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2020年02月

[スコリノ]ビター・オア・スウィート

  • 2020/02/14 22:00
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不器用なのは、悔しいけれど、自覚はあった。
意地と矜持でそれを面と向かって認める発言をした事はないつもりだが、そう言う評価を貰っても詮無いものと言うのも判っていた。
大雑把と言われると否定できないし、細々とした事に気が利く性格でもない、と思う。
そもそも、そう言う事が好きか嫌いかと言われると、嫌いではないが好きでもない、と言う答えに行き付いてしまい、どうにも向き合うモチベーションは上がらない。
けれど、やると決めればやり切りたいから、その為に一念発起する事は出来た。
遣り遂げた時の達成感や、そうして完成したものを人に見せた時、ほろりと笑みを零してくれた愛しい記憶が、リノアを突き動かす原動力だ。

だから頑張ろうと思ったのだ。
頑張りたいと思って、頑張ったのだ。

それなのに、蓋を開けたオーブンレンジから覗くものは、それはそれは可哀想な色になっている。


「なんでぇ~……?」


レシピの通りにやってるのに、とリノアは頭を抱えてしゃがみ込む。
その隣で、いつも一緒の愛犬が、クンクンと鼻を鳴らしてはくしゃみをしていた。

はあ、と一つ溜息を吐いて、取り敢えず換気をしようと、重い腰を持ち上げる。
コンロ上の換気扇のスイッチを入れ、キッチン台の向こうにある小さな窓も開ける。
キッチン一杯に充満していた苦い匂いが、風に乗って逃げて行った。

空気が入れ替わりつつある内に、リノアは改めてオーブンレンジに向き合った。
厚手の鍋掴みを使い、高温で熱せられた鉄板を取り出すと、奥に籠っていた匂いが一緒に庫外へ運ばれる。
其処には12cmの丸いケーキ型が乗せられ、中から薄らと黒い煙を立ち昇らせていた。

リノアは鍋敷きを置いたキッチン台にそれを運び、ケーキ型の中身をまじまじと睨む。


「なんでこうなっちゃうかなぁ」
「クーン」
「ねー」


不思議だよね、と言う飼い主に、アンジェロはことんと首を傾げる。

リノアはキッチン台の隅に置いていたB5サイズの紙を手に取った。
其処には几帳面な手書きの文字で、『ガトーショコラの作り方』と言うタイトルが書かれている。
これなら簡単なレシピだからと、わざわざキスティスが書き写してくれた物だったのに、その通りに作った筈のケーキは、ものの見事に真っ黒だ。
一体何を間違えたのかと、レシピを上から順に確認した後、


「……早く焼こうとしたのがいけなかったのかな」
「ワン」
「……やっぱり?」


アンジェロの判っていますと言わんばかりの鳴き声に、リノアは眉尻を下げる。

レシピに書かれたガトーショコラの焼き時間は、170℃で40分から45分。
一般の家に備えられている電子レンジのオーブン機能で作るのなら、もうちょっと長い方が良いかも知れない、とアドバイスが添えられていた。
それならいっそ、もっと温度を上げて短時間で一気に焼けば良いじゃないか、とリノアは思ったのだが、どうやらそれが良くなかったらしい。
そんな事をしている時点で、リノアの「レシピ通り」はその言葉通りではなくなっているのだが、それを指摘する者は此処にはいない。

リノアはすとんとしゃがみこみ、愛犬の顔を覗き込みながら言った。


「だって、間に合わなかったらどうしようと思ったんだよ」
「ク~ン?」
「ちょっと冷蔵庫で冷やしておいた方が美味しいって聞いたし。それなら、早く焼けた方が良いし。それに、ゆっくり焼いてたら、スコールが帰ってきちゃうよ」
「クゥン」
「びっくりさせたかったんだよぅ」


愛犬の頬を両手で挟み、判るでしょ、と言うリノア。
アンジェロは拗ねた顔をする飼い主をじっと見つめ、その鼻先をぺろん、と舐めた。
しっとりとした唾液で濡れた鼻を、リノアは指でくしくしと拭いつつ、慰めてくれる愛犬の頭をぽんぽんと撫でる。

