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2013年02月

[絆]約束が運んだ未来 1

  • 2013/02/14 21:47
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湯煎にかけて、とろとろに溶けたチョコレート。
それに少し温めた生クリームを加えて、香りづけにほんの少しのブランデーを入れ、静かに、けれど素早く混ぜる。
生クリームが全体によく馴染むと、とろとろだったチョコレートが、ゴムベラに少し絡み付いて来るようになった。
温度に気を付けながら、チョコレート全体が滑らかになるまで混ぜ続ける。

チョコレートを混ぜ終わると、エルオーネはそれをクッキングシートを敷いたバットに移した。
表面が平らになるように、トントンとバットの底を調理台で叩いて揺らす。
光沢のある茶色を崩さないように、そっと冷蔵庫の中に入れ、


「……これでよしっ、と」


準備万端、とエルオーネは嬉しそうに呟いた。

ボウルや鍋、計量カップなどで散らかっていたキッチンを急いで片付けて、時計を見る。
時刻は午後12時を過ぎていて、いつもなら幼い弟達と一緒に眠っている時間だった。
兄もアルバイトから帰っており、今頃は自室で明日提出の課題を片付けている頃だろう。
そんな時間になっても、エルオーネがキッチンにいるのは、他でもない、明日と言う日の為であった。

リビングの日捲りカレンダーは、既に一枚捲られていて、明日の日付になっている。
其処には「2月14日」と言う数字が大きく記され、日付の下に『Valentine's Day』と書かれている。
女性から男性へ、チョコレートを贈って愛を告白する日────等と言う風習であるが、エルオーネは今まで、この日に誰かにチョコレートを贈った事はなかった。
エルオーネは専ら貰う側であったのだが、その理由は彼女の環境に由来する。

2月14日がバレンタインだと言う事は知っていた。
この日が近付くと、世界のあちこちでチョコレートや甘い砂糖菓子が売られ、所謂“バレンタイン商戦”と言うものが始まる。
バラムの街も例外ではなく、駅前のケーキ屋や、バス停周辺の喫茶店や市場などでも、バレンタインに因んだ商品やサービスが展開される。
それを見る度、ああそうか、とエルオーネは2月14日が近い事を思い出すのだが、「準備しなくちゃ」と言う気持ちが浮かぶことは、殆どなかった。
数年前まで、孤児院で小さな子供達の世話に追われる日々を送っていたエルオーネには、そう言ったイベントに乗る程の精神的な余裕も、時間的な猶予もなかったのである。
代わりにバレンタインやクリスマスと言った行事に関するものに敏感だったのがレオンで、クリスマスにはプレゼントを、バレンタインには少し豪華なお菓子を、と、育て親であるイデア・クレイマーの手伝いをする傍ら、買い物などの途中で買い揃えて、小さな妹弟達を喜ばせていた。
孤児院が閉鎖し、代わりにガーデンに通うようになってからも、レオンのそのスタンスは変わる事はなく
彼はバレンタインに限らず、何かしら暇を見つけては、妹弟が喜ぶお菓子を作っている。

いつもはそんな兄が作ってくれたお菓子に舌鼓を打つ事を専らとしているエルオーネだが、今年はそうは行かなかった。
今年こそは何かしなくちゃ、と一念発起し、兄と弟達には内緒にして、菓子作りに必要になる材料とレシピの本を買いに行った。
そして、弟達がぐっすりと眠りにつき、アルバイト終わりの兄が勉強の為に部屋に篭っている間に、こっそりとキッチンに降りて、レシピと睨めっこしながら菓子作りに精を出す事、約二時間。
慣れない菓子作りに悪戦苦闘したものの、その甲斐あって、準備は無事に一段落した。


「ふぁ……」


準備が終わった安心感と、こんなにも遅い時間まで起きている事自体が稀で、堪え切れなかった欠伸が漏れる。

本当は、固まったチョコレートにデコレーションをしたりしたいのだが、今夜はもう限界のようだ。
どの道、チョコレートがきちんと固まるまでには時間がかかるし、今晩中の作業は出来まい。
朝、いつもよりも早めに起きて、デコレーションとラッピングを済ませなければ。


