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Category: FF16

[14+16/ひろクラ]海都にて

FF14で行われた、FF16コラボイベントのストーリーを元にしています
エオルゼアに迷い込んだクライヴを、ひろしが案内している一幕……のような話

※『ひろし』とは:FF14の公式トレーラーなどで、プレイヤーキャラのイメージ格として登場する男性の日本版の愛称名




全く知らない光景だ、と道行く風景を見て、クライヴは思う。

雲一つなく遠く晴れ渡る澄んだ青空、その色を溶かし込みながら深く深くまで沁み込んだ海の蒼。
その只中に存在する、白亜色の石を幾重にも積み重ねて築き上げられた建造物は、まるで要塞のようでもあり、巨大な船のようでもあり。
其処に鉄と木材を使って、足場を広げたり、橋にしたり、必要に応じて増改築を重ねて行ったような、聊かの無秩序振りもありつつも、それがまた絡まり合いながら奔放に伸びている様子は、一種の解放感も作り出していた。
その道を右へ左へ行く人々は、統一された色やジャケットで揃えている者もいるかと思えば、全く異なった装いの者もいる。
なんとも不思議な景色であった。

見知らぬ地で目覚め、其処で出会った男に連れられ、クライヴはこの海上都市へとやって来た。
リムサ・ロミンサと言う名で呼ばれるこの地は、全域を海に囲われた島国であるそうだが、地域としては、クライヴが目覚めた場所と同じ、エオルゼアと呼ばれる地域に属しているらしい。
と、此処まで聞いてはいるものの、クライヴには全く耳に初めての話としか思えなかった。
記憶がどうにも不明瞭で、かの地で目覚めるまでに自分が何をしていたのか、何を目的として動いていたのか分からない。
そこで、一先ずはエオルゼアの地を巡り、自分の記憶にまつわるものを探しに来たのだが、どうもこの風景にはまったくもって馴染みを感じられずにいた。

全く知らない地で、何処にどう行けば良いのかも判らない訳だから、案内人は必要だった。
それについては、クライヴが倒れているのを見付けた男が引き受けてくれた。
しがない冒険者と名乗った男は、現在、黒渦団と言う名の組織の下へと赴いている。
クライヴは、終わるまでちょっと此処で待っててくれ、と言われたので、アフトカースルと言う名の大きな広場の一角で、道行く人々を眺めていた。


(……随分と大柄な者もいるが、逆に子供のような体の者もいる。俺と同じくらいの者もいる。……猫のような耳や、角や、尻尾が生えているのは……動物のような体をした者もいるな。あれは、人でいいんだろうか?)


アフトカースルと呼ばれる広場を行き来する人々の姿は、見るだに様々に違っている。
クライヴとそう変わらない体格や顔立ちの者もいるが、特徴はそれと似ていても、体格がまるで三倍も違うような大男もあった。
かと思えば、クライヴの足の長さが精々と言う小柄な身長の者がいたり(子供かと思ったが、髭を生やしている者もいるので、そうとも限らないようだ)。
体格的には標準的だが、頭の上に猫や兎のような耳が生えていたり、顔に鱗や角が生えていたり、様々な形の尻尾があったり。
それらに驚いていたら、まるで獣と変わらない頭部を持ち、ふさふさとした体毛が生えている者もいる。
多種多様な姿かたちをしたものが、縦横無尽に行きかうものだから、クライヴの混乱は収まる所か益々深まっていた。

だが、クライヴが何よりも気になるのは、道行くそれら人々が、誰もクライヴのことを深く気に留めないことだ。
時折、此方を覗く視線があるのは感じるが、誰もが深くは留まらず、それぞれの用事に追われて移動していく。
黄色いジャケットを着た大男が近くに立ち尽くし、見張りのように目を配らせているが、それも一度か二度、クライヴを見ただけで、何も言わなかった。
クライヴの頬に刻まれた刻印を、まるで見ていないかのように、まるで何も気にする必要などないかのように、意識に止めない。

それも初めは、刻印があるからこそ、気に留められないのかと思っていた。
ベアラーである以上、その存在は道具以下だから、大抵の人間はベアラーと言うものを深く気にしない。
だが、偶々目が合った猫耳を生やした女性が、にっこりと無邪気に笑いかけて来たものだから、驚いた。

『印持ち』にそんな風に無邪気に笑う人なんて、見た事がない。
少なくともクライヴはそう思った。


(……此処はやっぱり、俺の知っている場所じゃない────と言う事か)


記憶が不鮮明な部分が多い所為で、色々と確信を持てない所はある。
だが、それでも意識に根付いたように感じる、常識との剥離は幾つもあった。
クライヴの持つ感覚は、この海の街において、恐らくは異質なものであると言う事が感じられる。

目の前を小柄な人が通り過ぎて行き、その後ろに、きらきらと輝く水色の動物がいる。
生物にしては少々不思議な空気をまとわせている、あれは動物、生き物なんだろうかと、見た事のないものがまたひとつ通り過ぎていくのを目で追っていると、


「悪い悪い、待たせたな」


声がして振り返ると、クライヴをこの街へと連れて来た男が立っている。
日焼けしたような傷み気味の黒髪に、使い古した旅装束に身を包み、無精ひげを生やしてはいるが、笑うと随分と子供っぽい印象を持たせるその男。
その手には、此処を離れた時にはなかった筈の、簡素な紙袋がひとつ。


「腹が減ってないかと思って、飯を買って来たんだ。此処で評判のビスマルクって店で作ってるサンドイッチ」
「それは、わざわざ……すまない」
「良いさ、俺も腹が減っていたし。ほら、今の内に食っとくと良い」


そう言って男は、紙袋から取り出したサンドイッチをクライヴに差し出した。
瑞々しい野菜と一緒に、鮮やかな黄色の卵を、程よく焼き色のついたパンで挟んだもの。
贅沢だな、となんとなく思いながら眺めているクライヴの横で、男も同じものを頬張り始めた。
大口で豪快に食べるその様子に、クライヴは此処まで自覚していなかった空腹を感じて、隣の男を真似るように齧りついてみる。


「うん……美味いな」
「そうだろ?俺もよく世話になってる」


言いながら男は、三口、四口としている間に、サンドイッチを平らげた。
もごもごと森にいる齧歯類のように頬袋を膨らませているが、当人は苦も無く顎を動かしている。

男は、サンドイッチを食べるクライヴを見て、


「此処の景色は、どうだ。何か見覚えのあるものとか、気になるものとかあったか?」
「…気になるものと言うと、幾らでもあるにはあるが……見た事のないものばかりだ」
「ふぅん。じゃあ、海とはあまり縁がないのかもな」
「恐らく。海を知らない訳じゃないが、何か、空気そのものと言うか───違う気がするんだ、俺が知っているものとは」


問いに正直に答えると、男はふむふむと噛み砕くように頷きながらそれを聞いている。


「それに、俺のことを誰も気にしない。気にしてはいるんだが、その……気に仕方が、俺の考えるものと随分違うんだ」
「なんだ。変なのに絡まれでもしたか?ここらはイエロージャケットがいるし、GCの軍令部も近いから、治安は良い方だと思ったんだが」


悪漢にでも絡まれたかと言う男に、クライヴは首を横に振った。


「いや、そうじゃない。どちらかと言えば、逆……と言うか。偶に目を合わせる人がいるんだが、随分と屈託なく笑いかけて来るものだから、驚いた」


言いながらクライヴは、頬の刻印に手を当てる。
男はその仕草を見てはいたが、ふうん、と首を傾げるように言って、


「まあ、珍しい顔ではあるからな。此処は交易都市だし、冒険者も多いから、新顔が幾らいたって可笑しくはないけど」
「そうなのか」
「冒険者は色々金を落としてくれるのも多いし、愛想よくしとけば、マーケットあたりで何か買って行ってくれるかも知れない。ウルダハとはまた別に、此処も商売っ気は盛んだからな。海上がりも多くて気風が良いのも多いし、人懐こい人もいるさ」
「そう言うものか……」
「荒っぽい連中もいるから、トラブルもあるけどな。街中で起こす奴なら、イエロージャケットが飛んできてお縄だが」