スコールは現在、任務でバラムガーデンを不在にしていた。
任務の詳細をリノアは知らないが、あまり危険な仕事ではないそうで、予定は特に問題なく済み、今日の夕方の列車でバラムに帰ってくると言う。
それを聞いたリノアは、これは天啓、と思った。
何せ今日は2月14日、バレンタインデーなのだから。

スコールは見た目の雰囲気とは裏腹に、意外と甘い物が好きだ。
仕事で疲れている彼の為、リノアが時々差し入れを持って行くと、それが甘い物だと少し表情が明るくなる。
蒼の瞳が判り易くきらきらと輝くから、リノアは彼が喜ぶスイーツを探すのが日課になって来た。
そんなスコールを知っているから、バレンタインとなればリノアが張り切らない筈もなく、彼が一等喜んでくれるであろう甘いお菓子を探していたのだが、デリングシティのテレビで、手作りスイーツの特集を組んでいるのを見て、心が動いた。
市販品のスイーツは勿論美味しいものだけれど、世界にたった一つだけの手作りスイーツを贈ったら、スコールはどんな顔をしてくれるだろう────と。

お世辞にもリノアは器用な性質ではないし、菓子作りなんてした事もない。
けれども、やりたいと思えば成し遂げたいのがリノアである。
デリングシティの本屋でレシピ本を探し、こう言う事も得意そうなキスティスに連絡して相談したりと、出来る限りのことを頑張った。
当日までにしっかり美味しいものが作れるようにと、普段はつまみ食い以外で殆ど出入りをしないキッチンに入り、四苦八苦したのである。
……が、混ぜすぎだったり、混ぜなさすぎだったり、焼き過ぎたり、生焼けしたりと、どうにも上手くいかない。
そうこうしている内にバレンタイン当日が来てしまい、こうなったらぶっつけ本番だと、バラムガーデンまで出向いて、キスティスやシュウに教わりながら作ろう、と思ったのだが、これも上手く行かなかった。
スコールが任務で不在である為に、補佐官のキスティスとシュウは忙しく、意外と家事全般が得意なサイファーもおらず、頼んだら手伝ってくれそうな他の面々も忙しく。
最後の頼みの綱であったイデアは、魔女であった事による影響を詳しく調べる為、エスタに行っていると言う。
がっくりと肩を落としたリノアであったが、スコールが不在だと言う事が、もう一度彼女の背を押した。
最後のチャンスにもう一度、彼の部屋のキッチンを借りて、美味しいケーキを作ろう。
きっとスコールは疲れて帰ってくるだろうから、そんな彼を大好きな甘い匂いで迎えよう、と。

結果、甘い匂い所か、残念な焦げた匂いが立ち込めているのだけれど。


「う~……もう間に合わないよねぇ」


悲しい結末となった黒いガトーショコラを見詰めて、リノアは呟く。
ちらりと部屋を確認すれば、キスティスから聞いていた、スコールの帰還の時間を5分ほど過ぎている。
問題なく帰っているのであれば、報告書の提出のついでに、不在の間に貯まった仕事の確認をする為に、指揮官室に赴いているのだろう。
となれば、それが終われば帰ってくる筈なので、もう時間切れだ。


(…こんなの渡せないし。しょーがない、ティンバーで買って来たチョコだけ渡そ…)


今日と言う日までに美味しい手作りケーキを用意できなかった。
その焦りと不安もあって、リノアは保険として、既製品のチョコレートも買ってきていた。
きちんとバレンタイン用にラッピングも施された、間違いなくスコールも気に入ってくれる、甘くて美味しいチョコレートだ。
手作りのものをスコールに渡せない事は悔しかったが、けれどもこんな黒焦げのケーキを彼に渡すよりも良いだろう。

祖熱が取れたガトーショコラをケーキ型から外していると、部屋のドアが開く音がした。
やばい、見付かる前に片付けなきゃ───と焦るリノアを尻目に、部屋の主がひょこりとキッチンを覗く。