「生チョコって作るの大変なんだなぁ…」


呟きながら、キッチンからリビングへ出ると、パチン、と音がして、リビングの電気が煌々と照らされた。
思わぬ事にエルオーネが目を丸くしていると、


「───なんだ、エルか」
「……レオン」


ほっと肩の力を抜いたような、柔らかな面持ちの兄が立っていた。
びっくりした、とエルオーネが呟けば、俺もだよ、とレオンは笑う。


「もう寝てるとばっかり思ってたんだが。小腹でも空いたのか?」
「ティーダじゃないんだから、そんな事しないよ」
「そうか」


くく、と笑うレオンは、エルオーネの言葉を信じていないらしい。
むぅ、とエルオーネが不満げに唇を尖らせていると、


「何か作ってたのか?随分、甘い匂いがするけど」


レオンの言葉に、エルオーネはぎくっと肩を強張らせた。


「う、うん。喉が渇いてね、ちょっとココア飲んでたから」
「成る程」


道理で、と納得した様子のレオンに、エルオーネはホッと胸を撫で下ろした。

レオンの言う甘い匂いは、十中八九、エルオーネが奮闘していたチョコレートだろう。
換気扇を回して置けば良かった、と今更ながら後悔する。


(別に、知られて困るものじゃないけど…)


明日がバレンタインだと言う事は、行事に敏感な兄も気付いているだろう。
アルバイト先の喫茶店でも、バレンタイン用のメニューが出ていたと言っていたし、今頃は雰囲気が変わって大人の洒落たバーとして、それを楽しんでいる客もいる筈だ。
だから、兄に対しては隠しても無駄、と言うか、意味がない、と思う────が、そうした現実とは別に、サプライズしたいと言う気持ちもある。
普段、妹や弟達に対して、当たり前のように自分が“何かをしてあげる側”だとレオンが思っているから、尚の事。

レオンはエルオーネの横を通り過ぎると、キッチンへと入って行った。
それに遅れて気付いて、エルオーネは慌ててキッチンへ戻る。
喉が渇いたのか、小腹が空いたのか、何れにしろ、冷蔵庫を開けられたら全て見付かってしまう。


「レオン、どうしたの?何か飲む?」
「ああ。課題が終わったから、ホットミルクでもと」


レオンは、食器棚からマグカップを出していた所だった。
冷蔵庫にはまだ触れていない。

セーフ、と胸中でこっそり思いつつ、エルオーネは冷蔵庫を開けた。
冷やし固めていたチョコレートの、甘い香りが広がって、それが漏れない内に、エルオーネは急いで牛乳パックを取り出して、冷蔵庫の蓋を閉める。


「レオン。私がホットミルク作ってあげる」
「良いのか?」
「うん」
「…悪いな。じゃあ、任せるよ」


鍋を取り出すエルオーネに、レオンは彼女の言葉に甘える事にした。
リビングにいる、と言うレオンの声に、うん、と短い返事。

再び一人になったキッチンで、エルオーネはもう一度、ほっと胸を撫で下ろす。
鍋に牛乳と蜂蜜を入れて、さっき洗ったばかりのゴムベラを拭き、火にかけながらゆっくりと混ぜる。
ふつふつと沸騰を知らせる泡が鍋の周囲に浮かんで来たのを見て、頃合いだとコンロの火を消した所で、リビングから話し声が聞こえてきた。


「────どうした?スコール、ティーダ」
「んぅ……」
「スコールが、エル姉ちゃんいないって…」
「ああ。エルならキッチンにいるぞ」
「お姉ちゃん……」


とてとてと足音がして、キッチンにひょこりと顔を出した弟────スコール。

眠たげに目を擦っていたスコールは、姉の姿を見付けると、ふらふらとした足取りで近付いてきた。
ぎゅ、と抱き着いて来た弟の頭を撫でてやれば、甘えるように頭をぐりぐりと押し付けられる。
ふと目が覚めて、いる筈の姉がいなかった事に驚いたのだろう。
小さく震える弟の背中を撫でてやれば、じわりと雫を浮かべた青灰色が見上げて来た。


「ごめんね。ちょっと喉が渇いてたの」
「……う……?」


詫びるエルオーネの言葉に、返事らしい返事はなく。
スコールはエルオーネに抱き着いたまま、ことん、と首を貸しげた。
不思議そうに見上げて来る弟に、うん?とエルオーネが真似るように首を傾げると、


「…お姉ちゃん、あまいにおいする…」
「うん。ココア作ってたから」
「これもココア?」


コンロの鍋を指差して、スコールが訊ねた。


「ううん。これはホットミルク。レオンが飲むの」
「……」
「スコールも飲む?」


じぃ、と見上げる蒼い瞳に、くすくすと笑みを零しながら訊ねれば、こくん、と大きく首を縦に振る。
じゃあティーダの分も作らなくちゃ、と、エルオーネは小さなマグカップを用意し、鍋に牛乳と蜂蜜を足して、もう一度コンロの火をつけた。

牛乳に蜂蜜が溶け切り、適度に温まった所で、マグカップに移す。
エルオーネは、小さなマグカップを手に取ると、ほこほこと湯気を立てる乳白に息を吹きかけた。


「……はい、スコール。熱いから気を付けてね」
「うん」
「リビングで座って飲もうね」
「うん」


行こう、と促すと、スコールは両手でマグカップを持って、零さないようにゆっくり歩き出す。
エルオーネは両手に大小のマグカップをそれぞれ持って、スコールと一緒にキッチンを出た。