お陰で平和に過ごせる、と男は言う。
確かに、時折荒っぽい声が聞こえる事はあるが、かと言って大騒動が起きているかと言えば、そうでもない。
声のもとを探してみると、海の方に停泊している船の上でどんちゃん騒ぎをしている集団だったり、精々が睨み合いをしている程度で、黄色いジャケットの者が其処に割り入れば、お開きになるものだった。
きちんと統制とルールが守られている、と言うのが判る光景だ。

クライヴがサンドイッチを食べきると、さて、と男は腕を組む仕草をし、


「黒渦団の方に確かめたが、此処らで異変みたいなものはなかったから、やっぱり空振りだったかな。次はグリダニアって所に行こうと思うんだけど────飛空艇がさっき出たばかりなんだ。ちょっと待って貰っても大丈夫か?」
「あんたに任せよう。俺は何も判らないし……」
「じゃあ、次の飛空艇が出る時間まで、ぶらつくか。少し歩くが、国際街商通りの方に行ってみないか?色々あるから、知ってるものが見つかるかも知れない」
「ああ。案内をよろしく頼む」


クライヴの言葉に、任された、と男は胸を叩く。

男に案内されて行ったのは、人通りの絶えない市場の通りであった。
街の喧騒のまさに中心部とも言える其処は、長く伸びた道なりに色々な店が構えられている。
トンネルのような道を少し歩いてみれば、成程、様々なものが此処には集められていた。

大柄な男が豪快な声で客を呼び込む傍ら、気風の良い長身の女性がまた威勢の良い声をかけている。
物々しい武器を持った若者が店の間を行ったり来たりと繰り返したり、小柄で髭を生やした男性が、店の主人を相手に値切り交渉を粘っていた。
どう見ても人間とは違う姿形をした者は此処にもいて、魚の入った魚籠を片手に売り歩きをしている。
かと思えば小さな子供が無邪気な声をあげながら駆けて行き、ぶつかりそうになった大人から、「危ないぞ」と叱られていた。

何処を見ても、沢山の人々が忙しなく行き来している。
そのシルエットが大きいものから小さいものまで様々にあるのを見て、クライヴはやはり、不思議な光景だと思った。


「……良い景色だな。色んな人が、こうも混ざり合って、暮らしていると言うのは。違う所があっても、それを認め合って、自然に並んで過ごせると言うのは……とても、良いことだ」
「そうだな。俺もこの景色は結構好きだよ」


クライヴの言葉に、男が歯を見せて嬉しそうに笑う。
────でも、と言葉が続いた。


「でも、こうなるまでには、色々あったんだ」
「……色々?」
「俺が知ってるのは、俺が冒険者になってからのことだから、古い歴史は話の内でしか知らないけどな。でも、種族だとか部族だとか、俺が知ってるだけでも多かったよ」


そう言った男の目が、これまでの朗らかなものと変わり、何処か痛ましそうに細められる。
往来の邪魔にならないよう、店の隙間の壁際に立って、男は道行く人々を眺めながら言った。


「俺が知ってるのはほんの一握りだろうけど、自分が譲れないものとか、守りたいものとかの為に、何処かで争いが起きていた。姿形が違うとか、思い描いてる理想が違うとか、誤解とか、偏見とか────色々理由はあったな。今でもそれは根付いて離れないものもある筈だ。俺もどうしても譲れなかったから、戦った事は何度もある」
「……この街も、そうだったのか?」
「その筈さ。元々此処は海賊が集まって出来たものだから、時代の変化で海賊が海賊らしくいられなくなって、軋轢が起きた事もあったし。蛮族たちと話が出来るようになったのも、最近だしなぁ……あっちもまだまだ、種族内で揉めてる所はあるんだろうし」
「あんたは、随分とその揉め事の類に詳しいようだな」
「うーん、どうだろうな。ほっとけなくて勝手に首突っ込んでたら、いつの間にか知り合いは増えてたけど」


男はぼりぼりと頭を掻きながら言った。
不思議なもんだ、と呟く男に、クライヴはくつりと眉尻を下げて笑う。


「あんたはかなり、お人好しのようだ」
「さて、どうかな。本当のお人好しってのなら、もっと穏便な方法を探せる筈さ」


クライヴの呟きに、男は自嘲の混じった表情で言った。
その目が一瞬、男の腰に下げられた、立派な意匠が施された剣へと向けられる。


「俺は自分の必要に応じて、突っ走って来ただけだ。でもまあ、背を押してくれた人たちくらいは、護りたい気持ちはあったかな」


そう言って、男は剣の柄に手を遣りながら、目を閉じる。
彼の頭の中には、一体何が巡っているのだろうか。

そう言えば、この街に来た時から、方々で男は様々な人に声をかけられている。
その中に「英雄殿」と言う呼び名があって、随分と大層な呼び名を持っている、とクライヴが思っていると、男は眉尻を下げならそれに手を振っていた。
男は何か言いたげにしながらも、その目には、まあ良いか、と諦めのようなものが混じっていたのを、クライヴは思い出した。


「……あんたも、色々あるようだ」
「そうだな。うん。色々あったよ」


色々な、と反芻させる言葉の中に、男の人生のどれ程が込められているのか、クライヴには知るべくもない。
問うにはあまりに壮大な何かに手を入れるように思えたし、男もあまり、突かれたくはなさそうだった。

男が顔を上げ、目元にかかる髪を、潮風が撫でていく。


「でも、色々あったけど、その色々で逢った人たちの事は、大体は好きなんだ」
「大体は、か」


全てとは言わない所に、男の正直さがある気がした。
それから、男はまた子供のように笑って、


「だから冒険者なんてもんをやってるのさ。色んなものに逢えて、色んなものを知れるから」
「……成程。それは確かに、得難い経験になりそうだ」
「ああ。だからクライヴ、お前と逢えたのも、そう言う冒険がくれた、良い巡り合わせのひとつだと思ってるよ」


真っ直ぐに此方を見て言う男に、クライヴは少々面を喰らった気分だった。


「……記憶喪失で、何処から来たのかも判らないような、怪しい人間だぞ?俺は」
「もっと怪しくて危ない奴を、もっといっぱい知ってるからな。お前なんて可愛いもんだ」


そう言って男は、ぐりぐりとクライヴの頭を撫でる。
唐突なことに目を丸くするクライヴに構わず、男は満足すると、黒髪から手を離した。


「それじゃ、時間も良さそうだし、そろそろランディングに行くか。グリダニアで何か手掛かりがあると良いな」


行こう、と歩き出した男に、クライヴは髪の乱れに手を遣りながら後を追った。





『ひろクラのエオルゼアに倒れていたクライヴがひろしと出会って帰るまでの間』のリクエストを頂きました。
ひろし=冒険者は暁月6.1くらいのキービジュのつもりで書いていますが、それ程設定を詰めてはいないので、ふわっとした雰囲気でお送りしています。

FF14にて行われた、FF16コラボでクライヴがエオルゼアに漂着していた時の話です。
コラボストーリーではクライヴはウルダハとグリダニアを訪れたのみでしたが、折角だからリムサも見てってえええ!!(黒渦団所属プレイヤー)となってたので行って貰いました。
ヴァリスゼアの世界から見ると、エオルゼア=FF14の世界って、見た目も種族もバラバラな人たちが入り混じって過ごしているから、クライヴには大分新鮮な光景なんじゃないだろうか。
時間的には暁月6.0をクリア後の何処か、と言う感じです。なのでひろし、旅してきた想いは色々ありますわねえ……と言う気持ちで書いてます。

[16/シドクラ♀]束の間の花に

[花見る夢を]のその後の二人の様子




寝て起きたら、身体が全く別の形に変容してから、数週間。
また寝て起きたら元に戻っているのじゃないか、戻ってくれと祈るように過ごしているが、今の所、その祈りは神様の類には届いていないらしい。
せめて原因だけでも分かってくれれば、多少は気分の持ちようも違いそうだが、それも生憎であった。

