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2026年08月08日

[レオスコ]知りたいのならいくらでも

  • 2026/08/08 22:45
  • Posted by k_ryuto
  • Category:FF

R15




(レオンって、俺のどこが好きなんだろう)


閨の交わりを終えて、一度意識を飛ばした後。
ふと目が覚めて、夜の冴えた冷気が火照った名残を薄らげる頃、スコールはそんなことを考えた。

裸身のまま、二人でひとつのベッドで横になっている。
セックスをしている時の熱さはとうに抜けていたが、体の中心にはまだ燻ぶっている感覚があった。
冷気を厭って抱き締める腕は、眠っているのにしっかりとした強さが合って、スコールに安心感を誘う。
なんとなくに目が覚めたものだったが、このままじっとしていれば、そう遠くない内に二度寝するのは明らかだ。

そんな束の間の静寂の中で、唐突に疑問が湧いて出た。
暇を持て余した頭が、なんとなく避けていた疑問を汲み取って持ち上げてきた、そんな具合に。


(……俺なんかが、レオンに好かれる理由なんて、あるんだろうか)


すぐそこにある、温かな胸に顔を埋めながら考える。

レオンは頭が良いし、人を見る目もある。
十代が多い秩序の戦士たちの中では年嵩な方で、そう言う意味でも経験豊富だ。
秩序の戦士たちはそれなりに仲が良いが、まとまりのないところも少なからずあるので、レオンはそう言うところを引き締めてくれる。
けれども過保護にする訳ではなく、必要なところがあれば言及する、その程度だ。
だからスコールから見ても、変に堅苦しくないし、フォローも上手いから、ウォーリアやセシルを相手にする時よりは気が楽だった。

スコールから見ると彼はそういう好人物だが、彼から見た自分はどうだろう。
己が大概、可愛くない性格であることは、嫌と言うほど知っている。
素直な訳でも、無邪気な訳でもない自分を、どうしてレオンは愛してくれているのか。

そろりと顔を上げて見れば、自分と同じ、斜め傷を持った顔がある。
顔立ちはバッツたちから「よく似てる」と言われるが、スコールにはよく判らない。
確かに目や髪の色は近いようだが、しっかりと大人の輪郭をしているレオンの顔は、スコールが鏡を見ながら並んでも、あまり似ている気がしなかった。

その顔にそっと手を伸ばし、頬に触れる。
閉じた眦に指を滑らせると、長い睫毛がふるりと震え、


「……あ、」
「……スコール……?」


薄く覗いた蒼灰色に、起こしてしまった、とスコールは思った。

背中を抱いていたレオンの腕が、ぎゅう、と力を籠める。
痛いほどのことはない。
眠気に誘われながらも、それに抗っているようで、うう、と小さく唸る声が聞こえた。

しばらくすると、レオンは一度強く目を閉じてから、


「ふぁ……」
「……悪い、起こした」
「うん……いや……」


欠伸をするレオンに詫びると、彼は小さく首を横に振った。
重い瞼をこじ開けるよう、目元に手を遣って幾許か、ようやくはっきりと意識を持った蒼が現れる。


「まだ暗いな……」
「そんなに時間は経ってない。多分、だけど」
「そのようだ。お前は、眠れなかったのか?」


優しい声とともに、レオンの手がスコールの項のあたりを擽る。


「いや……そういう訳じゃない。偶々目が覚めていただけで」
「そうか」
「悪かった。あんたまで起こして」
「気にするな。どうせそんなに深くは寝ていなかったから」


レオンの言葉に、気を遣わせた、とスコールは思った。
こういう時、スコールが何を言ったところで、レオンからは「お前が悪いんじゃない」と返ってくる。
お陰でスコールは可惜に気を遣わなくて済むのだが、彼にばかりその労を強いている気もしていた。

形の良い指が、スコールの濃茶の髪を手櫛で梳く。
その手付きがどうにもくすぐったくて、スコールはゆるゆると頭を振った。


「嫌か」
「……なんか、そわそわする」


厭だと言う程ではないけれど、優しく触れられるのは落ち着かない気持ちになる。
要はスコールがこうした触れ合いに不慣れなのだ。
レオンもそれを汲み取って、撫でる手付きを殊更ゆっくりとさせた。

その手の感触に、頭の後ろの方から、意識が段々と緩んでいく。
このままその内眠れるだろうか、と思ったスコールだが、ふとさっきの疑問が再浮上した。


「……レオン」
「ん?」
「……」


目の前の男の名を呼んだスコールだったが、そこから先が続かない。
疑問を解消した気持ちと、それを聞いてどうするんだ、と言う冷静な思考が葛藤している。

後からやってきた、どこか気まずい気持ちに、スコールの視線が彷徨う。
暗がりの部屋の中でも、その様子はレオンにしっかり見られていた。
レオンはあやすように小さく笑って、スコールの丸みの残る頬をそっと撫でる。


「何か言いたいことがあるなら、良いぞ」
「……」
「すっきりさせてしまった方がよく眠れる」
「ん……」
「まあ、無理にとは言わないけど」


いつもと同じ、レオンは選択肢の中に逃げ道を残す。
言いたくないなら言わなくて良い、と言うその寛容が、スコールにとっては安心材料になる。

スコールはしばらく、レオンに身を寄せて考えていた。
聞いたところで大した意味もないだろう。
聞く事で、何か恣意的なものも生まれそうで、そんなものをレオンに押し付けるのも嫌だった。
けれど、どうして、何が、と言う漠然とした疑問は、放っておくと妙な尾を引きそうな気がする。

結局のところ、吐くだけ吐いてしまわないと、このもやもやを打ち消すことも出来ない。
せめてレオンを困らせないことを祈りながら、


「……あんたは……」
「うん」
「……俺の、その……何が好きなのかと、思って……」


スコールの声は、ぼそぼそと小さい。
いっそ、「聞こえなかった」と言われたら、それでなかったことにしてしまおうとも思っている。

しかし、レオンは耳の良い男だ。
スコールの不明瞭な声でも、きちんと言ったことは伝わっている。


「お前の好きなところ、か」
「……」


反芻されて、スコールの耳が熱くなる。
馬鹿なことを聞いた、茹った顔を隠すように、レオンの胸に額を擦り付けた。

自分で聞いておいて、自分で恥ずかしくなってしまうスコールに、レオンはくすりと笑って頭を撫でる。
胸から感じるじんわりと熱い感触に、敢えて気付かない振りをして、そうだな、と考えて見せた。


「何がと改めて考えると、少し難しいな。色々あるものだから」
「……そんなに?」
「そうだな。そんなにある。お前が思っているより、俺はお前のことが好きだから」
「……」


胡乱な目が伺うようにレオンを見た。
彼の言葉を疑う意味もないだろうが、どうにもスコールは、それを素直に受け取れない。
それもこれも、自分が他人に好かれる人格者ではない自覚があるからだ。

スコールの視線に含まれる懐疑的なものを、レオンは柔い笑みを浮かべて受け止めている。


「まず強いて挙げるなら───お前が必死になっているところは、可愛いと思う」
「……可愛い訳ないだろ、俺が」


唇を尖らせてスコールが返すと、いいや、とレオンは言い切った。


「慣れてないのに、俺に合わせようとするだろう。本当なら俺がペースを抑えるべきなんだが、お前がそうやって一所懸命になってくれるのを見ると、つい、な」
「な……」


薄い笑みを据えたレオンの言葉に、スコールの顔がまた熱くなる。
交わっていた時の感覚が、その燻ぶりが、体の奥で火を点けた。
もう体は疲れていて、眠るつもりであるにも関わらず、若い躰がじんとした欲を思い出す。

