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2026年02月

[ラグスコ←モブ]所有証明は掌に

  • 2026/02/21 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

モブ(ドール議員)視点





その青年を初めて見たのは、十七年も鎖国をしていたエスタが、国際社会に復帰すると言う大々的なニュースが報じられた時だった。

エスタの開国、ガルバディアの凋落、新旧の世代が入り混じる魔女戦争の経緯と結末────とても一時間枠の報道ニュース番組では扱い切れない程の情報が、一気に全世界を駆け巡った。
特に、かつてエスタを支配していた前大統領であった魔女アデルの顛末と、未来から来たと言うアルティミアなる魔女の全貌については、未だ当事国であったエスタを除いて扱い兼ねている所がある。
魔女については先達てガルバディアを煽動していた魔女イデアが記憶に新しかったが、此方に着いては他二人の魔女の存在によって、やや掻き消された感がある。
この点について追うジャーナリストは少なくなかったが、結局の所、当該人物がガルバディアからも忽然と行方を消してしまった為、何処で何をしているのか、今も魔女として隠れ潜んでいるのかも判らない。
下手に追い続けて身の危険を被ることも考えると、いつまでも彼女を追い駆けるのは、決して得策ではなかった。
それよりも、開国したエスタと、魔女戦争に終幕を導いた立役者たるバラムガーデンへと世間の注目は集まった。
特にバラムガーデンについては、そもそもが傭兵育成機関であり、それを派遣する事で戦地への戦力投入される他、魔物退治や要人警護を請け負っていた一面もあり、その名に箔がついたと言って良い。
加えて、魔女戦争の最中に起こった現象のひとつとして、“月の涙”が誘引されたことにより、各地で生物の過酷な生存競争が始まっていた。
これに人間も巻き込まれる形で、街や村が襲われる事件が増え、バラムガーデンに魔物退治と警護・警備の依頼が急増することとなる。
そしてエスタの開国と、国際社会への復帰活動の活発化に伴い、世界各国で様々な変化とそれを追う流れが生まれていた。

十七年の鎖国をしていたエスタと言う国について、知っている者は少ない。
そもそもがエスタは、前大統領の時代から閉鎖的な環境と国政を敷いていたから、異国人が来訪するのは勿論のこと、エスタ国民が国外へと出る方法もないに等しかったと言う。
エスタは文化的に完全に孤立された環境が続き、前大統領の追放に成功してからも、その体制は変わらなかった───実際の所は様々な理由が絡んだ所為で、他国への情報開示が難しくなった為の結果的な鎖国状態だったそうだが、其処は他国にはまだ理解の及ばぬ話であった。
他国から見てエスタは、どう言う国で、どんな文化形成が成されているのか、全く判らないのである。
諸外国からすれば、宇宙船やロケット、人工衛星、そして驚くべき速さで空を飛ぶ飛空艇と言った、飛び抜けた科学力を持った国が、突然に現れたようなものだ。

エスタはその世情を鑑みて、まずは“エスタ”と言う国を知って貰うことから始めたい、と言った。
エスタ側が国の門戸を開くのは勿論のこと、エスタの方から他国に対しても積極的に歩み寄りたい、とのこと。
その先駆けとして、大統領自らが諸外国に直接訪問し、その国や街のトップと会談する、と言う方針を取った。

お陰で、昨今のドールでは、毎日のようにエスタ大統領の顔がテレビに映る。
何月何日の何時に何某と言う街に訪問した、其処で何という施設を見学した、街の人々と交流した───と言った様子が報道されるのだ。
大統領は随分と気取らない人柄のようで、テレビカメラに向かってよく手を振る。
前大統領をクーデターによって追放し、それから十七年を独裁政権状態で仕切っていたと言う話だが、全く威圧的な所を感じさせない。
かと思えば、いつの間にか人の懐に入っている、その瞬間の嫌悪感を他者に感じさせない逸材として、各国各都市の首脳陣からは、興味と恐々の眼差しが向けられていた。

そんなエスタ現大統領が初めて全世界に顔を見せた時、かの青年は、傍仕えの如く彼の傍らに佇んでいた。
襟詰めの制服を着込み、凛と冷たい顔に無表情を張り付け、冴え冴えとした蒼の瞳を持った青年。
その目は常に警戒の色濃く周囲を見渡し、カメラの向こうさえ牽制するように睨む。

