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[クラスコ]雨幻だった君

  • 2025/07/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

オフ本[レイニーブルーの向こう側]その後





財布を片手に家を出ると、空は薄らとした雲に覆われていた。
田舎ではこうした空の下でよく嗅いでいた、雨降り特有の湿気の匂いも混じっている。
これは降るな、と思ったクラウドだったが、どうせ出掛ける道行は五分程度だし、傘は持たないことにした。
帰り際にでも降られたら、走って帰って、すぐに風呂へ逃げ込めば良い。

古びたアパートが犇めき合う小道を抜けて、ひとつ大きな通りに出ると、横断歩道を挟んだ向こうに、行き付けのコンビニがある。
今日も今日とて、クラウドは其処で夕飯と明日の朝に食べるものを調達しようと思っていた。

毎日がコンビニ弁当か、カップラーメンなんて言う生活は、不摂生であることはよくよく判っていることだが、料理が微塵も出来ないのだから仕方がない。
食堂にでも食べにいって、栄養が一揃いした定食を頼んだ方が健康には良いかも知れないが、それはそれで労のいることだ。
仕事なり遊びなりで外に出ている時なら、帰り道に食べに寄ることも出来るが、今日のクラウドは丸っと休日であった。
溜め込んでいたゲームを一日かけて消化した訳だから、今日はこれが初めての外出である。
そんな訳で今から店の多い場所まで行く気にもならないし、最寄りのコンビニで必要なものだけをまとめ買いするのが手っ取り早い選択だった。

信号が青に変わった横断歩道を渡り、さて今日は何にしようかと、今週発売の新作弁当も良いかも知れない、と思っていた時だった。
コンビニの狭い出入口から出て来た少年と、ぱちり、と目が合う。

短くすっきりとした濃茶色の髪に、蒼灰色の瞳。
前髪の隙間から覗く眉間の傷は、昨年の夏の始め頃、事故に遭った時に出来たもの。
クラウドの記憶では薄らと青白く華奢だった体のラインは、今はあの頃よりも日に焼けたようで赤みがあった。
日差しの直撃を嫌ってか、薄手の長い袖口から伸びる手には、買ったばかりの薄水色のソーダアイスが握られている。

その少年の名を、クラウドは知っている。


「スコール。塾終わりか」


名前を呼んで声をかければ、スコールは此方を見て小さく頷いた。

スコール・レオンハート───昨年の夏の盛りの頃、ひょんなことからクラウドが知り合った、一人の少年。
彼は昨冬の頃から、この近くにある学習塾に通っている。
彼が塾での授業を終えて帰宅する時間と、クラウドが仕事を終えてこのコンビニに立ち寄る時間が重なることが儘あるため、こうして顔を合わせることがあった。

スコールはアイスの包装を取ると、早速薄水色の氷菓に齧りついた。
額にある傷と、その眉間に浮かぶ皺が相俟って、何処となく機嫌が悪そうに見えるが、彼の場合、これが大抵のデフォルトの表情だ。
クラウドも判っているので、特に気にせず声をかける。


「迎えはこれから?」
「……少し遅れるって言われた。だから、ちょっと何か摘まもうと思って」


しゃく、とアイスを齧りながら、スコールは答える。

気温は高く、雨が降りそうな気配と湿度の所為か、蒸し暑い。
勉強で疲れた頭が糖分を欲していた事もあって、スコールは彼にしては珍しく、買い食いをしているのだ。
首筋に滲む汗を鬱陶しそうに拭いながら、アイスを口に入れる度に、その涼やかさに青い瞳がほうっと熱を和らげる。

見ていると、クラウドもアイスが欲しくなってきた。


「スコール。そのアイス、美味いか?」
「……普通。冷たいのは気持ち良い」
「そうか」


気のない風に、けれども律儀に答えてくれた少年に「ありがとう」と言って、クラウドはコンビニに入る。

買い物籠に、当初の目的である食糧を重ね入れ、飲み物も追加する。
日用雑貨は今日の所は焦るものもないから、探さなくても良いだろう。
代わりに冷凍庫のコーナーを覗いてみると、スコールが買ったものと同じアイスを見付けたので、これも籠に入れた。

精算を済ませて外に出ると、ぽつぽつと小さな雨が降り出している。
空を見上げればやはり灰色が広がっていたが、見る限りでは、雨が酷くなるようなものでもない。

それよりも───とクラウドが首を巡らせると、先の少年……スコールは、ふたつ並んだバス停の下に立っている。
降り出した雨を嫌ってか、彼は待合の椅子に座って、のんびりとした様子で長い足を投げ出して、アイスを齧っていた。


(……何度見ても、不思議な気分になるんだよな)


