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2025年10月

[16/バルクラ]鏡の前で笑顔の練習

お題配布サイト 【シュレディンガーの猫】





鏡には見慣れた顔が映っている。
黒い髪、眼窩の奥に翠、細い鼻柱、髭を蓄えた口元。
目元の下が薄らと昏いのは最早どうしようもないことで、今更にそれの血色を気にすることもない。
何年も、何十年も、見るだに見飽きた、自分の顔だ。

社長室の片隅には、小さな手鏡が諸々の邪魔にならないようにひっそりと置かれていた。
それは来客があった際、迎える前に最低限の身嗜みを確認する為に用意されたもので、それなりの頻度で使うことがある。
あるが、用途としては全くそれだけのことで、必要がないのであれば、視界に入れるものでもなかった。

しかし今、バルナバスはそれを自分の意思で手に取っている。
そして顔の前へと持って行けば、其処には先述の通り、自分自身の顔がそのまま映り込んでいた。

鏡は歪みは勿論のこと、指紋汚れの類もなく、まるで買ったばかりの新品のように綺麗に磨かれている。
お陰で其処に映る自分の顔は、自宅の洗面台に取り付けられた鏡で見た時と何ら変わらない形をしていると、確認することが出来た。
強いて言うなら、洗面台の鏡はそれなりに大きなものであるから、前に立っただけで上半身を一目で概ね確認できるが、此処にあるのは手鏡である。
長辺で精々15センチあるかないかと言う程度のものだから、映るのは首から上、全体を取っても頭いっぱいが限界だ。
棚に置いて遠目に立てば、胸像程度は映るだろうが、結局はそのくらいの物だった。
だから立ち姿でのスーツの皺を直すだとか、ネクタイの歪みがないか確かめるかだとか、そう言った目的でちらと見る以外には無用のアイテムとされている。

それでも鏡は鏡であるから、自分の顔を正確に見ようと思えば、一番手っ取り早い道具だった。
だからバルナバスは、この鏡を手に取った訳だ。
そして其処に映る自分の顔をじっと見つめている。


「………」


鏡に映る自分を眺めることは少ない。

洒落た格好を好み、それを常に整えたがる人間はいるが、バルナバスはそうではなかった。
今でこそ、立場を含めた公人として振る舞う機会が多い故に、見栄えを保つ必要性を理解しているが、そもそもはどちらかと言えば無頓着である。
躾の厳しい母の指導によって、学生時代は制服の襟ひとつと乱さぬように心得てはいたが、では自らがその律を守るべき信念を持つに至ったかと言えば、さて、と肩を竦めるしかない。
ヒトはその立場に応じて着飾るべき衣装があり、それを誰もが無意識的に求めているから、時には武器として時には鎧として、適した格好をするべきである、と言う理屈として、バルナバスは自分の衣服と言うものを選んでいた。

と、服についてはそう言う理由で、個人的なこだわりはなくとも、保つべきラインがあるのだが、此方───顔については尚更どうでも良いと思う。

鏡に映り込んだ男の顔に、バルナバスが何を思うこともなかったが、しかし、一般的には随分と不機嫌に見えるパーツをしているらしい。
例えば眉間の皺、例えば潜めた形の眉、例えば真一文字に噤まれた唇……と、挙げて行けば幾らでもあるだろう。
これで表情が忙しく動けば印象も変わるのかも知れないが、生憎とバルナバスの表情筋は固い。
それは昔からのことで、動的感情は可惜に表に出すものではないと教育されたことに加え、元より外部刺激に対する反応が鈍かったこともあり、幼年の頃からバルナバスは無表情気味であった。
この為、バルナバスの顔と言うのは、専ら不機嫌に見える顔付のまま動かない、と言うのが常態化していると言えた。

それで何が困る訳でもない。
世の中には、経営者はそれなりに愛想が振り撒ける方が良い、と言う節もあるが、かと言って、そうでなければ成功しない訳でもない。
更に言えば、世間がバルナバスの何をどう評価していようと、彼自身には大した価値もない雑言でしかない。

───ないのだが、唯一、バルナバスの耳に届く雑言も、数少ないながらに存在する。
それが零した些細な言葉こそが、今、バルナバスに鏡を覗かせていた。


「………」


そうして、鏡を手に己の顔を見つめて、どれ程時間が経っただろうか。

バルナバスは、自身の左手を目元に口元に遣り、自身の顔パーツの感触を確かめていた。
頬骨を指の腹で押したり、眉間の皺を広げてみたり、最低限に形を整えることだけを保っている髭を少しばかり摘まんで見たり。

一頻りそうして顔に触ってから、この程度の力で人間の頭蓋がどうなる訳でもないことを知る。
頭蓋の形を変えるには、きちんとメンテナンスされた機械の力で掘削しなければならない。
もう少し簡単に動くと言えば、頭蓋骨の上に乗った筋肉や皮膚の方だが、どうもバルナバスは、此処も早々楽には動かないようだ。
普段、滅多に表情を変えないのだから、肉も皮も張り付いて固くなっているのも無理はなかった。