────スコール・レオンハート。
バラムガーデンに籍を置く傭兵“SeeD”の一人にして、それを統率する指揮官。
そして、過去の魔女と未来の魔女を屠り、今代の魔女戦争を終結へと導いた、“魔女戦争の英雄”その人。

彼の名と顔は、エスタの開国と共に、大きく知れ渡った。
バラムガーデンは元々様々な依頼を請けていたが、彼が在籍していると言う事実が更なる箔となって、“バラムガーデンのSeeD”に対する依頼は急増した。
その中で、要人や有名人の護衛を求める際に、彼を指名しての依頼が増えている。
“魔女戦争の英雄”とされたその実力を買って、と言う点も無きにしも非ずだが、それが正当かつ妥当な指名理由と受け取れるのは、全体の半分を見たない。
多くは「噂の“英雄”を近くで見たい」だとか、「高名な“英雄”を護衛につけた」と言ったステータス価値を求めるものだ。
また時には、大層な肩書とは裏腹に、実はまだ成人年齢に達していないと言う“英雄”を侮り、買収などの手段を使って、今後大きな業績と利益を上げるであろうバラムガーデンごと囲ってやろう、と言う人間もいた。

ドールで生まれ育った一人の男も、正しくそれであった。
年齢は五十を過ぎ、十年前からドールの議会の席を獲得した男は、テレビに映った“魔女戦争の英雄”を見て唇を舐めた。
件の青年は、正しく男の好みに嵌まったのだ。
それは整った容姿も勿論のこと、バラムガーデンに籍を置いている───つまりは大きく見積もっても青年が二十歳以下であると言うことが男の欲を誘った。
是非とも、彼と言う人間を味わってみたい。
なんとも下世話な欲で以て、男はスコール・レオンハートと言う人間に興味を持った。

彼を手中に呼び寄せることは、それ程難しくないと思われた。
バラムガーデンは元々、傭兵稼業の胴元的機関も担っており、世界各国から様々な依頼が寄せられる。
そして依頼をこなす為にSeeDを派遣する訳だから、件の人物を指名して金を積めば良い訳だ。
男はこれまで個人的にバラムガーデンに依頼を出したことはなかったが、良い機会だ。
フリーの傭兵や、セキュリティ会社に頼むよりも値段は上がるが、男の資産は依頼を出すに十分の貯えがある。
相場よりも二回りほど色をつけた報酬を掲示すれば、依頼は優先的に受理されるだろう。

────そう思っていたのだが、ことは中々上手く行かなかった。

何度目かの依頼を出し、派遣されてきた人物を見て、男は渋い顔を浮かべる。
其処には地味な顔立ちをした青年が立っており、定形の挨拶文句を述べていた。
自己紹介も其処に挟まったが、男は興味のない人間の名前など聞いていない。
それよりも、今回も叶わなかった希望について、指の爪を噛まずにはいられなかった。


(また駄目だった。くそ、前より値を上げたのに。一体どれだけ積めば良いんだ?)


資産は十分に余裕があるが、あまり吊り上げると流石に響いて来る。
それなりに上客と取れる程度の数字を出して、既に四回も依頼を出していると言うのに、肝心な所が叶わない。
毎回毎回、違う顔がやって来るので、一度電話で「どうなっているのかね」と問い詰めた事があるが、「スケジュールの都合が尽きませんでしたので」の一点張りである。
そのスケジュールを覆す程の金額を提示できればチャンスがありそうだが、では幾らなら足りるかと問えば、其処は曖昧に躱される。

きっと男のように、彼を目当てにした依頼は幾らでもあるのだ。
その沢山の依頼の中で、一番大きな数字を出す所に優先権が与えられ、スコール・レオンハートのスケジュールは調整される。
男がそれの何番目に配置されているのかは判らないが、世の中、金はある所にはあるものだ。
それを上回る数字を出せなければ、男の欲望は敵わない。

