[カイスコ]モノポリズム
最初に見た時は、酷く年若い兵士だと思った。
それは単純に年齢の話と言うだけではなく、全体から醸し出される青臭い雰囲気からだ。
容姿だけで言えば大人びているし、秩序の戦士達の中でも比較的現実主義の傾向も強く、戦場のいろはを、その過酷さのなんたるかも知っているようだった。
しかし、人伝いに話を聞けば、彼はまだ学生───カインの世界で言えば、兵卒となってまだ数年と言う年齢に当たるのだと言う。
傭兵を育成すると言う期間に身を置いていたと言うから、理屈の上での戦場の過酷さという物を、彼はよく学んでいたのだろう。
反面、根本的に現場主義かつ実力主義である戦場そのものについては、未だ経験不足は否めない。
本人もそれは理解してはいるようで、だからなのか、カインやセシルのような、正規軍隊に所属し、更に一個隊の隊長と言う立場にあった者の話については、その内容が彼自身の琴線を厭な意味で震わせるものであれ、一度は黙って聞くに耐える。
そう言う時に滲み出る、不満を隠しきれない尖った唇が、彼を青臭く、未熟を脱し切らない性質であることを匂わせていたのだ。
秩序の陣営は、一体どういう偏りになったのか、年齢層が総じて低い。
30代半ばと思しきジェクトが最年長で、その下が───到底そうは思えないのだが───本人曰く27歳のラグナと言う順になり、後は全体を平均すると20代を下るか下らないか。
そう言う括りで考えると、まだ10代である彼は、幼い部類に入る。
少なくとも、カインにとっては。
同様の年齢の者が多い秩序の陣営にあって、その身空で戦士としての理を解している彼の存在は、見方を変えれば頼もしいものではあったが、ふとした瞬間に現れる未成熟さがアキレス健にもなり得た。
カインが彼を気にしていたのは、そう言う所が始まりだったと思う。
何故か周囲に人が集まると言う星の下にありながら、彼自身は寡黙な性質で、気安く声をかけて来る仲間達に対しても言葉が少なかった。
それはどうやら、彼自身が"言葉"と言うものに対して、大なり小なりの苦手意識があるからで、故に彼は軽々しく口を開く事を躊躇うのだ。
そんな彼を見て、セシルがカインに、「少しお前と似ているかもな」と言ったのが、切っ掛けになったのかも知れない。
彼は言葉を苦手としてるが、代わりに蒼の瞳が随分とよく喋り、不満や不服、戦場に置いては高揚の様子を具に表す。
鎧のように頑なに自心を隠そうとする皮を一枚一枚剥ぎ取れば、益々その瞳は素直になり、その心の内を見る者に全て曝け出した。
きっと、彼自身は、自分のそんな一面には気付いていないのだろう。
だから青いのだと、だからこんなにも庇護欲をそそるのだと、カインはそう考えている。
ベッドに押さえ付けるように縫い留めた手を握れば、ゆるりと握り返す力がこもる。
それがカインには何とも言い難い衝動を誘い、その心の赴くままに、白い筈の火照った肌に唇を当てた。
喉元を一つ強く吸えば、細身の身体がビクリと震えて、赤い花が咲く。
そこに残るであろう痕の感触を宥めるように、カインがゆっくりと舌を這わせると、スコールは唇を強く噤んで肩を縮めていた。
繋がった場所の奥に熱を吐き出してから、どれ程の時間が経っただろう。
ほんの数分前の話であると思うのだが、熱に溺れて体内時計が狂ったようで、正確な時間経過が全く読み取れない。
かと言って時計を見るのも情緒がないようで、カインはその内、時間について考えるのを辞めた。
窓の外が暗い内は、急くような時間ではない、それさえ判っていれば十分だ。
「ん……んぅ……っ」
何度も首筋に、鎖骨にキスを落とすカインに、スコールは身を捩った。
もうやだ、と言いたげなその仕種を、カインはその背中に腕を回して抑え込む。
「カ、イン……っ」
「……なんだ」
堪らない様子で名前を呼んだスコールに、流石にこれには返事をしない訳にはいかないのだろうと、顔を上げる。
いつも兜で隠れている金色の髪が流れるように滑り、スコールを閉じ込めるように、金糸のカーテンがスコールを包む。
