドだが、それは仲間達も理解してくれている。
それでもスコールの面倒を見たい、彼の傍にいてやりたいと思う気持ちも、判ってくれていた。
仲間達は揃ってその意志を汲んでくれ、病人の世話に必要になるであろう諸々を、一通り揃えてから出発している。
スコールの希望に併せ、それらを運んで来る位なら、クラウドにも出来る事だ。

ぼんやりと、そのまま寝入りそうな表情で、スコールはクラウドを見上げていた。
熱が上がっている訳ではないようだが、睡魔の所為で、考えるのも億劫になっているのかも知れない。
寝るなら寝るで良い事だ、とクラウドが思っていると、


「……手……」
「手?」


小さな声にクラウドが反芻させると、スコールは小さく頷いた。

クラウドは自分の手を見てから、スコールの前に伸ばしてやる。
スコールはその手を捕まえると、自分の頬へとそれを運んだ。
ひた、と触れたクラウドの手には、いつものスコールよりも少し高い体温が感じられた。


「……あんたの手、冷たい……」
「そうか?」


水仕事をした訳でもないのに、冷たいとは。
やはりスコールの体温が上がって来ているのだと、クラウドは一瞬眉根を寄せたが、直ぐにそれを解いた。
クラウドの手に頬を冷やされて、スコールの唇が緩んでいる。
野暮な説教はなしにして、スコールがこの僅かな涼を求めているなら、与えるのは吝かではない。

クラウドがそっと白い頬に指を滑らせると、スコールは猫のように目を細めた。
きもちいい、と何処か舌足らずに言った恋人に、クラウドの口元も緩む。



スコールは、クラウドの手を握ったまま、とろとろと目を閉じた。
まるで放すまいと捕まえているような様子に、其処までしなくても良いのに、とクラウドは笑む。

────この手のひらで、愛しい君に安らぎを与える事が出来るのなら、幾らでも。





『クラスコでスコールが怪我or風邪』と言うリクエストを頂きました。

世話焼きクラウドと、無意識に甘えたがるスコールと、なんとなく空気読んでさくさくと行動する仲間達。
薬を買いに行っただけの筈のティーダ達も、適当に暇を潰してから帰ります。
WoLは定期的帰って来るけど、クラウドがいるので、スコールの部屋までは上がって来ない。
そんな訳で、スコールの体調が落ち付いて、クラウドの気が済むまでは、一緒にいるんだと思います。

[フリスコ]境界線の消えた夜

  • 2016/08/08 22:27
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見ていてじれったい、まだるっこしい、とよく言われる。

両想いだと判っていながら、中々縮まらなかった距離。
それぞれ仲間に背を押され、ようやく思いが実ったら、今度は意識し過ぎてお互いに顔が見れない。
仲間達が気を遣ってくれて、二人きりになんてされようものなら、身動ぎ一つも出来ないまま時間が過ぎて行く。
それを隠れ見ていたティーダに「中学生のお付き合いじゃないんだから!」と突っ込まれた。

どんな関係で、それがどんな形であろうと、間違いと言うつもりはない、と皆は言う。
けれども、そうした微妙な距離感の付き合い方の理由の大半が、決して前向きな理由ではない事が、仲間達には少し見過ごせなかったらしい。
この原因は多分にスコールの方に理由があり、いつか終わる関係───別たれる事が判っているなら、いっそ、と言う気持ちが根底にあった。
それを察したジタンとバッツは、終わるからこそ大事にするべき時間もある筈だ、とスコールを宥めた。
実際に、スコールの心にフリオニールを求める気持ちは確かに在り、彼が別れる日の傷に怯える事さえなければ、彼に応えるのはフリオニールも吝かではなかったのだ。
フリオニールはスコールの望みに準じる気持ちを持ちつつも、自身が彼を求めていた事は、ずっと以前から判っていた事だったから。

スコールがジタンとバッツに宥められ、フリオニールはフリオニールで、もっと積極的になるべきだ、と言うティーダとクラウドに発破をかけられた。
そしてセシルが気を回し、二人をさり気無く一緒のテント割にした。
駄目押しに、僕らの事は気にしないで良いから、とセシルに言われて、これで準備は整った。

────が、こうやって二人きりで向かい合うと、フリオニールは未だに緊張してしまう。
今夜の“これから”を思うと、尚の事、フリオニールは血が沸騰してしまいそうだった。


(ど……どうすれば……)


広くはないテントの中、二人きりで一枚のブランケットを挟んで向かい合っている。
やれと言われた訳でもないのに、フリオニールは正座をしていた。
スコールは胡坐で崩したスタイルだが、視線は右斜め下に向けられたまま、フリオニールを見ていない。
白い頬が赤らむと判り易いスコールは、それを隠すように、何度か顔に手を当てては鼻頭を擦る仕種を見せていた。

