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Category: FF16

[16/シドクラ]清明の芽



新入生代表の挨拶を任された、と家族に報告した時、父は頬を綻ばせ、弟はすごいと喜んでくれた。
母はいつもと変わらない表情で、「恥のないようになさい」と言って、クライヴは背筋を伸ばして「はい」と答えた。

中学生の間、クライヴは努めて優良な生徒であるように過ごしたと思う。
勉強は勿論のこと、生徒会役員としても精力的に役割をこなし、三年生の時には生徒会長に任命された。
部活動は時間が取れそうになかったので入ることは叶わなかったが、生徒会として色々な所に顔を出す機会があり、其処から縁もあって、運動部には助っ人と言う形で一時的に数に入れて貰うことがあった。
お陰で各部で何が求められているのか、何が悩みとなっているかを直に聞くことが出来たのは、クライヴにとって知見が拡がる縁となった。
生徒会役員であるから、と言うのもあったが、教師の手伝いをすることも多く、大人からの信頼も少なからず得ることが出来ていた。
クライヴにとって、それらは自然的にやっていた事でもあるが、そうあれと望まれている自分を知っていたからでもある。

由緒代々続く、ロズフィールド家の嫡男に生まれた者として、相応しい人間であれ。
それが物心がつく頃から耳にしていた言葉で、特に母はその点において厳しい目を向けていた。
体の弱い弟が生まれると、母の情は其方に傾向し、クライヴのことはそれ以前よりも構わなくなったが、放逐されている訳でもない。
また、遡れば、父もクライヴ同様に家を継ぐ者として、背筋を律して生きて来たと聞く。
そんな両親を見て育ったクライヴであるから、自身も彼らの顔に泥を塗ることのないよう、立派な人間になろうと努力するのは、当然の帰結であったのだ。

まだ生地の固い感触がする制服に身を包み、春休みの間に考えた、挨拶文をしたためた原稿用紙を、真新しい鞄に入れて家を出る。
入学式で行われる挨拶の際の段取りを確かめる為、クライヴは他の新入生よりも少し早い時間に学校へ到着した。
歴史の長い学校とあってか、門扉は少し古めかしく重々しい黒鉄の様相をしており、さながら城門のようである。
在校生は既に教室で授業が始まっているようで、校舎の窓が所々開け放たれていた。
初めて見る校舎やグラウンドの景色を、クライヴは落ち着きなく見回しながら、新入生入り口として案内板が立てられた玄関へと向かう。

玄関前には、数人の大人───教師と思しき人が立っている。
若年からベテランと分かる人が混じって話をしていたが、その内の一人がクライヴを見付け、


「お。新入生か?」


無精な髭を生やした男性がそう言ったのが聞こえて、クライヴはその場で背筋を伸ばして頭を下げた。
それから小走りで玄関前へと近付くと、教師たちは、クライヴを見付けた男に「じゃあよろしく」と言って散って行く。

残った男性教師は、玄関奥へとクライヴを促しながら、改めて確認に言った。


「新入生代表だな?念の為、名前を頼む」
「クライヴ・ロズフィールドです。よろしくお願いします」


もう一度、クライヴはぺこりと頭を下げる。
きちんと腰を曲げて、綺麗な角度で挨拶をするクライヴに、教師はおう、と手を挙げた。


「俺はシドルファス・テラモーン。担当科目は化学だ。ま、よろしくな」
「はい」


自己紹介と共に、テラモーンの右手が差し出される。
握手だと気付いて、クライヴもすぐにそれに応じた。
節のある手がしっかりとクライヴの手を握った瞬間、ふわりとクライヴの鼻腔に独特の苦みの匂いが届く。

嗅ぎ慣れない匂いのそれに、一体なんの匂いだろう、と頭の隅に思いつつ、クライヴは「こっちだ」と歩き出したテラモーンの後に続いた。


「現場に行く前に、クラス表を見て置いた方が良いだろう」


そう言ったテラモーンが向かったのは、生徒用の昇降口だ。
この学校では、昇降口は複数あり、生徒数が多いこともあって、学年ごとに使い分けられていると言う。
クライヴが案内され、今クラス表が張り出されている場所が、新一年生の利用する昇降口だそうだ。
新入生は今日に限っては玄関口から入るが、明日からはこの昇降口を利用することになる。

四枚の大きな模造紙に印刷されたクラス表に、ずらりと生徒の名が順に綴られている。
クライヴはざっとそれを見渡して、自分のクラスを確認した。
「確認できました」と言うと、テラモーンは頷いて、今度は入学式の会場となる講堂へと向かう。

校舎の一階には教職員室の他、校長室や保健室、事務室が並んでおり、教室は二階から上にあるようで、人の気配は少なかった。
あと一時間もすれば始まる入学式の為、教師が右へ左へと忙しくしているが、それ位のものだ。

校舎から伸びる渡り廊下を辿って、辿り着いた講堂は、厳粛な雰囲気に包まれていた。
まだ誰も座っていない沢山に椅子の間で、数人の教師が、何かを確かめるように会話をしている。
クライヴはそれを横目に見ながら、時折教師たちの視線が此方に向くのを感じつつ、テラモーンに続いてステージの壇上へと上がった。

ステージの中央には、マイクスピーカーを備えた教壇が置かれている。


「挨拶は其処でやって貰うことになってる。原稿は代表者が持参することになったと聞いてるが───」
「はい」


クライヴは肩に下げた鞄の口を開け、クリアファイルに挟んだ原稿用紙を取り出す。
中学校の卒業式後、新入生代表の選出の連絡を受けてから、母校の教員に添削を協力して貰い、書き上げたものだ。
テラモーンに内容を見せる必要があるかと尋ねてみると、彼は顎に手を当てて考える仕草をして、


「まあ確認する必要はないんだが……リハーサルするついでに、ちょっと聞かせて貰おうか。練習もした方が、ぶっつけよりは緊張しなくて済むだろう」
「リハーサル、ですか」
「式の流れも確認して置いた方が、いつ出番が来るかって肩肘張らんで良い。取り合えず、あっちの一番前にでも座って、其処からだ」


テラモーンがステージ前に並ぶ椅子を指差したので、クライヴは壇上から下りた。
無難に一番前の端に座ると、テラモーンは懐から取り出したプリントを開いて、


「あーと……新入生が入場したら、校長の挨拶があって。諸々やって───新入生代表は、来賓の紹介の後になる」
「はい」
「“新入生代表挨拶”で名前を呼ばれたら、席を立ってステージに上がれば良い」
「分かりました」


クライヴの返事に、テラモーンは「じゃあ始めるぞ」と言った。
プログラムを読み上げるアナウンスに則って、クライヴの名が呼ばれる。
すっくと立ち上がる瞬間、俄かに緊張の鼓動が跳ねるのを、クライヴは努めて平静を保つようにと心がけた。




リハーサルを行ったのは、クライヴにとって幸いであった。
本番は独特の緊張感があり、沢山の眼が此方を見ていると言う事実が、クライヴの息を詰まらせる。
ステージを下りて自分の席に戻った時には、どっと疲れがやって来て、クライヴには珍しく、椅子の背凭れに深く埋まったくらいである。
それでも、リハーサルの時にテラモーンはささやかにアドバイスしてくれたし、お陰で本番はスムーズな流れで出番を終えることが出来た。

晴れの入学式が無事に終わると、新入生は教員に先導されて、自分のクラスの教室へと戻る。
教室では早速めいめいと交流が始まっており、座った席に近い所同士で自己紹介をしたり、中学以前からの付き合いであろう面々がグループを形成していた。
クライヴはと言うと、代表挨拶を無事に終えたと言う安堵で、しばし自分の席で休んでいた。
しばらくするとクラス担当の教師がやってきて、明日以降の授業日程や、校内の案内図や諸注意事項の説明等が行われる。

頒布物等が行き渡ると、新入生としての一日は終わり、生徒は教室外で待っていた保護者とともに帰宅することになる。
クライヴもその流れに則って、家路につこうと今日限りの出入口となる、校舎の玄関へ向かっていると、


「クライヴ・ロズフィールド」


名前を呼ばれて振り返ると、数時間前に見た顔が其処にあった。
クライヴは今日の大役を終えて休息モードに入ってしまった頭をどうにか動かして、その人物の名前を思い出す。


「テラモーン先生」


今日一日の流れを説明し、アドバイスをくれた人の名だ。
間違えないようにと頭の中で再三確認してから名を呼ぶと、テラモーンは苦笑するように口端を上げて、


「シドで良い。その方が短くて簡単だしな」
「えっと……はい。シド先生」


目上の人間を、下の名前、それも略称で呼ぶことにクライヴは少々抵抗が過ったが、当人からそう呼んで良いと言うのだ。
当人なりの生徒への配慮かも知れない、ならばそれを無碍に断るのも良くないだろうと、クライヴは慣れない感覚を堪えて呼んでみる。
するとテラモーン───シドは満足げに目尻を和らげた。


「代表のお勤めご苦労さん。上手くやれたじゃないか」
「そうですか?ちょっと、詰まった所があって……もう少し綺麗に読めたら良かったんですけど」


シドの言葉はクライヴにとって有難いものだったが、とは言え、クライヴは少々心残りな部分があった。
挨拶の全文のうち、僅かな所ではあるが、読み詰まってしまった所があったのだ。

しかしシドは、「そうかねぇ」と言って頭を掻く仕草をして、


「聞いてる分には、何も問題なかったと思うぞ。俺が今までに聞いた挨拶の中じゃ、一番だ」
「ありがとうございます」


そう褒めちぎられても、クライヴはなんと返して良いかよく判らない。
けれども、折角の言葉を否定するのも悪い。
シドがそう言ってくれるのなら、その言葉は素直に受け取ろうと、クライヴは感謝を述べた。
それを受けたシドがなんとも言えない笑みが浮かべるのを見て、クライヴはことんと首を傾げる。

