12月が後半に入った頃、幼い弟達がそわそわとし始める理由を、レオンとエルオーネは知っている。
間近に迫る25日、もっと言えばその前日の夜が彼等は待ち遠しくて仕方がないのだ。
兄と姉の二人も、幼い日は彼等と同じように、落ち着かない様子で過ごしていたものだった。
父はこうした行事ごとが好きだったから、何かにつけては細やかなサプライズをしてくれた。
利発な兄が父のそんな気配に気付くまで時間はかからず、やんちゃだった姉はそうとは知らずにイタズラをしてサプライズをしっちゃかめっちゃかにした事もある。
それらを全てひっくるめて、父があれこれと子供達を楽しませてくれようとしていた事を、彼等はサプライズをする側になって知った。
12月25日のクリスマス、その前夜に聖夜の御使いのサンタクロースはやって来る。
一年間を良い子で過ごした子供達のご褒美に、沢山のオモチャを大きな袋に詰め込んで、それらを眠る子供達の枕元に置いて行く。
目覚めた子供達が真っ先に枕元を確認すると、其処にはプレゼントボックスがあって、子供達はそれを抱いて、親御の下へ向かうのだ。
サンタクロースが来た、と言ってきらきらと輝く目の、なんと眩しい事だろう。
今年も弟達の笑顔を見たくて、サンタクロースがいると信じている彼等の夢を壊さない為、エルオーネは準備に取り掛かっていた。
(ケーキはレオンが買って来てくれるから、後はプレゼントだよね。今年は何が良いかなあ……)
昼食の準備をてきぱきとこなしつつ、エルオーネは思案していた。
今年で10歳になったスコールとティーダ。
共にまだまだ幼く、サンタクロースの神話を信じており───ティーダはいないと思っていた事がバラムに来てから覆った喜びもあって尚更───、「サンタさんにお願いごとはある?」と聞けば、素直に教えてくれるだろう。
それも悪くないのだが、折角なので少しサプライズもしたい。
弟達にとっては、サンタクロースが来てくれるかどうかと言う事も含めてサプライズなので、気にしなくても良いのかも知れないが、これは用意する側の楽しみと言うものだ。
何をあげれば弟達が喜んでくれるのか、素直に口にする願い事とは別に、思いも寄らないものを受け取った時の反応と言うものも見てみたい。
チン、とトースターのパンが焼き終わる音がした。
それにジャムを薄く塗って、パンを焼いている間に作ったサラダと一緒に皿に並べる。
温めたコーンスープをカップに注いで、三人分の昼食が揃った。
それらをトレイに乗せてリビングに行くと、食卓テーブルで冬休みの宿題と格闘している弟達がいる。
「スコール、ティーダ。お昼ご飯だよ」
「ご飯!」
ドリルをうーうーと唸りながら齧っていたティーダが、ぱっと顔を上げる。
待ってましたと言わんばかりのティーダに続いて、スコールもくぅう、と腹を鳴らして此方を見た。
判り易い子供達にくすくすと笑いつつ、エルオーネはテーブルの上を片付けるように言った。
ティーダはドリルも教科書もまとめて綴じ、スコールは途中のページの端を折り曲げて印をつけ、一冊ずつ綴じてテーブルの隅に置く。
開いた場所にそれぞれの食事を並べ、エルオーネも席に着いた。
「頂きます」
「いただきます」
「いただきまーす」
手を合わせて食事の挨拶をするエルオーネに倣い、スコールとティーダも続く。
レオンがアルバイトしているカフェバーで貰って来たジャムは、子供達にも美味しいと好評だ。
エルオーネも気に入っており、良かったら作り方を教われないかな、と思っている。
しかし、クリスマスが近付いて、カフェバーは昼も夜も大変忙しいらしい。
平時は夕方から夜にかけて勤務しているレオンが、昼から夜と言う長い時間の勤務帯になるのも、その影響だった。
