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2015年12月
いつもならベッドに入りなさいと怒られる時間になっても、今日だけは怒られない。
子供達の憧れの夜更かしが、公認で許される日だからか、幼い末っ子はわくわくとした様子で夜を待っていた。
しかし、まだ五歳になったばかりの子供の体力は心許ないものである。
午前中によく遊び、昼寝を挟み、また夕飯まで遊んでいれば、夜の8時を迎える頃には舟を漕ぎ出していた。
年末特番のマジックショーがテレビで中継され、それを見ている間は、わくわくどきどきとした顔で液晶画面に釘付けになっていたが、CMを挟むと欠伸が出た。
そんな末っ子と一緒にテレビを見ていた九歳の姉も、同じ頃にうつらうつらとし始めている。
テレビのマジックショーは、最後のの爆発脱出マジックを映していたが、二人とも既に見ているのか怪しい。
今では、子供達と一緒にテレビを見ていた父だけが、マジックの怒涛の展開と、派手な演出に夢中になっていた。
画面の向こうで、どーん、と大爆発が起こる。
うおおおお、と盛り上がっている父の隣で、スコールとエルオーネは寄り添い合って、お互いに体重を預けている。
エルオーネの頭がふらふらと不安定に揺れ、スコールは姉の腕にしがみつくようにして、眠気を我慢するように不機嫌な顔をしていた。
「おおっ、見ろ、スコール、エル!あの人、いつの間にかあんなとこに!」
「んんー……」
「……みゅぅ……」
ラグナの声に、エルオーネがテレビの事を思い出し、ごしごしと目を擦る。
見なくちゃ、と呟くその傍らで、スコールは甘えるように姉に抱き付いた。
ぎゅう、と小さな手で縋るように身を寄せる弟に、エルオーネは目を擦っていた手で、ぽんぽんと濃茶色の髪を撫でる。
あと幾許もなく寝落ちてしまいそうな子供達の姿に、ラグナがくすりと笑みを零す。
テレビの音量を抑え、眠るまいとぷるぷると頭を振るエルオーネと、彼女に抱き付いているスコールを抱き寄せた。
「エル、スコール、眠たかったら寝ちゃって良いんだぞ?」
「……んん……まだ起きてる…」
「おきぇる……」
「そうか~?でも、二人ともねんねの顔してるぞ~?」
つんつん、とラグナがエルオーネの頬を突く。
エルオーネは「そんな事ないもん…」と言ったが、くりくりとした黒曜色の瞳は、もう随分前から半分しか顔を出していない。
スコールに至っては、何度も目を閉じては薄く開き、また閉じては開きと言う行為を繰り返していた。
いつ寝てしまっても可笑しくない二人だったが、二人は自分からベッドに入るのは嫌らしい。
今日は遅くまでも起きていて良い日だから、眠ってしまったら勿体ないと言う。
況してや、ダイニングにはラグナだけでなく、兄のレオンや、母のレインも揃っているのだ。
母は夕飯の片付けと、新年に食べる料理の仕込みの為にキッチンに立っており、十三歳の兄はその手伝いをしている。
それが終わったら、皆で一緒にトランプをしようと約束しているから、尚更子供達は眠る訳には行かなかった。
────だが、やはり子供の体力は尽きている。
頑張ろう頑張ろうとする幼子の努力とは裏腹に、二人の意識は飛び飛びになっていた。
「エル~、スコール~。ねんねするならお布団入んなきゃ。風邪ひいちゃうぞぅ~」
「んん……ひかないもん…ねないもん……」
「みんなであそぶぅ……」
二人の努力は可愛いが、そろそろ限界だろうと、ラグナは二人を寝かしつけようとする。
しかし、二人も中々意地が強く、寝ない、遊ぶ、と繰り返す。
「スコール、ほっぺ抓って……」
「こ?」
「うん、それで起きれる…」
「ぼくもぉ……」
「んっ」
「んにゅ」
お互いに顔をむにっむにっ、と摘む二人。
大福のような頬を引っ張って、スコールとエルオーネはお互いを起こし合っていた。
「こらこら、そんなにしたらほっぺ赤くなっちゃうだろ」
「だって眠いんだもん…」
「ねむくないもん。おねえちゃん、ねむくないもん」
「そうだった、眠くない…眠くないもん…」
「ねむねむないもん……」
ぽろりと本音を零したエルオーネと、それを叱るスコール。
エルオーネは直ぐに眠ってはいけない事を思い出し、眠気は気の所為だと自分に言い聞かせる。
ねむくないー、ねむくないー、と輪唱のように繰り返される声。
その声はキッチンに立つ二人にも聞こえており、兄と母は、よく似た顔を見合わせて苦笑した。
行って来て、と無言で頼む母に、レオンは頷いて、キッチンを母に任せて弟達の下へ向かう。
「エル、スコール」
「れおん…」
「おにいちゃ……」
「眠らないなら、それでも良いけど、少し暖かくして置こう。な?」