スコールがああしてバス停の幌下で過ごしているのを見る度に、クラウドは心臓の鼓動が早くなる。
その後で、其処にいる少年が、昨夏の頃によく見た姿と違うことを思い出して、ほっとするのだ。
此処にいる少年は、幻のような存在ではなくて、確かに生きて此処にいるのだと言うことを、確認して。

クラウドは買い物袋を腕に引っ掛けつつ、購入したアイスを取り出して、封を切った。
ゴミはコンビニ横のゴミ捨て場に入れて、蒸し暑さで既に水滴を浮かせ始めたアイスを早速齧る。
そのままバス停へ向かったクラウドは、待合所の屋根の下に入って、スコールの隣に腰を下ろした。

隣にやってきた人物を、スコールがちらと見て、眉間に微かに皺を寄せる。
しかし、赤の他人が近くにいるよりはマシとでも思ったか、彼は何も言わずに、またアイスを齧った。

冷たいアイスは長く味わって涼を堪能したいものだが、この蒸し暑さでは程なく溶けていく。
凝固した氷が崩れてしまう前に、スコールもクラウドも、アイスを食べきっていた。
クラウドは役目を終えた棒きれを指で遊ばせながら、隣でぼうっと灰色をの空を見上げている少年を見る。


「まだ塾に通うんだな。進級できたんだから、もう授業の遅れは取り戻せたんじゃないのか?」


クラウドの言葉に、スコールは「まあ……そうだけど」と呟く。

昨年の夏の口、スコールはこのバス停で交通事故に遭い、半年近くを意識不明で過ごしていた。
クラウドが彼と知り合ったのは、丁度その間のことで、不思議なことが幾つも起きているのだが、それはともあれ終わった話である。
冬の入り口の頃に目を覚ましたスコールは、病院を退院後、勉強の遅れを取り戻す為に塾に行くことにした。
それが、この近くにある学習塾だったのだ。

スコールが進級したと言うことは、彼の友人であるティーダから聞く機会があった。
無事に友人と一緒に進級したことを一番喜んでいたのがティーダだということは、クラウドも想像に難くない。

と言うことは、その時点でスコールが塾に通う必要はなくなった筈なのだが、彼は今でも塾に籍を置き、週に二度か三度の回数で勉強に来ているようだった。
その理由を、クラウドが「どうしてだ?」と尋ねてみると、スコールは拗ねたように唇を尖らせて答えた。


「……受験対策、遅れたから。面倒だけど、多分、今年いっぱいは通う」
「成程。真面目だな」


スコールの回答に、クラウドはくつりと小さく笑う。
そして、そもそも真面目過ぎる性格だった、と出会いを通して知った彼の人となりを思い出す。

スコールは現在、高校三年生である。
つまり、事故に遭った時には二年生だった訳だが、彼が籍を置いている進学校では、その時分の夏に進路を決めての対策が講じられるらしい。
しかし、その頃のスコールは進路のことを考えられる精神的余裕もなかったし、何より事故に遭ってしまった。
退院してから、遅れた学習についてはなんとか追いつくことが出来たが、カリキュラム上の予定は半分ズレ込んだままなのだ。
多くが二年生のうちに対策を始めていることを思うに、半年の開きは決して小さくはなく、これを取り戻すには学校内の授業にのみ終始していては足りない、とスコールは判断したのである。


「……ラグナも、良いって言ったし。迎えも続けるって言ったから……」


ラグナ、とはスコールの父親のことだ。
実父を名で呼ぶのは、彼と父との間が少し特殊な父子関係であるからだが、それによる齟齬は大分落ち着いているのだろう。

スコールは学校が終わった後、そのままの足で塾に向かうのだが、帰りは必ず父の迎えがある。
塾がそこそこ遅い時間に授業が終わると言うことも勿論だが、やはり、昨年の事故の件が、父としても気がかりなのだそうだ。
何せ、スコールが事故に遭ったのは、正に今スコールとクラウドが座っている、このバス停なのだから無理はない。
事故現場に近い場所の塾に行くこと自体、父は心配でならなかったようだが、スコールの方が効率を優先して選んだとか。
それならせめて迎えに行かせてくれ、と言った父親は、息子が二度と悲運に見舞われないように願うと同時に、自分自身の手で守りたかったのだろう。
スコールも、我儘をひとつ押し切った手前か、一見すれば過保護な父の申し出は受け入れているようで、塾終わりはこうして父の迎えを待っている。
───其処にクラウドが時々やって来て、顔を合わせる機会が出来るのだ。

