[ラグ←レオ]紫焔の帷
KH2の時間軸。
ラグナとレオン(スコール)は親子で故郷を喪うまでは一緒にいた、と言う設定。
百害あって一利なし、とよく言われている代物だ。
それでも、何故か愛用する人は多くて、幼い頃はそれが不思議だった。
子供は絶対にダメだと、その近くで大人が吸うのも決して好ましく思われている物ではないのに、手放せないと言う人間は少なくない。
育て親となった男もそう言うタイプで、苛々とするととかく煙で室内を真っ白にしていた。
一時───親役を引き受けてから当分の間───は煙の代わりに飴を入れたり、棒切れを噛んだりとしていたのをよく見たが、それでも結局、彼は“それ”を手放す事は出来なかった。
一番の年上であった自分が成人した頃から、とうとう我慢できなくなったか、或いはせめてこの期間まではと区切りを作っていたのかも知れない、彼は“それ”を解禁するに至る。
それでも一応はルールを作っているようで、幼い子供がいる所では吸わないように務めていた。
ついつい手が伸びてしまうのは最早癖になった仕草で、火を点けずに噛む所までは許して欲しい、とも。
そうまでして手放し難いものとは、一体どんなに心地が良いものなのだろう。
幼い頃、育て親と同じように、ふとすると煙を吹かしていた男の顔を見ては、首を傾げていたものだ。
余りに不思議で、その疑問を解消したくて、“それ”を頂戴と言った事がある。
その時、彼は酷く驚いた顔をして、一瞬怒った顔をしたけれど、直ぐにそれは引っ込めた。
うーん、うーんと悩むように唸っていたのは、きっとどうやって流そうかと考えていたのだろう。
結局の所、返って来たのは勿論「駄目」というもので、その理由も自分は判っていたけれど、じゃあどうして吸っているんだと問い返せば、また彼は困った顔で考え込んでいた。
宥められては流されて、また時を置いて、頂戴、と何度も強請った。
半分は意地になっていた所もあったし、本当に純粋に疑問だったから試してみたかったのもある。
どちらにせよ、彼が“それ”を許してくれる事は一度もなく、終いには隠れて楽しむようになった。
見付かればせがまれると判っていて、大人としてそれは許してはいけない事で、かと言って自分が手放すには中々難しいものだったから、そんなかくれんぼが始まったのだろう。
刻は過ぎて行き、あの日、「駄目」と言ったあの人と、並べる位の歳が近付いてきた。
一つの区切りとなる年齢を迎えた時、育て親からも仲間達からも隠れて、こっそりそれを試した。
一吸いで苦しくなって咽込んで、“これ”の何が良いのか全く分からなかったのも、今となっては遠い思い出になっている。
「あ!煙草吸ってる!」
聞こえた声に、思わず肩が跳ねる。
隣で同席していたシドが、遂に来たな、と苦く笑う気配があった。
たったっと軽く弾む足音が近付いてきて、レオンは唇に挟んでいた物を手に取った。
緩く煙を立ち昇らせるそれは、まだ火をつけてから間もなく、長さもある。
勿体無いと言う気持ちはあったものの、駆け寄って来る少年の事を考えると、このまま燻らせる訳にもいかないと思った。
積み上げられた石の瓦礫の天板に赤い先端を押し付けて消している間に、少年───ソラはレオンとシドの下まで到着する。
「レオンも煙草吸うんだ。知らなかった」
「まあ、偶に、な」
興味津々と言う顔で言うソラに、レオンは歯切れ悪く返した。
火の消えた煙草を足元に落として、靴の裏で踏み潰す。
そんなレオンの隣では、シドが煙を細く吐いて、「偶に、ねぇ」と呟いた。
ソラの視線がレオンとシドの足元に落ちて、其処に点々と吸い殻が落ちている事に気付く。