クライヴの日々の過ごし方としては、概ね、以前のものと同じようになって来ている。
幸いにもフェニックスの祝福や、取り込んだガルーダの力による魔法は使えるし、身長体重が大きく激減した訳でもないから、武器も振るうことが出来た。
ただ、微妙に手足が縮んでいるのか、瞬間判断での目測にズレがあるので、これについては慣れて矯正するしかなさそうだった。
隠れ家で戦える者に協力して貰って、日々の修練を真面目に積み重ねていくに従い、この課題はなんとかクリア出来そうではある。
元々が腕に覚えのあるものだし、天性的とも言える武の才もあるので、努力研鑽を怠らなければ、以前のように大型獣を相手に戦うことも出来るようになるだろう。

だが、この躰での戦い方に慣れていくに連れ、クライヴとしては一抹に過る不安も否めない。


「───このまま戻らないんじゃないか、とも思うんだ」


燻ぶる熱の発散の後、シドのベッドの端で、クライヴは溜息混じりに言った。

少し気怠そうな表情をしているのは、行為の後の倦怠感は勿論、未だに() で感じることに慣れていないからだろう。
今日もシドの手でどうにか其処を慰めて貰ったが、その感覚の戸惑いは拭い切れずにいて、終わった後の疲れが一入になるらしい。
元々、違う形のものが其処にはあった筈だから、この混乱は仕方のないことだろうと、シドも思っている。


「こう長いと、この状態への慣れみたいなものも出てきて。良いんだか、悪いんだか……」
「まあ、そう言う不安も沸いては来るだろうな」


この状態が長く続けば続くほど、クライヴは元の体に戻れない可能性を考えずにはいられない。
反面、それで何か困る事があるのかと言えば、具体的にはないと言うのが、なんとも言えない気持ちを誘う。
だからと言ってこのままで良いかと聞かれると、それは、と男として生まれた筈の矜持もある訳で、焦りはしないが酷く宙ぶらりんな気分になるのだ。

火照りの名残を残した体が、思考することが面倒になったのか、ベッドに横倒しになる。
そうしてシドの位置から見えたのは、無防備なまろい丘で、シドは呆れつつ丸めたシーツを投げた。


「冷えるぞ、ちゃんと包まっとけ」
「……」


下肢に被さった布を見て、クライヴがのろりと上肢を起こす。
クライヴは寄越された布を摘まみ、手繰り寄せながらシドを見て言った。


「あんた、最近妙に優しいな」
「俺はいつでも優しいだろう?」
「優しいんだか、奇特なんだか。どっちか知らないが、俺にこんな事する程のものでもないだろ?」


譲られたのなら有難く、と存外とシドに対しては太々しさを発揮するようになったクライヴは、シーツに包まりながらそう言った。
シドはさてねと肩を竦めつつ、


「風邪でも引かれちゃ厄介だ。今のお前は、薬の類を飲ませて良いのかも、はっきりしないしな」


元々が丈夫な質らしいクライヴだが、今の“彼”は少々事情が違っている。
男でありながら、女の体になってしまったと言う前代未聞の事例は当然として、それによって変化した体の状態───目に見えない所も含めて───は分からないことが多いのだ。
人間の体とは、様々な未知と謎に溢れているから、医者であるタルヤは慎重論を崩さない。
シドも彼女程ではなくとも医学の知識はあるので、タルヤの言う事は最もだと思うし、今のクライヴに迂闊な刺激は与えない方が良い、と言うのも分かる。

その割に、こんな事はしてるんだが、とシーツの端から覗く足を見遣って、シドは誤魔化すように頭を掻いた。

クライヴはと言うと、シドの言う事もまた最もだと思っているのだろう。
心なしか太さが変わってしまった自分の手首を眺めながら、


「……もしも、ずっとこのままだったら、俺はどうすれば良いんだろう」


クライヴのその言葉は、恐らくは独り言だったのだろう。
治る兆しが一向に見えない事から、募る不安をひとつ吐露した、その程度のものだ。
言っても詮無い話であるとも、彼自身、分かっているに違いない。

シドは俯き気味のクライヴの頭に手を伸ばし、癖のついた黒髪をくしゃりと撫でた。


「どうするも変わらんさ。少なくとも、此処にいる間はな」


そう言って子供を宥めるように撫でるシドの手を、クライヴは小さく唇を尖らせて振り払う。


「今まで通り、特訓して、魔物退治をしたり?」
「ベアラーの保護に行ったり、カンタンの所に荷物を取りに行ったりな」
「………」
「例の計画のことも、変更する気はないぞ。連れて行くのも、お前とジルだ」


成すべき事に変わりはない、とシドは言い切った。

クライヴの体の変貌について、それが些事とは言わないが、これを理由に長年の計画を破綻させる気も、シドにはない。
予想外の出来事に、準備や予定を敢えて見送ったのは確かだが、それそのものを諦める理由にはならなかった。
女になった事でクライヴを戦力から外すと言うなら、ジルも連れて行くには値しない事になる。
ドミナントを二人、シドも含めて三人で行動できるチャンスと言うのは、今の幸運を置いて他にない。

シドはクライヴの顔を見て、口端に笑みを浮かべる。


「お前が男だろうと、女だろうと、宛てにしているのは変わりない。其処のとこは、覚えておいてくれ」


元々シドは、クライヴの実力を買って彼を隠れ家へと招いたのだ。
現に今でも、ベアラーの保護や荷物の回収の際、クライヴが護衛に就いてくれると言うのは有難い。
それはシドだけでなく、隠れ家で共に暮らしている仲間たちも、同じ気持ちに違いなかった。

シドの言葉に、クライヴは立てた片膝に腕と顎を乗せながら、


「あんたも、皆も、変わってるな。こんな変な体質の奴を、飽きずに受け入れてくれるんだから」
「良い奴らだろう」
「ああ、本当に。でも、あんたが妙に優しいのは、少し変な気分になる」
「俺は元々、誰にでも優しいよ。お前が気付いていなかっただけさ」
「どうだかな」


シドの言葉に、クライヴは肩を竦めて見せる。
呆れたようにも、面白がっているようにも見える仕草だった。

クライヴの表情に、いつもの様子が覗くのを見て、シドはようやくと肩の力を抜く。


「そろそろ寝るか。もう大分遅い」
「ああ」


シドの言葉に、クライヴはシーツに包まって寝転んだ。
すっかり此処で寝るのが当たり前になっているクライヴに、なんだかんだと気を許されているのを感じて、シドは眉尻を下げつつ苦笑する。

一時他愛のない話をしていたが、疲れは溜まっていたのだろう、クライヴが寝息を立て始めるまでそれ程時間はかからなかった。
裸身にシーツ一枚でどれだけ冷気が阻めるかは分からない。
体格に恵まれているお陰で、熱量は高い方だが、今の体────女の体と言うのは存外と冷えやすいものである。
シドは部屋奥にあるもう一つのベッド───娘が帰ってきた時の為のものだ───から、もう一枚シーツを持ってきて、丸くなって眠るクライヴの体に被せてやった。

シド自身はと言うと、最低限の身嗜みを整えるだけ済ませて、ベッドへと横になる。
きしりとベッドの軋み、傾きを感じたか、それとも間近の人の気配にか、クライヴが寝返りを打ってシドの方へと身を寄せた。


「甘え下手なんだかそうでないんだか、お前はよく分からないもんだな」


無意識の不安を慰めたいのか、冷えに対して暖が欲しいのか。
寄せられる体が、案外と柔らかく暖かいことが癖になりそうで、シドはそんな自分を誤魔化すように目を閉じた。





『女体化クライヴお話[花見る夢を]の続き』のリクエストを頂きました。
元がR18の話ですので、そう言うこともする関係のシドクラ♀です。

元に戻れる気配がない様子の兄さん。戻らなかったらどうしようの不安が募ってきているらしい。
後天女体化なので、シドの方もそれは忘れていないので、基本的にはこれまでと接し方が変わらないようにしているつもり。でもどうしても目につくのが女性の体なので、つい多めに世話を焼いてしまうようです。
クライヴの方も、なんとなく大事にされてるのが感じられて、悪意がある訳がないのも分かっているので、邪推はしない。でもちょっとむず痒いらしい。