───さて、とシドが気を取り直すように言った。


「新入生はもう帰るもんだと思うが、お前さんとこの親御さんはどうした?外にいるのか?」


多くの生徒の保護者は、入学式後のホームルームの間に、教室の外に迎えに集まっていたが、中には玄関外のグラウンドで待っていた者もいる。
玄関口までクライヴが一人で来たと言うことは、とシドはそう思っていたようだが、クライヴは小さく首を横に振った。


「自分の両親は、今日は来ていません。うちは小さい弟がいるもので、目を離す訳にいかなくて」
「両親の両方ともか?」


クライヴの言葉に、シドが微かに眉根を潜める。

息子の高校入学式、それも新入生代表の挨拶を任されたとなれば、門出の晴れ舞台だ。
当人は勿論、保護者にとっても緊張も一入に迎えるものだろう、と言うシドの想像は外れてはいないのだろう。
一般的に言えば、母親だけでもその姿を見届けようと列席する事が多いに違いない。

ただ、クライヴの環境が、そうした普通の感覚とは聊か異なることを、彼は知らないのだ。


「弟は体が弱くて、今朝も熱を出していたんです。母はそれで付きっ切りで。父は、仕事が忙しくて」
「……」
「父は、最初は来てくれる予定ではあったんですが……緊急のことだったので、仕方なく」


こう言ったことは、クライヴにとって珍しくはない。
入学式、参観日、運動会───保護者の列席が希望される場に、両親の姿はない。
父はクライヴが生まれた時から仕事に忙殺され、それでも時間を捻出しようとしてはくれるが、如何せん、どうにもならない事は多かった。
弟ジョシュアの体調も、日々分からないもので、毎日の薬が手放せないし、急に熱を出すことも少なくない。
母は弟に強く愛情を注いでいるから、彼に何かあれば、付きっ切りになるのは常のことだ。
寂しくないのかと問われれば、そんな気持ちが全くないとは言えなかったが、我儘を言っても彼らを困らせてしまう。
それで両親が冷えた空気になれば、ジョシュアもそれを感じ取り、歯痒い表情をさせることになる。
それはクライヴの望むことではない。

クライヴの言葉を聞いて、シドはなんとも言えない表情を浮かべている。
じっと見つめるヘイゼルの瞳は、物言いたげであったが、其処に何の言葉があるのか、クライヴには読み取れない。
なんとなく、心配されているような気配だけは感じられて、クライヴは努めて笑顔を浮かべて言った。


「両親には、見て貰えなかったけど。シド先生のお陰で、代表の挨拶をやり切ることが出来ました。ありがとうございました」


朝にそうしたように、クライヴは腰を曲げて深く頭を下げて感謝を述べる。

今朝、一人で家を出る時にも、父からは参列ができないことに、「すまない」と詫びを貰った。
新入生代表の挨拶に選ばれて、それをやり遂げる姿を、見て欲しかった───入念に準備をしている間、そう思っていたことは否めないが、こればかりは仕方がない。
クライヴは密かな我儘を押し殺して、せめてきちんと役目を果たせたと言う報告が出来るように努めよう、と気持ちを切り替えた。
結局、肝心な場面でクライヴは読み閊えてしまったが、シドからは問題はなかったと言って貰えた。
今日はこれを糧に、両親への報告をしようと思っている。

自分なりに十分と思うまで感謝に頭を下げて、ようやくクライヴは顔を上げた。
と、そのタイミングで、ぽん、とクライヴの頭に何かが乗せられる。
そのまま、頭の上のもの───どうやら人の手だ───は、くしゃくしゃとクライヴの髪を掻き撫ぜた。


「うあ、」
「成程な。お前さん、一人で随分、頑張ってた訳だ」
「あ、あの。別に、そんな、」


当惑するクライヴに構わず、存外と大きな手は、遠慮なしにクライヴの髪を乱していた。
今朝、綺麗に撫でつけて整えた髪が、無造作なハネを作って行く。

ようやくクライヴが自由になった時、黒髪は奔放な遊びをあちこちに残していた。
きっちりと上から下まで乱すことなく着込んだ制服姿なのに、髪の毛だけが元気になっている。
アンバランスなその状態で、目を丸くしたまま固まっている少年に、シドはにっと笑いかけ、


「お疲れさん。今日は胸張って帰りな。お前は十分、よくやったよ」
「え……あ」


さっきまでクライヴの頭にあった手が、トン、とクライヴの胸を突く。
その感触と同時に、シドの言葉がすとんと身の内に落ちていく感触があった。


「じゃあ、気を付けて帰れよ。一人なんだから、尚更な」
「は、い」


ひらりと手を挙げて別れの挨拶とするシドに、クライヴはぽかんとした顔のまま、辛うじて返事をする。
踵を返して廊下を向こうへと去って行く背中を、少年はじっと見つめながら、自分の頭に手を遣った。





新生活が始まっていますね、と言う時期なので、15歳クライヴと若シドで学パロをやってみた。
多分シドは三十路前後。授業が分かりやすい、生徒とよく話をしてくれて相談ごとにも乗ってくれる、と言うことで人気が高い先生。
15歳クライヴは優等生タイプだろうと思っています。そんなクライヴに、周りは良くも悪くも信頼をしていて、「彼なら一人でも大丈夫だろう」って言う距離感。クライヴ自身もそうあろうとしている。
なので周りから、余程でなければ無理に回りが手を出さなくても良いだろう、ってなっているクライヴに、普通の子供と同じように褒めたり注意したりするシドがいたら良いな─って思いました。

後にクライヴも教師になって、シドの元教え子として同じ学校で教鞭取ることになったら良いじゃんって言う妄想。

[16/ジョシュクラ]記憶の衣に覗く淵



石の剣によって保護され、隠れ家へと運び込まれた男は、「助けてほしい」と息絶え絶えに言った。

頬に刻印のある、ザンブレク軍の兵装を身に着けたその男は、部隊が魔物に襲われた混乱の中で、本隊から逸れたことから逃げ果せて来たと言う。
深い傷を負っていたのは、魔物に襲われた時と、それから逃げる道程とで、散々な道を取った所為だろう。
崖から滑り落ちて動けなくなっていた所を、魔物討伐の任務の帰りだった石の剣が発見した。
もうあそこには戻りたくない、生きていたい、と微かな意識の中で呟いた男を、同じ人生の沼から救い出された者たちは、直ぐに隠れ家へと連れて帰ることを決めた。

その最中、男は何度も言っていたのだとか。
仲間がいる、友達がいる、ベアラーになる前から親しくしていた者が、同じ部隊に。
救われるのなら、あの泥沼から掬い上げて貰えるのなら、彼も一緒が良い、そうでないと────と涙を浮かべる。
どうやら、男は後天的にベアラーとして見付かったらしく、その時、幸か不幸か、よく一緒に遊んでいた友人も発現したことで、同時期に収容所へと連れて行かれたのだそうだ。
お陰で過酷な訓練、些末な環境の中でも、一人きりではない事が微かな希望となって、二人で生き延びて行くことが出来たと言う。
だから、此処で自分だけが救われるのは可笑しいと、魂の片割れを求めた。

ベアラー兵の扱いと言うのは、何処であれ使い捨ての駒であるから、過酷な任務ばかりだ。
狂暴な魔物と遭遇すれば、正規軍の攻撃を誘発する為の囮として、魔物の餌にならなくてはならない事も多い。
クライヴも十三年と言う月日をそんな環境の中で過ごしていたから、よくよく知っている。

ベアラーを助けることに、異議を唱えるものはない。
だから直ぐに、男からの情報を元に、現地へと向かう部隊が整えられたのだが、問題は件のベアラー兵が所属する部隊が、常にザンブレクの正規軍と共に行動していると言うことだ。
直に向かえば確実に衝突が起こる。
戦闘自体は誰もが視野に入れている話ではあったが、問題は其処に至るまで、どうやって件のベアラー兵とコンタクトを取るかだ。
クライヴたちと戦闘になれば、正規軍はまず間違いなくベアラー兵部隊を先駆けて突撃させるだろうし、下手をすれば肝心の助けるべきベアラー達を殺めてしまう可能性もある。
なんとか策を取って、件のベアラー兵と意思疎通を図るタイミングが必要だった。

────そこで、クライヴを始めとして、石の家から数人、ベアラー兵を装う作戦を取る事にした。

カローンやイサベラの伝手を借り、ザンブレクのベアラー兵が使う兵装を用意する。
クライヴ他数名はこれを身に着け、頬には膠を練り込んだ墨を使って、ベアラーの刻印を描く。
ベアラー、魔法を扱えることを悟らせない為、焼きとった筈の刻印を、偽物とは言えもう一度そこに記すことに、苦みのある表情を浮かべるものは少なくなかった。
もっとも刻印を身近に見ているとして、偽のそれを描く作業を引き受けたタルヤも、なんとも皮肉めいた作戦概要に溜息を漏らしている。

ベアラーであったこと、その為に凄惨な環境にいたことは、隠れ家に住む人々にとって、まだ遠くない記憶であることも多い。
ベアラー兵のふりをすることも、それらしく振舞うことも、進んでやりたいことではないだろう。
それを分かっているから、クライヴ自身がそれを引き取ることにした。

────懐かしいと言えば、懐かしいのかも知れない。
ベアラーとしてザンブレク軍に従事せざるを得なかった、五年前まで身に着けていた、ザンブレク軍のベアラー兵の兵装を身につけながら、クライヴはそんなことを思う。