苛々とした気分を抱えながら、男は仕方なく仕事に赴く。
派遣されてきた地味な顔のSeeDは、男の苛立つ様子を読み取ってか、胡乱気な表情を浮かべた以外には何も言わなかった。

とにかく、今回の仕事を終えたら、もう一度金の計算をしなくては。
仕事をして金を稼いで、その金で何処まで上乗せできるか検討する。
男は最近、専らそれが日常の一部と化していた。
それを知っている男の秘書は、飽き飽きとして、もう諦めれば良いのに、と思っているのだが、其方も仕事なので沈黙したまま、男の欲望を叶える足掻きに付き合っている。

今日の男の仕事は、話題のエスタ大統領との会談だ。
ドール議会が定期的に行う会議の場に、エスタ大統領も同席し、ドールの国がどうやって国政方針を定めているのかを学びたいのだと言う。
同席には大統領だけではなく、彼の国で執政官として政治に携わる者が他にも並ぶ。
会議が終われば、ドールの議員とエスタの執政官とで交流を目的とした食事会が催される予定だ。

そして議事堂にやって来て、男は目を瞠った。
男が欲して欲して止まない青年が、議事堂の一画に立っているではないか。
以前にテレビで見た時と同じ、詰襟の服に身を包み、同様の服を着た者達───それらもSeeDだろう───と話をしている。


(なぜ此処に?───そうか、誰かが彼を雇ったと言うことか。一体誰が?)


彼が此処にいると言うことは、この議事堂にいる誰かが、彼を射止めたと言うことだ。
誰が雇ったのか判れば、その人物の資産の凡そを計算すれば、次のチャンスの目途が立てられる。
男はにやりと笑って、議事堂に集まっている参加者たちを見渡した。

だが、スコール・レオンハートを雇ったのは、ドールの議員ではなかった。
彼が佇むすぐ傍に、来賓者用のソファがある。
其処には、仕立ての良いスーツを着て、きっちりとネクタイを締めた男───エスタ現大統領ラグナ・レウァール氏が座っていた。


(まさか……)


俄かに浮かんだ可能性に、男の額に汗が浮かぶ。
そして、予想は当たってしまった。

分厚いブックファイルを眺めていたラグナ・レウァールが、スコール・レオンハートを呼んでいる。
気安い口調で呼び寄せる大統領に、スコール・レオンハートは表情を変えずに近付いた。
周囲に聞こえないように配慮して、スコール・レオンハートが大統領の傍へと顔を寄せ、何某かを耳打ちされている。
スコール・レオンハートが、やはり周囲に聞こえない声量で何某か答えると、大統領は満足げに笑った。

その距離感と、スコール・レオンハートが常に周囲に対して鋭い目を向けている事から、厭が応にも理解した。
スコール・レオンハートは、エスタ大統領に雇われている。


(よりによって……!)


同輩たるドールの議員が相手なら、勝てる試算が幾つかあった。
今回スコール・レオンハートを雇った者より、上の数字を、早い段階で掲示する。
先にスケジュールを押さえておけば、それだけで争奪戦はひとつ有利になるだろう。

しかし、相手が一国の大統領となると、計算の幅が全く違う。
何せ大統領ともなれば、国庫と言う莫大な数字が使えるし、警備の重要度から言っても、“魔女戦争の英雄”と言う戦力の確保は優先されるに違いない。
ドールの議員も、国の政治機関を担う要人としての枠は変わらないが、十人以上いるドールの議員と、たった一人の国家首長とでは箔が違うのだ。

男が爪を噛んでいる間に、ドールの国政を担う議会は始まり、恙なく終わって行った。
その間、男の視線は議長ではなく、来賓席に座している男と、その傍らで青の瞳を光らせている青年へと向けられている。

会議の後は、予定通りに交流を目的とした食事会だ。
エスタ大統領が「堅苦しいのは苦手でさ」と言ったことを受けて、今回はカジュアルな立食形式が採用されている。
ドール側にしろ、エスタ側にしろ、今後の国際関係のパワーバランスは、少しでも自国に有利に持って行きたいものだ。
それぞれがそれぞれの思惑を持って、直ぐに情報収集の時間は始まった。