「リノア」
「はいぃ!!」
「…何してるんだ、あんた」


名前を呼ばれて、思わず引っ繰り返った声が上がる。
スコールはそんなリノアに呆れたように言って、きょろきょろと辺りを見回す。


「あんたがキッチンにいるなんて珍しいな」
「あはは……そうかな?」
「そうだろ。…あと、何か…焦げたような匂いがするんだが」
「えー、あー……そのぅ……」


リノアは背中にケーキを隠して、おどおどと目を泳がせる。
判り易いその態度に、スコールは目を細めて、つかつかと近付いて来た。
あわわ、とリノアが背中に隠したものの行き場を探している内に、スコールは身長差を利用して、リノアの背中を覗き込む。


「……」
「わーっ!見ちゃダメー!」
「ぐっ」


言葉を失ったように固まるスコールの気配に、リノアは堪らずタックル宜しくその胸に飛び付いた。
どすっ、とリノアの頭突きを食らったスコールが、よろりと後ろに蹈鞴を踏む。
2歩ほど下がった所でスコールは踏ん張り、抱き着いているリノアの背に腕を回して、落ち着け、と言葉の代わりにぽんぽんと背中を叩く。
そんな二人の足元で、アンジェロが嬉しそうにうろうろと歩き回っていた。

うぐうぐと唸るリノアを他所に、スコールはもう一度キッチン台の上の物を見る。
其処には匂いの発信元であろう真っ黒に焦げた丸台の他に、使った形跡がそのまま残ったキッチンツールの数々が並んでいる。
泡立て器やらゴムベラやら、この部屋にあっただろうかと言う物もあったが、“家庭科室”と言うマジックインキが記されているのを見付けて納得した。
それから、鉄板の横に置かれている、几帳面なメモ用紙を見付け、黒焦げの丸台の正体も知る。

見ないで見ないで、とリノアはスコールの体を押している。
なんとかしてキッチンから追い出そうと言う彼女の行動を察しつつ、スコールは構わずに黒焦げのガトーショコラに手を伸ばした。
つん、と指先で表面を触ると、固い感触が返って来る。
スコールは少し考えた後、キッチンの引き出しを開けて竹串を取り出し、天井からぷすりと差し込んだ。
底まで届いた串を抜いて、先端を確認した後、


「リノア」
「はひ」
「ちょっと離れろ」
「んぐぐ」
「包丁使うから、危ない」


怪我をさせたくないと言うスコールの言葉に、リノアはむぐぅと唇を噤む。
早く此処から出て欲しいのに、此処にあるものを見ないで欲しいのに。
リノアは切からそう願っていたのだが、スコールは此処から出て行くつもりはないらしい。
居た堪れなさで俯いたまま、リノアはスコールから離れると、キッチンの隅にしゃがみこんで丸くなった。

呆れてるんだろうなあ、と思いながら、床を見詰めて溜息を飲み込むリノアの背中を、つんつんと丸いものが押す。
ちらと肩越しに背中を見遣れば、アンジェロが慰めるようにリノアの肩に頭を押し付ける。
優しいね、と指先で頬を擽ってやると、アンジェロはクゥン、と鼻を鳴らした。

その向こうで、キッチン台に向かっていたスコールが、黒いものを手にしている。
ああ酷い色、とリノアが何処か呆けたように思っていると、スコールはそれを徐に口の中へと運び入れた。


「!スコール!?」
「ん」
「何食べちゃってるの~っ!」


失敗したものなのに、真っ黒に焦げたものなのに。
生地にはチョコレートも入れてあるけれど、スコールが好きな甘い甘いお菓子じゃないのに。


(スコールが食べちゃった!食べてくれた!違う、あれ失敗してるんだから!喜んじゃダメ~!)


