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2013年07月
なんか此処の所、ゲリラ豪雨的に突然の大雨に見舞われる日々。
そして今日は雷も物凄かった。なんか頭上で鳴ってるよ!?今の確実に落ちただろ!?って言うような雷雨でした。お陰で買っている柴犬のガクブルが止まらなかった。
恐がってる動物は可哀想と思うのですが、落ち付いたらどうしても妄想が広がります。
と言う訳で、猫なレオンと子スコで雷雨の日。
[まって、まって]の野良猫レオ子スコ →
[雨宿り][ペットショップ・ファンタジア]の猫レオ子スコ →
[レインドロップ・ファンタジア]小動物が身を寄せ合ってるのって可愛いなあ。
朝から雨が降っていて、外に出る事が出来ない。
仕方のない事ではあるけれど、つまらない、と思う気持ちは否めない。
傍らの子供の方は特にその気持ちが強いらしく、降りしきる雨を映す窓の向こうをじっと見詰め、やまないかなぁ、と時々呟いていた。
窓の向こうには、広い広い庭がある。
地面は柔らかな土と草で覆われていて、走り回って転んでも痛くない。
綺麗な色を咲かせた花があちこちにあって、色々な匂いが風に乗って運ばれて、蝶やバッタがよく遊ぶ。
子供は今、それを追い駆けて捕まえる練習をするのが楽しみで、一刻も早く、兄のように上手に捕まえられるようになりたいと言っていた。
けれど、雨が降っていては庭に出る事は出来ないし、出たとしても蝶もバッタも何処にもいない。
だから雨の日はつまらない事だらけだった。
ぺち、ぺち、ぺち、と幼子の前足が窓を叩く。
あけて、あけて、そとにでたい、と幼子は言うけれど、窓はウンともスンとも言わなかった。
雨が止んで、空に太陽が顔を出さない限り、きっと窓は開かないだろう。
しばらく窓を叩き続けていた幼子だったが、窓がちっとも開かない事を知って、拗ねた表情で窓に背を向けた。
小さな足がつるつるとよく滑る地面を走って、兄の下へ。
ふかふかとしたクッションの上にいた兄の傍へ辿り着くと、幼子はよいしょ、とクッションの上に昇る。
お兄ちゃん、雨だよ。
お庭、お池でいっぱいだよ。
つまんないよぅ、と拗ねた顔をしている幼子。
雨が止むまでは仕方ないよ、と額をこつんと当てて宥めてやる。
ほんの少し前まで、外の世界が怖くて怖くて仕方がなかったのに、いつの間にか幼子は、広くて明るい外の世界に夢中になって、外遊びが好きになった。
かく言う自分もそれは同じで、仕切りのない広い世界はとても居心地が良い。
美味しいご飯も水もあるし、暖かい毛布もあるから、すっかり気に入った。
それに何より、この世界に自分達を連れ出してくれた大きな生き物達の事も、気に入った。
ぽふん、ぽふん、ぽふん。
子供が前足でクッションを叩く度、柔らかい音が跳ね返る。
子供が力を入れてクッションの小山を押すと、小山は沈んで、子供はころんと前回りして床に落ちた。
逆さまになった子供の姿が可愛くて、くすくすと笑っていると、子供はムッとした顔で起き上がる。
んぅー……
子供は頭を低く伏せて、ゆらゆら尻尾を左右に揺らし、
えいっ!