お互いに、お互いの存在を意識し過ぎて、動けなくなっているのが判る。
せめて何か動ける切っ掛けがあれば良いのに、と事態が動く“何か”を期待して、既にどれ程の時間が流れたか。
このままでは、いつの間にか朝になっていても可笑しくない程、動きがない。


(この状況が嫌な訳じゃない。でも……スコールはどうなんだろう)


これからの事を思うと、フリオニールは緊張するが、それには期待も混じっている。
恋人同士と言うものが、こう言う状況になって、この後何をするのか、経験はないが判らない程子供ではない。
そして恐らく、それはスコールも同じ事だと思うのだが、問題はスコールの胸中であった。

押し流されつつも、自分の意思でテントに入ったフリオニールと違い、スコールは最後まで抵抗していた。
一部の仲間達の露骨な気遣いに、余計に意地になった所も否めないが、元々スコールは、フリオニールとの仲に大きな進展性を求めていない節があった。
だから、二人の付き合いは今まで清いものであった訳で。
それを、仲間達の助言の下とは言え、こんな状況に押し込められて、外には見張の仲間達の声がしていて、逃げ場を塞がれたような状態。
果たして彼は、本当に納得してくれた上で、此処にいるのだろうか。
それが判らない事が、フリオニールの体をいつも以上に強張らせている。


(……聞いてみようか。良いのかって。進んで、良いのかって)


フリオニールの胸中は、しっかりと気持ちが固まっていた。
第一に、スコールが本心から望まない事は、したくない。
そして、スコールが心から望んでいる事なら、フリオニールはどんな事でも応えようと思う。

だから先ずは、ちゃんとスコールの口から、彼の答えを聞かなければ────と思った時だった。


「……あんた……」
「!」


フリオニールが口を開ける一歩手前で、スコールが口を開いた。
相変わらず視線は斜め下に落ちたまま、赤い横顔を此方に向けて、小さな声で言う。


「……あんた、良いのか」
「い、いいって…?」
「………」


出鼻を挫かれたのと、予期していなかったスコールからの問いに、フリオニールは思わず問い返してしまった。
それが良くなかったのだろう、スコールは眉間に深い皺を寄せて、唇を噛んで黙ってしまう。
その仕種を見て、フリオニールも遅蒔きにスコールが“何”を指しているのか気付き、


「お、俺は。良い、と思ってる」
「……」
「と、言うか、その……あの……」


良いか悪いか、言い表すのはそんな味気のない言葉ではない、とフリオニールは思った。
どくどくと煩い自分の心臓の音を聞きながら、フリオニールは、からからとした喉で無理矢理唾液を飲み下して、改めて口を開いた。


「俺は、スコールと、もっと一緒にいたい。もっとスコールを知りたい」
「……っ…!」


何も隠さないフリオニールの言葉に、スコールの顔が更に赤くなった。
沸騰したみたいだ、とフリオニールが頭の隅で思っていると、蒼灰色がゆっくりと此方へ向けられる。

スコールはしばらくの間、真っ赤な顔でフリオニールを見詰めていた。
泣き出しそうにも、怒り出しそうにも見える蒼色に、フリオニールは緊張で息が詰まって行く。
────と、スコールの足が胡坐を解いて、四つ這いで恐る恐るフリオニールへと近付く。

ブランケットの垣根を越えた細身の体が、フリオニールの前に迫っていた。
緊張のピークに達したフリオニールが、思わず逃げるように体を仰け反らせると、スコールが更に近付く。
バランスを崩したフリオニールの正座が崩れて、尻もちをつけば、へたり込むように座るフリオニールの胸に、スコールの手が乗った。


「ス、スコール、」


近い、とフリオニールが未だ嘗てない距離感に慄いていると、


「……良いんじゃ、ないのか?」


逃げを見せるフリオニールに、やっぱり嫌になったのか、とスコールの眦が寂しげに細められる。
フリオニールは反射反応に等しい勢いで、首を横に振った。
それを見たスコールの表情が微かに緩み、そうか、と嬉しそうな声が零れる。

フリオニールの震える手が、そろそろとスコールの体に回された。
スコールが嫌がる事はなく、フリオニールの胸に添えられた手が、柔らかな力で服を握る。
どちらともなくキスを交わして、いつものように触れるだけのものではなく、もっと深くまで繋がれるように、舌を絡ませて貪り合う。


「ん、ぅ…んっ……」
「っは……ん…・スコール……!」
「ん、ん……っ」


フリオニールの呼ぶ声に、スコールは応える暇も与えられなかった。
それ程激しい口付けは、二人の間では初めてのものだ。
加減を判っていないフリオニールの激しいキスに、スコールは戸惑っていたが、嫌がって逃げようとはしない。