真っ赤になってはくはくと口を開閉させるスコールに、レオンの喉がくつくつと笑う。


「そう言う素直なところも、好きだな」
「俺のどこが……」
「今、顔が赤くなっている。耳まで赤いな」
「さ、触るな!」


ピアス穴の開いた耳を、レオンの指が形をなぞって滑る。
ぞくぞくとしたものが耳元から首筋を伝ってくるものだから、スコールは思わず抗議した。


「敏感なところも良い」
「んん……!か、らかう、な……!」
「本気だよ。ほら、こうやって触れるだけで───」
「や、あ……っ!」


耳元から、首筋、そのまま胸へと辿るレオンの指。
熱が再び燈った身体は、彼の言う通り、敏感に反応を示してしまう。

はっ、はっ、と息が上がって行くスコールに、レオンはくすりと笑みを浮かべて、首元にキスをする。
ちゅう、と座れる感覚が合って、スコールの喉仏に小さな華が咲いた。
感じ入った体が、名残の感覚をいやにリアルに増長させて、勝手に準備を始めてしまう。

もどかしさに身を捩って逃げを打つスコールを、レオンの腕がしっかりと抱き締めて捕まえていた。


「レ、オン……っあ、んん……っ」
「もう休むつもりだったんだがな」
「は、あ……やぁ……っ」


触れるレオンの手は明らかにスコールを煽っている。
身動ぎした足をレオンの下肢に絡ませれば、彼の下腹部も頭を起こしているのが判った。


「う、ん、ぁあ……っ」
「勿論……こういう所ばかりじゃなくて。普段の様子も、可愛いと思うよ」
「は……、は、ふぅ……ん……っ」
「無意識に俺を目で追っているところとか、な」


耳元で囁く声だけで、スコールは自身が達してしまいそうだった。
彼が何を言っているのか、その内容まで理解する余裕はない。
肌を辿る彼の指先や、背中に添えられた腕の逞しさを感じているだけで、精一杯だ。

シーツが擦れる音と共に、ベッドがかかる重みに軋む。
レオンの腕がスコールの足を大きく開かせて、まだ閉じ切っていない秘所に指先が触れる。
眠ろうとしていたことなど、二人ともすっかり忘れていた。


「レオン……っ」
「もう一回だけ、な」
「……あ、あぁ……っ!」


甘く耳朶を噛まれて、スコールは背中を仰け反らせた。
覆い被さる男に縋ってしがみつけば、小さく笑う気配が伝わる。


「は、う……あ、や……中に、指……入っ、て……」
「大丈夫だ。解れてるからな、痛くはないだろう」
「あ、ああ……っ、ひぅ、んん……っ」


中へと侵入される感触を、スコールは身を捩りながら受け入れていく。

ひくっ、ひくっ、と四肢を戦慄かせて縋る少年の眦には、甘露の雫が浮かんでいる。
レオンはそれを優しく啜りながら、スコールの目尻にキスをした。


「どこが、なんて───野暮な話だ、スコール」
「は……っ、レオ、ン……!」
「お前の全部が、俺がお前の好きなところだよ。それを自覚していないところも含めて、な」


悶える内側に入りながら注がれる言葉は、飽和状態のスコールに聞こえる筈もなく。
甘い悲鳴さえ心地良いものを感じながら、レオンは愛しい少年を抱き締めた。






『レオン×スコール』のリクエストを頂きました。
スコールの全部が愛しくて可愛いと思っているレオンと、全くそんな自覚もなければ、自分が愛されていることに自信のないスコールでした。
たまにこんなこと聞いてきて、答えるのは吝かでないレオンだけど、スコールには口で言っても中々本人が納得しない。
刷り込みみたいに、体から実感させつつ、教えて行かないとね、と言うスタンスのレオンです。

[スコール&クライヴ]煙硝と炎心

クライヴ in DFF(013)




水膜の張った大地を蹴る。
散る水飛沫が足を取ることはなく、それはどこまでも清廉だった。
文字通り、汚れなどないその水を蹴散らすように踏みながら、走る。

出方を待つほど、こちらは悠長ではなかった。
読みは戦いながら見れば良い。
一歩でも、一手でも、先を取った方が、命の凌ぎ合いにおいて、優位を得る権利を掴み取る。
無論、それも確率論のことであって、絶対的な方程式など戦場にありはしない。

こちらが踏み込むと同時に、あちらも走り出していた。
真正面から挑んでくるか、或いはどこかで軌道を反らすか。
警戒したが、海に似た蒼の瞳は、真っ直ぐにクライヴを睨んでいる。
引き結んだ唇が、自分と同じことを考えているのが判った。

ならば、より早く、より鋭く、最初の一手を掴む。
手にした剣を両手持ちに掴めば、相手もその重みを読み取って、肩に担いだ風変りな剣を握った。
やや下段から振り上げた剣を、上段から打ち下ろした剣が噛む。
分厚く重い金属がぶつかり合う音が響いた。


「ぬぅ……っ!」
「……!」


クライヴが唇を噛めば、相手も苦々しい顔で睨んだ。

刃越しに見る顔は若い。
濃茶色の髪、蒼灰の瞳、眉間に走る刀傷。
その手に握られた剣は、クライヴには全く初めてみる形をしている。
それがどんな武器なのか、仔細は一切伝えられておらず、他の者曰く「戦ってみるのが一番よく判るだろ」とのこと。
実際その通りで、理屈説明を並べられるよりも、こうして直に交えてみる方が判り易い。

噛み合う銀刃は、一見すると薄くて容易く折れそうだが、クライヴの剛剣でもびくともしない。
ただの鋼じゃない、と知るにはそれで十分だった。


(それなら!)


クライヴの右腕に力とエーテルが流れ込む。
柄を握る手を媒介にして、炎の力が剣の切っ先まで一気に走った。

炎の剣を縦横無尽に振り薙いで、銀の刃を奥へと押していく。
蒼灰色の瞳が苦いものを浮かばせて、ち、と舌打ちが聞こえた。

ばちり、と稲光が至近距離で光る。
咄嗟に体を後ろへ飛ばせば、落雷がその軌道を追った。


(そうだ、この世界は───魔法は隠すものじゃない)


この奇妙な世界で目を覚ましてから、驚いたことのひとつ。
誰も魔法を奇妙な目で見ないし、奇跡のように扱わないし、それを使うことを隠さない。
戦術のひとつとして隠し玉にすることはあっても、手段として惜しむことはない。

稲妻の隙を縫って、若者は再びクライヴへと肉薄する。
クライヴは下がる足を止めた。
迎撃に構えるクライヴを、若者も理解して、強く地を蹴る。


「おおぉっ!」
「ぬぅんっ!」


横腹目掛けて振り抜く銀刃を、クライヴの剣が十字に受け止める。
ぎち、と鍔迫り合いが始まった。

体格はクライヴの方が上だ。
身長も、それ程大きく離れている訳ではないが、クライヴに分がある。
単純な力勝負であるならば、細身のシルエットをした若者に負けるつもりはなかった。

力と体重を乗せて、噛み合う剣を押し退けようと試みる。
────が、若者の瞳の奥で鋭い光が閃いた瞬間、ガアン!!と強烈な衝撃がクライヴの剣を弾き上げた。


「!?」


手許で爆発が起きた。
そう思う程に、襲った衝撃は凄まじかったのだ。

剣を握っていた両手が痺れている。
その隙を逃すほど、敵は甘くない。
クライヴの剣を跳ね上げるに振るった銀が、刃を返す瞬間、鋭く光った。

考えるよりも先に、クライヴの躰が動く。
突き出した左手が暴風を作り出し、若者の体を正面から撃ち据えた。
細身の体が吹き飛ばされ────若者は中空でぐるりと猫のように回転すると、難なく地面に着地する。


「はっ…、はっ……!」
「は……はぁ……っ!」


打ち合いは数合、それでも二人が息を切らせるには十分だった。
互いに相手の手を知らずに相対したのだから当然だ。
一手先に何が飛び出すか、全神経を集中させながら己の有効打を探していたのだから。

乱れた呼吸を整えた方から、或いはそれを待たずに飲み込んだ方から、次が始まる。
───と、どちらも思ったが、それもこの場にいる者が二人であればの話。


「よーし、そこまで!」
「これ以上は怪我しそうだからなー」


響いた快活な声と、やれやれとした声と。
それを受けた蒼灰色が、幾分か不満そうな様子を見せながらも、銀の刃は下ろされた。
クライヴも同じく、握り直していた剣を見て、それを背中へと納める。