後ろ足で地面を蹴って、大きくジャンプ。
クッションに乗った兄の顔に向かって飛び掛かった。
しかし、惜しい距離で子供の狙いは届かず、小さな体はぽふん、とクッションに落ちる。
そのままずるずると床に落ちて行った子供は、クッションの下でぱちぱちと瞬き。
それから、もう一度伏せて、ジャンプして、クッションの小山にぽふんと落ちる。
ぴこん、と立った耳が、子供が楽しんでいる事を教えてくれた。
朝からの雨続きで、退屈そうな顔ばかりしていた子供は、新しい遊びに夢中になっている。
それを見て、これなら今日はもう大丈夫だな、と思って、クッションの上でのんびり目を閉じようとした────その時。
ゴロゴロゴロ、と大きな音がして、硬直した。
その傍らで、今正にジャンプしようとしていた子供が、硬直して転ぶ。
なに、なに、なに。
いまの、なぁに。
きょろきょろと子供が周りを見回して、音の発信源を探す。
けれど、此処で鳴っている、と言うものが見付からなくて、子供の目は恐怖で一杯になった。
うんしょ、うんしょと急いでクッションを登って、固まったままの兄の体に身を寄せる。
ゴロゴロゴロ、ともう一度音が聞こえた。
なあに、なあに。
おにいちゃん、いまの、なあに。
判らない、こんな音は、今まで聞いた事がなかったから。
何処から聞こえているのかも、一体何の音なのかも、判らない。
ゴロゴロゴロ、と言う音が、どんどん大きくなって行く。
音を鳴らせるものが近付いているのかも知れない。
身を寄せた子供が、ふるふると体を震わせている事に気付いて、いつまでも固まっている場合ではないと気付く。
子供を怖がらせるものが近付いているのなら、子供を守ってやらなければ。
若しも何かが襲って来るのなら、警戒するべき場所は二つ。
庭に通じる窓が一つと、他の場所へと通じる扉が一つ。
よくよく耳を欹てれば、ゴロゴロと言う音は庭の方から聞こえて来たような気がする。
雨靄で暗くなった窓の向こうを睨む。
いつ何が来ても、直ぐに飛び掛かって行けるように。
じっと睨んでいると、ゴロゴロゴロ、と言う音がまた鳴って、近付いている事が判った。
カタカタカタ、と窓枠が鳴って、子供がクッションに頭を伏せて尻尾を縮める。
じりじりと、何か良くないものの気配が感じられて、頭を低くして飛び掛かれる体勢で、侵入者を待つ。
暗い窓の向こうが、一瞬、眩しく閃いた。
その次の瞬間、─────ガガァアアアン!!とこの空気を劈く凄まじい音が響く。
ふえぇぇえっ!!
子供の泣く声を聞き留めるよりも早く、子供を掴まえて飛び退いた。
柔らかいクッションの上を離れて、潜り込める場所を探す。
つるつるとした地面に足を取られて、何度も同じ場所で足を動かしながら、滑り込んだのは狭くて暗い棚の裏。
あれは、駄目だ。
あんなに大きな音のするものは、近付いては行けない。
それは理屈ではなく、本能で感じ取った警告だった。
地面に下ろした子供が、がたがたと震えている。
同じように、自分の体も知らない内に震えていて、体が思うように動かなくなっていた。
そんな自分達を嘲笑うように、ゴロゴロゴロ、と言う音が鳴る。
やだ、やだ、やだぁ。
おにいちゃん、やだ、あれ、やだぁ。
こわい、こわい、と泣きじゃくる子供。
いつでも守ってくれる兄に、子供は助けを求めている。
けれど、動けない。
この子を怖がらせるものから、この子を守らなくちゃと思うのに、足が竦んで動かない。
空気を劈く凄まじい音が響く度、びくん、と体が固まって石になる。
そんな兄の姿に、子供は益々不安になって、泣きじゃくる。
おにいちゃん、おにいちゃん。
こわいよ、やだよ、おにいちゃん。
泣きじゃくる子供を落ち着かせてやらなくちゃ。
傍にいるから大丈夫だよと、泣き止ませてやらなくちゃ。
そう思っているのに、ゴロゴロゴロ、と音が鳴る度、動けなくなる。
誰か、だれか。
だれか、たすけて。
そんな声が届いたかのように、ガチャリ、と扉が開かれる。
「スコール、レオン、大丈夫?……あら?」
聞こえた声は、自分達を外の世界に連れて来てくれたものだった。
子供と同じ、綺麗な澄んだ色の瞳をした、あの生き物の声。
「スコール、レオン?何処にいるの?」
生き物が何度も呼ぶ言葉は、連れて来られた時に付けられた、名前だった。
スコールが子供で、レオンは兄である自分の名。
ここにいる、と答えた声は、ゴロゴロゴロ、と言う音に掻き消された。
代わりに、助けを求める子供の声が繰り返される。
その声を聞いて、生き物は棚の裏側に隠れた自分達の存在に気付いた。
微かに光が差しこんでいた隙間に陰が差して、澄んだ瞳が蹲っているものを見付けて、微かに和らぐ。