[セフィレオ+16/シドクラ]秘密主義の会合

セフィロス×レオンと、シド×クライヴで現代パロです。
シド×クライヴは薄めの気配になっています。





どうにも彼は、ひっそりと過ごすことを望める、隠れ家的な店を探すのが上手い。
見易い看板を掲げている訳でもなく、インターネットで探しても、ホームページの類も用意されてはおらず、口コミの類も見当たらない店。
恐らくは、そう言った類の店を好む人であったり、同様のコンセプトの下に経営されている店の客だとか、オーナーだとか、人伝を辿って知るのだろう。
だからその手の店だと知っている人、判っている人しか来ないし、知る事もないのだ。

レオンもセフィロスから紹介されなければ、裏通りの路地を抜けた先からしか入れないような店なんて、知る筈もない。
待ち合わせは此処で、と言われた時、判りにくい場所だからと詳しく道順を教えては貰ったが、実際に行く時になって、本当にこんな所に店があるのか、と疑いながら歩いたものだった。
そうして行き付くのは、年季の入った雑居ビルの裏口である事もあれば、猫の額のような敷地に設けられた小さなテナントハウスであったりもして、本当に其処だけが都会の雑踏から切り離されたような場所ばかり。
入って見れば、またそれぞれの店のコンセプトに合わせ、少ない席数と、一人のマスターや主人の下で回されている、静かで落ち着く空間が其処にあった。
此処ならゆっくりできるだろう、と言ったセフィロスが、何処となく自慢げに見えたのは、きっと気の所為ではない。
その言葉に、そうだな、悪くない、とレオンが返すと、彼は碧眼を細く窄めて笑ったのだった。

セフィロスはその日その日で、待ち合わせの店を指定する。
オーナーか店主とも個人的に仲が良いのか、良い酒が入ったとか、肴が仕入れられたとか、それを理由に誘ってくれるのだ。
が、実の所、そう言った理由はただの後付けであるらしい。
無論、良いものを仕入れてくれた店に感謝と今後の期待も兼ねて行くのも確かだが、ああ言った静かな場所ならば、レオンと二人で静かに話が出来ることが良いのだとか。
彼との一時の歓談は、レオンにとっても心地の良いものだから、仕事のスケジュールが余程に詰まっている状態でなければ、応じる事にしている。

今日は洋酒を多く取り扱っているバーで過ごす事になった。
仕事が長引いてしまったので、遅れる旨を連絡してから半刻、ようやくレオンは店の前へと到着する。
今着いた、と言うメールを送って、案内板も真っ白なままになっているビルの階段を上がり、三階にある洒落たデザインのアンティークドアを開けた。

からん、と控えめのベルの音が鳴る。
照度を落とした其処に広がっているのは、アンバーカラーを基調にしたクラシックなバーだ。
カウンター席が四つ、その奥にテーブル席が一つ、それから今時は先ず見る事のないであろう、古びたジュークボックスが置かれている。
このジュークボックスは、この店のオーナーの趣味で置かれているもので、何十年も前に現役を退いたアナログレコード仕様のものらしい。
壊れた所を直せばまだ使えるかも、と言うことだが、その部品の調達が困難なので、当面、店の雰囲気作りの飾り物が役目と言う状態だ。

そのジュークボックスの前に、長い銀糸の男───セフィロスが立っている。
大抵、カウンターに座ってレオンが来るのを待っているものだったが、珍しいなと思っていると、


(……人と話をしてるな。マスターじゃないから……客か?)


ジュークボックスを間に挟む格好で、見慣れない男が一人、セフィロスと話をしている。
マスターとも然程話をしない男が、益々珍しい事もあるものだ。

レオンは立ち話をしているセフィロスを見ながら、カウンター席の定位置に座った。
マスターがバックヤードと繋がるドアから静かに入ってきて、レオンを見る。
いつもの、と頼むレオンの声は、なんとなく潜められたものになっていた。

マスターが一杯を用意してくれている間、レオンは遠目に待ち合わせ人を見ていた。


(話が弾んでいるようだな。こっちに気付きそうにない)


やっぱり珍しい、とレオンは再三思った。

セフィロスは人付き合いを無難に熟すが、その実、他人に滅多に興味を示す事がない。
昔から容姿や能力に恵まれた資質があった事で、彼の周囲には人が絶えなかったそうだが、セフィロスが心を置く相手と言うのはごくごく限られていた。
大学時代の数少ない友人や後輩を除くと、レオン位のものだと言うのは、その友人、後輩が口を揃えて言う事だ。
それについてはレオンにはピンと来ない所だが、セフィロスが大抵の人に対して、無関心である事は知っている。
彼にとって人と言うのは、限られた身内を除いて、有象無象と言って良い存在なのである。

そんなセフィロスが、今日は随分と楽しそうに喋っている。
何を話しているのかは、レオンのいる場所まで届いては来なかったが、待ち人の来訪に気付いた様子がないことから見ても、彼は目の前の人物との歓談に夢中になっているらしい。
話相手の、初老と思しき顔立ちの男も、時折感心したような表情で顎に手を持って行きながら、尽きない話題に虜になっているようだ。


(……あまり見ない顔をしているな)


レオンも大概、表情を判り易く変えないタイプだが、セフィロスはもっと表情が出難い。
それはそもそもの感情の起伏がそれ程大きくないからで、彼の表情は基本的に凪である事が多かった。
それがレオンと向き合う時には、あの珍しい虹彩を宿した碧眼が、柔く細められたり、時折熱に浮かされたように情動性を表すのが好きだった。

今、セフィロスの目は、緩やかながら感情の波を映している。
あれは仕事をしている時の目だ、とレオンは感じ取っていた。
気に入りの店でビジネスの匂いのする話は好きではない筈だが、それ程に琴線を震わせる話題を、目の前の男が振っているのだろうか。


(……俺にはしない顔だ。仕事の時でも、普段でも)


レオンとセフィロスは、職場で顔を合わせれば、部下と上司の間柄になる。
だが、その時であっても、今セフィロスが浮かべている顔は、レオンに向けられる事はない。
それは取引がかかる時に見せる顔であるから、そう言ったやり取りが必要のないレオンに向けられなくても当然ではあるのだが、


(………)


自分が知らないセフィロスの顔を、引き出している男。
それも立ち話で長々と遣り取りが尽きないと言う事は、相当、話術に長けている。
でなければ、セフィロスも会話に飽きて、そこそこの所で切り上げている事だろう。

レオンは、マスターが置いて行ったグラスに手を遣って、その縁に指を滑らせながら、なんとなくもやもやとした感覚を抱いていた。
その正体の名前はなんとなく予想がついたが、こんな事でそんなものを、と自分への呆れが混じる。

────からん、と店のドアベルが鳴った。
余り自分たち以外の客が此処に出入りするのを見たことがなかったレオンは、今日は客が多い日なんだな、と頭の隅で思っていると、


「シド。やっと見つけたぞ」


呆れ混じりの声が、レオンの後ろを通りながら聞こえた。
育て親と同じ名前が出て来た事に驚いて、レオンは思わず声の主が向かう方へと目を向ける。

癖毛の黒髪の男が店の奥────セフィロスと、その会話相手をしていた男の下へと向かっている。
それを見た初老の男の方が、よう、と気安い様子で片手を上げた。
其処で弾んでいた会話が途切れたからだろう、セフィロスも振り返り、カウンターに座っている待ち人を見付け、


「連れが来ていた。此処までだな」
「ああ。中々面白い話が聞けたよ」
「此方もだ。業種の違う話と言うのは、案外と面白いものだな」


ひらりと手を振る男に、セフィロスも右手ひとつを上げて返事にする。

レオンのいるカウンター席へと近付いて来るセフィロスの向こうで、初老の男はテーブル席に置いていたらしい、自分の荷物をまとめている。
その横で、黒髪の男───無精髭はあるが、年齢はレオンとそう遠くは感じない気がする───が苦い表情を浮かべていた。