金髪の少年が尻尾を揺らしながら若者の下へ駆け寄る。
気楽な様子で話しかける少年に、若者は言葉少なに応じていた。
そしてクライヴの下へは、快活とした声の主───バッツが近付いて来る。


「お疲れ。すごかったな、クライヴ」
「ありがとう。しかし、どうにも体が今一つ動きが鈍いな……」
「召喚されたばっかりの奴は、大体そうなんだ。しばらくしたら馴染んでくるよ、多分だけど」


保証はないけど、と付け足しつつ、経験則を語るバッツに、そうか、とクライヴは頷いた。

水膜を踏む音が近付いてきて、そちらを見れば、若者と少年がいる。
少年───ジタンは興味津々な様子で、クライヴの顔を見上げてきた。


「剣に魔法に。こりゃ嬉しい戦力だな」
「役に立てるなら良いのだが」
「立つ立つ。うちは結構ジリ貧な状態なんでね。あんたみたいな奴が増えてくれるのは嬉しいよ。な、スコール」
「……そうだな」


ジタンに話を振られて、若者───スコールが短く返す。
その手には、未だ風変りな形の剣が握られていた。

クライヴもスコールも、共に怪我らしい怪我はない筈だが、バッツが「念の為な」と言ってケアルを唱えた。
無手から生み出される魔法の力と言うのは、クライヴにはまだ見慣れない。
それでも効果は確かなもので、薄く残っていた右手の痺れた感触が消えていく。


「すまない。ありがとう」
「お安い御用ってね。さ、運動もしたんだし、中に入って何か摘まもうぜ」
「今日のデザートは桃だ。昨日、良い塩梅のが持って帰れたからな」


バッツとジタンに促され、クライヴは彼らについて行く形で、佇む館に足を踏み入れる。
そこが、この闘争の世界に召喚された、秩序の戦士たちが構える拠点であった。

屋敷にはこれまで十人の戦士たちが生活を共にしており、クライヴは最近そこに加わった新参である。
部屋はいつの間にかぽつりと一部屋増えていて、そこがクライヴのものとして宛がわれた。
生活については、まだまだクライヴには見慣れないものが多く、落ち着かないことも多い。
しかし、秩序の戦士たちの人柄や空気感もあって、取り敢えずは寝起きにストレスはなく済んでいる。

リビングダイニングに入ると、ジタンとバッツはそのまま部屋奥のキッチンへ入って行った。
「すぐ準備するから待ってろよー」と言われたので、取り敢えずどこに座ろうかと室内を見渡していて、ふと、ソファへと向かう若者が目に留まる。


「スコール。少し良いか?」
「……なんだ」


声をかけると、スコールは訝し気に顔を上げた。


「さっきの特訓の時のことなんだが、気になることがあって。随分、変わった形の武器を使っているんだな」
「……まあ、そうだな」
「一度、かなり強い衝撃を食らった気がしたんだが、あれはどうやってやったんだ?エーテルの匂いもしなかったから、魔法ではないようだが……」


鍔迫り合いの最中に襲った、あの凄まじい衝撃。
それなりにショックの類には強い方だと自覚しているクライヴだが、その手を痺れさせる程のものだった。
あれが至近距離で打った魔法───例えば爆発系の魔法ならば、直前直後にクライヴはエーテルの匂いを感じている筈だ。
それが一切なかったから、恐らくあれは魔法ではない、とは思うのだが、あとは全く判らない。

クライヴの問いに、スコールは口元に指を当てて、考える仕草を取る。
じっと見つめる蒼灰色は、クライヴの方を注意深く観察していた。


「……トリガーを引いた」
「トリガー?」
「俺の武器は、構造が特殊で、柄と刃の中間の所に、弾薬を仕込むことが出来る。その火薬を爆発させた」
「火薬を爆発?それは、随分危ない手段なんじゃないか?」


火薬と言ったら、固い地盤を掘削する際に使われる、爆弾の材料だ。
そんなものが武器に、それも手許に近い場所にあるとは、クライヴには信じがたい構造である。

スコールはまた少し考える時間を取った後、


「あんたの世界に、銃はあるか?」
「銃……と、言うと……む……」


クライヴは腕を組んで考え込んだ。
どうもこの世界から目覚めてから、色々な記憶が曖昧で、自分がいた世界のことを具体的に思い出すことが難しい。
なんとなく“こうだった”“こうではなかった”と言う感覚を読むのが精一杯である。

クライヴの反応が鈍いことから、凡そのところを感じ取ったか、スコールが続ける。


「大砲は?」
「それは、判る」
「それをずっと小さくして、携帯できる大きさにしたもの。弾を込めて、火薬の爆発力をエネルギーにして、発射させるところは同じ。威力と役割は違うが……そんな所か」
「ふむ……いまいちはっきりとは判らないが、君の世界にはそう言う道具があるんだな」


一先ず納得した形でクライヴが頷くと、「まあな」とスコールは言った。


「俺の武器は、剣と銃を融合させたようなものだ。でも砲身……弾を打ち出す構造はないから、点火しても弾は発射されない。弾倉で炸裂したエネルギーが、刀身を伝って、武器の威力を上げることに繋がる」
「それは……使い手の方にも、かなりの衝撃が来るんじゃないのか?」


爆発のエネルギーと言うのは、都合の良い方にだけ流れるものではない。
それとも、彼の世界には、そうした衝撃のエネルギーもコントロールする方法があるのだろうか。

訊ねてみると、スコールは自分の右手を見下ろして、


「まあ……衝撃は、それなりに来る。振動による摩擦も強いし」
「グローブはその為に?」
「そんな所だ。多分」


多分?と訊き返そうとして、クライヴは思い出す。
スコールも、自分程ではないにしろ、元の世界のことについては曖昧なところが多いのだと。

色々と気になることは他にもあるのだが、今これ以上を聞くのも鬱陶しいか。
ジタンやバッツ曰く、スコールはあまり人と話すのが得意ではないのだとか。
クライヴもあまり口が回る性質ではないし、ソファに座したスコールの表情は、聊か堅い。
あまり付きまとうのも良くないな、とクライヴが思った所で、丁度良く弾んだ声が聞こえてきた。


「お待たせ!よく冷えた桃だぞ」
「スコールもクライヴもこっち来いよ。皆で食おうぜ」


ガラスの器に瑞々しい桃を乗せて、ジタンとバッツがキッチンから出てきた。
来い来いとダイニングテーブルの方へ呼ぶ二人に、クライヴは頃合いとしてそちらへ向かう。


「桃か。久しぶりに食べる気がするな」
「お前の世界って、果物って多い?」
「どうだろう。あまり手に入らなかったような気はするが」
「じゃあいっぱい食えよ。おーい、スコール!スコールも来いって!」


二人が賑やかに名前を呼ぶからか、スコールは深々と溜息を吐く。
希望を叶えねば終わらないから、と言わんばかりの表情で、渋々に彼はソファを立った。

ジタンがスコールの前に皿を持って行き、食べろ食べろとじゃれている。
スコールは判り易くそれを鬱陶しがっていたが、差し出された桃は断らなかった。
眉間に皺を浮かべて、あれは美味いと思っているのだろうか、とクライヴが観察していると、


「なあ、クライヴ。スコールと何の話してたんだ?」


尋ねてきたのはバッツだ。
クライヴは、桃に楊枝を差しながら、


「何と言うこともないんだが……さっきの特訓で気になったことを、少しな」
「ふぅん。スコール、ちゃんと答えてくれた?」
「ああ。しかし、俺の方がどうも知識が足りないようで、少し困らせたかも知れない」
「ん~……ま、それは大丈夫だろ。この世界に召喚された奴らは、皆それぞれ常識も違うからさ。スコールもその辺は判ってるし、ちょっとやそっとじゃ気を悪くはしないさ」
「だと良いんだが」
「大丈夫、大丈夫。結構優しいから」


