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2024年12月

[サイスコ]待ち侘びている言葉ひとつ 2

  • 2024/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



一日の授業を全て終えると、校庭の頭上を覆う空には、もう夕焼け色が混じっていた。
冬ともなれば日が暮れるのが早いもので、夏ならまだまだ昼間だと思う頃合いでも、一日が終わったような気分になる。
気温の低下も著しいこともあり、放課後の自由を謳歌するより、温かい所で一服したいと、誰もの帰る足は速くなっていた。
それでも家に帰るのは早過ぎると、何処かのコンビニなりファミレスなりに屯して、飲み物片手にお喋りに時間を費やす生徒と言うのも、あちこちにいる。

サイファーは、クラスメイトから「誕生日だし、奢ってやるよ」と誘われたが、惜しみながらそれを丁重に断った。
祝って貰うのは、相手が誰であれ悪い気はしなかったが、それについて行けば、いよいよ今日一日の足りないパーツが埋まらないまま終わってしまうだろう。
開き直れるのならそれでも良かったのだろうが、事が自分一人で済む話ではないから、確実に尾を引くのが予想できる。
そう言う訳で、クラスメイトたちからの誕生祝はまた別日に改めて貰うことにした。

教室を出たサイファーが向かうのは、階段を下りて、自分の教室とは反対側にある教室だ。
二年生のクラスが使っているその教室からは、生徒たちが順々に出て行き、残っている数はもう幾らもなかった。
そんな教室の一番端の後ろの席で、ホームルームが終わったことも気付いていないのか、机に突っ伏して蹲っている影がひとつ。

サイファーは勝手知ったるばかりに教室へと入り、生徒たちもその姿を見付けると、触れないように遠回りしながらいそいそと教室を後にした。
そうして残されたのは、鞄ひとつを肩に担いだサイファーと、まだ突っ伏したままのチョコレート色───スコールひとり。


「おい」
「……!」


声をかければ、一拍の間を置いてから、はっとスコールが跳ね起きた。
きょろきょろと辺りを見回す彼は、やはり思った通り、ホームルームの終了に気付いていなかったらしい。
思考が己の内に閉じこもると、周りを一切見失うのは、幼い頃からの彼の癖だった。

やれやれ、とサイファーは呆れた気分で溜息を吐きながら、机の横にかけられていたスコールの鞄を取って、持ち主の頭に押し付ける。


「帰るぞ」
「……」


物言いたげな視線がサイファーを睨んだが、気にしなかった。
さっさと踵を返したサイファーの後ろで、がたがたとようやくの帰宅の準備を急ぐ音がする。
ほどなく席を立つ音もして、サイファーを追う足音が教室の外へと出た。

人の気配がまだ絶えない校舎を出て、グラウンドの端を運動部の邪魔にならないように横切り、校門を通り過ぎる。
その間、スコールはずっと、サイファーの一歩後ろをついて歩き、まるでその陰に隠れているようだった。
単にお互いに顔を見なくていいように、スコールが半ば無意識にその位置を取っているのだろうと、サイファーは思っている。
……そんな場所にいるから、余計にタイミングを切り出すまでに時間がかかるのだろうとサイファーは思っているのだが、その傍ら、これが並んでいても結局は同じだっただろうなとも思った。

学校からサイファーの家までは徒歩で十五分程度、スコールの家はその少し手前にある。
だからタイムリミットはそれ程遠くはなく、此処に着くまでが最後のチャンスだ。
学生たちは皆何処かで遊んで帰りたいのか、住宅街の帰り道は、家に近付くほどに人の気配も少なくなり、背中のくっつき虫が行動を起こすには、良い塩梅になっている。
人前だから駄目なのだと言うスコールの気質を、サイファーはよくよく理解していた。

しかし、出来るだけ遅いスピードで歩くサイファーのなけなしの努力も空しく、赤い屋根の家が見えて来る。
スコールがその門扉を越えてしまえば、もうそれまで。
彼の閉じた言葉はもう出て来ることはないだろう、とサイファーも半分諦めの境地に達しつつあった。


(言いたいことがあるならさっさと言えってんだ。昔から)


こうまで背中の貝が頑なだと、サイファーも意地が出て来る。
絶対に俺の方から促してなどやるものか、と。
そうなると尚更ややこしく拗れることは積年の経験で判っているが、其処で自らが柔く折れてやることが出来ない位には、サイファーもまだまだ大人ではなかった。

サイファーの足が、スコールの自宅の門扉前を通り過ぎる。
足を止めてやるべきか否か、サイファーは考えていたが、結局止まらなかった。
その後ろで、スコールは門扉に手をかけて、


「……サイ、ファー」


数時間ぶりに聞いた声は、微かに掠れていた。
喉が詰まっているのを、精一杯に声帯を開いて紡がれた呼ぶ声に、サイファーの足が止まる。

なんだよ、と言う返事の代わりに肩越しに振り返れば、俯いているスコールがいた。
長い前髪で目元が見えないが、きゅうと引き結ばれた唇が、彼の胸中を具に語っている。
今、今やらなければ、もうチャンスはない───と、鞄のベルトを握る手が小さく震えていた。

それでも、言葉を扱うことに慣れないその唇は、簡単には動かない。


「……」
「……なんか用か」
「……その……」


此処で、なんでもない、等と言ったら、もうサイファーは待たなかった。
そうかよ、と言って自分の家へと向かう足を再開させただろう。
その気配を感じているのか、スコールは必死にはくはくと唇を動かして、癖のように出て来そうになる言葉を押し殺す。

スコールはぐっと唇を引き結んで、喉を詰まらせるものを無理やり飲み込んでから、は、と息を吐いた。
それからゆっくりと上げた顔は、向かい合う形になった夕日の所為だろうか、仄かに紅潮して熱を帯びたように見える。


「……誕生日……おめでとう……」
「………」
「……一応、言っては、置こうと……思って……」


声は段々と尻すぼみになって行き、スコールはまた俯いた。
言ってしまった、とまるで後悔でもしているような雰囲気が滲んでいるが、でも言った、と成し遂げた風に肩の力が緩んでいる。

サイファーはと言えば。


(やっとかよ)