「あんたと連絡が取れないって、ガブから。メッセージも既読がつかないから、何処にいるのかと思えば……」
「そうか。で、どれ位探してくれたんだ?」
「此処で三軒目だ」
「そりゃ優秀だな」
「あんたが前に連れ回してくれたお陰で」
「緊急の話か?」
「オットーが、あんたがいないと進まない話だと」
「って事はあいつ絡みかな。仕方ねえ、帰るか」


初老の男は、自身はコートを羽織り、他の荷物は連れ合いに押し付けるように渡した。
黒髪の男が苦い表情を浮かべつつ、はあ、と溜息ひとつを吐いて、荷を抱え直す。

セフィロスがレオンの隣に座り、その後ろを二人の男は足早に抜けて行った。
じゃあな、とかけられた声に、セフィロスはひらりと手を振るのみ。
その横で、なんとなくドアへと向かう男達を見ていたレオンの目と、黒髪の男の目が絡む。
何とはなしに、どちらも小さな会釈だけを交わして終わった。

カードで支払いを済ませた客が店を出て、からから、とドアベルが音を鳴らす。
それも小さくなって消えた後、ようやくレオンは隣に座った男と目を合わせた。
見慣れた碧眼が、見慣れた柔い窄まり方をして、レオンを見つめる。


「いつからいた?」
「……そこそこ前から」


セフィロスの問に、レオンは時計を見ていなかったからと、曖昧に答える。
知らず待ち人を待たせていた事を察したセフィロスは、詫びを示すようにレオンの頬に指を滑らせる。


「声をかければ良かったものを」
「……楽しい話をしているみたいだったからな。邪魔をしない方が良いと思って」
「ただのビジネスの話だ。情報収集のようなものだな」
「さっきの人は知り合いなのか?」
「それ程でも。だが、多少趣味は合うようだな。行き付けが偶に被ることがある」


話をしたことはなかったが、とセフィロスは言った。

顔は知れども、挨拶も碌にした事はない相手。
とは言え、セフィロスの方は多方面に名が知られているものだから、相手方から接触を臨まれる事は珍しくなかった。
ただ、それに対してセフィロスが真っ当に対応すると言うのは稀だ。
そうして相対するに適う相手であると、セフィロスが感じ取ったから、ああも話が弾んでいたのか。

恋人と言う間柄になってから、彼の数少ない“身内”の中でも、特別近い距離を許されたと思っている。
とは言え、付き合いの時間が長い訳ではないから、レオンにとって未だ知らないセフィロスがいるのも無理はない。
それは判り切っている事なのに、そのつもりで彼を知りたいとも願っているのに、いざにその場面を目の当たりにすると、なんとも言えない心地が浮かんで、


「……あんたがあんなに楽しそうに喋っているのは、初めて見たな」


自分では、絶対に見せてはくれない顔をしていた。
そんな気持ちで零れた呟きは、殆ど無意識のものであった。

言うつもりはなかったそれに、はっとなって口元を抑えるが、隣をちらと見遣ると、碧眼がいつもより少し丸くなって此方を見ている。
気まずさにレオンは視線を逸らし、手元のグラスを口元に持って行って、歪む唇を隠すが、それも既に遅かった。

くつ、と隣で喉が鳴る音が零れる。


「妬いているのか、レオン」
「……別に」


肯定するには聊かプライドがあって、否定するほど子供にはなれず、レオンは弟の口癖を真似た。
それを聞いたセフィロスが、益々喉を鳴らす。


「お前に俺がどう見えていたのかは判らんが───お前との貴重な時間に、仕事の話などしたくもないからな。さっきの男と同じ話は望まんさ。もっと有益な話が良い」
「無理を言わないでくれ。そんな話が出来る訳ないだろう」
「そんな事はない。お前がお前の事を話せばいい。俺にとっては何より有益だ」


セフィロスはそう言いながら、レオンの赤らんだ耳に指を擽らせる。
青のピアスをした耳朶を遊ぶ指に、レオンは払う仕草をしながら、


「じゃあ、例えば何を話せば良いんだ?」
「妬いたお前を宥める方法が知りたい」


初めての事だからな、と嘯いてくれる恋人に、「……それは自分で考えてくれ」とレオンは言った。





『セフィレオ+ちょっとシドクラの存在の匂い』のリクエストを頂きました。
セフィレオもシドクラも、どっちも上司&部下で恋人同士な間柄です。

色々世情を詳しくチェックしているシドと、大企業の有望株で各方面にアンテナ張ってるセフィロスで、情報交換の機会が出来た模様。
レオンは偶々そこに居合わせて、完全プライベートな気分で店に来た所だったから、ちょっと近付き難い空気を感じて遠目に見てました。
クライヴはガブとオットーから「急ぎ案件だからシド捕まえてきてくれ!」って言われて、前にシドに連れて行かれた、他の人は知らない行き付けの店を梯子して行き付いた所。
この日以降、時々シドを迎えに来るクライヴとレオンがばったりしたり、レオンの知ってるシドの話したりして、レオンとクライヴも話するようになったら楽しいな……私が。

[16/シドクラ]合図の指先



シドはよく他人の頭を撫でる。
それが彼にとってコミュニケーション術のひとつであり、信頼の証であり、情の示し方なのだろう。
だから、娘のミドはとくにそれを表現されるし、ハグやじゃれあいのキスもよくある。
ミドの方もそれを判っているし、父に愛されていると体感できるからか、彼女自身もスキンシップは好きだから、余すことなくそれを受け止めていた。

年齢上、立場上とあってだろう、シドは大抵の人の頭を撫でる。
女性に対しては、礼儀として、其処まで気安くすることはないが、空気や場面として問題ないと見做した時には、軽くぽんと撫でたり、肩を一瞬軽く叩いたりと言うことがある。
その時には決して過度ではなく、また相手の反応もよく見ているから、平時は専ら紳士的な距離感を保っているし、その信頼感あっての行為だ。
故に相手が不快になったり、不信感を持つことは先ずないと言って良い。
男に対してはもっと気安く、社の部下の殆どは、彼に頭を撫でられたことがあるだろう。
古くからの友人に対しては、肩を組んだり、酒を飲み交わしたりと言う具合だ。

クライヴも、よくシドから頭を撫でられる。
仕事で少々失敗してしまって落ち込んでいたり、悩ましい案件で頭を抱えている時など、「ちょっと気を紛らわせろよ」と言うように、クライヴの頭を撫でた。
その時のシドは、幼い子供を慰めると言うよりは、叱られた犬猫をあやすような風があった。
実際、シドにとってはそう言う感覚なのかも知れない。
お前は仕方のない奴だな、と言うように、苦笑しながらぐしゃぐしゃと頭を掻きまわすものだから、クライヴはシドから頭を撫でられるというのは、そう言う“あやす”時のものだと言う認識がある。

とは言っても、シドがクライヴを全くの子供扱いしている訳でもない。
会社での扱いはれっきとした社会人を相手にするそれだし、任される仕事については、それなりに責任を伴うものである。
色々と手をかけて貰った経緯があるものだから、手のかかる奴だ、と思われているのは否定するまい。
だが、それはそれと言うもので、だから簡単な仕事しか任せない、と言うことはないのだ。
十年以上もブラック会社に勤めていたという経緯を持ち、思考停止気味だったとはいえ、其処で有能ぶりを発揮しながら働いていたクライヴだ。
能力についてはシドから見ても申し分のないものであり、クライヴ自身、そうと思っている訳ではないが、生来の真面目ぶりで手を抜かない性分だから、幸いにも相応の結果はついてきた。
そうすればきちんと給料にもその結果は繁栄されるし、案件終了の祝いと言ってシドが持ってくるのはアルコールの類だ。
その酒の席から、同じベッドに入ることも含めて、シドはクライヴをちゃんと“大人”としても扱っている。

だからシドが他人の、クライヴの頭を撫でると言うのは、一番はやはり、信頼と情の証なのだ。
よくやった、と褒めるように、或いは労うように、彼の手は人の頭を撫でる。
それで良い顔で笑ってくれるんだから、誑しだよなぁ、と言ったのはガブである。
クライヴも、全く同感だ、と頷いたのを覚えていた。