「あったかくしたら、ねちゃう……」
「大丈夫、寝ない寝ない。眠くないんだろう?」
「うん……」
こしこしと何度目か目を擦るエルオーネ。
スコールは兄に向かって両手を伸ばし、抱っこをねだっている。
そんな弟に、ちょっと待ってな、と頭を撫でてやってから、レオンは椅子に置いていた毛布を広げる。
可愛らしい猫のイラストがプリントされたふかふかの毛布は、エルオーネのもの。
その下に重ねていたライオンの毛布は、スコールのものだ。
レオンはエルオーネの毛布をラグナに預け、ライオンの毛布でスコールの小さな体を包んでやる。
ミノムシのように毛布の中に包まれたスコールを抱き上げ、ソファに座って膝の上に乗せてやると、すり、と丸い頬がレオンの胸元に寄せられる。
エルオーネもラグナに毛布で包んで貰い、同じように膝の上に乗せて貰って、天使の輪が光る黒髪をぽんぽんと撫でられていた。
「レオン、お台所、おわった…?」
「もう少し。後は母さんがやってくれるって」
「レインが来たらゲームしようなー」
「んみゅ…にゅぅ……」
ぽんぽん、ぽんぽん、と幼い子供達の背を撫でる父と兄。
その心地良いリズムに、寝ないもん、と言っていた子供達の目が、とろとろと落ちて行く。
限界だった事もあり、素直に睡魔に誘われて行く子供達に、レオンとラグナは顔を見合わせて苦笑する。
(明日になったら、きっと拗ねるんだろうな)
(なんで起こしてくれなかったの~って)
皆とトランプしたかったのに、と怒る弟と妹の顔が想像出来て、レオンの唇が緩む。
ラグナは、エルオーネを落とさないように片腕で抱いて、空いた手でレオンの頭をくしゃりと撫でた。
虚を突かれたように目を丸くしたレオンだったが、そのまま父の手を甘受する。
少し頬が赤く、我慢するように唇を噤むのは、思春期故だろう。
父と兄の腕の中で、幼子達がすうすうと寝息を立て始めた頃、レインが仕事を終えてやって来た。
手には5つのマグカップを乗せたトレイがあったのだが、
「あら、寝ちゃったの。もうちょっと粘るかと思って、ホットミルク持って来ちゃった」
「俺が冷蔵庫に入れて来るよ。スコールお願い」
「ええ。ラグナは大丈夫?」
「へーきへーき。エルもまだまだちっちゃいからな」
トレイをローテーブルに置いて、レオンの腕からスコールを受け取り、レインはホットカーペットの上に座る。
重みから解放されたレオンは、ホットミルクの入ったマグカップを取って、キッチンへ向かった。
残った3つのマグカップには、コーヒーが二杯と、ミルク入りのカフェオレが一杯入っている。
キッチンから戻って来たレオンは、父と母と向かい合う位置を取って、カーペットに座る。
「エルとスコール、初詣までに起きるかな?」
「どうかしら。お昼寝もしたけど、一杯遊んでたみたいだし」
「ああ、遊んだ遊んだ。羽根つきやって、コマ回しやって、鬼ごっこして」
「貴方も一緒だったでしょう。貴方は眠くないの?」
「んん~、全然って訳でもないんだけど、そんなに眠くはないかな。まだ十時だろ?大人だからだいじょーぶ」
「レオンは平気?」
「まだ平気」
頷いて言ったレオンの目は、ぱっちりと開いている。
午前中は子供達の遊び相手をし、午後は母の手伝いをしているので、疲れている訳ではない。
ベッドに入ればするりと夢の世界に旅立つような気はするが、睡魔と言う睡魔を感じていないのも確かなので、レオンはもう少し起きていようと思っていた。
幼い妹弟と違い、十三歳のレオンなら、眠くなれば無理をせずに布団に入るだろう。
父と母はそう納得して、テーブルの向こうでじっと此方を見詰める息子の好きにさせる事にした。
「初詣は、明日にしようか。どうせ今行ったって、人が一杯でスコール達危ないだろ?」
「そうね……レオンもそれで良い?」
「うん。行くのは昼?」
「それ位にしようか。朝はエルとスコールが起きられないだろうし」
こんな時間まで起きていたのだから、その分、子供達の睡眠時間もずれ込む事だろう。
ひょっとしたら午前中は起きないかも知れないな、と腕の中で眠る娘を見て呟くラグナに、そうかもね、とレインが頷いた。
「レオンも直に寝なさいね」
「寝坊しちゃうからな~」
「うん。でも、もう少し」
父と母の言葉に頷きながら、レオンはローテーブルに腕を乗せ、その上に顎を乗せる。
まだベッドには向かう気のない長男の眼は、父と母に抱かれた妹弟に向けられていた。
じいっと見詰める蒼灰色に映る幼子たちの顔は、すやすやと健やかで、幸せな夢の中にいるのが判る。
はい、とレインが息子の前にマグカップを置く。
ミルクの入った温かいカフェオレを飲みながら、レオンは胸の奥がぽかぽかと暖かくなるのを感じていた。