二人とも苦しくなってきた所で、フリオニールはようやくスコールを解放した。
ふあ、と力の入っていない声がスコールの唇から漏れて、赤い貌ではあはあと呼吸を繰り返す恋人の姿に、フリオニールの喉が鳴る。


「スコール……」
「は…はぁ……フ、リオ……」
「……っ」


熱を孕ませた蒼の瞳と共に、濡れた桜色の唇が、フリオニールの名を呼ぶ。
それだけでフリオニールは、自分の熱が一気に暴発しそうになるのを感じた。

尻もちをついてスコールを腹の上に乗せていたフリオニールだったが、スコールの体を掬うように抱き上げると、ブランケットの山に押し倒した。
視界の回転にスコールは目を丸くしていたが、自分の上に覆い被さっている男に気付くと、恥ずかしそうに視線を逸らす。
その眼にこっちを見て欲しい、と思うと、フリオニールはその感情を止められず、スコールの顎を捉えて上向かせ、もう一度深く口付ける。

碌に自制が効いていない事を、フリオニールは頭の隅で自覚していた。
スコールが嫌がる事はしたくないから、こんな調子ではいけないと思うのに、止められない。
そしてスコールも、何度その表情を見ても、嫌がっている様子はないから、尚更フリオニールは、自分を宥める理由がなくなって行く。


「う…ん、ふっ……」
「……っは、…はぁ……っ」


このまま事を押し進めようとして、フリオニールは我に返った。

酸素不足でくったりとブランケットの波に沈んでいるスコール。
汗を滲ませている顔を、今更ながら優しく撫でると、スコールは心地よさそうに、皮の厚い手に頬を寄せる。


「フリオ……?」


あのまま貪り続けられると思っていたスコールは、フリオニールが急に優しくなった事に、少し戸惑っていた。
けれども、頬を撫でる手は心地良くて、このまま触れられていたいと思う。

そんなスコールに、フリオニールは絞り出すような小さな声で問う。


「……なあ、スコール。本当に、良いのか?」
「……?」
「此処から先、進んで……良いのか?」


嫌ならそう言って欲しい、とフリオニールは続けた。
スコールが本心から望んでいないのなら、それに応えるから、と。
フリオニールの言葉は、芯からスコールを愛しているから出て来た言葉だったと言えるだろう。

しかし、スコールはその言葉に、逆に眉根を寄せる。


「……あんた、やっぱり嫌なのか?」
「そ、そうじゃない!本当だ!」
「バカ、声がでかい…っ!」


反射的に声を大きくしたフリオニールに、スコールは慌てて彼の口を手で塞ぐ。
外に聞こえたらどうするんだ、あいつら絶対飛び込んでくる、と言うスコールに、そうだった、とフリオニールも己の軽率を呪う。

フリオニールは口を押えるスコールの手を退かせると、指を絡めて強く握った。
絡み合う手を見たスコールの顔が赤くなる。
そのまま、スコールの手をブランケットの上に縫い付けて、フリオニールはスコールだけに聞こえる声で囁いた。


「俺は、スコールの全部が好きだ。だから全部、欲しいんだ」


フリオニールの言葉に、スコールの瞳が揺れた。
じわ、と雫を滲ませる蒼が、悲しみや恐怖に因るものではないと判ると、フリオニールは嬉しかった。

フリオニールの首に、細身の腕が絡み付く。
苦しくないようにするから、と言うフリオニールに、期待しないでおく、とスコールは言った。
それでも甘えるように体を寄せるスコールに、フリオニールは抱き締める腕に力を籠めて、キスをした。




余計な言葉は、もういらない。
重なり合う熱に身を委ねて、二人の長い夜が始まった。






フリスコで『童貞フリオと処女スコールの初えっちのような甘酸っぱいもの』と言うリクを頂きました。
フリオニールががっつき気味なのは、童貞だからです。
スコールが積極的ですが、腹を括ったら先に動けそうなのはスコールだと思って。でも後で引っ繰り返される。

初えっち手前でどうにもぎこちない二人は、「良いから早くしろ!」と言いたくなるけど、書いてるととても楽しい。

[レオスコ]花咲く音は聞こえない

  • 2016/08/08 22:20
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学校帰りに、仕事帰りの兄と、電車の中で鉢合わせた。

今日は随分早い、とスコールが言うと、話が早い内にまとまったからな、とレオンは言った。
詳しい事はスコールの知る由ではないが、まとまったのなら良い事なのだろう、と思う。
いつも忙殺させるように奔走しているレオンが、平日夕方の電車で帰宅の徒につけているのだから、これは恐らく、相当良い事だ、と。