打った鉄と鎖帷子で固められた兵装は、父から受け継いだ旅装束に比べると、随分と重さがある。
防備に優れたと言えばそうなのかも知れないが、些末な造りであることも確かで、鋭い獣の爪にズタズタにされるのもよくある事だった。
ベアラー兵の装備の支給など、大概は使い回しや下げ物だから、碌に手入れ修繕されていないので、見た目の割りに存外と脆いのである。
ブラックソーンに初めて会った時、装備を見て「酷い様だ」と顔を顰めたのも、さもありなんというものだ。

五年ぶりでも、装備の手順は意外と覚えているもので、クライヴは用意された兵装に手間取ることなく着替えを終えた。
厚みのあるグローブがごわついた感触を訴えて、少しくらいは馴染ませられないかと、右手を握り開きと繰り返す。
手首のベルトを締めれば少しはマシか、と調整を試していると、


「兄さん、入るよ」


コンコン、とノックとともに聞こえた声に、クライヴは「ああ」と答えた

部屋に入って来たのは、ジョシュアとトルガルだ。
トルガルはクライヴの下まで近付いて来ると、しばらくぶりに見る主の様相に首を傾げながら、鼻
を近付ける。
すんすんと他人の色濃い匂いがするであろう兵装の中から、確かにクライヴの匂いがあるのを確認している。

ジョシュアは普段の服装ではなく、カローンとグツから借りた、行商人を真似た格好になっている。
腰には、外に出る際には携帯している剣ではなく、丈夫な革のバッグや麻袋。
眩い蜜色の髪には、生成り色のバンダナを巻いている。

ジョシュアの青い瞳が、彼にとっては初めて見る、兄の姿を認め、


「準備は出来たみたいだね」
「ああ。……今回は留守番だぞ、トルガル」


膝元にすり寄って、匂いを移す仕草をしているトルガルに、クライヴはその頭を撫でながら言った。
トルガルはグゥゥと不満げな声を漏らすが、賢い狼は駄々をこねる事もない。
少し拗ねた様子でデスク下で丸くなるトルガルに、帰ったらおやつだな、とクライヴは思った。

そんなクライヴの横顔を、ジョシュアはじっと見つめている。
そっと伸びたジョシュアの手が、クライヴの左頬に触れた。


「ジョシュア?」
「……」


指先を掠める程度、傷むものに触れるかのような弟の指先。
どうかしたのかとクライヴが声をかけるも、ジョシュアはじっと眇めた両目でクライヴの横顔を見ている。

ジョシュアの指が、つぅ、とクライヴの頬を滑った。
クライヴは、その指が辿っているものが何なのか、はたと思い出して、眉尻を提げてジョシュアの手を取る。


「ジョシュア、墨が落ちる」
「……ああ。ごめん、つい」


咎める兄に、ジョシュアは眉根を寄せながら俯く。

クライヴの頬には、タルヤが墨で書き込んだ、ベアラーの刻印がある。
本来ならば、飛竜草の毒と混ぜたインクで入れ墨として彫り込むが、そんなことをしては二度と取れなくなってしまうし、隠れ家ではそれを除去する手段があるとはいえ、危険を伴う行為だ。
あくまで作戦に必要なだけだから、汗程度では容易く落ちないよう、脂と膠を練り込んだ、落ちにくいインクで描き塗ったに過ぎない。
とは言え皮膚の上に乗っただけのインクだから、強く擦れば落ちてしまう可能性もあるので、出来るだけ触れない方が無難なのだ。

クライヴの頬に昔あった刻印は、この五年間のうちに、取り除いてある。
除去手術の痕が残る頬に、上塗りする形で刻印を描き込んでいるが、多少の歪みはともかく、遠目に見れば偽物とは気付かれないだろう、とガブたちは言っていた。

クライヴはグローブのサイズ調整を終えて、他にも箇所の動き具合を確認する。
元が自分用に誂えたものでもないから、多少の不自由は仕方がないと我慢するしかないだろう。
戦うのに邪魔にはならないようにと意識しながら、一通りの準備を終えた。


「……よし、これで大丈夫だろう。あとは……」


武器は普段使っているものが好ましいが、ベアラー兵があまり上等な武具を持っているのも怪しいか。
ブラックソーンかカローンの所で、適当に何か、なまくらでも良いので誂えさせて貰おうかと考えていると、


「………」


じい、と見つめる強い視線に、クライヴはちらと其方を見遣る。
思った通り、自分と同じ青色の瞳が、つぶさに此方を映していた。

噤んだ唇に指を当てて沈黙しているジョシュアだが、存外とその瞳はお喋りである。
整った眉根が微かに寄せられている所を見るに、考え事をしているのは明らかだったが、それよりも視線が何やら強い。
ひしひしと注がれる熱視線は、何かを言おうとして堪えている、と言う様子に見えた。


「───ジョシュア。何か気になることでもあるのか?」
「え?……あ、いや……」


クライヴが視線に気付いていることに、気付いていなかったのか、そんなことも考えないほどに脳内会議に没頭していたのか。
兄に声をかけられたジョシュアは、しどろもどろとした様子になったが、逆に見つめる側になったクライヴの視線に、気まずそうに俯いて言った。


「……話には、聞いていたんだけど。こうだったのかな、と思って」
「こう?」
「……その……兄さんが、ベアラーだった頃の……」


ジョシュアのその言葉に、クライヴの肩が微かに揺れる。

頬の刻印、ザンブレクのベアラー兵装────確かに、五年前の自分と同じ井出達だ。
自分でもそれは分かっていたことだが、ジョシュアの、他者の口からそれを言われて、改めて記憶の底から感覚が掘り起こされる気がした。

何もかもを喪い、ただ生きて、復讐することだけを唯一の目的にしていた、あの頃。
薄暗い場所で寝起きをし、水鏡に映る頬の刻印を見る度、どうしようもなく自分の無力に打ちひしがれていた。
死の安らぎを受け入れることがなかったのは、終ぞ、運が良かったのだと言う他ない。
訓練とは名ばかりの過酷な日々を過ごし、穴倉の中で幾つも躯が転がって行くのを横目に見ながら、ただ復讐を果たすことだけを糧に、一日一日を生き延びた。
その過程でプライドも尊厳も手放したことを、今更後悔などしてはいないが、


(……“あれ”の代償を知ったのも、この頃だったか)


生き延びる為、その手段の是非を選ぶことも、とうに意味を失くしていた。
どんな屈辱だろうと、生き延びた意味も見いだせず、目的も果たせず死ぬよりは良いと選んだ、泥水の啜り方。
そんな自分を知っている人間は、最早幾らもいないだろうが、何より誰より知っている自分自身だけは、どうやっても切り離せないものらしい。

喉の奥に競りあがる感覚を、静かに飲み下して沈殿に戻す。
意識的にそうしなくてはならない位には、この記憶は深く重く昏いものらしい、と再確認のように自覚する。

────ひた、とクライヴの頬に触れるものがあったのは、その時だ。
はたとクライヴが顔を上げれば、随分と近い距離に、弟の端正な顔がある。


「すまない、兄さん。変な事を言って」
「あ────いや。大丈夫だ、何と言うものじゃない」


ばつの悪い顔をしたジョシュアは、きっと自分の言葉の所為で、クライヴが嫌なことを思い出したと考えているのだろう。
確かにきっかけと言えばそうかも知れないが、クライヴはジョシュアに対して、はっきりと首を横に振った。

だがジョシュアは、クライヴの刻印のある頬に緩く触れながら、痛ましい表情を浮かべて見せる。


「もっと早く、兄さんを見付けられていたら……あんなにも長く、苦しませなくて済んだかも知れないのに」


懺悔に似たジョシュアの言葉に、クライヴはまた首を横に振った。


「その頃、お前は酷い状態だったんだろう。それこそが俺の責任だ。俺自身の事は、お前が気にすることじゃない」
「僕は、ただ寝ているだけしか出来なかったんだ。兄さんが辛い思いをしている間にも。見付けて、助け出して、もっと早く再会できていたら……」


ジョシュアの言葉は、独り言めいている。
既に過ぎてしまった過去の選択に、今更別の可能性を探したところで無意味だと言うことは、彼もよく分かっているだろう。
それでも考えずにはいられない程に、彼にとっては、潜まざるを得なかった二十年近い月日と言うのは、尽きない後悔に抉られずにはいられないのだ。
増してや、その頃のクライヴが、誰の手も届かない泥沼の底にいた事を思えば、尚更。

クライヴは陰の落ちたジョシュアの頬に、そうっと手を伸ばした。
厚みのある革の手袋で覆われた手で触れると、いつもの体温が直に感じられなくて、少しもどかしい。
それでも、触れる感触は伝わっていたから、今此処に弟がいると言うことが、クライヴにとっては何よりの喜びを感じさせた。


「大丈夫だ、ジョシュア。俺は今、此処にいるし、お前も一緒にいる。“あの頃”とは違う」


ザンブレク軍のベアラー兵として生きていた頃。
傷を癒す為に生きていることしか出来なかった頃。
お互いが生きていることすら知らず、憎しみと、悲しみと、後悔だけを抱えていた時間は、もう終わった。

ジョシュアは頬に触れる兄の手に、自分自身の手を重ねた。
鳴れたはずの兄の手が其処にあるのに、いつもと違う感触であることが、どうにも嫌だ。


「……兄さん。少し、これを外しても良い?」


頬に触れる、皮手袋越しの手。
普段の黒の旅装と、ガントレット越しならばさして気にならない筈なのに、今日だけはどうしても駄目だった。

見つめるジョシュアの言葉に、クライヴは頷いて、先ほど締めたばかりの手首を緩める。
グローブを外せば、ジョシュアの見慣れた、消えない小さな傷をあちこちに残した、兄の手のひらがあった。
それがもう一度、自身の頬へと触れてくれるのを確かめて、ジョシュアはほうと息を吐く。