男も例に漏れず、早速情報収集へと向かう。
足の進む先には、ワイングラスを片手に持った、エスタ大統領ラグナ・レウァールの姿がある。

カツカツと足音を鳴らして近付く男に、最初に気付いたのはスコール・レオンハートだった。
蒼の瞳がじろりと威圧するように男を睨む。
瞬間、冷たく冴えた瞳が自分を映したのを見て、男はぞくぞくと背中に心地良いものが奔るのが判った。
判りやすい興奮が露骨になってしまわないよう、意識して顔が緩むのを堪えながら、人当たりの良い笑顔を浮かべておく。


「初めまして、ラグナ・レウァール大統領殿」
「ん?おお、どうも。初めまして」


声をかけると、エスタ大統領は人懐こく笑った。
此方も相応に笑顔を固めておいて、先ずは自己紹介を済ませておいた。


「こうして直にお話しできて光栄です、大統領殿。ドールの食事は如何ですか?」
「ああ、はい、えーと。ちょっと懐かしいって感じがありますかね」
「おや。エスタは長らく鎖国していた国ですが、国外に行かれたことがありましたので?」
「ま、色々あった身でして。ずっと若い頃は、そう言う機会もあったんですよ」


エスタ大統領は、白髪の混じった黒髪を掻きながら、何処か曖昧な物言いだった。
詳しく聞くには、パーソナルに関することはハードルが高いだろう。
そうですかそうですか、と男は愛想を浮かべて相槌を打っておいた。

───所で、と男は話題を切り替える。
男が一番聞きたいのは、彼の後ろに控えている青年のことだ。


「流石は一国の大統領ですな。“魔女戦争の英雄”を護衛に雇えるとは。頼もしいことでしょう」
「はは、そう───ですね、ええ」
「外遊の際には、いつも彼をお雇いになるので?エスタ軍には強化スーツを着用した兵士が多いと聞きますが、それよりも彼の方が信頼できると……?」
「いや、ま、そう言う訳でもないですけどね。何せうちは開国したばっかりで、若い連中は他国の事は全く知らないんです。なもんで、警備上の助言や経験を貰う為に、警備に関しては提携してるんですよ」


エスタ大統領の言葉に、ほうほう、と男はそれらしく頷いて相槌する。


「まあ、でも、毎回来て貰うって訳にはね。忙しいもんですから、彼は」
「それを射止められるとは、羨ましいものですよ」


言いながら、それどころか忌々しい、とすら男は思う。
どれだけ金を積んでも全く靡いてくれない宝石が、こんな飄々とした男に傅いているのだ。
自分にだってもっと権力があれば、と議会制故にその権力は決して直接は飛び出せない身であることを、男は盛大な僻みと共に恨んだ。

傍目になんとも中身のない遣り取りを続けていると、スコール・レオンハートの目が此方を見た。
いや、正確にはその目は、男の後ろに立っているSeeD───男の護衛として派遣されたニーダに向けられており、判りやすく胡乱で、無言に「こいつはなんだ?」と問うていたのだが、男にその意図を読み取る力はない。
じっと此方を見つめる蒼灰色を、何処か熱ぼったくさえ感じた男は、己の股間にその興奮がダイレクトに駆け抜けるのを自覚した。


(ああ……やはり、やはり……味わってみたい……!)


紅潮した顔を向けられても、青年はひとつも表情を変えない。
それも当然のことだ、彼は男が自分を見ていることに気付いてはいなかった。
それ程、スコール・レオンハートにとって、この男は取るに足らない存在なのである。

双方ともにそんな違いの胸中など露知らず、スコールは手元の時計を見て、護衛対象であるラグナ・レウァールに何某かを耳打ちする。


「────」
「ん。時間だな、判った」


エスタ大統領は忙しい。
この交流の食事会も、全ての時間に参加し続けることは難しいのだと事前に通達されている。
大統領は、男も含め、周囲の列席者に手短な挨拶をしながら、「じゃあ私はそろそろ時間ですので」と断りを述べ、


「お話しできて良かったです。最後に、握手を」


そう言って、ラグナ・レウァール大統領は、男に右手を差し出した。
男もテンプレートだと割り切って、同じく右手を出して握る。
ぐ、と強い力で握り返した手には、古い胼胝の感触があった。

