[バツスコ]その夜、初めて獣を見た
顔もそうだが、普段の振る舞いからして、バッツが年上だなどとは、スコールは思ってもいなかった。
あれ位に落ち着きのない同級生と言うのは珍しくなかったと思うし、それを指して『子供っぽい』と形容するのも判る。
はっきり言って、年下か、上に見積もって同級生と呼べる年齢が妥当だろう。
それよりもっと年上に、同様に落ち着きのない人間がいることを知っていたような気もするが、元の世界の記憶が判然としないので、あまりよくは思い出せない。
だから、バッツが二十歳を数えていると知った時には、思わず呆然としたものだ。
一緒に話を聞いていたジタンが「ウソだろ!?」と声を大きくしたのは、スコールの分も代弁していたと言って良い。
その反応を見たバッツが、「そんなにガキっぽいかぁ?」と唇を尖らせたのが、益々持って彼を子供じみた言動に見せていたのだが、そんな事は当人はお構いなしである。
しかし、彼は存外と大人びてもいた。
知識の広さは、幼少期より父と二人で生粋の旅人をしていた事から培われ、故に野性的な勘も含め、経験値の高さを物語るものになっている。
飄々とした、時に無邪気にも見える行動を取る傍ら、それにはきちんとした理が秘められており、可惜に無駄な行動と言うのも滅多にしない。
平時の子供じみた言動が目立つ所為か、或いはそれを隠れ蓑にしているのか、価値観が妙に達観している所もある。
けろりとした顔で、案外と酷な話もするものだから、そんな彼とよく一緒に行動しているジタンとスコールは、時々認識がバグを起こすような感覚に陥ることもあった。
そのどれもが“バッツ・クラウザー”と言う人間を創り出していることを思うと、確かに彼は、年齢以上の経験を積んでいるのだと思わざるを得ない。
それは、こんな所でもスコールに事実を突きつけて来た。
こんな────初めての閨の夜でも。
初めて重ねた唇は、乾燥してカサついていて、少しちくちくとスコールの唇に刺さった。
痛いと言うほどではないのだが、くすぐったさに似たようなものがあって、少し落ち着かない。
それでもようやくそれを重ね合える程になれたのだと思うと、俄かに胸の奥の鼓動が速くなって、スコールはそれを隠すのに必死になっていた。
だから気付かなかったのだ。
閉じた瞼の向こうで、熱を灯した獣が、舌なめずりをするように、唇を重ねていたことに。
「ん……う……?!」
離れない唇に、呼吸が苦しさを感じて来た頃だった。
ぬる、としたものがスコールの唇に触れて、隙間から中に入って来た。
思いもよらなかった感触が襲って来た事に、スコールは思わず目を瞠ったが、逃げようとした躰はいつの間にか背中に回されていた腕で閉じ込められていた。
「んぁ、バ、んむっ!」
咄嗟に首を振って離れ、ストップを唱えようするよりも早く、唇は追って来た。
離れたばかりの唇がまた重ねられ、一度目とは角度を変えて、侵入者が深くに入って来る。
生暖かくて艶めかしい感触が舌の上をそぞり撫でたのを感じて、ぞくぞくとしたものがスコールの首の後ろを走った。
スコールはバッツの両肩を掴んで押したが、その肩はびくりともしなかった。
後頭部にバッツの手が回り、ぐっと引き寄せるように押し付けられて、二人の唇はより深く交じり合う。
戸惑うスコールを他所に、侵入者は悠々と震える舌に絡み付き、耳の奥でぴちゃぴちゃと音を鳴らし始めた。
バッツは丹念に丁寧に、スコールの舌を舐った。
たっぷりと分泌された二人の唾液が、スコールの咥内で混じり合い、舌が濡れそぼって行く。
塗したそれをバッツがまた丁寧に塗り広げていくものだから、スコールは艶めかしい肉が舌をなぞって行く度に、ビクッ、ビクッ、と肩が震えてしまう。
段々と舌の根が痺れるような感覚まで沸いて来て、これにどうして良いか判らなくなる。
連続で訪れる初めての感覚で、思考も停止してしまったスコールは、貪る男にされるがままになっていた。
「ん、ん……ふ、むぅ……っ!」
「んん……んれ、ぢゅぅ……っ!」
「っ………!」
絡み取られた舌を啜られて、スコールの舌の根が勝手に戦慄いた。
喉の奥でトクトクと言う脈が鳴って、何かが体の奥から競り上がって来るような気がする。
スコールは目一杯の力で、バッツの体を圧し退けた。
吸われていた唇が、ちゅぱ、と糸を引きながらようやく離れる。
はあ、はあ、と息苦しさに喘ぐ肺に酸素を送りながら顔を上げれば、バッツはきょとんとした顔で此方を見ていた。