真新しいレオンの足元のものも含め、今日だけではないと判るその数に、
「いつも此処で吸ってんの?二人で?」
「そーだな。見晴らしもそこそこ良いし、此処なら火事の心配もねえしよ」
街はまだまだ復興が始まったばかりとあって、いつかの風光明媚な面影もないが、高台にあるだけでも気分は変わる。
少しずつ少しずつ、遠い記憶の景色を取り戻そうと、形を整えているのも感じる事が出来るのだ。
少し視線を後ろへずらせば、谷の底で蠢く影が目に付いたが、その現実から束の間に目を背ける位は許して欲しい。
そしてここは、シドの言う通り、辺りには崩れた岩やレンガの瓦礫ばかりで、火種が燃え広がるようなものがない。
だから不始末をしても安心、と言う訳ではないが、まだ人気のないエリアである事も含めて、喫煙者が人目を離れて屯するには都合の良い場所だった。
「で、お前はなんでこんな所にいる?こっちは面白いモンは何もねえぞ」
「探検!こっち側はまだちゃんと見た事なかったなって」
「元気な奴だな。見ての通り、此処らはまだまだ瓦礫だらけだ。いきなり崩れる所もあるから、戻った方が良いぜ」
「そんな危ないとこで煙草吸ってんの?」
「お陰で人がいねえからよ」
そう言ってシドは、空に向かってふぅっと煙を吐き出した。
ぽわっと広く浮いた白い煙が、風に流されて揺らめいて消える。
ソラはじいっとその様子を見上げながら、
「そんなに煙草って吸いたい?美味いモンなの?」
「俺にとってはな」
「レオンも」
「……さて……」
問いかけられて、レオンは肩を竦めて見せた。
是とも非とも言わないレオンに、シドは煙草を持つ手で口元を隠す。
物言いたげな瞳が向けられるのをレオンも判っていたが、何も言われないのを良い事に、此方も気付かない振りをした。
彩度の高い青い瞳が、じいっとレオンとシドを見ている。
二人を交互に、見比べるように眺めた後、ソラはまじまじとした顔で言った。
「なあ、シド。それ、一個ちょうだい」
「あ?」
「それ。煙草!オレも吸ってみたい」
「バーカ。お子様にや千年早ぇよ」
思わぬソラの言葉に、一度は目を丸くしたシドであったが、爛々としたソラの台詞に、その表情は直ぐに呆れたものになった。
当然と言えば当然のシドの返事は、ソラも予想していたのだろう、諦め悪く直ぐに食い下がって来た。
「なんだよー、一本くらい良いじゃん!ケチ!」
「ガキが吸うもんじゃねえって言ってんだ。これはオトナの嗜みなんだよ」
「オレだってオトナだもん!」
「こいつと頭の高さが並んでから言いな」
こいつ、と言ってシドが指差したのは、レオンだ。
一年越しの再会で身長が伸びていたソラだが、その背はレオンのそれとはまだまだ遠い。
そもそも体格に恵まれたレオンと比べられては、元が小柄なソラでは、年齢的な伸びしろを含めても、追いつけるかどうか。
それを無理だと決めつけてのシドの台詞に、ソラがぎぎぎと歯を食いしばる。
「なんだよー、バカにして!見てろよ、直ぐに追いついて、いや追い抜いてやるからな!」
「それは、楽しみだな」
「レオンまで笑う!直ぐだからな、絶対直ぐだから!そしたら煙草もちょうだい!」
「背も歳もオトナになってたらなー」
くすくすと笑うレオンと、判り易く揶揄う口調のシドに、ソラは怒ったように声を大きくする。
そのままぷりぷりと沸騰しながら背を向けて歩いて行くソラに、レオンはシドと顔を見合わせて、再三肩を竦めるのだった。
賑やかな少年が来た道を戻って行くのを、レオンはじっと見詰めていた。
所々が崩れている階段を下りて行くソラは、一度くるりと振り返ると、二人に向かってひらひらと手を振った。
