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2013年02月14日

[絆]約束が運んだ未来 1

  • 2013/02/14 21:47
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湯煎にかけて、とろとろに溶けたチョコレート。
それに少し温めた生クリームを加えて、香りづけにほんの少しのブランデーを入れ、静かに、けれど素早く混ぜる。
生クリームが全体によく馴染むと、とろとろだったチョコレートが、ゴムベラに少し絡み付いて来るようになった。
温度に気を付けながら、チョコレート全体が滑らかになるまで混ぜ続ける。

チョコレートを混ぜ終わると、エルオーネはそれをクッキングシートを敷いたバットに移した。
表面が平らになるように、トントンとバットの底を調理台で叩いて揺らす。
光沢のある茶色を崩さないように、そっと冷蔵庫の中に入れ、


「……これでよしっ、と」


準備万端、とエルオーネは嬉しそうに呟いた。

ボウルや鍋、計量カップなどで散らかっていたキッチンを急いで片付けて、時計を見る。
時刻は午後12時を過ぎていて、いつもなら幼い弟達と一緒に眠っている時間だった。
兄もアルバイトから帰っており、今頃は自室で明日提出の課題を片付けている頃だろう。
そんな時間になっても、エルオーネがキッチンにいるのは、他でもない、明日と言う日の為であった。

リビングの日捲りカレンダーは、既に一枚捲られていて、明日の日付になっている。
其処には「2月14日」と言う数字が大きく記され、日付の下に『Valentine's Day』と書かれている。
女性から男性へ、チョコレートを贈って愛を告白する日────等と言う風習であるが、エルオーネは今まで、この日に誰かにチョコレートを贈った事はなかった。
エルオーネは専ら貰う側であったのだが、その理由は彼女の環境に由来する。

2月14日がバレンタインだと言う事は知っていた。
この日が近付くと、世界のあちこちでチョコレートや甘い砂糖菓子が売られ、所謂“バレンタイン商戦”と言うものが始まる。
バラムの街も例外ではなく、駅前のケーキ屋や、バス停周辺の喫茶店や市場などでも、バレンタインに因んだ商品やサービスが展開される。
それを見る度、ああそうか、とエルオーネは2月14日が近い事を思い出すのだが、「準備しなくちゃ」と言う気持ちが浮かぶことは、殆どなかった。
数年前まで、孤児院で小さな子供達の世話に追われる日々を送っていたエルオーネには、そう言ったイベントに乗る程の精神的な余裕も、時間的な猶予もなかったのである。
代わりにバレンタインやクリスマスと言った行事に関するものに敏感だったのがレオンで、クリスマスにはプレゼントを、バレンタインには少し豪華なお菓子を、と、育て親であるイデア・クレイマーの手伝いをする傍ら、買い物などの途中で買い揃えて、小さな妹弟達を喜ばせていた。
孤児院が閉鎖し、代わりにガーデンに通うようになってからも、レオンのそのスタンスは変わる事はなく
彼はバレンタインに限らず、何かしら暇を見つけては、妹弟が喜ぶお菓子を作っている。

いつもはそんな兄が作ってくれたお菓子に舌鼓を打つ事を専らとしているエルオーネだが、今年はそうは行かなかった。
今年こそは何かしなくちゃ、と一念発起し、兄と弟達には内緒にして、菓子作りに必要になる材料とレシピの本を買いに行った。
そして、弟達がぐっすりと眠りにつき、アルバイト終わりの兄が勉強の為に部屋に篭っている間に、こっそりとキッチンに降りて、レシピと睨めっこしながら菓子作りに精を出す事、約二時間。
慣れない菓子作りに悪戦苦闘したものの、その甲斐あって、準備は無事に一段落した。


「ふぁ……」


準備が終わった安心感と、こんなにも遅い時間まで起きている事自体が稀で、堪え切れなかった欠伸が漏れる。

本当は、固まったチョコレートにデコレーションをしたりしたいのだが、今夜はもう限界のようだ。
どの道、チョコレートがきちんと固まるまでには時間がかかるし、今晩中の作業は出来まい。
朝、いつもよりも早めに起きて、デコレーションとラッピングを済ませなければ。