その一言を聞く為だけに、半日も待った。
呆れと疲れが混じる中に、少しだけ、ほんの少しだけ、くすぐったさが浮かぶのだから、自分もどうしようもない。

それからまた一拍を置いて、まだ門扉を潜らない様子のスコールに、サイファーはにやりと口端を上げた。
此処まで殊勝に付き合ってやったのだから、少しくらい意地悪をしてやったって良いだろう。
サイファーは立ち尽くすスコールの前まで戻って、俯くその顔を覗き込んでやった。


「それだけか?」
「……は?」
「折角の俺の誕生日だぜ。プレゼントが言葉だけってことはないだろ?」


揶揄う顔で言ったサイファーに、スコールは条件反射に眉間の皺を深くする。
しかし、ないならないではっきり言うだろうに、スコールはそうしなかった。
むぐむぐと唇が苦いものを噛み潰すように噤んだ後、判り易い溜息を吐いて、スクールバッグの口を開ける。

取り出したのは、手のひらサイズに収まる小さな正方形の箱。
シックな黒の包装紙に覆われたそれを、スコールは剥れた顔で、ずいっとサイファーの鼻先に突き付けた。


「やる」
「お前な。もうちょっと雰囲気ってあるだろうが」
「知るか」


揶揄われたものだから、案の定、スコールはヘソを曲げたようだ。
さっさと受け取れと言わんばかりの顔をしているスコールに、サイファーは喉でくつくつと笑いながら、差し出されたものを手に取った。


「なんだ?これ」
「……CrossSwordのリング」
「へえ。お前にしちゃ気が利いてる」


最近、サイファーが贔屓にしているアクセサリーブランドの指輪。
シルバーアクセサリーと言えば、スコールも贔屓にしているブランドがあるが、それは選ばず、ちゃんとサイファーの好みに合わせたようだ。

気分が良くなって、サイファーはスコールの髪をぐしゃぐしゃと掻き撫ぜた。
突然のことにスコールは目を丸くしたが、我に返ると「やめろ!」と撫でる手を振り払う。
強気な蒼灰色がじろりと睨んでくるのを見て、サイファーの笑みは益々深くなった。


「こんなに良いもの用意してたんなら、もっと早く祝ってくれよ」
「……煩い。タイミングがなかったんだ」


拗ねた顔で言うスコールに、タイミングなら山ほど作ってやっただろう、とサイファーは思う。
だが、スコールが此処で行こうと言うタイミングになって、他所から割り込む声が多かったのも確か。
運が悪いと言うべきか、スコールにしてみれば、悉くタイミングを外された上、蓄積する程にマイナス思考に転がって行く性質もあって、最後の最後まで決心が出来なかったのだ。
ついでに、学校と言う、他人の目が溢れた所でプレゼントなんて渡せない、と言う性格も、スコールの行動を此処まで遅らせる要因だったのは、想像に難くない。

スコールはこれでようやく全ての肩の荷が下りたか、「じゃあな」と言って門扉に手をかけた。
耳が赤いのは、夕日の所為だけではないだろう。
それが判っているから、サイファーはスコールの肩を掴んで、その米神にキスをした。


「……!?」
「プレゼントありがとよ。じゃあな」


目を見開いてスコールが振り返った時には、サイファーはもう離れていた。
プレゼントを持った手を翳すように上げて、別れの挨拶と共に帰路へ向かう背中に、「バカ!」と言う声が飛んだ。





サイファー誕生日おめでとう!

朝からずっと「おめでとう」とプレゼントを渡すタイミングを探していたけど、延々外して最後の最後にようやく渡したスコールが浮かんだので。
サイファーも察しているから、スコールが行動しやすいようにタイミングを作っていたけど、中々思うように行かなくて焦れていました。
この二人、傍目にあんまり甘々してるように見えないけど、二人だけの秘密で付き合ってるんだと思います。

[サイスコ]待ち侘びている言葉ひとつ 1

  • 2024/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF




「誕生日おめでとう、サイファー」


その言葉を一番最初にくれるのは、いつだって母だった。

血の繋がらない息子を、そんなこととは関係なく、一心に愛情を注いでくれる母イデア。
その無心の愛とも呼べるものは、最近のサイファーにとってなんともむず痒くてくすぐったいものだが、さりとて悪いものと思う事もない。
ただ少しばかり、サイファーが物事に対して素直になれない程度に、大人になりつつあるだけのことだ。
同じように、父親についても、「狸親父」と顰めた口で言いながら、母と同じように“息子”と接していることは知っている。

朝一番に、続いて朝食の席で、両親から今日と言う日を祝って貰う。
それは幼い頃から変わらず続く、サイファーの誕生日の合図のようなものだった。

腹を満たして、登校の準備をしていると、幼馴染のスコールが玄関先にやって来た。
普段はすました顔をして寝汚く、サイファーが迎えに行ってやるまでベッドの中にいると言うのに、珍しいこともあるものだ。
つまりは、とサイファーがその理由を想像し、大方外れてはいないだろうと思うと、少しばかり顔が緩む。
が、その顔を見せれば、彼は確実に顔を顰めてヘソを曲げるので、サイファーは努めていつも通りの顔で玄関を潜った。

物心がつく頃にはよく一緒に遊んでいた幼馴染だが、かと言って、二人の間で会話が弾むことも多くはない。
スコールは元々口数が少なく、幼い頃は引っ込み思案もあって、サイファーが彼を引っ張り回していることが多く、彼もそんなサイファーにおろおろとしながらついて来るばかりであった。
最近はスコールが妙に生意気になって来て、サイファーのやる事に後ろでちくりと刺してくることが増えている。
お陰で喧嘩も絶えないが、妙なもので、隣に彼がいないとサイファーは落ち着かないのだ。
そしてスコールの方も、サイファーの近くにいるのが当たり前になっていて、あれだけ口喧嘩をしたのにと周囲に呆れられる位に、一緒にいる時間が多い。
登校時間も同じことで、向かう方角が同じだと言うだけで、二人とも黙々と足を動かしていることの方が多かった。

そんな二人であるが、今日は少しばかり空気が違う。
サイファーはいつも通り(のつもり)だが、その一方後ろをついて行く形で歩くスコールは、なんとも言えない張りつめた空気を醸し出している。
その理由を、サイファーはとっくの昔に理解していて、後ろに彼がいるのを良い事に、口端を上げて笑っていた。