ひらひらと手を振って、気にするな、とバッツは笑う。
ならば今はその言葉を信じよう、とクライヴも頷いた。

クライヴがちらと視線を流せば、じゃれるジタンをあしらいながら、桃を食べているスコールがいる。
勢いよく食べていくジタンやバッツに比べると、その所作は大人しい。
賑やかな二人に挟まれて、溜息を吐いてあしらいながらも、突き放す所まで行かない様子が、クライヴにはなんとも微笑ましく見えるのだった。





『DFFもしくはDdFF(012)の世界観で、スコールとクライヴが話をしている様子』のリクエストを頂きました。
あんまりはっきりと本文中に書きませんでしたが、DFF=013の戦いとしています。
スコールとクライヴが戦ったらどうなるかなと思ったりして、想像するの楽しかったです。

クライヴは落ち着いてるので33歳だと思います。最年長の異説新人。
召喚・目覚めたての頃で、色々記憶がまだ曖昧。台所とか見たらびっくりしそう。うちのDFFでは、戦士たちは結構整った環境で生活できているので……
スコールの方は、新たな仲間と言うことで、人見知りが発動しています。兄さんはその辺りの空気を読んで、会話はするけど適当な距離を置いてくれそうと思っている。
スコールは自分のことを喋るのは苦手だけど、武器の話なら出来ると思っています。武器オタクな節もあるし。

[16/シドクラ]煽情

R15




どうにも上手くいかないことはあるものだ。

取引先のひとつが、すっかり駄目になってしまった。
それなりに大きい案件として依頼があり、こちらも人数態勢を整えて挑んでいたのだが、それも水の泡。
原因はあちら側の内々にあって、いわゆる不祥事と言うもの。
詳しい事はシドもまだ追っていないが、締結に向けていた話がすっかり飛んだのは間違いない。
何せ、当事者である相手の会社が火の車と化したので、こちらも関係を続ける訳にはいかなかった。
損害のことを考えると、シドも早々に打ち切るしかなかったのである。

上手く言えば実入りの多い話だったのだが、こうなってしまっては仕方がない。
幸いなのは、まだ本締結まで至っていなかったことで、仕事そのものを積み上げていなかったこと。
だが、それに向けた具体的な準備はしていたから、そのコストが無駄になったのは痛かった。
気持ちとしても、懐としても。

嘆いたところでどうなる訳でもない。
この事態を受けて、シドは根回ししていた関係各所に、事情説明と詫びの行脚をすることになった。
────それが、今日一日のことである。

外回りは自分の仕事と請け負っているが、昨今の夏、延々と外を歩くのはお薦めされない。
天気予報では「危険な暑さとなっています。外出は必要最小限に留めましょう」などと言ってくれるが、それが出来れば苦労はない。
電話一本で済ませてくれるところばかりではないから、直に出向く必要がある。
車で動けるだけマシではあるが、その車内も五分も日向に置けばサウナと化す。
数時間後とにコンビニで水分を入手して、ついでにアイスで体の深部体温を下げなくては、とてもやっていられない。

お陰で今日のシドは、始業の時以外、全く自社に寄り付かなかった。

行脚が終わった時には、時刻は終業時間になっていた。
オットーに連絡して、事務所の施錠を頼み、今日のところはそのまま直帰させて貰う。
旧友はシドの疲れ具合を察したようで、「ああ、判った」のひとつ返事で許してくれた。

夜になっても気温は中々下がらない。
都会のコンクリートジャングルは、足元も建物もすっかり燻され、一向に温度を下げない。
日が暮れてようやく、日光が直接当たらなくなって、少し楽になったかも知れないな、と思う程度だ。

家に帰ると、同居人である恋人のクライヴが、夕飯を作っていた。


「お帰り。夕飯はもうすぐだけど」
「ただいま。あー……その前に風呂に入ってくる。汗で酷い有様だ」
「俺も帰った時に入った。湯は抜いてないから、すぐ入れる」
「そいつは有難い」


気の利く采配に、シドは久しぶりに口元が緩んだ。
鞄をダイニングテーブルの椅子に置いて、すぐに風呂場へと向かう。

同じ40℃でも、外気温を押し付けられるのと、温められた湯では全く違う。
汗でべたつく体をすっかり洗い流すと、気分が変わった。

リビングダイニングに戻れば、そのまま夕飯だ。
気を利かせたクライヴがビールを出してくれたので、一杯やりながら腹を満たす。
椅子にすっかり落ち着いて、のんびりと傾ける酒と、つまみになる食事。
それでようやく、今日一日の苦労から抜け出せた。

疲れはあったが、寝るには聊か惜しかった。
時間もそれなりだったから寝床に入っても構わないが、なんとなくそう言う気にならない。
リビングのソファに座って気晴らしにテレビを見ていたが、


「シド」
「ん?」


呼ぶ声に振り返れば、ソファの後ろにクライヴが立っていた。
見下ろす青に、薄らと期待の色が滲んでいる。

シドはくつりと笑って、指先で「来い」と示した。
クライヴが背凭れに寄り掛かりながら、整った顔がシドへと近付いて来る。
唇を合わせてやれば、青が嬉しそうに細められた。

テレビの電源を切って、クライヴが隣に座る。
唇を重ね合わせて、丹念に咥内をまさぐりながら、唾液を交換した。


「ん……ふ……」


クライヴが鼻にかかった声を漏らす。
その見栄えの良い体躯にシドの手が這うと、クライヴも応じるように、夜着のシャツを捲る。
直接、と求める無言の訴えに応える形で、シドの手が体温の高い肌に濡れた。

愛撫を与えている間に、クライヴはボトムも緩めていく。
盛んな年齢であるから、彼の中心部は既に反応していた。
そこも軽く触れてやれば、ビクッ、と腰が震える。


「は……っ、シド……」
「ああ……」


求める声に、シドもじわりと熱が浮かぶ───筈だったが、


「……」
「シド?」
「いや……」


ふと動きを鈍らせたシドに、敏いクライヴも気付いた。
どうかしたか、と問う視線に、シドは答えを濁らせる。

───もう一度、とシドは気を取り直した。
クライヴの首筋に唇を当てて吸い、彼の体に触れる。
意外と他人に触れられることに慣れていない体は、シドの触れ方をよく覚えて、素直に反応を示した。
その様子を見ているだけで、いつもシドは興奮を煽られて行く。

今日もそうだ。
もどかしげに体を捩るクライヴの姿に、シドは確かに興奮を抱いている。
……の、だが。


「……クライヴ。悪い」
「え?」


唐突に詫びたシドに、クライヴは夢見心地の名残の中で首を傾げる。
何かあったか、と問う瞳に、シドは苦い表情を浮かべて、


「……駄目だな。勃たない」
「は?」


今まさにと言うところまで寄せていた体を放し、そう言ったシドに、クライヴは困惑の表情を浮かべている。

シドはソファに座り直して、背凭れに寄り掛かって天井を仰ぐ。
気分は確かにその気であるのに、体がそれについて行っていない。
クライヴもその様子を服越しに察したようで、途端に不安そうな表情になった。


「シド、」
「お前の所為じゃないよ。ただの疲れだ」


自己卑下が早いクライヴが、いたずらに自分を貶めないように、シドは先に言った。
でも、とクライヴは言いたげな表情をするが、シドはその目尻に軽く指を擦り付ける。


「一日、外を動き回ったからな。その所為だろう」
「そう、か……」
「気分は乗ってるんだがな」


あくまでしたくない訳ではないのだと、シドは念を押す形でそう言った。

シドは自身の下肢に手を遣って、下着の中に手を入れた。
自分のものを握って見ると、すっかり草臥れていて、まるでその気がない。
刺激でもすれば少しは反応するかと揉んでみるが、あまり効果はなさそうだった。

───はあ、とシドは溜息を漏らす。
こういうものは、無理に反応させようとした所で、反って心理的プレッシャーで余計に鈍くなる。
心配そうにこちらを見ている男にとっては物足りないかも知れないが、今日の所は、他の方法で応じるしかないだろう。