勉強もあるだろうに、家族とも過ごしたいだろうにとマスターは気遣ってくれるのだが、レオンはクリスマスの前日まではこのままでお願いします、と言った。
その影には、クリスマスを楽しみにしている家族の為、少しでも多くの費用を稼いでおかなければ、と言う頭もある。
勿論、レオンとて家族と過ごす時間を大事に思わない訳がないので、遅くてもディナータイムのピークが終わる夜の20時には退勤している。
日によっては夕方勤務までで終わる事もあるので、家族と一緒に夕飯が食べられる事を、レオンも喜んでいた。
そんな訳で昼はレオンがいない中、エルオーネは弟達の面倒を見ているのだが、彼等もそれ程手が掛かる訳ではない。
共に兄姉に対して甘えん坊なのは変わらないが、兄姉の力になりたいと言う思いも強い。
身長が伸び、キッチン台や洗濯機、物干し竿に手が届くようになって来て、手伝える仕事も増えた。
料理はまだまだ危なっかしい所があるので、専らエルオーネが担当しているが、片付けや掃除洗濯は彼等が引き受けてくれるようになった。
弟達のそうした成長に、凄く助かる、とスコールとティーダに伝えると、二人は顔を赤くして嬉しそうに笑う。
また、話を聞いたレオンも、エルオーネに弟達の世話を頼みっぱなしにしている事を詫びつつも、妹を含めた年下の家族がすくすくと成長している事が嬉しかった。
唯一、手が掛かる事と言えば、スコールが未だに一人で留守番をする事を怖がるのと、ティーダの勉強嫌いか。
どちらも言い聞かせれば我慢するので、きちんと出来た時には褒めるようにしている。
その甲斐あってか、時々起こる癇癪の爆発のような騒ぎ以外は、一家は至って平穏であった。
「ご飯が終わったら、お片付け、頼んで良い?洗濯物を取り込まなくちゃ」
「はーい」
「判ったー」
姉の頼みに、スコールとティーダが引き受けたと頷く。
ありがとね、と言うと、スコールが照れ臭そうに頬をほんのりと赤らめた。
野菜嫌いのティーダが、苦い表情をしながらサラダを見詰めている。
うー、とドリルを睨んでいた時と同じ顔になっているのは、間違いなくサラダに乗ったブロッコリーの所為だろう。
その正面では、スコールが黙々とサラダを平らげている。
最近、野菜の美味しさに目覚めたのか、スコールは野菜への好き嫌いを克服しつつあった。
そんなスコールを見詰め、ティーダはサラダの皿をスコールに差し出し、
「スコール、あげる」
「……いらない」
ティーダの言わんとしている事を察して、スコールはふるふると首を横に振った。
む、とティーダが拗ねた顔を浮かべたが、エルオーネは容赦しない。
「ティーダ。ちゃんとお野菜食べなさい」
「だってこれ嫌いだ」
「だぁめ。食べなきゃサンタさん来ないかも知れないよ」
今の時期にのみ使える脅し文句を使ってみれば、ティーダは弱かった。
ガーデンが冬休みに入る頃から、バラムの街はクリスマス色で溢れており、子供達も例に漏れずその日を楽しみにしている。
それなのに、一番楽しみにしている物が叶えられないと言われたら、どんなに嫌な事でも我慢するしかない。
ティーダは鼻を摘まんで口を大きく開け、ぱくん、とブロッコリーを口に入れた。
口の中に入れてしまえば、ティーダはもう吐き出したりはしないので、懸命に顎を動かす。
別に変な匂いのするものでもないのに、と眉尻を下げつつ、エルオーネは「よく出来ました」と褒めてやる。
その傍らで、スコールもサラダの皿を綺麗に空にした。
「スコール、全部食べたね。人参も食べた?」
「食べた!」
「スコールもよく出来ました」
褒めれば、スコールは「えへへ」と嬉しそうに笑う。
向かいの席では、ティーダが思い切って口の中のものを飲み込んだ。
口直しにコーンスープを飲むティーダに、お代わりあるからねと言えば、直ぐに空になったカップが差し出される。
