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2024年02月

[16/シドクラ]ホット・ショコラ・ショー



世の中が甘い匂いで溢れているような気がする。
それを実際に鼻孔で確認する程ではないのだが、なんとなく、雰囲気がそう感じさせるのだ。
街のあちこちに散りばめられた、チョコレートの祭典を公告するポスターや電子パネルは、昨今、老若男女の垣根を越えて効果を出している。
元々は製菓会社の陰謀だとも言うこの習慣は、今や海を越え、世界中に有名になった。
となれば、その腕を競い合う者たちも、この期がチャンスと一堂に会する事も増え、最早見逃せないシーズン行事として成長している。

お陰で今日のクライヴの鞄には、チョコレート菓子がいっぱいに詰め込まれることになった。
同じ職場で働くことになった幼馴染のジルを皮切りに、同僚たちがこれもどうぞと続々と詰め掛けた。
古くからの慣習に倣えば、それは女性から男性にと言う流れがあったが、近年ではそう言った枠もじわじわと失せつつあり、ガブやオットーからも労いの菓子を貰った。
クライヴの方はと言えば、忙しさに感けてすっかりそんな事は忘れていて、貰う一方になったことに申し訳なさを感じる。
となれば、ジルは「気にしないで」と気遣い、ガブは「来月のお返しが楽しみってもんだな!」と笑う。
有り難いもので、それなら一ヶ月後の今日には、きちんと礼を尽くさねばと思った。

名の知れたパティシエの店のものから、コンビニで売っている駄菓子まで、頂き物は種々様々。
行く先々で沢山のチョコレートが販売されていたことを思うと、これと決めるまでの選ぶ時間も、楽しんだ人々もいるだろう。
自分も偶にはそう言うものに参加しても良かったかも知れないな、と、帰り道の店先にあった、今日までのセールを報せる看板が仕舞われて行くのを見ながら思った。

家への最寄り駅から、いつものスーパーに立ち寄って、一通りのものを買い揃える。
と、会計レジの傍に、カートに乗せられた商品が、ふと目に着いた。
何気ない気持ちで手に取ったそれは、牛乳に溶かして飲む、ショコラドリンクだ。
普通の商品棚とは違う場所に置いてある其処には、今日と言う日を彩るポップが飾られ、成程これも確かにチョコレートの類だと納得する。


「……ふむ」


甘いものは特別好む訳ではないが、嫌いと言う事もない。
疲労を労う時、考え事で脳のエネルギーを入れたい時、何はなくとも欲しくなる時もある。
6袋入り一箱のそれを、クライヴは買い物籠の中へと入れた。

暦としては冬も終盤に近付いているようだが、空気はまだまだ冷たく、吐く息にも白が混じる。
悴む感覚を訴える両手をダウンジャケットのポケットに突っ込んで、クライヴの歩く足は早くなった。

帰宅すれば、自分よりも一足遅く会社を出た筈の同居人が、買い物をしている間にでも抜かれたか、先に帰っていた。
リビングダイニングの方から漂う匂いは、火を入れた特製ソースのもの。
なんでもさり気無く人に仕事を振る傍ら、当人も何につけても器用だから、キッチンに立った時には中々凝った料理が出て来る。
本人は「適当に放り込んでるだけだよ」と嘯くが、娘の為に栄養管理を怠らず、且つ新し物好きな父子が揃って飽きないようにと、手を変え品を変えて二十年近くも暮らして来た訳だから、この手のものは得意なのだ。
平時はクライヴの方が先に帰ることが多く、それで家事を引き受けているから、シドの手料理に与れるタイミングと言うのは、案外と限られている。
久しぶりにそれが楽しめそうだな、とクライヴは少々浮いた気分で靴を脱いだ。

リビングダイニングへの扉を開けると、食欲をそそる匂いが一層深く鼻孔を刺激する。


「ただいま」
「おう、お帰り」


じゅう、と言う焼き物の音と同時に、シドの声が聞こえた。
対面式のキッチンを見れば、思った通り、シドが今日の夕飯を作っている。
キッチンへと回り込んでみれば、既に幾つかの料理は完成しており、二人分の皿に盛り付けが成されていた。
今作っているのは、メインのポークカツレツの最後の一焼きだろう。