リビングに戻ると、ティーダがソファに座ったレオンの膝の上で、眠そうに目を擦っている。
その隣に、スコールがちょこんと座った。


「はい、レオン」
「ああ、ありがとう」
「ティーダも」
「……?」
「ホットミルクだよ。要らなかった?」
「いるっ」


喉が渇いて降りてきた訳ではないけれど、甘くて温かいホットミルクは、ティーダも大好きだ。
はいどうぞ、とエルオーネが差し出したマグカップを受け取って、ティーダも口をつける。


「これ飲んだら、皆ちゃんと寝るのよ」
「はーい」
「はーい」
「エルももう寝ろよ?」
「うん」


兄の言葉に、エルオーネは素直に頷いた。

今夜するべき事は終わったから、後は朝の内に。
起きれるかなぁ、と滅多にしない夜更かしに、一抹の不安を覚えつつ、頑張ろう、とエルオーネは気力を奮い立たせるのだった。






去年の約束の為に頑張るエル。
弟達はまだその辺の事気にする歳ではないらしい。

[絆]約束が運んだ未来 2

  • 2013/02/14 21:45
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チチチ、と窓の向こうから聞こえる鳥の声。
それを目覚ましに、エルオーネは目を覚ました。

すやすやと眠る弟達を起こさないように、そっとベッドを抜け出して、いそいそと着替える。
常夏の気候のバラムとは言え、冬の時期の朝は流石に冷える。
寒気を嫌ってカーディガンを羽織り、エルオーネはベッドを抜け出した時と同じように、音を立てないように静かにドアを開け、寝室を後にした。

一階のリビングへ続く階段を下りながら、頭の中でシミュレーションする。
此処はこの色でこんな柄を、こっちはああして文字を…と考えていたが、リビングから香る匂いに気付いて、はた、と足を止める。


(この匂い……)


甘くて柔らかい、そんな匂い。
昨晩、エルオーネが一所懸命に奮闘していた相手の匂い。

止めていた足を動かしてリビングを過ぎ、エルオーネはそっとキッチンを覗き込んだ。


「───ああ、エル。おはよう」
「お、おはよう……」


キッチンの前に立っていたのは、レオンだった。
思わずエルオーネが時計を確認すると、いつも朝食を用意するよりもずっと早い時間を指している。
自分がうっかり寝坊してしまった訳ではない事を確かめて、エルオーネはどうしよう、とその場に佇んでしまった。

キッチンの前には兄。
調理台の上には二つのボウルやまな板が置かれ、二つ並んだコンロには両方とも鍋が置かれている。
とてもではないが、昨晩作ったチョコレートのデコレーションやラッピングが出来るスペースはない。
────と、思っていると、


「ああ、悪い。直ぐ片付けるよ」
「えっ」


戸惑うエルオーネを余所に、レオンはボウルの一つとまな板をシンクへ移す。
お陰でキッチンには、エルオーネの為の作業スペースが確保されたが、


「…私、レオンの邪魔にならない?」


レオンが何をしているのか、エルオーネは察していた。
今日と言う日の為、妹弟達を喜ばせる事が出来るものを作っているのだ。
その手付きは慣れたもので、腕に抱えたボウルの中にあるもの掻き混ぜる泡だて器も小気味の良い音を立てている。

大事な作業の最中だったらどうしよう。
そんな気持ちで、恐る恐る訊ねたエルオーネに、レオンは小さく笑みを浮かべ、


「問題ない。後はこれを混ぜておくだけだからな。ああ、俺の方が邪魔か」
「そんな事ない。でも、ちょっと…恥ずかしい、かな…」
「恥ずかしい?」


何がだ?と首を傾げるレオンの後ろで、エルオーネは冷蔵庫を開けた。
其処に入っていたものをツン、と突いて、きちんと固まっている事を確かめてから取り出す。


「だって、びっくりさせたかったんだもん」


そう言ってエルオーネが取り出したのは、昨晩溶かしバットに入れておいた生チョコだ。
それと一緒に、チョコペンも取り出して、マグカップに入れた湯の中に浸しておく。

見た目は普通のチョコレートと同じだが、生クリームのお陰でカチカチに固まる事はない。
クッキー用の型抜きを押しこむと、少しの弾力の抵抗の後、型抜きはチョコレートの其処まで沈む。
ハートや星、猫や犬と言った可愛らしい形になったチョコレートに、エルオーネは楽しそうに笑みを零す。
それを横目に見た兄もまた、くすり、と口元に笑みを浮かべた。