男の前で、翠の瞳がすうと細められ、唇が薄く笑う。
それまで至って友好的で人の好かった笑顔が、途端に酷薄なものに見えたかと思うと、低く潜めた声が言った。


「生憎、あの子は安くない。あんたが買って手に入るものじゃないさ」


その目は、何もかもを見抜いていた。
男が青年に向ける、下世話で爛れた劣情も、青年を囲う力と富を持った人間に向ける歪んだ嫉視も、何もかも。

男に向けられる碧眼は、その向こうで冷たい水のように佇む蒼よりも、ずっと深く、重く、どろりとしていた。
目で人が殺せると言うのなら、男はきっと死んでいる。
じわりと手の中に汗が出たのは、本能的な身体の反応だった。

ひゅ、と喉が引き攣るようにか細い音を鳴らした時には、目の前の男はもう“エスタ大統領”の顔に戻っていた。


「それじゃ、私はこれで。皆さんも、どうぞごゆっくり」
「……大統領」
「はいはい。大丈夫、もう行けるよ」


スコール・レオンハートの急かす声に、ラグナ・レウァールはからりと笑って答えた。
蒼灰色は何処となく呆れたように、しかし仕様のないと容認する顔で、自身の警護対象と共にホールの出口へと向かう。

遠退くその背中を見詰めながら、男の足は根を張ったように動かなくなっていた。
握手の為に差し出した手は、とっくに空になっているのに、下ろす事すら出来ずに凍っている。




あれを手に入れる為には、あれを越えねばならないのだ。
富も、権力も、知恵も、そして恐らくは、かの青年を取り巻く全ても含めて取り込んでいる、あの人間を。
それは金を幾らと積むよりも、途方もなく絶望的な現実であった。





2025年88の日にて、『モブから見た視点のモブスコ or ラグスコ or クラスコ』のリクエストから、モブから見た視点のモブスコでラグスコ、でした。
どうにかしてスコールを手籠めにしたいモブおじさん視点……結構ノリノリで書いてたんですが、書き終わってから「これは誰得だ??」と冷静になったものです。
誰得なのか全く判らないけど、ラグナの独占欲が気に入っています。

[フリスコ]花と向き合うあなたの

  • 2026/02/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



てん、てん、てん、と。
グラウンドの方から転がって来たボールが、小さな段差を越えて、花壇の中に入ったのを見た。
サッカー部員が蹴ったそれは、直ぐにその部員が駆けて来て、あーあーと言いながら回収していく。
後には、ボールが通った痕跡だけが残された。

教室へと向かう為にその足を進めると、花壇の傍へと辿り着く。
其処には、整然と花が並んでいたものだったが、今はその一画に不自然な空間が出来ている。
つい今し方、ボールが通って行った場所だ。
並ぶ花々が真っ直ぐにその背筋を伸ばしている中、ボールに押し通られてしまった其処だけ、花がひしゃげたように背筋を折っている。

それは、悪気があってそんな風になってしまった訳ではない。
ボールを蹴ったサッカー部員が、此処をゴールとして狙ったこともないし、コートから離れてしまったそれが結果的にそこに転がり込んでしまっただけ。
ボールを回収する為に花壇に入った足跡は、並ぶ花々をきちんと避けているから、踏み潰したなんてこともない。

誰が悪い訳でもない、と思う。
けれど、なんとなく、そのままにしておく気になれなくて、スコールは花壇の前で膝を折った。


(……少し茎が折れてる)


猫背になってしまった白い花。
何と言う品種だったか、少し難しい名前をしていたから、はっきりとは思い出せない。
同種の花が隣近所に植わっていて、其方は皆きちんと頭を上げて、咲き誇った花弁を差し出している。
きっと、折れてしまったこの花もそうだったのだろう。

そっと茎に触れると、折れた部分に微かに固い繊維の感触があった。
この茎に軸でも添えて支えにしてやったら、少しはマシになるだろうか。
そんな事をしても、体に入ってしまったダメージが消えるものかは判らなかったが、なんとなく、そうした方が良いだろうか、とスコールは思っていた。