「あらあら、そんな所に入っちゃって。怖かったのね」
「おーい、レインー。スコールとレオン、どうだ?大丈夫か?」
優しい顔をした澄んだ瞳の向こうから、もう一つ声がした。
「ん?レイン、そんな所で何してるんだ?」
「スコールとレオンが此処にいるのよ。雷が怖くて、逃げ込んだのね」
「ああ、成る程。そっかそっか。スコール、レオン、俺達が来たからもう大丈夫だぞ。こっちにおいで」
おいで、と呼ぶ声に応えなくちゃと思うけれど、ゴロゴロと言う音は相変わらず鳴っていて、竦んだ足が動かない。
兄が動かないから、子供も動けないまま怯えていて、兄の後ろでぺたりと伏せて蹲る。
出て来ないなあ、と言う声がして、動かせる?と確認する声。
よし任せろ、と言う声の後、狭くて暗かった隙間の壁が、ゆっくりと動き始めた。
そんな事をしたら隠れているのが見付かるじゃないか────と益々硬直していると、
「レオンもスコールも、怖かったね。ごめんね、もっと早く来れば良かったわ」
「ありゃりゃ、どっちもカチコチじゃないか。今日の雷は特に物凄いし、無理もないか」
白くて細い前足と、大きくて確りした前足が伸びて来て、掬い上げられる。
よしよし、と柔らかく喉や背中を撫でられて、少しずつ、硬直していた足が解れて行くのが判る。
けれど、ゴロゴロゴロ、と音が鳴って、窓の向こうが白く光る。
ガガァアアン!!と大きな音が鳴って、また動けなくなった。
「よしよし、怖かったな。でも、もう大丈夫だぞ。俺とレインが一緒だからな」
ぐりぐり、と額と額が押し当てられる。
黒くて長い毛が鼻の頭をくすぐって、くしゅん、とくしゃみをしてしまった。
それを見た緑色の瞳をした生き物が、ありゃりゃ、と目を丸くする。
「寒いのかな。震えてるし」
「雷が怖いのもあるんでしょうね。あっちの部屋で暖かくしてあげましょう」
「そうだな。よし、急ごうぜ」
緑の瞳の生き物と、蒼い瞳の生き物と、それぞれに抱かれて、扉の向こうへ。
ゴロゴロと言う音は相変わらず聞こえていて、時々、空気を劈く音が響く。
その度に体がかちんこちんに凍り付いて、その度、大丈夫、大丈夫、と優しい声が降ってくる。
別の部屋に連れて行かれて、柔らかいクッションの上に降ろされて、クッションごとふかふかの毛布で包まれる。
生き物達はクッションを真ん中に挟んで座って、毛布の中にいる自分と子供の頭を撫でた。
─────ゴロゴロゴロ、と言う音は、まだ聞こえている。
窓の向こうでは、時々光が走り抜けて、それを追うように大きな音が鳴り響く。
でも、それでも。
撫でてくれる温もりが心地良くて。
おにいちゃん、おにいちゃん。
子供の呼ぶ声に、隣を見れば、ぴったり身を寄せる子供がいて。
あったかいね、おにいちゃん。
すり、と摺り寄せる体は、もう震えていなかった。
ラグナとレインに引き取られた猫レオ子スコでした。
野良と違ってペットショップ(温室)で育ったので、雷とかもあまり免疫がない二匹。
ラグナとレインに守られて、幸せになれば良い。
突然降り出した雨から逃げる場所を求めて、一目散に走る。
けれど、濡れた地面はつるつると滑り易くて、後ろを一所懸命に追い駆けていた幼子が何度も転ぶ。
降りしきる雨の所為で視界も悪く、それが尚更、幼子を転ばせていた。
結局、何度も転んで足下が覚束なくなった幼子を掴まえて、運ぶ事にした。
大粒の雫が足下で跳ね上がり、体にぶつかって、頭の天辺も足下も関係なく濡らして行く。
朝はあんなにも綺麗に晴れて、抜けるような青空が見えていたと言うのに、一体何の因果だろう。
一寸先も雨煙にやられて見えなくなってしまうような、こんな土砂降りに遭うなど、想像してもいなかった。
この状態で棲家まで駆け抜ける自信がなかったので、途中で道を曲がった。
いつもと違う景色の道を走る兄に、幼子があれ?あれ?と不思議そうに辺りを見回す。
どこいくの、と言う幼子の声に答える暇もなく、ただ只管、目当ての場所へ走る。
雨煙の中を走り続け、辿り着いたのは、小さな公園。
いつもなら沢山の甲高い声が響き、沢山の気配があちこちで走り回っている場所なのだけれど、土砂降りの雨に見舞われた今日は、生き物の呼吸の一つさえ感じられない。
公園の地面はコンクリートには覆われておらず、茶色が何処も剥き出しなのだが、今日は何処も池だらけになっている。
その池を一つ、二つと飛び越えて、敷地の中心に立つオブジェに向かって走る。
オブジェの中は配管のよいうに入り組んでいて、色々な所から出入り出来るようになっていた。
その穴にするりと潜り込んで、抱えていた幼子を下ろしてやる。
幼子はしばしきょとんとした表情で佇んでいたが、ぷるっ、と大きく体を震わせると、
くしゅん!