「スコール、どした?なんか嫌だった?」
「………っ!!」
ずい、と顔を近付けて来るバッツ。
その厚みのある唇が、てらりと唾液で濡れているのを見て、スコールの腹の奥が何か鳴き声のようなものを上げる。
混乱したスコールにはそれが何なのか、理由も何も判らなかったが、とにかく何かが危険だと本能が叫んでいた。
「い、や……とか、言う問題じゃ、なくて……!」
「嫌ではなかった?」
「だから……!」
嫌だとか嫌じゃないとか、スコールの頭の中にあるのは、そんな単純な問題ではない。
ともすればまた奪われそうな唇を、庇うように片手で隠しながら、スコールは上体を後ろへ逃がす。
離れたがっていると判るであろうスコールの仕草であったが、バッツは此処に来てそれは嫌だとでも言うように、しっかりとスコールの背中を抱いて捕まえていた。
胸の内の鼓動が、キスを始める前の比ではない程、速くなっている。
ふ、ふぅ、と鼻で呼吸することをようやく思い出したスコールの顔は、沸騰したように紅い。
バッツはそんなスコールの頬を、殊更優しく手のひらで撫でた。
「スコール、あんまりこう言うのした事ない?」
「……っ」
バッツの言葉に、スコールの朱色が濃くなる。
あからさまに顔を反らしてしまえば、それがバッツにとっては答えだった。
分かり易く初心な反応してしまっているスコールを、バッツは「そっかそっか」と言いながらあやすように撫でている。
スコールの眦に柔らかいものが触れて、それがキスだと気付いた瞬間、スコールはいつの間にか密着していたバッツの体を強引に引っぺがした。
腕一本を限界まで伸ばした程度であるが、距離が出来たのが寂しいのか、バッツは不満そうに唇を尖らせている。
が、スコールの反応に何かを察したか、また近付いて来ることはせず、じっと恋人の反応を待った。
ややもして、ようやくスコールは声を出すことに成功する。
「あ、んた、は……っ」
「うん」
「……こう言う……経験、が……」
あるのか、と問おうとして、急に怖くなって声が小さくなる。
だが、そこまで聞けばバッツも十分に汲み取れたらしく、
「うん、まあ。ずっと旅してたからな、艶街なんかの世話にもなった事はあるし」
それはつまり、スコールの世界で言う、繁華街の類だろうか。
そして、そう言う場所には、水商売と括られる職業の者もいるだろうし、またそれを目当てにする人々が集まる場所でもある訳で。
「……あんたは、そう言うの、いつから……」
「いつ?歳か?えーと、んー……十四か、十五くらいの時にはもう行ってたかなあ。あんまりよく覚えてないけど」
「じゅう………」
異世界によって常識の感覚に齟齬があるのは、よくある話だった。
世界の文明レベルの発達規模や、国と言う形の在り様、法整備の影響が何処まで範囲を持っているかによっても様々である。
飲酒喫煙など分かり易いもので、スコール、ティーダ、クラウドなどは成人年齢が定められている事もあって、かなり厳格な基準が(国ごとの差はあれど)決まっているものだった。
しかしフリオニールは未成年の飲酒喫煙に余り問題を抱く事はないらしく、特に喫煙は、戦に荒れた兵士の一種の精神安定剤として、案外と安い趣向品として認識している節がある。
セシルは、十五の頃には既に一兵卒として、酒や色事は通過儀礼のようなものだったらしい。
ジタンはある程度の基準は国ごとにあったらしいが、彼自身が盗賊団と言う環境にあったので、酒盛りは普通にあったし、彼も飲むのは好きだと言う。
バッツは、記憶の回復が芳しくない節がある為、彼の世界についてはよく判っていない。
しかし、旅路で得たと言う薬学のレベルや、電子機器については見慣れなていない事から、フリオニールやセシルと同程度ではないかと思われる。
そう考えると、彼が───スコールの世界を基準とするなら───随分と早いうちに、諸々の経験をしていたと言うのは決して可笑しな話ではないのだが、
(……なんか……なんか、ショックだ……)
恋人が、その手の経験をしていると言う事については、致し方がないと思えなくもない。
元々が違う世界の人間であるし、こんな世界で出会うなんて予想だにしていないことだ。
誰かに恋して、誰かと手を繋いで、それ以上のことをしていても、仕方がない。
そう思える程度には、スコールも物分かりの良いつもりであった。