大晦日の親子でした。
寝ない寝ないと頑張る子供は毎年書いてるような気がしますが、だって可愛いんだもん仕方ない。
クリスマスと言う事で、レオンと子スコがサンタクロースなパラレルです。
しんしんと雪が降り積もる小さな町。
住民たちがすっかり寝静まり、庭に繋がれた犬も丸くなって眠った頃。
空から滑るように降りてきた影が、とある家の屋根に辿り着いた。
屋根に降りた影から、小さな影が分離して、ぴょこっぴょこっと家屋の窓へ近付く。
小さな影が何かを振り翳すように右手を揺らすと、りーん、りーん、と小さなベルの音が鳴った。
すると不思議な事に、窓の向こうの鍵が、音も立てずにくるりと周り、ロックを外す。
カラカラと車輪が回る音を鳴らしながら、部屋の窓は開けられた。
「…ん…しょ、…ん…しょ、」
胸の高さにある窓を乗り越えようと、小さな影が奮闘する。
両手を使って体を持ち上げ、窓を乗り越えようとするが、宙に浮いた足をぱたぱたと動かしても、体は前に進まない。
せぇの、と一つ勢いつけて、小さな影は精一杯に身を乗り出して、なんとか窓を乗り越えた。
勢いを過ぎたものだから、くるんと体が丸まって、ころんと部屋の中に転げ落ちる。
影は小さなお尻を摩りながら起き上がると、部屋の中が静まりかえっていることを確かめて、窓の外に置いていた、大きな白い袋に手を伸ばした。
影がそのまますっぽり入れてしまいそうな大きさの袋を、両手に持って、よいしょ、と持ち上げる。
丸々と膨らんだ袋には、果たして何が入っているのか。
影は袋を肩に担いで、ゆっくりと部屋の中を進んだ。
向かう先にはベッドがあり、この家で暮らす小さな子供が眠っている。
すやすやと眠る子供の枕元には大きな靴下が吊るされ、今日この時を待ち侘びていた事が判る。
影はベッドの傍らにしゃがむと、大きな袋の口を開けて、ごそごそと中を探り始めた。
「ん…と……これ、じゃなくって……えっと……」
袋の中には、沢山のプレゼントボックスが入っていた。
それを一つ一つ確かめて、影はようやく目的の箱を見付け、ほっと息を吐く。
「よい…しょっ、と」
プレゼントボックスと、吊るされた靴下の中に入れて、これで成すべき事は終わった。
影はもう一度大きな袋を肩に担いで、そろりそろりと窓へ向かう。
(そーっと…そーっと……)
物音を立てないように、身長に、ゆっくりと。
細心の注意を払いながら、ようやく窓に辿り着くと、影は入って来た時と同じように、んしょ、と窓を乗り越えた。
これまた入って来た時と同じように、ころんと屋根の上に転がって、体についた雪を嫌ってぷるぷると頭を振る。
ぱんぱんと身体を軽く払うと、部屋の中に残して来た大きな袋を、うんしょ、と持ち上げた。
引っ張るように袋を外に運び出し、カラカラと窓を閉め、腰に吊るしていた小さなベルを掲げる。
りーん、りーん、りーん、とベルの音が三回鳴ると、鍵がくるりと回って、窓は再びロックされた。
窓が開かない事を確認して、小さな影は窓を離れる。
てってってっ、と軽い足音を立てて影が駆け寄る先には、影の帰りを待っているものがいた。
真っ白な雪がしんしんと降り注ぐ街の上で、しゃんしゃんと心地良い鈴の音が響く。
音の発信源には、小さな子供と一人の男が、空を飛ぶソリに乗っていた。
男はソリを引くトナカイ達の手綱を握り、子供を膝に乗せている。
子供はミトンをはめた手に紙とペンを持ち、紙に書かれた沢山の名前に、一つ一つチェックを入れてた。
やがてチェックが全ての名前に行き渡ると、子供はぱぁっと破顔して顔を上げる。
「お仕事できたよ、お兄ちゃん!」
そう言った子供は、濃茶色の髪の上に、赤い三角帽子を被っている。
上着も赤で、長袖の端と袖に白いもこもことした綿があり、丸く着膨れしている様子が可愛らしい。
けれどもボトムはと言うと、膝丈もないホットパンツのような短いズボンで、これも赤色に、裾に白い綿と言う仕様で、傷一つない、玉肌の膝小僧が眩しい。
足元は、トナカイの体毛と同じ色をした、ファー付のショートブーツを履いていた。
名前をスコールと言い、この街を担当するサンタクロース・ラグナの息子である。
スコールを膝に乗せ、トナカイを操っているのは、スコールの兄のレオンだった。
レオンも弟と同じように、もこもことした白い綿のある赤い服を着ており、ボトムは弟と違い長ズボンをブーツインにしている。
手元は黒い革の手袋をはめ、弟を空の上から落してしま輪わないように、腰のベルトで二人の体を繋げていた。
レオンは、無事に仕事を終えたとはしゃぐ弟に、よく出来ました、と頭を撫でた。
「もう周り忘れた所はないか?」
