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Category: FF16

[16/シドクラ]雨に始まる

フェニックスゲート事変直後、15歳クライヴがウォールードに拾わるとしたら的な話。
※続く予定はありません




強襲も奇襲も、シドにとっては難しいことではない。
押して潰すのならば、もう随分と前に目覚めた雷帝の力を振るえば良いし、策を用いるのならば、長年培った経験と頭を巡らせれば良い。
幸いなことに、部下にも恵まれている。
騎士長など言う立場は、らしくもないと思ってはいるが、この地位は恐れ多くも国王から拝命されたものだ。
安易に蹴る訳にもいかないことは、若い時分でも分かっていたいたし、今となっては諸々の都合をつけるにも、この立場は使い勝手の良いものなので、存分に権威を借りている。
正面から慕われることについては、まだ少し、照れ臭い。

資源を求めての出兵は、此処数年は落ち着いていた。
とは言っても、灰の大陸は既に半分以上が黒の一帯に飲み込まれ、人が営みを作っていける場所と言うのは、大陸の北方部にしか残っていない。
どういう訳だか───恐らくは絶対的な力の支配によって───、灰の大陸に暮らす蛮族たちは、ウォールード王に対して逆らう事はしない。
戦と言うのは、金もかかるし、食もかかるし、維持するだけで莫大な資産がつぎ込まれて、長引くほどにジリ貧になる。
それを思えば、風の大陸ならば領土の奪い合いが延々と続く相手となる蛮族が、此方の指示に従い、平伏して過ごしてくれるのは幸いなことだった。
部族の一部が剣を取り、圧政に抗わんと攻勢を仕掛けて来ることはあるが、大抵はシドが、ついでに玉座から重い腰を上げた王が動けば終わる話だ。
不老の王によって建国されたウォールードが、ほぼ完全に灰の大陸の覇者となってから幾年月、召喚獣オーディンそのものである覇王に剣を向けると言うのは、派手な自殺のようなものだ。
あれに対抗できる力があるとすれば、風の大陸の各国にいるドミナント……つまりはウォールード国王やシドの同輩とも言える、召喚獣のみと言うことだろう。

現在、ヴァリスゼアでは、五人のドミナントが確認されている。
斬王オーディンを宿す国王バルナバス、雷帝ラムウを宿すシド、これがウォールードの最大戦力。
ダルメキア共和国では、8年前に土の召喚獣タイタンが覚醒し、皇国ザンブレクでは教皇シルヴェストルの息子である第一王子がバハムートのドミナントであると分かった。
そしてロザリア公国にて、第二王子が生後間もなく、炎の召喚獣フェニックスのドミナントとして目覚めたとされている。
ドミナントは八大属性に一人ずつ顕れると言われているが、一時代にすべてのドミナントが揃うことは滅多にないと記録されていた。
現在、五人の覚醒が同時に確認されているだけでも、数としては多い方だろう。
その内、二人が同じ国の中に在り、別の二人はまだ齢十と言うことを考えると、単純な最大戦力の差として、ウォールード王国は他の追随を待たないパワーバランスを作り出していた。

以前は王自らが戦の陣頭指揮を行い、更にはオーディンのドミナントとして幾重もの山を───比喩でなく───切り払ったと言われている。
実際、シドもその頃に、流れの傭兵としてウォールードに籍を置き、外大陸への出征にも出ている。
それが何をどうしたのだか……いや、召喚獣ラムウのドミナントとして覚醒したのが大きな理由だろう、バルナバスは当時二十の頃であった若造を、騎士長へと祀り上げた。
元が傭兵気質なものだから、縛られるのは少々気質に合わない所はあったが、給金が良いのが文句を引っ込めた。
その頃には、ウォールード国内にも知り合いがそれなりにいたし、嫌になったらいつでも辞めれば良い、と見様によっては寛大な王の言葉もあって、引き受けることにした訳だ。
そんな遣り取りから、そろそろ、二十年が経つ。

騎士長などと言うものをやっているから、ウォールード王国の戦の系譜は全てこの眼で見ている。
産出資源の類が限られる灰の大陸において、民を食わせるには、食料に関する問題は常に付きまとうものだった。
質の良い鉱脈はあれども、山岳地帯に湿地帯と言う組み合わせの地形のお陰で、田畑に使う土地の開墾は容易ではない。
マザークリスタル・ドレイクスパインの周辺は、海に近い事もあって海産物はそれなりに穫れるが、灰の大陸は広い。
嘗ては南部にも、マザークリスタル・ドレイクアイがあったと言われているが、それは既に消滅しており、恩恵は望めない。
まだ生きている鉱脈も、いつかは掘り尽くしてしまうことを考えると、明日食う飯を得る為は勿論、内海を挟んで対立構造にある風の大陸の諸外国に飲み込まれない為に、力を振りかざすことになるのは、当然の帰結だと言えた。


(それにしたって、今回の出兵命令は急だったな)


命令を受けてから半月の今日、シドは風の大陸の中央部にいた。
野営の為のキャンプを敷き、夜を明かしたら、更に西へと向かうことになっている。

天幕の向こうで、見張りの兵士たちが定期的に見回りに出る足音が聞こえていた。
騎士長と言う立場のお陰で、就寝用に天幕ひとつを独り占めできると言うのは、有難いものだ。
このまま朝まで何事もなければ万々歳、と思うが、大抵、そう言う望みは叶えられない事が多かった。

此処はザンブレク皇国とロザリア公国の国境沿いだ。
領土としてはロザリア公国に与しており、両国ともに首都とは遠い場所にある為、山一つ二つを挟んで寒村がある程度で、ひっそりとしている。
この二国は、ダルメキア共和国も含めて、ウォールード王国に対抗する為の協定が締結されているから、言わば友好国同士だ。
国境沿いを厳重に警備する必要もないので、シドにしてみれば、警備はザルも同然────なのだが、


(……国境そのものを越えるのは訳がなかったが、ザンブレク側が少し妙だったな。何を考えている?)


シドの部隊が、そうと分からぬようにザンブレク皇国~ロザリア公国の国境を越えたのは三日前。
その前日、シドは旅商人の一行を装ってザンブレク領内を堂々と横断したのだが、その時、クレール・ビューの進軍道で、物々しいザンブレク軍の部隊を見たのが引っ掛かる。
野盗を退治に向かうにも、あそこまでの数は揃えないだろう。
斥候に出した部下からの報告によれば、あの時見た軍隊は、更に大きな部隊と合流し、ロザリア公国の方へと向かって行ったと言う。

きな臭い、とシドは揺れる煙草の煙を見詰めながら思う。
そもそも、何の為にロザリア公国へ行けと命令されたのかも、シドはよく分かっていないのだ。
任務については、『ロザリア公国とザンブレク皇国の動きを探れ』と言う話だが、それなら諜報の部隊を出せば良いものを、騎士長であるシドを監督に据えたのだ。
王命ならばとシドは応じたが、どう考えても戦力過分に思えたし、加えてザンブレク軍の奇妙な動きを見付けたものだから、首の後ろがちりちりとする。


(何もなきゃ良いんだが)


そんなことを思う時ほど、何かが起きるものだ。
虫の報せではないが、大概のパターンとして、世の中はそう言う風に出来ているのだ、不思議なことに。

シドは毛布を手繰って目を閉じた。
与えられた仕事を終えるまで、余計なことが起こらないことを祈って。




祈りは結局の所、大した意味はなく、事件は起こった。
夜半に何処からともなく聞こえた轟音に、シドは勿論、キャンプにいた兵士も全員が跳ね起きた。
ともかく全員に戦闘態勢を整えさせて、人数を揃えて八方へと走らせると、程なく異変の原因と思わしき方角を特定する。

ロザリア公国領内北部で、大規模な火災と爆発が起こっていた。
急ぎ高台になる場所へ向かって確認すると、生い茂る森の向こうで、火柱が何度も何度も噴き出している。
地図で方角を確認すると、ロザリア公国で重要施設と管理されている、フェニックスゲート砦だった。
前日に先行させていた斥候が命からがらに戻って来、報告を聞けば、出征前のならわしの儀式の為に駐屯していたロザリア軍を、ザンブレク軍が襲撃したと言う。
国際協定の反故、つまりは侵略の始まりと見做す行為だが、ウォールード王国に属するシドにとっては、その行いの是非についてはどうでも良いことだ。
だが、風の大陸が乱れる切っ掛けとなるのは間違いなく、此処からヴァリスゼアと言う世界が大荒れになることは、シドには直ぐに予測できた。