───と、其処にふっと影が差し込む。
手許が見え難くなって、寄せた眉根で顔を上げると、一人の青年がスコールの横に立っていた。


「あ」
(……しまった)


赤い瞳に、銀色の髪。
早朝、この花壇の傍を通り過ぎる時、よく見かけていた青年が立っている。

青年は学校内ではそれなりに有名で、名前を確か、フリオニールと言った。
学年はスコールよりひとつ上で、運動部に所属しているようだが、どうやらあちこちを掛け持ちしているらしく、目撃例は一所に留まらない。
そんな彼だが、朝は部活練習の類には参加せず、専らこの花壇まわりで見かけるばかりであった。

フリオニールの手には、緑色のプラスチック製の如雨露がある。
毎朝のように行っている、花壇の水遣りに来たのだろう。
そこで、いつも此処を通過するだけのスコールが、花壇の花───茎の折れた花に触れているのを見付けた。

フリオニールの視線が真っ直ぐに此方を見ている。
スコールは、フリオニールの紅玉のような瞳が、自身の手元……折れた花に向けられている気がしてならなかった。


(……俺じゃない)


この花を折ったのは俺じゃない。
スコールはそう思った。
見詰める瞳に責められているような気がしたからだ。
けれど、それを口にするのは言い訳か、言い逃れをしているようにも思えて、咄嗟に声が出ない。

フリオニールはしばらくスコールを見つめていたが、ああ、と再起動がかかったように動き出す。
持っていた如雨露を花壇の脇に置くと、スコールの傍に来て、背中を曲げてその手許を覗き込んだ。
茎の折れた花を支えるように添えられるスコールの手───その逡巡か迷いを悟ったように、フリオニールは頬を緩める。


「折れてたのか。ボールでも突っ込んだかな」
「……ああ。そうだ」


フリオニールの方から原因を言い当ててくれたので、スコールは内心、ほっとした。
謂れのない罪を責められるのではないか、と思っていた不安が杞憂で済んだからだ。

フリオニールは膝を折り、「ちょっと良いか」と言って手を伸ばしてきた。
スコールは、花を預けてくれと言う意図を読んで、茎に触れていた指をそっと離す。
またくてんと首を下げてしまう花を、フリオニールの皸のある指が柔く摘まんだ。


「……うん、まだ大丈夫そうだ」


フリオニールはそう言うと、すっくと立ちあがった。
踵を返したフリオニールは、駆け足で何処かへ行ってしまう。
おい、とスコールはその背中を見送った。

フリオニールが戻ってきたのはそれから五分としない内で、その手には小箱が抱えられている。
スコールの隣へまたしゃがむと、彼は小箱の中から、プラスチックの細い軸とテープを取り出した。


「ちょっとその花、支えておいてくれるか?」
「あ、ああ」


フリオニールに言われて、スコールはもう一度、花に手を伸ばした。
頭を下げてしまう花をそっと持ち上げて、折れた茎が無理なく真っ直ぐに伸びるように調整する。
フリオニールはその横に軸を挿すと、細身の養生テープを数巻き切り取り、軸と茎を寄り添わせて、テープを括りつけて固定した。
茎の中ほど、折れた場所から少し上、そして(がく)の下。
そのあたりをきつくない程度にテープで結び付けると、


「これでよし。もう手を離して大丈夫だよ」
「……ん」


言われてスコールがそっと手を離すと、花はきちんと頭を上げていた。
隣に並んだ花よりは少し疲れたように頭の角度は低いが、真下を向いていた状態よりもずっと良い。
少なくとも、この整然と並んだ花の中で、ひとつ悲しみに暮れたように項垂れていることはなくなった。

フリオニールは小箱を片付けると、花壇の脇に置いて、如雨露を持つ。
重みのある如雨露の中で、ちゃぷん、とたっぷり入った水が音を立てた。

傾けた如雨露のシャワー口から、露水が雨を降らせていく。
乾いていた花壇の地面が濃い茶色に変わって行って、水をかぶった花々がきらきらと雫を光らせた。
その様子を、スコールは何処かぼんやりとした心地で見つめていると、赤い瞳が此方を映す。