年相応に皺も浮かび始めたシドの手は、存外と大きくて温かい。
手のひらの温度が高い人間は心が冷たい───元々はその逆の人を慰める言葉だったのだろうが、じゃあ逆に、と広がった言葉のなんと身勝手なものか───と言うらしいが、シドを見ていたら、それのなんとバカバカしいことか。
道端で倒れていた男を拾って面倒を見たり、職にあぶれて食うに困った男をその場で即会社に引き入れたり、酷い環境にいた者を強引にでも其処から離して守ったり。
それのサポートを昔から続けているオットーには、ご苦労様と苦笑を送るしか出来ないが、とは言えオットーの方も、シドがそう言う人間だと判っているから、長年付き合っているのだろう。
この馬鹿みたいに懐が大きくて優しい男のやる事を、無駄にはさせるまいと思う程の人望が、このシドと言う男にはあるのだから。

だから多くの人は、シドに触れられる事、頭を撫でられることを嫌がりはしない。
始めこそ大なり小なりの戸惑いの反応はあるが、他者にも分け隔てなく行われるそれに、慣れもあって段々と拒否する意味もなくなるのだ。
クライヴも、やたらと頭を掻き撫ぜられるのを「やめろ」と言いはするものの、実際の所、其処に嫌悪感がある訳でもなかった。
どちらかと言えば、子供扱いされることへの反発、と言うのが正しい。
その癖、くしゃくしゃと撫でる手は温かくて、なまじ滅多にそう言うことをされた経験もなかったものだから、どうにも離れがたい心地良さと言うか、安心感のようなものを感じてしまう。
そう言うものを自分が感じていると、とかく敏い男に気付かれたくなくて、辞めろとその手を振り払う仕草をするのも、クライヴの本音にあることだった。

そして、クライヴに限っては、もっと別の理由でその手を振り払えない時がある。



夜になっても気温が下がらない、湿度も高いというものだから、空調はフル稼働させないとやっていられない。
風呂で一日の汗で汚れた身体を洗い流し、すっきりさっぱりとした気分で涼しい部屋に戻ってきて、ふう、と一息。
まだ水分を含む髪を、肩にかけたタオルで気持ちの作用程度に拭きながら、クライヴは水分を摂りキッチンへと向かった。

冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのペットボトルを片手に寝室へ入ると、シドがベッドで本を読んでいる。
ベッドヘッドに背中を預け、少し絞ったスタンドライトの灯りを頼りに、少し厚みのある専門書を読んでいるのは、本の虫であるシドのよく見る姿だ。

じぃっと本を見つめる目は真剣で、また何かの技術書かな、とクライヴは思った。

娘のミドにも受け継がれている事だが、シドは何かと新しいもの好きで、その中でも特に、機械系の技術の進化に目がない。
その技術進化に関する本とは、何も新しい記述に限らったものではなく、古くからあったものについても貪欲で、何処からか古書を手に入れては延々と読み耽っているものだった。
どうして古いものまで調べるのかと尋ねれば、「技術は歴史の積み重ねだ。何の機能がどうして求められたのか、それを良くする為にどう改良されていったのか、知るのは面白いもんだ」とのこと。
元が勤勉な質でもあるだろうし、趣味に関しては凝り性な所もあるから、この類のものは、時代や種類を問わずに掻き集めるので、本棚はその手のもので溢れている。

この手のものにのめり込んでいる時、邪魔をするのは良くないとクライヴは知っている。


(……今日はなしかな)


明日は会社が休みの日だ。
当然、社長であるシド含め、其処で働く者も休みであるから、詰まる所、クライヴは今夜を少々期待していたのだ。
まだ知って間もない、共有する熱の心地良さと言うものは、どうにも忘れ難くて、日に日に焦がれて欲してしまう。
しかしそれに感けて夜更かしをし過ぎる訳にもいかないから、それを求められる日と言うのは限られていた。
だから、明日が休みなら、と言う期待が少しばかりあったのだが、


(これを邪魔するのは悪い)


じっと本を見つめるシドの横顔を見ながら、クライヴは眉尻を下げて苦笑する。
会社の立場もあり、人望もありで、どうやってもシドは忙しいのだ。
読書が好きなのに、こうした隙間の時間くらいしか耽る事が出来ない訳だから、クライヴは諦めと共に恋人の趣味の時間を壊すまいと思い直した。

とは言え、クライヴ自身、このまま寝てしまうには少々時間が早い。
クライヴも読書は嫌いではなかったから、部屋の隅の本棚から適当に物を取った。
シドのように難しい本は無理だが、小説だとか、物語を綴られた類なら、暇潰しには使える。

熱は諦めはしたものの、自分のベッドに入る気にはならなくて、クライヴはシドのベッドの端に座った。
きしりと小さな音が鳴ったが、シドは何も言わなかったので、気付かなかったか、許されているという事だろう。
クライヴは其処で本を開いた。

ファンタジーな世界で繰り広げられる、壮大なドラマを綴る文字を、じっと見つめる時間。
それが一時間程度は過ぎた頃に、クライヴはふと、項のあたりを何かがくすぐっている事に気付いた。


「────?」


文字へと集中していた意識が完全に削がれ、首の後ろのくすぐったさに引っ張られる。
其処に右手をやってみれば、くすぐったさの元に、人の指が遊んでいた。

振り返れば、当然ながら、唯一の同居人がいる。
ずっと本を見ていた筈のヘイゼルの瞳がクライヴを映し、何処か楽しそうな表情を浮かべながら、彼の指がクライヴの首筋にかかる黒髪を遊ばせていた。

本に没頭しているとばかり思っていたシドの突然の戯れに、クライヴの眉間に皺が寄る。


「なんだ?」
「いやあ、何ってことはないんだがな」


項を擽る指を払うクライヴだが、そうすると今度は、後頭部をわしっと掴まれた。
うわ、と急なことに声を上げるクライヴに構わず、シドはぐしゃぐしゃとクライヴの髪を掻き乱す。


「濡れてるぞ。お前、そこそこ髪の量多いんだから、ちゃんと乾かさないと風邪引くぞ」
「別に、放っておけば乾くだろう。おい、こら」
「タオルあるならもうちょっとまともに拭いておけ」


シドはそう言うと、クライヴが肩にかけていたタオルを取って、しっとりとした黒髪を拭き始めた。


「おい。子供じゃないんだ、自分で出来る」
「子供じゃないなら、最初からきっちりやって来い」


尤もな事を言われて、クライヴは唇を尖らせた。
その表情は、クライヴから見て後ろにいるシドには見えていない筈だが、この男はとにかく敏い。
クライヴは努めて表情を隠すように意識して、下唇を軽く噛んで堪えていた。

抵抗を辞めて大人しくなったクライヴに、シドは悠々とした手付きで、髪を拭く作業を続ける。
本はもう良いのかとクライヴが視線だけを動かしてみると、ベッド横のチェストの上に、彼が開いていた本が栞を挟んで閉じてある。
更にその横には時計があり、もうそろそろ日付を越える頃だと言う事が判った。


(……髪を拭くのが終わったら、寝るか)


熱の期待もない代わりに、ゆったりと静かな時間だった。
存外これも悪くはない、と頭を拭いている恋人の手に、現金な気持ちも沸いていた。

────と、すっかり油断していたクライヴの耳の後ろを、するりと滑る指があって、思わずクライヴの肩が跳ねる。
其処は常時の際に何かとシドが触れる場所だから、その感覚を体が覚えているのだ。
思いもよらぬタイミングでやって来たそれに、クライヴが感覚の残る耳を手で庇いながら振り返れば、


「おう、どうした?」


にやついた顔が其処にあって、明らかに動揺しているクライヴを見て面白がっているのが見て取れる。
それがクライヴの、聊かプライドのようなものを刺激するのだが、またそれを宥めるように、シドの手はくしゃくしゃとクライヴの頭を撫で、