「……ああ。うん。兄さんの体温だ」


呟くジョシュアに、クライヴの唇が緩められる。
頬に触れる体温にジョシュアが安堵する傍ら、クライヴもまた、手のひらに直に触れる弟の体温と言うものに、そこはかとない喜びと愛おしさを感じていた。

ジョシュアの手がもう一度、クライヴの頬に触れる。
両の頬を包んだその手の指先が、クライヴの左頬の刻印を擦るように滑ったが、咎める声はなかった。





鉄拳8×FF16コラボで兄さんが参戦。
これでクライヴのスキンにノーマル、2Pカラー(ノーマル服の色違い)、ベアラー兵装、DLC衣装とあった訳ですが、衣装着替えだけなので、顔は33歳で統一されていた訳ですね。
なので33歳がベアラー兵装を身に着けている訳ですが、なんかそれはそれで良いな……とか思いまして。
どうにかして着せたいのと、昔を思い出してしまう兄と、それを見てもやもやする弟が見てえな~!って思ったのでした。勢い万歳。

[16/シドクラ]雨に始まる

フェニックスゲート事変直後、15歳クライヴがウォールードに拾わるとしたら的な話。
※続く予定はありません




強襲も奇襲も、シドにとっては難しいことではない。
押して潰すのならば、もう随分と前に目覚めた雷帝の力を振るえば良いし、策を用いるのならば、長年培った経験と頭を巡らせれば良い。
幸いなことに、部下にも恵まれている。
騎士長など言う立場は、らしくもないと思ってはいるが、この地位は恐れ多くも国王から拝命されたものだ。
安易に蹴る訳にもいかないことは、若い時分でも分かっていたいたし、今となっては諸々の都合をつけるにも、この立場は使い勝手の良いものなので、存分に権威を借りている。
正面から慕われることについては、まだ少し、照れ臭い。

資源を求めての出兵は、此処数年は落ち着いていた。
とは言っても、灰の大陸は既に半分以上が黒の一帯に飲み込まれ、人が営みを作っていける場所と言うのは、大陸の北方部にしか残っていない。
どういう訳だか───恐らくは絶対的な力の支配によって───、灰の大陸に暮らす蛮族たちは、ウォールード王に対して逆らう事はしない。
戦と言うのは、金もかかるし、食もかかるし、維持するだけで莫大な資産がつぎ込まれて、長引くほどにジリ貧になる。
それを思えば、風の大陸ならば領土の奪い合いが延々と続く相手となる蛮族が、此方の指示に従い、平伏して過ごしてくれるのは幸いなことだった。
部族の一部が剣を取り、圧政に抗わんと攻勢を仕掛けて来ることはあるが、大抵はシドが、ついでに玉座から重い腰を上げた王が動けば終わる話だ。
不老の王によって建国されたウォールードが、ほぼ完全に灰の大陸の覇者となってから幾年月、召喚獣オーディンそのものである覇王に剣を向けると言うのは、派手な自殺のようなものだ。
あれに対抗できる力があるとすれば、風の大陸の各国にいるドミナント……つまりはウォールード国王やシドの同輩とも言える、召喚獣のみと言うことだろう。

現在、ヴァリスゼアでは、五人のドミナントが確認されている。
斬王オーディンを宿す国王バルナバス、雷帝ラムウを宿すシド、これがウォールードの最大戦力。
ダルメキア共和国では、8年前に土の召喚獣タイタンが覚醒し、皇国ザンブレクでは教皇シルヴェストルの息子である第一王子がバハムートのドミナントであると分かった。
そしてロザリア公国にて、第二王子が生後間もなく、炎の召喚獣フェニックスのドミナントとして目覚めたとされている。
ドミナントは八大属性に一人ずつ顕れると言われているが、一時代にすべてのドミナントが揃うことは滅多にないと記録されていた。
現在、五人の覚醒が同時に確認されているだけでも、数としては多い方だろう。
その内、二人が同じ国の中に在り、別の二人はまだ齢十と言うことを考えると、単純な最大戦力の差として、ウォールード王国は他の追随を待たないパワーバランスを作り出していた。

以前は王自らが戦の陣頭指揮を行い、更にはオーディンのドミナントとして幾重もの山を───比喩でなく───切り払ったと言われている。
実際、シドもその頃に、流れの傭兵としてウォールードに籍を置き、外大陸への出征にも出ている。
それが何をどうしたのだか……いや、召喚獣ラムウのドミナントとして覚醒したのが大きな理由だろう、バルナバスは当時二十の頃であった若造を、騎士長へと祀り上げた。
元が傭兵気質なものだから、縛られるのは少々気質に合わない所はあったが、給金が良いのが文句を引っ込めた。
その頃には、ウォールード国内にも知り合いがそれなりにいたし、嫌になったらいつでも辞めれば良い、と見様によっては寛大な王の言葉もあって、引き受けることにした訳だ。
そんな遣り取りから、そろそろ、二十年が経つ。

騎士長などと言うものをやっているから、ウォールード王国の戦の系譜は全てこの眼で見ている。
産出資源の類が限られる灰の大陸において、民を食わせるには、食料に関する問題は常に付きまとうものだった。
質の良い鉱脈はあれども、山岳地帯に湿地帯と言う組み合わせの地形のお陰で、田畑に使う土地の開墾は容易ではない。
マザークリスタル・ドレイクスパインの周辺は、海に近い事もあって海産物はそれなりに穫れるが、灰の大陸は広い。
嘗ては南部にも、マザークリスタル・ドレイクアイがあったと言われているが、それは既に消滅しており、恩恵は望めない。
まだ生きている鉱脈も、いつかは掘り尽くしてしまうことを考えると、明日食う飯を得る為は勿論、内海を挟んで対立構造にある風の大陸の諸外国に飲み込まれない為に、力を振りかざすことになるのは、当然の帰結だと言えた。


(それにしたって、今回の出兵命令は急だったな)


命令を受けてから半月の今日、シドは風の大陸の中央部にいた。
野営の為のキャンプを敷き、夜を明かしたら、更に西へと向かうことになっている。

天幕の向こうで、見張りの兵士たちが定期的に見回りに出る足音が聞こえていた。
騎士長と言う立場のお陰で、就寝用に天幕ひとつを独り占めできると言うのは、有難いものだ。
このまま朝まで何事もなければ万々歳、と思うが、大抵、そう言う望みは叶えられない事が多かった。

此処はザンブレク皇国とロザリア公国の国境沿いだ。
領土としてはロザリア公国に与しており、両国ともに首都とは遠い場所にある為、山一つ二つを挟んで寒村がある程度で、ひっそりとしている。
この二国は、ダルメキア共和国も含めて、ウォールード王国に対抗する為の協定が締結されているから、言わば友好国同士だ。
国境沿いを厳重に警備する必要もないので、シドにしてみれば、警備はザルも同然────なのだが、


(……国境そのものを越えるのは訳がなかったが、ザンブレク側が少し妙だったな。何を考えている?)


シドの部隊が、そうと分からぬようにザンブレク皇国~ロザリア公国の国境を越えたのは三日前。
その前日、シドは旅商人の一行を装ってザンブレク領内を堂々と横断したのだが、その時、クレール・ビューの進軍道で、物々しいザンブレク軍の部隊を見たのが引っ掛かる。
野盗を退治に向かうにも、あそこまでの数は揃えないだろう。
斥候に出した部下からの報告によれば、あの時見た軍隊は、更に大きな部隊と合流し、ロザリア公国の方へと向かって行ったと言う。

きな臭い、とシドは揺れる煙草の煙を見詰めながら思う。
そもそも、何の為にロザリア公国へ行けと命令されたのかも、シドはよく分かっていないのだ。
任務については、『ロザリア公国とザンブレク皇国の動きを探れ』と言う話だが、それなら諜報の部隊を出せば良いものを、騎士長であるシドを監督に据えたのだ。
王命ならばとシドは応じたが、どう考えても戦力過分に思えたし、加えてザンブレク軍の奇妙な動きを見付けたものだから、首の後ろがちりちりとする。


(何もなきゃ良いんだが)


そんなことを思う時ほど、何かが起きるものだ。
虫の報せではないが、大概のパターンとして、世の中はそう言う風に出来ているのだ、不思議なことに。

シドは毛布を手繰って目を閉じた。
与えられた仕事を終えるまで、余計なことが起こらないことを祈って。




祈りは結局の所、大した意味はなく、事件は起こった。
夜半に何処からともなく聞こえた轟音に、シドは勿論、キャンプにいた兵士も全員が跳ね起きた。
ともかく全員に戦闘態勢を整えさせて、人数を揃えて八方へと走らせると、程なく異変の原因と思わしき方角を特定する。

ロザリア公国領内北部で、大規模な火災と爆発が起こっていた。
急ぎ高台になる場所へ向かって確認すると、生い茂る森の向こうで、火柱が何度も何度も噴き出している。
地図で方角を確認すると、ロザリア公国で重要施設と管理されている、フェニックスゲート砦だった。
前日に先行させていた斥候が命からがらに戻って来、報告を聞けば、出征前のならわしの儀式の為に駐屯していたロザリア軍を、ザンブレク軍が襲撃したと言う。
国際協定の反故、つまりは侵略の始まりと見做す行為だが、ウォールード王国に属するシドにとっては、その行いの是非についてはどうでも良いことだ。
だが、風の大陸が乱れる切っ掛けとなるのは間違いなく、此処からヴァリスゼアと言う世界が大荒れになることは、シドには直ぐに予測できた。