「生チョコって作るの大変なんだなぁ…」


呟きながら、キッチンからリビングへ出ると、パチン、と音がして、リビングの電気が煌々と照らされた。
思わぬ事にエルオーネが目を丸くしていると、


「───なんだ、エルか」
「……レオン」


ほっと肩の力を抜いたような、柔らかな面持ちの兄が立っていた。
びっくりした、とエルオーネが呟けば、俺もだよ、とレオンは笑う。


「もう寝てるとばっかり思ってたんだが。小腹でも空いたのか?」
「ティーダじゃないんだから、そんな事しないよ」
「そうか」


くく、と笑うレオンは、エルオーネの言葉を信じていないらしい。
むぅ、とエルオーネが不満げに唇を尖らせていると、


「何か作ってたのか?随分、甘い匂いがするけど」


レオンの言葉に、エルオーネはぎくっと肩を強張らせた。


「う、うん。喉が渇いてね、ちょっとココア飲んでたから」
「成る程」


道理で、と納得した様子のレオンに、エルオーネはホッと胸を撫で下ろした。

レオンの言う甘い匂いは、十中八九、エルオーネが奮闘していたチョコレートだろう。
換気扇を回して置けば良かった、と今更ながら後悔する。


(別に、知られて困るものじゃないけど…)


明日がバレンタインだと言う事は、行事に敏感な兄も気付いているだろう。
アルバイト先の喫茶店でも、バレンタイン用のメニューが出ていたと言っていたし、今頃は雰囲気が変わって大人の洒落たバーとして、それを楽しんでいる客もいる筈だ。
だから、兄に対しては隠しても無駄、と言うか、意味がない、と思う────が、そうした現実とは別に、サプライズしたいと言う気持ちもある。
普段、妹や弟達に対して、当たり前のように自分が“何かをしてあげる側”だとレオンが思っているから、尚の事。

レオンはエルオーネの横を通り過ぎると、キッチンへと入って行った。
それに遅れて気付いて、エルオーネは慌ててキッチンへ戻る。
喉が渇いたのか、小腹が空いたのか、何れにしろ、冷蔵庫を開けられたら全て見付かってしまう。


「レオン、どうしたの?何か飲む?」
「ああ。課題が終わったから、ホットミルクでもと」


レオンは、食器棚からマグカップを出していた所だった。
冷蔵庫にはまだ触れていない。

セーフ、と胸中でこっそり思いつつ、エルオーネは冷蔵庫を開けた。
冷やし固めていたチョコレートの、甘い香りが広がって、それが漏れない内に、エルオーネは急いで牛乳パックを取り出して、冷蔵庫の蓋を閉める。


「レオン。私がホットミルク作ってあげる」
「良いのか?」
「うん」
「…悪いな。じゃあ、任せるよ」


鍋を取り出すエルオーネに、レオンは彼女の言葉に甘える事にした。
リビングにいる、と言うレオンの声に、うん、と短い返事。

再び一人になったキッチンで、エルオーネはもう一度、ほっと胸を撫で下ろす。
鍋に牛乳と蜂蜜を入れて、さっき洗ったばかりのゴムベラを拭き、火にかけながらゆっくりと混ぜる。
ふつふつと沸騰を知らせる泡が鍋の周囲に浮かんで来たのを見て、頃合いだとコンロの火を消した所で、リビングから話し声が聞こえてきた。


「────どうした?スコール、ティーダ」
「んぅ……」
「スコールが、エル姉ちゃんいないって…」
「ああ。エルならキッチンにいるぞ」
「お姉ちゃん……」


とてとてと足音がして、キッチンにひょこりと顔を出した弟────スコール。

眠たげに目を擦っていたスコールは、姉の姿を見付けると、ふらふらとした足取りで近付いてきた。
ぎゅ、と抱き着いて来た弟の頭を撫でてやれば、甘えるように頭をぐりぐりと押し付けられる。
ふと目が覚めて、いる筈の姉がいなかった事に驚いたのだろう。
小さく震える弟の背中を撫でてやれば、じわりと雫を浮かべた青灰色が見上げて来た。


「ごめんね。ちょっと喉が渇いてたの」
「……う……?」


詫びるエルオーネの言葉に、返事らしい返事はなく。
スコールはエルオーネに抱き着いたまま、ことん、と首を貸しげた。
不思議そうに見上げて来る弟に、うん?とエルオーネが真似るように首を傾げると、


「…お姉ちゃん、あまいにおいする…」
「うん。ココア作ってたから」
「これもココア?」


コンロの鍋を指差して、スコールが訊ねた。


「ううん。これはホットミルク。レオンが飲むの」
「……」
「スコールも飲む?」


じぃ、と見上げる蒼い瞳に、くすくすと笑みを零しながら訊ねれば、こくん、と大きく首を縦に振る。
じゃあティーダの分も作らなくちゃ、と、エルオーネは小さなマグカップを用意し、鍋に牛乳と蜂蜜を足して、もう一度コンロの火をつけた。