レオンがそれに右手を上げて返してやると、けろりと機嫌をよくした笑顔が花開く。
踵を返して瓦礫の道を駆けて行くソラの足取りは、既に軽やかになっていた。
遠ざかる少年の背中も見えなくなった頃、じゃり、と隣で土を踏む音が鳴る。
見れば、シドが短くなった煙草を消している所だった。
「さて、俺もぼちぼち戻るか。お前はどうする?」
「俺は……」
シドにしろレオンにしろ、やる事は山積みだ。
街の復興がようやく始まったと言っても、それは本当にスタートラインに立っただけであって、物事が動くのは此処からだった。
瓦礫を撤去し、使えるものを選り分け、新しい資材を仕入れて……と仕事は絶えない。
事実を言えば、こうして微かに休息をとる時間すら惜しいのだ。
しかし、人間は常に仕事だけに邁進する事は出来ない為、僅かな時間を捻出して、呼吸を整える時間が必要になる。
シドは十分、その時間を取ったつもりのようだ。
だから戻ると言っている訳だが、レオンはまだ、胸の奥に滲む重みがあった。
「……俺は、もう少し此処にいる」
「おう。程々にしろよ」
「……ああ」
シドの差した釘の意味を、レオンは正確に理解した。
その上で曖昧に、眉尻を微かに下げて頷くレオンに、シドの手が伸びる。
加齢に伴って皺の増えた、かさついて皮膚の厚みのある手が、ぽん、とレオンの頭を撫でて離れて行った。
シドが階段を下りて行くのを見送りながら、レオンの手はジャケットの内ポケットへと伸びていた。
いつしか其処に決まって納める習慣になった箱を取り出せば、意識しなくても自然な動きで、中身を取り出し口へと運ぶ。
同じく携帯するようになったライターで、咥えたものの先端に火を点ければ、ゆらりと白い線が上った。
すう、と目一杯に息を吸い込めば、煙で肺が充満して、ずっと滲んでいた重石が消えていくのが判る。
「……ふー……」
夕色に染まり始めた空に向かって、吸い込んだ煙を吐き切った。
細めた双眸に、白煙にくすんだオレンジ色が映る。
脳裏に浮かぶ、まだ幼い少年との遣り取り。
それが遠い記憶に押し込んだ、いつかの自分の言葉と重なって、レオンの口元が笑みに歪んだ。
もう何年前になるのだろうか。
故郷を失ったその時よりも、更に昔の事だったと思うから、十年以上は経っている。
そんなに美味しいの、と訊ねた時から、あの人は困った顔をしていたから、悪戯に興味を注ぐ事を避けようとはしていたのだろう。
幼い日の自分は、大人のそんな気持ちなど知る由もなく、ただただ興味と疑問の解消の為に、この煙を試したいと強請っていた。
当然、それは叶えられる事はなかったのだが、何度目かになったその遣り取りの後に、一つ他愛もない約束をしたのを、レオンは今でも覚えている。
『大人になったら、僕も一緒に吸っても良い?』
子供は駄目だと、何度も何度も言い聞かせられた。
それなら、子供でなくなれば良いのかと、単純にそう思ったのだ。
そうしたら、あの人はまた困ったように笑いながら、言った。
『そうだなぁ。お前と一緒に味わえるなら、きっと最高の一本になるんだろうな』
くしゃくしゃと、頭を撫でながら笑ったあの人。
時が流れるに連れて、その顔に朧な靄がかかるようになって、嫌でも記憶の風化を自覚する。
それが酷く嫌で堪らなくて、薄れる記憶を色濃く直そうとしたのが、切っ掛けだったように思う。
初めて煙草を吸った時、喉はイガイガするし、肺は異物が入ったように重くなるしで、散々だった。
これの何が良いのか、教えてくれるかも知れなかった人は何処にもいなくて、息苦しさで勝手に涙が出て止まらなくなった。