「えっと───お前、スコールだよな?」
「……そう、だが」


何故、自分の名前が知られている。
スコールの眉間に、怪訝に皺が寄せられる。

フリオニールは花に水の食事を与えながら、その理由を告げた。


「ティーダから聞いてたんだ。仲の良い友達だって」
「……友達……」
「ちょっと無口だけど、良い奴だって。その通りだなと思ってさ」
「……」


クラスメイトであるティーダが、この青年に、自分の話をしていた。
知らない所で交わされる自分の噂話めいたものを、スコールは総じて好んでいない。
が、かと言って友人の口を完全に塞ぐのも難しいことである。
ティーダについては、彼の性格上、余程でなければ身内を悪しようには言わないから、スコールは閉口することにしていた。

フリオニールは花壇全体に水遣りを終えると、如雨露はまた脇に置いて、園芸鋏を手にした。
それを使って、花壇に並ぶ植物たちをよくよく検分しながら、余分な葉や低木の枝を切り落として行く。
その傍ら、フリオニールは口も動かしていた。


「朝、この辺で時々見るとは思ってたんだ。部活の朝練にしてはちょっと遅いし……クラスの何か係とか?」
「……配布物の準備をしている」
「ああ、成程。あれ、皆が来る前にやって置かなきゃいけないんだよな」
「そうだ」
「俺も一年の頃にやったな。園芸部に入って、朝の活動をするようになったから、途中から他の係に替えて貰ったけど」


ぱちん、ぱちん、と鋏の音を立てながらフリオニールは言う。
その中に、スコールは初めて聞く情報を見付けた。


「……園芸部?あんた、運動部じゃないのか」


てっきり、とスコールが言うと、フリオニールは苦笑しながら此方を見た。


「はは、よく言われるよ。あちこち助っ人に来てくれって頼まれるからな。困ってるし、頼まれたんだし、断っちゃ悪いかなって思ってる間に、な」
「……」
「運動部の皆からは、よく勿体ないって言われたけど。顧問からも入ってくれって言われたことあったし。でも、俺はこっちが性に合ってるからなぁ」


こっち、と言ってフリオニールの手は、グリーンカーテンにした蔓花に触れる。

綻びつつある蕾をじっと見つめる赤い瞳は、柔く温かい。
蕾がいつ花開くか、どんな形で色で姿を見せてくれるのか、その目は静かに楽しみにしていた。
それから枝葉を剪定し、今咲いている花々がしっかりと光合成が出来るように、見た目も整えていく。
その横顔は真剣そのもので、彼が真摯にこの花畑に植わった住人たちと向き合っていることが見て取れた。

グリーンカーテンを一頻り整えると、フリオニールは花壇から一歩離れた。
遠目に全体像を見渡してから、「よし」と納得した様子で頷く。


「大分良い感じになってきたな。でも、うーん……この辺りが花の色付きが良くないなぁ……」


植え替えした方が良いだろうか、とフリオニールはぶつぶつと呟いている。
スコールはその丸まった背中をしばらく見つめていたが、


(……このまま見ていてもしょうがないな。邪魔にもなる)


フリオニールは、部活をしているのだ。
グラウンドでボールを追い駆けている少年たちと同じように、真剣に花と向き合っている。
それを、ただ見ているだけとは言え、何をするでもない置物が眺めていると言うのは、存外と鬱陶しいものだろう───少なくとも、スコールならそう思う。

第一、スコールもそろそろ教室に行って、配布物の準備にかからなくてはならない。
足を止める一因となった花も、フリオニールの介添えによって、もう頭を上げている。
これ以上、スコールが此処に立ち止まっている理由はなかった。

特段の知り合いでもないのだから、挨拶なんてものもいらないか。
そう思ってスコールが校舎へと向きを変えようとした時、


「あ。ちょっと───待ってくれ」
「……?」


かけられた声に、スコールは眉根を寄せて振り返る。

フリオニールは、ええと、と花壇をぐるりと眺めた後、中に入って、幾つかの花を切った。
薄水色に大輪と言って良いサイズの花が一輪、それを引き立たせるように小花を数本。
それらを養生テープの余りで簡単に括りまとめて、スコールの前へやってくる。