とは言え、バルナバスとて全く表情を持たない訳ではないのだ。
喋れば口や顎が動くし、感情を持てばそれなりに顔に反映される所もある。
そして、意識して動かせば、固く張り付いた顔の筋肉も、少しくらいは形を変えるのである。

鏡の中の男が、口角を上げる。
不慣れな形を作ろうとしている所為か、頬の筋肉が微かに引き攣るように震えるのが分かった。
歯を見せるのが良いらしい、と言われたことを思い出す。
上唇と下唇の隙間を割って、鏡に白い歯がしっかりと映るようにした。

昏い目をした男が、鏡の中で歯を見せて笑っている。
……多分、恐らく、笑っている。
鏡に映る自分と思しき男の顔を見ながら、バルナバスはそう思った。

───直後に、ドアをノックする音がして、其処から間を置かずに扉が開いた。


「ちょいと失礼。社長、さっき届いた資料について確認を───」


許可の断りを待たずに、この社長室に入れる人間は限られる。
その立場を持っているのは、この会社でバルナバスが直に指名して役職を与えた、シドと他僅かな人員のみ。
加えて、本当に許可を待たずに入る度胸と付き合いがあるのは、シド一人であった。

そのシドが、部屋に入って来るなり、ぴたりと動きを止めた。
ドアの袂で停止したまま再起動しない気配に、バルナバスは鏡を見ていた顔を上げる。
その顔は、既にいつもの通りのものに戻っていた。


「……どうした」
「……いや……」


バルナバスの方から声をかければ、シドはやっとドアを潜った。
その表情は、普段は飄々とした昼行燈を装っている彼にしては珍しく、何処となくぎこちない。

シドはデスクへと近付きながら、


「まあ、なんだ。随分真剣に鏡を見てるから、一体どうしたのかと思ったんだ。来客予定でもあるのか?」


そう問いながら、バルナバスの予定はシドも概ね共有しているから、そうした予定がないことは知っているだろう。
しかし、来客の類がないのなら、シドはバルナバスの手に鏡が在る理由が分からない。
……その鏡に向けられたのであろう顔も見てしまったものだから、尚更。

バルナバスは鏡をデスクに置いて、シドの方へと向き直った。
シドが差し出した書類を受け取り、その紙面に視線を落としながら、事の理由を説明する。


「この人相は、どうも悪人面らしい」
「……」


バルナバスの言葉に、シドは「誰がそれを言ったのか」とは問わなかった。
この男に、そんなことを言い放つことが出来る人間を、シドは一人しか知らない。

傍から聞けば、言われて怒りを買う言葉だが、バルナバスの表情にそうしたものは浮かんでいなかった。
実際、バルナバス自身にとっても、この面が人に好かれるような顔でないことは理解している。
愛嬌などと言うものは無縁の人生であったと自覚があるし、それで問題が起きた事もないから、その事実を指摘された所で、バルナバスの琴線が震えることはなかったのだが、


「この顔で仏頂面をしているから、威圧しているように見える。だから人は私を怖がる───らしいな」
「……あー……全面否定は難しいのは、確かだな……」


バルナバスの言葉を、シドは濁すように曖昧な表情を浮かべつつも、否とは言わなかった。
この男が、此処で変に耳障りの良い言葉を使わない所に、バルナバスは信頼を置いている───それはともかく。


「だから、偶には笑た顔を見せた方が良いと言われた」


無表情、仏頂面、とかく感情の見えない顔。
確かにそれは、他者から見れば圧として受け取られ、相手の心理状態によっては、怒りを買ったかと思うこともあるだろう。
顔色を伺う、と言う言葉もあるのだから、其処に好ましいものが感じ取れない顔をしていれば、あるのは負の感情だと考えるのも無理はない。
バルナバスも幼年の頃は、厳しいに母に育てられた経験があるから、そう感じてしまう人間の心理と言うものは少なからず理解できる。

人は、笑顔と言う形を作ることで、緊張を緩和することが出来る。
自分は悲しい、辛い、苦しいのだと感じている時でさえ、嘘でも笑顔を浮かべることで、その精神を僅か奮い立たせることも。

そして人間は、笑顔を浮かべるものに対して、髄反射的に好意的な感情を抱き易い、とされている。


「……成程。それで、真面目に笑う練習をしてたって訳か?」


シドがデスクに置かれた手鏡を見て言えば、そうだな、とバルナバスは頷いた。

バルナバスの手がもう一度鏡を捕まえ、しげしげと鏡に映り込む自分を眺める。
左手で口の端の頬肉を摘まむが、肉は大して挟める程にもついていなかった。
加齢で肉が削げ、顔の形が骨を浮き上がらせるようになっているのも、この人相を作っている理由になるのだろうか。

どうすれば“笑顔”と言うものを意識的に作ることが出来るのか、鏡を睨み続ける上司に、シドはなんとも言い難い表情を浮かべながら、言った。


「……なんというか、な。人には向き不向きってものがあって、顔や表情にもそれはあると思う。それに、無理に作った笑顔って言うのは、取り繕ってて不自然なもんだ」
「……そう言うものか」
「お前が大して笑わなかったからと言って、これまで人がついてこなかった訳でなし。もし笑う機会があるのなら、それは自然に出て来たものだけで十分だと思うね」