細い配管の空間で、幼子のくしゃみの声が響いた。
続けて、くしゅん、くしゅっ、と何度もくしゃみが続く。
幼子の小さな体は、頭の天辺から足下まで濡れている。
自分も同じで、頭の天辺から足下まで濡れていて、泥塗れになっていた。
その水気を、体を振るって追い払ってやると、幼子も真似するように小さな体をぷるぷると震わせた。
小さな水滴が、狭い配管の中であちこちに飛び散り、伝い落ちる。
大きな水粒はこれで追い払う事が出来たけれど、体はまだまだ濡れている。
濡れた顔をこしこしと拭う幼子の頭も、まだぐっしょりと湿っていた。
それをそっと拭い取ってやれば、きょとん、とした顔が兄を見上げる。
おにいちゃん、なあに?
訊ねて来る幼子に、体を拭かなきゃ寒いだろう、と言って、濡れた頭を拭いてやる。
子供は大人しくされるがままになっていて、時々くすぐったそうに笑う声が聞こえた。
丹念に、丹念に、幼子の頭や体を拭いてやる。
体が冷える事は、小さな幼子にとって良くない事だ。
くしゅん、くしゅん、と言う幼子のくしゃみが止まるまで、丁寧に幼子の体を拭き続ける。
幼子も自分で拭ける所をきちんと拭きながら、体の湿りがなくなるのを待った。
十分に幼子の体を拭いてやって、これでよし、と体を離す。
ようやく自分の体を拭こうと座ると、幼子が駆け寄ってきて、濡れた兄の顔を拭いた。
おにいちゃんは、ぼくがキレイにしてあげる。
そう言って、兄の真似をする幼子。
幼く拙いなりに、一所懸命に、兄の体を丁寧に拭いて行く。
兄の背中を拭こうとして、届かない事に気付いた幼子は、よいしょと体を大きく伸ばす。
それでも届かない幼子の為に、体を伏せてやれば、ぽてんと背中に乗る軽い重み。
そのままもぞもぞ、うんしょ、うんしょと、幼子は一所懸命兄の体を拭いて行く。
その間に、泥塗れになった足下を、自分で手早く拭き終えた。
頑張る幼子をしばらく待ってから、もういいよ、と言うと、幼子はころんと兄の背中から転がり落ちた。
逆さまになってしまった幼子を起こしてやると、小さな体がすりすりと寄せられる。
おにいちゃん、あったかい。
幼子のその言葉を聞いて、ほっとした。
雨の中はとても冷たくて、幼子の体温をあっと言う間に奪って行く。
なんとか此処まで逃げて来る事は出来たけれど、小さな体はまだ冷たい。
丸くなって、おいで、と言うと、幼子は嬉しそうに兄の胸に飛び込んだ。
おにいちゃん、あったかい。
おにいちゃんも、あったかい?
幼子の問いに、うん、暖かいよと答えると、幼子は嬉しそうに笑った。
外ではざあざあと雨音が鳴り続けている。
幼子は兄の胸の中から、ひょこりと顔を上げて、降りしきる公園風景を見詰める。
その横顔が、しょんぼりとつまらなそうな顔をしているように見えるのは、兄の気の所為ではない。
雨、やまないかなあ、と幼子が小さく呟いた、その時。
────ゴロゴロゴロ、と言う音が鳴って、幼子がビクッ!と硬直した。
やだ、やだ、なあに。
あれってなあに、なんの音?
小さな体を一層小さく縮こまらせて、ぷるぷる震える幼子。
そんな幼子を見て、ああ、これは初めて聞くものだったか、と思い出す。
あれは雷。
空の上で、大きな何かが、大きな音を鳴らしている。
ゴロゴロゴロ、ともう一度大きな音が鳴って、幼子がビクッ!と硬直する。
いやいや、と幼子は頭を伏せて、兄の胸に顔を埋めた。
それでもゴロゴロゴロ、と言う音は聞こえて来て、幼子の体がぷるぷると震える。
かみなり、こわい。
かみなり、きらい。
ゴロゴロゴロ、と鳴り続ける雷の音に、幼子はすっかり怯えていた。
その小さな体を抱き込んで、大丈夫、と小さな頭に額を押し付けてやる。
そうすると、幼子はそろそろと顔を上げて、目の前にある兄の顔を見ていつも安心する。
────けれど。
その時、ゴロゴロゴロ、と一際大きな音が鳴った後、ガシャァン!と更に大きな音と共に光が走って、幼子は思わず悲鳴を上げた。
やだやだ、やだぁ!
たすけて、たすけて、おにいちゃん!