ともあれ。

この状態でシドがやるべきことは、早馬でこの出来事を王へと届けることと、此処からロザリア公国とザンブレク皇国がどう動くかを探ると言うこと。
フェニックスゲート砦での被害状況によっては、ロザリア公国の今後は碌なものではなくなるだろう。
同情はしない、戦争とはそう言うものだ。
覇王オーディンの唯一無二の剣閃によって、前身となる国を滅ぼし、建国されたウォールードとて、同様の経緯を辿って今に至るのだから。
シドはグループでの隊を組ませて、多方面に兵を散らし、ロザリア公国内の動きと情報をいち早く把握するようにと努めた。

その最中のことである。
一人の兵士が気になるものを見付けた、と言ってシドの天幕にやって来た。


「馬車が横転してるって?」
「はい。恐らく、この周辺に生息している大型の魔物にやられて、崖を落ちたのだと思います」
「それがザンブレク軍の一隊だと」
「旗持がいまして、その旗にザンブレク軍の紋章が」
「息は」
「遠目には、ありません。崖を滑り落ちたようで、救助もないかと」
「………」


報告を聞いて、シドは眉間の皺を深めた。
特に問題があるような報告ではなかったが、遺体が回収されずに放置されているなら、情報の元手には成り得る。
ザンブレク軍が何の為にフェニックスゲートを襲撃したのか、恐らくは現地にいた筈のフェニックスのドミナントや、現大公の生死について等、調べなくてはならない事は多かった。

シドはしばし考えたが、直に見た方が早いと判断した。
留守を守衛の兵士に預け、伝達兵に話の馬車がある場所へと案内させる。

ザンブレク軍によるフェニックスゲート襲撃の翌朝から、周辺には雨が降り続いていた。
昨日は一時ではあるが、前が見えない程にけぶる雨にもなったから、川の周辺などは増水していて少々危険が増している。
道幅の狭い崖ともなれば、足を滑らせれば一直線に転がり落ち、高さによっては怪我で済まないだろう。

馬車は、谷合の中にある川の袂にあった。
馬車を引いていたチョコボは、荷の重みで諸共に落ちてしまったのだろう、繋がれたまま打ちひしがれて動かない。
その周囲に、馬車の転落に巻き込まれたと思しきザンブレク兵が数名。
報告の通り、遠目で確認する分には、動いている者はなかったが、昨日から今も降り続けている雨に晒され、血の類は概ね洗い流されてしまったようだ。
荷車は大破しており、どうやら相当な高さから落ちたようで、この分では、同行している部隊が人を割いてまで援けに来ることはないだろう。


「荷物と装備を調べろ」
「はっ」


荷車ひとつの荷物の中に、どれほどの資材と装備を積んできたか。
作戦を終えて後退する荷馬車の中は大したものは入っていないだろうが、積んできた物資のおおよその数が把握できれば、計算して作戦に使われた兵隊の人数規模も読める。

シドも現場へと下りて、壊れた荷車に近付いた。
車輪や木板が無秩序に折り重なった中に、鎧を身に着けた兵士の躯が数人。
作戦を終えて、移動中に交代の休息を取っていた者は、落ちる馬車から逃げる暇もなく、地面にぶつかって死んだ───そんな所だろう。
不運な人間と言うのは、いつどんな時にでもいるものだ。

何か有益なものはないかと、シドが足で雑に荷車のなれの果てをどかしていると、


「……う……」


小さく呻く声が聞こえて、シドは耳を澄ました。
粒の大きくなって来た雨音の中で、ようく耳を欹てると、もう一度小さな声が聞こえる。

ぱしゃり、と水の跳ねた音に其方を見れば、がらくたになった荷車の陰から、這いずり行こうとしている影がひとつ。
腕に力を入れて、どうにか地面を這って進んでいるそれに、シドはざくざくと足音を隠さずに近付いた。
その音が聞こえたのだろう、這いつくばる影から焦った気配が伝わって、


「────っ!」
「!」


ぼうっ、とシドの目の前に炎が飛んできた。
人間の拳大と言った大きさの火の玉に、思わずシドが上半身を反らして避けると、鮮やかな火球はそのまま雨の空へ。
煌々とした七色の火は、きらきらと綺麗な火の粉を散らしながら、三秒程で消えてしまった。

火の消えた空を瞠って見ていたシドだったが、げほ、と吐く音に我に返る。
音のした方を見れば、影───少年が蹲って何度も咳込んでいた。


「おい」
「っは、げほ、っが、ふっ、あがっ……!」


駆け寄って手を伸ばすシドから、影は逃れようと身を縮こまらせる。
ぜひぜひと喉を鳴らす口端からは、赤い色が零れていた。


(馬車の中にいたのか。一緒に落ちて────全身打撲でもしてるかも知れんな)


下手に動かさない方が良い、とシドは判断した。

咳込む体は、大人と言うにはまだまだ早く、手足は長くも逞しさにはやや足りない。
雨に濡れた黒髪は、砂埃に塗れて乱れてはいたが、身動ぎしても抜け落ちない辺り、栄養価はちゃんと巡っているらしい。
しかし、奇妙なのは、装備がザンブレクのそれではない。
よくよく見ると、細かな細工に炎や卵を暗示するものがあり、これは“炎の民”と呼ばれるロザリア公国で好んで用いられる意匠であった。
しかし一兵士の鎧に比べると軽装にも見えるし、ベルトの革などは丁寧に鞣されている。
先の火球───魔法を使った所から考えるとベアラーかと思ったが、それにしては身綺麗だ。
ロザリア公国では、現大公エルウィンの思想の影響から、ベアラー兵にもそれなりの武具を身に着けさせることはあるだろうが、


(いや、待て。こいつは────)


ロザリア公国の意匠が施された装備品。
乱れてはいるが、整えられていた名残のある髪と、その隙間に覗く左耳のカフス。
そして、放たれた鮮やかな炎の魔法。

まさか、とシドは目を瞠る。
伝え聞いていた話しか知らないシドには確証がないが、しかし情報パーツは確かにそれを示唆している。
その上で、此処までの状況を考えると、どうしてこんな場所にと疑問が沸く。

が、それに意識を任せている暇はなかった。


「が、は、あっ……!あ、うぅ……ごふっ、う、」


何度も咳込む少年の口から、ごぽっと鮮血が吐き出された。
しまった、とシドは思考に囚われていた自分を叱る。


「動くな。今治療師を呼ぶ」
「……ぐ、は、が……!」
「こら、待て。取って食おうってんじゃない、助けてやると言ってるんだ」


逃げを打ってかもがく少年を、シドは肩を掴んで抑えた。
こんな状態で無理にでも動けば、骨に罅でもあれば折れるだろうし、それが内臓に刺さる可能性もある。
とにかくじっとしていろ、とシドは言い聞かせたが、


「ふ……っ、ふー……っ!ふぐ、ぅー……っ!」


青の瞳が、ぎらぎらと猛禽類のように耀いている。
今にもシドの喉笛に噛みつかんとばかりに、その目は殺意と憎悪に満ちていた。

開いた口から、かは、と血が漏れる。
それにも構わず、少年の喉が震えた。


「……して…やる……!ころして……やる……!!」
「………」
「じょ、しゅあ……を……ころ、した……!ばけ、もの…め……!!」


ぐ、と強い力がシドの胸倉を掴んだ。
喘鳴を繰り返しながら零れた少年の言葉は、世界のすべてを燃やさんばかりの憤怒を吐いている。

青の瞳が映しているのは、シドではないのだろう。
今の少年の言葉から読み取れるのは、かの地にいた筈の幼いドミナントは、死んだと言うこと。
何がどうしてどうやって、と言う所までは分からないが、それさえ理解できて、この少年が身に着けているものから察するものが正しければ、成程、そんな言葉も出て来るだろうと言うことだ。

少年の有様を見れば、いつ死んでも可笑しくはないように見えるが、それでも彼は生きている。
ころしてやる、ころしてやる、と呪いを吐きながら、その呪いの力によってのみ、その心臓は動いていた。


(だが、このままだと結局、死ぬ)


体がどれだけのダメージを受けているのか、目に見えている所だけでも酷い有様だ。
荷馬車がいつ此処へ転げ落ちたか知らないが、それからずっと雨に打たれていたのなら、体温も下がっているだろう。
碌な身動きも取れないこの状態では、遅かれ早かれ、この灯火は潰える。

シドはひとつ溜息を吐いて、少年の肩にもう一度手を添えた。


「落ち着け。お前が殺さなきゃならない奴は此処にはいない」
「っはー…はー……っ、はー……っ!」
「だから少しだけ、休んでろ」


その言葉の直後、少年の躰には雷が迸り、青の瞳が零れんばかりに見開かれた。
電流は少年の全身を走った後、臥した地に逃げるように流れて行き、パリッ、パリッ、と世過分の放電を散らして消える。
虚ろになった瞳から光が消えて、かくん、と首が垂れ落ちた。

シドは少年の躰を極力動かさないように努めて、胸元に手を遣る。
とく、とく、とく、と規則正しい鼓動がゆっくりと続いているのを確かめ、ふう、と安堵の息を漏らした。
それから、意識を失っても、自身の胸倉を掴んだままの少年の手を見て、ゆっくりと目を伏せる。


「復讐だろうが、なんだろうが。先ずは生きなきゃ何もならない」


呟きを聞かせるべき少年は、青を瞼の裏に閉じている。

シドは医療術師を呼ぶ用に指示して、上着を脱いで少年の躰に被せた。
傍にある川の水がじわじわと水量を増し、のんびりしていると鉄砲水にでも襲われそうだ。
出来るだけ負担をかけないように注意して、シドは意識のない少年の躰を抱き上げた。




