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[16/ジョシュクラ]君が望むならいつだって



ただいま、と言う声を聞いただけで、弟の疲れ具合はよく判った。
出迎えに玄関まで赴けば、案の定、少しやつれた顔がある。


「お帰り、ジョシュア。大変だったようだな」
「うん……いや、思ったよりは大事じゃなかったから、良いんだけどね」
「俺も行った方が良いかと思ったんだが……」
「ありがとう。気持ちだけで十分だよ。なんとか片は付いたから」


首元のネクタイを緩めながら言うジョシュアに、クライヴは眉尻を下げつつ頷いた。


「風呂を沸かしてある。ゆっくり入ると良い」
「そうするよ。ありがとう」


クライヴはジョシュアの手から鞄とスーツの上着を受け取った。
少しふらついた足取りでバスルームへと向かう弟を見送って、自身はリビングダイニングへと戻る。

────世界的にも名高いロズフィールド家の最大企業の社を、引退した父エルウィンから引き継いで早五年。
通例であれば長男であるクライヴが直に受け継ぐものであったが、内々の交々の末、結局は次男であるジョシュアへと渡された。
対外的に見れば異例の出来事であり、その采配を取った父の下には、親戚縁者から日々電話が止まなかった。
が、今となってはそれも過去のことで、ジョシュアが舵取りの才覚を発揮したことで、実力主義の他家を封殺している。

反面、槍玉に挙げられるようになったのがクライヴだ。
兄としての面目や、弟に使われる立場になったことについて、周囲からは勝手な噂が絶えない。
しかし、クライヴ自身は、自分が大観衆の頭に立つよりも、ジョシュアの方が向いていると自覚がある。
だから今のクライヴは、ジョシュアの側近の秘書と言う立場になって、彼を支えることを役目としていた。

現在、クライヴとジョシュアは、一つ所で共に暮らしている。
対外的にはどう映るにしろ、二人はお互いが最も自分に近い理解者であると思っている。
同居人として、これほど気を遣わなくて良い相手はいなかったし、何より、お互いの存在が他の何にも勝るほどに大切なのだ。
二人それぞれの学生時代、学びの都合で別々に過ごしていた時の方が、余程辛かったと言える。

湯を浴びたジョシュアがリビングダイニングに来ると、夕飯の用意が整っていた。
時間は既に夜の十時が近いのに、温かな食卓が用意されることに、得も言われぬ幸福を感じる。
加えて、それが一人分ではないことに気付き、


「兄さん、食べてないの?」
「ああ。お前が帰ってから、一緒に食べようと思ってな」


テーブルにつきながら言った兄に、ジョシュアは眉尻を下げた。


「ごめん、こんなに遅くなってしまって。お腹空いただろう?」
「はは、まあ……それなりにな」


クライヴは眉尻を下げて笑った。
大丈夫だよ、と言わない辺り、彼もやはり限界だったのだとジョシュアは苦笑する。

クライヴは高校生の頃に寮生活を、大学生では一人暮らしをしていたから、家事全般に親しんでいる。
ずっと実家で母の手許にいることを選ばされていたジョシュアより、慣れたものだ。
スープは昨日の残り物だとクライヴは言うが、そうとは思えないほど、味わい深いものであった。


「美味しいよ、兄さん」
「それなら良かった。人参が入っているんだが、それも大丈夫そうだな?」
「んぐっ」


にんまりとイタズラな笑みを浮かべたクライヴの言葉に、ジョシュアは思わず咽る。
予想通りの反応だったのだろう、クライヴはくつくつと笑いながら、


「すりおろした人参を入れてある。そんなに睨んでも、ほとんど目には見えないさ」
「……」
「美味しいって言ったんだから、その一杯くらいは飲んでくれ。体に良いものだから」


鈍い表情を浮かべている弟に、兄はしっかりと釘を差した。

どうにも子供の頃から苦手な食べ物なのだ、人参と言うやつは。
しかし、食べ物として栄養豊富であることは理解しているし、兄も意地悪で言っている訳ではない。
ジョシュアのことを思うからこそ、この食材を、あの手この手で食べさせようと苦心しているのだ。

見る限り、スープの中には、細かな粒になった野菜が入っているようだ。
それも人参だけではなく、玉葱やパセリなども溶け込んでいる。
ここに大きな人参の塊を投入していないのは、兄の優しさに違いない。

ジョシュアは意を決して、スープをもう一度口に運んだ。
味は何も知らずに飲んだ時と同じなのに、“人参が入っている”と言う情報だけで、喉が途端に拒否をしようとするのだから、人体とは我儘なものである。