ともあれ。

この状態でシドがやるべきことは、早馬でこの出来事を王へと届けることと、此処からロザリア公国とザンブレク皇国がどう動くかを探ると言うこと。
フェニックスゲート砦での被害状況によっては、ロザリア公国の今後は碌なものではなくなるだろう。
同情はしない、戦争とはそう言うものだ。
覇王オーディンの唯一無二の剣閃によって、前身となる国を滅ぼし、建国されたウォールードとて、同様の経緯を辿って今に至るのだから。
シドはグループでの隊を組ませて、多方面に兵を散らし、ロザリア公国内の動きと情報をいち早く把握するようにと努めた。

その最中のことである。
一人の兵士が気になるものを見付けた、と言ってシドの天幕にやって来た。


「馬車が横転してるって?」
「はい。恐らく、この周辺に生息している大型の魔物にやられて、崖を落ちたのだと思います」
「それがザンブレク軍の一隊だと」
「旗持がいまして、その旗にザンブレク軍の紋章が」
「息は」
「遠目には、ありません。崖を滑り落ちたようで、救助もないかと」
「………」


報告を聞いて、シドは眉間の皺を深めた。
特に問題があるような報告ではなかったが、遺体が回収されずに放置されているなら、情報の元手には成り得る。
ザンブレク軍が何の為にフェニックスゲートを襲撃したのか、恐らくは現地にいた筈のフェニックスのドミナントや、現大公の生死について等、調べなくてはならない事は多かった。

シドはしばし考えたが、直に見た方が早いと判断した。
留守を守衛の兵士に預け、伝達兵に話の馬車がある場所へと案内させる。

ザンブレク軍によるフェニックスゲート襲撃の翌朝から、周辺には雨が降り続いていた。
昨日は一時ではあるが、前が見えない程にけぶる雨にもなったから、川の周辺などは増水していて少々危険が増している。
道幅の狭い崖ともなれば、足を滑らせれば一直線に転がり落ち、高さによっては怪我で済まないだろう。

馬車は、谷合の中にある川の袂にあった。
馬車を引いていたチョコボは、荷の重みで諸共に落ちてしまったのだろう、繋がれたまま打ちひしがれて動かない。
その周囲に、馬車の転落に巻き込まれたと思しきザンブレク兵が数名。
報告の通り、遠目で確認する分には、動いている者はなかったが、昨日から今も降り続けている雨に晒され、血の類は概ね洗い流されてしまったようだ。
荷車は大破しており、どうやら相当な高さから落ちたようで、この分では、同行している部隊が人を割いてまで援けに来ることはないだろう。


「荷物と装備を調べろ」
「はっ」


荷車ひとつの荷物の中に、どれほどの資材と装備を積んできたか。
作戦を終えて後退する荷馬車の中は大したものは入っていないだろうが、積んできた物資のおおよその数が把握できれば、計算して作戦に使われた兵隊の人数規模も読める。

シドも現場へと下りて、壊れた荷車に近付いた。
車輪や木板が無秩序に折り重なった中に、鎧を身に着けた兵士の躯が数人。
作戦を終えて、移動中に交代の休息を取っていた者は、落ちる馬車から逃げる暇もなく、地面にぶつかって死んだ───そんな所だろう。
不運な人間と言うのは、いつどんな時にでもいるものだ。

何か有益なものはないかと、シドが足で雑に荷車のなれの果てをどかしていると、


「……う……」


小さく呻く声が聞こえて、シドは耳を澄ました。
粒の大きくなって来た雨音の中で、ようく耳を欹てると、もう一度小さな声が聞こえる。

ぱしゃり、と水の跳ねた音に其方を見れば、がらくたになった荷車の陰から、這いずり行こうとしている影がひとつ。
腕に力を入れて、どうにか地面を這って進んでいるそれに、シドはざくざくと足音を隠さずに近付いた。
その音が聞こえたのだろう、這いつくばる影から焦った気配が伝わって、


「────っ!」
「!」


ぼうっ、とシドの目の前に炎が飛んできた。
人間の拳大と言った大きさの火の玉に、思わずシドが上半身を反らして避けると、鮮やかな火球はそのまま雨の空へ。
煌々とした七色の火は、きらきらと綺麗な火の粉を散らしながら、三秒程で消えてしまった。

火の消えた空を瞠って見ていたシドだったが、げほ、と吐く音に我に返る。
音のした方を見れば、影───少年が蹲って何度も咳込んでいた。


「おい」
「っは、げほ、っが、ふっ、あがっ……!」


駆け寄って手を伸ばすシドから、影は逃れようと身を縮こまらせる。
ぜひぜひと喉を鳴らす口端からは、赤い色が零れていた。


(馬車の中にいたのか。一緒に落ちて────全身打撲でもしてるかも知れんな)


下手に動かさない方が良い、とシドは判断した。

咳込む体は、大人と言うにはまだまだ早く、手足は長くも逞しさにはやや足りない。
雨に濡れた黒髪は、砂埃に塗れて乱れてはいたが、身動ぎしても抜け落ちない辺り、栄養価はちゃんと巡っているらしい。
しかし、奇妙なのは、装備がザンブレクのそれではない。
よくよく見ると、細かな細工に炎や卵を暗示するものがあり、これは“炎の民”と呼ばれるロザリア公国で好んで用いられる意匠であった。
しかし一兵士の鎧に比べると軽装にも見えるし、ベルトの革などは丁寧に鞣されている。
先の火球───魔法を使った所から考えるとベアラーかと思ったが、それにしては身綺麗だ。
ロザリア公国では、現大公エルウィンの思想の影響から、ベアラー兵にもそれなりの武具を身に着けさせることはあるだろうが、


(いや、待て。こいつは────)


ロザリア公国の意匠が施された装備品。
乱れてはいるが、整えられていた名残のある髪と、その隙間に覗く左耳のカフス。
そして、放たれた鮮やかな炎の魔法。

まさか、とシドは目を瞠る。
伝え聞いていた話しか知らないシドには確証がないが、しかし情報パーツは確かにそれを示唆している。
その上で、此処までの状況を考えると、どうしてこんな場所にと疑問が沸く。

が、それに意識を任せている暇はなかった。


「が、は、あっ……!あ、うぅ……ごふっ、う、」


何度も咳込む少年の口から、ごぽっと鮮血が吐き出された。
しまった、とシドは思考に囚われていた自分を叱る。


「動くな。今治療師を呼ぶ」
「……ぐ、は、が……!」
「こら、待て。取って食おうってんじゃない、助けてやると言ってるんだ」


逃げを打ってかもがく少年を、シドは肩を掴んで抑えた。
こんな状態で無理にでも動けば、骨に罅でもあれば折れるだろうし、それが内臓に刺さる可能性もある。
とにかくじっとしていろ、とシドは言い聞かせたが、


「ふ……っ、ふー……っ!ふぐ、ぅー……っ!」


青の瞳が、ぎらぎらと猛禽類のように耀いている。
今にもシドの喉笛に噛みつかんとばかりに、その目は殺意と憎悪に満ちていた。

開いた口から、かは、と血が漏れる。
それにも構わず、少年の喉が震えた。


「……して…やる……!ころして……やる……!!」
「………」
「じょ、しゅあ……を……ころ、した……!ばけ、もの…め……!!」


ぐ、と強い力がシドの胸倉を掴んだ。
喘鳴を繰り返しながら零れた少年の言葉は、世界のすべてを燃やさんばかりの憤怒を吐いている。

青の瞳が映しているのは、シドではないのだろう。
今の少年の言葉から読み取れるのは、かの地にいた筈の幼いドミナントは、死んだと言うこと。
何がどうしてどうやって、と言う所までは分からないが、それさえ理解できて、この少年が身に着けているものから察するものが正しければ、成程、そんな言葉も出て来るだろうと言うことだ。

少年の有様を見れば、いつ死んでも可笑しくはないように見えるが、それでも彼は生きている。
ころしてやる、ころしてやる、と呪いを吐きながら、その呪いの力によってのみ、その心臓は動いていた。


(だが、このままだと結局、死ぬ)


体がどれだけのダメージを受けているのか、目に見えている所だけでも酷い有様だ。
荷馬車がいつ此処へ転げ落ちたか知らないが、それからずっと雨に打たれていたのなら、体温も下がっているだろう。
碌な身動きも取れないこの状態では、遅かれ早かれ、この灯火は潰える。

シドはひとつ溜息を吐いて、少年の肩にもう一度手を添えた。


「落ち着け。お前が殺さなきゃならない奴は此処にはいない」
「っはー…はー……っ、はー……っ!」
「だから少しだけ、休んでろ」


その言葉の直後、少年の躰には雷が迸り、青の瞳が零れんばかりに見開かれた。
電流は少年の全身を走った後、臥した地に逃げるように流れて行き、パリッ、パリッ、と世過分の放電を散らして消える。
虚ろになった瞳から光が消えて、かくん、と首が垂れ落ちた。