買い付けたものを必要な場所に収め、クライヴは私室に入って部屋着へと着替えると、シドが整えた料理皿を食卓へと運んだ。
シドも席へと着いて、いつも通りの夕食が始まる。
その最中に、シドがふっと思い出したように言った。


「お前、来月は大変だぞ」
「なんだ、藪から棒に」


話の切り出し方の唐突さに、クライヴが詳細を求めて返せば、シドはカツレツにフォークを刺しながら、


「バレンタインだよ。随分貰っただろう」
「ああ。ジルと、タルヤと、オルテンスと───ガブも。他にも沢山。俺も来年は用意していくべきかな」
「そりゃあ好きにすれば良い。だが、貰った分くらいは、来月はちゃんと答えてやれよ。あいつらもせがむ性質じゃないが、ま、円滑なコミュニケーションの一環って奴だ」


シドの言葉に、クライヴは「ああ、分かっているよ」と口元を緩める。

以前は、会社の中で、人同士のコミュニケーションなど、あってないようなものだった。
仕事に必要な連絡事項は行うものの、事務的なものばかりで、それも上からの無茶な打診の横行で、滞る事も多かった。
とても“円滑なコミュニケーション”だとか、“信頼関係の構築”などと言うものに、意識も時間も割けるものではなかったのだ。
長い間、そんな場所にいたものだから、そう言うものだとクライヴは諦めにも似た享受さえしていた。

あの頃に比べると、今はまるで別世界に来たような感覚で、ちょっとした時間の隙間に交わす、仲間達との何気ない会話が心地良い。
クライヴが受け取った沢山のチョコレートも、そう言う空気が成り立っているから出来る事だ。
くれた人の数、そのお返しの準備に必要な数を思うと、一人一人に品を選ぶのは聊か難しいが、せめて皆に配れるくらいのものは用意したい。
甘いものが好きな者、得意でない者、酒を好むメンバーと、さてどううするのが一番良いかと巡らせつつ、クライヴは夕食を平らげた。

夕飯を作ったのがシドなら、片付けるのはクライヴだ。
余程に疲れていると言う時でもなければ、家事はこうやって分担と交代で担う事にしている。
効率を上げる事で余暇を楽しむシドは、料理をしながらも手すきを見付けては調理器具の片付けも行うから、洗い物の数は食事に使った食器くらいのもの。
クライヴ自身も長い一人暮らしで───その内半分は、生活様式は聊か崩壊気味だったが───家事は慣れたものであるから、手早く洗い物は終わった。

さて、とクライヴはシンク下の収納からミルクパンを取り出し、冷蔵庫から牛乳を。
マグカップ一杯分の牛乳をパンに移して、弱火でじっくりと温める。
鍋の縁からふつふつと煮立った気配がした頃に、スーパーで買ったものを開けて、小分け袋が入ったその一つの封を切った。
ぱらぱらと零れ出すのは小さな粒のチョコレートだ。
温まったミルクの中で、チョコレートはとろとろと溶けて行き、クライヴはヘラを使ってそれをくるりと優しく混ぜた。

カカオとミルクが溶け合い、柔らかな茶色みに染まった液体を、スプーンで掬って一口舐めてみる。


(甘いな。でも、こんなものか?)


普段、あまり口にしないものであるから、良し悪しの基準はよく判らない。
とは言え、飲めないことはないだろうと、クライヴは出来上がったショコラドリンクをマグカップへと移した。

片付けをしている間に、シドはリビングのソファで寛いでいる。
テレビは流行の曲を生放送スタイルで送る音楽番組が流れているが、シドは興味があるのかないのか、その手元には本がある。
BGMに聞いてるだけなんだろうな、と思いつつ、クライヴはソファ前のコーヒーテーブルにマグカップを置いた。
ことん、と言う小さな音が鳴ると、シドが顔を上げる。


「ん?なんだ、こりゃあ」
「食後の一服かな」
「珍しいサービスじゃないか」


稀にシドが食後のコーヒーを嗜むことはあるが、クライヴはあまりそう言ったことをしない。
偶にあるとすれば、それは仕事を持ち帰っている時だが、近頃はその頻度も減っていた。

