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2017年12月08日

[ヴァンスコ]明日への願い、緩やかに

  • 2017/12/08 23:00
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日々の疲れが出たのか、其処に畳み掛けるように急激な冷え込みが襲い掛かった所為だろうか。
昨夜から熱っぽいと自覚したスコールは、出来る限り暖かくするように努めて眠ったのだが、免疫力の落ちた体は、簡単に元には戻ってくれなかった。
翌朝、スコールは足元がふらつく程の熱を出し、セシルやルーネスから「今日明日は大人しくしておく事」と言うお達しを食らう事になる。
多少の体調不良なら隠してしまうスコールも、まともに視界が保てない程の熱とあっては、大人しく甘受する他なく、行動を共にする予定だったジタンとバッツに断りを入れて、直ぐに自分の部屋へと戻った。
とにかく寝て養生するのが、回復への一番の近道である。

朝食は食べる気になれなかったのだが、何も食べないのは良くないとフリオニールに諭され、スープだけを貰った。
野菜の栄養が溶け込んだスープを、皿一杯分の半分だけ食べるのが精一杯だったが、そのお陰だろうか。
部屋に戻って眠ったスコールが目を覚ました時、身体の重みは随分と楽になっていた。


(……結構寝たみたいだな……)


首だけを動かし、ベッド横のサイドテーブルに置いた時計を見ると、短針が天辺を指している。
辺りは静かで、仲間達は各自の予定に出発しているのだろう、人の気配はしない。
身体を起こして窓のカーテンを持ち上げ、外を見ると、きんと冷えた空気に包まれた屋敷の外が見えた。

窓ガラスから滑り込んでくる冷気に、ぶるっと背中が震えた。
スコールはカーテンを閉めると、椅子の背凭れに放っていた上着を取って羽織る。

腹が減ったな、と思った。
朝は食欲がなかったので胃に物を入れる気にならなかったが、僅かに熱が引いた体は、一転してエネルギーを求めている。
誰もいないのなら自分で用意するしかない、とスコールがベッドを降りようとすると、ガチャ、とドアが開く音がした。


「お。起きてた」


片手にトレイを持って入ってきたのは、ヴァンであった。
ヴァンはベッドで起き上がっているスコールを見付けると、嬉しそうに目を輝かせて部屋に入った。

ヴァンはサイドテーブルにトレイを置くと、スコールの額に手を当てた。
自分の額にも同じように手を当てて、両者の体温を測っている。
うーんと、と考えているヴァンを見上げて、スコールは言った。


「……ヴァン、あんた、残ってたのか」
「うん。誰かが世話しなきゃいけないだろ?だから俺が残った。……うん、ちょっとだけ熱下がったみたいだな」


検温を終えると、ヴァンはトレイを指差し、


「昼飯、作ったんだけど、食欲あるか?」
「……一応。朝よりは、食べれると思う」
「じゃあ良かった」


スコールの言葉にヴァンは安心したように笑って、ベッド横に置いていた小さな椅子に座ると、トレイに乗せていた小さな土鍋の蓋を開ける。
中身は蒸かした豆を加えた粥で、ついさっきまで温めていたのだろう、ほこほこと温かな湯気が上っている。

ヴァンはレンゲで粥を軽く混ぜると、一掬いして、ふーふーと息を吹きかける。
粥から程良く熱を逃がしてから、ヴァンはそれをスコールに差し出した。


「ほら、スコール」
「……待て」
「ん?」


当然のような流れで差し出されたレンゲを、スコールは胡乱な目で見ていた。
ヴァンはそんなスコールを見て、きょとんと首を傾げる。


「……自分で食べれる」
「そうか?でも、朝は凄くフラフラしてただろ。スープ飲んでる時も倒れそうだったし」
「…今朝はそうだったけど、今は其処までじゃない。起きていられるし、食事位自分で出来る」


そう言って、スコールはサイドテーブルからトレイを取り、ベッドヘッドに背中を預けて、トレイを膝の上に乗せた。
ヴァンが手に持ったままのレンゲを見て、寄越せ、と手を出すと、ヴァンはしばらく考えるように間を開けた後、スコールの手にレンゲを渡す。
スコールはレンゲに乗っている粥を口に入れ、ゆっくりと咀嚼した。

黙々と食べているスコールを、ヴァンは横でじっと見ている。
背の低い丸椅子に座り、足に頬杖をついて此方を観察してくる鶸色の瞳は、くりくりと丸っこい。
気になる事があると直ぐに観察に入る瞳に曝されているのは、スコールは少々―――かなり―――落ち着かなかったりするのだが、見るなと言っても「なんで?」と見てはいけない理由について説明を求められるので、其方の方が面倒だと、スコールは食事を食べる事にのみ終始していた。