「……飲んだよ、兄さん」
「ああ。良く出来ました」
「はあ……いっそ何も知らずに飲んだ方が良かったかも」
「じゃあ、次からはそうしよう」
「……それもなんだかなぁ。警戒しながら食べるのも嫌だ……」


溜息を漏らすジョシュアに、「我儘な奴だ」とクライヴが笑う。
窘める口調ではあったが、いつものことだとも思っているのは間違いない。

他の料理もすっかり食べ終えて、クライヴが食器を片付けている間に、ジョシュアはリビングのソファに座ってパソコンを開いていた。
今日の仕事で穴の開いた部分を埋める為、諸々の都合を動かせないか、マネージャーのシリルに連絡を取る。
返事がすぐに帰って来て、相変わらずあの男はいつ寝ているのだろう、などと思った。

黙々とパソコンを打っている間に、クライヴも風呂を済ませていた。
リビングに戻って来たクライヴの気配に、ジョシュアは液晶画面から久しぶりに顔を上げる。


「兄さん」
「まだ仕事は続きそうか?」
「いや、もう終わるよ。あとは明日で良さそうだ」
「スケジュールの変更は?」
「今のところはまだ。今週は予定通りのつもりだけど、週末が少し判らないかな」
「動くかも知れないんだな。判った、覚えておく」


頭の中のスケジュール帳を、ざっくりと大幅に組み替える。
細かな詰めは明日以降、会社で行った方が間違いがないだろう。

これでようやく、今日一日のやる事が終わった。
ジョシュアがパソコンの電源を落とした所で、ソファの反対側にクライヴが腰を下ろす。
ちらとそちらを見れば、兄弟揃いの青い瞳がこちらを見て、


「お疲れ様、ジョシュア」


そう言ってクライヴは、両腕を差し出すように広げて見せた。
おいで、と促すその仕草に、ジョシュアは吸い込まれるように身を寄せる。

大学の頃からだったか、クライヴは目に見えて体格が良くなった。
その厚みのある胸板に顔を埋めて、ジョシュアはゆっくりと深く呼吸する。


「はあ……」
「今日も大変だったな」
「兄さんも。あちこち呼ばれたんだろう?」
「まあな。でも、お前程じゃないよ」


くしゃり、と大きな手がジョシュアの金糸を優しく撫でる。
その感触を芯から堪能できるのは、この限られた空間の身だと言うことを、ジョシュアはよく判っていた。

この家は、父から跡目として多くを継承した後に、唯一自分の我儘で誂えた、ジョシュアの小さな城だ。
身内のものすらほとんど来訪することはなく、兄と二人きりの生活空間。
職場も生活も一緒だなんて、どんな殺伐としているだろうと、勝手に吹聴している輩がいるのは知っている。
だが、そんな雑音にもならないものは、気にする意味もなかった。
敬愛し、何より大事に思う兄が、余計な音を耳に入れず、自分のことだけを見てくれる場所であれば良い。

ジョシュアがそんなことを思っている間にも、クライヴの手は弟をあやし続けている。


「そう言えば、叔父さんから連絡があった。今季は顔を見れるのか、と」
「もうそんな時期だったのか。そうだね、どこかで時間を作ろうか」
「ああ」
「でも、先ずは今日の予定のズレから見直さないと」
「それがどれくらい影響するか、か」
「うーん……来月まではいかないと思う。だから、うん、行くなら来月か、それ以降か……」
「判った。そのつもりで予定を調整して置こう」


聞こえるクライヴの声は、どこまでも優しい。
ジョシュアには馴染みのあるものだ。

髪を撫でる手を捕まえて、自分の頬へと導く。
クライヴは直ぐにその意図を汲んで、大きな手でジョシュアの頬を、眦をくすぐった。
すこしざらついた肌荒れのある手が、優しく触れてくれることが、ジョシュアは嬉しい。


「兄さん……」
「ん?」


甘える声で呼べば、クライヴは柔い目でこちらを見ていた。
胸に埋めていた頭を少し起こして、首を伸ばし、キスをする。

下唇を吸って、そのまま深く口付けた。
頬に触れていた兄の手がするりと落ちて、ジョシュアはその手に自分の手を絡める。
強く握りしめれば、一瞬は戸惑いか躊躇かあったが、結局兄は握り返してくれた。