(さっさと言やあ良いのによ)


悶々としているスコールが、何を考えているのか、何をしようとしているのか、サイファーは手に取るように判る。
判るなら、彼がそれをしやすいように誘導してやれば良い、と他人は思うかも知れないが、それではいけない。
下手にサイファーの方からアクションを取ると、スコールが一所懸命に用意した出鼻を挫くことになる。
傍目にクールぶるようになっても、中身は昔と変わらず、存外と意固地な所があるスコールに、それは逆効果になってしまうのだ。

だからこれが彼にとっては最善、とサイファーは知らぬ顔をして前を歩く。
こうしている事が、スコール自身に自分で動くタイミングを与え易いのである。

しかし、登校時間と言うのは、いつまでも二人きりで歩いていられる訳ではない。
目的地が近付くに連れ、同じ学び舎で過ごす生徒たちの顔も集まるようになり、おはよう、おはよー、と言う挨拶の声も聞こえてくる。
サイファーとスコールにも、それぞれのクラスメイトから投げかけられる声があって、サイファーは片手を上げて、スコールはちらと視線をやるだけで───今はその余裕すらもないかも知れない───返事をする。

そろそろ切り出さないと学校に着くぞ、とサイファーが後ろの気配に胸中だけで急かして見た所に、


「サイファー!誕生日おめでとうだもんよ!」


無邪気な友人の声がかかって、サイファーは「おう、ありがとよ」と返した。
その背中に、萎れるように俯く幼馴染の気配を感じて、やれやれとこっそり肩を竦めるのだった。



今日がサイファーの誕生日だと言うことは、校門前で雷神が気持ちの良い祝いの言葉をくれたお陰で、あっと言う間に広まった。
教室に着けば、周囲からはサイファーを祝う言葉が投げられ、些細なプレゼントにガムや飴を貰う。
幼馴染のキスティスとアーヴァインからは、サイファーが毎月購読している雑誌や、髪型のセットに使っている御用達の整髪剤などが贈られた。
そして休憩時間になると、一学年下───スコールと同じだ───の幼馴染であるセルフィがやって来て、無邪気に懐きながら、プレゼントにと近所で有名な洋菓子店のビュッフェチケットをくれた。

風紀委員として、学校ではそこそこ名が知れているサイファーである
普段は余計なものが入っていない鞄の中は、幼馴染や友人たちからのプレゼントいっぱいになっている。
朝と同じく、これもまたくすぐったいことだが、悪い気はしない。

しかし、此処にまだ足りないものがある、とサイファーは感じている。
朝からチャンスを与えてやっていると言うのに、それはまだ手元にやって来ていなくて、サイファーは密かに物足りない気分を感じていた。

その内に時刻は昼休憩を迎え、サイファーは昼食の弁当を取り出して、さて何処で食べようかと席を立つ。
其処へ雷神がやって来て、


「サイファー!一緒に昼飯、食うもんよ」
「良いぜ。屋上で良いか?」
「ああ。風神を呼んで来るから、先に行ってて欲しいもんよ」


違うクラスにいる相方を呼びに行く雷神を見送って、サイファーも教室を出ようとした。
と、戸口の前に立っていたアーヴァインが、


「サイファー、スコールが来てるよ」


聞こえた名前に、来た、とサイファーは思った。

やはり努めていつものように、特別なことなど何もないと言う顔をして、サイファーは教室の出入口へ向かう。
其処には、相も変わらず所か、普段よりも三割増しに眉間に皺を寄せた、誰よりよく知る幼馴染の姿があった。
目当ての人物を呼んで、役目は果たしたとばかりにアーヴァインが「じゃあね」と手を振ってその場を離れれば、後は主役の二人だけ。


「おう、どうした」
「……いや……」


何事も変わらない、毎日の日常としてサイファーが声をかければ、スコールは俯いた。
蒼灰色の瞳がうろうろと足元を見つめて彷徨う様子は、子供の頃に何度も見た、何かを言おう言おうとして迷っている時の仕草だ。
あの頃よりは背も伸びて、一歳違いの年齢差もそれ程大きく感じなくなっても、こう言う所はいつまで経っても変わらない。

多分、此方から切り口を与えた方が話は早いのだろうが、重ね重ね、それは存外と悪手でもあるとサイファーは学習している。
スコールとサイファーの教室は、階段を挟んで校舎で丁度対極線の位置にある為、遠いと言えば遠いのだ。
同じ校舎内なので然程の距離ではないのだが、気軽に隣教室へ遊びに行こう、と言うものでもない。
増してや基本的に腰が重いスコールだから、廊下を歩いて階段を上り、他クラスの、それも他学年の教室に行くと言うのは、中々のことなのである。
加えて今日と言う日にまつわる事を思えば、スコールがそれなりの決意と決心を抱えてきたことは想像に難くなく、“そうまでして此処まで来た”と言うプレッシャーまで抱えている訳で、此処をサイファーが迂闊に挫く真似をしてはいけない。
面倒くさい奴、とサイファーは常々思うのだが、それも飲み込んでスコールの出方を彼のペースに合わせて待つくらいには、絆されているのであった。

スコールは何度か口を開き、閉じ、と繰り返している。
声が出そうで出ない、と言う様子の彼に付き合うことは、幼い頃から積んできた経験のお陰で慣れている。
腹が減ったなと思うこともあるものの、スコールがこれから差し出そうとしているものに期待があるのも確かで、サイファーは広い心でこの沈黙を守っていた。

しかし、いつまでも教室の出入口を占領している訳にもいかなかった。


「ねえ、ちょっと邪魔よ」


気の強い女子生徒が、戸口前を占領しているサイファーに言った。
これは自分の立ち位置が悪かったな、とサイファーは大人しく一歩前に出て道を譲る。


「悪いな」
「気を付けてね」


物怖じしない女子生徒に続いて、彼女と一緒に昼食に行くのだろう、数人の女子グループが教室を出て行く。
ぞろぞろと廊下を占拠するように広がって歩く少女たちに、あれも大概邪魔だよな、とサイファーは思いつつ、ちらと隣に立っている少年を見る。


「……」
「…………」


スコールは、判り易く顔を顰め、教室を出て行った女子グループを睨んでいる。
それは傍目に八つ当たりめいていたが、スコール一人に限った視点で言えば、完全にタイミングを外された気分なのだろう。
折角唇のすぐ出口まで出かかっていた言葉が、喉の奥に引っ込んでしまったのだ。