「うんっ」
「よし。初めての仕事は無事に完了だな。ご苦労様、スコール」
ご褒美に、ぎゅっと小さな体を抱き締めると、きゃらきゃらと嬉しそうな笑い声が響く。
この街を担当している父、サンタクロース・ラグナと、その息子であるスコールとレオン。
レオンは幼い頃にサンタクロースの試験を受けて合格し、今では父の手伝いをする傍ら、隣町への配達も担当する程、優秀である。
スコールはそんな兄と父に憧れ、毎年のように、二人の手伝いをしたいと言っていた。
今年になってようやく空飛ぶソリに乗る事が許されたスコールは、サンタクロース見習いとして、兄と一緒に初めての仕事に赴いた。
その仕事を無事に終える事が出来たのだから、喜びも一入と言うものだ。
初めての大役を終えた事、兄に褒められた事、そして家に帰れば父もきっと褒めてくれるだろうと、スコールは全てた嬉しくて堪らない。
丸い頬を赤くして、父に褒められる時の事を想像しながら、ふふふ、と幸せそうに笑う。
そんなスコールに、レオンは小さく笑みを漏らし、ソリの後ろに乗せていた袋に手を伸ばした。
「スコール」
「なぁに、お兄ちゃん」
「お仕事を手伝ってくれた良い子のスコールに、クリスマスプレゼントだ」
そう言ってレオンは、袋から取り出したものを、スコールの前に見せてやった。
赤い箱が緑のリボンで飾られ、『Merry Christmas!』とメッセージカードが添えられている、プレゼントボックス。
それを見たスコールから、ふわぁ、と喜色一杯の声が零れた。
期待と喜びに満ちた目が兄を見上げる。
いいの、いいの、と興奮し切った瞳で訊ねるスコールに、レオンは笑顔で頷いた。
「はわっ、はわ……ふわっ」
興奮が冷めない様子で、スコールはリボンを解き、ボックスの蓋を持ち上げた。
中に入っていたのは、スコールが愛して已まないライオンの絵本と、絵本の挿絵とそっくりの、ライオンのぬいぐるみだ。
ぬいぐるみは子供の顔程の大きさで、スコールの姉替わりであり、レオンの妹分であるエルオーネと言う少女が、弟の為にと手作りしたものだった。
クリスマスの雰囲気に合うように、ライオンの首にはリボンと鈴が縫い付けられ、ちりんちりん、と小さな音を鳴らしている。
スコールは箱から絵本とぬいぐるみを取り出して、空に掲げるように持ち上げた。
きらきらと輝く蒼灰色の宝石を見下ろして、レオンはほっと息を吐く。
幼い子供がこんなに喜んでくれるなら、皆で準備をした甲斐があった、と。
「ライオンさん!」
「嬉しいか、スコール」
「うんっ!」
ぎゅうっと絵本とぬいぐるみを抱き締めるスコール。
赤らんだ頬をぬいぐるみに摺り寄せて、スコールはぱたぱたと足を遊ばせた。
全身で喜びを表現する弟に、レオンの胸も温かくなる。
スコールは一頻りぬいぐるみを抱き締め、絵本をぱらぱらと眺めた後、丁寧に箱の中に戻し始めた。
「絵本、読まないのか?」
「おうちに帰ってから、皆と一緒に読むの」
「ぬいぐるみも片付けてしまって」
「だって落としてなくちゃったらイヤだもん」
唇を尖らせて言うスコールに、確かに此処で落としたら大変だ、とレオンは苦笑する。
街を遥か下に見下ろす空の上で落し物なんてしてしまったら、探し出すのは難しい。
ソリやトナカイに乗っている間は、はサンタクロースの特別な力で、寒さや風から守られているが、離れてしまえばそうではない。
落し物は風に流され、何処へ運ばれてしまうか判らないだろう。
折角貰ったプレゼントとそんなお別れをするなんて、スコールは絶対に嫌だった。
「おうちに帰ってね、お仕事ちゃんと出来たよって、お父さんとお姉ちゃんに言うの」
「うん」
「それで、お姉ちゃんが作ってくれた晩ご飯食べて、ケーキ食べて」
「うん」
「それでね、絵本をね、お父さんにね、読んで貰うの」
「うん」
「それでね、それでね。今日は、皆で一緒に寝ようね。クリスマスだもん」
良いよね、とねだるスコールを、レオンは勿論だ、と言って抱き締めた。
向かう先に、温かい光を宿した家を見付けて、レオンはトナカイの手綱を引いた。
トナカイ達は走る速度を落として、高度を下げ、家に向かって近付いて行く。
玄関の前に立っていた二つの人影が、此方に向かって大きく手を振るのを見て、スコールも小さな手を目一杯大きく振って見せた。
しゃん、しゃん、しゃん……と鈴の音が小さくなって、空の彼方へ消えて行く。
ただいま、と元気に帰って来た幼子を、父と姉が抱き締める。
よく頑張りました、と頭を撫でられて、小さなサンタクロース見習いは、嬉しそうに笑った。
その笑顔が、家族に取って何よりのクリスマスプレゼントだと、彼は知らない。
メリークリスコマス!