スコールはと言うと、放課後にティーダ達とゲームセンターなり、何なりと行く予定も組めたのだが、なんとなく帰ろうと思った。
ティーダ達は随分と渋っていたが、直にテストも始まるぞ、とスコールが釘を差すと、黙り込んだ。
忘れていたかったのだろう学生生活のボスバトルに、言うなよぉ、としおしおと泣き顔を浮かべていたクラスメイト達に手を振って、スコールは帰路へ。
いつもよりも少し早い電車に乗って、家の最寄駅まで向かっている所へ、兄が同じ車両に乗り込んで来たのであった。

兄弟揃って電車に乗り、家に帰るなんて、何年振りだろうか。
そもそも、年が離れているので、兄が学生の頃でも、こうやって一緒に帰る事は少なかった。
スコールが幼く、保育園に通っていた頃は、レオンが学校への行き帰りで保育園に足を運んでスコールを送り迎えしていたが、小学校に上がるとそれもなくなった。
現在、スコールが通っている高校に在籍していたレオンに対し、小学校は街からバス一本で行ける場所にあったから、どうしても生活は別々にならざるを得なかったのだ。
今ではスコールが高校生、レオンは社会人となっており、子供の頃よりも、更に生活時間がズレている。
一緒に電車で帰宅など、余程のタイミングが合わなければ、先ず起きない事だったのだ。

そのタイミングに初めて逢ったものだから、スコールは些か動揺していた。
背広は脱いで、腕をまくって、ネクタイだけはきちんと締めた兄が、隣に立っている────そう思うだけで、吊革に掴まる手に、なんとなく汗を掻いているような気がする。
窓の向こうで通り過ぎる景色は、いつも見ているものと変わりないのに、何かが違うと思わせる。

そんな動揺心を精一杯隠して、いつも通りの顔で停止した駅の景色を見ていると、気の所為ではなく、街の様子がいつもと違う事に気付いた。


「……?」


首を傾げて窓の向こうを見ていると、向かいのホームにやけに人が多いのだと判った。
その中には、ちらほらと浴衣を着ている者の姿もある。


「夏祭りか」
「……ああ」


隣から聞こえた声に、スコールも納得した。
向かいのホームから乗り換えの電車で、夏祭りが催される地区に行ける。
毎年の光景だったのだが、スコールは人込みに興味がないので、イベントにアンテナも立てておらず、夏祭りなんてものは、知らない間に始まって終わっているものだった。
それに今年は偶然気付いた、それだけの事。

ただでさえ人が集合し易い駅で、いつもの倍以上の人影。
近寄るのは嫌だな、と思うと、どんなに盛況な祭りであっても、スコールは行く気になれない。
賑やかし事が好きな父なら、うきうきと息子達を誘った所だろうが、今日の彼は夜遅くまで帰って来ない。
今年も夏祭りとは無縁なまま、夏を過ごして行くのだろう───とスコールは思っていたのだが、


「行ってみるか」
「え?お、おい」


レオンが一言呟いたかと思うと、スコールは彼に引かれて、電車を降りた。
あれよあれよと言う内に、改札口を抜けて、駅の外へと連れて行かれる。

スコールはしばらくしてから、レオンが「祭りに行ってみるか」と言った事を理解した。
が、それなら、何故駅から離れて行くのだろう。
今日催されている夏祭りに行くのなら、今の駅で改札を出るのではなく、ホームを変えて電車に乗る必要がある。


「レオン、あんた何処に行く気だ」
「夏祭りだ」
「だったら電車に乗らないと…」
「電車なんかに乗ったら、人込みで酔うだろう」


確かに、駅のホームにこれでもかと並んでいた人のなかに交れば、スコールは人酔いするに違いない。
その点で兄の気遣いは有難いものだったが、そもそも俺は祭りに行きたいなんて言ってない、とスコールは思う。
それでも腕を引く兄の手を振り払えないのは、惚れた欲目か。

電車に乗らないのなら、バスにでも乗るのか。
そう思っていたら、レオンは駅前のバス停もさっさと素通りし、その向こうのタクシープールへ。
タクシーの自動ドアが開くと、レオンに乗るように促された。
まあバスも人が多かったし……と大人しく乗り込み、隣にレオンも座った所で、スコールはもう一度首を傾げる事になる。

レオンが運転手に告げた行き先は、祭りが催されている地区ではなかった。


「レオン、場所が違う……」
「良いんだ。穴場がある」
「穴場?」


毎年、それなりに人が集まっている祭りの穴場。
そんなものがあったのか、と思うと同時に、どうしてレオンはそんな事を知っているのだろう、と疑問に思う。

そうしている間に、存外と近かった“穴場”に到着した。
人や車の流れが、夏祭りを目当てに専ら駅へ集中している所へ、逆に走行したお陰で、渋滞に巻き込まれる事もなかった。
反対車線が人と車でぎっちりと埋まっているのを見たスコールは、益々夏祭りと言うものに気分が遠くなっていたのだが、“穴場”には見事に人の姿がない。