可愛らしい形になったチョコレートは冷蔵庫に入れて置いて、型抜きの跡のチョコレートは、包丁で小分けにして、ラップに包んで捏ねて一つにまとめる。
継ぎ目のなくなったチョコレートをテーブルに軽く押し付ければ、柔らかなチョコレートが伸びて行く。
掌で覆える程度の小山が出来ると、包丁で切り分け、一つ一つラップの中で丸めて行った。


「びっくり、か」
「そうだよ。…えっと、ココアは…」
「ほら」
「ありがとう」


レオンが差し出してくれたココアパウダーを受け取って、ストレーナーを使ってまぶして行く。
それだけでは見た目が寂しくて、うーん、とエルオーネが考えていると、


「これ。使っていいぞ」


そう言ってレオンが取り出したのは、粉糖だった。

反射的にそれを受け取ったエルオーネだったが、用途が判らずに首を傾げる。
きょとんとしている妹の横で、レオンはケーキ型にボウルの中身を流し込みながら言った。


「デコレーションに白い粉末がかかっているお菓子って見た事があるだろう?あれは粉糖を使ってるんだ。これはデコレーション用だから、溶けてしまう事もない。使っていいぞ」
「あ、ありがとう」


ココアパウダーを落とし切ったストレーナーに、粉糖を入れる。
トントン、と軽い振動を与えると、白い粉が雪のようにチョコレートに降りかかる。

よし、と此方の出来にはこれで満足した。
エルオーネはパウダーのかかったチョコレートを冷蔵庫に入れて、型抜きのチョコレートを取り出す。
湯に浸していたチョコペンの先端を鋏で切り、猫や犬の顔を描いて行く。
じっと真剣な顔付でデコレーションして行く妹に、レオンはやっぱり女の子だな、と小さく笑みを零した。

────とてとて、と階段を下りる軽い足音が二つ聞こえて来る。


「レオンー、エル姉ー、おはよー。ごはんまだー?」
「おはよ……」
「ああ、おはよう。ご飯はもうちょっと待ってろ、すぐ出来るから」
「おはよう。二人とも、ちゃんと顔洗っておいで」
「はーい。行こ、スコール」


元気の良い声に、朝の挨拶に合わせて、半ばお決まりになった言葉。
素直なティーダの返事が聞こえ、二人の足音は洗面所へと向かった。

レオンはケーキ型を温めておいたオーブンに入れて、スイッチを押す。
朝食を終えて、洗濯物を干して、ガーデンに行く準備をしている間に焼き上がるだろう。
粗熱が取れたら冷蔵庫に入れて、ガーデンから帰る頃には、良い塩梅に冷えて食べごろになっている筈だ。

手が空いた所で、朝食の仕上げをしなくては。
と、レオンが気を取り直した所へ、


「レオン、レオン」
「どうした、エ─────?」


妹の呼ぶ声に振り返って、くいっ、と口の中に押し込められた何か。
なんだ?と驚きで目を丸くしていると、舌の上でとろりと溶けた甘い味────チョコレート。


「いつも貰ってばっかりだから、特別。スコール達には内緒ね」


悪戯っぽく笑って、口元に人差し指を立てて言った妹に、レオンはぱちりと瞬き一つ。

型抜きされたチョコレートは、ハートや星、犬や猫がそれぞれ三つずつ。
冷蔵庫に入れたパウダーをまぶしたチョコレートは、全部で六個。
幼い弟達がケンカをしたり、自分だけコレがない、と落ち込む事がないように、きちんと人数分を作ったチョコレート。
その、余った、一欠けら。



楽しそうにラッピングを始める妹と。
朝ご飯の催促をする弟達の声と。
口の中で溶けて行くチョコレートと。

一つ一つ噛み締めながら、レオンは良い日だな、と小さく笑みを浮かべた。





折角だから可愛くて特別なチョコを贈りたいエルオーネ。
レオンは見た目綺麗には作るけど、デコレーションはあまり凝らない。
でもしょっちゅう作ってるお陰で、妹よりお菓子作りに詳しいお兄ちゃんでした。

今年は弟達も、お兄ちゃんと一緒に何かお返し考えなきゃね。

[フリスコ]特別なのは僕だけなんだと思いたくて

  • 2013/02/08 22:48
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2月8日でフリスコの日!!