牛乳に蜂蜜が溶け切り、適度に温まった所で、マグカップに移す。
エルオーネは、小さなマグカップを手に取ると、ほこほこと湯気を立てる乳白に息を吹きかけた。


「……はい、スコール。熱いから気を付けてね」
「うん」
「リビングで座って飲もうね」
「うん」


行こう、と促すと、スコールは両手でマグカップを持って、零さないようにゆっくり歩き出す。
エルオーネは両手に大小のマグカップをそれぞれ持って、スコールと一緒にキッチンを出た。

リビングに戻ると、ティーダがソファに座ったレオンの膝の上で、眠そうに目を擦っている。
その隣に、スコールがちょこんと座った。


「はい、レオン」
「ああ、ありがとう」
「ティーダも」
「……?」
「ホットミルクだよ。要らなかった?」
「いるっ」


喉が渇いて降りてきた訳ではないけれど、甘くて温かいホットミルクは、ティーダも大好きだ。
はいどうぞ、とエルオーネが差し出したマグカップを受け取って、ティーダも口をつける。


「これ飲んだら、皆ちゃんと寝るのよ」
「はーい」
「はーい」
「エルももう寝ろよ?」
「うん」


兄の言葉に、エルオーネは素直に頷いた。

今夜するべき事は終わったから、後は朝の内に。
起きれるかなぁ、と滅多にしない夜更かしに、一抹の不安を覚えつつ、頑張ろう、とエルオーネは気力を奮い立たせるのだった。






去年の約束の為に頑張るエル。
弟達はまだその辺の事気にする歳ではないらしい。

[絆]約束が運んだ未来 2

  • 2013/02/14 21:45
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チチチ、と窓の向こうから聞こえる鳥の声。
それを目覚ましに、エルオーネは目を覚ました。

すやすやと眠る弟達を起こさないように、そっとベッドを抜け出して、いそいそと着替える。
常夏の気候のバラムとは言え、冬の時期の朝は流石に冷える。
寒気を嫌ってカーディガンを羽織り、エルオーネはベッドを抜け出した時と同じように、音を立てないように静かにドアを開け、寝室を後にした。

一階のリビングへ続く階段を下りながら、頭の中でシミュレーションする。
此処はこの色でこんな柄を、こっちはああして文字を…と考えていたが、リビングから香る匂いに気付いて、はた、と足を止める。


(この匂い……)


甘くて柔らかい、そんな匂い。
昨晩、エルオーネが一所懸命に奮闘していた相手の匂い。

止めていた足を動かしてリビングを過ぎ、エルオーネはそっとキッチンを覗き込んだ。


「───ああ、エル。おはよう」
「お、おはよう……」


キッチンの前に立っていたのは、レオンだった。
思わずエルオーネが時計を確認すると、いつも朝食を用意するよりもずっと早い時間を指している。
自分がうっかり寝坊してしまった訳ではない事を確かめて、エルオーネはどうしよう、とその場に佇んでしまった。

キッチンの前には兄。
調理台の上には二つのボウルやまな板が置かれ、二つ並んだコンロには両方とも鍋が置かれている。
とてもではないが、昨晩作ったチョコレートのデコレーションやラッピングが出来るスペースはない。
────と、思っていると、


「ああ、悪い。直ぐ片付けるよ」
「えっ」


戸惑うエルオーネを余所に、レオンはボウルの一つとまな板をシンクへ移す。
お陰でキッチンには、エルオーネの為の作業スペースが確保されたが、


「…私、レオンの邪魔にならない?」


レオンが何をしているのか、エルオーネは察していた。
今日と言う日の為、妹弟達を喜ばせる事が出来るものを作っているのだ。
その手付きは慣れたもので、腕に抱えたボウルの中にあるもの掻き混ぜる泡だて器も小気味の良い音を立てている。

大事な作業の最中だったらどうしよう。
そんな気持ちで、恐る恐る訊ねたエルオーネに、レオンは小さく笑みを浮かべ、


「問題ない。後はこれを混ぜておくだけだからな。ああ、俺の方が邪魔か」
「そんな事ない。でも、ちょっと…恥ずかしい、かな…」
「恥ずかしい?」


何がだ?と首を傾げるレオンの後ろで、エルオーネは冷蔵庫を開けた。
其処に入っていたものをツン、と突いて、きちんと固まっている事を確かめてから取り出す。


「だって、びっくりさせたかったんだもん」


そう言ってエルオーネが取り出したのは、昨晩溶かしバットに入れておいた生チョコだ。
それと一緒に、チョコペンも取り出して、マグカップに入れた湯の中に浸しておく。

見た目は普通のチョコレートと同じだが、生クリームのお陰でカチカチに固まる事はない。
クッキー用の型抜きを押しこむと、少しの弾力の抵抗の後、型抜きはチョコレートの其処まで沈む。
ハートや星、猫や犬と言った可愛らしい形になったチョコレートに、エルオーネは楽しそうに笑みを零す。
それを横目に見た兄もまた、くすり、と口元に笑みを浮かべた。