シドは、さて何の気紛れかねと思いつつ、先ずは有り難く貰おうと、マグカップに手を伸ばした。
口元までそれを持って行けば、鼻孔を擽るものが、想像と真逆の甘い香りである事に気付く。
クライヴは、シドの眉尻が微かに上がったのを確認したが、気にせずキッチンの残りの洗い物を片付けることにした。

シドは一口、マグカップの中身を飲んでみる。


「へえ。お前にしちゃ珍しいものを出してくれたな」
「まあ、そうだな」
「これがお前からの贈り物か?」


そう言ったシドの口元には、にんまりと楽し気な笑みが浮かんでいる。
今日が何の日だと言う事かは、彼も部下同僚から揃って沢山の贈り物をされたから、理解していた。
それでいてこの飲み物となれば、と言うシドに、クライヴは「さあ?」と肩を竦めて見せた。


「売っていたからさ。ついでに買ってみたんだ。偶には悪くはないだろ?」
「そうだな。悪くはないが────」


其処まで行って、シドは席を立つ。
おや、とクライヴが見守っていると、シドはリビングの棚の隅に置いていた、自分の鞄を開けていた。

シドが取り出したものを見せると、其処には、クライヴが購入したものと全く同じパッケージの箱がある。


「あ」
「煙草を買いに行ったら、売っててな。ついでに買ってみたんだよ」


今し方、自分が言ったものと同じ事をそっくりに言われて、クライヴは眉尻を下げて噴き出した。

シドはパッケージをダイニングのテーブルに置いて、どうするかねえ、と苦笑する。
一箱6本入りのこのショコラドリンクは、確かに手軽に作れるだろうが、シドとクライヴではそう進んで飲むことも少ないだろう。
今日は特別だから、シドもクライヴの入れてくれたものは喜んで頂くつもりだが、明日以降はどうしたものか。


「───まあ、保存期間もそこそこ長いものだし。糖分が欲しくなったら飲むよ。案外、どうにでもなるだろう」
「そんなもんだな。なんなら、幾つかミドにやれば良い。あいつは甘いものなら幾らでも飲むぞ」


言いながらシドはキッチンにやって来て、クライヴが片付けようとしていたミルクパンを取り上げる。
おい、とクライヴが言う間に、シドはそれをコンロに戻して、冷蔵庫からも牛乳を取り出した。


「折角だから、お前も飲め。開いてる方を使うけどな」


そう言って、調理台に置いたままにしていた箱から一袋、ショコラの素を取り出す。
牛乳をミルクパンに注ぎ、慣れた手つきで温め始めたシドに、クライヴも柔く唇を緩めて、完成を待つことにしたのだった。




大分遅れましたが、バレンタインのシドクラが書きたかった。
お互いにチョコレートを用意して、と言うほどの事はしないけど、今日に肖るちょっとした変化を。
と思ったら、同じような流れで同じようなことをしていた二人とか良いなあと思ったのでした。

[フリスコ]重なる時間に溶け合って

  • 2024/02/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



週末の居酒屋なんて何処も繁盛しているもので、フリオニールがアルバイトをしている所もそうだった。
特に学年末が近付いてくると、卒業祝いだの、追い出しコンパだので、毎日のように予約の電話が鳴りやまない。
客席は少人数のテーブル席から、宴会用の広間フロアまで満員御礼で、店員はひっきりなしに呼び出しベルが鳴るので、息をつく暇もない。
悪酔いした客に絡まれては、その仲間達がすいませんすいませんと平謝りするのを苦笑いで流しながら、フリオニールはとにかく仕事に打ち込んだ。
この居酒屋には長らく世話になっているし、こうした繁忙期真っ只中には、ボーナス的に給与にも色がつく。
今のうちにたっぷりと働いて稼いでおけば、振替として後日まとまった休みが貰えるのも有り難かった。