1人で荒山を登るスコールを見付けたのは、ティーダだった。

今朝はバッツとジタンと共に聖域を出発した筈の彼が、何故1人で。
早速駆け寄ったティーダが、その疑問について訊ねると、闇の神殿での戦闘中、空間の歪みと転移に巻き込まれ、バラバラにされてしまったのだと言う。
ジタンやバッツの事だから安否については問題ないだろうと信じ、一先ず聖域に戻ろうと言う所で、ティーダ・フリオニール・クラウド・セシルの4人の探索ルートに重なったようだ。

スコールの衣服は、あちこち煤けて、土埃に塗れていた。
転移した先で、上級種のイミテーションを何度か相手にしたらしい。
運悪く魔法攻撃を得意とする死神や魔女と出くわした為、少々手こずった、と彼は言った。
だが、大きな怪我は負っていなかったようで、ポーションや回復魔法が必要になる事もなかったのは幸いと言えるだろう。

それから、「じゃあ俺は戻るから」と言って、一行と別れようとしたスコールだったが、


「折角だから一緒に行くっスよ!」


と言って、ティーダが強引にパーティメンバーに引き入れた。

ティーダ達は素材集めの為に荒野に出ていたのだが、トレードに必要になりそうなものは既に集め終っていた。
スコールを見付けたのは、帰路になる道を歩きながら、もう少し収集するか、切り上げるかと相談していた所だったのだ。
メンバーが増える事を吝かに思うメンバーは、此処にはいない。
スコールは判り易く渋面を作っていたが、ティーダはそんな事はお構いなしで、スコールの背を押して進み出した。
そんなティーダに、スコールは溜息を一つ吐いて、大人しくパーティの輪に加わる事となった。

その一部始終を、フリオニールは少し遠巻きになって眺めていた。
視線の先で、ティーダが賑やかにスコールに話しかけ、スコールは時折相槌を打っているようで、その度、ティーダが嬉しそうに笑っている。


「仲が良いね」


聞こえた声にフリオニールが振り返れば、笑みを浮かべたセシルがいた。


「そうだな」
「妬ける?」
「え?」


淡白になってしまった反応の後、投げかけられた言葉に、フリオニールは思わずもう一度振り返った。
セシルは口元に意味深な笑みを梳いていて、小さく首を傾げてフリオニールを見詰めている。

さっきのは一体どういう意味、と問いかけようとしたフリオニールだったが、


「判るぞ、フリオニール。判っていても、あそこまで仲が良いとつい妬けてしまうものだ」
「え?……え?」
「ティーダも、折角だから譲れば良いのにね。嬉しいのは判るけど」
「少し前までなら、絶対に断っただろうからな。だが、あれは少し一人占めし過ぎだろう」
「え……え?え?」


ちょっと言って来よう、と言って、クラウドは足早にティーダとスコールの下へ急いだ。

クラウドはティーダに声をかけると、二言三言。
ティーダはクラウドの陰からフリオニールを振り返り、スコールに何か伝えると、クラウドと並んで歩き出した。
スコールが足を止め、置いてけぼりになっている。

どうしたのだろう、とフリオニールが首を傾げていると、ぽん、とセシルに軽く背中を叩かれた。
なんだろう、と思って隣を見た時には、其処には既にセシルはおらず、立ち止まったスコールを追い抜いて、ティーダとクラウドに合流している。
フリオニールは立ち止まっているスコールに追い付くと、自身も足を止め、スコールに声をかけた。


「スコール、どうかしたか?」
「……」


自分よりも僅かに低い位置にあるスコールの顔を覗き込むと、青灰色がじっと静かに見詰め返して来た。
色の薄い唇が微かに開いて、しかし直ぐに閉じる。


「スコール?」
「………」


俯いたスコールの頬が、微かに赤い。
その事に気付いて、フリオニールは慌てた。


「どうしたんだ?気分が悪い、とか?」
「……いや……」
「セシルに言ってエスナをかけて貰った方が」
「いい」
「でも」
「いい」


要らない、と言うスコールに、でも、ともう一度言いかけて、フリオニールは口を噤んだ。
スコールはプライドが高いし、あれこれと干渉されるのは嫌かも知れない。
心配する気持ちは消えないものの、ただ顔が赤いだけだから、今はそっとしておくべきか。
若しも、先のイミテーションとの戦闘で負傷した事を隠しているのなら、もう少しだけ様子を見て、無理をしているようなら、今度こそセシルに伝えよう、と思っていると、


「……行こう。フリオニール」
「え?────あ、そう、だな」


歩き出したスコールに促され、進行方向へ向き直れば、いつの間にかティーダ達とかなりの距離が開いていた。

仲間達に追い付くべく、心なしか早足で歩いていたフリオニールだが、ふと、隣を歩くスコールの足下に違和感を感じて、視線を落とした。
スコールは微かに赤らんだ顔をしているものの、表情そのものはいつもと変わらない。
気の所為か、と思ってまた前を向いたフリオニールだったが、