だが、それ以上に、自分が想像していたよりも遥かに、バッツが“大人”であった事がショックを誘う。
それはスコールの中で、何処かバッツを、自分より子供じみた人物だと思っていた所が大きいだろう。
折々に彼が経験豊富な戦士である事は実感していたが、こんな所でも先の先を行っていたと言う事が、思春期の初心な少年には中々の衝撃だったのだ。
(だって、十五って。SeeD試験を受ける為の筆記試験が出来るのが、その歳だった筈だ。バッツはそれより前に……こういう経験をしてたってことだろ)
「スコール?おーい」
(ずっと早く、こういう……おと、な……の……する、ことを……)
だから、バッツはあんなキスを知っていたのか。
あんなにも、首の後ろがぞくぞくとして、頭の中がふわついてしまうようなキスを。
沢山経験して、それを覚えて、実践して────
一体誰からそれを教わったのか、と言う疑問は、考えると恐ろしいので、頭から無理やり捨てた。
それでも、バッツが今のキス以上のことを知っていると言うのは、間違いないのだろう。
スコールが聞いた事もないような事を、ひょっとしたら、幾つも。
考えむように黙り込んだまま、動かなくなったスコールに、バッツは頭を掻いて彼が戻ってくるのを待った。
しかし、蒼くなったり赤くなったりを繰り返し、中々帰って来ない様子の恋人に、元々それ程忍耐力のないバッツが、こんな状況でいつまでものんびりとしていられる訳もなく。
「スコール」
「!」
耳元で名前を呼ぶと、びくっ、とスコールの肩が跳ねた。
怖がってるなあ、と口に出せば先ず否定するであろう事を思いながら、緊張した面持ちを浮かべているスコールの顔を見る。
「スコールはさ。初めてだった?」
「な、にが……」
「キス」
「……それ、は……わから、ない……」
バッツの問いに、スコールの答えは覚束ない。
直ぐに否定が出て来なかったと言うことは、若しかしたらあるのかも知れない、とは思うのだろう。
けれども、
「じゃあ、さっきみたいなキスは?」
「………っ!」
バッツがもう一度尋ねてみると、スコールは数瞬沈黙した後、耳の先まで真っ赤になった。
つい今しがた、バッツの唇で贈られたキスは、彼には想像もしていなかった程に濃厚なもの。
それを思い出しただけで、背中にぞくぞくとしたものが走ってしまう位、未知のものだったのだ。
そして当然、これからの事も、初心な彼が蕾のままである事をよくよく知らしめている。
言葉にせずとも、目が表情が物語るスコールに、バッツの唇が濡れる。
細めた褐色の双眸が、また獣じみた熱を宿している事に、そこに囚われた少年は気付いていない。
「スコール、綺麗な顔してるし、モテるだろうし。一杯経験あると思ってた」
「勝手にそんな……!」
「うん、ごめんごめん。おれが勝手に勘違いしてたんだ。へへ、おれが初めてなんだって思ったら、ちょっと安心したな」
言いながらバッツの手が、あやすようにスコールの頬を撫でる。
宥められて堪るか、とスコールはそんな恋人を睨んだが、バッツの笑みは消えない。
寧ろ、真正面から見てしまった褐色の瞳に宿るもので、射抜かれたスコールの方が動けなくなった。
近付いたバッツの唇が、スコールの唇と重なる。
またあれをされるのか、と俄かに強張ったスコールであったが、バッツは触れた唇は直ぐに解放された。
あれ、と肩透かしを食らったような気持ちで瞬きをしている間に、柔く圧されたスコールの肩がベッドに落ちる。
きしり、とベッドの軋む音がして、スコールはいつの間にか覆い被さる男を見上げる格好になっていた。
「焦っちゃダメだな。ゆっくりやろう、スコール」
そう言ったバッツの表情は、穏やかにあることを努めていたが、瞳の奥には明らかに興奮と情欲が灯っている。
あのキス以上のものが降って来る────それが即ちどういう意味なのか、スコールが正しく理解するのは、もうしばらく先のことだった。
5月8日でバツスコの日。
と言う事で、経験豊富なバッツ×全くの未体験スコールが見たくなった。
スコールってずっと人を避けてるあの性格だから、恋愛経験もないだろうし、相手が必要になる諸々のことも全くしたことないだろうなと。
うちのスコールはどの設定でも大体そんな感じな訳ですが、そんなスコールがバッツに色々教え込まれたりするのは大変好きです。
そして時々、色々知ってるバッツに対してもやもやしたり、それも考えられなくなる位に色々されたりすると良いと思います。