眩しい、と余りこの男に対して思う事のない感想を抱きながら、スコールは熱の滲む吐息を零して、カインを見上げた。
「もう……疲れた」
「……ああ」
組み敷かれる側であるスコールの疲労は、カインには想像するしかない。
だが、まだ若く、カインとこう言う関係になるまで、そう言う刺激と無縁であったスコールにとって、自身を翻弄する熱の激しさはいつまでも慣れるものではなかった。
だから一回、二回とその晩の内に数を重ねれば重ねるほど、スコールの疲労は純粋な重みになってその体を襲う。
明日の予定に響かせたくないスコールにとっては、そろそろ離して欲しい、と思うのも無理はないだろう。
カインがゆっくりと体を起こし、スコールの中を支配していたものを抜いて行く。
擦れる感触にスコールが背を撓らせれば、首元にカインが咲かせたばかりの花が鮮やかに浮きあがった。
これが明日まで残っていたら、スコールは喧しい仲間二人に、自分は恐らく親友に突かれるのだろう。
その度、カインは黙して親友の揶揄を流すのだが、スコールはまだまだ過敏な頃であるようで、仲間達にその手の事を突かれることを厭う。
───ラグナやジェクトに言わせれば、「丁度そう言う年頃なんだよ」とのことだが、カインにはよく分からなかった。
何せ、カインの世界では、17歳と言えばその手の話ももう済む所まで行っている者も多く、寧ろそれを済ませれば晴れて一人前、と言われるようなことだった。
どうやらこの辺りは、各々の世界事情によって、倫理的なルールに差異がある事による、価値観や感覚のズレらしい。
そうでなくともスコールは、こうした熱の共有というものに初心な所があるようだから、悪戯に彼の動揺を誘うような事は避けるが吉、ではあるのだろう。
それでもカインは、頻繁にスコールの躰に己の痕を残す。
時に隠れて、時に覗かせるように、時には見せつけるように。
今夜、首元に残したこの赤い花も、このまま残り続ければ、早々に仲間達に見付かるに違いない。
(また拗ねるな)
噛み付いて来るスコールの顔を思い浮かべながら、カインは微かに口角を緩めた。
毛を逆立てた猫のように、真っ赤になって抗議するスコールの顔は、中々可愛らしいものである。
そう言ったら、スコールは益々拗ねてしまうのだろうが。
中に入っていたものがようやく出て行って、スコールがベッドシーツを噛んで身を捩る。
溢れ出してくるものが与える感触を嫌がるように、細い腰が右へ左へと揺れた。
「う、ん……」
「痛みはあるか」
「……んん……」
体の具合について訊ねるカインに、スコールは眉根を寄せつつも、小さく首を横に振った。
「だるいけど……多分、平気だ」
「風呂は入るか?」
「……疲れてるから良い」
面倒臭い、と言って、スコールはごろりと寝返りを打った。
カインの下から逃げた彼は、ベッドの端に放られていた枕を掴んで、それを抱えて丸くなる。
火照った躰にリネンの枕カバーのひんやりと感触が心地良いのだろう、そのままスコールは熱の胎動が収まるのを待っていた。
そうしてベッドの上で丸くなるスコールの姿は、昼間の大人びた立ち姿と違って、随分と幼い。
カインはベッド横のチェストに置いていたピッチャーとグラスを取った。
グラスに水を注ぎ、自身の口へと含んで、丸くなっているスコールの肩を掴んで引き寄せる。
何だよ、と聊か面倒臭そうな顔が此方へ向いて、カインはその薄い唇へと自分のそれを重ね合わせた。
無防備に開いていた唇の隙間から、冷たい水を流し込んでやれば、スコールは心地良さそうに目を細めて受け止める。
「ん……んく……、ふ……っ」
こく、こく、とスコールの喉が小さく音を鳴らす。
咥内に移してやったものがなくなったのを確認して、カインは唇を放した。
「ふぁ……」
零れるスコールの声には、名残惜しさが滲んでいる。
まだ意識が行為の最中のものから戻り切っていない所為か、蒼の瞳が物欲しげにカインを見上げた。
カインは水をもう一口含んで、またスコールにキスをする。