可愛らしい形になったチョコレートは冷蔵庫に入れて置いて、型抜きの跡のチョコレートは、包丁で小分けにして、ラップに包んで捏ねて一つにまとめる。
継ぎ目のなくなったチョコレートをテーブルに軽く押し付ければ、柔らかなチョコレートが伸びて行く。
掌で覆える程度の小山が出来ると、包丁で切り分け、一つ一つラップの中で丸めて行った。


「びっくり、か」
「そうだよ。…えっと、ココアは…」
「ほら」
「ありがとう」


レオンが差し出してくれたココアパウダーを受け取って、ストレーナーを使ってまぶして行く。
それだけでは見た目が寂しくて、うーん、とエルオーネが考えていると、


「これ。使っていいぞ」


そう言ってレオンが取り出したのは、粉糖だった。

反射的にそれを受け取ったエルオーネだったが、用途が判らずに首を傾げる。
きょとんとしている妹の横で、レオンはケーキ型にボウルの中身を流し込みながら言った。


「デコレーションに白い粉末がかかっているお菓子って見た事があるだろう?あれは粉糖を使ってるんだ。これはデコレーション用だから、溶けてしまう事もない。使っていいぞ」
「あ、ありがとう」


ココアパウダーを落とし切ったストレーナーに、粉糖を入れる。
トントン、と軽い振動を与えると、白い粉が雪のようにチョコレートに降りかかる。

よし、と此方の出来にはこれで満足した。
エルオーネはパウダーのかかったチョコレートを冷蔵庫に入れて、型抜きのチョコレートを取り出す。
湯に浸していたチョコペンの先端を鋏で切り、猫や犬の顔を描いて行く。
じっと真剣な顔付でデコレーションして行く妹に、レオンはやっぱり女の子だな、と小さく笑みを零した。

────とてとて、と階段を下りる軽い足音が二つ聞こえて来る。


「レオンー、エル姉ー、おはよー。ごはんまだー?」
「おはよ……」
「ああ、おはよう。ご飯はもうちょっと待ってろ、すぐ出来るから」
「おはよう。二人とも、ちゃんと顔洗っておいで」
「はーい。行こ、スコール」


元気の良い声に、朝の挨拶に合わせて、半ばお決まりになった言葉。
素直なティーダの返事が聞こえ、二人の足音は洗面所へと向かった。

レオンはケーキ型を温めておいたオーブンに入れて、スイッチを押す。
朝食を終えて、洗濯物を干して、ガーデンに行く準備をしている間に焼き上がるだろう。
粗熱が取れたら冷蔵庫に入れて、ガーデンから帰る頃には、良い塩梅に冷えて食べごろになっている筈だ。

手が空いた所で、朝食の仕上げをしなくては。
と、レオンが気を取り直した所へ、


「レオン、レオン」
「どうした、エ─────?」


妹の呼ぶ声に振り返って、くいっ、と口の中に押し込められた何か。
なんだ?と驚きで目を丸くしていると、舌の上でとろりと溶けた甘い味────チョコレート。


「いつも貰ってばっかりだから、特別。スコール達には内緒ね」


悪戯っぽく笑って、口元に人差し指を立てて言った妹に、レオンはぱちりと瞬き一つ。

型抜きされたチョコレートは、ハートや星、犬や猫がそれぞれ三つずつ。
冷蔵庫に入れたパウダーをまぶしたチョコレートは、全部で六個。
幼い弟達がケンカをしたり、自分だけコレがない、と落ち込む事がないように、きちんと人数分を作ったチョコレート。
その、余った、一欠けら。



楽しそうにラッピングを始める妹と。
朝ご飯の催促をする弟達の声と。
口の中で溶けて行くチョコレートと。

一つ一つ噛み締めながら、レオンは良い日だな、と小さく笑みを浮かべた。





折角だから可愛くて特別なチョコを贈りたいエルオーネ。
レオンは見た目綺麗には作るけど、デコレーションはあまり凝らない。
でもしょっちゅう作ってるお陰で、妹よりお菓子作りに詳しいお兄ちゃんでした。

今年は弟達も、お兄ちゃんと一緒に何かお返し考えなきゃね。

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