幼子の泣く声が配管の中に響いて木霊する。
もう一度、ゴロゴロゴロ、と音が鳴って、子供はビクッ!と跳ね上がった。
パニックになった幼子が、聞こえる音から逃げようと立ち上がった事に気付いて、急いで駆け出そうとした幼子を捉まえる。
じたばたと暴れて逃げようとする幼子を引っ張って、もう一度胸の中に閉じ込めた。
ビクビクと震える幼子の体をゆっくりと撫でて、宥めてやる。
小さな体がこれでもかと言う程に怯えているのがよく判った。
たすけて、たすけて、お兄ちゃん。
大丈夫、大丈夫。
此処にいるから、傍にいるから。
繰り返しそう言い聞かせていると、少しずつ、幼子は落ち着きを取り戻す。
しかし、ゴロゴロ、ガシャアン!と大きな音が響き、雨の向こうでピカピカと光が走る度、幼子はビクン!と体を硬直させる。
兄の胸に顔を埋め、ふるふる震える幼子の目には、大きな雫が浮かんでいた。
…かみなり、こわい。
…かみなり、きらい。
閉じ込めた温もりの中で、幼子が言った。
そうだな、俺も嫌いだよ、と言えば、幼子はすりすりと頭を摺り寄せて来る。
幼子を怖がらせる、雷。
降りしきる雨を見ながら、早く何処かに行けば良いのに、と思いながら、丸くなる。
胸の中に閉じ込めた幼子が、どうか夢の中まで怖がらないようにと、願いながら。
耳ぺたーんで尻尾ぶわっ!な子スコと、落ち付いてるけど耳ぺたーんってなってるレオン。
パイプ管みたいな場所で、二匹一緒に丸まって雨宿りする猫って可愛いなと思って。
此処しばらく、朝靄の空と夜空しか見ていなかった気がする。
城の奥深く、地下に存在する街のコンピューター室から出て、レオンは久しぶりに見た橙色の空を仰いで思った。
たまには陽の光に当たらないと、もっと根暗になっちゃうぞ、とユフィに言われた事を思い出す。
動物の生態に必要な要素の一つとして、光───出来れば自然光、つまり太陽光───に当たった方が良いと言うのは、レオンも理解できた。
しかし、「もっと根暗になる」とは、一体どういう意味だろう。
まるで今も根暗のようではないか……と思った後で、少なくとも自分が明るい性格をしていない事は確かだと思い出す。
無邪気で元気なユフィと比べられたら、根暗と言われても仕方がないかも知れない。
だが、朝と夜だけ外に出ているだけでも、此処数日はまだ良い方ではないだろうか。
以前は文字通り、城の地下に篭り切りと言う時期もあったし、街の外れに確保した自分の家にさえ帰らなかった。
眠る為だけに帰る家と、仕事場となった城との間を往復するだけでも、あの頃に比べればマシな筈だ。
それが五十歩百歩の違いであるとしても。
今日は予定よりも早めにするべき事が終わったので、夕刻の内に帰路についた。
レオンとしては、今回の作業が終わったついでに、前倒しで次の作業に入りたかったのだが、「後は俺がやるからお前は帰れ」とシドに制御室から蹴り出されてしまった。
締め出されてしまったのでは仕方がないと、レオンも今日はゆっくり休む事にして、シドの言葉に甘える事にした。
そのお陰で、久しぶりに夕暮れを見る事が出来たである。
────そのまま真っ直ぐ帰宅しても良かったのだが、レオンの足は街へは向かわなかった。
いつであったか、小さな勇者から聞いた話を思い出す。
此処とは違う他の世界で、とても綺麗な夕焼け空を見たのだと。
何処までも続く海の向こうに沈みゆくオレンジ色の太陽と、その光を受けて綺麗なシルエットを映し出す列車と線路。
光と影が海に移り込み、風で揺れた波の中できらきらと光っては消えてを繰り返す。
その光景がとても綺麗だったのだと、彼は言った。
レオンは城の崩れた外壁に登り、橙色に染まった世界を見た。
其処には何処までも続く海はなく、あるのは闇に染まった時の爪痕をあちこちに刻んだ、傷付いた街がある。
橙色に染まった空だけは遠く広く続いているけれど、少年が言っていたような景色は此処にはない。
嘗ては美しく、輝ける庭と呼ばれていたこの街や城も、今は見る影もなかった。
最初の頃に比べれば、大分復興が進んだ方だと思っていたレオンだったが、こうして俯瞰で街の全てを見渡すと、全てを取り戻すにはまだ長い時間が必要だと言う事が判る。
(直すだけじゃない。まだあちこちにいるハートレスや、ノーバディも退治しないと)
踵を返して、背にしていた城を見る。
外目には随分と落ち付いたように見える城だが、その周囲には闇の者達が蠢いている。
それらを全て駆逐し、街が以前の光景を取り戻すまで、街の復興は終わらないのだ。
レオンはじっと、夕焼け色に染まった城を見詰めていた。
此処でこうして景色を見詰めていた所で、何が変わる訳でもない。
今日はもう仕事として出来る事がないのだから、早く家に帰って休み、明日に備えるべきだと、頭では判っている。
