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2014年10月

[絆]お菓子の誘惑

  • 2014/10/31 22:06
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「トリック・オア・トリート!」


玄関を開けるなり響いた元気な声と、飛び出して来たカボチャ少年と真っ白なおばけに、レオンは目を丸くした。
が、直ぐに一年前の事を思い出し、くすりと笑みを浮かべ、ズボンのポケットに手を入れる。


「トリック・オア・トリート!」
「ト、トリート!」


ごそごそとポケットを探るレオンを急かすように、カボチャとおばけが急かすように言った。
レオンはポケットの中のものを握って、しかし焦らすように、ポケットを探る仕草を続ける。
その傍ら、カボチャとおばけの姿を改めて眺めてみた。

カボチャは去年も見たものと違い、目尻を下げた困り顔で、口元もへの字になっている。
確か去年は、目尻を上げて、ギザギザ口を笑わせていた筈だ。
おばけの方も以前と違い、眉を吊り上げ、口を大きく開けて舌を出している。
此方も、去年はしょんぼりとした困り顔を浮かべていたように思う。
それぞれ前回と反対の作りになっているのは、きっと妹が役割に合わせて作ったからだろう。

おばけがぴょんぴょんと元気に跳ねているのに対し、カボチャ少年はレオンの服端をきゅっと握っている。
カボチャ少年がレオンに頭を寄せると、大きなカボチャが傾いて、カボチャが後ろに傾いた。
落ちそうになる頭を、首の力だけで戻そうと頑張るカボチャに苦笑して、レオンはさり気無くカボチャの後ろ頭を持ち上げてやった。
その手をおばけが捕まえて、早く早く、とねだる。


「お菓子ちょーだい!じゃないと、イタズラするぞーっ!」
「イ、イタズラするぞっ」
「イタズラか。それは怖いな」
「じゃあお菓子~っ」


おばけがレオンの背中に飛び乗った。
去年よりも大きくなった重さを感じつつ、レオンはようやくポケットから手を抜く。


「ほら、お菓子」
「やった!」
「これをあげるから、イタズラはしないでくれよ?」
「うんっ」


おばけが両手を上げて喜び、カボチャ少年はレオンに貰った飴とチョコレートを握ってこくこくと頷く。
二人とも貌は見えないが、全身で喜びを表現してくれるから、レオンも嬉しくなってくる。

カボチャ少年とおばけは、早速飴の包み紙を解いている。
頭に被り物をした状態で、どうやってお菓子を食べるのだろうと観察していると、カボチャ少年はカボチャ頭の首下から手を入れ、おばけは袖の中に手を引っ込め、布の中でもぞもぞと蠢いている。
あまい、おいしい、と嬉しそうに言い合う二人を眺めながら、レオンは少し悪戯心が沸いた。


「なあ、お前達、俺の家族を知らないか?いつもお帰りって迎えてくれるんだけど」
「ふえ?」
「んぐ?」


レオンの問いに、
カボチャ少年とおばけは、二人揃って同じ方向に首を傾げた。
二人は顔を見合わせると、とてとてと走ってレオンから離れ、リビングのソファ横で一緒に蹲る。
ぽしょぽしょと内緒話をするのが聞こえ、レオンはこみ上げる笑いを噛み殺しつつ、次の反応を待つ。

三十秒ほどで、内緒話は終わり、カボチャ少年とおばけが戻ってくる。


「えっとね、えっと、」
「お前の家族は、オレ達が食べちゃったのだー!」
「えっ、ち、違うよ、おでかけしてるんだよ」


両手を上げて怖さをアピールするおばけの言葉に、カボチャ少年が慌てて別の事を言う。
全く違う事を言う二人に、レオンは思わず噴き出しそうになった。
恐らく、“家族は此処にいない事にしよう”と言う話になったのだろうが、それぞれの設定までは話し合われていないらしい。


「お、おでかけしててね、まだ帰って来てないんだよ」
「えー…それじゃインパクトないよ」
「だって……食べちゃったなんて言ったら、お兄ちゃん怒っちゃうよ…」


小さな声で、お兄ちゃんに怒られたくないよ、と言うカボチャ少年。
それを聞いたおばけも、怒られるのはヤダなぁ…と小さく呟く。
ぼそぼそと話す声が、目の前の青年に聞こえているとは気付いていない。