東京にて、本日シド&クライヴプチオンリーが開催されておりました。おめでとうございます。
現地に行けない環境なもので、此処でひっそり賑やかしに。
プチオンリーイベントの開催が発表された際、現地参加については最初から考えていなかったのですが、出来たらタイミング合わせて本が出せたらなと思っていました。
色々と私事環境が忙しく、本どころか話も中々書けない状況になってしまったのですが、書けるならこういう話を書きたかったと言う供養です。

原作世界で、シドがウォールードを出奔していない、クライヴがそんなシドに拾われてウォールード兵として成長しているのが見たいな~とか言う夢があります。
流れとしては、フェニックスゲート事変の直後、ウォールードの密かな介入でクライヴがウォールードに攫われた後、ベアラー兵になってからシドが自分とこの直属部隊(メンバーは大体隠れ家の人たち)に引き入れたり、33歳クライヴと五十路手前引退手前なシドが話してたり、シドクラに王とアルテマが絡んで七面倒くさくなったりとか言う構想だけありました。
いつか書けたら良いなと思いつつ、色々と設定が固まらないので、夢の夢であります。

[16/ジョシュクラ]鼓動と熱がもたらすものは



湖水の上に造られた隠れ家の夜は、とても静かなものだ。
増してや、黒の一帯の只中であるとなれば尚の事、生き物の気配と言うものも少ない。
人の声は隠れ家に住む人々のものしかなく、空を行く鳥たちも飛び行くには灯りが足りないので羽を休めているものが殆どだ。
足元の水の中は、生物が棲むには環境が厳しすぎて、どうやっても住み着く様子がないから、此処は水棲物の類とは縁遠い。
お陰で魚と言うものに触れる機会も滅多になく、此処で暮らす子供の中には、それを見たことがない者もいるのだそうだ。
過去の隠れ家を、敵の襲撃と言う惨劇で失った経験から、昼夜問わずに交代制で見張りが立てられているが、今の所は幸いなことに、形骸的なもので済んでいると言う。
だから、此処に住まう人々の大半が眠る深夜となると、隠れ家の中はひっそりと静まり返っている。

足元が水と言う関係上、夜になると此処はよく冷え込む。
暖を求めた子供たちは団子のように集まって眠り、大人も足先を縮こまらせて眠る事は多かった。
折に着けてカローンが外から良い布を調達してくれるが、物資は有限である為、誰がそれを使うかはある程度優先順位がつけられている。
先ずは病人や怪我人を抱える医務室に、出来るだけ清潔で質の良いものを使えるように工面してから、居住区や『石の剣』が使う装備類に回す。
出来る限り、“隠れ家の皆で”使えることを優先的に考えることが常であった。

その為、クライヴの部屋と言うものは質素だ。
ベッドも土台に造ったもので、街宿のそれとは比べるべくもない。
上質なものと言えば、書簡類を確認・整理するのに使っているデスクと椅子だが、あちらはなんでも、前の隠れ家の中から発掘してきたものらしい。
“前代のシド”が使っていたそれは、元々が上質なものを当該人物が気に入って愛用していたものらしく、前の隠れ家が崩壊して埋もれても、頑丈なお陰で傷が少なく済んだのが見付かったのだそうだ。
他には、協力者からの頼み事を熟したとか、そう言った経緯で譲られた所縁の品が飾られている位。
元々華美な生活環境ではないとは言え、物の少なさも相俟って、質実剛健な当たりが兄らしい、とジョシュアは思っていた。

そんな兄の部屋で、閨を共にするようになってから、しばらく経つ。
静かな波の音を聞きながら、ラウンジから貰って来たワインやエールを傾けて、他愛のない話をしてから、其処に収まるのがパターンになりつつあった。
元々の“空の文明”時代の遺跡の構造の為と、明り取りの為に空間を全てを囲う訳にはいかないから、一部の壁は常に開いている。
其処から入って来る夜風は、季節にもよるがやはり冷えを起こすもので、眠るとなると暖が欲しくなった。
それを理由に、言い訳のようにして、兄弟で熱を交わし合う。

熱に溺れる時間と言うのは、ついつい夢中になってしまうが、後の疲労も強いものだ。
セックスをした後、ジョシュアは疲れ切ってそのまま眠ってしまう事が多い。
負担があるのは、挿入される側である兄の方なのに、と申し訳なく思う事は少なくないのだが、中々後処理まで担うことが出来なかった。
それについて兄は「問題ないさ」と苦笑するのだが、ジョシュアとしては、やはり負担を強いているのは自分なので、最後まできちんとやるべき事は全うしたいと思う。
取り合えずは、もう少し体力をつけたい所だが、そもそも常にかかる自分の体への負荷が大きいものだから、これは一朝一夕には叶えられそうにない。

今日もまた、二度、三度と交わってから、終わって倦怠感に身を任せている間に、ジョシュアは眠っていた。
目が覚めた時には、壁の隙間から傾いた月が見えている。
また寝ていた、と言う事に聊かの不服を覚えつつ、未だ重さの感じる体を起こす気にもならず、少し硬いベッドの上でほうっと息を吐く────と、


「……ん……」


耳元に零れた声は、すぐ其処で眠っている兄のものだ。
寝返りを打って其方へ体ごと向き直ると、暗がりに慣れた目に、数センチの距離で兄の顔が映る。

ジョシュアは徐に手を伸ばして、兄の頬に手指を滑らせた。
重ねた年齢と苦労を表すように、クライヴの顔には年輪と髭がある。
あまり小奇麗にするにも限界がある環境だからか、クライヴは髪型も口元も無精にしており、それが独特の傭兵らしい威圧感を作っているようだった。
それでもよくよく見るとその顔立ちは整っていて、風貌の印象の割に、幼げな作りをしている。
目尻の形であったり、鼻筋の通り方であったり、子供の頃によく見ていた面影があるな、とジョシュアは思う。

そのまま、ジョシュアの指は、クライヴの頬から首筋へと下りていく。
喉を圧迫しないように、触れるだけの感覚でそうっと神経の通り道を辿って行くと、クライヴが小さくむずがるのが聞こえた。
あまり眠りが深くないのかも知れない、と思いつつも、ジョシュアはクライヴに触れるのをやめられなかった。
兄が此処にいる、触れられる距離に在る、と確認するのが、どうしても抑えきれない喜びを誘うのだ。

普段は着込んでいる外套であまり目につく事のない鎖骨に触れる。
元々、病弱だったジョシュアとは比べるべくもなく、体は健康体そのものだったクライヴだ。
ベアラー兵と言う過酷な環境にあっても、その身体は逞しく成長したようで、浮き上がる鎖骨が中々大きい。
それを爪先で、つぅ、と辿ってみると、


「…んん……」


むず痒かったのだろう、クライヴは眉根を寄せながら、ごろりと寝返りを打った。
ジョシュアの方を向いていた体が、仰向けになっている。
なんとなくそれが、自分から逃げられたような気分になって───悪戯をしているのだから自業自得なのだが───、ジョシュアはむぅと眉根を寄せた。

それ以上クライヴが逃げることを阻止するべく、ジョシュアは彼の体に身を寄せた。
幼い頃は兄を見上げるばかりであったジョシュアだが、幸いにもあれから身長は伸びて、今は並ぶ程である。
手足もそれなりに長くなった筈だし、クライヴの体を抱き締める位の事は出来る。
……出来るが、彼の体にぴったり腕が回り切らないのは、クライヴの体の厚みの所為なのだろう。

ひゅう、と隙間風が部屋に入り込んできて、ジョシュアの肩を撫でる。
俄かに感じた寒さに、熱を求めて更にクライヴへと身を寄せれば、


「……ん……ジョシュア……?」


もぞもぞといつまでも身動ぎされる気配にか、薄らとクライヴが目を開ける。
まだぼんやりとした瞳に、胸元に抱き着くように頬を寄せている弟の顔があった。


「……どうした?寒かったか」
「…そう言う訳でもないんだけど」


寒さは確かにあったが、この状態になったのは、それだけが理由ではない。
かと言って、眠っている愛しい人にささやかながら悪戯をしていたと言うのもどうだろう。
誤魔化すように厚みのある胸に顔を埋めていると、クライヴの手がくしゃりと金色の髪を撫でた。


「こうしていると、昔を思い出すな。夜中にお前が俺の部屋に来て、一緒に寝たいって言った時のこと」
「……ああ。そう言う事も、あったね」


もう十八年、ひょっとしたらそれよりも昔。
城の静かな夜と言うのは、幼い日のジョシュアにとって、何処か不安を誘う事があった。
フェニックスのドミナントとして目覚め、ロザリア公国の次期大公としての教育はとうに始まってはいたものの、本質的には十にも満たない子供である。
安堵の温もりを求め、自分の部屋を抜け出して、兄の部屋に行くのは、儘ある事だった。

その頃から、クライヴの部屋は質素なものだ。
大公の嫡男であったとは言え、只人として生まれ、召喚獣を終ぞ宿すことがなかった彼に、特別な持ち物と言うものはないに等しかった。
ジョシュアの幼い記憶の中でも、彼の部屋は最低限の物が置いてあるだけで、窓も壁も何も飾られてはいなかったように思う。
それでも、兄の存在さえあれば、ジョシュアにとって其処は何より安心できる場所だった。

クライヴはゆっくりとジョシュアの頭を撫でながら、遠い記憶に思いを馳せている。


「夏でも寒くて寝られない、なんて言うから、随分心配した。また熱があるんじゃないかって」
「もうちょっと上手い言い訳が出来たら良かったと思うよ。心配させてごめん」
「良いさ。殆どは熱はなかったし、俺も段々、一緒に寝たいだけなんだなって分かって来たし」