ソリを操るレオンお兄ちゃんの膝に乗せて貰って、プレゼント配りをする子スコサンタ。うちにも来て欲しいものです←
子スコの服装は2012年のクリスマス絵のイメージ。
小さな子が大きな袋を一所懸命抱えてるのって可愛いですね。
部屋に入ろうと頑張ってる様子を、お兄ちゃんはハラハラしながら見守っていたと思います。
自分の誕生日は忘れても、サイファーの誕生日だけは忘れた事がない。
と言うよりも、忘れようがなかった。
何せ、当日が近付くと、必ず本人が自分の誕生日が近い事を主張しに来るからだ。
流石に今年は其処まで露骨な事はなかったが、いつの間にかスコールの部屋のカレンダーに、これ見よがしに二重丸が書かれていた所を見るに、暗に「忘れるな」と言われているのは間違いない。
カレンダーに二重丸が記された日から、スコールは彼の誕生祝の為のプレゼントを探していた。
しかし、これと言うものは中々見付からない。
元々、こうした行事事にスコールは疎いし、人との繋がりを避けてきたので、何を渡せば他人が喜ぶのかが判らなかった。
自分ならシルバーアクセサリーや、カードのパックを貰えたら嬉しいが、サイファーはそうではあるまい。
アクセサリーの類は嫌な顔はしないと思うものの、ああした部類は、選ぶ者と受け取る者のセンスが合わないと悲劇を起こす。
第一、落ち着きのないサイファーは、リングでもネックレスでも、ふとした時に落として失くしそうだ。
悩みに悩んで渡した物を、故意ではなくとも失くされるのは少々哀しいものがある。
況してサイファーとスコールの間柄だ、失くしたと知ったらスコールは憎まれ口の一つも出るだろうし、其処から口喧嘩になるのも想像できる。
身に付けるものは無しにして、消費することを前提のものにした方が良い、とスコールは思った。
が、それはそれで悩みが増える。
食べ物なら幾らあっても困らないとは言うが、誕生日プレゼントに相応しい食べ物とは何だろう。
ケーキはセルフィが用意すると言っていたし、売店で売っている物を渡すのは、幾らなんでもやっつけ感が強い気がする。
流石にそれはスコールも気が退けるので、デリングシティやエスタに赴いた時など、彼が喜びそうな食べ物を探してみたのだが、これも難しかった。
彼の趣向は知っているので、幾らかアンテナは立ったものの、これだと言うものが見付からない。
悩みに悩んだ結果、スコールは考える事を放棄した。
プレゼントをする事を止めた訳ではないが、サプライズのように隠れて準備するのを止めたのだ。
一応、当日までには用意して置きたかったので、一週間前に任務から帰って来たサイファーを捕まえ、来週の誕生日に欲しいものはあるかと訊ねた。
サイファーは、「特に欲しいモンはねえが、一つだけあるな」と言って、それを口にした。
サイファーから“欲しいもの”を聞いてから、スコールは悩んでいた。
悩む事を止めた筈なのに、悩んでいた。
サイファーへの誕生日プレゼントを何にするか、と言う点は、本人に訊ねる事で解決した。
しかし、それにより新たな悩みがスコールを襲う事になる。
悩んでいるのは、先ず、それを叶えるか、聞かなかった事にして別のプレゼントを用意するかと言う事。
後者については既にギブアップしていた為、選べるのは前者しかない(一応、後者も考えては見たが、結局は同じ結論に行き着いた)。
次に、どうやってサイファーの願いを叶えるか、と言う事だ。
彼が欲しいと言った物は、店で購入する事が出来ないもので、しかしスコールが一つ努力をすれば叶えられると言うもの。
だが、その努力が、スコールにとって相当のハードルとなる事を、サイファーは判っていた筈だ。
だからこそ、誕生日プレゼントにそれを寄越せ、と言ったのだろう。
結局、スコールが抵抗の壁を越えられないまま、サイファーの誕生日はやって来た。
日付が変わる直前から、二人は寮のサイファーの部屋にいたのだが、スコールはいつにない緊張感で体を強張らせている。
そんなスコールの気配を感じながら、サイファーはいつも通りに夜を過ごしていたのだが、
「お。12時越えたな」
「!」
ベッドヘッドに置いていた目覚まし時計の針が、頂上を過ぎている。
それを見たサイファーの言葉に、雑誌を読んでいたスコールの肩がビクッと跳ねた。
スコールの胸の中で、どくどくと心臓が早鐘を打つ。
まだ決心が固まっていないのに、と雑誌を握る手に力が篭った。
決して目を合わせようとしない恋人から醸し出される緊張感に、其処まで構えるもんじゃねえだろ、とサイファーは苦笑する。
サイファーはスコールの肩を掴むと、自分の下へと引き寄せた。
うわ、とスコールの口から引っ繰り返った声が聞こえて、サイファーはくつくつと笑う。
「おい、スコール。待ちに待った俺様の誕生日だぜ」
「…あんた、もうそんな年じゃないだろ」
自分の誕生日を、指折り数えて待ち遠しがるような年齢は、とっくの昔に過ぎている。
サイファーもその自覚はあったが、それでも今年は待ち遠しかったのだ。
腕の中の恋人が、顔を合わせる度、真っ赤になって睨んで来る位に、自分の誕生日プレゼントを考えていてくれたのだから。
スコールは白い頬を林檎のように紅潮させ、間近から覗き込んでくるサイファーから目を逸らす。
サイファーはそんなスコールの顎を捉えて、色の薄い唇に指を当てる。
「で、してくれねぇの?」
「……」