赤くなって青くなって赤くなるリノアの心中は、それはそれは複雑であった。
リノアが不慣れな菓子作りを頑張ったのは、スコールに食べて貰う為だ。
だからスコールが、何の気まぐれなのか、それを食べてくれた事は嬉しい。
嬉しいけれど、リノアがスコールに食べさせたかったのは、彼が好きな甘くてきれいな形のお菓子であって、あんな真っ黒に焦げた物ではない。
失敗作を食べさせてしまった罪悪感と、でも食べてくれた、と言う喜びがごちゃ混ぜになって、リノアの頭はぐるぐると忙しない。

そんなリノアを尻目に、スコールは眉間に皺を寄せている。
その顔を見て、ああやっぱり酷いんだ、とリノアは思ったのだが、スコールは切り分けたケーキの欠片をまた一口、口に入れる。


「スコール!」
「ん」
「無理して食べなくて良いよ。美味しくないんでしょ」
「……」


駆け寄って訴えるリノアを、スコールはむぐむぐと顎を動かしながら見下ろす。
スコールは口の中にあるものを、しっかり噛んで飲み込んでから、言った。


「別に、不味くはない」
「ウソ!」
「…焦げてる所は苦いけど」
「ほらぁ!」
「中の方は、ちゃんと焼けてるし」
「だから酷いって……へっ?」
「甘くて、……美味い」
「……へ……?」


ぽかんと口を開けて見上げるリノア。
スコールはその視線を横顔に受けながら、また一口、ケーキの欠片を口へ。

リノアはじっとスコールの顔を見ていた。
もぐもぐと顎を動かすスコールは、時折苦いものに当たると微かに眉根を寄せるが、それでもしっかり味わってから飲み込む。
口の中のものがなくなると、スコールは包丁で残りのケーキを切り分けながら、訊いた。


「あんたが作ったのか、これ」
「う…うん」
「一人で?」
「うん。皆忙しそうだったし。……あ、あの、ごめんね、勝手にキッチン使って」
「別に、良い。普段大して使ってないし」


切り分けられたケーキが傾けられ、包丁の刃が入る。
スコールはケーキの焦げた表面を、綺麗に切り落として行った。

真っ黒だった表面が殆どなくなると、ほんのりと熱を持って柔らかいチョコレート色の生地が現れる。
スコールはその端をカットすると、指で摘まんだそれをリノアの口元に持って行く。
え、とリノアが目を丸くしていると、スコールはじっと見下ろしていて、リノアが口を開けるのを待っているようだった。
恐々とリノアが口を開けると、ぽとっと舌の上に柔らかいスポンジが落ちて、


「……甘い」
「言っただろ」
「失敗じゃない?」
「まあ……そうだな」


真っ黒になっていたのは表面だけで、中はきちんと焼けている。
リノアは信じられないものを見る顔になって、甘いくちどけを確かめていた。

リノアが口の中のケーキを食べ切って顔を上げると、またスコールが新しい一欠けを口に入れる所だった。
キッチンで立ったまま、まな板で切り分けている最中のケーキを食べるなんて、行儀の悪い事だ。
けれどもケーキを食べているスコールは、そんな事など露とも気にせず、蒼い瞳をきらきらと輝かせている。
その横顔をじっと見ていると、視線に気付いたスコールが此方を見て、


「……なんだよ」


顔を赤らめるスコールの、ぶっきらぼうな言葉は、完全に照れ隠しだった。
見詰め返すリノアの視線から、逃げるように蒼灰色がついと背けられて、代わりに真っ赤な耳がリノアの前に差し出される。

リノアの膝に、すり、と柔らかくふわふわとした毛並みが摺り寄せられる。
視線を落とせば、アンジェロが嬉しそうな顔で此方を見上げていた。
頑張って良かったねと、そう言われているような気がして、リノアは喜び一杯になって愛しい恋人に抱き着いた。





スコリノのバレンタイン。
拙宅のリノアは結構な不器用で、料理も正直さっぱりな所があるのですが、頑張る努力で報われると良いな。

他人が見てのツッコミ所:リノアが自分の寮部屋にいる事に特に疑問を持っていないスコールと、スコールがいなくても部屋に入れてるリノア。合鍵を渡し済みと思われる。

[フリスコ]その瞳の虜

  • 2020/02/08 22:00
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秩序のメンバーの内、半分程が料理が出来るが、甘味類までその知識が及ぶのはほんの僅かであった。