「此処は……」
「古い神社だ。土日は子供が遊んでいるものらしいが、流石に今日は静かだな」


皆祭りに行ってるんだろうな、と言って、レオンは鳥居へ伸びる石段を上る。
スコールもそれを追って、いつ作られたのか、隙間から苔や雑草を生やしている階段を上って行った。

登り切って鳥居を潜ると、広い境内がある。
境内に比べると、些かこぢんまりとした社が立っており、これも随分と古い建物だ。
レオンが言った通り、境内は普段は子供の遊び場になっているらしく、地面に石で描いた落書きの後があったり、持ち寄られたお菓子を棄てたゴミ箱が設置されていた。
しかし、これもレオンの言う通り、今日は人っ子一人いない。
社の下で猫が涼み夕寝をしている位だった。

レオンが境内を横切って行くので、スコールはそれについて行った。
この神社は少々高台に位置しており、境内の端まで行くと、近隣の街を一望する事が出来る。
夕焼け色に染まった街を、レオンがぐるりと見渡して、


「やっぱり少し早かったか」
「何かあるのか」


レオンが見ているものを探して、スコールがきょろきょろと辺りを見回すが、変わったものは何もない。
と、レオンが、展望できる近い距離にある川を指差す。


「毎年、あそこから花火が上がる」
「花火?」
「あそこで打ち上げれば、夏祭りをしている場所から、丁度良い距離で花火の全体像が見れるんだろうな。でも、此処ならもっと近くて、全部見える。特等席だそうだ」


夏祭りには、最後にいつも花火が上がる。
八月中頃に行われる花火大祭に比べると、数は劣るものの、やはり夏祭りに花火は付き物とでも言うのか、かなり力が入っており、好評らしい。
スコールも、幼い時分、この花火だけは何処かで見たような記憶がある。
幼かったので、いつ何処で見たかと言われると、いまいち判然としないのだが。

それにしても、レオンは何処でこの“穴場”を知ったのだろう。
スコールと同じく、自ら賑やかな祭りの類には余り興味を持ちそうにない男の、情報源が気になった。


「レオン。こんな所、なんで知ってるんだ」
「父さんに教えて貰った事がある。二、三年前だったかな」


出て来た名前を聞いて、成程、とスコールは納得した。
が、同時にまた疑問が浮かぶ。


「なんでラグナがこんな場所を知ってるんだ?」
「さあ……俺も聞いたけど、苦笑いでかわされたからな。あの人の事だから、道に迷って偶然辿り着いた、って所じゃないか?」


兄の言葉に、ああそう言う事なら…とスコールは再度納得した。

実際、レオンの予想は当たっている。
兄弟の父ラグナは、中々の方向音痴で、目的地とは全く真逆の場所に辿り着く事も少なくない。
それは持ち前の好奇心の所為だったり、ちょっとした見栄の空回りであったり、理由は様々だが、取り敢えず、父に悪気がない事だけは確かである。
その際、思いもがけない出来事に出逢ったり、細やかな発見をしたりと、悪い事ばかりではないのが幸いと言えるか。
レオンが教わった“穴場”も同じような流れで、若い折、生前の母を夏祭りのデートに誘ったは良かったものの、バス乗り場をうっかり間違え、この神社に辿り着いた。
その頃は、“穴場”とは言われても、今よりも人の気配があって、夜が近付くにつれてぽつりぽつりと増える人影に、此処で何かあるのかと訊ねた所、花火が綺麗に見えるんだと教えて貰った。
それから後、この時期の夏祭りの時は、この神社が二人のデートスポットになったのである。

レオンはラグナから詳しい話を聞いた訳ではなかったが、似たような別の話は何度か聞いている。
そして、母はそんなラグナと一緒にいるのが楽しくて、呆れながらも一緒に寄り添ってくれていたのだと言う事も。


「───でも、まだ花火には早いな。夜にもなっていないし」


まだ橙色の濃い空を見上げて、レオンは言った。
適当に待たせて貰うか、と吸われる場所を探す。

ベンチはちらほらと備えられていたが、何処も西日が当たって暑い。
レオンは少し考えたが、場所を借りよう、と言って社に向かった。

拝殿の下で寝ていた猫が、ピクッと顔を上げる。
レオンとスコールが近付いて来るのを見るものの、二人が自分に近付いて来ないと悟ってか、逃げる事はしなかった。
邪魔をされなければどうでも良い、と丸まり直して、ふくふくと腹を動かしている猫を横目に、二人は賽銭箱の隣を間借りする事にした。