「ん、ん……」
「ふ……兄さん……」


ちゅう、と舌を軽く吸って、解放する。
はっ、と甘い吐息が漏れて、ジョシュアの鼻先を掠めた。


「兄さん、良い?」


何を、とも言わずに告げれば、クライヴは困ったように片眉を下げる。


「明日も早いだろう」
「うん。でも、平気だよ」
「寝坊したらどうするんだ?」
「ちょっとくらい、問題ないさ」


ジョシュアは引き下がるつもりがなかった。
クライヴもそれは察している。


「しょうがないな。今日は頑張ったから」
「うん」


赦してくれる兄に、ジョシュアはもう一度キスをした。
寝着のシャツの下に手を入れて、逞しい胸板を撫でていく。

今日は慌ただしくて、仕事の最中に、兄弟で顔を合わせる時間が少なかった。
ジョシュアは件の騒動を鎮静化させる為に方々に向かう必要があったし、クライヴは社内でジョシュア不在の穴を埋めるのに忙しかった。
連絡を取り付けるのは専ら仕事に関することで、普段のささやかな雑談など挟む暇もない。
昼を過ぎた頃だったか、ジョシュアは一瞬、会社の社長室に戻ったが、その時クライヴはいなかった。
お陰で、今日一日、兄弟はすっかりお互いが不足してしまっている。

愛撫を続けるジョシュアの手を好きにさせながら、クライヴは服を脱いだ。


「ベッドに行った方が良さそうだが」
「待てないよ、兄さん」
「だろうな」


くつくつとクライヴが楽しそうに笑う。

ジョシュアの手が下へ下へと向かい、クライヴの窮鼠のあたりを撫でた。
ズボンのウェストの縁を辿るように指を滑らせると、


「ん……、ジョシュ、ア……」


むずがるように名前を呼ぶ声が耳元に聞こえて、ジョシュアは言いようもない興奮を覚える。

クライヴが自らボトムを脱ぎ下ろしていく間に、ジョシュアは彼の頤や首筋に何度もキスをする。
時折舌で皮膚を撫でると、汗ばんだ匂いと味がした。


「兄さん……」
「ん……ジョシュア……」


お互いを呼び合うだけで、体の奥が熱くなる。
それをもっと、深い場所で触れ合いたかった。

裸になったクライヴの秘所に、ついに触れようとしたジョシュアだったが、


「ジョシュア」
「何?兄さん」
「俺からしても良いか」


兄の言葉に、ジョシュアは目を丸くする。
顔を見れば、ほんのりと頬を赤く染めながら、熱を浮かせた瞳とぶつかる。

クライヴはジョシュアの耳元に指を滑らせながら言った。


「今日は疲れているだろう。だから、あとは俺がやろうと思って」
「……してくれるの?」
「人参も頑張ったしな」
「そんな子供みたいな理由で」
「冗談だ」


くつくつと笑うクライヴに、半分は本気だな、とジョシュアは思う。
拗ねた面持ちになる弟に、クライヴは宥めるつもりで頬を撫で、


「少し、お前の手を借りることはあると思うけど。嫌じゃないなら」


ジョシュアは直ぐに首を横に振った。
そんな弟の反応に、クライヴはくすりと笑みを浮かべて、今までのお返しのようにキスをする。

ジョシュアが体を起こすと、二人の間に隙間が出来て、少し寂しさが浮かぶ。
しかしそんなことを気にしていられるのは、一瞬だった。

ソファに座ったジョシュアに、クライヴが跨る形で体を重ねる。
体躯の良い兄の体は中々重い。
クライヴもそれを自覚しているようで、ジョシュアに負担をかけ過ぎないよう、ソファの背凭れに捕まった。

見栄えのする体つきを見せつけるクライヴに、ジョシュアは熱のこもった瞳を細める。


「兄さん。全部見せてくれる?」
「……ああ。お前がそうして欲しいなら」


返事が一拍遅れたのは、捨てきれない理性の所為だ。
それでもジョシュアが望むなら、それに応えてやりたいと、クライヴは思っている。
例えそれが、自分にとってどんなに羞恥心を刺激することでも。

軋む音が続くにつれて、甘露の声も漏れるようになり、思考が浮いて行く。
その様子をひとつでも見逃さないように見つめる瞳に焦がされながら、クライヴは熱を追い続けた。







『攻めを甘やかしたい受』で『ラグスコかクライヴ受』のリクエストを頂きました。
一番受けが攻めを甘やかしたそうなのはジョシュクラだなぁ、と思ってジョシュクラになりました。

現パロで同居してると、この兄弟は際限なくいちゃいちゃしてそうです。
クライヴからすると、仕事場ではともかく、家ではずっと甘やかしてそう。相手が弟なので。
ジョシュアにしても当たり前の特権だと良いなと思いました。

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