「スコール」
「……なんでもない。邪魔した」
「ああ?おい、コラ!」


スコールは振り切るように、くるっと踵を返して、サイファーに背を向けた。
そのまま足早に廊下の雑踏の向こうへ行ってしまう幼馴染に、サイファーが苛立ち混じりの声を上げたのは、無理もない。

一体何の為に此処まで来たのか。
スコールは、決意を固めて動き出すまでは長いのに、心を折るのが早過ぎるのだ。
立ち去る前に、一秒で終わる言の葉すらも諦めて、「やっぱりやらなきゃ良かった」と此処までの自分の努力も全否定してしまう癖もある。
一番肝心な目的に手をかけてもいないのに、失敗したような気分になっては、自分の行動そのものがまるごと間違っているような気持ちになって、一人で蹲ってしまう。

折角待ってやったのに、とサイファーの顔が顰められる。
此処にキスティスがいれば、後を追えば良いだろうと言われそうだが、サイファーは傍目にはともかく、努めて冷静を残していた。
今この気分のままにあれを追ったら、間違いなくややこしくなる。
変な所で意固地なスコールは、こうなると藪の中にいるようなものだから、下手につつくと噛みついて来るのだ。
判っているからサイファーは、意識して長く息を吐き、米神の引き攣りを解くように努めた。


「……ったく、面倒な……」


どうして自分が彼のペースに合わせてやらねばならないのか。
長い付き合いの中で何度となく浮かぶ自問は、記憶に深い蒼灰色がぐすぐすと泣いている様子を思い出させて、結局こっちが折れるしかないんだと諦めに至るのであった。




[16/ジョシュクラ]記憶の衣に覗く淵



石の剣によって保護され、隠れ家へと運び込まれた男は、「助けてほしい」と息絶え絶えに言った。

頬に刻印のある、ザンブレク軍の兵装を身に着けたその男は、部隊が魔物に襲われた混乱の中で、本隊から逸れたことから逃げ果せて来たと言う。
深い傷を負っていたのは、魔物に襲われた時と、それから逃げる道程とで、散々な道を取った所為だろう。
崖から滑り落ちて動けなくなっていた所を、魔物討伐の任務の帰りだった石の剣が発見した。
もうあそこには戻りたくない、生きていたい、と微かな意識の中で呟いた男を、同じ人生の沼から救い出された者たちは、直ぐに隠れ家へと連れて帰ることを決めた。

その最中、男は何度も言っていたのだとか。
仲間がいる、友達がいる、ベアラーになる前から親しくしていた者が、同じ部隊に。
救われるのなら、あの泥沼から掬い上げて貰えるのなら、彼も一緒が良い、そうでないと────と涙を浮かべる。
どうやら、男は後天的にベアラーとして見付かったらしく、その時、幸か不幸か、よく一緒に遊んでいた友人も発現したことで、同時期に収容所へと連れて行かれたのだそうだ。
お陰で過酷な訓練、些末な環境の中でも、一人きりではない事が微かな希望となって、二人で生き延びて行くことが出来たと言う。
だから、此処で自分だけが救われるのは可笑しいと、魂の片割れを求めた。

ベアラー兵の扱いと言うのは、何処であれ使い捨ての駒であるから、過酷な任務ばかりだ。
狂暴な魔物と遭遇すれば、正規軍の攻撃を誘発する為の囮として、魔物の餌にならなくてはならない事も多い。
クライヴも十三年と言う月日をそんな環境の中で過ごしていたから、よくよく知っている。

ベアラーを助けることに、異議を唱えるものはない。
だから直ぐに、男からの情報を元に、現地へと向かう部隊が整えられたのだが、問題は件のベアラー兵が所属する部隊が、常にザンブレクの正規軍と共に行動していると言うことだ。
直に向かえば確実に衝突が起こる。
戦闘自体は誰もが視野に入れている話ではあったが、問題は其処に至るまで、どうやって件のベアラー兵とコンタクトを取るかだ。
クライヴたちと戦闘になれば、正規軍はまず間違いなくベアラー兵部隊を先駆けて突撃させるだろうし、下手をすれば肝心の助けるべきベアラー達を殺めてしまう可能性もある。
なんとか策を取って、件のベアラー兵と意思疎通を図るタイミングが必要だった。

────そこで、クライヴを始めとして、石の家から数人、ベアラー兵を装う作戦を取る事にした。

カローンやイサベラの伝手を借り、ザンブレクのベアラー兵が使う兵装を用意する。
クライヴ他数名はこれを身に着け、頬には膠を練り込んだ墨を使って、ベアラーの刻印を描く。
ベアラー、魔法を扱えることを悟らせない為、焼きとった筈の刻印を、偽物とは言えもう一度そこに記すことに、苦みのある表情を浮かべるものは少なくなかった。
もっとも刻印を身近に見ているとして、偽のそれを描く作業を引き受けたタルヤも、なんとも皮肉めいた作戦概要に溜息を漏らしている。

ベアラーであったこと、その為に凄惨な環境にいたことは、隠れ家に住む人々にとって、まだ遠くない記憶であることも多い。
ベアラー兵のふりをすることも、それらしく振舞うことも、進んでやりたいことではないだろう。
それを分かっているから、クライヴ自身がそれを引き取ることにした。

────懐かしいと言えば、懐かしいのかも知れない。
ベアラーとしてザンブレク軍に従事せざるを得なかった、五年前まで身に着けていた、ザンブレク軍のベアラー兵の兵装を身につけながら、クライヴはそんなことを思う。

打った鉄と鎖帷子で固められた兵装は、父から受け継いだ旅装束に比べると、随分と重さがある。
防備に優れたと言えばそうなのかも知れないが、些末な造りであることも確かで、鋭い獣の爪にズタズタにされるのもよくある事だった。
ベアラー兵の装備の支給など、大概は使い回しや下げ物だから、碌に手入れ修繕されていないので、見た目の割りに存外と脆いのである。
ブラックソーンに初めて会った時、装備を見て「酷い様だ」と顔を顰めたのも、さもありなんというものだ。

