[フリスコ]その瞳の虜
秩序のメンバーの内、半分程が料理が出来るが、甘味類までその知識が及ぶのはほんの僅かであった。
単純に“甘い食べ物が作れる”と言う意味で言えば、フリオニールもドライフルーツの類が作れるが、それの殆どは保存食としての目的を持って作っている為、直ぐに消費される事を前提とした、砂糖や生乳をふんだんに使った料理となると全く判らない。
と言うのも、フリオニールの世界では、砂糖は先ず貴重なものであり、生乳も保存が利かない為に煮たりチーズにしたりと言う事が多かったからだ。
ティーダやクラウド、スコールの世界にあるような、生クリーム一杯のケーキや、舌の上で転がしているだけで溶けて行くチョコレートと言うものは、フリオニールの世界では、貴族王族ですら滅多にお目にかかれないものだった。
だからこの世界に来て、モーグリショップで砂糖や乳製品が比較的安価と言える値段で販売されているのを見た時には、驚いたものだ。
こうした意識は大半の仲間達とも共有しており、先述の三名を除くと、ジタンが知っている位のものだった。
それもジタンの場合、余り煌びやかなデコレーションは少なく、砂糖も決して潤沢ではない為、それよりも蜂蜜を使ったり、乳製品から作られるクリーム類は、スプレッドとして使われている事が多かったそうだ。
こうした各自の世界事情もあって、甘い甘い菓子を知っている者は少ない。
しかし、レシピがあって、それを共有する事が出来れば、本物を知らなくても作る事は出来る。
屋敷の書庫に、何処かの世界のスイーツレシピの本があったのを見付けて来たのは、ティーダだった。
闘争の世界に召喚されてから、甘いものと言えば砂糖漬けの果実が殆どで、それも各自の腕の特色が出る楽しみを見付けてはいたが、クラウド曰く「現代っ子」なティーダにとって、やはり高カロリー高タンパクなスイーツは、偶にで良いから食べたい、と切に思うものであった。
ティーダが強請りに強請った為、正解を知っていて、一通りの料理が出来るスコールが根負けし、初めてケーキを作って以来、秩序の戦士達はすっかりそれの虜になった。
ティナはその柔らかい口溶けと、可愛らしくデコレーションされたその見た目がすっかり気に入ったし、ルーネスも初めて食べたらしいそれに魅了された。
フリオニールにしてみると、食べ応えとしては胃袋に物足りないのだが、食べると不思議と頬が緩む気がして、また食べたい、と思うようになった。
セシルやバッツ、ウォーリアも気に入ったようで、疲れた時に食べたくなるな、とも言っていた。
クラウドは元々甘い物が得意ではないのだが、コーヒーと一緒に食べるのは嫌いではないらしい。
レシピ本を元にスコールが作ったデザートを、ティナが痛く気に入った訳だから、ジタンが黙っていられる筈もなく。
ジタンは直ぐにスコールから本を借り、暇のある時にデザート作りにチャレンジした。
器用な性質であるから、失敗もなくジタンが作ったデザートは、これもまたティナを幸せにした。
それを見るとまたうずうずとするのがルーネスで、彼は彼で書庫から新しいレシピの本を見付け、それを見ながらデザートを作った。
こうして連鎖が起きているのを見ると、おれも!と参加するのがバッツである。
バッツは最初こそ本を見ながら作っていたが、段々と要領を心得て来たのか、慣れて来ると創作レシピのようなものを作り始めた。
時々とんでもない頓珍漢なものを精製するのだが、これがどうして食べ物としての機能まで失われた訳ではない、と言う非常に難解な代物を生み出す事がある。
そして、仲間達のこんな盛り上がりを見ている内に、フリオニールも、俺もやってみようかな、と思い至ったのであった。
初めこそレシピを頼りにしつつ、聞き慣れない食材の単語に首を捻る事もあったフリオニールだが、今では慣れたものだ。
今日もフリオニールは、直に帰ってくるであろう仲間達の為に、マフィンを作っていた。
レシピ通りに分量を量り、混ぜ合わせた所へチョコチップを加え、型に入れてオーブンに入れる。