「簡単な事だろ」
「……あんたにとってはそうでも、俺はそうじゃない」
唇に触れるサイファーの指を振り払って、スコールは碧眼を睨んだ。
サイファーは猫のように尖った恋人の眦を、緩んだ目で見下ろしている。
「良いじゃねえか。いつもやってる事だし」
「……」
「ま、やってるのは俺からであって、お前からは滅多にねえけど」
だから嫌なんだ、とスコールは苦い物を噛むように、顔を顰める。
サイファーとスコールの仲と言うものは、普段、専らサイファーが能動的である。
訓練と称した手合わせを除けば、コールは受動的なタイプであるから、無理もないだろう。
デートに誘うのは勿論、その後のプランも殆どサイファーが決め、スコールはそれについて行く。
スコールも自分の意見がない訳ではないので、寛容できない事は遠慮なく言うが、それ以外はサイファー任せにしている事が多かった。
その方がスコールも悩まなくて済むし、サイファーも自分について来るスコールを見るのは、決して悪い気はしない。
が、これだけは、偶にはスコールの方からして欲しい、と思うのだ。
そしてスコールも、時には自分の方からした方が良いのではないか、と思う事もある。
だから、サイファーから“欲しい物”を告げられた時、馬鹿を言うなと拒否出来なかったのだ。
サイファーはスコールを後ろから抱き、腕の中に閉じ込める。
厚みのある胸板に背中を預け、スコールは、自分の口元をくすぐって遊ぶサイファーの指を摘む。
指の関節の皮膚に爪を立てて、鬱陶しい、と言外に叱るが、サイファーは全く意に介さない。
「……サイファー、止めろ」
「良いじゃねえか」
「鬱陶しいんだ」
「だったらどうすりゃ良いか、判ってんだろ?」
にやにやと笑う男を見上げて、スコールは眉間に皺を寄せる。
仕方ねえな、とサイファーは、傷の奔るスコールの眉間にキスを落とした。
柔らかく触れた感触に、スコールの眉間の皺は更に深くなる。
可愛げのねえ、と胸中で呟くサイファーであったが、それとは裏腹に、サイファーの口元は緩んでいた。
スコールの額に、瞼に、鼻先に、キスの雨が降る。
厳つい見た目をしている癖に、触れ方はとても優しい。
くすぐったさを感じさせる感触に、スコールはむず痒さを感じて、逃げるように顔を背けた。
しかしそれは駄目だと言わんばかりに、サイファーはスコールの両頬を捕えて固定すると、またキスの雨を降らせていく。
「…サイファー」
「ん?」
「……犬みたいだ」
サイファーが嫌う言葉だと判っていながら言ってやれば、案の定、サイファーの眉間に皺が寄る。
てめぇな、と睨むサイファーだが、だって似ているんだとスコールは思った。
サイファーにしてみれば、少しでもスコールの方からやり易い空気に持って行ってるつもりなのだろうが、スコールにはそんなサイファーが、遊びたがってじゃれてくる犬に見えてならない。
この前、アンジェロに同じように顔を舐められたと言ったら、一体どんな顔をするだろう。
犬にするものと思えば、少しは抵抗感も消える。
自分のそう言い聞かせながら、スコールはサイファーの顔へと手を伸ばす。
白い指がするりとサイファーの頬を撫でると、碧眼が驚いたように丸く見開かれた。
スコールはその貌を見ないように目を閉じて、首を逸らし、サイファーの唇に己のそれを押し付ける。
時間にして、それはほんの一瞬だった。
筈なのに、酷く長い時間のように感じられたのは、煩く鳴る鼓動の所為だろうか。
ゆっくりと離れて、目を開けた時に見たのは、酷く赤くなった男の顔。
自分から言って置いてその反応はなんだ、と顔を顰めるスコールの頬も、伝染したように真っ赤に染まっていた。
サイファー誕生日おめでとう!
プレゼントは「お前からキスしてくれ」でした。
でもスコールの事だから、努力はしても無理なんだろうなーと思ってたサイファー。
まさかの展開に思わず赤くなって、なんであんたが照れるんだ、ってスコールも赤くなったようです。
ヴァン×スコールで現代パロ。
ヴァンは授業中は殆ど寝ている。
隣に座っているスコールが、いっそ清々しくなる程、すやすやと寝ている。
それでいてテストは無難な点数を取っているのだから、スコールは色々と腑に落ちない気分だった。
勉強しなくてもある程度出来る、と言う人間はいるものだ。
何をするにも自然と要領の良い判断が出来ていて、課題を卒なく熟せる。
ヴァンは正にそのタイプで、スコールは逆にてんで要領の悪いタイプだった。
必要なる情報を自然と取捨選択しているヴァンに対し、スコールは大量の情報を一つ一つ理解し、整理する事で理解に至る。
どちらが良いとは言い切れない───何せ、ヴァンは半分は本能的な部分で物事を判断しているので、理詰めの計算となるとショートを起こすのだ。
その為、ヴァンは応用問題や引っ掛け問題と言った類を苦手としており、テストが終わると、必ずスコールの下に来て「教えて」とねだっていた。
ヴァンは決して馬鹿ではない、とスコールは思っている。
得意分野と苦手分野が真っ二つになっているので、テストは問題の作り方によって点にバラつきが出るが、大抵の事はきちんと説明すれば理解する。
だからスコールは、授業中も起きていれば良いのに、と思う事は少なくなかった。
しかし、それを言っても暖簾に腕押しで、授業が始まるとヴァンは寝ている。
(……それで、なんでこう言う点が取れるんだ?)