シドの言葉を聞きながら、バルナバスはじっと鏡を見つめ続ける。


「お前さんが、存外恋人に甘いのと、真面目な努力でそれに応えようとしてるって所は理解できるが……俺としては、無理はしないことをオススメするかな」


そう言ってシドは、ともすれば逃げるように、回れ右と踵を返した。
書類は後で確認しておいてくれ、と言ってから、部屋を出て行く。

扉が閉じる音を聞きながら、バルナバスは昨晩の出来事を思い出していた。
熱を交えた後で、気怠さの中で過ごしていた時に、戯れのように頬に触れた手。
その存外と心地良い感触に任せていた時に、彼は言った。


『あんたは笑うと、案外優しい顔をしてるんだから。そう言う所を、他の奴にも少しは見せてやれば良いのに』


そうすれば、やたらと怖がられたりしないだろうに。
もっと色んな人に好かれるかも知れないぞ───と。

それでバルナバスが、誰かに好かれる為に笑う必要性を感じることはない。
ただ、彼がそう言うのならば、少し試してみようかと思ったのだ。
呟きながら言った彼の表情が、酷く柔く愛おしいものを見る目をしていたから、彼の言うような顔を作れるようになれば、また同じものを見れるのではないかと思って。

しかし、どうもシドの言う事を鑑みるに、自分の笑顔は不自然なものらしい。
鏡に映る自分の顔を見ても、一般的に愛嬌を覚えるようなものが出来ているとは言い難い。



鏡に映る見慣れた顔を見詰めながら、この顔がどうなれば正解になるのだろうか、と熟考するも、答えは一向に見えないのであった。






【一途に思い続けた先へ5つのお題】
3:鏡の前で笑顔の練習

クライヴが全く出て来てないけど、バルクラなんです。
恋人のクライヴが偶にしか見ることのないバルナバスの笑顔がある訳ですが、クライヴはそれが自分にだけ向けられるものだと気付いてないと言う。
そしてバルナバスも自分がそうことをしている自覚がないので、真面目に笑顔の練習なんてことをしていたら、うっかりシドが目撃してしまったのでした。

バルナバスって根が超真面目な人だと思っている。
なので真面目に“模範的な笑顔”の練習をしていたようですが、クライヴが見たのはもっと自然な、ふっとした時に零れたものなんでしょうね。

[ジェクレオ]満たされるのは幸福と

  • 2025/10/08 21:05
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



冷蔵庫を開けて、ああしまった、とレオンは眉根を寄せた。
箱の中身は色々と詰め込まれた状態ではあるのだが、今日の主食に使えそうなものがない。
既に調理済みのものが入っているタッパーを取り出し、その中身を確認してみるが、どれも同居人を満足させる程の品にはならなかった。
ありものを掻き合わせて量を嵩増しさせることは出来るが、野菜ばかりで彼の胃袋は満足しないだろう。
動物性タンパク質の塊がひとつは欲しい、と思うが、何度冷蔵庫の中身を探っても、それを補ってくれるものは見付からなかった。

仕方がない、とレオンは冷蔵庫の蓋を閉じる。
ないものを幾ら探した所で、結局ないのなら見付かる訳もない。
時刻は直に毎日の夕食時間だが、今日は少し遅れるものと割り切って、今から何か買いに行こう。
レオンはそう決めて、リビングで新聞を読んでいるジェクトに声をかけた。


「ジェクト、すまない。買い物に行ってくるから、夕飯が少し遅くなる」
「今から行くのか?珍しい」
「此処しばらく、買い物に行き損ねていたからな。主菜に出来るものが残っていなかった」


財布を取りに行こうと自室へ向かおうとするレオンに、ジェクトがもう一度「珍しいな」と呟いてから、


「どうせ出るなら───おい、レオン。折角だ、食いに行こうぜ」
「え?」


財布と上着を取って、玄関へ向かおうとした足を止め、レオンはリビングを振り返った。
ジェクトもソファから腰を上げ、リビングの隅のチェストに置いていた折り畳み財布を取る。
それを色落ちしたジーンズのポケットに捻じ込みながら、ジェクトはレオンを追い抜いて、玄関へと向かった。

後を追う形でレオンが玄関前に立っていると、靴を履き終えたジェクトがドアノブに手をかけながら言う。


「毎日栄養管理してくれるのは有難いが、偶にはサボっても良いじゃねえか。一日くらい平気だろ?」
「それは、まあ……あんたも此処しばらくは、飲み会も控えているようだし」
「偶にはお前に楽に飯食わせてやりたいしな。奢りだ、行こうぜ。で、帰りについでにマーケット寄って、足りないもの買い足して置けば良い」


レオンの是非の返事を待たず、ジェクトは玄関を潜った。
行く気満々、仮にレオンが断ったとて聞かないだろうと判るその様子に、レオンはくすりと笑みを浮かべて、靴を履いた。