単純に“甘い食べ物が作れる”と言う意味で言えば、フリオニールもドライフルーツの類が作れるが、それの殆どは保存食としての目的を持って作っている為、直ぐに消費される事を前提とした、砂糖や生乳をふんだんに使った料理となると全く判らない。
と言うのも、フリオニールの世界では、砂糖は先ず貴重なものであり、生乳も保存が利かない為に煮たりチーズにしたりと言う事が多かったからだ。
ティーダやクラウド、スコールの世界にあるような、生クリーム一杯のケーキや、舌の上で転がしているだけで溶けて行くチョコレートと言うものは、フリオニールの世界では、貴族王族ですら滅多にお目にかかれないものだった。
だからこの世界に来て、モーグリショップで砂糖や乳製品が比較的安価と言える値段で販売されているのを見た時には、驚いたものだ。
こうした意識は大半の仲間達とも共有しており、先述の三名を除くと、ジタンが知っている位のものだった。
それもジタンの場合、余り煌びやかなデコレーションは少なく、砂糖も決して潤沢ではない為、それよりも蜂蜜を使ったり、乳製品から作られるクリーム類は、スプレッドとして使われている事が多かったそうだ。

こうした各自の世界事情もあって、甘い甘い菓子を知っている者は少ない。
しかし、レシピがあって、それを共有する事が出来れば、本物を知らなくても作る事は出来る。
屋敷の書庫に、何処かの世界のスイーツレシピの本があったのを見付けて来たのは、ティーダだった。
闘争の世界に召喚されてから、甘いものと言えば砂糖漬けの果実が殆どで、それも各自の腕の特色が出る楽しみを見付けてはいたが、クラウド曰く「現代っ子」なティーダにとって、やはり高カロリー高タンパクなスイーツは、偶にで良いから食べたい、と切に思うものであった。

ティーダが強請りに強請った為、正解を知っていて、一通りの料理が出来るスコールが根負けし、初めてケーキを作って以来、秩序の戦士達はすっかりそれの虜になった。
ティナはその柔らかい口溶けと、可愛らしくデコレーションされたその見た目がすっかり気に入ったし、ルーネスも初めて食べたらしいそれに魅了された。
フリオニールにしてみると、食べ応えとしては胃袋に物足りないのだが、食べると不思議と頬が緩む気がして、また食べたい、と思うようになった。
セシルやバッツ、ウォーリアも気に入ったようで、疲れた時に食べたくなるな、とも言っていた。
クラウドは元々甘い物が得意ではないのだが、コーヒーと一緒に食べるのは嫌いではないらしい。

レシピ本を元にスコールが作ったデザートを、ティナが痛く気に入った訳だから、ジタンが黙っていられる筈もなく。
ジタンは直ぐにスコールから本を借り、暇のある時にデザート作りにチャレンジした。
器用な性質であるから、失敗もなくジタンが作ったデザートは、これもまたティナを幸せにした。
それを見るとまたうずうずとするのがルーネスで、彼は彼で書庫から新しいレシピの本を見付け、それを見ながらデザートを作った。
こうして連鎖が起きているのを見ると、おれも!と参加するのがバッツである。
バッツは最初こそ本を見ながら作っていたが、段々と要領を心得て来たのか、慣れて来ると創作レシピのようなものを作り始めた。
時々とんでもない頓珍漢なものを精製するのだが、これがどうして食べ物としての機能まで失われた訳ではない、と言う非常に難解な代物を生み出す事がある。
そして、仲間達のこんな盛り上がりを見ている内に、フリオニールも、俺もやってみようかな、と思い至ったのであった。

初めこそレシピを頼りにしつつ、聞き慣れない食材の単語に首を捻る事もあったフリオニールだが、今では慣れたものだ。
今日もフリオニールは、直に帰ってくるであろう仲間達の為に、マフィンを作っていた。
レシピ通りに分量を量り、混ぜ合わせた所へチョコチップを加え、型に入れてオーブンに入れる。
熱が入った生地が良い香りを漂わせ、オーブンの中で膨らんで行くそれを見守っているだけで、フリオニールはなんだか無性に楽しくなる。


(結構膨らんできた。そろそろ出せるかな)