シドは少年の躰を極力動かさないように努めて、胸元に手を遣る。
とく、とく、とく、と規則正しい鼓動がゆっくりと続いているのを確かめ、ふう、と安堵の息を漏らした。
それから、意識を失っても、自身の胸倉を掴んだままの少年の手を見て、ゆっくりと目を伏せる。


「復讐だろうが、なんだろうが。先ずは生きなきゃ何もならない」


呟きを聞かせるべき少年は、青を瞼の裏に閉じている。

シドは医療術師を呼ぶ用に指示して、上着を脱いで少年の躰に被せた。
傍にある川の水がじわじわと水量を増し、のんびりしていると鉄砲水にでも襲われそうだ。
出来るだけ負担をかけないように注意して、シドは意識のない少年の躰を抱き上げた。




東京にて、本日シド&クライヴプチオンリーが開催されておりました。おめでとうございます。
現地に行けない環境なもので、此処でひっそり賑やかしに。
プチオンリーイベントの開催が発表された際、現地参加については最初から考えていなかったのですが、出来たらタイミング合わせて本が出せたらなと思っていました。
色々と私事環境が忙しく、本どころか話も中々書けない状況になってしまったのですが、書けるならこういう話を書きたかったと言う供養です。

原作世界で、シドがウォールードを出奔していない、クライヴがそんなシドに拾われてウォールード兵として成長しているのが見たいな~とか言う夢があります。
流れとしては、フェニックスゲート事変の直後、ウォールードの密かな介入でクライヴがウォールードに攫われた後、ベアラー兵になってからシドが自分とこの直属部隊(メンバーは大体隠れ家の人たち)に引き入れたり、33歳クライヴと五十路手前引退手前なシドが話してたり、シドクラに王とアルテマが絡んで七面倒くさくなったりとか言う構想だけありました。
いつか書けたら良いなと思いつつ、色々と設定が固まらないので、夢の夢であります。

[16/ジョシュクラ]鼓動と熱がもたらすものは



湖水の上に造られた隠れ家の夜は、とても静かなものだ。
増してや、黒の一帯の只中であるとなれば尚の事、生き物の気配と言うものも少ない。
人の声は隠れ家に住む人々のものしかなく、空を行く鳥たちも飛び行くには灯りが足りないので羽を休めているものが殆どだ。
足元の水の中は、生物が棲むには環境が厳しすぎて、どうやっても住み着く様子がないから、此処は水棲物の類とは縁遠い。
お陰で魚と言うものに触れる機会も滅多になく、此処で暮らす子供の中には、それを見たことがない者もいるのだそうだ。
過去の隠れ家を、敵の襲撃と言う惨劇で失った経験から、昼夜問わずに交代制で見張りが立てられているが、今の所は幸いなことに、形骸的なもので済んでいると言う。
だから、此処に住まう人々の大半が眠る深夜となると、隠れ家の中はひっそりと静まり返っている。

足元が水と言う関係上、夜になると此処はよく冷え込む。
暖を求めた子供たちは団子のように集まって眠り、大人も足先を縮こまらせて眠る事は多かった。
折に着けてカローンが外から良い布を調達してくれるが、物資は有限である為、誰がそれを使うかはある程度優先順位がつけられている。
先ずは病人や怪我人を抱える医務室に、出来るだけ清潔で質の良いものを使えるように工面してから、居住区や『石の剣』が使う装備類に回す。
出来る限り、“隠れ家の皆で”使えることを優先的に考えることが常であった。

その為、クライヴの部屋と言うものは質素だ。
ベッドも土台に造ったもので、街宿のそれとは比べるべくもない。
上質なものと言えば、書簡類を確認・整理するのに使っているデスクと椅子だが、あちらはなんでも、前の隠れ家の中から発掘してきたものらしい。
“前代のシド”が使っていたそれは、元々が上質なものを当該人物が気に入って愛用していたものらしく、前の隠れ家が崩壊して埋もれても、頑丈なお陰で傷が少なく済んだのが見付かったのだそうだ。
他には、協力者からの頼み事を熟したとか、そう言った経緯で譲られた所縁の品が飾られている位。
元々華美な生活環境ではないとは言え、物の少なさも相俟って、質実剛健な当たりが兄らしい、とジョシュアは思っていた。

そんな兄の部屋で、閨を共にするようになってから、しばらく経つ。
静かな波の音を聞きながら、ラウンジから貰って来たワインやエールを傾けて、他愛のない話をしてから、其処に収まるのがパターンになりつつあった。
元々の“空の文明”時代の遺跡の構造の為と、明り取りの為に空間を全てを囲う訳にはいかないから、一部の壁は常に開いている。
其処から入って来る夜風は、季節にもよるがやはり冷えを起こすもので、眠るとなると暖が欲しくなった。
それを理由に、言い訳のようにして、兄弟で熱を交わし合う。

熱に溺れる時間と言うのは、ついつい夢中になってしまうが、後の疲労も強いものだ。
セックスをした後、ジョシュアは疲れ切ってそのまま眠ってしまう事が多い。
負担があるのは、挿入される側である兄の方なのに、と申し訳なく思う事は少なくないのだが、中々後処理まで担うことが出来なかった。
それについて兄は「問題ないさ」と苦笑するのだが、ジョシュアとしては、やはり負担を強いているのは自分なので、最後まできちんとやるべき事は全うしたいと思う。
取り合えずは、もう少し体力をつけたい所だが、そもそも常にかかる自分の体への負荷が大きいものだから、これは一朝一夕には叶えられそうにない。

今日もまた、二度、三度と交わってから、終わって倦怠感に身を任せている間に、ジョシュアは眠っていた。
目が覚めた時には、壁の隙間から傾いた月が見えている。
また寝ていた、と言う事に聊かの不服を覚えつつ、未だ重さの感じる体を起こす気にもならず、少し硬いベッドの上でほうっと息を吐く────と、


「……ん……」


耳元に零れた声は、すぐ其処で眠っている兄のものだ。
寝返りを打って其方へ体ごと向き直ると、暗がりに慣れた目に、数センチの距離で兄の顔が映る。

ジョシュアは徐に手を伸ばして、兄の頬に手指を滑らせた。
重ねた年齢と苦労を表すように、クライヴの顔には年輪と髭がある。
あまり小奇麗にするにも限界がある環境だからか、クライヴは髪型も口元も無精にしており、それが独特の傭兵らしい威圧感を作っているようだった。
それでもよくよく見るとその顔立ちは整っていて、風貌の印象の割に、幼げな作りをしている。
目尻の形であったり、鼻筋の通り方であったり、子供の頃によく見ていた面影があるな、とジョシュアは思う。

そのまま、ジョシュアの指は、クライヴの頬から首筋へと下りていく。
喉を圧迫しないように、触れるだけの感覚でそうっと神経の通り道を辿って行くと、クライヴが小さくむずがるのが聞こえた。
あまり眠りが深くないのかも知れない、と思いつつも、ジョシュアはクライヴに触れるのをやめられなかった。
兄が此処にいる、触れられる距離に在る、と確認するのが、どうしても抑えきれない喜びを誘うのだ。

普段は着込んでいる外套であまり目につく事のない鎖骨に触れる。
元々、病弱だったジョシュアとは比べるべくもなく、体は健康体そのものだったクライヴだ。
ベアラー兵と言う過酷な環境にあっても、その身体は逞しく成長したようで、浮き上がる鎖骨が中々大きい。
それを爪先で、つぅ、と辿ってみると、


「…んん……」


むず痒かったのだろう、クライヴは眉根を寄せながら、ごろりと寝返りを打った。
ジョシュアの方を向いていた体が、仰向けになっている。
なんとなくそれが、自分から逃げられたような気分になって───悪戯をしているのだから自業自得なのだが───、ジョシュアはむぅと眉根を寄せた。

それ以上クライヴが逃げることを阻止するべく、ジョシュアは彼の体に身を寄せた。
幼い頃は兄を見上げるばかりであったジョシュアだが、幸いにもあれから身長は伸びて、今は並ぶ程である。
手足もそれなりに長くなった筈だし、クライヴの体を抱き締める位の事は出来る。
……出来るが、彼の体にぴったり腕が回り切らないのは、クライヴの体の厚みの所為なのだろう。