マンションを出たジェクトが、そのまま足で街へと向かうのを、レオンは並んで追う。


「ジェクト。何処に行くつもりなんだ?」
「さぁて。お前さんは何処に行きたい?」
「俺は何処でも構わないが───折角だから、あんたの行きつけを覗いてみたいかな」


ジェクトのマネージャーとして傍につき、仕事の効率も含め、レオンが彼と同居生活をするようになってからそれなりの時間が経っている。
その間に、レオンとジェクトは人目を憚るようにして関係を深め、今では密かに恋人同士となった。
しかし対外的には、ジェクトは水球選手として、レオンはその活躍を下支えすることを仕事とする、ビジネスパートナーとしての域は出ない事にしている。
世界的な水球選手として有名なジェクトにとって、漏れてしまえばスキャンダルとして大騒ぎになることは勿論のこと、何より、まだ二人はそれぞれの家族に関係を打ち明けることに躊躇いがあった。
その躊躇いは、家庭環境から来る相手への家族への若干の後ろめたさもありつつ、「まだ二人きりでいたい」と言う、秘密の共有による特別感を味わっていたかったからだ。

対外的には秘密の関係である為、二人がプライベートな時間を共に過ごすと言うのは、存外と少ない。
ジェクトはシーズン中は練習と調整、試合に明け暮れており、レオンもジェクトの生活管理やスケジュールの調整に追われている。
私的な時間がそもそも少ないこともあり、忙しい時には、同居していながら朝晩の挨拶くらいしか会話をしない、と言うのも珍しくはなかった。
飲み会も、ジェクトは選手同士で、レオンは所属チームスタッフと行くことが多いから、人付き合いも行く先もバラバラである。
お互いに良い年齢をした大人なのだから、余程のトラブルでもない限り、お互いの私生活には触れないのが暗黙の了解だった。

だからレオンは、ジェクトが好んでいく店と言うものを、詳しくは知らない。
どこそこの店に行ったとと言う報告や、あそこでジェクトを見かけたと言う目撃談は聞くので、街のどのあたりに好んで出没するのかは凡そ把握しているが、その程度だ。


「俺の行きつけねえ……」
「あんたが俺に店を知られたくないなら、無理にとは言わないけど」
「お前に隠し事する必要が何処にあるよ」
「身内にだって隠し事がしたいことはあるだろう。誰にも知られない隠れ家がひとつくらいは欲しい、って」
「お前も欲しいのか?」
「さあ。今も隠れ家生活してるようなものだからな、俺は。随分大きな隠れ家だけど」


秘密の関係性であることを暗に滲ませながら、笑みを浮かべて言うレオンに、ジェクトは読み取ったようでにやりと笑う。


「デカいから良いんだろ?」
「まあな。でも苦労する事も多い」
「感謝してるよ。お、其処の店にするか」


道すがらに看板を吊るした店を見付けて、ジェクトの足が其方へ向いた。
誘われるままにレオンも其処へと入る。

店の中はがやがやと賑やかな声が犇めいており、店員が忙しなく歩き回って食事を提供している。
どうやら大衆食堂のようで、アルコールの提供も多く、ご機嫌な歌を歌っている人が其処此処にいた。
ジェクトは勝手知ったる場所なのか、店員の案内を待たず、空いている席を探して、隅にあったテーブル席へと腰を下ろした。
レオンも向かい合う椅子に座りながら、辺りを見回してみる。


「よく来る店か?」
「まあな。カツとパスタが旨いんだ、食うか?」
「そうだな。何が良いのか判らないし、あんたのオススメがあればそれにしよう」


レオンの言葉を聞いて、ジェクトは満足そうに笑う。

右へ左へ忙しくしている店員を一人捕まえたジェクトは、メニュー表も見ずに注文を通す。
店員は相手がジェクトである事に気付きつつも、特段のリアクションはせず、注文をメモして厨房へと消えていった。
この街では知らない者はいない、と言っても過言ではない程のジェクトが入店しても、店員は勿論、客も強く気にする様子がない。
客の中には声を潜めながら此方を見ている者もいるが、それだけだ。
成程、これならジェクトもゆっくり飲める、とレオンも悟る。

十分もしない頃に、ウェイターが料理を運んできた。
先ずはジョッキのビールに、大きなカツレツにソースとマッシュポテトが添えられ、オレンジ色のスープが並ぶ。
更にトマト色に煮込まれた野菜に、大きなポークソーセージ。
太い筒状のショートパスタには、魚介のクリームソースがかかっていた。
そのどれもが、特にはカツレツが皿をはみ出る程にサイズも量も大きいものであったから、レオンは眉尻を下げて苦笑する。


「ジェクト。頼み過ぎじゃないか?」
「いつもこんなモンだよ」


ジェクトはそう答えながら、カツレツにナイフを入れている。
レオンは、食べきれるだろうか、と戸惑いつつ、ショートパスタの皿を傍へ寄せた。

レオンがパスタを食べている間に、ジェクトは料理を平らげていく。
昔からよく食べる方だったとレオンは覚えているが、もう中年の年齢になっても、ジェクトの胃袋は衰えを見せない。
カツや唐揚げと言った油ものは今でも好物で、母国に帰った折には、息子と大人げない争奪戦を繰り広げている光景もよく見る。
毎日の水泳練習や筋肉トレーニングも欠かさないから、食べ物の消化は勿論、代謝率も下がらないのだろう。