カップの縁から覗く生地は、ほんのりと狐色を帯びつつある。
もうちょっと焼き色がついた方が美味そうに見えるかな、でも、と考えていた時だった。


「……フリオ」
「───あ。スコール、起きたのか」
「……ん」


呼ぶ声にフリオニールが振り返ると、自室で寝ていた筈のスコールがいた。
寝癖のついた濃茶色の髪に、起きて直ぐにこっちに来たんだな、とフリオニールはくすりと笑う。

スコールはジタン、バッツと言ういつものメンバーと共に、一昨日から斥候に出ていた。
戻って来たのは今朝の事で、どうやら聖域への帰還の途中、飢えた魔物の群れに遭遇した所にイミテーションが割り込んできて大変だったらしい。
幸運にも手傷は殆ど追わずに済んだのだが、夜通し駆け回る羽目になった所為で、随分と疲れたと言っていた。
それから三人は手短にシャワーを浴びると、直ぐに部屋へと引っ込み、ようやくの休息に在りついたのだった。

スコールは眠い目を擦りながら、のろのろとした足取りでシンクへと向かう。
食器棚から適当にグラスコップを取り出し、水道水を注いで、口に運んだ。


「……はあ……」
「お疲れ。今朝は怪我はないって言ってたけど、体の方は大丈夫か?」
「…問題ない」


返事が少し遅かったが、それはスコールの意識がまだ覚醒し切っていないからだろう。
野宿の時は、目覚めと同時にスイッチが入るスコールだが、警戒しなくて良い環境にいる時、彼は結構なスロースターターだ。
いつも凛と冴えた蒼の瞳は、半分瞼の裏に隠れ、スコールは頻繁にその目元を手で擦る。
体も少しふらふらとしていて、表情は何処かぼんやりとしており、普段よりも酷く幼い印象を見せていた。

シンクに寄り掛かって水を飲んでいるスコール。
なんとなくその横顔を眺めていたフリオニールだったが、はっと我に返って、オーブンの蓋を開ける。
鍋掴みを嵌めて、中にあるプレートを取り出すと、チョコチップ入りのマフィンが焼き上がっていた。


(危ない危ない。焦がす所だった)


ちょっと見ていない内に、思いの外火が通っていた。
しかし幸いにも、真っ黒になってしまう程ではなく、少し茶色が濃い程度だ。
これ位なら、食べるのには問題ないだろう。

カップ入りのマフィンをプレートから皿へと移動させ、祖熱が取れるのを待っていると、ぐう、と言う音が傍から聞こえた。


「…スコール?」
「………」


今の音の正体は、と音のした方を見ると、スコールの背けられた顔があった。
寝癖のついた髪から覗く耳が、ほんのりと赤い。
そんなに恥ずかしがらなくても、とフリオニールはくすりと頬を緩め、


「そう言えば、朝も昼も食べてないよな」
「……」
「今朝の残り物があったと思う。持って行くから、向こうで待っててくれ」
「……ん」


フリオニールの言葉に、スコールは顔を背けたまま、小さく頷いた。
のろのろとキッチンを出て行く少年を見送り、フリオニールは冷蔵庫を開ける。

夜通し魔物とイミテーションと追い駆けっこをして、その足で聖域まで帰還し、今の今まで寝ていたのだ。
スコールが腹が減っているのも当然で、其処に焼きたての菓子の香ばしい匂いがするとなれば、嫌でも胃袋は刺激されるだろう。
ちょっと重いものでも平気かな、と昨晩の残り物と合わせて、フリオニールはスコールの食事を用意した。

トレイを持ってキッチンを出ると、食卓テーブルに座り、テーブルに俯せになっているスコールがいる。
腹は減っているし、目は覚めたけれど、まだ眠気が消えないのだろう。


「スコール。食事だぞ」
「……ああ」


トレイをテーブルに置くと、スコールは重そうに頭を持ち上げる。
大きめの肉団子が乗ったスープは、普段のスコールなら「こんなに要らない」と言う所なのだが、今日は何も言わずに食べ始めた。
ふあ、と欠伸を漏らしつつも、スコールの手は進み、順調に皿の上は空になって行く。
スコールがこの調子で食べるのなら、ジタンとバッツが目覚めた時には、もっと必要になるかも知れない。