五年ぶりでも、装備の手順は意外と覚えているもので、クライヴは用意された兵装に手間取ることなく着替えを終えた。
厚みのあるグローブがごわついた感触を訴えて、少しくらいは馴染ませられないかと、右手を握り開きと繰り返す。
手首のベルトを締めれば少しはマシか、と調整を試していると、


「兄さん、入るよ」


コンコン、とノックとともに聞こえた声に、クライヴは「ああ」と答えた

部屋に入って来たのは、ジョシュアとトルガルだ。
トルガルはクライヴの下まで近付いて来ると、しばらくぶりに見る主の様相に首を傾げながら、鼻
を近付ける。
すんすんと他人の色濃い匂いがするであろう兵装の中から、確かにクライヴの匂いがあるのを確認している。

ジョシュアは普段の服装ではなく、カローンとグツから借りた、行商人を真似た格好になっている。
腰には、外に出る際には携帯している剣ではなく、丈夫な革のバッグや麻袋。
眩い蜜色の髪には、生成り色のバンダナを巻いている。

ジョシュアの青い瞳が、彼にとっては初めて見る、兄の姿を認め、


「準備は出来たみたいだね」
「ああ。……今回は留守番だぞ、トルガル」


膝元にすり寄って、匂いを移す仕草をしているトルガルに、クライヴはその頭を撫でながら言った。
トルガルはグゥゥと不満げな声を漏らすが、賢い狼は駄々をこねる事もない。
少し拗ねた様子でデスク下で丸くなるトルガルに、帰ったらおやつだな、とクライヴは思った。

そんなクライヴの横顔を、ジョシュアはじっと見つめている。
そっと伸びたジョシュアの手が、クライヴの左頬に触れた。


「ジョシュア?」
「……」


指先を掠める程度、傷むものに触れるかのような弟の指先。
どうかしたのかとクライヴが声をかけるも、ジョシュアはじっと眇めた両目でクライヴの横顔を見ている。

ジョシュアの指が、つぅ、とクライヴの頬を滑った。
クライヴは、その指が辿っているものが何なのか、はたと思い出して、眉尻を提げてジョシュアの手を取る。


「ジョシュア、墨が落ちる」
「……ああ。ごめん、つい」


咎める兄に、ジョシュアは眉根を寄せながら俯く。

クライヴの頬には、タルヤが墨で書き込んだ、ベアラーの刻印がある。
本来ならば、飛竜草の毒と混ぜたインクで入れ墨として彫り込むが、そんなことをしては二度と取れなくなってしまうし、隠れ家ではそれを除去する手段があるとはいえ、危険を伴う行為だ。
あくまで作戦に必要なだけだから、汗程度では容易く落ちないよう、脂と膠を練り込んだ、落ちにくいインクで描き塗ったに過ぎない。
とは言え皮膚の上に乗っただけのインクだから、強く擦れば落ちてしまう可能性もあるので、出来るだけ触れない方が無難なのだ。

クライヴの頬に昔あった刻印は、この五年間のうちに、取り除いてある。
除去手術の痕が残る頬に、上塗りする形で刻印を描き込んでいるが、多少の歪みはともかく、遠目に見れば偽物とは気付かれないだろう、とガブたちは言っていた。

クライヴはグローブのサイズ調整を終えて、他にも箇所の動き具合を確認する。
元が自分用に誂えたものでもないから、多少の不自由は仕方がないと我慢するしかないだろう。
戦うのに邪魔にはならないようにと意識しながら、一通りの準備を終えた。


「……よし、これで大丈夫だろう。あとは……」


武器は普段使っているものが好ましいが、ベアラー兵があまり上等な武具を持っているのも怪しいか。
ブラックソーンかカローンの所で、適当に何か、なまくらでも良いので誂えさせて貰おうかと考えていると、


「………」


じい、と見つめる強い視線に、クライヴはちらと其方を見遣る。
思った通り、自分と同じ青色の瞳が、つぶさに此方を映していた。

噤んだ唇に指を当てて沈黙しているジョシュアだが、存外とその瞳はお喋りである。
整った眉根が微かに寄せられている所を見るに、考え事をしているのは明らかだったが、それよりも視線が何やら強い。
ひしひしと注がれる熱視線は、何かを言おうとして堪えている、と言う様子に見えた。


「───ジョシュア。何か気になることでもあるのか?」
「え?……あ、いや……」


クライヴが視線に気付いていることに、気付いていなかったのか、そんなことも考えないほどに脳内会議に没頭していたのか。
兄に声をかけられたジョシュアは、しどろもどろとした様子になったが、逆に見つめる側になったクライヴの視線に、気まずそうに俯いて言った。


「……話には、聞いていたんだけど。こうだったのかな、と思って」
「こう?」
「……その……兄さんが、ベアラーだった頃の……」


ジョシュアのその言葉に、クライヴの肩が微かに揺れる。

頬の刻印、ザンブレクのベアラー兵装────確かに、五年前の自分と同じ井出達だ。
自分でもそれは分かっていたことだが、ジョシュアの、他者の口からそれを言われて、改めて記憶の底から感覚が掘り起こされる気がした。

何もかもを喪い、ただ生きて、復讐することだけを唯一の目的にしていた、あの頃。
薄暗い場所で寝起きをし、水鏡に映る頬の刻印を見る度、どうしようもなく自分の無力に打ちひしがれていた。
死の安らぎを受け入れることがなかったのは、終ぞ、運が良かったのだと言う他ない。
訓練とは名ばかりの過酷な日々を過ごし、穴倉の中で幾つも躯が転がって行くのを横目に見ながら、ただ復讐を果たすことだけを糧に、一日一日を生き延びた。
その過程でプライドも尊厳も手放したことを、今更後悔などしてはいないが、


(……“あれ”の代償を知ったのも、この頃だったか)


生き延びる為、その手段の是非を選ぶことも、とうに意味を失くしていた。
どんな屈辱だろうと、生き延びた意味も見いだせず、目的も果たせず死ぬよりは良いと選んだ、泥水の啜り方。
そんな自分を知っている人間は、最早幾らもいないだろうが、何より誰より知っている自分自身だけは、どうやっても切り離せないものらしい。