そう思っていると、


「シド、ちょっと」
「ん?」


横合いから伸びてきた手が、シドの下肢に触れる。
クライヴは少し緊張した面持ちで、下着の中へと手を入れた。

先に侵入していたシドの手を辿って、クライヴは中心部へと辿り着く。
節のある大きな手が、そこを包み込むように柔らかく握った。
感触からして、萎えた状態であることはクライヴにも伝わったらしく、彼の眉根が僅かに潜められる。


「なる、ほど……」
「したい気持ちは、山々だが。これじゃお前を満足させられやしないだろう」
「……」


肩を竦めるシドに、クライヴはなんとも言えない表情を浮かべていた。

ちら、と青色が上司兼恋人の顔を見て、少しの逡巡の後、ゆっくりと近付く。
その意図を読み取ってシドがじっと待っていれば、髭のある頬にキスをされた。
触れては離れる口付けが繰り返され、それと同時に、中心部を握る手がゆっくりと動き出す。

クライヴは指で輪を作って、シドの中心部を扱いている。
不慣れな動きではあるが、同じ性を持つ者同士だから、どう触れれば刺激になるのかは判っていた。


「シド……」
「いじらしいことしてくれるな」
「……俺もしたい、からな」


ささやかなボディタッチだけで、クライヴは満足できない。
出来ることなら、ちゃんと中で感じたい。

クライヴの愛撫は、初めこそ恐る恐るとしたものだったが、次第に大胆になって行く。
甘えるように身を寄せてくる男を、シドも抱き寄せてやった。
密着すれば羞恥が反って薄れるのか、クライヴはシドの額や目尻に口付けながら、雄の覚醒を促している。

恋人の奮闘のお陰で、じわじわと熱が集まってくる。
しかし、それでもしっかりと頭を起こすにはまだ足りず、


「……シド」
「ん」
「口は、あんた……嫌いではない、よな」


確かめる形で聞くクライヴに、シドは一瞬、目を丸くした。


「大丈夫か?お前、苦手だって言ってただろう」
「うまく出来てるか分からないから。でも、このままだとあまり……効果もなさそうだし」


シドは自分の胎内で起きている変化が判るが、傍目にはまだそれは出ていない。
この程度では駄目なのかも、とクライヴが思うのは無理もなかった。

クライヴはソファを下りて、シドの下肢を緩めさせた。
取り出した雄に顔を寄せて、恐る恐る顔を近付ける。
小さな口が開かれて、ゆっくりとシドの中心部を咥え込んだ。


「ん、ん……っ」


萎えているとは言っても、それなりの質量があるものだ。
咥え込んだクライヴは、俄かの息苦しさに眉根を寄せていたが、離れようとはしなかった。

縋るようにして足の間に体を割り入れ、懸命な奉仕を行うクライヴに、シドの口端が歪む。
性欲は年相応にあるとは言っても、クライヴ自身は清廉な性格だ。
自ら積極的に性に及ぼうと言うことは珍しく、初めばかりは誘っても、後はシドに任せていることが多い。
そんな男が、珍しく積極的に、かつ自発的にことを進めようとしている様子は、いじらしく、同時に形容しがたい背徳性を漂わせる。

生暖かく濡れた咥内で、雄がじわじわと熱に染まっていく。
それをクライヴが感じ取ったかは定かでないが、彼の奉仕もまた、熱の入りを増して行った。


「ふ、ん、ん……っ!」
「は……クライヴ……っ」


下肢に縋る男の癖っ毛をくしゃりと撫でる。
熱の塊を咥え込んだまま、クライヴの視線だけがこちらを見た。
上目に様子を伺う瞳に、シドが薄く笑みを据えて見せれば、彼は安心したように奉仕を再開させる。

一心不乱に頭を動かすクライヴ。
その耳元や項にシドが指を滑らせると、ひくっ、ぴくっ、と些細な反応が見られた。

クライヴの首の後ろが、じっとりと赤らんで汗を掻いている。
咥内では質量が確かな形になりつつあった。
次第に口に咥えているのは辛くなったか、クライヴは喉奥で小さく咳込みながら、唾液を引きつつ雄を解放する。


「っは……は……、どう、だ……?」


口端の唾液を拭いながら確かめるクライヴ。
その眼には、すっかり頭を起こしたシドの象徴があった。

クライヴの小さな唇から、ほう、と熱のこもった吐息が漏れる。


「これなら……」


クライヴの手が伸びて、自己主張するそれに触れる。
神経が高ぶったお陰で、それだけでぞくりとしたものがシドの背中を奔った。


「シド。これなら、問題……ないよな?」
「見た通りだよ」


シドはそう答えると、もう一度クライヴの頭をくしゃりと撫でた。
頑張ってくれた恋人に、ご褒美の感覚で撫でてやると、クライヴはいつも嬉しそうに眦を緩める。

シドを昂らせている間に、彼自身も熱が増したのだろう。
クライヴは急くようにして衣服を脱ぐと、ソファに膝立ちになって、シドの膝に跨った。
体躯の良い重みが乗って、丁度良い位置を探して身動ぎする。
それをシドからも適度になる場所へ誘導した。



シド、と急く声に併せて、ゆっくりと彼の中へと侵入する。
ようやくの感触に甘い声が漏れるのを聞いて、この声が一番効くかも知れない、とシドは思った。





『シドクラでの現パロで、ちょっとシオシオなシドを元気出させるシチュエーション』のリクエストを頂きました。
可能であれば雰囲気R指定で、とのことでしたので、喜んで書いていた私です。
お仕事大変ですねのシドでした。

いつもはシドの手管が上手いので、任せきりにして安心してるクライヴ。
でもクライヴの方も何かしたいとか、シドを気持ち良くしたいとかはあるので、スイッチが入ると結構積極的だと思う。
たまに見られるその様子に、またシドも興奮してると言いなあって。

[16/ジョシュクラ]君が望むならいつだって



ただいま、と言う声を聞いただけで、弟の疲れ具合はよく判った。
出迎えに玄関まで赴けば、案の定、少しやつれた顔がある。


「お帰り、ジョシュア。大変だったようだな」
「うん……いや、思ったよりは大事じゃなかったから、良いんだけどね」
「俺も行った方が良いかと思ったんだが……」
「ありがとう。気持ちだけで十分だよ。なんとか片は付いたから」


首元のネクタイを緩めながら言うジョシュアに、クライヴは眉尻を下げつつ頷いた。


「風呂を沸かしてある。ゆっくり入ると良い」
「そうするよ。ありがとう」


クライヴはジョシュアの手から鞄とスーツの上着を受け取った。
少しふらついた足取りでバスルームへと向かう弟を見送って、自身はリビングダイニングへと戻る。

────世界的にも名高いロズフィールド家の最大企業の社を、引退した父エルウィンから引き継いで早五年。
通例であれば長男であるクライヴが直に受け継ぐものであったが、内々の交々の末、結局は次男であるジョシュアへと渡された。
対外的に見れば異例の出来事であり、その采配を取った父の下には、親戚縁者から日々電話が止まなかった。
が、今となってはそれも過去のことで、ジョシュアが舵取りの才覚を発揮したことで、実力主義の他家を封殺している。

反面、槍玉に挙げられるようになったのがクライヴだ。
兄としての面目や、弟に使われる立場になったことについて、周囲からは勝手な噂が絶えない。
しかし、クライヴ自身は、自分が大観衆の頭に立つよりも、ジョシュアの方が向いていると自覚がある。
だから今のクライヴは、ジョシュアの側近の秘書と言う立場になって、彼を支えることを役目としていた。

現在、クライヴとジョシュアは、一つ所で共に暮らしている。
対外的にはどう映るにしろ、二人はお互いが最も自分に近い理解者であると思っている。
同居人として、これほど気を遣わなくて良い相手はいなかったし、何より、お互いの存在が他の何にも勝るほどに大切なのだ。
二人それぞれの学生時代、学びの都合で別々に過ごしていた時の方が、余程辛かったと言える。