「っ……」
「スコール?」


何かを耐えるようにスコールが息を殺した事に気付いて、フリオニールは先程の違和感が気の所為ではない事を確信した。
フリオニールはスコールの手を掴んで、足を止めた。


「スコール、お前、怪我してるんじゃないか」
「……挫いただけだ。問題ない」
「駄目だろう。セシルに言って回復を」
「こんな事で魔力を無駄遣いさせるな」


スコールの言っている事は最もだ。
挫いたり捻ったりと言う程度なら、魔法に頼らずとも、処置だけで十分だ。
些細な事で一々魔法に頼っていては、魔力が幾らあっても足りない。


「…本当に大丈夫なのか?この山、結構険しいし…」
「問題ない」


フリオニールが顔を上げると、まだ山の頂上には程遠く、勾配の高い坂が延々と続いている。
この近辺では、此処が一番高い山なので、此処さえ越してしまえば後は楽なのだが、足下の痛みはこの坂道には大きなネックだろう。
無理に歩き続けていたら、余計に悪くなってしまうかも知れない。

だが、スコールは平静な顔をしたまま、歩く足を再開させる。
その足取りは先程と変わりなく、常の歩き方と何も変わらりなく────つまり、挫いた足を庇う事なく無理に動かしていると言う事で。
きっとスコールは、聖域に帰るまで、こうやって無理を押し通すのだろう。
前を歩く仲間達に、余計な心配をさせないように。

少しの間、先を行くスコールの背中を見ていたフリオニールは、意を決したように拳を握り、スコールの下へ駆け寄って、


「スコール」
「!」


重力に従って垂れていた彼の右腕を掴んで、引いた。
半歩前に出たフリオニールを見て、スコールは目を丸くしてフリオニールを見上げる。


「頂上まで、俺がスコールを引っ張るよ」
「な……」
「掴まるものがあれば、登るのも楽だろう。上まで行ったら離して良いから、それまで」
「……」


零れんばかりに見開かれていた瞳が、細くなってフリオニールを睨む。
それを受けて、やっぱり余計な世話だったかな、と思ったフリオニールだったが、


「……助かる」


小さく呟いて、スコールは、緩くフリオニールの手を握り返した。
僅かに視線を逸らしたスコールの頬は、先程と同じように、ほんのりと赤らんでいる。
一瞬、虚を突かれた気分だったフリオニールだったが、ああ、と笑顔で頷き返した。

フリオニールは前を向いて、先を行く3人を負って山を登る。
後ろついて来るスコールの為にも、殊更に急がないように、彼の負担にならないように気を付けながら。
繋いだ手は、自重を支える手に頼るように、時折、強い力で握られる。

────そう言えば、とふとフリオニールは後ろを振り返り、


「スコール。さっき、ティーダ達と何の話をしていたんだ?」
「…何を、って?」
「ほら、さっき、立ち止まってただろう。あの前に、ティーダとクラウドと話をしていたようだけど」
「……気になるのか?」


手を引かれ、俯いたままのスコールの言葉に、フリオニールはきょとんと瞬きを一つ。


「え…と…まあ、気になる、と言えば、気になる…かな……?」


曖昧な返答を返すのが、フリオニールには精一杯だった。
何せ、あの会話の直後、スコールが立ち止まって顔を赤くしていたのだ。
スコールがそうして判り易く表情を崩すのは珍しいもので、一体どうやって彼にそんな顔をさせたのか、フリオニールは不思議でならない。
仲間達よりも、多分、自分はスコールに近い場所にいる事を赦して貰えている筈だけれど、あんな風に赤い顔をしているのは見た事がなかった────と思う。

けれども、話の内容を詮索するなんて、図々しかったかな、とフリオニールが考えていると、くすり、と背後で笑う気配。
まさかと思って振り返ると、口元に微かな笑みを浮かべたスコールがいて、


「悪いが、教えない」


そう言ったスコールが、珍しく、酷く楽しそうに見えて、フリオニールはぽかんとして「…そ、そうか」と返すのが精一杯だった。

仲間達は、もう随分と前の方に行ってしまったらしい。
早く追い付かないと、と思いつつ、フリオニールは歩く速度を上げられなかった。
繋いだ場所から伝わる温もりを、もう少しだけ長く感じていたかったから。




『スコール、ティーダ。仲が良いのは良いが、フリオニールが妬いてるぞ』
『……は?』
『フリオが?…あー、そっかそっか。ごめん、スコール』
『俺達は先に行くから、お前達は後でゆっくり来ると良い』
『っスね。もう邪魔しないからさ。あれ、セシルは?』
『すぐ来るさ。じゃあな、スコール』
『……おい……』
『スコール。足、痛いんだろう?フリオニールとゆっくりおいで。この辺りは敵もいないようだから』