あれは間違いなく、最悪の一本だったと、レオンは思う。
それをシドに言ったら、当たり前だろう、と呆れた顔で言われた。
どうして其処で踏み止まらなかったのか、戻ろうとしなかったのかと、燻らせた煙の向こうで、何処か淋しそうな瞳が見詰めていたのを覚えている。
今でも、煙草の味を美味いと思った事は、碌にない。
それでも辞める事が出来ないのだから、中毒性と言うのは恐ろしいものだ。
苦くても、不味くても、いつも口にするそれが最悪の一本だと思っても、手放す事が出来ない。
(……だってこれは、貴方の匂いだ)
置き去りにしたくても出来ない、遠い日の記憶、思い出、そのトリガー。
紐ついてしまったそれを手放す事は、煙草そのものを辞めるよりも、レオンにとっては難しい。
酷い時には一日に何本も、シドすら顔を顰める程に煙を燻らせる時もある。
もしもあの人がそんなレオンの姿を見たら、どんな顔をするだろう。
叱るだろうか、悲しむだろうか、困ったように取り上げながら「禁煙な」なんて言うかも知れない。
自分だって吸ってた癖にと言ったなら、じゃあ一緒に禁煙しよう、と言ってくれたりするのだろうか。
そんな事を考えてしまう位には、自分が酷い有様である事を、レオンも薄らと自覚していた。
それでも、今はこの匂いが手放せない。
せめてあの日の、幼い他愛もない約束が、果たせる時が来るまでは。
『ラグナが喫煙者でその匂いを追って煙草を吸い始めたレオンさん辛い』定期。
ラグナに対して、父親以上の拗らせた感情も持ってると尚良し。
フォロワーさん方とのこの妄想楽しくて仕方がない。
ソラの前では隠しているけど、実はかなりのヘビースモーカーなレオンさんとか好きです。
それだと大体匂いで気付きそうだけど、傍に堂々と吸ってるシドがいるから、その移り香だろうと思われてたら本人のだったって言う。
ラグナとレオン(スコール)は親子で故郷を喪うまでは一緒にいた、と言う設定。
百害あって一利なし、とよく言われている代物だ。
それでも、何故か愛用する人は多くて、幼い頃はそれが不思議だった。
子供は絶対にダメだと、その近くで大人が吸うのも決して好ましく思われている物ではないのに、手放せないと言う人間は少なくない。
育て親となった男もそう言うタイプで、苛々とするととかく煙で室内を真っ白にしていた。
一時───親役を引き受けてから当分の間───は煙の代わりに飴を入れたり、棒切れを噛んだりとしていたのをよく見たが、それでも結局、彼は“それ”を手放す事は出来なかった。
一番の年上であった自分が成人した頃から、とうとう我慢できなくなったか、或いはせめてこの期間まではと区切りを作っていたのかも知れない、彼は“それ”を解禁するに至る。
それでも一応はルールを作っているようで、幼い子供がいる所では吸わないように務めていた。
ついつい手が伸びてしまうのは最早癖になった仕草で、火を点けずに噛む所までは許して欲しい、とも。
そうまでして手放し難いものとは、一体どんなに心地が良いものなのだろう。
幼い頃、育て親と同じように、ふとすると煙を吹かしていた男の顔を見ては、首を傾げていたものだ。
余りに不思議で、その疑問を解消したくて、“それ”を頂戴と言った事がある。
その時、彼は酷く驚いた顔をして、一瞬怒った顔をしたけれど、直ぐにそれは引っ込めた。
うーん、うーんと悩むように唸っていたのは、きっとどうやって流そうかと考えていたのだろう。
結局の所、返って来たのは勿論「駄目」というもので、その理由も自分は判っていたけれど、じゃあどうして吸っているんだと問い返せば、また彼は困った顔で考え込んでいた。