キッチンのコンロに置いていた鍋の蓋を開け、コーンスープのお代わりをカップへ注ぐ。
リビングに戻ると、スコールがスープを飲んでいるのを見て、いるかな、と声を掛けようとした時だった。
「んく、んく……ね、お姉ちゃん」
「何?」
空になったカップをテーブルに置いて、スコールの方から声をかけられ、エルオーネは自分の席に戻った。
お代わりを入れたカップをティーダに渡し、エルオーネも残りのカップを飲む。
スコールは隣で姉を見上げながら続ける。
「サンタクロースさん、今年も来てくれるかな?」
「そうだね~……スコールとティーダが良い子にしてたら、きっと来てくれるよ」
「オレ、良い子にしてるよ!」
「僕も!」
定番と言えば定番の返しをするエルオーネに、ティーダがはいはいと手を上げて主張し、スコールも続く。
エルオーネは素直な弟達を微笑ましく思いながら、くすくすと笑い、
「うん、そうだね。二人とも、お野菜もちゃんと食べたし」
「うん!でね、それでね。あのね」
褒められた事に心を弾ませつつ、スコールが真剣な表情を浮かべて姉を見る。
「あのね。サンタさん、お姉ちゃんとお兄ちゃんの所には来てくれる?」
「え?」
スコールの言葉に、エルオーネはぱちりと瞬きを一つ。
えっと、と口籠るようにして視線を泳がせると、テーブルを挟んで、此方も真剣な表情をしているティーダとぶつかった。
じぃ、と見詰めるブルーグレイとマリンブルーに、エルオーネは不意を突かれた気持ちを隠しつつ、
「うーんと……去年は私の所には来てくれたけど…」
エルオーネは昨年、スコールとティーダへのクリスマスプレゼントを用意する傍ら、レオンから自分宛のプレゼントを受け取っている。
もうそんな年じゃないから良いのに、と言っても、レオンは必ず準備していた。
「……でも、今年はどうかなあ。忙しそうだし……」」
「なんで?お姉ちゃん、良い子にしてるのに。お兄ちゃんの所も、来ないの?なんで?」
「そうだよ。エル姉もレオンも優しいのに、なんで?」
「お兄ちゃんはサンタさんからプレゼント、貰った事ないの?」
「レオンも小さい頃は貰ってたと思うよ。でも、最近は……見てない、なあ」
「なんで?」
専ら準備する側にかかりきりのレオンを思い出し、エルオーネは言葉を濁す。
すかさずその理由を尋ねて来る弟に、エルオーネはええと、と考えて、
「大人の所にはサンタさんは来れないんだよ。サンタさんが行けるのは、スコールやティーダ位の年の子の所だけなの」
「……?」
レオンはともかく、自分が大人と言うにはまだ幼い事を自覚しつつ、エルオーネはそう答えた。
が、困り切った顔で答えたエルオーネに、スコールの首がことんと傾げられる。
納得の行っていない様子はティーダも同じで、ドリルや野菜と向き合っている時と負けず劣らずの皺が眉間に浮かぶ。
「サンタクロースってケチなの?」
「あはは…どうかな……?」
直球なティーダの言葉に、エルオーネは眉尻を下げるしかない。
どうやって誤魔化そうかなあ、と考えていると、助け舟はスコールから来た。
「仕方ないよ、サンタさん、世界中に行かなくちゃいけないから忙しいんだよ」
「でもうちには来てくれるじゃん。……オレんち、前は来てくれなかったけど」
「んぅ……だ、だから、やっぱり全部の所は行けなかったりするんだよ。プレゼントも一杯準備して、全部持って行かなくちゃいけないし。だってサンタさん、一人で一杯の所に行くんだもん」
「んん~……」
スコールの言葉にも、ティーダは得心が行かないようだったが、しかし真実はサンタクロースのみぞ知る。
子供達にとっては、そうだと思えば他に考えようもなく、じゃあ仕方ないのか……とティーダは拗ねた顔を浮かべたまま、不満そうに呟く。
スコールも決して納得できた訳ではないものの、それしか考えられない、とも思っているらしい。
