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2024年11月

[シャンスコ]予習復習

  • 2024/11/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

講義再会申し込みの続き





以前の闘争の時、秩序の戦士たちが過ごす拠点となった屋敷には、それ程大きくはない書庫があった。
大きくはないとは言っても、其処にある蔵書の種類はそれなりのもので、子供が読み耽るような可愛らしい絵本から、ある世界のとある研究で指折りの人物が書いた論文の何某だとかまで、幅広い。
無秩序とも言って良い本の種類は、どうやらこの世界に召喚された戦士たちの元の世界から、無作為に選ばれて出現するからなのだろう。
製本技術も世界の文明レベルによって様々で、職人が手ずから紙を織って作り出し、分厚い革に覆われて丁寧な装飾が施された本もあれば、機械仕立ての大量生産の雑誌まで、本棚の中身は多種多様であった。

新たな神々によって召喚された、新たな闘争の世界にも、それぞれの陣営の拠点がある。
拠点を中心に生活をするのは、大半が秩序の女神に呼ばれた戦士だ。
以前の闘争での生活然り、他者と空間を共有して過ごすことに抵抗のない者が、殆ど其方に偏っているからだろう。
混沌の神に呼ばれた者の中では、ゴルベーザとジェクトの他は、クジャが気紛れにいる他、ヴェインが情報の共有の為に姿を見せることはあった。
後は誰も気紛れなものだから、以前と違って陣営の鞍替えが存外と容易な事もあり、誰がどちらの陣営に属しているのか判らない事も儘ある。

戦士たちが生活の中心とするだけあってか、塔の中の設備は中々充実している。
各個人の部屋が設けられているのは勿論として、調理場であったり、ダイニングに使える大きなテーブルのある広い部屋だったり。
風呂は大きなものもある他、個室にもシャワールームが備えられている。
食料品の他、細々とした消費物は、住み込みのように塔にいるモーグリがショップを開いているので、概ね此処で賄うことが出来た。
余程にマニアックなものでもなければ、大抵のものは揃うので、生活するには申し分のない環境と言えるだろう。

その塔の中にも、書庫と言うものはある。
いつからそれがこの空間に現れたのか、シャントットも正確な所は知らないが、あれば存外と使う人間は少なくない。
暇潰しを求めてやって来る者の他、ルーネスは様々な知識の吸収を求めて頻繁に足を運ぶし、ヤ・シュトラなどは最初にこの書庫に入った時は三日ほど出て来なかった位だ。
何せ様々な世界の、様々な本が一堂に会しているのだから、学者肌気質の者には興味の宝庫なのだ。
蔵書も何処からともなく新たなタイトルが現れて増えて行くから、本好きには夢のような環境かも知れない。

シャントットもこの書庫によく足を運ぶ者の一人だ。
以前の闘争に身を置いていた頃は、屋敷には必要な時以外は戻らず、離島の洞穴の中で自分の城を構えて研究に没頭していた。
その時から、拠点にある書庫はよくよく利用しており、此処で見付けた有用な本や、自身の世界から呼び出されたものと思しきタイトルのものは、一通り浚って持ち帰ることもしていた。
元の世界から現れた本は勿論、他の世界の本と言うのも、魔導や魔法に関わるものには目を通した。
異世界それぞれに違う発展をし、研究の内容によっても違う記述を見られると言うのは、中々に稀有な機会である。
中には判り易く子供向けのものもあったが、ああ言うものは、学びの入り口とする為に、複雑なものを極力単純化して親しみ易く作られているものが多い。
異世界の魔法技術、研究について触れるには、これも馬鹿に出来るものではないと、シャントットは目についたその手の本は須らく目を通している。

この新たな闘争の世界で、シャントットはまだ、自身の城と言えるような研究環境を持ってはいない。
以前の世界も、秩序の神と混沌の神のパワーバランスの歪みにより、不安定な所があったが、この世界はもっと安定性がない。
戦士たちの拠点である塔の周辺は、神の庇護のお陰か、魔物も少なく過ごせるが、距離が開けば魔物は勿論、イミテーションも現れた。
魔物もイミテーションも、シャントットにとっては大した問題ではないが、万が一、地割れでも隆起でもなんでも、地形が一夜で大きく変わるような転変に巻き込まれでもしたら目も当てられない。
まだこの世界のあらましも曖昧な内は、安定した安全圏を取った方が無難、と判断したのだ。

だからシャントットは当分の間、この塔の書庫を生活の中心としている。
以前とはまた違う世界から紛れ込んだ本もあり、新たな研究の種があるのは悪くない。

さて、今日は何処から手を付けようか、と目星の本棚の所へやって来た所で、


「あら」
「……」


本棚の前に立っている先客を見て、シャントットは少しばかり目を丸くした。

濃茶色の髪に、蒼灰色の瞳、その中央の眉間に刻まれた斜め傷────スコール・レオンハート。
以前の闘争の折、シャントットに魔法の指導を求めてきた、ある意味で“生徒”と呼べる少年がいた。

