[セフィスコ]一本木の向こう側
秩序の聖域から程近い場所に、小高い丘と、その上に一本の木が立っている。
見晴らしが良く、風通しも良いその木の下は、秩序の戦士達の束の間の休息場所として親しまれていた。
其処でのんびりと刀の手入れをしていたセフィロスの下に、秩序の賑やかし組二人がやって来たのは、五分前の事。
ふらりと行方を眩ませる仲間────スコールを探して、ジタンとバッツは聖域とその周辺を走り回っていた。
なんでも、今日はスコールと一緒にグルグ火山方面へ赴いて、素材集めをする予定だったのに、肝心のスコールの姿が見当たらないのだと言う。
折角三人で素材集め競争をしようと思っていたのに、と言うジタンとバッツに、セフィロスは無邪気なものだと小さく笑う。
「ちぇー。この間はスコールがぶっちぎりだったから、今度こそ勝とうと思ってたのに」
「不参加による不戦敗……にはしないんだな」
「それは前にやった事あるけど、ヒールクラッシュ食らったからもうやらない」
前科があったのか、とセフィロスはくつくつと笑う。
そんなセフィロスを挟んで、ジタンとバッツはきょろきょろと辺りを見回している。
此処に来るような気がしたんだけどなあ、とバッツが呟いて、見当たらない目当ての人物に、ジタンは宛が外れたと肩を竦めた。
これだけ探しても見付からないのなら、一人で探索に向かったのかも知れない。
またウォーリアと揉めるような事になっていないと良いけど、と言いながら、ジタンとバッツは丘を下っていった。
丘を降りた向こう、秩序の聖域と丘を隔てるように存在する森に二人の姿が消えて、セフィロスは手入れを終えた愛刀を手放し、
「行ったぞ」
振り返らずに言ったセフィロスの言葉の、数秒の後。
ザッ、と木の枝葉が音を慣らして、木の上から一人の少年が降りてきた────スコールである。
「……助かった」
スコールはジャケットや髪に絡まった葉を払い除けて、眉間に深い皺を寄せたままの表情で言った。
セフィロスはそれを見ないまま、気にするな、と言うようにひらりと左手を上げて見せる。
────此処に来ると思ったのに、と言うバッツの勘は当たっていた。
スコールが此処に来たのは、ジタンとバッツがやって来るほんの少し前の事。
何かから逃げるように丘を駆け上ってきたスコールを見た時、先客であったセフィロスは何事かと思ったのだが、「邪魔する」と言うごく短い断りをした後、セフィロスの反応を待たずに木に上った。
それから数分後、スコールを探しに来たジタンとバッツを見て、セフィロスは納得した。
スコールがこの丘に来たのは、ジタンとバッツによる素材収集合戦から逃げる為だったのだと。
画して無事にジタンとバッツから逃げ仰せたスコールは、ジタンとバッツが戻って行った方向をじっと見詰めていた。
向かえば秩序の聖域に戻れる方角だが、今行けばジタンとバッツに見つかるかも知れない。
何せ二人は非常に勘が良いので、理由もなく「ちょっと戻ってみよう」と言う提案をして引き返してくる可能性がある。
「あいつらに付き合う気がないのなら、もうしばらく此処にいた方が良いんじゃないか」
セフィロスの言葉に、スコールが視線を落として魔晄の瞳を見下ろした。
じっと睨むように見つめる蒼灰色を見返して、セフィロスは形の良い口許を緩め、
「たまには恋人同士、他愛のない語らいをするのも悪くはないと思うんだが、どうだ?」
薄く笑みを浮かべた男の言葉に、スコールはぱちり、と瞬きを一つ。
魔晄の瞳に映り混んだ少年の頬に、一気に朱色が上ったのはその直後だ。
真っ赤な顔ではくはくと無音の口を開閉させるスコールに、セフィロスはくつくつと笑う。
それを見たスコールの頬が、益々赤くなる。
「あんた…っ!からかってるのか!」
「いいや。可愛いなと思っただけだ」
「やっぱりからかってるだろう!」
常の落ち着き払った大人びた顔は何処へやら、噛み付かんばかりに声を荒げるスコールだが、セフィロスの表情は崩れない。
穏やかな笑みを浮かべたまま、じっと見詰めるセフィロスに、スコールは何か言おうとして、結局それ以上は何も音にならない。
怒りか、羞恥か、それとももっと別の何かか。
色々な感情をごちゃまぜにした表情で睨むスコールに、これは無理かもな、とセフィロスは思う。
滅多に訪れない二人きりの時間、のんびり共に過ごすのも良いだろうと思ったのだが、どうやら誘い方が悪かったらしい。
先日、同じような時間に恵まれた時、遠回しに誘った時には全く気付かれなかった為、今度は直接誘ってみようと思ったのだが────気難しい恋人の操縦方法は、そう簡単なものではないようだ。
さて、なんと言えば彼は応えてくれるのだろう、ともう一度考えていると、
「………」
じゃり、と土を踏む音して、セフィロスの視界に木漏れ日が差し込む。
その木洩れ日は、傍らに立っていた少年によって遮られていたものだった。
去って行く少年の姿は見えない。
当然だ、彼は立ち去る事なく、セフィロスが背にした木の裏側にいるのだから。
彼が其処に留まっている事は、隠さない気配が伝えてくれる。
これは予想外の事だったが、セフィロスにとっては嬉しい誤算だ。
気難しい恋人は、周囲に人の気配がなくとも、二人きりと言うだけで酷く緊張するらしく、“二人きり”である事を自覚した瞬間に逃げるように立ち去ってしまうのが常だった。
そんなスコールがこの場に留まってくれたと言う事は───ジタンやバッツに見付かりたくないと言う思いも少なからずあるのだろうが───、彼も少なからずセフィロスと二人で過ごす事を憎からず思ってくれていると言う事なのだろう。
しかし、セフィロスは思う。
「どうせなら、もう少し近付いてくれると良いんだが」
「……今も十分近いだろ」
「だが、この距離だと、私がお前に触れられない」
傍にいる事を赦してくれた事は嬉しいが、どうせなら触れ合いたい。
人前にいる時は、恥ずかしがって絶対に触れさせてくれないから、尚更。
「だからスコール、こっちに」
「誰が行くか!!」
ふざけるな、と幹の向こうから怒鳴られ、セフィロスはくつくつと笑う。
それが聞こえたのだろう、「笑うな!」と怒鳴られたが、セフィロスは笑う事を止めなかった。
一本木の向こうで、見た目よりもずっと幼い恋人は、果たしてどんな顔をしているのだろう。
腰を上げた英雄が、こっそりと幹の裏側を覗いて見れば、思った以上に赤くなった少年が蹲っていた。
7月8日と言う事で、セフィスコ!
英雄は恥ずかしい台詞をさらっと言って、スコールを真っ赤にさせてれば良い。