宥められては流されて、また時を置いて、頂戴、と何度も強請った。
半分は意地になっていた所もあったし、本当に純粋に疑問だったから試してみたかったのもある。
どちらにせよ、彼が“それ”を許してくれる事は一度もなく、終いには隠れて楽しむようになった。
見付かればせがまれると判っていて、大人としてそれは許してはいけない事で、かと言って自分が手放すには中々難しいものだったから、そんなかくれんぼが始まったのだろう。
刻は過ぎて行き、あの日、「駄目」と言ったあの人と、並べる位の歳が近付いてきた。
一つの区切りとなる年齢を迎えた時、育て親からも仲間達からも隠れて、こっそりそれを試した。
一吸いで苦しくなって咽込んで、“これ”の何が良いのか全く分からなかったのも、今となっては遠い思い出になっている。
「あ!煙草吸ってる!」
聞こえた声に、思わず肩が跳ねる。
隣で同席していたシドが、遂に来たな、と苦く笑う気配があった。
たったっと軽く弾む足音が近付いてきて、レオンは唇に挟んでいた物を手に取った。
緩く煙を立ち昇らせるそれは、まだ火をつけてから間もなく、長さもある。
勿体無いと言う気持ちはあったものの、駆け寄って来る少年の事を考えると、このまま燻らせる訳にもいかないと思った。
積み上げられた石の瓦礫の天板に赤い先端を押し付けて消している間に、少年───ソラはレオンとシドの下まで到着する。
「レオンも煙草吸うんだ。知らなかった」
「まあ、偶に、な」
興味津々と言う顔で言うソラに、レオンは歯切れ悪く返した。
火の消えた煙草を足元に落として、靴の裏で踏み潰す。
そんなレオンの隣では、シドが煙を細く吐いて、「偶に、ねぇ」と呟いた。
ソラの視線がレオンとシドの足元に落ちて、其処に点々と吸い殻が落ちている事に気付く。
真新しいレオンの足元のものも含め、今日だけではないと判るその数に、
「いつも此処で吸ってんの?二人で?」
「そーだな。見晴らしもそこそこ良いし、此処なら火事の心配もねえしよ」
街はまだまだ復興が始まったばかりとあって、いつかの風光明媚な面影もないが、高台にあるだけでも気分は変わる。
少しずつ少しずつ、遠い記憶の景色を取り戻そうと、形を整えているのも感じる事が出来るのだ。
少し視線を後ろへずらせば、谷の底で蠢く影が目に付いたが、その現実から束の間に目を背ける位は許して欲しい。
そしてここは、シドの言う通り、辺りには崩れた岩やレンガの瓦礫ばかりで、火種が燃え広がるようなものがない。
だから不始末をしても安心、と言う訳ではないが、まだ人気のないエリアである事も含めて、喫煙者が人目を離れて屯するには都合の良い場所だった。
「で、お前はなんでこんな所にいる?こっちは面白いモンは何もねえぞ」
「探検!こっち側はまだちゃんと見た事なかったなって」
「元気な奴だな。見ての通り、此処らはまだまだ瓦礫だらけだ。いきなり崩れる所もあるから、戻った方が良いぜ」
「そんな危ないとこで煙草吸ってんの?」
「お陰で人がいねえからよ」
そう言ってシドは、空に向かってふぅっと煙を吐き出した。
ぽわっと広く浮いた白い煙が、風に流されて揺らめいて消える。
ソラはじいっとその様子を見上げながら、
「そんなに煙草って吸いたい?美味いモンなの?」
「俺にとってはな」
「レオンも」
「……さて……」
問いかけられて、レオンは肩を竦めて見せた。
是とも非とも言わないレオンに、シドは煙草を持つ手で口元を隠す。
物言いたげな瞳が向けられるのをレオンも判っていたが、何も言われないのを良い事に、此方も気付かない振りをした。
彩度の高い青い瞳が、じいっとレオンとシドを見ている。