そうして、今日も今日とて、閉店時間の後の片付けまで引き受けて、ようやくの解放。
今日は大きなサークルの集まりが三部屋も入っていて、そのフロアを行き来するだけで結構な運動量になった。
人員がこの時期の忙しさに慣れた強者が多かったのは幸いだが、とは言え誰もが疲れない訳でもない。
目を回しながらあくせくと働いた分、今月の給料には期待したい所だ。

店中のグラスは使い切られ、複数台が供えられた食洗器だけでは収まり切らなくて、その分は手洗いし、布巾を敷いたテーブルの上に並べて置く。
明日の昼には仕込みの為に、店長と調理場担当の者が来るから、その時までには乾いているだろう。
最後にガスの元栓や各種電気の状態を指差しチェックし、店の鍵を閉める。
エレベーターで一階へと降りると、警備員と擦れ違ったので軽く挨拶をした。

普段は節約の為に、電車か徒歩に頼っているが、流石に今日は疲れていた。
早く家に帰って休もう、とタクシーを捕まえて乗り込む。
自宅の最寄にある、もう閉まっているであろう業務用スーパーの名前を告げると、タクシーは直ぐに走り出した。

労働による疲労感と、解放感と、車の揺れのセットで、うとうとと舟を漕ぐ。
忙しいあまりに食べる暇もなくて、空腹感もあった。
同居人はもう寝てしまったかな、と時計を見ると、片付けに思いの外時間がかかってしまった為に、23時を過ぎている。
朝に弱い彼のことだから、睡眠時間をなるべく確保する為に、もう寝床に入っていても可笑しくはないだろう。
起こさないようにしないと、と思いながら、窓の外をぼうっと眺めている間に、見慣れたスーパーの看板が見えていた。
車の中での小休止で、重さを自覚してしまった体を今少しと奮い立たせ、自宅までの短い距離を歩く。

フリオニールが日々を暮らしているのは、キッチンつきの小さなワンルームのアパートだ。
外観は年季が入ったものだが、中は居住者が入れ替わる都度に手が入っており、外から見るよりも現代的に整えられている。
壁が薄いのが少しばかり悩みであるが、幸いにもフリオニールの部屋は角部屋だ。
音が出るもの───テレビなどの配置場所さえ気を付けて置けば、それほど隣近所と揉めることもない。

元々は其処で一人暮らしをしていたフリオニールだったが、現在は同居人がいる。
フリオニールよりも年下で、また高校生の彼は、紆余曲折を経てフリオニールの恋人と呼べる関係となり、つまり、同棲しているのだ。
仲睦まじいこと、と事情を知る友人達から揶揄われることもある間柄ではあるが、その実、二人がゆっくりと過ごせる時間と言うのは限られている。
フリオニールは生活の為のアルバイトがあるし、恋人は大学受験の正に真っ最中であった。
家事分担はお互いの予定と擦り合わせ、適宜こなしているので負担は減っている方だが、忙しい身なのは変わらない。
特に恋人は、テスト本番が今目の前に来ている事で、ナーバスになっている一面もあり、フリオニールはそんな彼を出来るだけ支えてやりたいと思っているのだが、如何せん、居酒屋なんてものはこの時期こそが書き入れ時だ。
生活リズムが擦れ違い気味になるのも珍しくはなく、お互いに相手が寝ている顔しか見ていない、なんて日が続く事もあった。

そんな恋人と共に過ごす自宅へと帰ってくると、窓から灯りが零れている。
明日の為に寝ているのかと思ったが、まだ勉強しているのかも知れない。
邪魔しないようにしないと、と足元の音に気を付けながら、フリオニールはどうしても響く玄関ドアの鍵を、心持ちゆっくり、静かに、開けた。

キ、と蝶番が音を鳴らし、煌々と灯りのついた部屋に迎えられる。
思った通り、その真ん中に据えられた食卓用のテーブルについて、参考書を睨んでいる恋人───スコールの姿があった。