だが、そんな思考とは裏腹に、もう少し此処にいたい────と言う意識が、レオンの足を引き留める。
随分と久しぶりに見る夕焼け空の中、自分以外の誰もいないこの世界の片隅に留まっていたい、と。
しかし、レオンは直ぐにそんな意識を持った事を後悔した。
「先客か」
暗い気配と共に、頭上から落ちて来た低い声。
誰だ、と、誰も知らない秘密基地を許可なく侵されたような気分で振り返ったレオンの目に、夕暮れの光を受けて柔らかに光るプラチナブロンドが映った。
腰までの長い銀色の髪と、レオンがよく知る男と似た碧色の瞳を持った男。
面は神が厳選を重ねて選んだかのように整っており、それ故に返って人形めいて見えた。
銀色の髪に黒衣の衣装がよく映えたが、それ以上にレオンの意識を奪ったのは、男の肩口から覗く漆黒の片翼だった。
「……あんたは、誰だ?いや、何、と聞いた方が正しいのか」
レオンの言葉に、男の口元がうっそりと笑みを浮かべる。
男はゆっくりと下りて来た。
片翼なのに危なげがないな、と思った後、そもそも片翼で飛べるものなのだろうか、とレオンは首を傾げる。
それから、自分がよく知る男も片翼で飛んでいたな、と思い出す。
レオンと男の距離は、5メートルはあるだろうか。
腰に提げた獲物に手をかけて、レオンはじっと男と動きを見詰める。
男は両腕をだらりと重力に従わせたまま、一見すると無防備と取れる格好だった。
碧眼がじっとレオンを見詰め、唇が薄く開かれる。
「あれのお気に入り、か」
(……あれ?)
何の事だ、とレオンは思ったが、問う事はしなかった。
踏み込むな、と本能的なブレーキが働いた事を、レオンは後になってから理解する。
一挙手一投足を見逃すまいと、僅かでも何かあれば直ぐに反応できるように身構えるレオンに、男は敵意のない証左とでも言うのか、目を伏せて言った。
「ただの通りすがりだ。気にするな」
「随分、変わった場所を通り道にしているんだな」
街を見下ろせるこの壁は、通りがかろうと思って通れる場所ではあるまい。
そんな場所にいるレオンに、この男は、頭上から声をかけて来たのだ。
変わり者の一言で済ませられるような出来事ではない。
だが、それもレオンは追及しなかった。
男の背から覗く漆黒の片翼を見れば、この男が常識的な物事の範疇に納められない事は直ぐに判る。
下手に藪を突いて蛇を出すのは御免だった。
それでも、男の同行を伺うように見詰める蒼灰色は逸らされない。
男はそれを気にする風もなく、それもそうだな、と肩を竦めた後、
「此処は眺めが良いからな」
男の碧眼が眼下の街へと向けられて、レオンも同じようにそれを追った。
大きな街と、美しい城。
その全て全視界で一望できる場所など、早々ない。
だからこそ、今の街の全てを目の当たりにする事が出来る。
“輝ける庭”と呼ばれた街も城も、今ではあの頃の面影を思い出させる事さえ難しい。
西の空に沈み行く太陽に照らされて、橙色に染められた街の中に、動きを止めた大型クレーンの細長い影がある。
それだけでレオンは、胸の奥が締め付けられるような気がして、時折、呼吸を忘れてしまう。
あの日、あの時の、自分の無力さが思い出されてしまうから。
目を逸らしても、何処を見ても、この場所からは街が見える。
夕焼け空に照らされた愛すべき故郷は、いつかの少年が語ってくれたような、きらきらとした表情を見せてはくれなかった。
それが見たくて此処に来た、と言う訳ではないけれど、気紛れなんて起こすものじゃないな、とレオンは思う。
夕焼けに照らされた街を見るのが苦しくなって、レオンは俯いた。
そうして見えた足下に、自分のものではない影が落ちる。
「何を思い煩っているのかは知らないが、少し無防備が過ぎるんじゃないのか」
「それはつまり、あんたは俺に危害を加える気があると言う事か?」
いつの間にか、男との距離が酷く近くなっている事に、レオンは気付いていた。
男への警戒心が解けた訳ではなかったが、可惜に身構えている必要はない────とレオンは思う。
若しもこの男が自分に危害を加えるつもりなら、最初に声をかけた時点で、彼はレオンに手をかけているだろう。
それ位に隙だらけな状態で、ぼんやりと佇んでいた事は、レオンも自覚している。
レオンの指摘に、男は少しの間考えるように沈黙した。
それから、ふ、と小さく笑い、
「危害を加えるつもりはないが、」
「……?」
コツリ、と硬い床を踏む音が鳴った。
それと同時に、レオンの視界に影だけではなく、男のブーツが映り込む。
近いな、とレオンは眉根を寄せた。
敵意らしいものがないので好きにさせていたが、何処の誰とも知れない、“何”かも判らないものに必要以上に近付かれるのは、余り落ち着かない。
離れろ、と言おうとして、レオンは顔を上げた。
しかし言葉は音にならず、柔らかなもので呼吸ごと塞がれる。
(──────なん、だ?)