当時のジョシュアは、頻繁に熱を出していたから、「寒い」等と言えばクライヴが心配するのも当然だ。
薬を飲んで部屋で暖かくした方が良い、とクライヴも思ったが、結局の所、ジョシュアが「寒い」と言っていたのは、温度や体温のことではなく、気持ちの所が大きかったのだろう。
フェニックスのドミナントとは言え、まだ十にもならない子供は、いつも自分に優しくしてくれる兄に甘えたがっていたのだ。
それが分かれば、クライヴが弟の希望に応えられない訳もなく、明日の朝には部屋に戻ることを約束して、一緒のベッドで眠っていた。

あの頃のジョシュアは、よくクライヴに抱き着いたままで眠っていた。
日中のクライヴは、剣の稽古は勿論、時には討伐に同行することもあって、病弱だったジョシュアがついていける訳もなく、────母の厳しい目もあったから、近くにいられる時間と言うのは限られていた。
その寂しさを取り戻すように、埋めるように、限られた夜の時間で、精一杯に兄を補充していたのだ。

今、ジョシュアの頭を撫でているクライヴも、その時と同じ気分なのだろう。
頭を撫でる手は、ジョシュアの記憶よりも随分と大きくなったが、撫で方はあの頃と全く変わっていない。
それは、兄が変わらず兄でいてくれることが実感できて、嬉しくもあるのだが、


「ねえ、兄さん。僕はもう、小さな子供じゃないよ」
「分かってるさ。でも、こうしていると、つい……な」


目を細めて言うクライヴに、ジョシュアはなんとも言えない気持ちが浮かぶ。
小さな子供をあやすような顔で言われると、なんとなく男としてのプライドが疼くのだが、撫でる手は記憶にある以上に心地良い。
口元を埋めた状態の胸は、緊張していないからか思いの外柔らかく、弾力があった。
熱量もあるので、隙間風の冷えを嫌う体には、程よく暖かくて離れ難い。

ジョシュアの手がクライヴの体の表面を滑る。
逞しい胸筋で覆われた胸の奥で、とくとくと規則正しい鼓動が鳴っているのが分かった。

ジョシュアがちらと兄の顔を覗き見上げれば、自身と同じ青色を宿した瞳が、柔く此方を見詰めている。
愛おしむ、慈しむその表情は、ジョシュアが幼い頃にも何度も見上げたものだったが、


「兄さん」
「なんだ?」
「……もう一回しよう」
「疲れてるんじゃないか」
「問題ないよ」


言いながらジョシュアは、クライヴの胸に手を這わす。
其処にある膨らみを持ち上げるように手を添えて、頂きの蕾を吸った。
熱の名残がまだ残っていたのか、クライヴの体がぴくりと震えて、押し殺した吐息がジョシュアの旋毛を擽る。


「無理を……するなよ?」
「大丈夫だよ、兄さん」


宥めるように言ったクライヴに、ジョシュアはきっぱりと言い切った。
先の情交の疲れが全くない訳ではなかったが、触れ合う体温のお陰か、なんとなく調子が良い。
ことに幼い子供をあやすように撫でるクライヴの様子にも、聊か男のプライドが刺激されたのもあって、ジョシュアはこのまま穏やかに眠る気分はすっかり消えていた。




『ジョシュクラ』のリクエストを頂きました。
胸の大きい描写をと言う希望がありましたので、雄っぱいに顔埋めたり揉んだりしてるジョシュアです。
大きいよね、兄さんの胸は……物理的な包容力が……

よく考えるとジョシュアをちゃんと書いたのが初ですね。
兄さんに甘える癖が抜けないけど、男の矜持は見せたいのがうちのジョシュアのようです。
書きたいけど中々書くタイミングがなかったジョシュクラ、書かせて頂いて楽しかったです。

[14+16/ひろクラ]海都にて

FF14で行われた、FF16コラボイベントのストーリーを元にしています
エオルゼアに迷い込んだクライヴを、ひろしが案内している一幕……のような話

※『ひろし』とは:FF14の公式トレーラーなどで、プレイヤーキャラのイメージ格として登場する男性の日本版の愛称名




全く知らない光景だ、と道行く風景を見て、クライヴは思う。

雲一つなく遠く晴れ渡る澄んだ青空、その色を溶かし込みながら深く深くまで沁み込んだ海の蒼。
その只中に存在する、白亜色の石を幾重にも積み重ねて築き上げられた建造物は、まるで要塞のようでもあり、巨大な船のようでもあり。
其処に鉄と木材を使って、足場を広げたり、橋にしたり、必要に応じて増改築を重ねて行ったような、聊かの無秩序振りもありつつも、それがまた絡まり合いながら奔放に伸びている様子は、一種の解放感も作り出していた。
その道を右へ左へ行く人々は、統一された色やジャケットで揃えている者もいるかと思えば、全く異なった装いの者もいる。
なんとも不思議な景色であった。

見知らぬ地で目覚め、其処で出会った男に連れられ、クライヴはこの海上都市へとやって来た。
リムサ・ロミンサと言う名で呼ばれるこの地は、全域を海に囲われた島国であるそうだが、地域としては、クライヴが目覚めた場所と同じ、エオルゼアと呼ばれる地域に属しているらしい。
と、此処まで聞いてはいるものの、クライヴには全く耳に初めての話としか思えなかった。
記憶がどうにも不明瞭で、かの地で目覚めるまでに自分が何をしていたのか、何を目的として動いていたのか分からない。
そこで、一先ずはエオルゼアの地を巡り、自分の記憶にまつわるものを探しに来たのだが、どうもこの風景にはまったくもって馴染みを感じられずにいた。

全く知らない地で、何処にどう行けば良いのかも判らない訳だから、案内人は必要だった。
それについては、クライヴが倒れているのを見付けた男が引き受けてくれた。
しがない冒険者と名乗った男は、現在、黒渦団と言う名の組織の下へと赴いている。
クライヴは、終わるまでちょっと此処で待っててくれ、と言われたので、アフトカースルと言う名の大きな広場の一角で、道行く人々を眺めていた。


(……随分と大柄な者もいるが、逆に子供のような体の者もいる。俺と同じくらいの者もいる。……猫のような耳や、角や、尻尾が生えているのは……動物のような体をした者もいるな。あれは、人でいいんだろうか?)


アフトカースルと呼ばれる広場を行き来する人々の姿は、見るだに様々に違っている。
クライヴとそう変わらない体格や顔立ちの者もいるが、特徴はそれと似ていても、体格がまるで三倍も違うような大男もあった。
かと思えば、クライヴの足の長さが精々と言う小柄な身長の者がいたり(子供かと思ったが、髭を生やしている者もいるので、そうとも限らないようだ)。
体格的には標準的だが、頭の上に猫や兎のような耳が生えていたり、顔に鱗や角が生えていたり、様々な形の尻尾があったり。
それらに驚いていたら、まるで獣と変わらない頭部を持ち、ふさふさとした体毛が生えている者もいる。
多種多様な姿かたちをしたものが、縦横無尽に行きかうものだから、クライヴの混乱は収まる所か益々深まっていた。

だが、クライヴが何よりも気になるのは、道行くそれら人々が、誰もクライヴのことを深く気に留めないことだ。
時折、此方を覗く視線があるのは感じるが、誰もが深くは留まらず、それぞれの用事に追われて移動していく。
黄色いジャケットを着た大男が近くに立ち尽くし、見張りのように目を配らせているが、それも一度か二度、クライヴを見ただけで、何も言わなかった。
クライヴの頬に刻まれた刻印を、まるで見ていないかのように、まるで何も気にする必要などないかのように、意識に止めない。

それも初めは、刻印があるからこそ、気に留められないのかと思っていた。
ベアラーである以上、その存在は道具以下だから、大抵の人間はベアラーと言うものを深く気にしない。
だが、偶々目が合った猫耳を生やした女性が、にっこりと無邪気に笑いかけて来たものだから、驚いた。

『印持ち』にそんな風に無邪気に笑う人なんて、見た事がない。
少なくともクライヴはそう思った。


(……此処はやっぱり、俺の知っている場所じゃない────と言う事か)


記憶が不鮮明な部分が多い所為で、色々と確信を持てない所はある。
だが、それでも意識に根付いたように感じる、常識との剥離は幾つもあった。
クライヴの持つ感覚は、この海の街において、恐らくは異質なものであると言う事が感じられる。

目の前を小柄な人が通り過ぎて行き、その後ろに、きらきらと輝く水色の動物がいる。
生物にしては少々不思議な空気をまとわせている、あれは動物、生き物なんだろうかと、見た事のないものがまたひとつ通り過ぎていくのを目で追っていると、


「悪い悪い、待たせたな」


声がして振り返ると、クライヴをこの街へと連れて来た男が立っている。
日焼けしたような傷み気味の黒髪に、使い古した旅装束に身を包み、無精ひげを生やしてはいるが、笑うと随分と子供っぽい印象を持たせるその男。
その手には、此処を離れた時にはなかった筈の、簡素な紙袋がひとつ。


「腹が減ってないかと思って、飯を買って来たんだ。此処で評判のビスマルクって店で作ってるサンドイッチ」
「それは、わざわざ……すまない」
「良いさ、俺も腹が減っていたし。ほら、今の内に食っとくと良い」


そう言って男は、紙袋から取り出したサンドイッチをクライヴに差し出した。
瑞々しい野菜と一緒に、鮮やかな黄色の卵を、程よく焼き色のついたパンで挟んだもの。
贅沢だな、となんとなく思いながら眺めているクライヴの横で、男も同じものを頬張り始めた。
大口で豪快に食べるその様子に、クライヴは此処まで自覚していなかった空腹を感じて、隣の男を真似るように齧りついてみる。