ふと、ヴーッ、ヴーッ、と携帯電話のマナーモードが振動音を鳴らす。
俺じゃないな、とクラウドがポケットの感触を確かめていると、スコールがジャケットの胸ポケットから携帯を取り出す。
スコールはバックライトの転倒した液晶画面を見て、はあ、とひとつ溜息を吐いた。


「どうした?」
「……ティーダだ」
「遊びの誘いか」
「逆だ。勉強が判らないから教えてくれって」
「それは、大変そうだな」


深々と溜息を吐くスコールに、クラウドは苦笑して言った。


「受験生だし、呑気にはしていられないか。聞くが、遊びに行く暇なんてあるのか?」
「息抜きはしてる。ティーダが何処か行こうって言うから、付き合うことはある。……俺は根を詰めすぎるから、なんでも良いから偶には吐き出しに行こう、とかって……」


そんな暇はないのに、とぼやくスコール。
しかしクラウドは、流石ティーダは友達の性格と言うものをよく心得ている、と思った。
それについては口に出さず、


「そうだな。確かに、偶にはガス抜きするのは大事なことだ」
「……」
「頭の中で七面倒な公式だとか訳語だとか……一旦忘れて息抜きすると、良いリフレッシュ効果で、次の勉強も捗るかも知れないぞ」
「……そう言うものか?」
「俺の場合はそうだったな。だからゲームは欠かさなかった。今でも休みの日はゲーム漬けだ」
「……それは参考にして良い例なのか」


胡乱な蒼灰色がじっとりとクラウドを見る。
クラウドも、自分で言ったものの、さてなぁと眉をハの字に首を傾げるしかない。
肩を竦めて曖昧にするクラウドに、スコールは呆れたように吐息を漏らした。

スコールが手に握っていた携帯電話が、また鳴っている。
着信を鳴らすそれを操作して耳にあてると、


「……ん。判った、すぐ行く」


スコールはごく短い返事をして、通話を切った。
荷物鞄を手に腰を上げるスコールに、クラウドも電話の相手を悟る。


「迎えか」
「……ん」
「其処まで送ろう」


クラウドも買い物袋を手に立ち上がる。
スコールは、見送りなんて、と言いたげな瞳で此方を見ていたが、結局は何も言わなかった。

バス停の下に入った時には降っていた雨は、地面を濡らした程度で止んでいた。
道の突き当りの角を曲がると、少し行った先に、一台の車がランプを照らして停車しているのを見付ける。
その運転手が此方を───スコールを見て、ひらひらと手を振るのが見えた。

スコールの目が、隣を歩く男を見遣って、


「……じゃあ、帰る」
「ああ。気を付けてな」
「……あんたも」


気を付けて、とスコールはごく小さな声で言った。

足を止めたクラウドを置いて、スコールは小走りになって車へ向かう。
後部座席を開けて乗り込んでしまえば、もうクラウドから彼の姿を見ることは出来なかった。

運転席の男───スコールの父ラグナが、クラウドを見付けてひらりと手を挙げる。
こうして時折、塾終わりのスコールと遭遇しては、迎えが来るまでスコールと一緒にいて、車の傍まで見送って来る青年のことを、彼も覚えているのだ。
もしかしたら、スコールが入院していた時には、ティーダの知人として顔を合わせた事もあるから、それも覚えているのかも知れない。

クラウドが小さく会釈するのを見てから、車はゆっくりと発進した。
角の道を、向こう側へと遠ざかって行く車を見送って、クラウドも踵を返す。



────昨年、雨が降る日に限って、出逢っていた少年。
生霊か幻か、奇妙な形で知り合った彼と、真っ新な再会をしてからも、こうして時折顔を合わせる。
今はただ、たったそれだけのこと。

それでも、あの少年と、一時こうして会話をすることが出来るのは、クラウドにとって密かな楽しみであった。
顔を合わせる度、以前は見ることのなかった表情の変化や、その時毎に聞く些細な日常の愚痴を聞いたりして、彼があの白い部屋で寝ている訳ではなく、確かに此処に息衝いていることを確かめている。

願わくば、次に会う時にも、ささやかな日常の中で。
雨が止んでも消えることなく、彼が確かに存在していることが嬉しかった。





オフ本『レイニーブルーの向こう側』のクラスコのその後の様子です。
約束や示し合わせるような間柄でもないけど、偶にばったり逢うと、なんでもない話をする位の距離。
なんとなく嫌な人じゃない、と思ってスコールからクラウドへの好感度は高めです。見送りなんて別にいらないのにと思いつつ、まあ良いか……ってなっている。
クラウドの方は、ちゃんと生きて此処にいるんだなー……っていうことにしみじみしている模様。
その内、ティーダやザックスも一緒に、皆で何処かに遊びに行ったりするかも知れない。

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