湯を浴びたジョシュアがリビングダイニングに来ると、夕飯の用意が整っていた。
時間は既に夜の十時が近いのに、温かな食卓が用意されることに、得も言われぬ幸福を感じる。
加えて、それが一人分ではないことに気付き、


「兄さん、食べてないの?」
「ああ。お前が帰ってから、一緒に食べようと思ってな」


テーブルにつきながら言った兄に、ジョシュアは眉尻を下げた。


「ごめん、こんなに遅くなってしまって。お腹空いただろう?」
「はは、まあ……それなりにな」


クライヴは眉尻を下げて笑った。
大丈夫だよ、と言わない辺り、彼もやはり限界だったのだとジョシュアは苦笑する。

クライヴは高校生の頃に寮生活を、大学生では一人暮らしをしていたから、家事全般に親しんでいる。
ずっと実家で母の手許にいることを選ばされていたジョシュアより、慣れたものだ。
スープは昨日の残り物だとクライヴは言うが、そうとは思えないほど、味わい深いものであった。


「美味しいよ、兄さん」
「それなら良かった。人参が入っているんだが、それも大丈夫そうだな?」
「んぐっ」


にんまりとイタズラな笑みを浮かべたクライヴの言葉に、ジョシュアは思わず咽る。
予想通りの反応だったのだろう、クライヴはくつくつと笑いながら、


「すりおろした人参を入れてある。そんなに睨んでも、ほとんど目には見えないさ」
「……」
「美味しいって言ったんだから、その一杯くらいは飲んでくれ。体に良いものだから」


鈍い表情を浮かべている弟に、兄はしっかりと釘を差した。

どうにも子供の頃から苦手な食べ物なのだ、人参と言うやつは。
しかし、食べ物として栄養豊富であることは理解しているし、兄も意地悪で言っている訳ではない。
ジョシュアのことを思うからこそ、この食材を、あの手この手で食べさせようと苦心しているのだ。

見る限り、スープの中には、細かな粒になった野菜が入っているようだ。
それも人参だけではなく、玉葱やパセリなども溶け込んでいる。
ここに大きな人参の塊を投入していないのは、兄の優しさに違いない。

ジョシュアは意を決して、スープをもう一度口に運んだ。
味は何も知らずに飲んだ時と同じなのに、“人参が入っている”と言う情報だけで、喉が途端に拒否をしようとするのだから、人体とは我儘なものである。


「……飲んだよ、兄さん」
「ああ。良く出来ました」
「はあ……いっそ何も知らずに飲んだ方が良かったかも」
「じゃあ、次からはそうしよう」
「……それもなんだかなぁ。警戒しながら食べるのも嫌だ……」


溜息を漏らすジョシュアに、「我儘な奴だ」とクライヴが笑う。
窘める口調ではあったが、いつものことだとも思っているのは間違いない。

他の料理もすっかり食べ終えて、クライヴが食器を片付けている間に、ジョシュアはリビングのソファに座ってパソコンを開いていた。
今日の仕事で穴の開いた部分を埋める為、諸々の都合を動かせないか、マネージャーのシリルに連絡を取る。
返事がすぐに帰って来て、相変わらずあの男はいつ寝ているのだろう、などと思った。

黙々とパソコンを打っている間に、クライヴも風呂を済ませていた。
リビングに戻って来たクライヴの気配に、ジョシュアは液晶画面から久しぶりに顔を上げる。


「兄さん」
「まだ仕事は続きそうか?」
「いや、もう終わるよ。あとは明日で良さそうだ」
「スケジュールの変更は?」
「今のところはまだ。今週は予定通りのつもりだけど、週末が少し判らないかな」
「動くかも知れないんだな。判った、覚えておく」


頭の中のスケジュール帳を、ざっくりと大幅に組み替える。
細かな詰めは明日以降、会社で行った方が間違いがないだろう。

これでようやく、今日一日のやる事が終わった。
ジョシュアがパソコンの電源を落とした所で、ソファの反対側にクライヴが腰を下ろす。
ちらとそちらを見れば、兄弟揃いの青い瞳がこちらを見て、


「お疲れ様、ジョシュア」


そう言ってクライヴは、両腕を差し出すように広げて見せた。
おいで、と促すその仕草に、ジョシュアは吸い込まれるように身を寄せる。

大学の頃からだったか、クライヴは目に見えて体格が良くなった。
その厚みのある胸板に顔を埋めて、ジョシュアはゆっくりと深く呼吸する。


「はあ……」
「今日も大変だったな」
「兄さんも。あちこち呼ばれたんだろう?」
「まあな。でも、お前程じゃないよ」


くしゃり、と大きな手がジョシュアの金糸を優しく撫でる。
その感触を芯から堪能できるのは、この限られた空間の身だと言うことを、ジョシュアはよく判っていた。

この家は、父から跡目として多くを継承した後に、唯一自分の我儘で誂えた、ジョシュアの小さな城だ。
身内のものすらほとんど来訪することはなく、兄と二人きりの生活空間。
職場も生活も一緒だなんて、どんな殺伐としているだろうと、勝手に吹聴している輩がいるのは知っている。
だが、そんな雑音にもならないものは、気にする意味もなかった。
敬愛し、何より大事に思う兄が、余計な音を耳に入れず、自分のことだけを見てくれる場所であれば良い。

ジョシュアがそんなことを思っている間にも、クライヴの手は弟をあやし続けている。


「そう言えば、叔父さんから連絡があった。今季は顔を見れるのか、と」
「もうそんな時期だったのか。そうだね、どこかで時間を作ろうか」
「ああ」
「でも、先ずは今日の予定のズレから見直さないと」
「それがどれくらい影響するか、か」
「うーん……来月まではいかないと思う。だから、うん、行くなら来月か、それ以降か……」
「判った。そのつもりで予定を調整して置こう」


聞こえるクライヴの声は、どこまでも優しい。
ジョシュアには馴染みのあるものだ。

髪を撫でる手を捕まえて、自分の頬へと導く。
クライヴは直ぐにその意図を汲んで、大きな手でジョシュアの頬を、眦をくすぐった。
すこしざらついた肌荒れのある手が、優しく触れてくれることが、ジョシュアは嬉しい。


「兄さん……」
「ん?」


甘える声で呼べば、クライヴは柔い目でこちらを見ていた。
胸に埋めていた頭を少し起こして、首を伸ばし、キスをする。

下唇を吸って、そのまま深く口付けた。
頬に触れていた兄の手がするりと落ちて、ジョシュアはその手に自分の手を絡める。
強く握りしめれば、一瞬は戸惑いか躊躇かあったが、結局兄は握り返してくれた。


「ん、ん……」
「ふ……兄さん……」


ちゅう、と舌を軽く吸って、解放する。
はっ、と甘い吐息が漏れて、ジョシュアの鼻先を掠めた。


「兄さん、良い?」


何を、とも言わずに告げれば、クライヴは困ったように片眉を下げる。


「明日も早いだろう」
「うん。でも、平気だよ」
「寝坊したらどうするんだ?」
「ちょっとくらい、問題ないさ」


ジョシュアは引き下がるつもりがなかった。
クライヴもそれは察している。


「しょうがないな。今日は頑張ったから」
「うん」


赦してくれる兄に、ジョシュアはもう一度キスをした。
寝着のシャツの下に手を入れて、逞しい胸板を撫でていく。

今日は慌ただしくて、仕事の最中に、兄弟で顔を合わせる時間が少なかった。
ジョシュアは件の騒動を鎮静化させる為に方々に向かう必要があったし、クライヴは社内でジョシュア不在の穴を埋めるのに忙しかった。
連絡を取り付けるのは専ら仕事に関することで、普段のささやかな雑談など挟む暇もない。
昼を過ぎた頃だったか、ジョシュアは一瞬、会社の社長室に戻ったが、その時クライヴはいなかった。
お陰で、今日一日、兄弟はすっかりお互いが不足してしまっている。

