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[サイスコ]待ち侘びている言葉ひとつ 2

  • 2024/12/22 21:00
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF



一日の授業を全て終えると、校庭の頭上を覆う空には、もう夕焼け色が混じっていた。
冬ともなれば日が暮れるのが早いもので、夏ならまだまだ昼間だと思う頃合いでも、一日が終わったような気分になる。
気温の低下も著しいこともあり、放課後の自由を謳歌するより、温かい所で一服したいと、誰もの帰る足は速くなっていた。
それでも家に帰るのは早過ぎると、何処かのコンビニなりファミレスなりに屯して、飲み物片手にお喋りに時間を費やす生徒と言うのも、あちこちにいる。

サイファーは、クラスメイトから「誕生日だし、奢ってやるよ」と誘われたが、惜しみながらそれを丁重に断った。
祝って貰うのは、相手が誰であれ悪い気はしなかったが、それについて行けば、いよいよ今日一日の足りないパーツが埋まらないまま終わってしまうだろう。
開き直れるのならそれでも良かったのだろうが、事が自分一人で済む話ではないから、確実に尾を引くのが予想できる。
そう言う訳で、クラスメイトたちからの誕生祝はまた別日に改めて貰うことにした。

教室を出たサイファーが向かうのは、階段を下りて、自分の教室とは反対側にある教室だ。
二年生のクラスが使っているその教室からは、生徒たちが順々に出て行き、残っている数はもう幾らもなかった。
そんな教室の一番端の後ろの席で、ホームルームが終わったことも気付いていないのか、机に突っ伏して蹲っている影がひとつ。

サイファーは勝手知ったるばかりに教室へと入り、生徒たちもその姿を見付けると、触れないように遠回りしながらいそいそと教室を後にした。
そうして残されたのは、鞄ひとつを肩に担いだサイファーと、まだ突っ伏したままのチョコレート色───スコールひとり。


「おい」
「……!」


声をかければ、一拍の間を置いてから、はっとスコールが跳ね起きた。
きょろきょろと辺りを見回す彼は、やはり思った通り、ホームルームの終了に気付いていなかったらしい。
思考が己の内に閉じこもると、周りを一切見失うのは、幼い頃からの彼の癖だった。

やれやれ、とサイファーは呆れた気分で溜息を吐きながら、机の横にかけられていたスコールの鞄を取って、持ち主の頭に押し付ける。


「帰るぞ」
「……」


物言いたげな視線がサイファーを睨んだが、気にしなかった。
さっさと踵を返したサイファーの後ろで、がたがたとようやくの帰宅の準備を急ぐ音がする。
ほどなく席を立つ音もして、サイファーを追う足音が教室の外へと出た。

人の気配がまだ絶えない校舎を出て、グラウンドの端を運動部の邪魔にならないように横切り、校門を通り過ぎる。
その間、スコールはずっと、サイファーの一歩後ろをついて歩き、まるでその陰に隠れているようだった。
単にお互いに顔を見なくていいように、スコールが半ば無意識にその位置を取っているのだろうと、サイファーは思っている。
……そんな場所にいるから、余計にタイミングを切り出すまでに時間がかかるのだろうとサイファーは思っているのだが、その傍ら、これが並んでいても結局は同じだっただろうなとも思った。

学校からサイファーの家までは徒歩で十五分程度、スコールの家はその少し手前にある。
だからタイムリミットはそれ程遠くはなく、此処に着くまでが最後のチャンスだ。
学生たちは皆何処かで遊んで帰りたいのか、住宅街の帰り道は、家に近付くほどに人の気配も少なくなり、背中のくっつき虫が行動を起こすには、良い塩梅になっている。
人前だから駄目なのだと言うスコールの気質を、サイファーはよくよく理解していた。

しかし、出来るだけ遅いスピードで歩くサイファーのなけなしの努力も空しく、赤い屋根の家が見えて来る。
スコールがその門扉を越えてしまえば、もうそれまで。
彼の閉じた言葉はもう出て来ることはないだろう、とサイファーも半分諦めの境地に達しつつあった。


(言いたいことがあるならさっさと言えってんだ。昔から)


こうまで背中の貝が頑なだと、サイファーも意地が出て来る。
絶対に俺の方から促してなどやるものか、と。
そうなると尚更ややこしく拗れることは積年の経験で判っているが、其処で自らが柔く折れてやることが出来ない位には、サイファーもまだまだ大人ではなかった。

サイファーの足が、スコールの自宅の門扉前を通り過ぎる。
足を止めてやるべきか否か、サイファーは考えていたが、結局止まらなかった。
その後ろで、スコールは門扉に手をかけて、


「……サイ、ファー」


数時間ぶりに聞いた声は、微かに掠れていた。
喉が詰まっているのを、精一杯に声帯を開いて紡がれた呼ぶ声に、サイファーの足が止まる。

なんだよ、と言う返事の代わりに肩越しに振り返れば、俯いているスコールがいた。
長い前髪で目元が見えないが、きゅうと引き結ばれた唇が、彼の胸中を具に語っている。
今、今やらなければ、もうチャンスはない───と、鞄のベルトを握る手が小さく震えていた。