粥に入った米は柔らかく、豆の味付けも兼ねているのか、少し塩が入っていて美味かった。
朝食が食べていないようなものだったので、スコールの胃袋は空っぽになっており、其処に流し入れても負担にはならない。
病人食として最適でありながらも、病気じゃなくても食べても良いかも知れない、とスコールは思う。

土鍋の中身は綺麗に空になり、スコールの腹も満たされた。
トレイをテーブルへ退けて、ふう、とベッドヘッドに寄りかかる。


「…ご馳走様」
「ん。一杯食ったなー。腹減ってた?」
「……まあ……」
「そっか。じゃあ良かった」


食べれる元気があるのは良い事だ、とヴァンは言った。
確かに、食べる元気もないのは、それ程に状態が悪いとも言えるから、食欲があるのは良い事だろう。


「そうだ、飯食えたんなら薬も飲まなきゃな。バッツが調合して行ったんだ」
「…バッツが……」


仲間達の専属薬師的なバッツ特性と聞いて、スコールの顔が微かに強張る。
彼の薬の知識はあらゆる場面で重宝されるのだが、使う材料や、飲む際の味等に非常に不安があるのだ。
良薬口に苦しとは言うものの、ある程度の飲み易さは考慮して欲しい、と言うのは、カプセルやタブレットの類に馴染んでいる者の切なる願いであった。

ヴァンがトレイの隅に置いていた、スコールが判っていつつ無視をしていた四つ折りの薬包を開く。
何種類かの薬草を混ぜて磨り潰したのだろう、薄緑色の粉が包まれていた。
その色を見て、まあまだ飲める色だ、とスコールはひっそりと安堵する。
以前ジタンが飲んでいた赤紫色の薬は、スコールから見ると危ない薬にしか見えなくて、躊躇なく飲んだジタンを称賛した程のきつい色をしていた。
それと比べれば、サプリメントのようなものと素直に受け入れる事も出来る。


「スコール、薬が苦手なんだろ。飲み易くしといたってバッツが言ってたぞ」
「……別に苦手な訳じゃ……」
「ほい、水」


苦手なのはバッツが調合した薬であって、薬全般は特に苦手としているつもりはない―――のだが、ヴァンは聞いていなかった。
マイペースに水を差し出すヴァンに、スコールは一つ溜息を吐いて、それを受け取る。

薬包から薬を零さない様に、挟んで飲み易く口を作っておいて、水を口に含む。
上を向いて開けた口に薬を流し込んで、スコールはそれが口内で溶けない内に飲み下した。
直後、舌に残る苦味と、喉の奥に残って上ってくるえぐみに顔を顰める。


「う……」
「水、まだ飲むか?」


スコールが頷くと、ヴァンはピッチャーの水をグラスに注いだ。
はい、と差し出されたそれを奪うように取って、口の中に残った嫌な味を消すように、水を飲み干していく。

一杯分の水を飲み切って、スコールはようやくほっと息を吐いた。


「は……やっぱり、不味い……」
「飲み易くしたって言ってたけど、やっぱり不味いのか?」
「…あいつの“飲み易い”は他人とは基準が違うんだ」


バッツの薬に関する仲間への配慮は、主に口の中に入れ易いように、飲み込み易いように、と言う方向にある。
スコールとしては、それも良いが、口の中に入れた瞬間に広がる、形容しがたい不味さをなんとかして欲しかった。
ジタンやジェクトが「不味い!」「飲めない!」と抗議した事があるので、一応、バッツなりに気を遣って調合してはいるようだが、効果を優先すると、どうしても不味さが一歩リードするようだ。

―――と、思う事はあるものの、バッツの薬には非常に世話になっている。
作って貰う立場で文句ばかりは言えない、と、飲めない程の不味さにならない限りは、スコールは閉口して大人しく口に入れるようにしていた。
だが、味わう度に、もう次は世話になりたくない、とも思う。

水のお陰で口の中は少しすっきりしたが、喉奥の苦々しさは中々消えない。
戻ってきそうだ、と喉を摩っていると、ヴァンが言った。


「なあ、甘い物、食べるか?」
「……甘い物?」
「果物とか。リンゴが剥いてあるんだ。食べれそうなら持って来ようと思ってたんだけど、どうだ?」
「……欲しい」


スコールが求めると、ヴァンは「じゃあ取ってくる」と言って席を立った。
ヴァンはすぐに部屋から出ようとして、あっと声を上げて戻ると、サイドテーブルのトレイを取り、改めてドアを潜っていった。