今度はスコールの方からも口付けを深め、自ら水を迎えに行った。
スコールはゆっくりと水を飲みほして行き、飲むものを飲み終わった後は、舌をカインの咥内へと入れて来た。
スコールはこう言った事に置いて受動的であるが、偶に何のスイッチが入るのか、少しだけ積極性を見せる時がある。
その時はカインは有り難く受け止めさせて貰って、彼のしたいようにさせていた。
「ん…ん……はふ……ふぁ……」
ちゅぷ、ちゅぷ、と猫がミルクを欲しがるように、スコールは何度もカインの唇を吸う。
そうして夢中になっている内に、また疲れて来たのだろう、スコールの唇はゆっくり離れて行った。
くたりと寄り掛かって来た体を受け止めて、カインはベッドへと横になる。
連れ去られるようにスコールも一緒にベッドに倒れ、はあ、とあわい吐息を零した。
「…あんたとすると、疲れる……」
「それは、悪かったな」
「……あんた、意外と激しいんだよな」
「意外と、か。お前は俺を欲の薄い男だとでも思っていたのか?」
「まあ、割と」
スコールの答えに、カインは苦笑する。
「俺も嘗てはそのつもりでいたな。そうであろうとしていた、か」
「……今は違うのか?」
「お前のお陰で」
スコールの問いに返しながら、カインは嘗ての自分を思い出す。
親友と相思相愛の中となった女性を、カインは愛していた。
だが、親友と彼女の中を引き裂きたかった訳でもないし、カインは友のことも信頼している。
彼は暗黒騎士としての自分自身に思い悩み、彼女に己は相応しくないのではとすら考えていたが、カインにしてみれば愚中の愚とも言えるような話だった。
寧ろ、なんとも贅沢な話だと、そんな事すら思っていたかも知れない。
カインにとっては、親友とその恋人が恙なく遂げてくれたならば、それ以上に望むものなどなかったし、それ以外の道を一瞬でも奪い取ろうとする事もなかったのだから。
だからカインの心は暗い深淵へと傾いて、堕ちて行ったのだろう。
それはカイン自身の未熟な心故のものでもあったし、同時に、恐らく目を逸らす事の出来ない現実であったのだ。
自分の欲しいものを全て持っているにも関わらず、己はそれに相応しい人間ではないと、自ら手を放そうとする親友に、怒りとも嫉みとも言えない感情があった。
欲しくて欲しくて溜まらないそれが、取り零されようとしているのなら、それを自分が拾っても良いだろうと。
カインは存外と、己が思っている以上に、欲深で独占欲が強いのだ。
スコールに触れていると、カインはそういった自分の性質と言うものを再認識する。
そして同時に、焦がれて焦がれて仕方のないものが、こうして時分の腕の中にいると言う心地良さを、初めて知った。
「……カイン?」
動かなくなったカインに、寝たのか、とスコールが声をかける。
まだ眠ってはいなかったので、カインはスコールと目を合わせてやった。
生まれたばかりの猫に似た、透明度の高い蒼灰色の瞳が、近い距離でじぃっとカインを見詰めている。
カインはスコールの肩を抱き寄せて、熱花の名残を残す目尻に唇を当てた。
なんだよ、と訝しむ声があったが、構わずにキスを繰り返していると、スコールはくすぐったそうに身を捩る。
逃げを打つような仕草を、カインが腕の檻に閉じ込めてやると、少年は大人しくその中に納まった。
「……もう眠い」
「ああ」
カインがじゃれたいだけなら、自分はこのまま眠りたい。
そう言うスコールに、構わないとカインが返してやれば、スコールはとろとろと目を閉じた。
程無く規則正しい寝息を立て始めたスコール。
カインはその顔に手を伸ばし、目元にかかる濃茶色の髪を退けると、露わになった額の傷にキスをした。
4月8日と言うことで、今年はカイン×スコールにしてみた。
カイスコを書くと、どっちも余り触れ合いの類をしない二人ばっかりだった気がして、する事させていちゃいちゃさせてみました。
012なのかNTなのか時間軸は謎ですが、012だとこれだけラブラブしといてカインがスコールを殴りに行くことになるので、そりゃキューソネコカミもしてくると言うもんだ。