好き勝手に言って、先に行ってしまった仲間達の言葉を、半分信じていなかった。
何処までも真っ直ぐな彼が、自分なんかの事で“嫉妬”なんて、考えられなくて。
妬いてるなんて嘘だろう、としか思えなくて。

でも、本当にそう思ってくれたなら、ほんの少しだけ、嬉しいと思ってしまう自分がいた。






ティーダと喋ってる事には妬いてなかったけど、珍しい反応してる事には妬いたらしい。

フリスコ難しい…!こんなでもフリスコだと言い張る。
鈍感×鈍感って初めてです。

[猫レオン&仔猫スコール]まって、まって

  • 2013/02/05 22:54
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東京から帰る夜行バスを待っている時、バス停に二匹の猫がいました。
黒と茶色の猫で、茶色の猫が黒猫の後をずっと追い駆けてて、茶色の猫がにゃーって鳴いたら黒猫が立ち止まって振り返ってました。
そんな調子でバスが来るまでの約一時間、ずっとバス停の周りをぐるぐる歩き回っていて。

…と言う訳で、猫なレオンと子スコです。


まって、まって

待って、待って


この二匹が、いつか大統領に拾われたり??

[猫レオン&仔猫スコ]待って、待って

  • 2013/02/05 22:22
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かぷ、と首の後ろを噛んで持ち上げる。
そうやって、高い塀や、幅の広い溝や、パイプの上を運んで行く。
それが一番安全なのだけれど、いつまでもそうしている訳には行かない。

生まれて半年近くが立って、幼子はやっぱり小さな体をしているけれど、伸び伸びと成長してくれた。
最近は兄の真似をする事に一所懸命で、兄が毛繕いをしたり、昼寝したりすると、一緒になって毛繕いしたり、昼寝したり。
もう幼子と言う程幼くはないけれど、兄にとってはやはり、幼子は幼子であった。
何かあると直ぐにおにいちゃん、と呼ぶし、ちょっとした段差に足を取られてころんころんと転がってしまう。
なんとも、見ていて危なっかしい。

でも、だからと言って、いつまでも過保護にしている訳には行かない。
自分自身で生きて行く力を身に付ける事が出来なければ、この世界で生き残っていく事は難しい。
例え兄がどれだけ守り続けていようとも。


お兄ちゃん、お兄ちゃん。


呼ぶ声に振り返れば、とてとて、とてとて、駆け寄ってくる幼子がいる。
すりすりと身を寄せて来る幼子に、こつん、と鼻を押し付けた。
それだけで嬉しそうに目を細める幼子は、兄を無心に慕ってくれる。
だからこそ、少し心が痛いけれど、だからこそ、心を鬼にしなければならない。
そうしないと、この子はいつまで経っても、一人前になれないから。

お腹空いたな、と言うと、幼子はうん、と頷いた。
ママ先生の所にご飯を貰いに行こう、と言うと、幼子はうん、と嬉しそうに頷いた。
今日は近道して行こう、と言うと、幼子はうん、と頷いた。

いつも通る道を途中で曲がると、後ろをついて来ていた足音が止まる。
お兄ちゃん、と呼ぶ声がして、振り返ると、見慣れない道に戸惑う様子の幼子がいた。
大丈夫、と促すと、駆け足で追い駆けて来て、ぴったり兄の後ろをくっついて歩く。

行き止まりの壁を、ジャンプで登る。
壁の上から下を見下ろせば、幼子はぐるぐると辺りを歩き回る。


待って、待って、お兄ちゃん。


幼子はきょろきょろ辺りを見回した後、見付けた室外機の上にジャンプした。
それから、小さな棚、詰み上がったプロックと点々と飛び移って、兄の下へ。

ほんの少し前まで、壁の下で兄を呼ぶしか出来なかったのに、一人で登れるようになった。
毎日、兄の真似をして、飛び跳ねる練習をしたからだ。
よく出来ました、と耳の裏を撫でてやると、ぴくぴく、と嬉しそうに耳が跳ねる。


早く行こう、お兄ちゃん。


得意げに行って、壁から降りようとする幼子を呼び止めた。
今日はこっちだ、と言って壁の上を伝って行くと、幼子は疑う事なく着いて来る。

家と家の隙間を通っていた壁を伝って行くと、川に出た。
其処には水道管や排気管のパイプが沢山あって、川の端と端を繋いでいる。
その中で特に太い一本を選んで、ひらり、壁からパイプに足場を移した。