少しばかり迷ったフリオニールだったが、眉間に深い皺を刻み、煮詰まっている様子のスコールの顔を見て、


「……ただいま」
「────あ、」


控えめな声で帰宅の挨拶を告げると、スコールは一拍遅れてから、はっと顔を上げた。
蒼灰色の瞳が、銀糸に赤い瞳の青年を捉え、微かにその眦が緩む。


「…お帰り、フリオ」
「ああ。こんなに遅くまで勉強して、大丈夫か?」
「……」


フリオニールの言葉に、スコールは本棚に置いてある針時計を見た。
それから深い溜息を吐き、手に持っていたシャーペンを転がす所を見るに、どうやら時間を忘れて勉強に取り組んでいたらしい。


「眠れなかったから、暇潰しをしていただけだ」
「そうか」
「飯、温める。風呂入ってこい」
「ああ」


遅い夕飯の用意をしてくれると言うスコールに、有り難く甘えさせて貰って、フリオニールはバスルームへ向かった。

湯舟に入っていた湯は少し冷めていたが、熱めの湯を加えれば事足りた。
冬の帰り道で冷えた体をすっかり温め直し、濡れた髪をタオルで乱雑に拭きながら風呂を出ると、食卓には温かな湯気を立ち昇らせる食事が揃っている。
チキンソテーにソースをかけ、彩りに気を使ったサラダと、根菜とつくね団子の入ったポタージュスープ。
腹を減らしているだろうと言う気遣いか、判り易く山盛りにされた米茶碗に、フリオニールはいつも唇が緩む。

頂きます、と手を合わせてから食事を始める。
その向かい側の席に、スコールもホットミルクを入れたマグカップを持って座った。


「このスープ、美味いな」
「……レシピ通りだ」
「じゃあ、また食べれるな」
「……そうだな。簡単だったし、また作っても良い」
「後で俺にも教えてくれるか?」
「アドレスを送っておく」


スコールは何にしてもきっちりと計算通りにやりたい所がある。
料理のレシピはその判り易い所で、本やインターネットで見付けたレシピを遵守していた。
フリオニールは逆に、長い一人暮らし生活で身に着いた勘で、目分量や味見を頼りにして作る。
その為にフリオニールの料理と言うのは、その時々で味にバラつきがあるのだが、スコールはそれを「どれも美味い」と喜んでくれている。

フリオニールは夕飯を平らげながら、目の前にいる恋人を見ていた。
長い睫毛を伏せ気味にして、愛用のマグカップに入った乳白色を見つめる貌は、酷く整っていると同時に、勉強疲れからか少しばかり憂いがある。
それは同居しているフリオニールにとって、見慣れているようでいて、久しぶりに見る顔であった。
と言うのも、二人の生活リズムの違いにより、此処しばらくはお互いの寝顔ばかりを見ていたからだ。
起きて動いているスコールの姿を見れる、と言う事が何とも言えず嬉しくて、赤い瞳はついつい、目の前にいる恋人へと向いてしまう。

それが視線に敏感な質のあるスコールにとっては、少々煩かったのかも知れない。


「……なんだよ、さっきから」
「え」
「じろじろ見てるだろ」


眉根を寄せて、睨むように此方を見る蒼灰色に、フリオニールはバレていたと顔を赤らめる。
友人知人から、何かと判り易い男だと言われるフリオニールであるが、確かに今のはあからさま過ぎたと反省する。


「いや、その……なんと言うか。久しぶりだな、と思って」
「……何が」
「こうやって一緒に起きてるのが。俺が帰って来た時には、スコールは大体寝ているし、俺が起きる前に学校に行くだろ」
「遅刻する気はないからな。……あんたは疲れてるんだし、起こすのも悪いし」
「うん。俺もスコールが寝てたら、起こさないようにしようと思ってる」


それは、こうした環境で同居生活をするに当たっての、自然な配慮と言うものだろう。
どちらも周りへの気遣いを無視できる性格ではなかったし、相手を慮るからこその擦れ違いだ。
それはフリオニールは勿論、スコールも理解している事だった。