スコールをリビングに残し、フリオニールはキッチンへと戻った。
焼き上がってからクーラーに置いていたマフィンを確認すると、手で持てる程度に熱が取れていた。
デザート用のプレートに並べたその数を確認した後、フリオニールは一つ手に取り、紙製のカップを手で破き、


(人数分より多く作れたし。味見、良いよな)


ぱくり、と一口齧る。
表面はカリッとしつつ、中はまだほんのりと熱を持って、ふわふわとしている。
チョコチップは半熔けのような固さで、舌の上で軽く転がしている内に、溶けて行った。
ふわふわとしたこの食感は、焼きたてでなければ味わえないものだ。

美味い、とフリオニールはもう一口齧る。
少し摘まみ食いをしているような気分で、ちょっとした背徳感もまたスパイスなっているのかも知れない。

今だけしか味わえない食感を堪能していたフリオニールだが、そうだ、と思い立って、皿を一枚取り出す。
良い焼き色の一つを選んで皿に乗せ、リビングへ。

スコールは丁度食事を終えて、ピッチャーの水をグラスに入れている所だった。
共に帰還したジタンとバッツの姿はまだ見当たらず、今のうちにとフリオニールはスコールの下へ向かった。
こく、こく、と喉を潤している彼の前に、フリオニールはマフィンの乗った皿を置く。
視界の端にそれを捉えたスコールが、これは、と言う目でフリオニールを見上げた。


「良ければ、味見して貰えないかと思って。腹が一杯なら、無理はしなくて良いんだけど」
「……問題ない。貰う」


数分前よりは目が覚めた顔で、スコールはマフィンに手を伸ばした。
カップの端を破り、まだ熱の残っているそれを口に運ぶ。

小さな口で齧ったマフィンを、頬袋に入れて、スコールはむぐむぐと顎を動かす。
こくん、と飲み込んで直ぐに、スコールは二口目を齧った。
それ程大きくはないマフィンだが、スコールは味わうように少しずつ食べ進めていく。

フリオニールはスコールの前の席にある椅子を引いて、腰を下ろした。
もくもくと食べるスコールの顔を眺めながら、胸の奥がぽかぽかと温かくなるのを感じる。
スコールはそんな視線を気にする事もなく、口の中のふわふわと柔らかい甘味の虜になっていた。


「どうだ?」
「……美味い」


スコールの感想はとてもシンプルだったが、フリオニールにはそれで十分だった。
言葉は勿論の事、それ以上に、蒼灰色の瞳が柔らかく輝いているのが判る。

────スコールが甘い物が好きなのだと気付いた時、フリオニールは少し驚いた。
ティーダがコーヒーに必ず砂糖とミルクを欲しがるのに対し、スコールはいつもブラックで飲んでいる。
だから、甘いものが嫌いとは言わずとも、特に好んではいないのだと思っていたものだから、たったそれだけの事でも、酷く意外な事を知ったように思えた。
知ったと言っても、フリオニールがスコールにそうと確認を取った訳ではない。
けれど、その可能性に気付いてから、菓子を作る度にスコールが食べる様子を確認すると、最初の一口で蒼の瞳がふわりと輝くのが判った。
そして、噛み締めるように、ゆっくりと食べているのが判る。
まるで食べ切ってしまうのが勿体ないと思っているかのように、大事に大事に、一口一口食べるのだ。

スコールのそんな様子を、もっともっと見てみたい。


「スコール」
「……ん」
「それ、結構数が作れたんだ」
「……ん」
「まだ食べるか?」
「……ん」


相槌だけだったスコールの反応に、最後はこっくりと頷きも伴った。

フリオニールが席を立つと同時に、スコールは手元のマフィンの最後の一口を口に入れた。
指についたチョコチップの欠片を、ぺろりと赤い舌が舐める。
その口元が心なしか緩んでいるのを見て、作って良かった、とフリオニールは思った。





2月8日と言う事でほのぼのフリスコ。
フリオニールの作ったお菓子をもくもく食べてるスコールの図が浮かんだので。
あと甘い物好きなスコールって可愛いなと思って。

なんか餌付けみたいだなと思ったけど、胃袋掴まれてそうなので間違ってはいない。

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