ひゅう、と隙間風が部屋に入り込んできて、ジョシュアの肩を撫でる。
俄かに感じた寒さに、熱を求めて更にクライヴへと身を寄せれば、


「……ん……ジョシュア……?」


もぞもぞといつまでも身動ぎされる気配にか、薄らとクライヴが目を開ける。
まだぼんやりとした瞳に、胸元に抱き着くように頬を寄せている弟の顔があった。


「……どうした?寒かったか」
「…そう言う訳でもないんだけど」


寒さは確かにあったが、この状態になったのは、それだけが理由ではない。
かと言って、眠っている愛しい人にささやかながら悪戯をしていたと言うのもどうだろう。
誤魔化すように厚みのある胸に顔を埋めていると、クライヴの手がくしゃりと金色の髪を撫でた。


「こうしていると、昔を思い出すな。夜中にお前が俺の部屋に来て、一緒に寝たいって言った時のこと」
「……ああ。そう言う事も、あったね」


もう十八年、ひょっとしたらそれよりも昔。
城の静かな夜と言うのは、幼い日のジョシュアにとって、何処か不安を誘う事があった。
フェニックスのドミナントとして目覚め、ロザリア公国の次期大公としての教育はとうに始まってはいたものの、本質的には十にも満たない子供である。
安堵の温もりを求め、自分の部屋を抜け出して、兄の部屋に行くのは、儘ある事だった。

その頃から、クライヴの部屋は質素なものだ。
大公の嫡男であったとは言え、只人として生まれ、召喚獣を終ぞ宿すことがなかった彼に、特別な持ち物と言うものはないに等しかった。
ジョシュアの幼い記憶の中でも、彼の部屋は最低限の物が置いてあるだけで、窓も壁も何も飾られてはいなかったように思う。
それでも、兄の存在さえあれば、ジョシュアにとって其処は何より安心できる場所だった。

クライヴはゆっくりとジョシュアの頭を撫でながら、遠い記憶に思いを馳せている。


「夏でも寒くて寝られない、なんて言うから、随分心配した。また熱があるんじゃないかって」
「もうちょっと上手い言い訳が出来たら良かったと思うよ。心配させてごめん」
「良いさ。殆どは熱はなかったし、俺も段々、一緒に寝たいだけなんだなって分かって来たし」


当時のジョシュアは、頻繁に熱を出していたから、「寒い」等と言えばクライヴが心配するのも当然だ。
薬を飲んで部屋で暖かくした方が良い、とクライヴも思ったが、結局の所、ジョシュアが「寒い」と言っていたのは、温度や体温のことではなく、気持ちの所が大きかったのだろう。
フェニックスのドミナントとは言え、まだ十にもならない子供は、いつも自分に優しくしてくれる兄に甘えたがっていたのだ。
それが分かれば、クライヴが弟の希望に応えられない訳もなく、明日の朝には部屋に戻ることを約束して、一緒のベッドで眠っていた。

あの頃のジョシュアは、よくクライヴに抱き着いたままで眠っていた。
日中のクライヴは、剣の稽古は勿論、時には討伐に同行することもあって、病弱だったジョシュアがついていける訳もなく、────母の厳しい目もあったから、近くにいられる時間と言うのは限られていた。
その寂しさを取り戻すように、埋めるように、限られた夜の時間で、精一杯に兄を補充していたのだ。

今、ジョシュアの頭を撫でているクライヴも、その時と同じ気分なのだろう。
頭を撫でる手は、ジョシュアの記憶よりも随分と大きくなったが、撫で方はあの頃と全く変わっていない。
それは、兄が変わらず兄でいてくれることが実感できて、嬉しくもあるのだが、


「ねえ、兄さん。僕はもう、小さな子供じゃないよ」
「分かってるさ。でも、こうしていると、つい……な」


目を細めて言うクライヴに、ジョシュアはなんとも言えない気持ちが浮かぶ。
小さな子供をあやすような顔で言われると、なんとなく男としてのプライドが疼くのだが、撫でる手は記憶にある以上に心地良い。
口元を埋めた状態の胸は、緊張していないからか思いの外柔らかく、弾力があった。
熱量もあるので、隙間風の冷えを嫌う体には、程よく暖かくて離れ難い。

ジョシュアの手がクライヴの体の表面を滑る。
逞しい胸筋で覆われた胸の奥で、とくとくと規則正しい鼓動が鳴っているのが分かった。

ジョシュアがちらと兄の顔を覗き見上げれば、自身と同じ青色を宿した瞳が、柔く此方を見詰めている。
愛おしむ、慈しむその表情は、ジョシュアが幼い頃にも何度も見上げたものだったが、


「兄さん」
「なんだ?」
「……もう一回しよう」
「疲れてるんじゃないか」
「問題ないよ」


言いながらジョシュアは、クライヴの胸に手を這わす。
其処にある膨らみを持ち上げるように手を添えて、頂きの蕾を吸った。
熱の名残がまだ残っていたのか、クライヴの体がぴくりと震えて、押し殺した吐息がジョシュアの旋毛を擽る。


「無理を……するなよ?」
「大丈夫だよ、兄さん」


宥めるように言ったクライヴに、ジョシュアはきっぱりと言い切った。
先の情交の疲れが全くない訳ではなかったが、触れ合う体温のお陰か、なんとなく調子が良い。
ことに幼い子供をあやすように撫でるクライヴの様子にも、聊か男のプライドが刺激されたのもあって、ジョシュアはこのまま穏やかに眠る気分はすっかり消えていた。




『ジョシュクラ』のリクエストを頂きました。
胸の大きい描写をと言う希望がありましたので、雄っぱいに顔埋めたり揉んだりしてるジョシュアです。
大きいよね、兄さんの胸は……物理的な包容力が……

よく考えるとジョシュアをちゃんと書いたのが初ですね。
兄さんに甘える癖が抜けないけど、男の矜持は見せたいのがうちのジョシュアのようです。
書きたいけど中々書くタイミングがなかったジョシュクラ、書かせて頂いて楽しかったです。

[14+16/ひろクラ]海都にて

FF14で行われた、FF16コラボイベントのストーリーを元にしています
エオルゼアに迷い込んだクライヴを、ひろしが案内している一幕……のような話

※『ひろし』とは:FF14の公式トレーラーなどで、プレイヤーキャラのイメージ格として登場する男性の日本版の愛称名




全く知らない光景だ、と道行く風景を見て、クライヴは思う。

雲一つなく遠く晴れ渡る澄んだ青空、その色を溶かし込みながら深く深くまで沁み込んだ海の蒼。
その只中に存在する、白亜色の石を幾重にも積み重ねて築き上げられた建造物は、まるで要塞のようでもあり、巨大な船のようでもあり。
其処に鉄と木材を使って、足場を広げたり、橋にしたり、必要に応じて増改築を重ねて行ったような、聊かの無秩序振りもありつつも、それがまた絡まり合いながら奔放に伸びている様子は、一種の解放感も作り出していた。
その道を右へ左へ行く人々は、統一された色やジャケットで揃えている者もいるかと思えば、全く異なった装いの者もいる。
なんとも不思議な景色であった。

見知らぬ地で目覚め、其処で出会った男に連れられ、クライヴはこの海上都市へとやって来た。
リムサ・ロミンサと言う名で呼ばれるこの地は、全域を海に囲われた島国であるそうだが、地域としては、クライヴが目覚めた場所と同じ、エオルゼアと呼ばれる地域に属しているらしい。
と、此処まで聞いてはいるものの、クライヴには全く耳に初めての話としか思えなかった。
記憶がどうにも不明瞭で、かの地で目覚めるまでに自分が何をしていたのか、何を目的として動いていたのか分からない。
そこで、一先ずはエオルゼアの地を巡り、自分の記憶にまつわるものを探しに来たのだが、どうもこの風景にはまったくもって馴染みを感じられずにいた。

全く知らない地で、何処にどう行けば良いのかも判らない訳だから、案内人は必要だった。
それについては、クライヴが倒れているのを見付けた男が引き受けてくれた。
しがない冒険者と名乗った男は、現在、黒渦団と言う名の組織の下へと赴いている。
クライヴは、終わるまでちょっと此処で待っててくれ、と言われたので、アフトカースルと言う名の大きな広場の一角で、道行く人々を眺めていた。


(……随分と大柄な者もいるが、逆に子供のような体の者もいる。俺と同じくらいの者もいる。……猫のような耳や、角や、尻尾が生えているのは……動物のような体をした者もいるな。あれは、人でいいんだろうか?)