スコールの前に並べられているのは、ヴァンのテストの答案用紙だ。
ヴァンのテストの答案は、得意分野と苦手分野が点数を折半したようになっている。
一番点数の悪いものでも赤点には届いていないので、成績としては問題ないのだが、スコールにはやはり腑に落ちなかった。
授業中の殆どを寝て過ごし、提出物も忘れ物が多いヴァンが、どうしてこんな点数を維持できるのかと言う事が。
(…赤点なら良いのかって訳じゃないが……)
それはそれで憂慮すべき事となるので、ヴァンのこの成績には文句を言うつもりはない。
寧ろ、この点数を維持できている事は、よくやっていると褒めるべきなのだろう。
───そんなスコールの胸中など知らず、ヴァンは「此処なんだけどさ」と数学のテストを取り出して、設問の一つを指差した。
「この問題って、このやり方じゃなかったっけ?スコールに教えて貰った通りにやったと思うんだけど」
「……此処から解き方が違う」
問題の基礎的な部分は出来ていたヴァンだが、発展させた数式に間違いがあった。
此処までは教えていなかった、と思いつつ、スコールはノートを出して問題を解く為に必要な情報を書き抜いて行く。
ヴァンが間違えた式と照らし合わせながら、スコールは努めて判り易いように問題を解説した。
一つの問題が終わると、ヴァンは次の問題を指差す。
これは、これは、とヴァンが示す問題は、殆どが応用や引っ掻けを使った問題で、彼の苦手としている所だった。
スコール自身も決して得意ではない為、判り易く説明する事に苦労する。
そもそも、スコールは決して口が回る性分ではないので、解説にしろ説明にしろ、自分には不向きな事だと思っている。
だからヴァンにも、訊くのなら教師や他の奴に頼め、と言っているのだが、ヴァンは聞かなかった。
スコールに教えて貰うのが一番判り易い、と言って、彼は必ずスコールに聞いて来るのである。
(なんで俺なんだ……)
そんな事を頭の隅で考えながら、スコールは最後の問題の説明を終えた。
「それで……今回は数学だけか?」
「古文も。いまいち訳判んないんだよなぁ、古文って」
言いながら、ヴァンは答案用紙の山の中から、古文のテストを取り出した。
国語科目はスコールにとっても苦手分野である。
ただでさえ、言葉と言うものに対して、その多様性による伝わり辛さに辟易しているスコールにとって、国語科目は鬼門である。
スコールは判り易く顔を顰めて、持っていたシャーペンを転がした。
「古文と現国は、他の奴に聞いてくれ。俺も苦手なんだ」
「じゃあ一緒に勉強しようぜ」
「判らない奴が二人で勉強したって、意味ないだろ」
「ない事ないって。1足す1は2も3にもなるんだから」
「……意味不明だ」
「ラグナがそう言ってたぞ」
「……あいつの言う事を額面通りに受け取るな」
突然出てきた父の名に、スコールは深々と溜息を吐いた。
ヴァンはそんなスコールを気にする事なく、見付けた古文の答案用紙を広げる。
完全にやる気を失くしているスコールだったが、ヴァンは勉強する気があるようだった。
動かないスコールの代わりに、自分の鞄から古文の教科書とノートを取り出して広げる。
ノートに書かれている内容は、スコールが授業中に板書したものと全く同じだ。
彼は古文の授業も殆ど寝ており、起きていても余り板書をしないので、ノート提出が促される直前になって、スコールからノートを借りるのがお決まりになっている。
勉強を教えて貰う時と同様に、ヴァンはいつもスコールのノートを借りていた。
スコールは出来れば早い内に提出してしまいたいのだが、決まってヴァンが「貸して欲しい」と言うので、いつも二人揃ってギリギリに提出する羽目になっている。
何度か「他の奴のを借りろ」と言った事があるのだが、これもヴァンは嫌だと言った。
スコールのノートは、板書した内容と、教師の話した内容とが、それぞれ綺麗にまとめられている。
一番見易くて判り易いんだと言われると、褒められ慣れていないスコールは、むず痒くなりながらノートを貸してしまうのであった。
スコールは仕方なく、ヴァンの広げたノートを見た。
が、其処に書かれた謎の呪文の数々に、直ぐに見るのを止め、自分のノートを取り出す。
「あんた、もう少し読める字で書けよ……」
「読めるぞ?」
「……」
はあ、とスコールは深々と溜息を吐いた。
ヴァンの字は汚い。
酷い癖字で、特徴を捉えていなければ読めない程で、テスト採点の際に教員が何人泣いたか知れない。
平時でさえそんな有様だと言うのに、提出前に大急ぎで書き移したノートは、尚の事見れたものではなかった。