ヴァンが戻ってきたのは一分の経たない内である。
手に持った皿には、櫛形に薄く切ったリンゴが綺麗に円を描くように並べられていた。


「皮付いたままなんだけど、良いか?リンゴの皮剥きってちょっと苦手でさ、省いたんだ」
「……あんたが切ったのか?」


差し出された皿を受け取って、スコールはリンゴを見詰めながら問う。
ヴァンはそれに「うん」とだけ答えて、椅子に座る。

リンゴは殆ど均一な厚みで切られており、食べ易く消化もし易いだろう。
それを見るに、料理に慣れたフリオニールやティファ、マメな性格のルーネスあたりが作って行ったと思っていたのだが、ヴァンが作ったとはスコールは思ってもみなかった。
どちらかと言えば大雑把な所があり、リンゴや梨と言った果実は丸齧りにしている印象の強いヴァンが、こんなに丁寧な櫛切りが出来るとは。

意外な事を見付けた気持ちで見ていると、ヴァンが皿のリンゴを一切れ取り、ぽいっと自分の口に入れ、


「美味いぞ、このリンゴ。別に腐ってないって」
「……いや。そう言うつもりで見てたんじゃなくて」
「?」


じゃあなんだ?とヴァンが首を傾げる。
スコールは、言っても良いものかと思いつつ、小さな声で言った。


「…あんたがこういう事が出来ると思ってなかったんだ。普段、食事当番でも、こんな事してないだろ」
「そうだっけ。そうだな。だって人数が多いからさ、つい面倒になるんだよ」
「……まあ、な」


10人越えのメンバー全員の食事を作るのは、中々の重労働だ。
となると、様々な手間と時間を省く為、幾つかの作業を簡単にして作業時間の短縮を図るのも判る。


「それはスコールの分だけ作れば良かったから、ちゃんとしようと思って。粥もちゃんとやったんだ」
「あれも?」


先程食べたばかりの粥の味を思い出して、スコールは目を丸くした。
食べ易い米の固さと、適度な塩気で食欲を促していた豆粥。
てっきり今朝の食事当番だったフリオニールが作って行ったと思っていただけに、スコールは驚いた。

目を丸くしているスコールに、ヴァンは言った。


「病人食を作るのは慣れてるんだ。ずっと作ってた事があったからさ」
「……そう、なのか」
「でも久しぶりに作ったから、上手く出来るかちょっと不安だったけど。全部食べれて良かったよ」


そう言って、ヴァンは嬉しそうに笑って、もう一つリンゴを口の中に入れた。
病人用に切ったのだろうに、自分でほいほい食べるなよ、と思いつつ、スコールもリンゴを食べる。
水分をたっぷり含んだ果肉がしゃりしゃりと音を立て、スコールの喉を甘味で潤していく。

持ってきたリンゴは、ヴァンと分け合う形で、綺麗に平らげた。
腹も膨れ、薬も飲んで、甘味も取ったお陰か、スコールの体から、今朝の重みは殆ど消えている。
とは言え、油断も無理も出来ない事には変わりなく、もう一度眠ろうと布団に潜っていると、


「また寝るのか?」
「…眠くはないけど、治ってもいないからな。寝て治す。世話になった」


スコールの言葉に、ヴァンは「うん」と返した。
返したまま、椅子に座ってじっと此方を見ている。


「…あんた、あまり此処にいると伝染るぞ」
「うん」
「……何かあったら呼ぶから」
「うん」


いつまでも此処にいなくて構わない、と言うつもりでスコールは言ったのだが、ヴァンは動かなかった。
スコールの遠回しな言葉の裏を読み取っていないのか、判っていながら気にしていないのか。
気にしていないとしても、いつまでも此処にいる必要はないだろう、とスコールは思うのだが、ヴァンはじっと此方を見ているだけであった。

ヴァンは基本的にマイペースで、自分のやりたいようにやる事が多い。
スコールにしてみると、空気の読めない奴、と言う印象で、出逢ったばかりの頃は自分の調子が崩されるので苦手だった。
しかし、悪意や敵意を持ってそれをしている訳ではなく、ただ彼自身は自分の気持ちに正直なだけなのだと思うと、邪見にする気にもなれない。

取り敢えずスコールは、寝返りを打ってヴァンに背を向けた。
もぞもぞと布団を手繰り寄せ、向けられている視線から隠れるように、枕に顔を埋める。
スコールが完全に寝る為の態勢に入ると、それを見ていたヴァンから、


「早く治るといいな」


な、スコール、と名前を呼ばれたが、スコールは返事をしない。
妙にくすぐったい気分を隠したまま、早く寝て、早く治そう、とスコールは目を閉じた。




12月8日なので、ヴァンスコの日!

何かとマイペースなうちのヴァンですが、面倒見は良い。
病人を看護する事について、ヴァンは色々と思う事がありそうだな、と思いつつ風邪っぴきスコールの世話をさせてみました。

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