アフトカースルと呼ばれる広場を行き来する人々の姿は、見るだに様々に違っている。
クライヴとそう変わらない体格や顔立ちの者もいるが、特徴はそれと似ていても、体格がまるで三倍も違うような大男もあった。
かと思えば、クライヴの足の長さが精々と言う小柄な身長の者がいたり(子供かと思ったが、髭を生やしている者もいるので、そうとも限らないようだ)。
体格的には標準的だが、頭の上に猫や兎のような耳が生えていたり、顔に鱗や角が生えていたり、様々な形の尻尾があったり。
それらに驚いていたら、まるで獣と変わらない頭部を持ち、ふさふさとした体毛が生えている者もいる。
多種多様な姿かたちをしたものが、縦横無尽に行きかうものだから、クライヴの混乱は収まる所か益々深まっていた。

だが、クライヴが何よりも気になるのは、道行くそれら人々が、誰もクライヴのことを深く気に留めないことだ。
時折、此方を覗く視線があるのは感じるが、誰もが深くは留まらず、それぞれの用事に追われて移動していく。
黄色いジャケットを着た大男が近くに立ち尽くし、見張りのように目を配らせているが、それも一度か二度、クライヴを見ただけで、何も言わなかった。
クライヴの頬に刻まれた刻印を、まるで見ていないかのように、まるで何も気にする必要などないかのように、意識に止めない。

それも初めは、刻印があるからこそ、気に留められないのかと思っていた。
ベアラーである以上、その存在は道具以下だから、大抵の人間はベアラーと言うものを深く気にしない。
だが、偶々目が合った猫耳を生やした女性が、にっこりと無邪気に笑いかけて来たものだから、驚いた。

『印持ち』にそんな風に無邪気に笑う人なんて、見た事がない。
少なくともクライヴはそう思った。


(……此処はやっぱり、俺の知っている場所じゃない────と言う事か)


記憶が不鮮明な部分が多い所為で、色々と確信を持てない所はある。
だが、それでも意識に根付いたように感じる、常識との剥離は幾つもあった。
クライヴの持つ感覚は、この海の街において、恐らくは異質なものであると言う事が感じられる。

目の前を小柄な人が通り過ぎて行き、その後ろに、きらきらと輝く水色の動物がいる。
生物にしては少々不思議な空気をまとわせている、あれは動物、生き物なんだろうかと、見た事のないものがまたひとつ通り過ぎていくのを目で追っていると、


「悪い悪い、待たせたな」


声がして振り返ると、クライヴをこの街へと連れて来た男が立っている。
日焼けしたような傷み気味の黒髪に、使い古した旅装束に身を包み、無精ひげを生やしてはいるが、笑うと随分と子供っぽい印象を持たせるその男。
その手には、此処を離れた時にはなかった筈の、簡素な紙袋がひとつ。


「腹が減ってないかと思って、飯を買って来たんだ。此処で評判のビスマルクって店で作ってるサンドイッチ」
「それは、わざわざ……すまない」
「良いさ、俺も腹が減っていたし。ほら、今の内に食っとくと良い」


そう言って男は、紙袋から取り出したサンドイッチをクライヴに差し出した。
瑞々しい野菜と一緒に、鮮やかな黄色の卵を、程よく焼き色のついたパンで挟んだもの。
贅沢だな、となんとなく思いながら眺めているクライヴの横で、男も同じものを頬張り始めた。
大口で豪快に食べるその様子に、クライヴは此処まで自覚していなかった空腹を感じて、隣の男を真似るように齧りついてみる。


「うん……美味いな」
「そうだろ?俺もよく世話になってる」


言いながら男は、三口、四口としている間に、サンドイッチを平らげた。
もごもごと森にいる齧歯類のように頬袋を膨らませているが、当人は苦も無く顎を動かしている。

男は、サンドイッチを食べるクライヴを見て、


「此処の景色は、どうだ。何か見覚えのあるものとか、気になるものとかあったか?」
「…気になるものと言うと、幾らでもあるにはあるが……見た事のないものばかりだ」
「ふぅん。じゃあ、海とはあまり縁がないのかもな」
「恐らく。海を知らない訳じゃないが、何か、空気そのものと言うか───違う気がするんだ、俺が知っているものとは」


問いに正直に答えると、男はふむふむと噛み砕くように頷きながらそれを聞いている。


「それに、俺のことを誰も気にしない。気にしてはいるんだが、その……気に仕方が、俺の考えるものと随分違うんだ」
「なんだ。変なのに絡まれでもしたか?ここらはイエロージャケットがいるし、GCの軍令部も近いから、治安は良い方だと思ったんだが」


悪漢にでも絡まれたかと言う男に、クライヴは首を横に振った。


「いや、そうじゃない。どちらかと言えば、逆……と言うか。偶に目を合わせる人がいるんだが、随分と屈託なく笑いかけて来るものだから、驚いた」


言いながらクライヴは、頬の刻印に手を当てる。
男はその仕草を見てはいたが、ふうん、と首を傾げるように言って、


「まあ、珍しい顔ではあるからな。此処は交易都市だし、冒険者も多いから、新顔が幾らいたって可笑しくはないけど」
「そうなのか」
「冒険者は色々金を落としてくれるのも多いし、愛想よくしとけば、マーケットあたりで何か買って行ってくれるかも知れない。ウルダハとはまた別に、此処も商売っ気は盛んだからな。海上がりも多くて気風が良いのも多いし、人懐こい人もいるさ」
「そう言うものか……」
「荒っぽい連中もいるから、トラブルもあるけどな。街中で起こす奴なら、イエロージャケットが飛んできてお縄だが」


お陰で平和に過ごせる、と男は言う。
確かに、時折荒っぽい声が聞こえる事はあるが、かと言って大騒動が起きているかと言えば、そうでもない。
声のもとを探してみると、海の方に停泊している船の上でどんちゃん騒ぎをしている集団だったり、精々が睨み合いをしている程度で、黄色いジャケットの者が其処に割り入れば、お開きになるものだった。
きちんと統制とルールが守られている、と言うのが判る光景だ。

クライヴがサンドイッチを食べきると、さて、と男は腕を組む仕草をし、


「黒渦団の方に確かめたが、此処らで異変みたいなものはなかったから、やっぱり空振りだったかな。次はグリダニアって所に行こうと思うんだけど────飛空艇がさっき出たばかりなんだ。ちょっと待って貰っても大丈夫か?」
「あんたに任せよう。俺は何も判らないし……」
「じゃあ、次の飛空艇が出る時間まで、ぶらつくか。少し歩くが、国際街商通りの方に行ってみないか?色々あるから、知ってるものが見つかるかも知れない」
「ああ。案内をよろしく頼む」


クライヴの言葉に、任された、と男は胸を叩く。

男に案内されて行ったのは、人通りの絶えない市場の通りであった。
街の喧騒のまさに中心部とも言える其処は、長く伸びた道なりに色々な店が構えられている。
トンネルのような道を少し歩いてみれば、成程、様々なものが此処には集められていた。

大柄な男が豪快な声で客を呼び込む傍ら、気風の良い長身の女性がまた威勢の良い声をかけている。
物々しい武器を持った若者が店の間を行ったり来たりと繰り返したり、小柄で髭を生やした男性が、店の主人を相手に値切り交渉を粘っていた。
どう見ても人間とは違う姿形をした者は此処にもいて、魚の入った魚籠を片手に売り歩きをしている。
かと思えば小さな子供が無邪気な声をあげながら駆けて行き、ぶつかりそうになった大人から、「危ないぞ」と叱られていた。

何処を見ても、沢山の人々が忙しなく行き来している。
そのシルエットが大きいものから小さいものまで様々にあるのを見て、クライヴはやはり、不思議な光景だと思った。


「……良い景色だな。色んな人が、こうも混ざり合って、暮らしていると言うのは。違う所があっても、それを認め合って、自然に並んで過ごせると言うのは……とても、良いことだ」
「そうだな。俺もこの景色は結構好きだよ」


クライヴの言葉に、男が歯を見せて嬉しそうに笑う。
────でも、と言葉が続いた。


「でも、こうなるまでには、色々あったんだ」
「……色々?」
「俺が知ってるのは、俺が冒険者になってからのことだから、古い歴史は話の内でしか知らないけどな。でも、種族だとか部族だとか、俺が知ってるだけでも多かったよ」


そう言った男の目が、これまでの朗らかなものと変わり、何処か痛ましそうに細められる。
往来の邪魔にならないよう、店の隙間の壁際に立って、男は道行く人々を眺めながら言った。