一体何が起きているのか。
理解出来ずに固まったレオンの眼前で、オレンジ色を帯びた銀色が閃いて、自分が知っているものとよく似た碧眼が笑う。
それを見て我に返ったレオンが、咄嗟に握っていた剣を振り抜いた。
「物騒だな」
「貴様……っ!」
男を睨むレオンの頬は、夕焼けの朱色ではない赤で染まっていた。
薄らと濡れた感触の残る唇を、手の甲で乱暴に拭う。
最悪だ、と呟くレオンから逃れるように、男は外壁の外へと身を投げた。
ふわりと風を纏って宙に浮いた男を、レオンは愛剣を握り締めて睨む。
「そう怒るな。これ位の悪戯なら、可愛いものだろう」
「何処が可愛いんだ。貴様がどれだけ性質の悪い人間か、よく判った」
「だが、お前がいつもされている事と比べたら、軽いものだろう?」
────いつもされている事。
誰が、誰に。
問うまでもなく真っ先に浮かんだ顔に、レオンの顔に火が上る。
それを見た男が、一瞬驚いたように目を瞠った後、くつくつと笑い出した。
「其処まで入れ込んでいたとはな。少々驚いたが、面白い事になりそうだ」
「っ……おい!」
楽しそうに笑う声を微かに残して、男の姿は闇の影に溶けるように消える。
レオンの制止の声は、夜の色を宿し始めた空に虚しく響くだけだった。
再び一人になった外壁の上で、レオンは苦々しい表情を浮かべ、もう一度唇を手の甲で拭う。
(最悪だ)
気紛れに少年の言葉を思い出し、気紛れにこの場所に登った十数分前の自分を、レオンは後悔していた。
やはり気紛れなんてものは、碌なものを呼んで来ない。
いつもと違う行動は、滅多に取るものではないのだと、レオンは思った。
唇に残る感触を、妙に意識している自分がいた事には、気付かない振りをした。
7月8日なのでセフィレオ!
KH準拠のセフィレオは初めて書いたなあ。
そして、なんか知らんがセフィレオは不倫臭がする。
秩序の聖域から程近い場所に、小高い丘と、その上に一本の木が立っている。
見晴らしが良く、風通しも良いその木の下は、秩序の戦士達の束の間の休息場所として親しまれていた。
其処でのんびりと刀の手入れをしていたセフィロスの下に、秩序の賑やかし組二人がやって来たのは、五分前の事。
ふらりと行方を眩ませる仲間────スコールを探して、ジタンとバッツは聖域とその周辺を走り回っていた。
なんでも、今日はスコールと一緒にグルグ火山方面へ赴いて、素材集めをする予定だったのに、肝心のスコールの姿が見当たらないのだと言う。
折角三人で素材集め競争をしようと思っていたのに、と言うジタンとバッツに、セフィロスは無邪気なものだと小さく笑う。
「ちぇー。この間はスコールがぶっちぎりだったから、今度こそ勝とうと思ってたのに」
「不参加による不戦敗……にはしないんだな」
「それは前にやった事あるけど、ヒールクラッシュ食らったからもうやらない」
前科があったのか、とセフィロスはくつくつと笑う。
そんなセフィロスを挟んで、ジタンとバッツはきょろきょろと辺りを見回している。
此処に来るような気がしたんだけどなあ、とバッツが呟いて、見当たらない目当ての人物に、ジタンは宛が外れたと肩を竦めた。
これだけ探しても見付からないのなら、一人で探索に向かったのかも知れない。
またウォーリアと揉めるような事になっていないと良いけど、と言いながら、ジタンとバッツは丘を下っていった。
丘を降りた向こう、秩序の聖域と丘を隔てるように存在する森に二人の姿が消えて、セフィロスは手入れを終えた愛刀を手放し、
「行ったぞ」
振り返らずに言ったセフィロスの言葉の、数秒の後。
ザッ、と木の枝葉が音を慣らして、木の上から一人の少年が降りてきた────スコールである。
「……助かった」
スコールはジャケットや髪に絡まった葉を払い除けて、眉間に深い皺を寄せたままの表情で言った。
セフィロスはそれを見ないまま、気にするな、と言うようにひらりと左手を上げて見せる。
────此処に来ると思ったのに、と言うバッツの勘は当たっていた。
スコールが此処に来たのは、ジタンとバッツがやって来るほんの少し前の事。