喉の奥に競りあがる感覚を、静かに飲み下して沈殿に戻す。
意識的にそうしなくてはならない位には、この記憶は深く重く昏いものらしい、と再確認のように自覚する。

────ひた、とクライヴの頬に触れるものがあったのは、その時だ。
はたとクライヴが顔を上げれば、随分と近い距離に、弟の端正な顔がある。


「すまない、兄さん。変な事を言って」
「あ────いや。大丈夫だ、何と言うものじゃない」


ばつの悪い顔をしたジョシュアは、きっと自分の言葉の所為で、クライヴが嫌なことを思い出したと考えているのだろう。
確かにきっかけと言えばそうかも知れないが、クライヴはジョシュアに対して、はっきりと首を横に振った。

だがジョシュアは、クライヴの刻印のある頬に緩く触れながら、痛ましい表情を浮かべて見せる。


「もっと早く、兄さんを見付けられていたら……あんなにも長く、苦しませなくて済んだかも知れないのに」


懺悔に似たジョシュアの言葉に、クライヴはまた首を横に振った。


「その頃、お前は酷い状態だったんだろう。それこそが俺の責任だ。俺自身の事は、お前が気にすることじゃない」
「僕は、ただ寝ているだけしか出来なかったんだ。兄さんが辛い思いをしている間にも。見付けて、助け出して、もっと早く再会できていたら……」


ジョシュアの言葉は、独り言めいている。
既に過ぎてしまった過去の選択に、今更別の可能性を探したところで無意味だと言うことは、彼もよく分かっているだろう。
それでも考えずにはいられない程に、彼にとっては、潜まざるを得なかった二十年近い月日と言うのは、尽きない後悔に抉られずにはいられないのだ。
増してや、その頃のクライヴが、誰の手も届かない泥沼の底にいた事を思えば、尚更。

クライヴは陰の落ちたジョシュアの頬に、そうっと手を伸ばした。
厚みのある革の手袋で覆われた手で触れると、いつもの体温が直に感じられなくて、少しもどかしい。
それでも、触れる感触は伝わっていたから、今此処に弟がいると言うことが、クライヴにとっては何よりの喜びを感じさせた。


「大丈夫だ、ジョシュア。俺は今、此処にいるし、お前も一緒にいる。“あの頃”とは違う」


ザンブレク軍のベアラー兵として生きていた頃。
傷を癒す為に生きていることしか出来なかった頃。
お互いが生きていることすら知らず、憎しみと、悲しみと、後悔だけを抱えていた時間は、もう終わった。

ジョシュアは頬に触れる兄の手に、自分自身の手を重ねた。
鳴れたはずの兄の手が其処にあるのに、いつもと違う感触であることが、どうにも嫌だ。


「……兄さん。少し、これを外しても良い?」


頬に触れる、皮手袋越しの手。
普段の黒の旅装と、ガントレット越しならばさして気にならない筈なのに、今日だけはどうしても駄目だった。

見つめるジョシュアの言葉に、クライヴは頷いて、先ほど締めたばかりの手首を緩める。
グローブを外せば、ジョシュアの見慣れた、消えない小さな傷をあちこちに残した、兄の手のひらがあった。
それがもう一度、自身の頬へと触れてくれるのを確かめて、ジョシュアはほうと息を吐く。


「……ああ。うん。兄さんの体温だ」


呟くジョシュアに、クライヴの唇が緩められる。
頬に触れる体温にジョシュアが安堵する傍ら、クライヴもまた、手のひらに直に触れる弟の体温と言うものに、そこはかとない喜びと愛おしさを感じていた。

ジョシュアの手がもう一度、クライヴの頬に触れる。
両の頬を包んだその手の指先が、クライヴの左頬の刻印を擦るように滑ったが、咎める声はなかった。





鉄拳8×FF16コラボで兄さんが参戦。
これでクライヴのスキンにノーマル、2Pカラー(ノーマル服の色違い)、ベアラー兵装、DLC衣装とあった訳ですが、衣装着替えだけなので、顔は33歳で統一されていた訳ですね。
なので33歳がベアラー兵装を身に着けている訳ですが、なんかそれはそれで良いな……とか思いまして。
どうにかして着せたいのと、昔を思い出してしまう兄と、それを見てもやもやする弟が見てえな~!って思ったのでした。勢い万歳。

[ヴァンスコ]ランチボックスの秘密

  • 2024/12/08 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



それは、週に一度と決まっていた。
そうしろ、とスコールが言った訳でも、そうしよう、とヴァンが言った訳でもなかったけれど、いつの間にかそう定着していた。
スコールの方は専ら受動しているばかりであったから、結果的には、ヴァンが決めたことになるのだろう。

週に一度、二人の弁当を交換する。
ただそれだけの事だから、傍目にはなんでそんなことをしているんだ、と言われるかも知れない。
けれども、この些細なやり取りが特別なのだと言うことは、二人だけが知っていれば良かった。

高校生になる以前から、弁当と言うものは作り慣れていた。
スコールは父子家庭で、ヴァンは年の離れた兄弟で二人暮らしと言う環境だったから、お互い、それぞれの流れで家事を行うようになった。
スコールは仕事に行く父親の為、ヴァンも同じく仕事に行く兄の為、最初は真っ白な米とふりかけ、焦げた卵焼きとプチトマトと言う献立。
まるで示し合わせたように、卵が焦げたことまで一致しなくても良かっただろうに、そう言う所まで似ていたことがおかしかったけれど、それが言葉数の決して多くはない二人のシンパシーを呼んだのは確かだ。
思い返せば絶対に不味かっただろうし、ひょっとしたら味付けに見よう見まねで加えた塩は砂糖だったかも知れない、と思ったりもするが、父は、兄は、その弁当をすっかり空にして帰ってきた。
それが幼心に嬉しくて、くすぐったくて、何より「ありがとう」と頭を撫でてくれたことが堪らなくて、二人は弁当作りを仕事にするようになったのだ。

高校生になり、自分の為に弁当を用意するようになる頃には、慣れた家事のひとつになっていた。
幼い日、一所懸命にフライ返しを使ってぐちゃぐちゃにひっくりかえした卵焼きも、もう焦がすこともない。
おかずの半分は昨晩の夕食の残り物だし、それがなければ、弁当用の冷凍食品も使えば良い。
スコールは凝り性を発揮し始めて、インターネットやテレビで見付けたレシピを試したり、その為にマニアックなスパイスやらを集めるようになった。
ヴァンはそれ程料理にハマっている訳ではないから、どちらかと言えば手軽さを売りにしたものと、冷めて美味しいと評判のレシピを探している。
そうしてそれぞれの事情と性格で彩られた弁当は、家族には大変好評であるのだが、本人たちにとっては特別わくわくするようなものでもない。
中身は自分で詰めたものだから、弁当箱を取り出す時、今日のお昼はなんだろなと楽しみになることもないのであった。