愛撫を続けるジョシュアの手を好きにさせながら、クライヴは服を脱いだ。


「ベッドに行った方が良さそうだが」
「待てないよ、兄さん」
「だろうな」


くつくつとクライヴが楽しそうに笑う。

ジョシュアの手が下へ下へと向かい、クライヴの窮鼠のあたりを撫でた。
ズボンのウェストの縁を辿るように指を滑らせると、


「ん……、ジョシュ、ア……」


むずがるように名前を呼ぶ声が耳元に聞こえて、ジョシュアは言いようもない興奮を覚える。

クライヴが自らボトムを脱ぎ下ろしていく間に、ジョシュアは彼の頤や首筋に何度もキスをする。
時折舌で皮膚を撫でると、汗ばんだ匂いと味がした。


「兄さん……」
「ん……ジョシュア……」


お互いを呼び合うだけで、体の奥が熱くなる。
それをもっと、深い場所で触れ合いたかった。

裸になったクライヴの秘所に、ついに触れようとしたジョシュアだったが、


「ジョシュア」
「何?兄さん」
「俺からしても良いか」


兄の言葉に、ジョシュアは目を丸くする。
顔を見れば、ほんのりと頬を赤く染めながら、熱を浮かせた瞳とぶつかる。

クライヴはジョシュアの耳元に指を滑らせながら言った。


「今日は疲れているだろう。だから、あとは俺がやろうと思って」
「……してくれるの?」
「人参も頑張ったしな」
「そんな子供みたいな理由で」
「冗談だ」


くつくつと笑うクライヴに、半分は本気だな、とジョシュアは思う。
拗ねた面持ちになる弟に、クライヴは宥めるつもりで頬を撫で、


「少し、お前の手を借りることはあると思うけど。嫌じゃないなら」


ジョシュアは直ぐに首を横に振った。
そんな弟の反応に、クライヴはくすりと笑みを浮かべて、今までのお返しのようにキスをする。

ジョシュアが体を起こすと、二人の間に隙間が出来て、少し寂しさが浮かぶ。
しかしそんなことを気にしていられるのは、一瞬だった。

ソファに座ったジョシュアに、クライヴが跨る形で体を重ねる。
体躯の良い兄の体は中々重い。
クライヴもそれを自覚しているようで、ジョシュアに負担をかけ過ぎないよう、ソファの背凭れに捕まった。

見栄えのする体つきを見せつけるクライヴに、ジョシュアは熱のこもった瞳を細める。


「兄さん。全部見せてくれる?」
「……ああ。お前がそうして欲しいなら」


返事が一拍遅れたのは、捨てきれない理性の所為だ。
それでもジョシュアが望むなら、それに応えてやりたいと、クライヴは思っている。
例えそれが、自分にとってどんなに羞恥心を刺激することでも。

軋む音が続くにつれて、甘露の声も漏れるようになり、思考が浮いて行く。
その様子をひとつでも見逃さないように見つめる瞳に焦がされながら、クライヴは熱を追い続けた。







『攻めを甘やかしたい受』で『ラグスコかクライヴ受』のリクエストを頂きました。
一番受けが攻めを甘やかしたそうなのはジョシュクラだなぁ、と思ってジョシュクラになりました。

現パロで同居してると、この兄弟は際限なくいちゃいちゃしてそうです。
クライヴからすると、仕事場ではともかく、家ではずっと甘やかしてそう。相手が弟なので。
ジョシュアにしても当たり前の特権だと良いなと思いました。

[16/シドクラ]遠い場所にて日常を



世間が長期休暇の時季となれば、シドの会社も例には漏れない。
それぞれの予定・計画の礎ともなる、休日申請が随時届き、事務方はその処理で大わらわである。
できれば希望は叶えてやりたいが、生憎とそうもいかない。
オットーがゴーチェと共にそれを捌いて、可能な限りの希望を通しつつ、全体のスケジュールを調整する。
日取りの交換に応じてくれる者を探し、どうにか都合を変えて貰って詫びを入れつつ、ようやく大方の予定が決まった。

社長であるシドはと言うと、その立場の権限でいつでも休んで構わないことではあるが、彼がいないと回らない案件と言うのも多い。
当人もそれは判っているし、口では自分のずるさを仄めかしながら、その特権を振るうのは好まない質だ。
全体スケジュールが概ね決まってから、彼自身の休みの日取りがつけられた。

それに倣って休む日取りが決まったのが、クライヴである。

先達てまで真っ黒なところで働いていたクライヴだ。
そもそも、休暇申請と言うものを、彼は能動的に利用しない。
体調が思わしくなければ有給休暇を使うことを一考する、と言う程度である。
それが悪い訳ではないのだが、皆が取っている休暇時期の休みを、彼だけ使わないというのも不公平だ。
そんな訳でシドから「公平性の為にお前も休め」と言う、半ば強制の休みが取られることとなった。
日程は、同居しているシドと同じ日で決まった。
シドが勝手に通した話だが、クライヴもそれで反発はしなかった。

かくして二人揃っての休暇が始まり、


「折角だからな。少し遠くへ出かけよう」


そう言ったシドの段取りで、クライヴは彼と共に、避暑地で有名な島へと渡った。

飛行機に乗り、船に揺られてやって来た、群青色の海の中に佇む島。
そこは世界的にも有名なリゾート地として知られた島で、沢山の観光客の憧れの的となっている。
テレビでもよく紹介されるところだから、クライヴも名前は知っている。
海の蒼に映える、真っ白な壁に囲まれた入江の街は、そのコントラストで見栄えが良く、絵葉書でもよく見るものだった。

自宅を朝早くに出発して、島に着いた時には夕刻。
西の海へと沈む夕日が照らす光が、白亜の壁を眩しいオレンジ色に染めていた。
夕餉に誘う匂いや灯りがあちこちて燈る中、入り組む階段迷路を、案内地図を頼りに上へ上へと昇って行く。
中々腰に来る、と苦笑するシドを横目に、クライヴは高台から見える海と島の景色に目を奪われていた。


「ここだ、クライヴ」
「あ───ああ」


名前を呼ばれてクライヴが前を見ると、ホテルの看板を吊るした門がある。
ボタニカルに飾られた門を押し開けると、南洋植物の小庭に迎えられた。
その奥にある扉を開ければ、外観と同じように、白亜色の壁に貝や鱗のオーナメントを飾ったエントランスに迎えられる。

シドが受付で宿泊予約の確認を通し、部屋のキーが渡される。
行こう、と促されて、受付横の階段を登って、奥角の部屋が自分たちの寝床だ。

部屋に入ると、ほう、とクライヴは目を丸くした。
窓から差し込む夕日を取り込んで、部屋の中はオレンジ色と影のシルエットが入り混じっている。
壁が白いから余計な色が混ざらず、虹色の鱗のオーナメントが照明を綺麗に反射させていた。
家具は緩やかな弧を描く曲木で統一され、冷たい印象のあるものはひとつもない。


「良い宿だな」
「ああ。ちょっと奮発した甲斐はあったな」


クライヴの呟きに、シドも満足そうに言って、部屋の隅に荷物を置いた。
クライヴも肩の重石になっていたリュックを下ろす。

きょろきょろと物珍し気に室内を見回すクライヴに、シドはくつりと笑みを浮かべる。


「こう言う場所は初めてか?」
「……そうだな。避暑地の類なら、叔父さんの別荘に邪魔させて貰ったことはあるけど、こういう所じゃなかったし」


言いながらクライヴは、そこここにあるドアを開けてみて回った。
何の設備がどこにあるのか確認もしたかったし、単純に見慣れないので好奇心が勝っていた。

ポットの置かれたミニキッチンに、シャワールームと、トイレ。
どこも白亜色の壁に覆われ、小さな明かり取りの窓もあり、洞窟的だが閉鎖的ではない。
それぞれの部屋には観葉植物も配置され、角の取れたカーブを描くアーチ状の天井が、解放感を演出していた。