それを思うと───と、レオンはポークソーセージを齧るジェクトを見ながら、


「なあ、ジェクト。あんた、ひょっとして俺の作るものだと、物足りなかったりしないか?」
「ん?」


ビールを流し込みながら、ジェクトはぱちりと瞬きをひとつ。


「突然なんだよ」
「いや……こうしてあんたが食べている所を見ると、もっと量があった方が良いんじゃないかと思って。食べる量が足りないのなら、あんたのパフォーマンスにも影響するかも知れないし、メニューの基準を変える必要があるかと……」


ジェクトが日々を試合の為に集中できるように、彼の生活まわりのことは、レオンが管理している。
栄養管理はその最たるものとも言え、効率的に体作りの下となる食材を選び、疲労回復にも秀でた物も取り入れていた。
レオンは長い間、早逝した母に代わり、働き盛りであった父と、年の離れた弟の面倒を看ていたから、こうした知識や技術を取り込むことには積極的である。
しかし、単純なカロリー摂取量と言う点で言うと、レオン含めた家族がそれほど量を摂るタイプではなかったこともあって、やや控えめになっている所は否めない。
ジェクトとその息子の面倒を看るようになってからは、彼らの為に量を増やすようになったが、根本的には健康志向と言って良い範疇だ。

テーブルに重ねられていく空の皿を、真面目な表情で見つめているレオン。
何処まで増やすべきだろう、と真剣に考えている様子のレオンに、ジェクトはくっと喉を鳴らして笑う。


「良いよ、別に。お前の作る飯に不満なんかねえしな」
「……本当か?あんたの身の回りの管理は、あんたの為のもので、それは俺が整えるのが仕事だ。不満、と言うか、改善した方が良い点があるのなら、それは遠慮なく言って欲しい」
「真面目な奴だな、ホントに」


レオンの言葉に、ジェクトは苦笑を交えて言った。


「お前はお前なりに、ちゃんと計算して飯作ってくれるだろ。それで物足りなきゃその時に言うし、追加も出してくれるじゃねえか。十分だ」
「……」
「飲みの後には楽に食えるモン作ってくれるし。そりゃあ、偶にもうちょっと濃いモンが食いてえなって思うことは、まあ、あるけどよ」
「やっぱり」
「偶にだ、偶に。大体、毎日それをやるのも良くないもんだろ?」
「それは、な。摂った分、それ以上に消費しているなら、問題はないかも知れないが……長い目で見ると、歓迎は出来ない」
「そう言う所をお前が全部やってくれてるんだ。それで、俺の好みに合わせた飯を作って貰ってる。腹持ちも十分良い。贅沢なもんだ」


そう言ってジェクトは、ジョッキに残っていたビールを一気に煽る。
そして、空になったジョッキをテーブルに置くと、


「それより、食う量ならお前だ、お前」
「ん?俺?」


突然に矛先が向いて来たものだから、今度はレオンが目を丸くする。
何を言い出すのだろうと首を傾げるレオンに、ジェクトは続けた。


「うちのガキより食わねえじゃねえか。そんなだから細いんだよ」
「細くはない。あんたを基準にしないでくれ」
「細いだろーが、腰なんかこう……」
「だから、それもあんたの手がでかいから」


両手でレオンの腰のサイズ感について表すジェクトに、レオンは眉根を寄せて言い返す。
ジェクトにとって自分自身が基準になるのは無理もないが、決してそれは一般的な規格サイズではないのだと、レオンは繰り返し主張するのであった。





10月8日と言う事で、ジェクレオ。
今年もプロスポーツ選手×マネージャーです。周りを気にしてるようで気にしていない生活をしている二人のいちゃいちゃ。

レオンに胃袋を掴まれているジェクトですが、毎日作るのは大変だよなと言うのは判っているので、偶にはこんな日もあるかも知れない。
体格ではレオンは標準よりも上、しっかり締まった筋肉質だと思うんですが、ジェクトからすると細いと良いなと。そもそも体幹や骨の作りの基準が違うと言う。あとジェクトの手が大きいので、大体の人の腰は両手で覆えてしまう感じ。

[ティスコ]いっぱい食べる君と一緒に

  • 2025/10/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



スコールの食への興味と言うのは薄いものだ。
生きる為に必要なので行うが、それ以上に求めるものはない。

ないが、味覚は至って正常であるし、日々の生活相応に育まれているので、美味い不味いはきちんと判る。
判るので、食べるのなら不味いよりも美味い方が良い。
頬が落ちる程の美食にありつきたい訳ではなかったが、“食事をする”と言う毎日不可避とも言える営みの過程について、なるべく負荷を減らしたいとは思う。
となれば、口に入れるものはそれなりに旨いに越したことはなく、日常生活でそれを賄う為に必要となる労力=料理の手間についても、それなりに惜しまない。