「俺が知ってるのはほんの一握りだろうけど、自分が譲れないものとか、守りたいものとかの為に、何処かで争いが起きていた。姿形が違うとか、思い描いてる理想が違うとか、誤解とか、偏見とか────色々理由はあったな。今でもそれは根付いて離れないものもある筈だ。俺もどうしても譲れなかったから、戦った事は何度もある」
「……この街も、そうだったのか?」
「その筈さ。元々此処は海賊が集まって出来たものだから、時代の変化で海賊が海賊らしくいられなくなって、軋轢が起きた事もあったし。蛮族たちと話が出来るようになったのも、最近だしなぁ……あっちもまだまだ、種族内で揉めてる所はあるんだろうし」
「あんたは、随分とその揉め事の類に詳しいようだな」
「うーん、どうだろうな。ほっとけなくて勝手に首突っ込んでたら、いつの間にか知り合いは増えてたけど」


男はぼりぼりと頭を掻きながら言った。
不思議なもんだ、と呟く男に、クライヴはくつりと眉尻を下げて笑う。


「あんたはかなり、お人好しのようだ」
「さて、どうかな。本当のお人好しってのなら、もっと穏便な方法を探せる筈さ」


クライヴの呟きに、男は自嘲の混じった表情で言った。
その目が一瞬、男の腰に下げられた、立派な意匠が施された剣へと向けられる。


「俺は自分の必要に応じて、突っ走って来ただけだ。でもまあ、背を押してくれた人たちくらいは、護りたい気持ちはあったかな」


そう言って、男は剣の柄に手を遣りながら、目を閉じる。
彼の頭の中には、一体何が巡っているのだろうか。

そう言えば、この街に来た時から、方々で男は様々な人に声をかけられている。
その中に「英雄殿」と言う呼び名があって、随分と大層な呼び名を持っている、とクライヴが思っていると、男は眉尻を下げならそれに手を振っていた。
男は何か言いたげにしながらも、その目には、まあ良いか、と諦めのようなものが混じっていたのを、クライヴは思い出した。


「……あんたも、色々あるようだ」
「そうだな。うん。色々あったよ」


色々な、と反芻させる言葉の中に、男の人生のどれ程が込められているのか、クライヴには知るべくもない。
問うにはあまりに壮大な何かに手を入れるように思えたし、男もあまり、突かれたくはなさそうだった。

男が顔を上げ、目元にかかる髪を、潮風が撫でていく。


「でも、色々あったけど、その色々で逢った人たちの事は、大体は好きなんだ」
「大体は、か」


全てとは言わない所に、男の正直さがある気がした。
それから、男はまた子供のように笑って、


「だから冒険者なんてもんをやってるのさ。色んなものに逢えて、色んなものを知れるから」
「……成程。それは確かに、得難い経験になりそうだ」
「ああ。だからクライヴ、お前と逢えたのも、そう言う冒険がくれた、良い巡り合わせのひとつだと思ってるよ」


真っ直ぐに此方を見て言う男に、クライヴは少々面を喰らった気分だった。


「……記憶喪失で、何処から来たのかも判らないような、怪しい人間だぞ?俺は」
「もっと怪しくて危ない奴を、もっといっぱい知ってるからな。お前なんて可愛いもんだ」


そう言って男は、ぐりぐりとクライヴの頭を撫でる。
唐突なことに目を丸くするクライヴに構わず、男は満足すると、黒髪から手を離した。


「それじゃ、時間も良さそうだし、そろそろランディングに行くか。グリダニアで何か手掛かりがあると良いな」


行こう、と歩き出した男に、クライヴは髪の乱れに手を遣りながら後を追った。





『ひろクラのエオルゼアに倒れていたクライヴがひろしと出会って帰るまでの間』のリクエストを頂きました。
ひろし=冒険者は暁月6.1くらいのキービジュのつもりで書いていますが、それ程設定を詰めてはいないので、ふわっとした雰囲気でお送りしています。

FF14にて行われた、FF16コラボでクライヴがエオルゼアに漂着していた時の話です。
コラボストーリーではクライヴはウルダハとグリダニアを訪れたのみでしたが、折角だからリムサも見てってえええ!!(黒渦団所属プレイヤー)となってたので行って貰いました。
ヴァリスゼアの世界から見ると、エオルゼア=FF14の世界って、見た目も種族もバラバラな人たちが入り混じって過ごしているから、クライヴには大分新鮮な光景なんじゃないだろうか。
時間的には暁月6.0をクリア後の何処か、と言う感じです。なのでひろし、旅してきた想いは色々ありますわねえ……と言う気持ちで書いてます。

[16/シドクラ♀]束の間の花に

[花見る夢を]のその後の二人の様子




寝て起きたら、身体が全く別の形に変容してから、数週間。
また寝て起きたら元に戻っているのじゃないか、戻ってくれと祈るように過ごしているが、今の所、その祈りは神様の類には届いていないらしい。
せめて原因だけでも分かってくれれば、多少は気分の持ちようも違いそうだが、それも生憎であった。

クライヴの日々の過ごし方としては、概ね、以前のものと同じようになって来ている。
幸いにもフェニックスの祝福や、取り込んだガルーダの力による魔法は使えるし、身長体重が大きく激減した訳でもないから、武器も振るうことが出来た。
ただ、微妙に手足が縮んでいるのか、瞬間判断での目測にズレがあるので、これについては慣れて矯正するしかなさそうだった。
隠れ家で戦える者に協力して貰って、日々の修練を真面目に積み重ねていくに従い、この課題はなんとかクリア出来そうではある。
元々が腕に覚えのあるものだし、天性的とも言える武の才もあるので、努力研鑽を怠らなければ、以前のように大型獣を相手に戦うことも出来るようになるだろう。

だが、この躰での戦い方に慣れていくに連れ、クライヴとしては一抹に過る不安も否めない。


「───このまま戻らないんじゃないか、とも思うんだ」


燻ぶる熱の発散の後、シドのベッドの端で、クライヴは溜息混じりに言った。

少し気怠そうな表情をしているのは、行為の後の倦怠感は勿論、未だに() で感じることに慣れていないからだろう。
今日もシドの手でどうにか其処を慰めて貰ったが、その感覚の戸惑いは拭い切れずにいて、終わった後の疲れが一入になるらしい。
元々、違う形のものが其処にはあった筈だから、この混乱は仕方のないことだろうと、シドも思っている。


「こう長いと、この状態への慣れみたいなものも出てきて。良いんだか、悪いんだか……」
「まあ、そう言う不安も沸いては来るだろうな」


この状態が長く続けば続くほど、クライヴは元の体に戻れない可能性を考えずにはいられない。
反面、それで何か困る事があるのかと言えば、具体的にはないと言うのが、なんとも言えない気持ちを誘う。
だからと言ってこのままで良いかと聞かれると、それは、と男として生まれた筈の矜持もある訳で、焦りはしないが酷く宙ぶらりんな気分になるのだ。

火照りの名残を残した体が、思考することが面倒になったのか、ベッドに横倒しになる。
そうしてシドの位置から見えたのは、無防備なまろい丘で、シドは呆れつつ丸めたシーツを投げた。


「冷えるぞ、ちゃんと包まっとけ」
「……」


下肢に被さった布を見て、クライヴがのろりと上肢を起こす。
クライヴは寄越された布を摘まみ、手繰り寄せながらシドを見て言った。


「あんた、最近妙に優しいな」
「俺はいつでも優しいだろう?」
「優しいんだか、奇特なんだか。どっちか知らないが、俺にこんな事する程のものでもないだろ?」


譲られたのなら有難く、と存外とシドに対しては太々しさを発揮するようになったクライヴは、シーツに包まりながらそう言った。
シドはさてねと肩を竦めつつ、


「風邪でも引かれちゃ厄介だ。今のお前は、薬の類を飲ませて良いのかも、はっきりしないしな」


元々が丈夫な質らしいクライヴだが、今の“彼”は少々事情が違っている。
男でありながら、女の体になってしまったと言う前代未聞の事例は当然として、それによって変化した体の状態───目に見えない所も含めて───は分からないことが多いのだ。
人間の体とは、様々な未知と謎に溢れているから、医者であるタルヤは慎重論を崩さない。
シドも彼女程ではなくとも医学の知識はあるので、タルヤの言う事は最もだと思うし、今のクライヴに迂闊な刺激は与えない方が良い、と言うのも分かる。

その割に、こんな事はしてるんだが、とシーツの端から覗く足を見遣って、シドは誤魔化すように頭を掻いた。

クライヴはと言うと、シドの言う事もまた最もだと思っているのだろう。
心なしか太さが変わってしまった自分の手首を眺めながら、


「……もしも、ずっとこのままだったら、俺はどうすれば良いんだろう」


クライヴのその言葉は、恐らくは独り言だったのだろう。
治る兆しが一向に見えない事から、募る不安をひとつ吐露した、その程度のものだ。
言っても詮無い話であるとも、彼自身、分かっているに違いない。