「これ、持って行ってくれ」
「は?」
「教室にでも飾ってくれたら良いから」


そう言ってフリオニールは、「な?」と促すように笑顔を浮かべる。
よく日焼けした精悍な顔立ちが、切れ長の鋭い眦の形とは裏腹に、人懐こく映った。

呆然と立ち尽くすスコールに、フリオニールは反応を待つように其処に佇んでいる。
蒼灰色が視線を少し下へと傾ければ、目の前の青年が作ったささやかな花束。
これを受け取ってどうしろと、とスコールは心中混乱極まったが、しかし、見つめる青年の表情を見ると、突き返すと何やら罪悪感が生まれそうだった。

半ば、他に選択肢がない、と言う心地で、スコールは恐る恐るに花を受け取り、


「……なんで、こんな……」
「ん?」


当惑がそのまま声に漏れて、訊き留めたフリオニールが首を傾げる。
要領が得ない、と言う様子のそれに、スコールはしばし迷ったが、仕方なく吐露することにした。


「あんたが毎日、大事にしてる花だろ。それをこんな簡単に切って───よく判らない奴に渡す、意味が判らない」


花壇の世話をしているフリオニールを、スコールは時々、見た事があった。
と言うことは、フリオニールの方も、自分の後ろを通り過ぎていくスコールを認識してはいたのだろう。
ついでに、共通の友人として、ティーダの名前も挙がった。
だが、結局はそれだけのことで、自分たちはつい十分前まで、お互いの顔をきちんと確認したことすらなかったのだ。

それなのに、何故、今スコールの手には、フリオニールの作った花束があるのか。
フリオニールがどうしてこんなことをするに至ったのかが、スコールには全く理由が読めない。

そんなスコールの胸中を、フリオニールは事も無げに笑って言う。


「大事にしてくれそうだったからさ」
「……大事に?」
「うん。折れた花を見付けて、ほっとけないって気にしてくれたんだから。そんな優しい奴なら、こういう花も、大事にしてくれるだろうなと思って」


だから、と言うフリオニールに、スコールは益々迷う。

だから、何だと言うのだろう。
結局、肝心な所が酷く抽象的なままで、はっきりとしていない。

それでも、フリオニールの瞳と言葉が、何処までも真っ直ぐに自分に向けられていることは理解できてしまった。


「……そ、うか……」
「うん。まあ、こうやって切ったから、花はその内、萎れていくけどさ。この花なんかは今が一番綺麗なんだ」
「………」
「花なんて、咲いたら次は枯れていくものだ。その変化は寂しく見えることもあるだろうけど、それまで精一杯、咲いてるからさ。見ていてやってくれたら嬉しい」


ひとつ大きな花弁のものを指差すフリオニール。
確かに、薄水色から白へのグラデーションを宿した花は、今が一番見頃なのだろう。
そんなものを、こうやって知り合ったばかりの人間に迷いなく差し出す所に、彼の人格と言うべきか───人の好さのようなものが滲んでいる気がした。


「ああ、これ以上引き留めちゃ悪いな。ごめん」
「……いや」
「じゃあな!」


ひらりと右手を軽く上げて、フリオニールは踵を返した。
小走りに花壇へと戻った彼は、如雨露を持って他の花壇の世話へ向かうらしい。
スコールはぼうとその後姿を見送っていたが、はっと我に戻ると、自身も教室へと向かう為に歩き出した。

腕に抱えた花を、どうしよう、と歩きながら考える。
勢いに受け取ってしまったこれの処遇は、どうするのが一番良いのだろうか。


(……取り合えず、花瓶があるのか、確認しないといけないよな……?)


自分のクラスの教室に、そんなものがあっただろうか。
ないなら、担任教師に確認か、用具員に相談か。

いつかは必ず枯れるであろう、薄水色の花。
せめてそれが褪せてしまうまでは、見守るのも悪くはない、のかも知れない。





2月8日と言うことでフリスコ!

昨年の88の日にリクエストから書いた、『モブから見たフリスコ』[花の名前を君が教えてくれたんだ]の二人、その始まりみたいなのが浮かんだので。
最初はこんな感じで、朝のほんの数分の遣り取りが続くようになって、段々距離が近くなって行ったんだと思います。

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