「大分乾いたな」


手指に絡む髪の毛に、先とは違う感触や湿度を確かめて、シドは満足そうに言った。
それからその手は、一頻りクライヴの頭を撫でた後、また耳朶の裏側へと滑って行く。


「シド、待て」
「なんだ、今日は気分じゃなかったか」
「いや、そう言う訳、でも、」


なかったけど、と言いかけて、クライヴの顔が赤くなって詰まる。
自分が期待して待っていたこと、その名残で此処に座ったことを、自分から白状してしまった。
正直に自分が熱に餓えていた事を告白したクライヴに、シドはくつくつと喉を鳴らす。

シドはいつもクライヴの頭を撫でている、その手指で、クライヴの燻ぶる熱を煽る。
耳朶の形を撫でた指が、無精髭を生やした頬を伝って、小さな唇の端を掠めた。

もう完全にこの男が“その気”なのだと言う事は、クライヴにも分かる。
しかし、他人への世話気質については多少強引にでもそれを押し通す男だが、懐に入れた者に対して、無理強いの類は絶対に良しとしない。
だからクライヴが此処で嫌だと主張すれば、いつものようにクライヴの頭を撫でて終わりにしてくれるのだろう。
この、唇を掠め、耳朶の裏側を擽って合図を送った、この指で。

紅い顔で視線を彷徨わせ、なんとも言い難い赤い顔のクライヴの米神に、シドの唇が柔く触れ、


「で、どうする?」


あくまで選択権は委ねる男に、クライヴは苦虫を放り投げて、その首に腕を絡みつかせた。





『お付き合いしてしばらく経ってから、シドからのお誘いがどんな感じか』のリクを頂きました。

日々のスキンシップからの、クライヴに対してだけやる仕草みたいな。
頭を撫でるのは色んな人にやるけど、耳を触ったり、口の周りに触れたりとかはクライヴだけ。
そう言う所を触り始めたら合図、と言う感じの二人になりました。

[16/シドクラ]信護の先



ことに無茶をする奴なのだと言うことは、長くはなくても分かるほど、無茶をする人間だと思った。
そうでもなければ、十三年と言う時間の中を、泥の中で生き続けることは出来なかったのだろうし、そうさせる程に、彼が抱えた闇は昏かったのだ。
死すら安いと思う程、己の罪を深く深くその根に刻んだ男は、泥から解放されて尚、タールのように淀んだ世界を掻き分け続けている。

その割に、性根は全くと言って良い程、擦れていない。
根本的に育ちが良いからなのか、それにしたって真っ直ぐ過ぎるな、とシドは折々に思う。
亡国となったがそれなりに影響力の大きかった国の下、嫡子として生まれた以上、決してその環境は、手放しに良かったとは言えまい。
勿論、食うに不自由のない環境と言うのは、この大陸に置いて、数多の人間が喉から手が出る程に欲しがるものだ。
ただ、その代償と言うのか、それが約束されていた代わりに、普通の人間が望まれる筈もないことを望まれ続けていたと言う事を、シドは読み取ることが出来る。
ある意味、その時点でもっと歪みが出ていても可笑しくなかったと思うのだが、敢えて幸いと言うべきか、彼────クライヴ・ロズフィールドはそう言ったこととは無縁だったようだ。

彼は騎士だ。
それは彼自身の骨格そのものになって、彼自身を真っ直ぐに鍛え上げて行ったのだろう。
弱きを、君主を、その身を持って守るものとして、彼と言う剣となった。
それは環境を、人生を捻じ曲げられて尚、折れる事も枯れる事もなく、クライヴ・ロズフィールドと言う人間を作り上げている。

……とは言え、それを理由に度々の無茶を許しておく訳にもいかない。
一応は彼を手元に引き入れる切っ掛けを与え、仮宿に過ぎなかった筈の巣に戻ってきたのを受け入れた者として、これは指導が必要だと思ったことがある。



ダルメキア方面から運び込む予定を組んでいた物資の運搬の護衛に、クライヴを指名したのはシドだ。
ダルメキアは商業が盛んな地であり、其処からクリスタルロードや海を使って、同盟国であるウォールードとの交易も盛んである。
この為、様々な物資───鉱物、香辛料、クリスタル、ヒト即ちベアラーなど───の移動が多く、それを狙った野盗も砂漠のあちこちに隠れている。
勿論、餓えた獰猛な魔物もいるので、護衛なしに砂漠越えをするのは全くの悪手と言うものであった。
シドとオットーもその事はよくよく知っているから、其方の方面から荷の回収を予定する際には、必ず腕の立つ者が同行できるように調整している。

その甲斐あって、荷物は無事に隠れ家まで到着したのだが、どうもその道中、厄介な魔物に襲われたらしい。
報告によれば、種類としてはパンサーだが、異常なほどに大きな個体が群れを引き連れて襲ってきたのだと言う。
どうも砂漠の奥地の方から移動してきた群れのようで、最近、その地域周辺を急速に荒らしまわっていたものだとか。
一行は運悪くそれに鉢合わせてしまい、クライヴがそれと応戦することで、何とか逃げ果せて来たのだそうだ。

そのような事態に見舞われながら、全員が欠ける事なく隠れ家に帰ってきたことは、シドにとっては不幸中の幸いだ。
荷物は、食料の類が少々齧り取られたが、これは別の方法で補えば何とかなるだろう。
だが、換えの利かない要因がしばらく療養を余儀なくされたことは、痛手と言えば痛手であった。


(ま、それ自体は仕方がない。働き過ぎも確かだし、こうでもなけりゃ休まんだろう、あいつは)


そう考えるシドの頭に浮かんでいるのは、クライヴの顔だ。

フェニックスゲートから隠れ家へと戻ってきて以来、存外と面倒見の良い性格と、根の素直さに人望を見出されることが増えて、クライヴは隠れ家の仲間たちから、よく頼まれごとをされている。
以前はベアラーとして長らく過ごしていた為、命令から逃れられない思考と、惰性めいた生き方から、断るのが面倒、と言った雰囲気もあったが、近頃はそれもない。
困っているなら手助けしよう、と言う、お人好しぶりが滲み出るようになって、方々から良い意味で頼られることが増えていた。
それ自体は、彼と、その傍にいる事の多いジルにとっても、良い変化と言えるだろう。

ただ、それはそれとして、クライヴは何かと無茶をするのが良くない。
頼まれごとを存外と気軽に引き受ける傍ら、其処で起こる魔物や野盗との遭遇で、一番危険な場所を買って出る。
それは彼自身が“自分のやれることはこれだ”と見極めているからなのだろうが、如何せん、彼が挑む戦闘に着いていける者が少ない。
それこそ、同じドミナントとしての力を持つシドやジル、相棒として彼を追い続けるトルガル位しかいないのである。
今回はジルの同行もなかったので、クライヴは件の魔物の群れを、ほぼ一人で与ることになったのだ。


(昔からのことだが、人手の問題はいつまでも尽きないな)


燻らせていた煙草を吐いて、シドは短くなったそれの火を消した。
灰皿に押し付けた火が完全に消えて、シドは自室を後にする。

シドの足が向かうのは、医務室だ。
一昨日、件の荷運びの護衛から帰ってきたクライヴは、帰還して直ぐに怪我人の確認をしようと現れたタルヤに見つかり、そのまま医務室へと連行された。
大丈夫だと本人は訴えたそうだが、周囲の誰もが止めなかったのは正解だし、タルヤが強引に連れて行ったのも当然。
目に見えて解る傷と、赤と黒の旅装でも分かるほどの() が浮き出ていたのだから無理もない。

其処から二日が経ったのだが、クライヴはまだ医務室で過ごすことを余儀なくされている。
外に出ると、隠れ家を回って何くれと仕事を探そうとするので、タルヤの許可が出るまでは医務室に軟禁することになったのだ。