シドは俯き気味のクライヴの頭に手を伸ばし、癖のついた黒髪をくしゃりと撫でた。


「どうするも変わらんさ。少なくとも、此処にいる間はな」


そう言って子供を宥めるように撫でるシドの手を、クライヴは小さく唇を尖らせて振り払う。


「今まで通り、特訓して、魔物退治をしたり?」
「ベアラーの保護に行ったり、カンタンの所に荷物を取りに行ったりな」
「………」
「例の計画のことも、変更する気はないぞ。連れて行くのも、お前とジルだ」


成すべき事に変わりはない、とシドは言い切った。

クライヴの体の変貌について、それが些事とは言わないが、これを理由に長年の計画を破綻させる気も、シドにはない。
予想外の出来事に、準備や予定を敢えて見送ったのは確かだが、それそのものを諦める理由にはならなかった。
女になった事でクライヴを戦力から外すと言うなら、ジルも連れて行くには値しない事になる。
ドミナントを二人、シドも含めて三人で行動できるチャンスと言うのは、今の幸運を置いて他にない。

シドはクライヴの顔を見て、口端に笑みを浮かべる。


「お前が男だろうと、女だろうと、宛てにしているのは変わりない。其処のとこは、覚えておいてくれ」


元々シドは、クライヴの実力を買って彼を隠れ家へと招いたのだ。
現に今でも、ベアラーの保護や荷物の回収の際、クライヴが護衛に就いてくれると言うのは有難い。
それはシドだけでなく、隠れ家で共に暮らしている仲間たちも、同じ気持ちに違いなかった。

シドの言葉に、クライヴは立てた片膝に腕と顎を乗せながら、


「あんたも、皆も、変わってるな。こんな変な体質の奴を、飽きずに受け入れてくれるんだから」
「良い奴らだろう」
「ああ、本当に。でも、あんたが妙に優しいのは、少し変な気分になる」
「俺は元々、誰にでも優しいよ。お前が気付いていなかっただけさ」
「どうだかな」


シドの言葉に、クライヴは肩を竦めて見せる。
呆れたようにも、面白がっているようにも見える仕草だった。

クライヴの表情に、いつもの様子が覗くのを見て、シドはようやくと肩の力を抜く。


「そろそろ寝るか。もう大分遅い」
「ああ」


シドの言葉に、クライヴはシーツに包まって寝転んだ。
すっかり此処で寝るのが当たり前になっているクライヴに、なんだかんだと気を許されているのを感じて、シドは眉尻を下げつつ苦笑する。

一時他愛のない話をしていたが、疲れは溜まっていたのだろう、クライヴが寝息を立て始めるまでそれ程時間はかからなかった。
裸身にシーツ一枚でどれだけ冷気が阻めるかは分からない。
体格に恵まれているお陰で、熱量は高い方だが、今の体────女の体と言うのは存外と冷えやすいものである。
シドは部屋奥にあるもう一つのベッド───娘が帰ってきた時の為のものだ───から、もう一枚シーツを持ってきて、丸くなって眠るクライヴの体に被せてやった。

シド自身はと言うと、最低限の身嗜みを整えるだけ済ませて、ベッドへと横になる。
きしりとベッドの軋み、傾きを感じたか、それとも間近の人の気配にか、クライヴが寝返りを打ってシドの方へと身を寄せた。


「甘え下手なんだかそうでないんだか、お前はよく分からないもんだな」


無意識の不安を慰めたいのか、冷えに対して暖が欲しいのか。
寄せられる体が、案外と柔らかく暖かいことが癖になりそうで、シドはそんな自分を誤魔化すように目を閉じた。





『女体化クライヴお話[花見る夢を]の続き』のリクエストを頂きました。
元がR18の話ですので、そう言うこともする関係のシドクラ♀です。

元に戻れる気配がない様子の兄さん。戻らなかったらどうしようの不安が募ってきているらしい。
後天女体化なので、シドの方もそれは忘れていないので、基本的にはこれまでと接し方が変わらないようにしているつもり。でもどうしても目につくのが女性の体なので、つい多めに世話を焼いてしまうようです。
クライヴの方も、なんとなく大事にされてるのが感じられて、悪意がある訳がないのも分かっているので、邪推はしない。でもちょっとむず痒いらしい。

[セフィレオ+16/シドクラ]秘密主義の会合

セフィロス×レオンと、シド×クライヴで現代パロです。
シド×クライヴは薄めの気配になっています。





どうにも彼は、ひっそりと過ごすことを望める、隠れ家的な店を探すのが上手い。
見易い看板を掲げている訳でもなく、インターネットで探しても、ホームページの類も用意されてはおらず、口コミの類も見当たらない店。
恐らくは、そう言った類の店を好む人であったり、同様のコンセプトの下に経営されている店の客だとか、オーナーだとか、人伝を辿って知るのだろう。
だからその手の店だと知っている人、判っている人しか来ないし、知る事もないのだ。

レオンもセフィロスから紹介されなければ、裏通りの路地を抜けた先からしか入れないような店なんて、知る筈もない。
待ち合わせは此処で、と言われた時、判りにくい場所だからと詳しく道順を教えては貰ったが、実際に行く時になって、本当にこんな所に店があるのか、と疑いながら歩いたものだった。
そうして行き付くのは、年季の入った雑居ビルの裏口である事もあれば、猫の額のような敷地に設けられた小さなテナントハウスであったりもして、本当に其処だけが都会の雑踏から切り離されたような場所ばかり。
入って見れば、またそれぞれの店のコンセプトに合わせ、少ない席数と、一人のマスターや主人の下で回されている、静かで落ち着く空間が其処にあった。
此処ならゆっくりできるだろう、と言ったセフィロスが、何処となく自慢げに見えたのは、きっと気の所為ではない。
その言葉に、そうだな、悪くない、とレオンが返すと、彼は碧眼を細く窄めて笑ったのだった。

セフィロスはその日その日で、待ち合わせの店を指定する。
オーナーか店主とも個人的に仲が良いのか、良い酒が入ったとか、肴が仕入れられたとか、それを理由に誘ってくれるのだ。
が、実の所、そう言った理由はただの後付けであるらしい。
無論、良いものを仕入れてくれた店に感謝と今後の期待も兼ねて行くのも確かだが、ああ言った静かな場所ならば、レオンと二人で静かに話が出来ることが良いのだとか。
彼との一時の歓談は、レオンにとっても心地の良いものだから、仕事のスケジュールが余程に詰まっている状態でなければ、応じる事にしている。

今日は洋酒を多く取り扱っているバーで過ごす事になった。
仕事が長引いてしまったので、遅れる旨を連絡してから半刻、ようやくレオンは店の前へと到着する。
今着いた、と言うメールを送って、案内板も真っ白なままになっているビルの階段を上がり、三階にある洒落たデザインのアンティークドアを開けた。

からん、と控えめのベルの音が鳴る。
照度を落とした其処に広がっているのは、アンバーカラーを基調にしたクラシックなバーだ。
カウンター席が四つ、その奥にテーブル席が一つ、それから今時は先ず見る事のないであろう、古びたジュークボックスが置かれている。
このジュークボックスは、この店のオーナーの趣味で置かれているもので、何十年も前に現役を退いたアナログレコード仕様のものらしい。
壊れた所を直せばまだ使えるかも、と言うことだが、その部品の調達が困難なので、当面、店の雰囲気作りの飾り物が役目と言う状態だ。

そのジュークボックスの前に、長い銀糸の男───セフィロスが立っている。
大抵、カウンターに座ってレオンが来るのを待っているものだったが、珍しいなと思っていると、


(……人と話をしてるな。マスターじゃないから……客か?)