スコールの手には、シャントットが見覚えのある本がある。
立ち読み宜しく、其処でページを捲っていたのだろうスコールは、聊か気まずそうな表情で視線を彷徨わせた。
そんなスコールの様子に構わず、シャントットは本棚の横に取り付けられている、棚梯子へと向かう。


「ひょっとしてお勉強中だったかしら?」
「……そんな所だ」


ぱたん、とスコールは本を閉じて、棚へ戻した。
指はそのまま隣の背表紙に触れ、軽く傾けたそれを持って取り出す。

シャントットは車輪のついた棚梯子をスコールの横へと持って行き、ひょいとその上に昇った。
梯子の一番上まで登れば、本棚の一番上を労なく眺めることが出来、ついでにスコールの旋毛も見ることが出来た。

この本棚には、シャントットの世界から紛れ込んだものと思しき本がまとめられている。
幾つかはシャントットが書いた論文を元に書かれたものもあった。
どれもシャントットは一度は目を通したものであり、その内容がどんなものだったかも、凡そ頭に入っていた。
それをスコールも判っているのだろう、彼は何度か本を取っては戻し、取っては戻しと繰り返しながら、


「あんたに魔法の授業をして貰う話をしただろう」
「ええ、忘れてはいませんわよ。今日まで大した機会もなかったけれど」


シャントットとスコールは、過去の何度目かの戦いの折、ちょっとした交流の仲を作っていた。
魔法のエキスパートと言える実力を持ち、魔法に関する研究者であったシャントットを、スコールが己の扱える魔力の底上げ方法について相談したのが始まりだ。
スコールにとっては駄目で元々の話のつもりだったが、シャントットはそれを良しと受け取った。
スコールの世界で魔法と言うのは“疑似魔法”であり、その環境も、形態も、他の世界と類を見ない特殊なものであった事から、シャントットの研究心が疼いたと言おうか。
魔法の素養を決して多くは持たないながら、科学的に形態が解明されたとした世界で、その習いを持って魔法の扱いを得ているスコール。
その形をまた更にシャントットが解明すれば、技術そのものの流用は出来なくとも、魔法研究の更なる発展が見込めるかも知れない。
そうした興味から始まった二人の関係は、ちょっとした持ちつ持たれつもありつつ、両者それなりに有意義な時間を齎していた。

そんな関係を作った何度目かの闘争の後、シャントットは姿を消し、スコールも交流のなくなった戦士のことは忘れ、それきりとなる。
だから、二人の再会と言うのは、実に久しぶりの事だったのだ。
そして、忘れたきりと思っていた交流の日々を思い出したことで、スコールはまたシャントットに稽古をつけて貰う事は出来ないかと相談した。
シャントットの講義を「有意義だった」と言った彼に同じくして、シャントットにとっても、決して面倒なだけの時間ではなかったから、今改めて、二人は束の間の“教師と生徒”と言う間柄となっている。

が、以前に比べると頻繁に陣営の配置が換わる事や、それでなくとも世界の状態を確認する為に、まだまだ人員が割けられている所である。
スコールはその足で地道なフィールドワークを、シャントットも魔導士としての知見を用いて調べ物が後を絶たない。
お陰でしっかりとした空き時間も、都合をつける暇もなく、講義の予定については話ばかりのものとなっていた。


「まあ……今後も当分は、忙しいんだろうな。今回はあんたも俺もこっちだったが、次はどうか判らないし」
「神の気紛れなんてクソ喰らえですけど、仕方のない事ですわね」
「……だから、今の内に復習でもしておこうと思ったんだ」
「あら、真面目だこと」


言いながらスコールは、開いていた本のページをゆっくりと捲る。
熟読している、と言う訳ではないが、ページに綴られた内容を一通り黙読で確認している風だ。

スコールは本に視線を落としたままで言った。


「あんたの授業を前に受けてから、もう随分経ってるだろう。前の戦いの時に、あんたはいなかったし、俺はあんたっていう存在がいた事も忘れていた」
「以前の神々の下では、そう言う理で巡っていたようですわね。それで?」
「……多分だけど、あんたがいなくなった事で、あんたに色々教わったことも忘れていたんだ。魔法の扱いの感覚は残っていたかも知れないが、実際どうだったのかはよく判らない。だから、あんたにまた授業をして貰う前に、一通り確認して置こうと思って」