何かから逃げるように丘を駆け上ってきたスコールを見た時、先客であったセフィロスは何事かと思ったのだが、「邪魔する」と言うごく短い断りをした後、セフィロスの反応を待たずに木に上った。
それから数分後、スコールを探しに来たジタンとバッツを見て、セフィロスは納得した。
スコールがこの丘に来たのは、ジタンとバッツによる素材収集合戦から逃げる為だったのだと。
画して無事にジタンとバッツから逃げ仰せたスコールは、ジタンとバッツが戻って行った方向をじっと見詰めていた。
向かえば秩序の聖域に戻れる方角だが、今行けばジタンとバッツに見つかるかも知れない。
何せ二人は非常に勘が良いので、理由もなく「ちょっと戻ってみよう」と言う提案をして引き返してくる可能性がある。
「あいつらに付き合う気がないのなら、もうしばらく此処にいた方が良いんじゃないか」
セフィロスの言葉に、スコールが視線を落として魔晄の瞳を見下ろした。
じっと睨むように見つめる蒼灰色を見返して、セフィロスは形の良い口許を緩め、
「たまには恋人同士、他愛のない語らいをするのも悪くはないと思うんだが、どうだ?」
薄く笑みを浮かべた男の言葉に、スコールはぱちり、と瞬きを一つ。
魔晄の瞳に映り混んだ少年の頬に、一気に朱色が上ったのはその直後だ。
真っ赤な顔ではくはくと無音の口を開閉させるスコールに、セフィロスはくつくつと笑う。
それを見たスコールの頬が、益々赤くなる。
「あんた…っ!からかってるのか!」
「いいや。可愛いなと思っただけだ」
「やっぱりからかってるだろう!」
常の落ち着き払った大人びた顔は何処へやら、噛み付かんばかりに声を荒げるスコールだが、セフィロスの表情は崩れない。
穏やかな笑みを浮かべたまま、じっと見詰めるセフィロスに、スコールは何か言おうとして、結局それ以上は何も音にならない。
怒りか、羞恥か、それとももっと別の何かか。
色々な感情をごちゃまぜにした表情で睨むスコールに、これは無理かもな、とセフィロスは思う。
滅多に訪れない二人きりの時間、のんびり共に過ごすのも良いだろうと思ったのだが、どうやら誘い方が悪かったらしい。
先日、同じような時間に恵まれた時、遠回しに誘った時には全く気付かれなかった為、今度は直接誘ってみようと思ったのだが────気難しい恋人の操縦方法は、そう簡単なものではないようだ。
さて、なんと言えば彼は応えてくれるのだろう、ともう一度考えていると、
「………」
じゃり、と土を踏む音して、セフィロスの視界に木漏れ日が差し込む。
その木洩れ日は、傍らに立っていた少年によって遮られていたものだった。
去って行く少年の姿は見えない。
当然だ、彼は立ち去る事なく、セフィロスが背にした木の裏側にいるのだから。
彼が其処に留まっている事は、隠さない気配が伝えてくれる。
これは予想外の事だったが、セフィロスにとっては嬉しい誤算だ。
気難しい恋人は、周囲に人の気配がなくとも、二人きりと言うだけで酷く緊張するらしく、“二人きり”である事を自覚した瞬間に逃げるように立ち去ってしまうのが常だった。
そんなスコールがこの場に留まってくれたと言う事は───ジタンやバッツに見付かりたくないと言う思いも少なからずあるのだろうが───、彼も少なからずセフィロスと二人で過ごす事を憎からず思ってくれていると言う事なのだろう。
しかし、セフィロスは思う。
「どうせなら、もう少し近付いてくれると良いんだが」
「……今も十分近いだろ」
「だが、この距離だと、私がお前に触れられない」
傍にいる事を赦してくれた事は嬉しいが、どうせなら触れ合いたい。
人前にいる時は、恥ずかしがって絶対に触れさせてくれないから、尚更。
「だからスコール、こっちに」
「誰が行くか!!」
ふざけるな、と幹の向こうから怒鳴られ、セフィロスはくつくつと笑う。
それが聞こえたのだろう、「笑うな!」と怒鳴られたが、セフィロスは笑う事を止めなかった。
一本木の向こうで、見た目よりもずっと幼い恋人は、果たしてどんな顔をしているのだろう。
腰を上げた英雄が、こっそりと幹の裏側を覗いて見れば、思った以上に赤くなった少年が蹲っていた。
7月8日と言う事で、セフィスコ!
英雄は恥ずかしい台詞をさらっと言って、スコールを真っ赤にさせてれば良い。