ただ、スコールにとって面倒となるのは、“食べる”ことそのものを指すことも少なくない。
必要でないのなら摂らなくても構わない、だが現実は結局必要なので食べる───そんな具合だ。
これは幼い頃からの感覚で、元より体質として小食気味であったことも大きいだろう。
幼い頃は特別な時にだけ食べられるケーキであったり、微かな記憶で、生前の母が作ってくれた菓子も料理も好きだったとは思うが、成長に伴ってその感情も薄らいでいく。
母が亡くなり、多忙な父と兄だけに押し付けてはいられないと、自ら家事仕事を引き受けたのも、遠因とは言えるかも知れない。
自分が作る料理と言うのは、作っている時からつぶさに見ているので、食べる段になる頃には飽きが来ている。
毎日創作料理に打ち込む程に料理が好きな訳ではないし、食べるものも味が予想できるものが殆どだから、父の言葉を借りれば「食べる時のワクワク感」とか言うものがないのだろう。

自分で作ったものを食べることにおいて、スコールの感情は特に波立たない。
日々の生活の一部、必要なので行うことであって、スコール自身もそれで十分であった。
成長期の年頃なので、一日のエネルギーはそれなりに消費する為、補給は適宜必要だが、必要な分が摂れれば後は特に気にしない。
必要な分と言うのも、他者から見れば随分と少ない量らしく、「それで大丈夫なのか?」と聞かれる事も多い。
特に問題はないので、スコールは自分が食べるものとその量について、特に気にする事はなかった。

だが、同居している人間がいて、その人も食べると言うのであれば、その限りではない。
特に、高校生になって、幼馴染と同居生活が始まってからは、尚更。

高校入学を機に、スコールと幼馴染のティーダは、実家を出て二人暮らしをすることになった。
共に父子家庭であり、スコールと年の離れた兄も保護者替わり含め、両家の家ぐるみの付き合いが始まってから8年目のことである。
入学先は違うものの、それぞれの学校を地図で結んで丁度中央あたりに、ルームシェア前提の物件があった。
二人の父と、スコールの兄も、多感な時期の少年たちを心配する気持ちもあって、二人一緒なら少しは安心だろうと送り出してくれたことに因る。

二人の生活は、存外と上手く回っている。
時々喧嘩をすることもあるが、意地を張り勝ちなスコールに対し、素直で怒りが長続きしないティーダが詫び、それを見たスコールの方も謝ることが出来る。
時にティーダが素直さ故の落ち込みを見せれば、スコールが言葉下手なりに寄り添って、甘えるティーダを宥めることもあった。
生活サイクルについては、ティーダが専ら健康優良児で、それに引っ張られる形でスコールも規則正しい生活が送れる。
勉強は、ついつい目を反らしてしまうティーダをスコールが捕まえ、勉強机に縛り付けての指導も始まっるので、父が心配したティーダの成績も、なんとかセーフラインをキープしていた。

この生活の家事については、基本的には当番制としている。
しかし、水球部に所属するティーダは、部活として練習が多くなる他、一年生の頃からエースとして主力に抜擢されて大会に出場することも多い。
そうなると帰宅時間が遅くなったり、休日も家にいない事が増え、その時期はスコールが専ら家事を引き受ける事になっていた。
ティーダはこのことについて、「最初に二人で決めたのに、なんか、ごめん」とよく詫びるが、スコールは気にしていない。
ティーダのように芯から打ち込める類を持たないスコールにしてみれば、手が空いている者が雑事を引き受けた方が生活の効率は良いし、何より、ティーダの邪魔をしたくなかった。
水を掻き分けてボールを追い駆けるティーダの姿は、スコールの密かな憧れだ。
彼自身が目指し求める高みまで、昇り詰めていってほしいから、スコールはそれを応援するつもりでいる。

────そう言う訳なので、スコール自身が食事に然程の関心を持っていないとは言っても、幼馴染の為にはそれなりにきちんとしたものを作らなくては、と思う。
何せ食事と言うのは、選手の体作りにあって、大きな役割を占めている。
スコールは栄養学の本や、ボリュームがありつつ健康的な料理の本など、こまめに探しては目を通すようにしている。
そして幼馴染の為に作った食事を、スコールも一緒に食べるので、案外とスコールの食生活と言うのは、ボリュームも栄養バランスもしっかりと整えられたものになっていた。

ティーダもそれをよく判っている。
毎日自分が食べているものが、幼馴染の献身的な援けのお陰で賄われていることも、それを作る為に勉強が欠かされないことも。
その感謝の想いは折々に口に出してはいるものの、ティーダはそれだけでは足りない気持ちもあった。
もっとちゃんと、形にして、大好きな幼馴染に「ありがとう」を伝えたかったのだ。

ティーダも料理はそこそこ出来る。
彼の父は家事の一切に不向きなタイプであった為、彼の実家では専らティーダがそれを担うことになった。
とは言え、幼い時分は流石に難しかった為、スコールの兄が二家族分の家事を引き受けていたこともある。
それから徐々にティーダが一人で出来ることを増やし、中学生になる頃には、台所も十分に使えるようになっていた。
今現在でも、ティーダが当番の時に台所を使う機会はままある。
ただ、料理のレパートリーに関しては、スコールのように逐一調べたり本を開いたりすることはなく、大味で豪快な代物が専門と言った所であった。

今日はそんなティーダが、大会明けで久しぶりとなる、台所仕事に立っている。
曜日当番を順当にすると今日はスコールの番だったが、大会期間中はスコールが全てを担っていたので、それがようやく終わった今日は引き受けさせてくれ、と言ったのをスコールが頷いた。