レオンの目の前で、カボチャ少年とおばけはしばらく内緒話をした後、


「えーっと、家族はおでかけしてるんだ!まだ帰って来ないんだ!」
「そうなのか。いつもならこの時間には家にいる筈なんだが、心配だな…」


設定を考え直したおばけの言葉に、こみ上げる笑いを堪えつつ、レオンは素知らぬ顔で二人の設定に付き合う。

正体に気付かず、この場にいる筈の家族を心配する表情をするレオンに、カボチャ少年とおばけが楽しそうに頭を揺らす。
そんな二人を横目に見ながら、去年もこう言う展開を期待していたんだろうな、とレオンは遅蒔きながら理解した。
今日と言う日を知らなかった為に、去年は直ぐに正体を見抜いてしまったレオンだが、今回は彼等の思う通りにストーリーは進行しているようだ。

こんな時間に出かけるなんて珍しいな、と呟きつつ、レオンは窓辺のテーブルに落ち付く。
カボチャ少年とおばけは、レオンに貰った飴とチョコレートを見せ合っていた。
被り物のお陰で表情は見えないが、嬉しそうな雰囲気が滲んでいるので、彼等はきっと満足してくれた事だろう。
そんな二人から目を逸らして、レオンはもう一度ズボンのポケットに手を入れ、


「スコール達がいないのなら、残りのお菓子は俺が食べてしまおうかな」
「えっ?」
「えっ?」


ポケットから取り出した飴やチョコレートをテーブルに転がして言ったレオンに、カボチャ少年とおばけが声を上げた。

テーブルには、色とりどりの包装紙に包まれた、飴やらチョコレートやら。
他にも、ジャケットのポケットから、アルバイト中に常連客から貰ったビスケットやガム等々が並ぶのを見て、カボチャ少年とおばけがそわそわとし始める。


「マスターやお客さんが色々くれたから、スコール達に食べさせてやろうと思ってたんだが」
「あ、あう、」
「そ、それっ。それっ、オレ達が食べても良いよ!」


持て余すようにお菓子を整列させるレオンの言葉に、カボチャ少年がもじもじとし、おばけが手を挙げて提案する。
予想通りの反応に、うーん、と悩んで見せ、


「捨ててしまうのは勿体ないしな……」
「でしょ?でしょ?」
「でも、お前達にはさっきお菓子をあげただろう?」
「えあっ」
「それに、今日はハロウィーンだ。お前達は次の家に行って、其処でまた新しいお菓子を貰うんだろう?」


機械都市ザナルカンドで伝えられている、ハロウィーンと言う行事は、子供達がおばけや怪物の格好をして、各家々を周ってお菓子を貰うと言うものだ。
おばけや怪物の格好をするのは、この行事の始まりが、死霊や呪いの類から子供達を守る為、逆に怖い格好をさせて驚かせる為だったから───と言われている。
だからこの時期のザナルカンドでは、子供達が仮装し、お菓子を貰う為に近所の家を巡るのだと言う。
そして子供達が来た家は、お菓子を渡さなければ悪戯───悪い事が起きる───され、渡せば幸せが来るようにおまじないをかけて貰えるらしい。
だから、レオンの目の前にいるカボチャ少年とおばけも、そろそろ次の家に行かなければいけない筈。

と言っても、バラムではハロウィーンの習慣がない為、次の家など行きようもないのだが、それは知らない振りをして、レオンは目の前でおろおろとしている二人を急かしてやる。


「ほら、早く次の家に行かないと、お菓子が貰えなくなるぞ」
「ん、えっ、と…あ、あの、」
「つ、次の家は、予約してるから、遅れてもいいの!」
「予約か。何時頃にしてるんだ?」
「えーっと、えっと…じゅ、十時?」
「それならとっくに過ぎてるぞ。急がないと。ああ、道順が判らないなら、俺が案内しようか」
「えっ。い、いい、行けるっ。自分で行けるっ」


声も弱った困り顔のカボチャ少年と、強気な顔をしつつも声は戸惑っているおばけ。
大丈夫だから、と繰り返すおばけに、そうか、とレオンはおばけの頭を撫でた後、テーブルに向き直る。