熱が入った生地が良い香りを漂わせ、オーブンの中で膨らんで行くそれを見守っているだけで、フリオニールはなんだか無性に楽しくなる。
(結構膨らんできた。そろそろ出せるかな)
カップの縁から覗く生地は、ほんのりと狐色を帯びつつある。
もうちょっと焼き色がついた方が美味そうに見えるかな、でも、と考えていた時だった。
「……フリオ」
「───あ。スコール、起きたのか」
「……ん」
呼ぶ声にフリオニールが振り返ると、自室で寝ていた筈のスコールがいた。
寝癖のついた濃茶色の髪に、起きて直ぐにこっちに来たんだな、とフリオニールはくすりと笑う。
スコールはジタン、バッツと言ういつものメンバーと共に、一昨日から斥候に出ていた。
戻って来たのは今朝の事で、どうやら聖域への帰還の途中、飢えた魔物の群れに遭遇した所にイミテーションが割り込んできて大変だったらしい。
幸運にも手傷は殆ど追わずに済んだのだが、夜通し駆け回る羽目になった所為で、随分と疲れたと言っていた。
それから三人は手短にシャワーを浴びると、直ぐに部屋へと引っ込み、ようやくの休息に在りついたのだった。
スコールは眠い目を擦りながら、のろのろとした足取りでシンクへと向かう。
食器棚から適当にグラスコップを取り出し、水道水を注いで、口に運んだ。
「……はあ……」
「お疲れ。今朝は怪我はないって言ってたけど、体の方は大丈夫か?」
「…問題ない」
返事が少し遅かったが、それはスコールの意識がまだ覚醒し切っていないからだろう。
野宿の時は、目覚めと同時にスイッチが入るスコールだが、警戒しなくて良い環境にいる時、彼は結構なスロースターターだ。
いつも凛と冴えた蒼の瞳は、半分瞼の裏に隠れ、スコールは頻繁にその目元を手で擦る。
体も少しふらふらとしていて、表情は何処かぼんやりとしており、普段よりも酷く幼い印象を見せていた。
シンクに寄り掛かって水を飲んでいるスコール。
なんとなくその横顔を眺めていたフリオニールだったが、はっと我に返って、オーブンの蓋を開ける。
鍋掴みを嵌めて、中にあるプレートを取り出すと、チョコチップ入りのマフィンが焼き上がっていた。
(危ない危ない。焦がす所だった)
ちょっと見ていない内に、思いの外火が通っていた。
しかし幸いにも、真っ黒になってしまう程ではなく、少し茶色が濃い程度だ。
これ位なら、食べるのには問題ないだろう。
カップ入りのマフィンをプレートから皿へと移動させ、祖熱が取れるのを待っていると、ぐう、と言う音が傍から聞こえた。
「…スコール?」
「………」
今の音の正体は、と音のした方を見ると、スコールの背けられた顔があった。
寝癖のついた髪から覗く耳が、ほんのりと赤い。
そんなに恥ずかしがらなくても、とフリオニールはくすりと頬を緩め、
「そう言えば、朝も昼も食べてないよな」
「……」
「今朝の残り物があったと思う。持って行くから、向こうで待っててくれ」
「……ん」
フリオニールの言葉に、スコールは顔を背けたまま、小さく頷いた。
のろのろとキッチンを出て行く少年を見送り、フリオニールは冷蔵庫を開ける。
夜通し魔物とイミテーションと追い駆けっこをして、その足で聖域まで帰還し、今の今まで寝ていたのだ。
スコールが腹が減っているのも当然で、其処に焼きたての菓子の香ばしい匂いがするとなれば、嫌でも胃袋は刺激されるだろう。
ちょっと重いものでも平気かな、と昨晩の残り物と合わせて、フリオニールはスコールの食事を用意した。
トレイを持ってキッチンを出ると、食卓テーブルに座り、テーブルに俯せになっているスコールがいる。
腹は減っているし、目は覚めたけれど、まだ眠気が消えないのだろう。
「スコール。食事だぞ」
「……ああ」
トレイをテーブルに置くと、スコールは重そうに頭を持ち上げる。
大きめの肉団子が乗ったスープは、普段のスコールなら「こんなに要らない」と言う所なのだが、今日は何も言わずに食べ始めた。
ふあ、と欠伸を漏らしつつも、スコールの手は進み、順調に皿の上は空になって行く。
スコールがこの調子で食べるのなら、ジタンとバッツが目覚めた時には、もっと必要になるかも知れない。