弁当にしろ、家での食事にしろ、自分で作った料理と言うのは、日常に食べるものであるが、なんとなく、じんわりと、飽きのようなものもある。
塩、砂糖、コショウを始めとした調味料は勿論、使う具材も、自分で選んで調理している訳だから、特別驚きが得られるような料理は早々できないものだ。
新しいレシピを手に入れた時は、上手く行くか、味付けはどんな風になったのかと少しばかり楽しみもあるが、経験がものを言うのか、大体は予想が立てられる。
ほぼ毎日をそれと付き合っているものだから、「たまには人が作ったものが食べたい」と思う日もあるのだ。

だから、一週間に一回、二人は弁当を交換する。
何故、毎日ではなくこの頻度なのかと言うと、「その方が特別な感じがするだろ」とヴァンは言う。
確かに、回数が多くなればなるほど、それは当たり前のものになり、それに伴う感情も平坦になって行くものだろう。
スコールは習慣化してしまえば結局は同じことじゃないかと思ったが、それでも、毎日のことと一週間に一回とでは、確かになんとなく、赴きは違うのかも知れない。
普段よりも茶色が濃い具材に飾られた、友人の弁当箱を見て、スコールはそんなことを考えていた。

屋上は、其処に行くまでの階段を上るのが面倒くさいからか、昼食の穴場スポットだ。
其処を使うのが自分たちだけと言う訳ではなかったが、食堂や中庭よりは静かで、ゆっくりと落ち着いて食べられる。
箸で摘まんだチキンを口に運べば、甘辛の味付けがとろみと一緒に咥内に拡がる。
そんなスコールの前では、ヴァンが牛肉に包んだ味付け卵をぱくり。


「んむ。んんんんん」
「飲み込んでから喋れ」


半分に切った卵を、ほぼそのまま口の中にいれたヴァン。
目を輝かせているのは良いとして、そのまま喋ろうとするな、とスコールは呆れた。

むぐむぐむぐごっくん、とヴァンは喉を動かしてから、


「美味いな、この卵。味沁みてる。なあ、これ何?人参の干物?」
「キャロットラペ」
「へー。むぐ、ん、んん。さっぱりしてる。良いな」


ヴァンは箸をあっちへこっちへ遊ばせて、スコールが作ったおかずを平らげて行く。


「なあ、このレシピ教えて」
「どれだ」
「この豚肉の」
「肉にソース絡めて焼いただけ」
「ソース売ってるやつ?」
「……作ったな」
「じゃあそれ教えて」


また食べたい、と言うヴァンに、スコールはポケットから携帯電話を取り出した。
インターネットブラウザを立ち上げ、ブックマークに登録して置いたレシピページを開いて、アドレスをコピーする。
メッセージアプリからヴァンへとアドレスを送れば、ヴァンのポケットで携帯電話が振動する音がした。


「ありがと」
「……ん」
「後で俺が見付けたレシピも送るな」
「……ああ」


なんとなく、料理に凝り性を見出すようになったスコールだが、とは言え毎日のこととなれば面倒になる日もある。
そんな時は、ヴァンから教えて貰った、工程が少なく済む簡単調理の類が非常に役に立っていた。

お互いの弁当を交換するようになってから、こうして情報交換の機会も増えている。
自分では知らない料理、調理方法を知る機会に恵まれるのも、ありがたいことだ。
スコールは普段、自分の興味のある範囲やジャンルしか調べないから、ちょっとした小技だとか、調味料の意外な使い道と言うのは、手軽便利を求めて流離うヴァンの方が詳しかったりする。
そしてヴァンの方は、見た目の彩に凝った料理や、馴染みのない外国料理などはアンテナが立たない節らしく、スコールが見付ける料理のレシピが見目新しく映るらしい。
それぞれが違う知識を持ち寄りつつ、有益なやり取りが出来るので、お互いに得をしている。

それにしても───とスコールは手元のヴァンの手作り弁当を見る。
週に一回、必ずこうして顔を合わせて交換し合うので、よくよく見ているおかず群に、


「ヴァン。あんた、野菜ももう少し入れた方が良いんじゃないか」


見渡す限りの茶色畑になっている弁当箱に、スコールは説教くさくなるとは自覚しながらも、いつか言わねばと思っていた。

自分が食べるだけの弁当なら、ヴァンが好きにすれば良い。
スコールと弁当を交換する前提であるとしても、スコール自身は日々の生活で自分の栄養バランスを整えているつもりだから、一日くらい、こういうスタミナだけを追求したような食事があっても良いと思っている。
自分で作る分には、どうしても緑を装っておかないと気が済まないので、逆にこういった献立は出来ないのだ。
そう言う違いもあって、スコール自身もこの弁当を食べることには、なんら抵抗はない。

ないのだが、とスコールはヴァンの唯一の家族の存在を思わずにはいられない。


「あんたの兄も食べるんだろう、この弁当」
「うん。別のメニュー作る余裕なんてないからな」
「……こうも肉ばっかりだと、栄養が偏るぞ」


ヴァンが味の濃いものが好きなのも、野菜よりも肉の方を食べたいのも、好きにすれば良い。
だが、ヴァンの兄レックスも、これと同じ弁当を毎日食べているのだとしたら、ちょっとそれはどうなんだ、とスコールは思わずにはいられなかった。

スコールも、自分の為だけでなく、父親の弁当も用意する。
その際、それぞれにおかずを用意するのも面倒なので、同じものを詰め込むのも判る。
けれども、こうも肉メニューだけに特化させた料理ばかりを食べていたら、若いとは言え遠からず体に支障が出るのではないか。
父親が既に四十半ばとなって、脂っこいものは胃凭れするだとか、健康診断の結果にも恐々としていることを聞いているスコールは、やはり健康の為には野菜類も必要不可欠なのだと知っている。