お陰で、今日は久しぶりにキッチンにはノータッチのスコールだ。
朝食、昼食もティーダが準備してくれ、片付けも引き受けてくれた。
存外と暇な時間がぽっかりと出来て、スコールは落ち着かなかったが、手伝いを申し出ても断られる。
ティーダにしてみれば、今日はスコールへの恩返しの日なのだ。
仕事の類はさせてくれそうになかったので、スコールはのんびりと、テレビを見たり本を読んだり、と言う“休日”を楽しませて貰った。
そして夕飯の準備もやはりティーダがやってくれているので、食卓でその完成を待つばかりである。


「もうちょっとで出来るからな、スコール!」
「……ん」


台所でオーブンレンジを見守っていたティーダの言葉に、スコールは小さく頷いた。

オーブンからは香ばしいハーブの匂いが漂っている。
スコールが台所を見た時、其処にはオイルをたっぷりかけ、バジルを始めとした香草と野菜に囲まれた、大きな鶏肉があった。
中々手の込んだものを、と思っていたのだが、どうやらオーブンに入れっぱなしで焼けば良い、とのこと。
ティーダがインターネットで調べたその料理は、元々は大きな鶏を丸ごと使うものだったそうだが、流石にそんな食材は手に入らないし、あったとしても二人で食べるには多すぎる。
手頃なサイズ───と言っても、スコールから見ると十分大きいのだが───のもので、同じものを作ることにしたのだそうだ。

主食の米に、インスタントに少し手を加えたミネストローネのスープ、そして千切ったレタスのサラダ。
着々と食卓に並べられたそれに続いて、焼き上がりのサインを鳴らしたオーブンが開けられる。
アルミホイルを敷いたオーブントレイが、まずはそのまま、食卓の鍋敷きの上に置かれた。


「じゃーん!ハーブローストチキン!」
「……でかいな」


どどんと豪快に出現したチキンを見て、スコールは呟いた。
如何にも豪快で、健啖家なティーダらしい料理に、こっそりを笑みが浮かぶ。

スコールの反応は、ティーダも概ね予想していたのだろう。
すぐにナイフを持ってきて、鶏肉の真ん中に刃を入れた。


「でっかいから良いんスよ。っつっても、このままじゃ食べにくいから、切り分けるよ」
「ああ」
「焼き加減は……うん、大丈夫、良い感じ!」


真ん中からぱっかりと割った肉の色をまじまじと確認して、タィーダは安心したように笑った。

切り分けられたチキンは、まずはスコールの皿へ。
胸肉一枚の半分サイズがそのままやってきて、スコールは呆れた溜息を吐きつつ、


「ナイフ、もう一つ持ってくる」
「まだ大きかった?」
「食べ易くする」


食器棚からテーブルナイフを持って来て、スコールはチキンを切った。
半分サイズであったそれを更に四等分にする。
その間に、ティーダも自分のチキンを半分に切って、そのまま自分の皿へと移した。

チキンは皮に程好い焦げ目が付いており、熱の入ったオリーブオイルが沁み込んで、きつね色に輝いている。
其処に肉と一緒に火の通った野菜を飾るように乗せて、食卓は整った。
台所仕事を終えたティーダがエプロンを解き、スコールと向かい合う席に座って、両手を合わせる。


「いただきまーす!」
「いただきます」


兄にしっかりと躾けて貰ったお陰で、食前の挨拶は忘れられない習慣だ。
元気なティーダの声に合わせる形で、スコールも言った。

スコールは切り分けたチキンにフォークを刺して、口へと運ぶ。
半分の更に半分、と言う大きさでも、塊としては十分に大きく、スコールは一口では頬張れない。
端に歯を立てて、ぐっと顎に力を入れて噛み千切り、口の中でよく噛んでいくと、歯切れの良い感触と共に脂の味わいがじゅわりと染み出してきた。


「ん、」
「うまい?」
「……ん」


スコールの反応を見ていたティーダが、頷くその様子を見て、「へへっ」と嬉しそうに鼻頭を赤らめる。
そしてティーダも、手製の大きなローストチキンに被り付いた。


「あっちち、んぐ、ふーっ、ふーっ」
「火傷するぞ」
「大丈夫、大丈夫。はぐっ、んぐ、ん、」
「……喉に詰まらせるなよ」


焼き立てのチキンの熱さに負けず、ティーダはもう一度齧りつく。
白い歯が肉を噛み千切り、皮がパリパリと良い音を立てて裂かれて行った。

肉と一緒に野菜も食べれば、肉汁の甘味が玉葱やナス、パプリカとよく馴染む。
ミネストローネが少し塩気が強かったのは、ティーダの舌の好みで合わせたからだろう。
スコールは自身が薄味の方が好みであるし、カロリー計算するうちに塩分量も控えめに意識するのが癖になったから、今夜の味はティーダの料理ならではだ。
普段が節制気味であるとスコールは自覚している。
それは幼馴染の健康を気にしているが故だが、今日は大会も終わり、ティーダが久しぶりに料理を作ってくれたのだ。
偶にはこう言うのも良い、と思いながら、スコールは今夜の食事を味わっていた。