スコールの言葉に、成程、とシャントットは納得した。
道理で、スコールが延々とこの棚にある本ばかりを手に取る訳だ。

此処に在るのは、以前の闘争の頃、シャントットがスコールに教科書替わりに指定して読ませた本ばかりである。
学術書としては中級以下のものが殆どだが、先ずはシャントットの世界における“魔法”の研究技術の著述に触れさせることで、両者の魔法に関する感覚イメージの擦り合わせを計った。
結果としてそれが思う程の作用を齎したかは不明ではあるが、スコールは言われたものには一通り目を通している。

スコールは、その内の一冊を改めて手に取って、


「多分、この辺は前に教わった所だ」
「そうですわね。私もなんとなく覚えがありますわ」
「だけどこの辺りは……飛ばした?」
「ええ。本来なら順番としては応用段階を踏むのだけれど、あなたに必要なのはそういうものではなかったし」


当時のシャントットは、スコールが用いる魔法の運用方法に対して、効果的なアプローチを考えていた。
スコールの魔法は、元々少ない魔力を土台にして発動されていたから、その集約速度や、一度に扱える魔力の量を増やす、効率的な方法を探すのが良い、と思ったからだ。
複数の魔力をかけ合わせたり、極一点化させる為の応用方法は、求められるものではなかった。

あの頃、スコールはシャントットの城へと赴いて、主に其処で講義を受けていた。
だから読むようにと指定された本は、シャントットが確保していた蔵書であったものが殆どだ。
其処にあるものは須らくシャントットの持ち物であったから、下手な扱いをして不興を買うのは以ての外と、言われたもの以外は触れないように努めている。
それもあって、シャントットが指名した本が、きちんと目的に合わせて指定されていたことを、スコールは今になって理解した。

スコールは持っていた本を閉じ、本棚に戻した。
指は並ぶ背表紙をぽつぽつと辿り、特に分厚い一冊で止まる。


「後は────この辺りの本に見覚えがある」


そう言ったスコールの指先にあるものを見て、あら、とシャントットの唇が緩く弧を作る。


「確かに、それはあなたに貸した覚えがありますわね」


それは、豪奢な装丁をしてはいるものの、研究に使うには既に遺物とされたもの。
古い形態の神話を元にして研究した記録で、どちらかと言えば歴史書として扱われ、魔導や魔法を研究するには古過ぎる代物だった。
本自体が貴重な一財産として扱われていた時代のものと思えば、確かに重要なものではあったが、それ以上の価値はなかった。

しかし、スコールの持つ“疑似魔法”の理と、シャントットが研究の末に得た魔法の知識は、根本から形が違う。
何であれ試してみるべきであると考え、スコールにもその情報を共有するのが良いだろうと、シャントットにしては破格の扱いで、この本を貸し与えた事があった。

シャントットは棚梯子の上に座って、濃茶色の旋毛を見下ろしながら訊ねてみる。


「それは読み終えたんですの?」
「……どうだったか。半分は読んだ気はする」
「なら、改めて貸して差し上げますわ。じっくり読んでみなさいな」


最早自分の蔵書と言う訳ではなかったが、シャントットがそう言うと、スコールは一瞬物言いたげな表情を此方に向けつつも、「……そうする」と言って本を棚から取り出した。
態度ばかりは勤勉で従順な所も、相変わらずのようだと、シャントットはこっそりと確認する。


「前に読んだ本もあるなら、あなたの世界の本もあるのでしょうね。何か見掛けまして?」
「一番奥の左の本棚に、幾つか教科書があった。年少クラスのは前にあんたに渡したことがあったような……」
「かも知れませんわね。折角だから、私も目を通して見ますわ」


シャントットはひょいと棚梯子を下りた。

スコールが言った本棚を覗いてみると、確かに、見覚えのあるカリグラフィの背表紙がある。
ひとつ手に取って開いて見る内に、記憶の奥底から、段々と「これを知っている」と言う感覚が沸いて来る。

学年ごとか、カリキュラムごとか、教科書と思しき本は数冊が並んでいた。
その中から、魔法の扱いに関する記述が見られるものをまとめて取り出す。
書庫の奥にある読書スペースへそれを抱えて行ってみると、既にスコールが座っており、分厚い本を開いて眉間に深い皺を浮かべていた。

シャントットはスコールの隣から一席空けて、椅子に座った。
魔法研究者である自分が、子供が読むような教科書を開き、学び舎でテストに唸っているような少年が、小難しく分厚い本を開いている。
なんとも奇妙な取り合わせではあったが、今の書庫に、そんな二人の姿を見る者はいない。


(さて……それで、講義はいつが良いものかしら)


明日の予定もよく判らない世界であるから、いつ何時とスケジュールを組むのは難しい。
だが、授業終わりに飲む紅茶くらいは用意しておかないと、と思うシャントットであった。




11月8日と言う事で。

二年に一回くらいのペースで書いてるようです、このシャンスコと言い張るシリーズ。
元々スコールとシャントットの絡みは全くないのに、こうだったら私が楽しいなの精神で書いてる。

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