「それじゃあ俺は、お菓子を食べながら、スコール達が帰って来るのを待とうかな」
「えっ。た、食べちゃうの…?」
「か、帰って来るの、待たないの?」
「そうだな。腹も減ってるし。チョコなんかは溶けてしまうし。エルがいないなら、夕飯も何処にあるか判らないし」


普段、レオンの夕飯は、アルバイトが終わってから採っている。
その時はエルオーネが起きていて、彼女が用意してくれるのが常であった。

エルオーネが此処にいないのでは、夕飯は食べられない───本当は、エルオーネがいなくても、何処に何があるのかレオンは把握しているのだが、素直な二人はその事に気付かない───。
アルバイト終わりの空きっ腹は、お菓子で誤魔化してしまおう。
本当は妹弟達に食べさせようと思っていたけれど、いないのなら仕方がない。
そう言って、レオンはチョコレートビスケットを手に取って、


「このビスケットは美味しそうだな」
「あっあっ、」
「あーっ、あーっ!」
「うん?」


待って、と言わんばかりに声を上げるカボチャ少年とおばけ。
レオンが「どうかしたか?」と言いつつ、包装紙のビニールを開けようと指を引っ掛けた時、


「おねえちゃぁーん!」
「エル姉ー!エル姉ちゃーん!」


助けを求めるように高く上がった声は、きっと家の二階まで響いた事だろう。
それだけ大きな声を出せば、リビング横のキッチンにも確り届く。

更に、カボチャ少年とおばけは、ごそごそもぞもぞと蠢いて、「ぷはっ」とそれぞれの被り物を脱いでしまった。


「レオン、レオンっ。オレっ!オレ、此処にいるよ!」
「僕も。お兄ちゃん、僕、おでかけしてないよっ」
「なんだ、お前達だったのか。早く言ってくれれば良かったのに」
「エル姉もいるよ!キッチンにいるよ!」
「お姉ちゃん、早くー!」


一所懸命、自分の存在をアピールするカボチャ少年とおばけ───基、スコールとティーダ。
二人は被り物の所為でぼせぼさになった髪もそのままに、必死になって兄に抱き着いた。
放られたカボチャの被り物が、寂しそうに床に転がっている。

ぎゅうぎゅうと抱き着く弟達を、レオンは声を上げて笑いそうになるのを堪えながら、いつものように頭を撫でてやる。
其処へ、キッチンから眉尻を下げて笑う魔女がやって来た。


「もう。二人とも、自分からバラしちゃったの?」
「だって!」
「お菓子……」


黒の三角帽子を被った姉の登場に、ティーダは拗ねた貌をして、スコールは涙目になっている。
エルオーネは、やれやれ、と言う表情を浮かべつつも、彼女の貌は決して怒ってはいなかった。
きっと彼女は、兄と弟達の遣り取りを、ずっと見ていたに違いない。
その証左のように、エルオーネはレオンを目を合わせ、


「いじわるね、レオン」
「何の事だ?」


呆けて見せる兄に、妹はなんでもない、と言及を止める。
予想していなかった兄の行動に、おろおろと慌てる弟達を見て笑いを堪えていたのは、決してレオン一人の話ではないのだから。

そんな兄姉の傍らで、イタズラされたとも知らない弟達は、沢山のお菓子を手に入れて、嬉しそうに笑っていた。





今年こそはと思ってたら、お兄ちゃんにやり返されましたw
お菓子の誘惑に負けて騙し切れないちびっ子は可愛い。

前回のハロウィーンは此方→[かぼちゃおばけが主役の日]

東京オンリーお疲れ様でした!