だから今日も、行けばその顔が見れるだろうと扉を開ければ、思った通り。


「よう、クライヴ。具合はどうだ」


其処には、診察用の椅子に座り、ロドリグに新しい包帯を巻かれているクライヴがいる。
クライヴはシドがやって来た事に気付くと、首だけを動かして此方を見て、


「問題ない」
「あるわよ」


さらりといつもの顔で言ったクライヴに、部屋の奥から険の滲む声が飛んできた。
無論、タルヤのものである。

タルヤは赤髪を掻き揚げながら、呆れを隠さない溜息を吐いた。


「縫合が必要な傷だったのよ。二日三日で治るものじゃないわ」
「同感だ。痛みも熱もないのは良いが、楽観するなよ」


釘を差すシドとタルヤに加えて、クライヴの隣では、ロドリグが包帯を変えながらうんうんと頷いている。


「フェニックスの祝福なのかしら、貴方は確かに、治りも早いけど。それでも深手を負って死なない体って訳じゃないのよ」
「ああ。すまない、タルヤ。その、ロドリグも」


顔を顰めて言うタルヤに、軽率な負傷患者への怒りを感じたのだろう。
眉尻を下げて詫びるクライヴは、その態度だけ見れば、真面目な患者と言える。
タルヤの方も、彼が判っていない訳ではない、と感じているのか、ひとつ溜息を吐いて話は此処までとした。


「それで、シドはどうして此処に?何かあった?」
「いや。こいつにちょっとお説教をと思ってな」


ぽん、とシドはクライヴの頭に手を置いて言った。
それを聞いたクライヴが、「説教?」と判りやすく顔を顰める。
面倒くさいと言わんばかりの表情は、クライヴがシドにのみ向ける、やや子供じみた表情であった。

タルヤは手短にねと言って、ロドリグを呼び、薬棚のチェックを始めた。
処置が一通り済んだクライヴは、聊か腑に落ちない表情をしながら、病衣代わりの絹服に袖を通している。
その動きは特に傷を庇っている様子もなく、あれだけ酷い傷を負っていた割りに、もう何ともなさそうだった。
実際、彼自身の基準で言えば最早問題のないレベルなのだろうが、それこそが過信と言うものだと言うことを、シドもいつか言わねばならないとは思っていた所だ。


「さて、クライヴ。座ってで良いから聞いとけ」
「……なんだ?」


渋々と言う顔で、クライヴはベッドの端に座ってシドを見上げた。
シドは適当に壁に寄り掛かって、クライヴを見て言う。


「お前の腕は確かに買ってるし、頼りにしてる。お前もそれなりに自負はあるんだろう。だから色々と、厄介な敵の方を引き受けようってしてるのも、俺としても助かってる」
「……それは、別に。俺にはこういう事しか出来ないから、やれることをやってるだけだ」
「ああ、それで良いさ。適材適所は俺も反対しないし、お前に厨房に入れってことも言わんよ」


ただな、とシドは続けた。


「誰かを守るとか、逃がす為に、お前が死んじゃ意味がない。お前はもっと自分を大事にする癖をつけるんだな」
「………」
「お前がいなくなれば、悲しむ奴も、困る奴もいる。今なら少しは分かるだろう?」
「……それは、……ああ」


シドの言葉に、クライヴは何も抵抗はしなかった。
クライヴの頭には良く知る顔が浮かんでいることだろう。
それだけでなく、この隠れ家で共に暮らすことを受け入れた人々の事も。

隠れ家で過ごす者の中には、刻印を除去し、外で魔物退治や荒事を引き受けて皆を守ることを仕事にしている者もいるから、そう言った者を始めとして、時には死に別れる者もいる。
ザンブレクの皇都や、マーサの宿や───一見すれば安全と思われる場所ですら、不慮の事故や、何らかの悪意によって、突然身近な人が喪われることもある。
この優しくはない世界で生きていく中で、それは逃れようのない事実だ。
その優しくない事実から、知り合えた人々を守る為に剣を取り、危険を承知でそれを引き受けてくれるクライヴの存在は、シドにとっても、隠れ家の仲間たちにとっても、有難いものだった。

かと言って、クライヴが傷付いて良いとか、若しかしたら死んでも良い、なんて事はない。


(だが、他人を守るって事は多分、こいつにとっては矜持なんだろうな)


心持ち俯いて、少し気まずそうに、膝に置いた拳を見詰めているクライヴを見て、シドはそう考える。

元々、クライヴは“フェニックスの騎士(ナイト) ”なのだ。
騎士の名の通り、主君であるフェニックスのドミナントは勿論、そのドミナントが帰属するもの───失われた公国ロザリアとその民───を守るのが、クライヴに課せられた役目であった。
それを少年の頃に失い、挙句に自分自身が主君であり何より大事な存在であった弟を手にかけた現実が、クライヴが握り締め続けて来た“騎士(ナイト) ”の誇りを黒く塗り潰した。
既に過去となったその出来事は、クライヴに重い事実と罪を課し、恐らく、一生晴れる事はないだろう。
それを忘れたり、なかったことにしたり、或いは済んだことと置いていくことは、クライヴ自身が許すまい。

そして、大事なものを守れなかった傷は、今もクライヴ自身を膿んでいる。
恐らくは、それもまた、クライヴが何かを無茶をする要因にもなっているのだろう。


(守りたい。失いたくない。守り切ってみせる、今度こそ────そんな所か)


これはシドの想像ではあるが、概ね大きく外れてはいまい。
騎士(ナイト) であるクライヴにとって、“護る”と言うことはそもそもの本懐なのだ。
崩れてしまったその本懐を、今再び彼は己の信のひとつとして、積み上げ直している真っ最中。
その為に、無理をしてでも何でも、“護ろう”とするのだろう。

クライヴがそう自覚しているか、何処までシドの想像が当たっているかは、本人にしか分からないことだ。
シドは敢えて其処を確かめようとはしなかった。
代わりに、俯き気味になってしまったクライヴの黒髪を、ぐしゃぐしゃと掻き撫ぜてやる。


「頼りにはしてるんだ。だから、出来るだけ長いこと、頼らせて貰う為にも、無茶は程ほどにしておけ」
「……ああ。努力しよう」
「返事だけは良いんだがなぁ」


相変わらず、返事だけは真っ当な優等生だ。
だと言うのに、土壇場になると無茶も無謀も厭わないのだから、全く困るとシドは苦く笑う。
クライヴの方はと言えば、そんな反応をされるのは心外だ、と言わんばかりに眉根を寄せている。

ともあれ、言うべきことは言ったし、伝えておけば、彼の頭の端に少しくらいは意識が芽生えるだろうと期待して。
シドはもう一度、クライヴの頭をくしゃっと撫ぜて、


「お説教は以上だ。後はお大事にな」


そう言うと、流石に何度も頭を撫でられて癪に障って来たか、クライヴは唇を尖らせてシドの手を振り払った。
シドは空になった手をひらひらと遊ばせながら、医務室を後にする。

ついでにラウンジにでも寄って行こうと、下り階段へと伸びる道へと進みながら、シドはやれやれと肩を竦める。


(当分は、こっちで大事にしてやるしかないんだろうな)


十三年間、自分を大事にすることは勿論、誰の何も持たないようにしてきたクライヴだ。
自分自身すら捨て鉢に使えた時間が長いものだから、身を守る為のブレーキ意識と言うものは、本当に最低限しか働いていない。
ベアラーとして長らく使い潰されてきたのだから、それで此処まで生きてきただけでも大したものだが、人生はまだまだ続く、続いていかなくてはならない。
ドミナントとして目覚めた彼の生が、何処まで進んでいけるのかはシドにも分からないが、


(俺より先には、逝かせてやりたくはないもんだな)



胸の内にのみ留めるその呟きを、シド以外の人間が知る事はない。





自分で自分を大事に出来ない(やり方が分からない、すっぽり抜けてる)クライヴと、年長者として見てられんなあと思いつつ放っておけないシド。

シドはキングスフォールでドミナントであるとクライヴに明かした時点で「老兵」と自虐混じり、アルティマニアから18歳で覚醒して既に40代後半なので、体の負担としてもクリスタル破壊の目的としても、先が長くないのは分かってたんだろうなあと思ってます。
そんなシドから見て、確かに波乱の人生してるけど、クライヴはまだ若い(FF16の世界観だとこの歳で死ぬことも多そうだけど)んだから、自分より先はやめろよなって思ってる。と良いなと言う妄想。

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