スコールが皿の上にあるものを半分食べる頃には、ティーダの皿はもう空になっている。
テーブルの中心に置いたオーブントレイに残った二枚のうち、自分用の残りをティーダは持って行った。
此方も豪快に齧りつくその様子に、スコールは相変わらずのことながら、


(……よく食べるよな、ティーダは。昔からだ)


スコールが覚えている限り、ティーダは昔からよく食べた。

お互いの家が知り合ったばかりの頃は、食事を用意してくれる隣家への遠慮があったようだが、「ごちそうさま」と言いながら腹を鳴らすティーダを見て、兄が察した。
気にせず食べて良い、と信頼関係を築くと共に、遠慮の壁も徐々に取り除かれ、いつしかティーダはすっかりよく食べるようになった。
ずっと小食で、兄も父もそれほど多くは食べないのが普通だったスコールから見れば、何処に食べ物が吸い込まれて消えるんだろうと、不思議に思ったくらいだ。

育ち盛りの二次性徴の時期を迎え、運動部に入ったこともあり、ティーダの食欲は益々旺盛している。
そんなティーダの腹を満足させつつ、栄養過多にならないバランスを探るのは、中々に大変ではあるのだが、スコールはその手間を存外と厭ってはいなかった。

スコールの皿には、切り分けた肉が残りひとつ。
そろそろ腹が膨らんできて、オーブントレイに鎮座しているもう半分の肉の塊には、手を付けられそうにない。
けれども、これだけは食べておこう、とスコールは小分けの肉にフォークを刺した。

スコールのその様子を見たティーダが、嬉しそうに頬を赤らめて笑う。


「スコールも今日はいっぱい食べてるな。ちょっと多かったかもって思ってたんだけど」
「多いは多いが……まあ、もう少しなら。でも、そっちはもう入らない」


オーブントレイのチキンを指差すスコールに、ティーダは頷いて、


「良いよ。無理に食べると腹壊しちゃうしさ」
「そいつは明日の晩飯にする。ミネストローネも残ってるだろ」
「うん」
「一緒に煮込めば明日の一品にはなる」
「良いなあ、美味そう。明日の晩飯、楽しみ!」


今から明日の夕飯を想像して、ティーダは嬉しそうに言った。
今だって食べているのに、よく明日の食事ではしゃげるな、とスコールは思う。
それだけティーダにとって、“食べる”と言うのは楽しみとして大きいのだろう。


(……だから、ティーダと食べるのは、好きなんだ)


一枚分のローストチキンをすっかり平らげつつあるティーダを見ながら、スコールはそんな事を思う。

幼馴染が嬉しそうに食べている姿を見る内に、スコールもなんだか胃袋が刺激されるような気がして、もうちょっと食べよう、と思う。
いつもより多い一口、二口と、何故か口に運ぶことが出来るから、不思議だった。
ティーダがそんなに美味しいと言うのなら、同じものなら自分も美味しく食べられるような気がして。

その様子を見ている内に、嘗て兄が、隣家の父子に手料理を振る舞う手間を惜しまなかった理由が判る気がした。
失敗して焦げた料理も、ひっくり返し損なって崩れたハンバーグも、ティーダはいつも嬉しそうに食べてくれる。

自分で作ったローストチキンを、ティーダはしっかり食べきった。
オーブントレイに残っていた肉は、別の皿に移して、ラップをして冷蔵庫へと仕舞われる。
あとは食器の片付け、とスコールが流し台の前に立った所で、


「あ!俺がやるっスよ、スコール」
「今日は全部あんたがやっただろ。片付けくらいはやらせろ」


握ったスポンジを攫おうとするティーダを、スコールは腕を引いて避ける。
ティーダは最後までやる気だったのだろう、唇を尖らせてくれるが、じっと見つめるスコールの目を見て、譲られないと察すると、


「うん、判った。じゃ、あと頼むな」
「ああ」


何もかもを相手にして貰っては、反って落ち着かなくなると言うのは、二人ともにある事だ。
ティーダはしょうがないな、と言う顔をしながら、スコールの気持ちを汲んだ。

これだけやらせて、と言う台拭きをティーダに任せ、スコールは食器を洗う。
その傍ら、コンロに残っている鍋を見て、


(……明日)


当番の順で言えば、正しくは明日がティーダが夕飯当番だ。
だが、明日の料理はもう決まったし、それを作るのはスコールである。

失敗しないようにしないとな───と頭の中で明日のメニュー表を作りながら、スコールはスポンジに洗剤を足した。





10月8日と言う事で、ティスコ。
ティーダの食べっぷりに感化されてるスコールが浮かんだ。
ティーダがすっかりスコールに胃袋を掴まれていますが、スコールは別の意味でティーダに胃袋を掴まれていると良いなって。

スコールも男子高校生だし、Ⅷ原作は傭兵としての体作りとしてそこそこ食べそうな気もしつつ、ティーダはそれ以上によく食べる健康優良児と言うイメージがある。
水泳ってエネルギー使うよね。筋肉だけでは重い、体が冷える(スフィアプールが普通の水かは置いといて)ので、それなりに脂肪もついてると良いなと思っているので、その辺がスコールのシルエットと差があったら良いな……と思っています。

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