  • 2014/10/12 12:40
  • Posted by
お久しぶりの日記です。
相変わらずイベント後にしか日記を書いていません。
 
10月5日の東京FFオンリーイベント、お疲れ様でした!お出で下さった方、声をかけて下さった方、本当にありがとうございます。台風が迫る土砂降りの中、イベント前後に体調を崩した方がいない事を祈る(もう一週間経ったけど…)。
私の東京~岡山方面への帰路は夜行バスで、よりにも因ってw台風が通過している中を走らなければならなかったのですが、バスは一時間弱の遅れはあったものの、無事に終点駅まで到着しました。四国方面が全線運休だったので、どうなるかと思った……帰宅困難だった方や、東京宿泊を余儀なくされた方など、少なくなかったのではと思うと、本当に運が良かったと思います。
それから、イベント開始時に電車の方で人身事故があったそうで、路線が止まってしまい、イベント会場に行くに行けなかった方もおられるとか。お逢いしたい方もいたのですが、残念です(´・ω・`) またお逢い出来る機会がある事を願っています。
 
 
今回の新刊は[Lion that returns to crowd]の五巻でした。17歳コンビがメインです。シリーズなので作中の時間軸は繋がっていますが、エピソードはそれぞれ独立している(筈)ので、単品でも読めると思います。
[絆]シリーズを筆頭に、いつも仲の良い二人を書いていますが、[Lion]シリーズは「013メンバーから見たスコールの印象の変化」をコンセプトとしているので、微妙な距離感からスタートする二人と言うのは、新鮮味もあって面白かったです。仲の良い二人ではあまり書かない感じのものが書けたかな?
台風や事故の影響で会場に行けず、購入できなかった方は、どうぞ通販をご利用ください。
 
前々からボソボソ考えている自作ブックカバーについては、7月から9月にかけて色々と私事が重なった為、手を付ける事が出来ませんでした(´・ω・`) 時間の有効活用が下手ですみません。期待して下さった方が果たしておられるのか判りませんがw
 
 
今年度中のイベント参加はこれで終了したいと思っています。
次のFFオンリーが2015年2月ですが、その手前にある大阪CMIC CITY(1月11日開催)にも参加出来ればなぁ……と希望してます(希望だけ)。大阪イベントに新刊が間に合うかは判りません(;´Д`) 最近は出来るだけ前倒しで作業するようにしていますが、未だにギリギリまで作業しているので……
って新刊が間に合うか否か以前に、次の本に何を書くのかすらも決まっていないよ\(^o^)/
 
台風の中、皆様お疲れ様でした。サークルに来て下さった方々、本当にありがとうございました!
本日(12日)にも台風19号が近付く中、スパークが開催されておりますが、皆様無事にご帰宅できる事を祈っております。

[ティスコ]月に潜む

  • 2014/10/08 23:57
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視界が悪い事、夜行性の魔物の存在───それらを鑑みて考えると、夜に歩を進めるのは決して得策ではない。
が、帰還を急ぐ場合であったり、長居するには向かない場所であったりすると、休息よりも足を進める事を優先するのは儘ある事だ。

方角だけを確認し、道なき道を進むスコールの同行者は、ティーダ一人。
聖域を出発していた時は、他にジタンとバッツ、フリオニールと言うメンバーがいたのだが、次元の歪みに巻き込まれた際に逸れてしまった。
合流仕様にも、スコールとティーダは遠くに存在する仲間の気配を探る事は得手ではない。
それよりも、テレポストーンを介して秩序の聖域に帰還するのが最も堅実な道であるとして、幸いスコールが近辺の地理を把握していた事も手伝い、二人は最寄のテレポストーンへと向かう事にした。

複雑な地形をしている場所であったが為に、二人の足は意図せずして遅くなる。
勾配の上下が激しい山道に、ティーダはうんざりとしていたが、崖を上り下りする羽目になるよりはマシだろうとスコールに言われ、比例対象の極端さに呆れつつ、まあ確かにそうだと諦めた。
だが、スコールとてこの辺りの地形の面倒臭さについては辟易している。
お陰で、本来なら夕刻過ぎには戻れる筈だった秩序の聖域に、月が上った今でも到着できずにいる。

月が明るいってのが、不幸中の幸いっスかね、とティーダが言うと、スコールも確かにそうだと思った。
元のの世界───記憶の回復は芳しくないが、感覚的な常識として───では、人工的な明るい光があちこちに溢れていて、遥か空の彼方に存在する光を強く意識する事は少なかった。
街から離れて野宿するとか、サバイバル訓練となればその限りではないが、そうでもなければ月明かりの恩恵と言うものに感謝する事もなかったように思う。
だが、この世界に来て改めて知った月明かりと言うものは、人工の光などよりも、ずっと明るくて遠くまで見渡す事が出来る程に優れたものであった。