「花火の開始予定は、20時半か」
「結構先だな」
「最近は、それ位にならないと暗くならないからな」


夏真っ盛りの今、夕方の時間は一時のものとは言えど、秋や冬に比べると遥かに長い。
季節が違えば今の時間でも夜になるが、今はまだまだ太陽が高い位置にあった。

それにしても────変な感じだ、とスコールは思う。
学校帰りに、真っ直ぐ家に帰ろうとして、電車で兄と逢って、いつの間にか人気のない神社に来ている。
夕涼みの風が、静森をさわさわと揺らして行く音が、心地良い。
隣にレオンがいると思うと、尚更。


「スコール?」


寄り掛かるように僅かに体重を預けて来た弟に、レオンが名を呼ぶ。
スコールは返事をせず、とす、とレオンの肩に頭を乗せた。

そのまま少しの時間、じっとしていると、形の良い手がスコールの頭を撫でた。
レオンの手だ、と甘受している内に、その指先がスコールの項に触れて、首周りをそっと滑って行く。
くすぐったさに眉間に皺が寄ったが、手が頬に添えられたのを感じて、スコールはじっと大人しくしていた。
力の緩んだスコールの唇に、レオンのそれが重なって、二人の吐息が交じり合う。


「ん……」
「……は……っ」


レオンの舌がスコールの唇を舐めた。
ぶるっ、とスコールが身を震わせると、レオンの唇が離れる。

スコールはほんのりと赤らんだ顔で、レオンを睨むように見て、


「此処、外だぞ……」
「でも誰もいないだろう」


だから気にしなくて良い、とレオンは言った。
花火はどうするんだ、と言うと、まだ時間はある、と答える。

気付いた時には、スコールは鐘が吊るされた天井を見ていた。
花火が始まったら見たい、とだけ言って、スコールは触れる手に身を委ねた。





レオスコでリクエストを頂きました。
サラリーマンなレオンと、高校生なスコールでした。

それにしても、人気のない神社で何をしているのか。けしからん。もっとやれ。

[アルスコ]迷子の歯車

  • 2016/08/08 22:12
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目が覚めた時、其処は歯車が噛み合う、奇妙な井出達の城の中だった。
自分がどうしてこんな場所にいるのか、此処が何処なのかも判然とせずにぼんやりと座り込んでいると、一人の魔女が音もなく現れた。
こんな所で何をしているのです、と問う魔女に、自分は答えられなかった。
そもそも、何をしていたのか判らないから、そうして座り込んでいたのだ。

魔女はしばらく此方を観察した後、突然高笑いを上げた。
何がそんなに可笑しいのか判らずに首を傾げていると、高笑いはまた突然ぴたりと止んで、魔女は今度は綺麗な顔で柔和に笑った。
金色の瞳を細め、真っ赤な紅を塗った唇を歪めたその顔は、恐ろしいものだったのかも知れない。
けれども、当時の自分はそんな事を気にする余地もなく、自分と言う存在の詳細が全く思い出せなかった事で頭が一杯になっていた。

それから、その魔女に連れて行かれて、自分の名前と“役割”を教えられた。


名前はスコール。
役割は、“魔女の騎士”。

真紅の衣に身を包んだ魔女を守る、“騎士”。




「────なんて話、本当に信じてるの?」


出会い頭に言ったクジャに、スコールは眉根を寄せた。
何か可笑しなところがあるのか、と無言で問う蒼に、クジャは肩を竦める。


「バカバカしいお遊戯に付き合わされるこっちの身にもなって欲しいねって言ってるんだよ」
「……意味不明だ」
「……まあ、君がそんな状態じゃ、仕方がないのかな」


それだけを言うと、クジャはくるりと背を向けた。
其方から振って置いて、一方的に話を切り上げるとはどう言うつもりだ。
スコールは思ったが、何かと煩い印象のクジャが自分で口を噤んでくれたのなら、彼のしつこい囀りに付き合わされないで済むので、幸いな事とも言える。
蛇が引っ込んだ藪をわざわざ突く必要もないだろうと、スコールもクジャに背を向けた。

カラカラと歯車が回る城の中、その一角にスコールの部屋が用意されている。
其処の扉を開けると、毛の長いラグが敷かれ、猫足の椅子とテーブルの他、天蓋つきのベッドが備えられている。
魔女に拾われ、連れて来られて間もない頃に与えられたものだった。

ベッドに体を放り出すと、ぼふっ、と柔らかな羽毛に受け止められる。
初めの頃は落ち着かない寝床であったが、過ごしている内に段々と慣れてきた。
ごろりと仰向けになって、薄いカーテンに覆われた天蓋を見上げながら、先のクジャの言葉の意味を考える。

クジャは隠語や比喩を多用する。
物事を指す単語として代理に並べられるのは、演劇や物語を思わせるものが多かった。


(お遊戯って何だ?遊び?何が?)