寝所とリビングルームも含めて見て回っていると、シドの声が聞こえた。


「クライヴ、こっちに来てみろ。外も悪くないぞ」


外、と言うことは、テラスだろうか。
確か寝室の方に等身大の吐き出し窓があった。

向かって見ると、寝室奥の窓がひとつ、開いている。
夕日の差し込むそこを潜って見ると、小坪程度の広さのテラスがあった。
縁の方でシドが佇み、腰高の壁に寄り掛かって煙草を燻らせている。

テラスからは、海と街と、そして夕日を同時に見ることが出来た。
街は海から内陸に向かって昇り、建物の高さも大きなものはほとんどないから、視界を遮る塊がない。


「これは……すごいな」
「ああ。天気も良いし、海が随分遠くまで見える。ここは当たりだったな」


シドは満足げに笑った。


「ここまで上って来るのはちょいと骨が折れたが」
「そうか?荷物があったから少し疲れたけど、良い運動だろう」
「若いねえ。生憎、こちらは年寄りなんでな」
「それなら低い場所のホテルを取れば良かったのに。宿を選んだのはあんただろう?」
「それじゃこの景色は見れんだろう」


詰まらないことを言ってくれるなと、シドは煙を吐きながら苦笑する。


「お前も気に入りそうな場所を探したんだ」
「それなら、ここで正解だな」
「合格点か?」
「十分」


クライヴの返答に、シドの口角が緩む。

クライヴは柵壁に寄り掛かって、遠くに続く海を見た。
テラスは丁度真南を向き、右側奥にオレンジ色の赤い光が浮いている。
あと小一時間もしないうちに、その光は海と空の境界へ沈んでいくのだろう。
そうなったら、今度は街のあちこちで灯りが燈って、また景色の色が変わるのだ。

海の匂いが風に乗って運ばれてくる。
こんなにも潮風が近い距離を、クライヴは初めて経験していた。


「静かだな」
「ああ。この辺りは小径だらけで、車もほとんどないしな」
「そう言えば、港の近く以外で見なかったな。こうも狭い坂道と階段ばかりでは、無理もないか」
「ちゃんと大きな通りもある筈だが、そっちは通らなかったからな。そっちの方は明日にでも散策してみよう」


シドの言葉に、「ああ、そうだな」とクライヴは言った。
しかし、その眼はじっと海の方へと向けられ、シドの方を見ていない。

オレンジ色に彩られた白い街並みを見つめるクライヴの目は、どこか子供のようだ。
見知らぬ場所に来て、少しの戸惑いと、高揚とが入り混じっている。
透明度の高い青の瞳に、陽光と、遠い海波に反射する光が映り込んで、ちかちかと輝いていた。

シドはその横顔を見つめながら、


(こいつの出を思うと、こんな場所も見慣れたものかと思ってたんだが───いや)


脳裏に浮かんだ想像を、シドはすぐに否定した。

世界的に有名な資産家を出自に持つクライヴだが、その経歴は特殊だ。
本来なら今時分には実家に戻って企業の柱になっている年齢だろうに、彼はつい最近まで、ブラック企業で使い減らされていた。
実家の企業は今は弟が跡目となっている為、兄であるクライヴは放逐された形になる。

実家の母と折り合いが悪いとかで、家を出てからはほとんど帰っていないと言う。
クライヴと母の間のことは、幼い内からずっと続いていることだとか。
母以外とは問題ないそうだが、どうにも自分が家の空気を悪くしていることを感じ取って、帰る足も向かないそうだ。
和気藹々とした家族旅行も、あまり経験したことがないのだろう。

唯一の例外が、クライヴと弟を昔から気に入ってくれている叔父御の下に招かれることだったらしい。
それも山の中の別荘だったらしいから、海を身近に感じることはなかったのだろう。

いつまでも海を見つめて動かないクライヴに、シドはおもむろに手を伸ばす。
癖っ毛の頭をくしゃりと撫でると、ぱちりと丸くなった目がこちらを見た。


「なんだ?」
「別に」


シドは手を離すと、煙草を咥えたまま、部屋の中へと戻った。
クライヴは首を傾げつつ、その後ろをついて来る。

曲木の椅子に腰を下ろして、シドは灰皿を手許に寄せた。


「ここはワインが有名だ。明日、ワイナリーにでも行ってみるか?」
「良いな。近いのか?」
「さてな。まあ、島自体がそんなに大きくはない。行けそうなら歩いて行っても良いし、面倒ならタクシーを捕まえよう」


クライヴもソファに座りながら「そうだな」と頷いた。
それから視線は、壁にかけられた、小鳥の絵が描かれた可愛らしい時計を見る。


「今日のところは、もう夕飯だな。この時間だと、どこも混みそうだが……」
「ホテルの受付で聞いてみるか?」
「宛てもないしな。そうしてみよう。すぐ出るか?」
「こいつが終わるまで待ってくれ」


シドは口元の愛用品を指して言った。
クライヴは眉尻を下げて、しょうがないな、と肩を竦める。

シドは煙草の灰を落としながら、悠々と煙を吐き出した。


「別に焦って出る必要もないだろう。夜が遅くなったって良い。明日はゆっくり起きれば良いからな」
「ゆっくり、か……」


そう言えば休暇なんだった、とクライヴは思い出す。

いつも朝は規則正しく目を覚まし、身嗜みを整えて仕事の準備をしていたが、ここでそんな野暮なことは必要ない。
移動に費やした今日一日は勿論のこと、明日、明後日は休みを満喫すれば良いのだ。
観光だってフリープランだから、いついつにどこそこに行って何を見て、とも決まっていない。
つまり、長々とベッドで午前を潰したところで、何も困ることはないのである。


(明日でも、明後日でも。朝はどうにでもして良いんだ。それなら───)


それなら、いつもよりも、じっくりと。
熱を交える時間を持つことだって、出来るかも知れない。

そんなことを考えて、じんとした感覚が体の奥から滲んでくる。
俄かに熱が昇ってくるのを、クライヴは口元を手で隠して堪えた。


(……何を考えているんだ、俺は。シドは疲れてるだろうに)


今日の単純な移動距離と、ホテルに着くまでの長い坂道とを考えれば、シドは今夜はしっかり休みたいに違いない。
休みだからと、ここがリゾート地だからと、勝手に期待するものではない。
ここには羽根を休める為に来たのであって……とつらつらと、自己説教もどきが頭の中で巡る。

そんな連れ合いの様子を、シドの目はしっかり見ていた。
一人で百面相の真似事をしているクライヴに、シドはくつりと笑って、最後の煙を吐き出す。
短くなった煙草を灰皿に押し付けて、さてと、とシドは椅子を立つ。


「十分休んだ。ぼちぼち行くか」
「あ、ああ」


クライヴは慌てて顔を上げた。
なんでもないように努めて顔を引き締めながら、部屋を出て行くシドを追って、


「ああ、クライヴ」
「なんだ?」


ドアノブを握って振り返ったシドに、クライヴが首を傾げる。
年齢の割に、少し幼い頤をした顔を見て、シドは小さく笑って言った。


「明日なんだがな」
「ああ」
「出掛けるのは昼からでも良いな?」
「それは、別に」
「そうか。じゃあ、今夜は多少、頑張るかな」


それだけ言って、シドはくるりと踵を返した。
部屋を出て行くシドの背中に、クライヴは今日何度目か、ぱちりと目を丸くして立ち尽くす。

今の遣り取りはなんだったのかと、シドの言葉の意味を探して、ぐるぐると頭の中が巡る。
そのうち、それは点と点を結び付け、敏い男に全てを悟られたことを知った。



おい、と紅い顔で声を大きくしたクライヴに、先を行く男の背中は、明らかに笑いを堪えていた。






『現パロシドクラのバカンスか温泉旅行』のリクエストを頂きました。

どこに行かせるのが良いかな~と探しまして、リゾート島に行って貰いました。
シドなら色々考えて、ちょっと非日常感の強い場所で、内装や景色の良いところを惜しまず使いそうだなあと。
クライヴはこだわりはないけど、景色の良い所や、静かに過ごせるところが好きそう。
夕飯の後は、ゆっくりしっぽりしてると思います。

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