「家でちゃんと野菜も食べてるなら良いかも知れないが……」
「ああ、食べてるぞ。野菜もちゃんと入れてるよ。それにも入ってるだろ?」


そう言ってヴァンが指差した先には、ブロッコリーがふたつ。
入ってはいるが、とスコールは眉根を寄せる。


「あんたの弁当のサイズに対して、野菜がこれだけって言うのはどうなんだ」
「だってスコール、普段から野菜は結構食べてるし。それより肉が少ないなーっていつも思うんだ」


ヴァンの手元にあるスコールの弁当は、友のそれとは反対に、彩り豊かである。
緑黄色野菜は毎日抜かりなく収めており、家での食事でも、サラダ類はほぼ必ず出すように努めていた。
そもそもが食事に淡泊な所がある事も手伝って、子供の頃から量をそれ程食べれないから、代わりに栄養バランスに振ったと言う経緯もある。

そんなスコールから見ると、同じ弁当を食べているであろう兄の為にも、ヴァンの弁当メニューは少し直した方が良いのでは、と思ったのだが、


「うちは朝と晩と、休みの日は昼も、サラダとかスープとか、野菜は摂ってるんだ。元々兄さんが家事を全部やってくれてた頃から、そう言う感じだったし。弁当は、兄さんは昼を食べたらあとは帰るまで間食とかも出来ないから、しっかり腹が膨れる方が良いと思って────そしたら、こんな感じになった」
「……そうか」


レックスが何の仕事をしているのか、スコールはよく知らない。
だが、午後が忙しくなることはよくあるそうで、それならスタミナが一番大事だと、ヴァンなりの思いやりの結果なのだろう。
栄養バランスなんてものは、トータルして採算が合えば良い訳だし、それなら昼は茶色一色でも良いのかも知れない。

あと、とヴァンは更に続ける。


「今日は弁当交換の日じゃん。だからスコールにも、肉いっぱい食べさせようと思ってさ。もっと肉つけた方が良いよ、スコールは」


ヴァンの言葉に、スコールの眉間に分かりやすく皺が寄った。

子供の頃から、チビでガリだと、よく幼馴染の男に揶揄われていた。
確かに背の順で並ぶと、長らく一番前か二番目だったし、体つきも細く、父にも心配されていた事がある。
単に成長線が緩やかなスタートだったと言えばそうなのだが、今は背が伸びたものの、件の幼馴染に比べるとまだ足りないし、厚みも薄い。
これを育てるには動物性タンパク質が大事だと言うことも、理屈では判っているのだが、如何せん胃袋もそう簡単には大きくならないのであった。

眉間に皺を寄せたまま、不機嫌に唇を尖らせるスコール。
ヴァンはそれを気にせず、スコールの弁当箱をすっかり空にして、ずりずりと尻を擦りながら隣にやってくる。
その手が躊躇なく伸びてきて、ぺたりとスコールの腹に当てられた。


「もうちょっとこの辺、丸い方が体に良いよ」
「……うるさい。俺の勝手だろう、放っとけ」


箸を持つ手とは逆の手で、スコールはヴァンの手を払った。
が、ヴァンは構わず、ぺたぺたとスコールの腹や腰回りを触りに来る。

ヴァンはヴァンなりに、自分の作ったものを食べる人のことを想って、弁当を作っているのだ。
それは、スコールが少なからず、父の健康を気に留めながら日々のメニューを選んでいるのと同じこと。
そしてスコールもまた、今日の弁当をヴァンが食べることは意識していたから、日頃に目にしているヴァンの弁当とのバランスを考えて、今日の弁当を拵えている。
野菜を多めに盛りつつも、よく食べる育ちざかりなヴァンが午後に腹を空かさないよう、腹持ちの良いものも入れた。
やっていることの方針は真逆であるが、根にある思いはお互いに同じであることは違わないだろう。
この弁当を食べる人が、少しでも健やかであるように、と。

はあ、とスコールは溜息を吐いて、友人の好きにさせることにした。
腹回りを撫でるようなヴァンの手は引っかかるが、マイペースな彼に何を言っても暖簾に腕押しだ。
それより自分の食事を終わらせよう、とあと三分の一になった肉のおかずに取り掛かった。


「腹は食べたら育つよ。俺も昔はヒョロヒョロだったらしいけど、今はそうでもないし」
「……そうだな」
「兄さんが腹いっぱい食わせてくれたからな」
「良かったな」
「うん。だから今度は、俺がスコールを育ててやるよ」
「……勝手にしてくれ」


諦念混じりにスコールがそう言えば、ヴァンも「うん、勝手にする」と言った。
そのままヴァンの腕がスコールの腹に巻き付いて、ついでに肩口に顎が乗せられる。

肩の重みにスコールが視線をやれば、鶸色の目と近い距離でぶつかる。
目が合ったと理解してか、ヴァンの瞳が人懐こい光を宿して、スコールを見つめ返した。


「俺さあ」
「……なんだ」
「俺、スコールの作った弁当好きだよ。色キレイだし、俺が作らないものも入ってるし」
「……」
「俺が嫌いなものは、入れないようにしてくれてるみたいだし」
「…あんただって入れてないだろ。なんだよ、いきなり」
「んー、なんとなく。言っとこうと思っただけだよ」


にかりと笑うヴァンに、確かに言葉に他意はないのだろう。
彼は思ったことを思ったままに口に出しているだけなのだから。


「来週も楽しみにしてるな」
「……ああ」


素直な友人の言葉に、スコールはいつもそれだけの返事しかしない。
それでもヴァンは特に不満げにする事もなく、じゃれる猫のようにスコールの肩に寄り掛かっている。

週に一度のこんな些細なイベントでも、繰り返しているのは何故なのか。
特に伝えた訳でもないのに、相手の好きなもの、嫌いなものを、なんとなく把握する位には続いている理由は、何故か。
言葉にしないスコールの胸中を、ヴァンは確かに読み取っていた。





12月8日と言う事で、ヴァンスコ!
学パロお弁当交換してる二人がなんとなく浮かんだので、やらせてみた。

父子家庭と兄弟家庭と言うことで、唯一の身内の健康には、それなりに気を遣ってそうな二人。
お互いそんなに深くは踏み込まないようで、なんとなく許してる・許されてることは空気で感じ取ってそうなのが良いなと思っている。

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