クジャは何を示して、“遊び”だと言ったのだろう。
彼は、自分がそれに付き合わされていると言っていた。
それも、バカバカしい遊戯だと言っていたから、傍目に見れば相当滑稽な何かに巻き込まれていると言う事か。

それをスコールにぶつける意味は、何処にあるのか。
クジャは回りくどい性格ではあるが、文句を言う時は、それをぶつけるべき相手に堂々と毒を吐きに行くタイプだ。
ならば、先のクジャの言葉は、間違いなくスコールに釘を差すものだったと考えられるのだが、スコールには彼に毒を吐かれる謂れが判らない。


(……アルティミシアへの当てつけか?)


スコールを保護し、この城に住まわせているのは、魔女アルティミシアだ。
彼女とクジャはどうにも反りが合わないようで、何かと冷戦を繰り広げているのをよく見る。
が、クジャが幾ら毒を吐いた所で、アルティミシアはまるで気に留めない。
業を煮やしたクジャが、アルティミシアの“騎士”であるスコールに、代わりに文句をつけに来たのかも知れない。
お前からあいつをどうにかしろ、と言う具合に。


(……そんな事されても、俺の知った事じゃない)


クジャとアルティミシアが衝突する理由を、スコールは知らない。
この神々の闘争とやらの世界では、同陣営の人間の衝突はご法度とされているらしい。
だから、幾らあの二人が口喧嘩をした所で、それが血で血を見るような騒動にはならないだろう。
であれば、“魔女の騎士”とは言え、個人の衝突まで感知する所ではないスコールが割り込むような必要はない。

────そう思っていたスコールだったが、ふと、頭の中にちらつく顔に気付いた。
それは毎日のように顔を合わせている魔女でも、先程向かい合っていたクジャでもなく、四日前に対峙した二人の敵。
此方とは敵対している、秩序の女神が召喚した戦士だと言う彼等と、スコールは戦闘した。
その時、彼等は何と言っていたか。


『スコール!?なんでお前、』
『なんでそんな所にいるんだよ!』


アルティミシア達が、混沌の神の駒として、秩序の女神の駒と戦っている事は聞いていた。
其方についてはスコールはどうでも良かったが、女神の戦士達が“魔女”のアルティミシアの敵だと言うなら、“魔女の騎士”である自分にとっても敵なのだろう。
そう言う認識で、四日前、スコールは初めて秩序の戦士達と相対した。

アルティミシアと共に現れたスコールを見て、暢気な貌をした青年と、尻尾を持った少年は目を丸くしていた。
どうしてそんな所に、心配してたんだぞ、何があったんだ、と彼等は口々に言った。
だが、スコールは彼等が何故そんなにも気安く声をかけて来たのか判らない。
惑わそうとしているのですよ、とアルティミシアに言われ、成程、と納得した。
混沌の戦士が姦計を巡らせる事に富んでいるように、バカ正直な者が多いと言われている秩序の戦士にも、知略を巡らせて敵を内部から分断させようとする者がいても可笑しくない。
だが、スコールは“魔女の騎士”である。
スコールは自分の事を殆ど覚えていなかったが、その言葉はすんなりと心に溶け込んで、自分が“そうであった”事を確信した。
ならば選ぶ選択を迷う事はない、とスコールは彼等に剣を向けたのだが、


『何やってんだよ、スコール!』
『若しかして、操られてるのか?直ぐ助けてやるからな!』


彼等は最後まで、スコールを傷付けようとはしなかった。
狙いは専らアルティミシアへと絞られており、スコールとは真っ向から向き合おうとしない。
精々、尻尾の少年が此方からの攻撃を往なしている程度であった。
舐められているのか、と頭にきたスコールだったが、しばらく応戦した後、アルティミシアに退却を促され、仕方なく戦線から引く事となった。

……あの時、スコールは、彼等の言葉を深く考えていなかった。
だが、よくよく考えれば、可笑しな事が数多く散らばっている。


(……どうして奴らは、俺の名前を知っていた?)


スコールは、ほんの数日前、混沌の神の力によってこの世界へ召喚され、アルティミシアによって拾われた。
記憶障害は新たに召喚された戦士には総じて見られる症状であると言う。
戦っていれば直に思い出しますよ、そう言う世界ですから、とアルティミシアに言われたが、スコールは今までアルティミシアに囲われるように生活していた為、記憶が回復する切っ掛けがなかった。
今日になってようやく戦いに赴く事が出来た訳で────つまり、新たに召喚されたスコールが、アルティミシアの城を出たのは、四日前が初めての事だったのだ。