でも、とフリオニールは言って、


「判っちゃいるんだけど、しばらく、寝ている顔しか見ていなかったからさ。起きてるスコールの顔が見れるのが、嬉しいと言うか、ちょっと、新鮮と言うか」


スコールが寝ている時間に帰って来て、彼を起こさないようにとひっそりと遅い夕食を終え、必要以上に物音を立てないように静かに寝床へ入る。
同じベッドで寝ているから、時により眠りが浅いスコールを少しばかり目覚めさせてしまう事はあったが、それもほんの数秒だ。
身を寄せ合っていれば、案外と温もりに甘えたがる恋人は、程無く夢の世界へ戻る。
フリオニールは、そんなスコールを腕に抱きながら眠りに就くのが習慣になっていた。
そして翌日、フリオニールが目を覚ました時には、スコールは既に登校していて、フリオニールは一人で目を覚ますのであった。

思いを遂げた恋人と同棲しているのに、なんとも味気のない、と言われれば否定も出来ないが、かと言って迷惑をかけたくもないし、相手が嫌がるようなこともしたくない。
大学受験が大変だったことはフリオニールもまだ記憶に鮮明であったし、だからこそ、スコールを応援する為にも、彼の意識に邪魔をしてはいけない。
そう思っているフリオニールだが、時折、朝の挨拶も出来てないな、と少しばかり寂しく思う気持ちは否めなかった。

そんな毎日だからこそ、今日はちょっとしたサプライズを見た気分だ。
眠れない、と言うのは明日も学校があるスコールにとって良くない事だろうが、お陰でこうして、彼と会話が出来ている。
此処しばらく、ぼんやりと空いていた胸の奥にが、充足感で埋まって行くのをフリオニールは感じていた。


「悪いな、スコールは明日も早いのにさ。勝手に浮かれてしまって」
「………」


フリオニールの言葉に、スコールはマグカップを口に運びながら、視線を斜め下へと逃がしている。
ホットミルクを口に含んだ彼の頬は、じんわりと赤くなって、


「……別に。謝るようなことじゃない」
「はは、そっか」
「……」
「でも、眠りたかったんだろ。片付けは自分でやるから、スコールは先に寝て良いよ」


言いながらフリオニールは、すっかり空になった食器を手に席を立った。

几帳面なスコールがこまめに掃除をしてくれるお陰で、キッチン周りはいつも綺麗だ。
其処で皿を洗っていると、スコールが空になったマグカップを其処に加えた。
「洗っておくよ」とフリオニールが言うと、スコールは「……頼んだ」と言ってベッドへ向かう。

生活リズムが違うものだから、相手が寝ている間に帰ってくる、家を出る、と言うのは儘ある話だ。
その癖ワンルームと言う環境なので、ベッド回りには間仕切りで遮蔽が作られ、灯りや物音での睡眠の邪魔をなるべく軽減するように工夫している。

フリオニールが食器を片付け終えて、自身も寝床へと入ると、スコールはまだ起きていた。
セミダブルのベッドは、スコールと一緒に生活をするようになった時に誂えたもので、まだまだスプリングがしっかりとしている。
其処にすっかり身を沈めると、ベッドの奥側を陣地にしていたスコールが寝返りを打った。
身を寄せて来るスコールをフリオニールが受け入れれば、甘える子猫のように、柔らかい濃茶色の髪がフリオニールの肩口を擽る。
まだ起きているのに、こう判り易く甘えて来るのは珍しいことだ。
久しぶりに話が出来たからかな、とフリオニールが思っていると、


「……フリオ」
「ん?」


名前を呼ばれて返事をすると、暗がりの中でも見える、蒼灰色がすぐ其処にあった。
近いな、と何処か冷静にその距離を感じていると、唇に柔らかいものが重ねられる。
それがスコールの唇だと悟った時には、ぬるりとしたものがフリオニールの咥内へと滑り込んでいた。


「ん……」
「…ん、……ふ……っ」


零れる吐息は、どちらのものだったのか。
交じり合っているからよく判らなかったが、構わずにフリオニールの方からも舌を絡める。

毎日のように寝顔ばかりを見ているから、こんな熱の交わりを臨める瞬間も久しぶりだ。
そう思ったら、若い体に燈った熱はどうしようもなく走り出していた。




2月8日ということで、フリスコ。
同棲生活してる二人が見たかった。
生活時間としては擦れ違いも多いけど、フリオニールが休みを取れた日とか、スコールの休日と重なった日とか、いちゃいちゃしてるんだろうなと思います。

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