そんな弟達に、まだまだサンタクロースの夢は消えそうにないな、とエルオーネがこっそりと安心する。
と、胸を撫で下ろしている所に、ぐいぐい、と腕を引っ張られる。
甘えたがる時に弟が見せる仕草だと思いつつ、エルオーネはスコールに向き直った。
「何?スコール」
「んと……あの、あのね、」
「サンタクロースの代わりに、オレ達が二人のプレゼント用意するよ!」
「……!」
恥ずかしそうに言い淀むスコールに代わり、ティーダが大きな声で言った。
スコールは直ぐにそれに同調するようにコクコクと頷く。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、いつも良い子だもん。優しいもん。僕、知ってる」
「オレも知ってる!だからプレゼント貰えないんておかしいよ。大人だからってヘンだよ」
そう言った二人の表情は、真剣そのもの。
自分達が貰って嬉しいクリスマスプレゼントが、大人だからと言う事を理由に、兄と姉に分け与えられないなんて可笑しい。
───無知で純粋なその言葉に、エルオーネはなんだか無性に胸が熱い。
幼いからこそ、何も知らない夢を見ているからこそ、二人が告げてくれた言葉に、エルオーネはくすぐったくなった。
顔が赤いのは多分嬉しいからだ、と思いつつ、エルオーネは姉らしくしなくちゃ、と平静を装う。
「ありがとう、二人とも。じゃあ、そうだね───レオンにあげるプレゼント、一緒に探そうか」
「お姉ちゃんのプレゼントも!」
「私は良いよ。ひょっとしたら、まだ貰えるかも知れないし」
「でも貰えないかも知れないんでしょ?」
「んーと、まあ、微妙な所なのかなあ」
じゃあやっぱりお姉ちゃんのも探そうよ、と言う弟達に、エルオーネは曖昧に濁すのみ。
自分のプレゼントを自分で、それも弟達の前で選ぶと言うのは、なんだか無性に気恥ずかしい気がしたのだ。
まだ直接レオンにねだった方が良いかなあ、と思いつつ、それもやっぱり恥ずかしい、とエルオーネは思う。
レオンへ送るクリスマスプレゼントは何が良いのか、話し合いを始める二人。
それを眺めているのも良いのだが、生憎、日々の業務は残っている。
「さ、スコール、ティーダ。食器の片付け、お願いするね」
「はーい」
「エル姉、洗濯物?」
「うん」
「お皿洗うの終わったら、お手伝いする!」
「僕も!」
「ありがとう」
エルオーネは食器をまとめてトレイに乗せ、キッチンへと運んだ。
弟達がその後ろを雛のようについて来る。
今日はティーダが洗剤で皿を洗い、流し終わった皿をスコールがタオルで拭く役割分担らしい。
早速並んで片付けを始めた二人に後を頼み、エルオーネは上着を取って庭に出た。
冬の海風から逃げるように上着の前を合わせつつ、日向ではためいている洗濯物の下へ向かう。
(レオンに皆からのクリスマスプレゼント、か。これは───言わない方が良いね)
当日まで、これは兄には内緒にしよう。
環境もあってか、幼い頃から必然のように“準備する側”にいる兄の事、見えない所で弟達がこんな事を考えているなんて知らないだろう。
間に挟まれているエルオーネだからこそ、兄と弟達、どちらの気持ちも判るのだ。
思わぬ所からやってきた驚きが、どんなに嬉しくてこそばゆいものか、兄にも感じて貰わねばなるまい。
さて、そうなると問題は、何をプレゼントに選ぶかだ。
物欲のない兄の事、何が欲しいと聞いても首を傾げるのが目に見えている。
考え事が増えたなあ、と思ったが、それでもエルオーネは悪い気はしなかった。
≫[フロム・ディア・サンタクロース 1]
色々あってサンタクロースの正体を早い内に知っちゃったレオン。
弟が生まれて、成長の過程で感じ取って行ったエルオーネ。
まだまだサンタを信じてるスコールとティーダ。
そんな四人のクリスマス。