ジュークボックスを間に挟む格好で、見慣れない男が一人、セフィロスと話をしている。
マスターとも然程話をしない男が、益々珍しい事もあるものだ。

レオンは立ち話をしているセフィロスを見ながら、カウンター席の定位置に座った。
マスターがバックヤードと繋がるドアから静かに入ってきて、レオンを見る。
いつもの、と頼むレオンの声は、なんとなく潜められたものになっていた。

マスターが一杯を用意してくれている間、レオンは遠目に待ち合わせ人を見ていた。


(話が弾んでいるようだな。こっちに気付きそうにない)


やっぱり珍しい、とレオンは再三思った。

セフィロスは人付き合いを無難に熟すが、その実、他人に滅多に興味を示す事がない。
昔から容姿や能力に恵まれた資質があった事で、彼の周囲には人が絶えなかったそうだが、セフィロスが心を置く相手と言うのはごくごく限られていた。
大学時代の数少ない友人や後輩を除くと、レオン位のものだと言うのは、その友人、後輩が口を揃えて言う事だ。
それについてはレオンにはピンと来ない所だが、セフィロスが大抵の人に対して、無関心である事は知っている。
彼にとって人と言うのは、限られた身内を除いて、有象無象と言って良い存在なのである。

そんなセフィロスが、今日は随分と楽しそうに喋っている。
何を話しているのかは、レオンのいる場所まで届いては来なかったが、待ち人の来訪に気付いた様子がないことから見ても、彼は目の前の人物との歓談に夢中になっているらしい。
話相手の、初老と思しき顔立ちの男も、時折感心したような表情で顎に手を持って行きながら、尽きない話題に虜になっているようだ。


(……あまり見ない顔をしているな)


レオンも大概、表情を判り易く変えないタイプだが、セフィロスはもっと表情が出難い。
それはそもそもの感情の起伏がそれ程大きくないからで、彼の表情は基本的に凪である事が多かった。
それがレオンと向き合う時には、あの珍しい虹彩を宿した碧眼が、柔く細められたり、時折熱に浮かされたように情動性を表すのが好きだった。

今、セフィロスの目は、緩やかながら感情の波を映している。
あれは仕事をしている時の目だ、とレオンは感じ取っていた。
気に入りの店でビジネスの匂いのする話は好きではない筈だが、それ程に琴線を震わせる話題を、目の前の男が振っているのだろうか。


(……俺にはしない顔だ。仕事の時でも、普段でも)


レオンとセフィロスは、職場で顔を合わせれば、部下と上司の間柄になる。
だが、その時であっても、今セフィロスが浮かべている顔は、レオンに向けられる事はない。
それは取引がかかる時に見せる顔であるから、そう言ったやり取りが必要のないレオンに向けられなくても当然ではあるのだが、


(………)


自分が知らないセフィロスの顔を、引き出している男。
それも立ち話で長々と遣り取りが尽きないと言う事は、相当、話術に長けている。
でなければ、セフィロスも会話に飽きて、そこそこの所で切り上げている事だろう。

レオンは、マスターが置いて行ったグラスに手を遣って、その縁に指を滑らせながら、なんとなくもやもやとした感覚を抱いていた。
その正体の名前はなんとなく予想がついたが、こんな事でそんなものを、と自分への呆れが混じる。

────からん、と店のドアベルが鳴った。
余り自分たち以外の客が此処に出入りするのを見たことがなかったレオンは、今日は客が多い日なんだな、と頭の隅で思っていると、


「シド。やっと見つけたぞ」


呆れ混じりの声が、レオンの後ろを通りながら聞こえた。
育て親と同じ名前が出て来た事に驚いて、レオンは思わず声の主が向かう方へと目を向ける。

癖毛の黒髪の男が店の奥────セフィロスと、その会話相手をしていた男の下へと向かっている。
それを見た初老の男の方が、よう、と気安い様子で片手を上げた。
其処で弾んでいた会話が途切れたからだろう、セフィロスも振り返り、カウンターに座っている待ち人を見付け、


「連れが来ていた。此処までだな」
「ああ。中々面白い話が聞けたよ」
「此方もだ。業種の違う話と言うのは、案外と面白いものだな」


ひらりと手を振る男に、セフィロスも右手ひとつを上げて返事にする。

レオンのいるカウンター席へと近付いて来るセフィロスの向こうで、初老の男はテーブル席に置いていたらしい、自分の荷物をまとめている。
その横で、黒髪の男───無精髭はあるが、年齢はレオンとそう遠くは感じない気がする───が苦い表情を浮かべていた。


「あんたと連絡が取れないって、ガブから。メッセージも既読がつかないから、何処にいるのかと思えば……」
「そうか。で、どれ位探してくれたんだ?」
「此処で三軒目だ」
「そりゃ優秀だな」
「あんたが前に連れ回してくれたお陰で」
「緊急の話か?」
「オットーが、あんたがいないと進まない話だと」
「って事はあいつ絡みかな。仕方ねえ、帰るか」


初老の男は、自身はコートを羽織り、他の荷物は連れ合いに押し付けるように渡した。
黒髪の男が苦い表情を浮かべつつ、はあ、と溜息ひとつを吐いて、荷を抱え直す。

セフィロスがレオンの隣に座り、その後ろを二人の男は足早に抜けて行った。
じゃあな、とかけられた声に、セフィロスはひらりと手を振るのみ。
その横で、なんとなくドアへと向かう男達を見ていたレオンの目と、黒髪の男の目が絡む。
何とはなしに、どちらも小さな会釈だけを交わして終わった。

カードで支払いを済ませた客が店を出て、からから、とドアベルが音を鳴らす。
それも小さくなって消えた後、ようやくレオンは隣に座った男と目を合わせた。
見慣れた碧眼が、見慣れた柔い窄まり方をして、レオンを見つめる。


「いつからいた?」
「……そこそこ前から」


セフィロスの問に、レオンは時計を見ていなかったからと、曖昧に答える。
知らず待ち人を待たせていた事を察したセフィロスは、詫びを示すようにレオンの頬に指を滑らせる。


「声をかければ良かったものを」
「……楽しい話をしているみたいだったからな。邪魔をしない方が良いと思って」
「ただのビジネスの話だ。情報収集のようなものだな」
「さっきの人は知り合いなのか?」
「それ程でも。だが、多少趣味は合うようだな。行き付けが偶に被ることがある」


話をしたことはなかったが、とセフィロスは言った。

顔は知れども、挨拶も碌にした事はない相手。
とは言え、セフィロスの方は多方面に名が知られているものだから、相手方から接触を臨まれる事は珍しくなかった。
ただ、それに対してセフィロスが真っ当に対応すると言うのは稀だ。
そうして相対するに適う相手であると、セフィロスが感じ取ったから、ああも話が弾んでいたのか。

恋人と言う間柄になってから、彼の数少ない“身内”の中でも、特別近い距離を許されたと思っている。
とは言え、付き合いの時間が長い訳ではないから、レオンにとって未だ知らないセフィロスがいるのも無理はない。
それは判り切っている事なのに、そのつもりで彼を知りたいとも願っているのに、いざにその場面を目の当たりにすると、なんとも言えない心地が浮かんで、


「……あんたがあんなに楽しそうに喋っているのは、初めて見たな」


自分では、絶対に見せてはくれない顔をしていた。
そんな気持ちで零れた呟きは、殆ど無意識のものであった。

言うつもりはなかったそれに、はっとなって口元を抑えるが、隣をちらと見遣ると、碧眼がいつもより少し丸くなって此方を見ている。
気まずさにレオンは視線を逸らし、手元のグラスを口元に持って行って、歪む唇を隠すが、それも既に遅かった。

くつ、と隣で喉が鳴る音が零れる。


「妬いているのか、レオン」
「……別に」


肯定するには聊かプライドがあって、否定するほど子供にはなれず、レオンは弟の口癖を真似た。
それを聞いたセフィロスが、益々喉を鳴らす。


「お前に俺がどう見えていたのかは判らんが───お前との貴重な時間に、仕事の話などしたくもないからな。さっきの男と同じ話は望まんさ。もっと有益な話が良い」
「無理を言わないでくれ。そんな話が出来る訳ないだろう」
「そんな事はない。お前がお前の事を話せばいい。俺にとっては何より有益だ」


セフィロスはそう言いながら、レオンの赤らんだ耳に指を擽らせる。
青のピアスをした耳朶を遊ぶ指に、レオンは払う仕草をしながら、


「じゃあ、例えば何を話せば良いんだ?」
「妬いたお前を宥める方法が知りたい」


初めての事だからな、と嘯いてくれる恋人に、「……それは自分で考えてくれ」とレオンは言った。





『セフィレオ+ちょっとシドクラの存在の匂い』のリクエストを頂きました。
セフィレオもシドクラも、どっちも上司&部下で恋人同士な間柄です。

色々世情を詳しくチェックしているシドと、大企業の有望株で各方面にアンテナ張ってるセフィロスで、情報交換の機会が出来た模様。
レオンは偶々そこに居合わせて、完全プライベートな気分で店に来た所だったから、ちょっと近付き難い空気を感じて遠目に見てました。
クライヴはガブとオットーから「急ぎ案件だからシド捕まえてきてくれ!」って言われて、前にシドに連れて行かれた、他の人は知らない行き付けの店を梯子して行き付いた所。
この日以降、時々シドを迎えに来るクライヴとレオンがばったりしたり、レオンの知ってるシドの話したりして、レオンとクライヴも話するようになったら楽しいな……私が。

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