それでも、言葉を扱うことに慣れないその唇は、簡単には動かない。


「……」
「……なんか用か」
「……その……」


此処で、なんでもない、等と言ったら、もうサイファーは待たなかった。
そうかよ、と言って自分の家へと向かう足を再開させただろう。
その気配を感じているのか、スコールは必死にはくはくと唇を動かして、癖のように出て来そうになる言葉を押し殺す。

スコールはぐっと唇を引き結んで、喉を詰まらせるものを無理やり飲み込んでから、は、と息を吐いた。
それからゆっくりと上げた顔は、向かい合う形になった夕日の所為だろうか、仄かに紅潮して熱を帯びたように見える。


「……誕生日……おめでとう……」
「………」
「……一応、言っては、置こうと……思って……」


声は段々と尻すぼみになって行き、スコールはまた俯いた。
言ってしまった、とまるで後悔でもしているような雰囲気が滲んでいるが、でも言った、と成し遂げた風に肩の力が緩んでいる。

サイファーはと言えば。


(やっとかよ)


その一言を聞く為だけに、半日も待った。
呆れと疲れが混じる中に、少しだけ、ほんの少しだけ、くすぐったさが浮かぶのだから、自分もどうしようもない。

それからまた一拍を置いて、まだ門扉を潜らない様子のスコールに、サイファーはにやりと口端を上げた。
此処まで殊勝に付き合ってやったのだから、少しくらい意地悪をしてやったって良いだろう。
サイファーは立ち尽くすスコールの前まで戻って、俯くその顔を覗き込んでやった。


「それだけか?」
「……は?」
「折角の俺の誕生日だぜ。プレゼントが言葉だけってことはないだろ?」


揶揄う顔で言ったサイファーに、スコールは条件反射に眉間の皺を深くする。
しかし、ないならないではっきり言うだろうに、スコールはそうしなかった。
むぐむぐと唇が苦いものを噛み潰すように噤んだ後、判り易い溜息を吐いて、スクールバッグの口を開ける。

取り出したのは、手のひらサイズに収まる小さな正方形の箱。
シックな黒の包装紙に覆われたそれを、スコールは剥れた顔で、ずいっとサイファーの鼻先に突き付けた。


「やる」
「お前な。もうちょっと雰囲気ってあるだろうが」
「知るか」


揶揄われたものだから、案の定、スコールはヘソを曲げたようだ。
さっさと受け取れと言わんばかりの顔をしているスコールに、サイファーは喉でくつくつと笑いながら、差し出されたものを手に取った。


「なんだ?これ」
「……CrossSwordのリング」
「へえ。お前にしちゃ気が利いてる」


最近、サイファーが贔屓にしているアクセサリーブランドの指輪。
シルバーアクセサリーと言えば、スコールも贔屓にしているブランドがあるが、それは選ばず、ちゃんとサイファーの好みに合わせたようだ。

気分が良くなって、サイファーはスコールの髪をぐしゃぐしゃと掻き撫ぜた。
突然のことにスコールは目を丸くしたが、我に返ると「やめろ!」と撫でる手を振り払う。
強気な蒼灰色がじろりと睨んでくるのを見て、サイファーの笑みは益々深くなった。


「こんなに良いもの用意してたんなら、もっと早く祝ってくれよ」
「……煩い。タイミングがなかったんだ」


拗ねた顔で言うスコールに、タイミングなら山ほど作ってやっただろう、とサイファーは思う。
だが、スコールが此処で行こうと言うタイミングになって、他所から割り込む声が多かったのも確か。
運が悪いと言うべきか、スコールにしてみれば、悉くタイミングを外された上、蓄積する程にマイナス思考に転がって行く性質もあって、最後の最後まで決心が出来なかったのだ。
ついでに、学校と言う、他人の目が溢れた所でプレゼントなんて渡せない、と言う性格も、スコールの行動を此処まで遅らせる要因だったのは、想像に難くない。

スコールはこれでようやく全ての肩の荷が下りたか、「じゃあな」と言って門扉に手をかけた。
耳が赤いのは、夕日の所為だけではないだろう。
それが判っているから、サイファーはスコールの肩を掴んで、その米神にキスをした。


「……!?」
「プレゼントありがとよ。じゃあな」


目を見開いてスコールが振り返った時には、サイファーはもう離れていた。
プレゼントを持った手を翳すように上げて、別れの挨拶と共に帰路へ向かう背中に、「バカ!」と言う声が飛んだ。





サイファー誕生日おめでとう!

朝からずっと「おめでとう」とプレゼントを渡すタイミングを探していたけど、延々外して最後の最後にようやく渡したスコールが浮かんだので。
サイファーも察しているから、スコールが行動しやすいようにタイミングを作っていたけど、中々思うように行かなくて焦れていました。
この二人、傍目にあんまり甘々してるように見えないけど、二人だけの秘密で付き合ってるんだと思います。

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