二人を交互に、見比べるように眺めた後、ソラはまじまじとした顔で言った。
「なあ、シド。それ、一個ちょうだい」
「あ?」
「それ。煙草!オレも吸ってみたい」
「バーカ。お子様にや千年早ぇよ」
思わぬソラの言葉に、一度は目を丸くしたシドであったが、爛々としたソラの台詞に、その表情は直ぐに呆れたものになった。
当然と言えば当然のシドの返事は、ソラも予想していたのだろう、諦め悪く直ぐに食い下がって来た。
「なんだよー、一本くらい良いじゃん!ケチ!」
「ガキが吸うもんじゃねえって言ってんだ。これはオトナの嗜みなんだよ」
「オレだってオトナだもん!」
「こいつと頭の高さが並んでから言いな」
こいつ、と言ってシドが指差したのは、レオンだ。
一年越しの再会で身長が伸びていたソラだが、その背はレオンのそれとはまだまだ遠い。
そもそも体格に恵まれたレオンと比べられては、元が小柄なソラでは、年齢的な伸びしろを含めても、追いつけるかどうか。
それを無理だと決めつけてのシドの台詞に、ソラがぎぎぎと歯を食いしばる。
「なんだよー、バカにして!見てろよ、直ぐに追いついて、いや追い抜いてやるからな!」
「それは、楽しみだな」
「レオンまで笑う!直ぐだからな、絶対直ぐだから!そしたら煙草もちょうだい!」
「背も歳もオトナになってたらなー」
くすくすと笑うレオンと、判り易く揶揄う口調のシドに、ソラは怒ったように声を大きくする。
そのままぷりぷりと沸騰しながら背を向けて歩いて行くソラに、レオンはシドと顔を見合わせて、再三肩を竦めるのだった。
賑やかな少年が来た道を戻って行くのを、レオンはじっと見詰めていた。
所々が崩れている階段を下りて行くソラは、一度くるりと振り返ると、二人に向かってひらひらと手を振った。
レオンがそれに右手を上げて返してやると、けろりと機嫌をよくした笑顔が花開く。
踵を返して瓦礫の道を駆けて行くソラの足取りは、既に軽やかになっていた。
遠ざかる少年の背中も見えなくなった頃、じゃり、と隣で土を踏む音が鳴る。
見れば、シドが短くなった煙草を消している所だった。
「さて、俺もぼちぼち戻るか。お前はどうする?」
「俺は……」
シドにしろレオンにしろ、やる事は山積みだ。
街の復興がようやく始まったと言っても、それは本当にスタートラインに立っただけであって、物事が動くのは此処からだった。
瓦礫を撤去し、使えるものを選り分け、新しい資材を仕入れて……と仕事は絶えない。
事実を言えば、こうして微かに休息をとる時間すら惜しいのだ。
しかし、人間は常に仕事だけに邁進する事は出来ない為、僅かな時間を捻出して、呼吸を整える時間が必要になる。
シドは十分、その時間を取ったつもりのようだ。
だから戻ると言っている訳だが、レオンはまだ、胸の奥に滲む重みがあった。
「……俺は、もう少し此処にいる」
「おう。程々にしろよ」
「……ああ」
シドの差した釘の意味を、レオンは正確に理解した。
その上で曖昧に、眉尻を微かに下げて頷くレオンに、シドの手が伸びる。
加齢に伴って皺の増えた、かさついて皮膚の厚みのある手が、ぽん、とレオンの頭を撫でて離れて行った。
シドが階段を下りて行くのを見送りながら、レオンの手はジャケットの内ポケットへと伸びていた。
いつしか其処に決まって納める習慣になった箱を取り出せば、意識しなくても自然な動きで、中身を取り出し口へと運ぶ。
同じく携帯するようになったライターで、咥えたものの先端に火を点ければ、ゆらりと白い線が上った。
すう、と目一杯に息を吸い込めば、煙で肺が充満して、ずっと滲んでいた重石が消えていくのが判る。