パイプは太くてしっかりとしているけれど、平になっていないから、滑らないように気を付けながら歩く。
すると、


待って、待って。
お兄ちゃん、待って。


呼ぶ声が聞こえて、振り返ると、壁の上で佇んでいる幼子の姿。
おろおろ、きょろきょろ、辺りを見回しているけれど、追い駆けて来る様子はない。


待って、待って。
お兄ちゃん。


ミィ、ミィ、と兄を呼ぶ声。
兄を追い駆けようと、パイプに足を乗せてみる幼子だけれど、出しかけた前足が直ぐ引っ込んだ。

大丈夫、怖くないよ。
ゆっくり、ゆっくり、バランスを取って。
真ん中を通れば大丈夫。
ゆっくり、こっちに渡っておいで。

促してみるけれど、幼子は固まったように動かない。
ちゃぷん、と川面で何かが跳ねる音がした。


まって、まって。
おにいちゃん。


ミィ、ミィ、と兄を呼ぶ。
そうすれば、いつだって兄は戻って来てくれて、咥えて運んでくれたから。
それが一番、安全で、怖くないから。

けれど、兄は戻らなかった。
パイプの真ん中で止まっていた兄は、ふい、と背中を向けて歩き出した。


まって、まって。
おにいちゃん、まって。
まって、おいていかないで。


一際大きな声で兄を呼ぶ。
その声に、振り向いて戻りたくなるのを耐えながら、兄は反対岸に辿り着いた。
其処でようやく振り返り、ほら、おいで、と幼子を呼ぶ。

兄が戻って来てくれない事を感じ取ったか、幼子は泣きそうな顔でじっと兄を見つめていた。
どうして戻って来てくれないの、と見つめるキトゥン・ブルーに、兄はぐっと歯を食いしばる。
此処で戻るのは簡単だ、いつものように運んでやるのも簡単だ。
でもそれでは、あの子はいつまで経っても幼子もままで、生きて行く術が身に付かない。
甘やかすだけでは駄目なのだと、自分自身に言い聞かせて、兄はじっと幼子を待った。

やがて、兄を呼ぶ幼子の声は止んだ。
ぺたり、とその場に伏せて、耳が寝て、しょんぼり顔で、対岸で待つ兄を見る。

それから更に時間が経って、幼子はそろそろと起き上り、恐る恐る、パイプへ足を踏み出した。
きちんと足が乗る場所を探して、ぺた、ぺた、ぺた、とパイプを触る。


まって、まってね。
まっててね。


ミィ、ミィ、と兄を見て、幼子は言った。
そうして、そっと、そっと、パイプの上に体を乗せる。

一歩、一歩、また一歩。
戻りたい、と言いたげに、幼子は後ろを振り返る。
そんな幼子に、おいで、と声をかければ、泣きそうな顔で兄を見た。
ぷるぷる、小さく震えながら、幼子は兄だけを見て、真っ直ぐ歩く。


お兄ちゃん。
待ってね、待っててね。


ちゃんと行くから、待っててね、と言う幼子に、うん、待ってるよ、と頷いた。

慣れてしまえば、渡り切るまで20秒だってかからない。
けれど、初めて渡る幼子にとって、この道はとても怖くて、とても険しいものだから、ゆっくりゆっくり、落ちないように、慎重に。
足下で、ぽちゃん、と川面の跳ねる音がして、びくっと幼子の体が固まった。

こわい、こわい。
おにいちゃん、たすけて。
そんな声が聞こえそうなくらい、キトゥン・ブルーが見つめるけれど、兄は決して動かない。
じっと耐えるように、石になってしまったかのように、じっとその場で待っている。

一分、二分、ひょっとしたらもっと。
それくらい、幼子と兄にとって、長い長い時間が経って、


お兄ちゃん。


パイプを渡り切った幼子が、一目散に兄に駆け寄った。
ミィミィ鳴いて、すりすり体を寄せて来る幼子に、兄もほっと息を吐く。

よく出来ました。
額を撫でて、耳の裏をくすぐって、涙の滲んだ目元を拭ってやれば、お兄ちゃん、と甘えてくる声。
ぐるぐる兄の周りを周って、すりすり体を摺り寄せて、精一杯頑張った分を取り戻すように、沢山甘える。
兄もそんな幼子を、目一杯甘えさせてから、さあ行こう、と促した。

幼子は、ぴったり兄に寄り添ってついて来る。
けれど、歩幅の違いで、いつの間にか幼子は後ろをついて来る形になって、


待って、待って。
お兄ちゃん、待って。


一つ試練を乗り越えて、少しずつ大きくなって行く幼子。
けれど、どうやら、兄離れはまだまだずっと先らしい。

立ち止まって振り返れば、一所懸命に駆けてくる。
もう転んだりはしないかな、と思っていたら、ころんころんと転がった。
きょとんとした顔で逆さまになっている幼子に近付けば、お兄ちゃん、と嬉しそうに呼ぶ声が聞こえた。





ちょっと大きくなった仔猫スコ。
でもまだまだ甘えん坊。

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