「うん……美味いな」
「そうだろ?俺もよく世話になってる」


言いながら男は、三口、四口としている間に、サンドイッチを平らげた。
もごもごと森にいる齧歯類のように頬袋を膨らませているが、当人は苦も無く顎を動かしている。

男は、サンドイッチを食べるクライヴを見て、


「此処の景色は、どうだ。何か見覚えのあるものとか、気になるものとかあったか?」
「…気になるものと言うと、幾らでもあるにはあるが……見た事のないものばかりだ」
「ふぅん。じゃあ、海とはあまり縁がないのかもな」
「恐らく。海を知らない訳じゃないが、何か、空気そのものと言うか───違う気がするんだ、俺が知っているものとは」


問いに正直に答えると、男はふむふむと噛み砕くように頷きながらそれを聞いている。


「それに、俺のことを誰も気にしない。気にしてはいるんだが、その……気に仕方が、俺の考えるものと随分違うんだ」
「なんだ。変なのに絡まれでもしたか?ここらはイエロージャケットがいるし、GCの軍令部も近いから、治安は良い方だと思ったんだが」


悪漢にでも絡まれたかと言う男に、クライヴは首を横に振った。


「いや、そうじゃない。どちらかと言えば、逆……と言うか。偶に目を合わせる人がいるんだが、随分と屈託なく笑いかけて来るものだから、驚いた」


言いながらクライヴは、頬の刻印に手を当てる。
男はその仕草を見てはいたが、ふうん、と首を傾げるように言って、


「まあ、珍しい顔ではあるからな。此処は交易都市だし、冒険者も多いから、新顔が幾らいたって可笑しくはないけど」
「そうなのか」
「冒険者は色々金を落としてくれるのも多いし、愛想よくしとけば、マーケットあたりで何か買って行ってくれるかも知れない。ウルダハとはまた別に、此処も商売っ気は盛んだからな。海上がりも多くて気風が良いのも多いし、人懐こい人もいるさ」
「そう言うものか……」
「荒っぽい連中もいるから、トラブルもあるけどな。街中で起こす奴なら、イエロージャケットが飛んできてお縄だが」


お陰で平和に過ごせる、と男は言う。
確かに、時折荒っぽい声が聞こえる事はあるが、かと言って大騒動が起きているかと言えば、そうでもない。
声のもとを探してみると、海の方に停泊している船の上でどんちゃん騒ぎをしている集団だったり、精々が睨み合いをしている程度で、黄色いジャケットの者が其処に割り入れば、お開きになるものだった。
きちんと統制とルールが守られている、と言うのが判る光景だ。

クライヴがサンドイッチを食べきると、さて、と男は腕を組む仕草をし、


「黒渦団の方に確かめたが、此処らで異変みたいなものはなかったから、やっぱり空振りだったかな。次はグリダニアって所に行こうと思うんだけど────飛空艇がさっき出たばかりなんだ。ちょっと待って貰っても大丈夫か?」
「あんたに任せよう。俺は何も判らないし……」
「じゃあ、次の飛空艇が出る時間まで、ぶらつくか。少し歩くが、国際街商通りの方に行ってみないか?色々あるから、知ってるものが見つかるかも知れない」
「ああ。案内をよろしく頼む」


クライヴの言葉に、任された、と男は胸を叩く。

男に案内されて行ったのは、人通りの絶えない市場の通りであった。
街の喧騒のまさに中心部とも言える其処は、長く伸びた道なりに色々な店が構えられている。
トンネルのような道を少し歩いてみれば、成程、様々なものが此処には集められていた。

大柄な男が豪快な声で客を呼び込む傍ら、気風の良い長身の女性がまた威勢の良い声をかけている。
物々しい武器を持った若者が店の間を行ったり来たりと繰り返したり、小柄で髭を生やした男性が、店の主人を相手に値切り交渉を粘っていた。
どう見ても人間とは違う姿形をした者は此処にもいて、魚の入った魚籠を片手に売り歩きをしている。
かと思えば小さな子供が無邪気な声をあげながら駆けて行き、ぶつかりそうになった大人から、「危ないぞ」と叱られていた。

何処を見ても、沢山の人々が忙しなく行き来している。
そのシルエットが大きいものから小さいものまで様々にあるのを見て、クライヴはやはり、不思議な光景だと思った。


「……良い景色だな。色んな人が、こうも混ざり合って、暮らしていると言うのは。違う所があっても、それを認め合って、自然に並んで過ごせると言うのは……とても、良いことだ」
「そうだな。俺もこの景色は結構好きだよ」


クライヴの言葉に、男が歯を見せて嬉しそうに笑う。
────でも、と言葉が続いた。


「でも、こうなるまでには、色々あったんだ」
「……色々?」
「俺が知ってるのは、俺が冒険者になってからのことだから、古い歴史は話の内でしか知らないけどな。でも、種族だとか部族だとか、俺が知ってるだけでも多かったよ」


そう言った男の目が、これまでの朗らかなものと変わり、何処か痛ましそうに細められる。
往来の邪魔にならないよう、店の隙間の壁際に立って、男は道行く人々を眺めながら言った。


「俺が知ってるのはほんの一握りだろうけど、自分が譲れないものとか、守りたいものとかの為に、何処かで争いが起きていた。姿形が違うとか、思い描いてる理想が違うとか、誤解とか、偏見とか────色々理由はあったな。今でもそれは根付いて離れないものもある筈だ。俺もどうしても譲れなかったから、戦った事は何度もある」
「……この街も、そうだったのか?」
「その筈さ。元々此処は海賊が集まって出来たものだから、時代の変化で海賊が海賊らしくいられなくなって、軋轢が起きた事もあったし。蛮族たちと話が出来るようになったのも、最近だしなぁ……あっちもまだまだ、種族内で揉めてる所はあるんだろうし」
「あんたは、随分とその揉め事の類に詳しいようだな」
「うーん、どうだろうな。ほっとけなくて勝手に首突っ込んでたら、いつの間にか知り合いは増えてたけど」


男はぼりぼりと頭を掻きながら言った。
不思議なもんだ、と呟く男に、クライヴはくつりと眉尻を下げて笑う。


「あんたはかなり、お人好しのようだ」
「さて、どうかな。本当のお人好しってのなら、もっと穏便な方法を探せる筈さ」


クライヴの呟きに、男は自嘲の混じった表情で言った。
その目が一瞬、男の腰に下げられた、立派な意匠が施された剣へと向けられる。


「俺は自分の必要に応じて、突っ走って来ただけだ。でもまあ、背を押してくれた人たちくらいは、護りたい気持ちはあったかな」


そう言って、男は剣の柄に手を遣りながら、目を閉じる。
彼の頭の中には、一体何が巡っているのだろうか。

そう言えば、この街に来た時から、方々で男は様々な人に声をかけられている。
その中に「英雄殿」と言う呼び名があって、随分と大層な呼び名を持っている、とクライヴが思っていると、男は眉尻を下げならそれに手を振っていた。
男は何か言いたげにしながらも、その目には、まあ良いか、と諦めのようなものが混じっていたのを、クライヴは思い出した。


「……あんたも、色々あるようだ」
「そうだな。うん。色々あったよ」


色々な、と反芻させる言葉の中に、男の人生のどれ程が込められているのか、クライヴには知るべくもない。
問うにはあまりに壮大な何かに手を入れるように思えたし、男もあまり、突かれたくはなさそうだった。

男が顔を上げ、目元にかかる髪を、潮風が撫でていく。


「でも、色々あったけど、その色々で逢った人たちの事は、大体は好きなんだ」
「大体は、か」


全てとは言わない所に、男の正直さがある気がした。
それから、男はまた子供のように笑って、


「だから冒険者なんてもんをやってるのさ。色んなものに逢えて、色んなものを知れるから」
「……成程。それは確かに、得難い経験になりそうだ」
「ああ。だからクライヴ、お前と逢えたのも、そう言う冒険がくれた、良い巡り合わせのひとつだと思ってるよ」


真っ直ぐに此方を見て言う男に、クライヴは少々面を喰らった気分だった。


「……記憶喪失で、何処から来たのかも判らないような、怪しい人間だぞ?俺は」
「もっと怪しくて危ない奴を、もっといっぱい知ってるからな。お前なんて可愛いもんだ」


そう言って男は、ぐりぐりとクライヴの頭を撫でる。
唐突なことに目を丸くするクライヴに構わず、男は満足すると、黒髪から手を離した。


「それじゃ、時間も良さそうだし、そろそろランディングに行くか。グリダニアで何か手掛かりがあると良いな」


行こう、と歩き出した男に、クライヴは髪の乱れに手を遣りながら後を追った。





『ひろクラのエオルゼアに倒れていたクライヴがひろしと出会って帰るまでの間』のリクエストを頂きました。
ひろし=冒険者は暁月6.1くらいのキービジュのつもりで書いていますが、それ程設定を詰めてはいないので、ふわっとした雰囲気でお送りしています。

FF14にて行われた、FF16コラボでクライヴがエオルゼアに漂着していた時の話です。
コラボストーリーではクライヴはウルダハとグリダニアを訪れたのみでしたが、折角だからリムサも見てってえええ!!(黒渦団所属プレイヤー)となってたので行って貰いました。
ヴァリスゼアの世界から見ると、エオルゼア=FF14の世界って、見た目も種族もバラバラな人たちが入り混じって過ごしているから、クライヴには大分新鮮な光景なんじゃないだろうか。
時間的には暁月6.0をクリア後の何処か、と言う感じです。なのでひろし、旅してきた想いは色々ありますわねえ……と言う気持ちで書いてます。

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