それなのに、あの日相対した秩序の戦士達は、名乗りもしていないスコールの名前を知っていた。

何か可笑しい、とスコールは眉根を寄せた。
ズキズキと、頭の奥で金槌で殴られているような鈍い痛みに襲われる。
ベッドに蹲って頭を抱え、歯を食いしばって痛みに耐えていると、


「どうしました、スコール」


いつの間に部屋に入っていたのか、音もなく現れた真紅の魔女を見て、スコールの眉間に更に深い皺が寄る。


「……アルティミシア……っ」
「ええ。何です?スコール」


呼ぶ声に、アルティミシアはうっそりと嬉しそうに笑う。
何処か空々しさを感じさせる笑みを浮かべたまま、アルティミシアの獣に似た手が、スコールの頬を撫でる。


「……頭が痛い」
「傷を負いましたか?」
「……違う。中の方が痛い」


外傷の問題ではない、と言うスコールに、アルティミシアが眉を潜めた。
スコールの頭も掴めそうな大きさの手が、ゆったりとスコールの喉を滑って行く。


「誰かに悪い魔法でもかけられてしまったのかしら」
「……魔法……?」
「誰かと話をしましたか?」
「……クジャと話した」
「何を言われました?」
「……よく判らない。でも、考えていたら、あいつらの……秩序の奴等が言っていた事を思い出して。何かが可笑しい気がして、そうしたら────」


頭が痛くなって、起き上がる事も出来なくなった。
その頭痛が、どうも普通の頭痛ではないような気がしてならない。
何かを警告しようとしているような、何かが揺り起こされなければならないと言っているような、そんな。

絶えず襲う頭痛の苦しみに耐えながら、スコールはそれだけをなんとか伝えた。
アルティミシアはスコールの顔をじっと見詰め、彼の話を聞いた後、赤い唇をそっと額の傷へと押し当てた。


「可哀想なスコール。誑かされてしまったのかしらね」
「……誑かされる……?」
「あんな小男の言う事など、聞かなくて良いのですよ。ああ、こんなに沢山汗を掻いて……」


アルティミシアの手がスコールの胸に触れると、其処は布越しにも判る程、じっとりと汗を吸い込んでいた。
気持ちが悪いでしょう、と指の爪先がシャツの裾を引っ掛ける。
捲り上げられて腹に外気が触れるのを感じて、スコールがふるりと体を震わせると、アルティミシアの体がその上に覆い被さった。

柔らかな乳房が、スコールの胸に押し付けられる。
それを受け止めさせられたスコールはと言うと、思春期の少年らしい反応はなく、ぼんやりとした瞳でアルティミシアの顔を見上げていた。


「恐がらなくて良いのですよ。貴方は何も考えなくて良い」
「…アル、ティ…ミシア……?」
「貴方は魔女の騎士。私を守る、唯一人の騎士。それだけを知っていれば良い」
「……う……?」


金色の瞳に見詰められ、スコールは頭の芯がくらくらと揺れるのを感じた。
それは余り気持ちの良いものではなかったが、酷い頭痛が遠退いて行くのも感じて、どちらがマシかを考えると、身を委ねる事を選んだ。

苦悶と疑心を滲ませていた青灰色の瞳から、少しずつ光が消えて行く。
アルティミシアは、あの意志の強い瞳も気に入っていたが、こればかりは仕方がない。
ようやく手に入れたこの少年を手放す位なら、一時彼を夢に迷わせる位、大した問題ではなかった。

露わにされたスコールの胸に、アルティミシアの手が這う。
アルティミシアの手元だけを見れば、獣が人を襲おうとしているようにも見えるだろう。
だが、スコールは大人しくその手を甘受していた。
蒼灰色の瞳には、既に戸惑いの色はなく、何処かうっとりとした表情で、スコールはベッドに沈み込んでいる。


「大丈夫ですよ、スコール。貴方は私が守ってあげます」
「……ま、も…る……?」
「だから、私に委ねなさい。そうすれば、苦しい事なんて何もない」


スコールの体を守る布が、一枚一枚、ゆっくりと剥ぎ取られて行く。
時間をかけて行われる、まるで儀式のような行為に、スコールは疑問を持つ事なく従った。

裸身にされた無防備な少年の体を、魔女の手が検分するように這い回る。


「さあ、スコール」


呼ぶ声に、スコールは蹲り守っていた体を、差し出すように拓いた。



魔女に捕まった哀れな子供は、魔女の正体に気付けなければ、いつか取って食われてしまうもの。
早く猟師が来ると良いね、と他人事のように呟く青年の声を、聞く者はいない。





『アルティミシア×スコール』のリクを頂きました!

混沌スコールではなく、秩序のスコールで、戦闘中にダメージのショックで記憶喪失に。
これ幸いと攫って行ったアルティミシア様でした。
スコールを囲って自分の物にしてしまおうとするアルティシミアを書くのが楽しい。

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