その月明かりを頼りに、スコールとティーダは歩を進めていたのだが、


「……あれ?」


スコールのやや後ろを歩いていたティーダが、ぽつりと零して、足を止めた。
その気配に気付いて、スコールも立ち止まって振り返る。


「どうした」
「……今日って、満月じゃなかったっけ?」
「その筈だが」


つい先程、方角を確かめる為に、月の位置を確認したのはスコールだ。
その時に見た月は、欠ける所もなく、綺麗な形をしていた。
ティーダもその時、「お月見日和っスね」と暢気な事を言っていた筈だ。

しかし、あれ、と言ってティーダが指差した先を見て、スコールは目を瞠った。
夜道を遥か遠く、空の向こうまで光を散らしていた満月が、不自然な形に欠けている。
三分の一を欠いた状態の月を見て、ティーダが首を捻った。


「…この世界の月って、一晩であんなに形が変わるもんだっけ?違うよな?」
「……ああ」


何もかもが常識の外と言っても過言ではない闘争の世界だが、月の満ち欠けにまでそれは及んでいない。
世界の断片の中には、月が二つ、或いはそれ以上に複数の天体衛星が確認できる事もあるが、それは歪の中で見られる事だ。
歪の外で見る月の変化については、スコールやティーダが常識として認識して言る事柄と変わりなかった。

二人が空を見上げている間に、月は瞬く間に欠けて行く。
ものの三十分としない内に、月が半分になったのを見て、スコールは思い出した。


「ひょっとして、月食か?」
「月食って、月が段々見えなくなって、また見えるようになる奴?」
「……まあ、そう言うものだな」


見えなくなる訳ではなく、月に別の天体の影が落ちる事で、太陽光が反射される事によって見える範囲が狭まるもの────と言う知識の訂正については、スコールは面倒だったので口にしない事にした。

現象の正体が判れば、特に驚くような事でもない。
珍しい出来事である事は確かで、天体マニアの中にははしゃぐ人間もいるだろうが、スコールはこの手の出来事には興味がない。
ティーダは、周りが盛り上がっていれば、お祭り気分になって一緒に盛り上がる所であったが、今日の同行者はスコールだ。
珍しいもの見たな、と呟くのみで、また歩き出したスコールの後ろを追う。

空の月は段々と影を大きくして行く。
ティーダはそれを見上げながら、先行するスコールに遅れないよう、且つ足元にも気を配りつつ、凹凸の激しい道を進む。


「月、もう大分見えなくなってるっス」
「……皆既月食かも知れないな」
「全部が隠れる奴だよな。そんなの見れるなんて凄い事なんだろうなー、きっと」


ティーダが言うことは確かだが、スコールにとっては、今のタイミングで皆既月食は厄介だ。
月明かりがなくなれば、当然視界も悪くなり、まだ辛うじて見えている足元の凹凸や勾配も判らなくなってしまう。
せめて暗くなる前にテレポストーンに着いておきたい。

────が、スコールの願いも虚しく、空は刻一刻と暗闇に飲み込まれて行く。
結局、ティーダが月食の現象に気付いてから一時間と経たない内に、月は完全に光を失ってしまった。


「暗いな……」
「そっスね────っとっと!」


モグラが通った後なのか、不自然に膨らんだ地面に、ティーダが躓く。
明るければ遠目にも見えたであろう地面の起伏だが、頼りにしていた月明かりがなくなった所為で、こんなにも近くなっても全く気付かなかった。

蹈鞴を踏んだティーダは、変に負担をかけた足首を解しながら、スコールに訴える。


「こんな状態で歩き回るの、危ないっスよ。何処かで休んで、明るくなるの待った方が良いって」


ティーダの言葉は尤もだ。
視界が利かない所為で、足下の凹凸に気付けない。
更に此処で魔物やイミテーションに襲われたら、視覚が使えないスコールとティーダは忽ち危機に陥るだろう。