スコールをリビングに残し、フリオニールはキッチンへと戻った。
焼き上がってからクーラーに置いていたマフィンを確認すると、手で持てる程度に熱が取れていた。
デザート用のプレートに並べたその数を確認した後、フリオニールは一つ手に取り、紙製のカップを手で破き、
(人数分より多く作れたし。味見、良いよな)
ぱくり、と一口齧る。
表面はカリッとしつつ、中はまだほんのりと熱を持って、ふわふわとしている。
チョコチップは半熔けのような固さで、舌の上で軽く転がしている内に、溶けて行った。
ふわふわとしたこの食感は、焼きたてでなければ味わえないものだ。
美味い、とフリオニールはもう一口齧る。
少し摘まみ食いをしているような気分で、ちょっとした背徳感もまたスパイスなっているのかも知れない。
今だけしか味わえない食感を堪能していたフリオニールだが、そうだ、と思い立って、皿を一枚取り出す。
良い焼き色の一つを選んで皿に乗せ、リビングへ。
スコールは丁度食事を終えて、ピッチャーの水をグラスに入れている所だった。
共に帰還したジタンとバッツの姿はまだ見当たらず、今のうちにとフリオニールはスコールの下へ向かった。
こく、こく、と喉を潤している彼の前に、フリオニールはマフィンの乗った皿を置く。
視界の端にそれを捉えたスコールが、これは、と言う目でフリオニールを見上げた。
「良ければ、味見して貰えないかと思って。腹が一杯なら、無理はしなくて良いんだけど」
「……問題ない。貰う」
数分前よりは目が覚めた顔で、スコールはマフィンに手を伸ばした。
カップの端を破り、まだ熱の残っているそれを口に運ぶ。
小さな口で齧ったマフィンを、頬袋に入れて、スコールはむぐむぐと顎を動かす。
こくん、と飲み込んで直ぐに、スコールは二口目を齧った。
それ程大きくはないマフィンだが、スコールは味わうように少しずつ食べ進めていく。
フリオニールはスコールの前の席にある椅子を引いて、腰を下ろした。
もくもくと食べるスコールの顔を眺めながら、胸の奥がぽかぽかと温かくなるのを感じる。
スコールはそんな視線を気にする事もなく、口の中のふわふわと柔らかい甘味の虜になっていた。
「どうだ?」
「……美味い」
スコールの感想はとてもシンプルだったが、フリオニールにはそれで十分だった。
言葉は勿論の事、それ以上に、蒼灰色の瞳が柔らかく輝いているのが判る。
────スコールが甘い物が好きなのだと気付いた時、フリオニールは少し驚いた。
ティーダがコーヒーに必ず砂糖とミルクを欲しがるのに対し、スコールはいつもブラックで飲んでいる。
だから、甘いものが嫌いとは言わずとも、特に好んではいないのだと思っていたものだから、たったそれだけの事でも、酷く意外な事を知ったように思えた。
知ったと言っても、フリオニールがスコールにそうと確認を取った訳ではない。
けれど、その可能性に気付いてから、菓子を作る度にスコールが食べる様子を確認すると、最初の一口で蒼の瞳がふわりと輝くのが判った。
そして、噛み締めるように、ゆっくりと食べているのが判る。
まるで食べ切ってしまうのが勿体ないと思っているかのように、大事に大事に、一口一口食べるのだ。
スコールのそんな様子を、もっともっと見てみたい。
「スコール」
「……ん」
「それ、結構数が作れたんだ」
「……ん」
「まだ食べるか?」
「……ん」
相槌だけだったスコールの反応に、最後はこっくりと頷きも伴った。
フリオニールが席を立つと同時に、スコールは手元のマフィンの最後の一口を口に入れた。
指についたチョコチップの欠片を、ぺろりと赤い舌が舐める。
その口元が心なしか緩んでいるのを見て、作って良かった、とフリオニールは思った。
2月8日と言う事でほのぼのフリスコ。
フリオニールの作ったお菓子をもくもく食べてるスコールの図が浮かんだので。
あと甘い物好きなスコールって可愛いなと思って。
なんか餌付けみたいだなと思ったけど、胃袋掴まれてそうなので間違ってはいない。