「……ふー……」
夕色に染まり始めた空に向かって、吸い込んだ煙を吐き切った。
細めた双眸に、白煙にくすんだオレンジ色が映る。
脳裏に浮かぶ、まだ幼い少年との遣り取り。
それが遠い記憶に押し込んだ、いつかの自分の言葉と重なって、レオンの口元が笑みに歪んだ。
もう何年前になるのだろうか。
故郷を失ったその時よりも、更に昔の事だったと思うから、十年以上は経っている。
そんなに美味しいの、と訊ねた時から、あの人は困った顔をしていたから、悪戯に興味を注ぐ事を避けようとはしていたのだろう。
幼い日の自分は、大人のそんな気持ちなど知る由もなく、ただただ興味と疑問の解消の為に、この煙を試したいと強請っていた。
当然、それは叶えられる事はなかったのだが、何度目かになったその遣り取りの後に、一つ他愛もない約束をしたのを、レオンは今でも覚えている。
『大人になったら、僕も一緒に吸っても良い?』
子供は駄目だと、何度も何度も言い聞かせられた。
それなら、子供でなくなれば良いのかと、単純にそう思ったのだ。
そうしたら、あの人はまた困ったように笑いながら、言った。
『そうだなぁ。お前と一緒に味わえるなら、きっと最高の一本になるんだろうな』
くしゃくしゃと、頭を撫でながら笑ったあの人。
時が流れるに連れて、その顔に朧な靄がかかるようになって、嫌でも記憶の風化を自覚する。
それが酷く嫌で堪らなくて、薄れる記憶を色濃く直そうとしたのが、切っ掛けだったように思う。
初めて煙草を吸った時、喉はイガイガするし、肺は異物が入ったように重くなるしで、散々だった。
これの何が良いのか、教えてくれるかも知れなかった人は何処にもいなくて、息苦しさで勝手に涙が出て止まらなくなった。
あれは間違いなく、最悪の一本だったと、レオンは思う。
それをシドに言ったら、当たり前だろう、と呆れた顔で言われた。
どうして其処で踏み止まらなかったのか、戻ろうとしなかったのかと、燻らせた煙の向こうで、何処か淋しそうな瞳が見詰めていたのを覚えている。
今でも、煙草の味を美味いと思った事は、碌にない。
それでも辞める事が出来ないのだから、中毒性と言うのは恐ろしいものだ。
苦くても、不味くても、いつも口にするそれが最悪の一本だと思っても、手放す事が出来ない。
(……だってこれは、貴方の匂いだ)
置き去りにしたくても出来ない、遠い日の記憶、思い出、そのトリガー。
紐ついてしまったそれを手放す事は、煙草そのものを辞めるよりも、レオンにとっては難しい。
酷い時には一日に何本も、シドすら顔を顰める程に煙を燻らせる時もある。
もしもあの人がそんなレオンの姿を見たら、どんな顔をするだろう。
叱るだろうか、悲しむだろうか、困ったように取り上げながら「禁煙な」なんて言うかも知れない。
自分だって吸ってた癖にと言ったなら、じゃあ一緒に禁煙しよう、と言ってくれたりするのだろうか。
そんな事を考えてしまう位には、自分が酷い有様である事を、レオンも薄らと自覚していた。
それでも、今はこの匂いが手放せない。
せめてあの日の、幼い他愛もない約束が、果たせる時が来るまでは。
『ラグナが喫煙者でその匂いを追って煙草を吸い始めたレオンさん辛い』定期。
ラグナに対して、父親以上の拗らせた感情も持ってると尚良し。
フォロワーさん方とのこの妄想楽しくて仕方がない。
ソラの前では隠しているけど、実はかなりのヘビースモーカーなレオンさんとか好きです。
それだと大体匂いで気付きそうだけど、傍に堂々と吸ってるシドがいるから、その移り香だろうと思われてたら本人のだったって言う。