進む先に森を見付けた二人は、その手前で休息を取る事にした。
唯でさえ暗いと言うのに、鬱蒼とした森の中など、侵入する気にはなれない。
早く聖域に帰還したいのは山々であったが、何が生息しているか、それが何処から飛び出すか判らない森の中は、脆弱な人間にとって、針の蓆を進むようなものである。
せめて空の月が再び輝きを取り戻すまで待つのが無難な選択だ。

森の入り口で、スコールが適当な木の下に寄り掛かると、その隣にティーダが座った。
ティーダは肌寒さを誤魔化そうと、両手を揉むように擦り合せながら、天上を見上げる。


「……月、赤いっス」


ぽつりと零れたその言葉は、独り言だ。
その独り言に、釣られた訳ではなかったが、スコールも顔を上げる。

暗闇に閉ざされた広い広い世界の中で、ぽつりと浮かぶ、緋色があった。


(─────赤い、月)


輝きを失い、夜の闇に浮かぶ、紅の月。
それを見た瞬間、ぞわ、としたものがスコールの背中を奔った。


(……っなんだ……?)


怖気のようなものが奔った瞬間、赤い月を見上げるスコールの瞳に、強い嫌悪が滲み浮かぶ。
暖を取る為に抱えていた両腕に力が篭り、指先が腕に食い込むのが判る。

ずきずきと痛む頭を堪える為に目を閉じると、瞼の裏で何かが蠢いていた。
有象無象のように不規則に動くそれが、少しずつ近付いて行き、視界がクリアになるように、見えるその正体が明瞭となって行く。
だが、それが明確になって行く毎に、スコールは腹の奥で気持ち悪いものが競り上がってくるような気がした。

じわ、じわ、と膨らんで行く嫌悪感。
瞼の裏で蠢くそれも、同じように、じわりじわりと膨らんで、まるで落ちる寸前の水滴のように大きさを増して行き──────


「スコール?」
「………っ!」


直ぐ近くから聞こえた声に、スコールは目を開けた。
すると今度は、青々とした丸い瞳が、スコールを間近で見詰めている。

ひた、と温かいものがスコールの額に宛てられる。
グローブを外したティーダの手が、傷の走るスコールの額に触れていた。


「大丈夫か?汗びっしょりじゃん。どっか怪我してたとか?」
「……いや。なんでもない」


そう言うと、スコールはやんわりとティーダの手を押し退けた。
ティーダは唇を尖らせるも、目を逸らすスコールを見て、何も言わずに手を引っ込める。

どくどくと早い鼓動を打つ心臓を悟られないように、スコールはゆっくりと、静かに息を吐く。
そうしていると、知らず強張っていた肩から力が抜けて行くのが判った。
気を抜き過ぎてはいけないと思いつつも、今ばかりは、詰めた息を吐き切らなければ、体の不自然な強張りが解けそうにない。

そんなスコールの傍らで、ティーダはまた空を見上げている。
未だ赤い月を見上げるティーダを見て、スコールは呟いた。


「……月は、魔物の棲家だ」


藪から棒に呟いたスコールの言葉に、ティーダは数拍遅れてから、「……へ?」と言って振り返る。
今なんて言ったの、と言いたげに見詰める青に、スコールはもう一度、


「月は、魔物の棲家なんだ」
「……そうなんスか?」
「俺の世界ではそうだった。そう、教わったし、実際にそうだった」


いつ教わって、いつそれをこの目で確かめたのかは、スコールにも判らない。
だが、これは経験則だと、スコールは確信を持っていた。

だから、とスコールは続ける。


「だから、俺の世界では月食と言うのは、月に棲んでいる魔物が、月そのものを食っているから起きるんだ」


スコールの言葉に、ティーダは目を丸くする。

ティーダにとって、このスコールの言葉は、余りにも常識外れであった。
二人の世界は、比較的文明レベルが近い事もあって、日常的な知識や常識にも差異は少ない。
日食や月食と言う出来事についても、フリオニールやバッツ、セシルのような世界なら、ファンタジーに富んだ伝承が出て来ても可笑しくはなかったが、まさかスコールにもそんな突飛な話があったとは、思いもしていなかった。
だが、違う世界であれば、常識が違うのは勿論で、世界の理も違う。
実際に、月が魔物の棲家であると言う点も、ティーダには考えられない事であったが、違う世界であれば全く否定出来る話ではなくなる。