それでも本人は読めると言うので、ヴァン自身が癖字を改善させる気はなく、これからも教員は泣き続ける事だろう。
苦手な科目に気が重いスコールだったが、そんなスコールの前で、ヴァンはうんうん唸りながら答案用紙を睨んでいる。
それだけ真剣に取り組めるのなら、どうして授業中に眠ってしまえるのか、スコールには不思議で仕方がなかった。
「スコール、此処の問題さぁ……」
「………」
「ん?俺の顔、なんかついてる?」
じっと見詰めるスコールの視線を感じ取って、ヴァンがきょとんとした顔で訊ねた。
スコールはいつものように「別に」と言いかけたが、
「……あんた、どうして授業中に寝ていられるんだ」
「眠くなるから」
「………」
躊躇も遠慮もなく答えたヴァンに、スコールは今日何度目かの溜息を吐いた。
少しは悪びれたらどうだ、と思うのだが、ヴァンはだって仕方ないんだよ、と宣う。
「先生たちの授業って、皆退屈でさ」
(そんなものだろ、授業って)
「面白い話をする先生もいるけど、そう言うのってあんまり勉強には関係ないみたいだし」
(大体が脱線した内容だからな)
「あと、体育の後は眠いし。昼飯の後も眠いし」
(あんたいつでも眠いじゃないか……)
一時間目は朝が早くて眠いと言い、体育の授業の後に眠いと言い、昼食を終えた午後の授業も眠いと言う。
これが日によってバラバラに起こる事なら良いのだが───いや、決して良くはないのだが───、ヴァンは一日中こんな調子で過ごしている事が多い。
此処まで来ると、実は本当に睡魔に捕まっている事は少なく、単に口癖になっているだけではないだろうかとも思えてくる。
眠い眠いと言う割に、存外としぶとく起きている事もあるので、スコールのその考えも強ち間違いではないのだろう。
授業中、条件反射のように睡魔に襲われる者はいる。
隣クラスの友人であるティーダも、数学や化学、物理の授業の時は、決まって眠くなると言う。
黒板に並べられた沢山の数字や、教員がつらつらと並べる意味不明の単語、数式の羅列が、催眠術みたいなんだと言っていた。
ヴァンもそうなのだろうか。
ティーダのように理数系の分野に限らず、授業全般に対して催眠術効果が働くのか。
しかし、彼はティーダと違い、補習授業やテスト前後の自主勉強を嫌がる事は少ない。
面倒とは思っているようだが、熟さなければならない課題から目を反らす事はしなかった。
現に、今スコールの前にいる彼も、居眠り症状を発症させる事もなく、真面目な顔でテスト問題を睨んでいる。
(そう言えば……俺と勉強している時に、寝た事はないような)
気の所為かも知れない。
しかし、スコールが思い出せる限りで、彼と二人で勉強をしている時、ヴァンが寝落ちた事はなかったと思う。
暗号みたいなんだよなぁ、とぼやきながら、単語の意味を一つ一つ書き出しているヴァンに、スコールはふと訊ねてみた。
「……あんた」
「んー?」
「…今は眠くないのか?」
「ん?」
スコールの問いに、ヴァンが顔を上げる。
丸みのある鳶色の瞳が、真っ直ぐにスコールを見た。
邪気の類を全く感じさせることのない正直な瞳に見詰められ、スコールは厭うように視線を外す。
変な事を聞いた、と思いながら、今の自分の発言をなかった事にするべく、転がしてたシャーペンを握った時、
「全然眠くないぞ」
「……そうか」
「スコールと一緒に勉強してるのに寝るなんて、勿体ないからな」
そう言って、ヴァンは再びノートに視線を落とした。
黙々と書き出し作業を続けるヴァンの前で、スコールは呆れる。
自分に教わる時間に寝るのが勿体ないのなら、授業中に寝る事だって勿体なくはないだろうか。
教員とて決して適当に授業をしている訳ではなく、生徒に判り易く伝わるようにと工夫を凝らしたりしているのだから。
─────とは思いながらも、自分が特別視されているような気がするのは、決して悪い気ばかりはなく。
「…あんた、次の授業も寝るなよ」
「んー」
生返事をするヴァンが、これからの午後の授業を眠らないとは思えない。
眠らなかったら、放課後にヴァンお気に入りのコロッケ屋で奢ってやろうか。
眠ってしまったら、次のテストの後も、またこうして二人で答案を囲むのだろう。
悪くはない、と思いながら、スコールは昼休憩終了のチャイムの音を聞いていた。
12月8日(微妙に遅刻…!)と言う事でヴァンスコー!
マイペースなヴァンに振り回されつつ、なんだかんだと付き合ってあげるスコール。
ティスコとはまた違った青春の匂いがする。
ティーダは赤点で補習常連になりそうですが、ヴァンはテストの点数よりも遅刻・居眠り・忘れ物の減点で補習を食らいそうなイメージ。