月そのものが食われる事で起きる、“月食”。
ならば“皆既月食”は、月が丸ごと食われていると言うことなのか。
スコールの世界の月には、どんな巨大で恐ろしい魔物が棲んでいるのか────と、ティーダが思った所で、


「………と、言う御伽噺もある」
「御伽噺かよ!」


静かなトーンで繰り出された一言に、ティーダは思わず叫んだ。


「なんスか、それ!一瞬マジかと思ったじゃんか!」
「月が魔物の棲家だと言うのは事実だぞ」
「月食の事は!?」
「御伽噺だって言っただろう。それとも、あんたの所はそう言う現象を指して“月食”って言うのか?」
「違うけど!今言ってるのは、スコールの世界の話だろ!?」


余りにも淡々とした口調でスコールが話すものだから、ティーダは完全に本気の話だと思っていた。
そもそも、スコールってこんな冗談言うような奴じゃなかった、とティーダは苦々しい表情を浮かべる。

そんなティーダを横目に見て、スコールの唇が緩む。


「月を食う魔物の話は、俺の世界ではよく聞く御伽噺だ」
「……ふーん。スコールも、子供の頃に聞いてたんスか?」
「……多分」


スコールの返答は曖昧だった。
思い出したので、聞いた事があるのは確かだが、それがいつの事であるかは判らない。
思い出した瞬間は馬鹿馬鹿しいと思ったが、同時に、その話に遠い恐怖心が思い起こされたのも事実。
御伽噺の事だし、ひょっとしたら、今は思い出せない遠い日に聞いた事があったのかも知れない。

月に棲む、沢山の異形の魔物。
それらは、自分達の世界に棲む魔物よりも、遥かに強く凶暴なものばかり。
月の魔物は常に腹を空かせていて、けれど月には豊富な餌もないから、毎日腹を空かせている。
そして餓えに耐え切れなくなった時、魔物達は自らが棲む惑星を食べ始め、やがてそれは大きな穴となり、“月食”と言う現象が起きる。
最後には月は魔物達に食べ尽くされ、それでもまだ腹が満たない魔物達は、新たな餌を求めて此方の世界へやってくる─────それが、スコールの知る“月食”の御伽噺。

その一連をスコールが話し終えても、空の月はまだ赤い。
思えば、この世界の“月食”がいつ終わるのか、それは自分達が想像している範囲の時間で終わるのかすら怪しいのだ。
若しかしたら、月が沈むまでこの“月食”現象が続く可能性もある。


「まだ暗いが……仕方ないな」
「そろそろ行く?」
「ああ」


月がないのは厄介だが、ファイアを灯にすれば、用心しながら進めるだろう。
止むを得ず浪費した時間を、此処から取り戻さなければならない。

スコールの右手に炎が灯され、未だ薄暗がりの森へと踏み出す────直前。
ぎゅっ、と握られる感触を感じて、スコールは視線を落として、自分の左手を見る。
其処には、しっかりとスコールの手を握る、ティーダの手があった。


「……何してるんだ、あんた」
「スコールが怖がらないようにと思って」
「……はあ?」


眉間の皺を深くしたスコールに、ティーダは握る手に力を籠めて言った。


「月食、恐いんだろ?」
「……違う」
「こうしてたら、恐くないし。魔物が月から落ちて来ても、俺がスコールを助けるし」
「だから、さっきの話は御伽噺で────」
「って訳で、このままレッツゴー!」
「おい!」


繋いだ手をそのまま、森に向かって歩き出したティーダに、スコールの手が引っ張られる。

離せと騒ぐ声を背中に聞きながら、スコールの手を握るティーダの手は、決して解かれる事はなかった。





10月8日なのでティスコ!最後しかティスコっぽくないけど。
でもって皆既月食の日だったので!

スコールの世界は月に魔物がいるのが本当だし、授業で教わる位だから、そんな伝承くらいありそうだなと。セントラクレーターとかトラビアクレーターとかあるし。
そんなスコールに、ティーダが「月にはウサギがいるんスよ」って平和な御伽噺をしてあげてたら可愛い。

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