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[16/ジョシュクラ]記憶の衣に覗く淵



石の剣によって保護され、隠れ家へと運び込まれた男は、「助けてほしい」と息絶え絶えに言った。

頬に刻印のある、ザンブレク軍の兵装を身に着けたその男は、部隊が魔物に襲われた混乱の中で、本隊から逸れたことから逃げ果せて来たと言う。
深い傷を負っていたのは、魔物に襲われた時と、それから逃げる道程とで、散々な道を取った所為だろう。
崖から滑り落ちて動けなくなっていた所を、魔物討伐の任務の帰りだった石の剣が発見した。
もうあそこには戻りたくない、生きていたい、と微かな意識の中で呟いた男を、同じ人生の沼から救い出された者たちは、直ぐに隠れ家へと連れて帰ることを決めた。

その最中、男は何度も言っていたのだとか。
仲間がいる、友達がいる、ベアラーになる前から親しくしていた者が、同じ部隊に。
救われるのなら、あの泥沼から掬い上げて貰えるのなら、彼も一緒が良い、そうでないと────と涙を浮かべる。
どうやら、男は後天的にベアラーとして見付かったらしく、その時、幸か不幸か、よく一緒に遊んでいた友人も発現したことで、同時期に収容所へと連れて行かれたのだそうだ。
お陰で過酷な訓練、些末な環境の中でも、一人きりではない事が微かな希望となって、二人で生き延びて行くことが出来たと言う。
だから、此処で自分だけが救われるのは可笑しいと、魂の片割れを求めた。

ベアラー兵の扱いと言うのは、何処であれ使い捨ての駒であるから、過酷な任務ばかりだ。
狂暴な魔物と遭遇すれば、正規軍の攻撃を誘発する為の囮として、魔物の餌にならなくてはならない事も多い。
クライヴも十三年と言う月日をそんな環境の中で過ごしていたから、よくよく知っている。

ベアラーを助けることに、異議を唱えるものはない。
だから直ぐに、男からの情報を元に、現地へと向かう部隊が整えられたのだが、問題は件のベアラー兵が所属する部隊が、常にザンブレクの正規軍と共に行動していると言うことだ。
直に向かえば確実に衝突が起こる。
戦闘自体は誰もが視野に入れている話ではあったが、問題は其処に至るまで、どうやって件のベアラー兵とコンタクトを取るかだ。
クライヴたちと戦闘になれば、正規軍はまず間違いなくベアラー兵部隊を先駆けて突撃させるだろうし、下手をすれば肝心の助けるべきベアラー達を殺めてしまう可能性もある。
なんとか策を取って、件のベアラー兵と意思疎通を図るタイミングが必要だった。

────そこで、クライヴを始めとして、石の家から数人、ベアラー兵を装う作戦を取る事にした。

カローンやイサベラの伝手を借り、ザンブレクのベアラー兵が使う兵装を用意する。
クライヴ他数名はこれを身に着け、頬には膠を練り込んだ墨を使って、ベアラーの刻印を描く。
ベアラー、魔法を扱えることを悟らせない為、焼きとった筈の刻印を、偽物とは言えもう一度そこに記すことに、苦みのある表情を浮かべるものは少なくなかった。
もっとも刻印を身近に見ているとして、偽のそれを描く作業を引き受けたタルヤも、なんとも皮肉めいた作戦概要に溜息を漏らしている。

ベアラーであったこと、その為に凄惨な環境にいたことは、隠れ家に住む人々にとって、まだ遠くない記憶であることも多い。
ベアラー兵のふりをすることも、それらしく振舞うことも、進んでやりたいことではないだろう。
それを分かっているから、クライヴ自身がそれを引き取ることにした。

────懐かしいと言えば、懐かしいのかも知れない。
ベアラーとしてザンブレク軍に従事せざるを得なかった、五年前まで身に着けていた、ザンブレク軍のベアラー兵の兵装を身につけながら、クライヴはそんなことを思う。

打った鉄と鎖帷子で固められた兵装は、父から受け継いだ旅装束に比べると、随分と重さがある。
防備に優れたと言えばそうなのかも知れないが、些末な造りであることも確かで、鋭い獣の爪にズタズタにされるのもよくある事だった。
ベアラー兵の装備の支給など、大概は使い回しや下げ物だから、碌に手入れ修繕されていないので、見た目の割りに存外と脆いのである。
ブラックソーンに初めて会った時、装備を見て「酷い様だ」と顔を顰めたのも、さもありなんというものだ。

五年ぶりでも、装備の手順は意外と覚えているもので、クライヴは用意された兵装に手間取ることなく着替えを終えた。
厚みのあるグローブがごわついた感触を訴えて、少しくらいは馴染ませられないかと、右手を握り開きと繰り返す。
手首のベルトを締めれば少しはマシか、と調整を試していると、


「兄さん、入るよ」


コンコン、とノックとともに聞こえた声に、クライヴは「ああ」と答えた

部屋に入って来たのは、ジョシュアとトルガルだ。
トルガルはクライヴの下まで近付いて来ると、しばらくぶりに見る主の様相に首を傾げながら、鼻
を近付ける。
すんすんと他人の色濃い匂いがするであろう兵装の中から、確かにクライヴの匂いがあるのを確認している。

ジョシュアは普段の服装ではなく、カローンとグツから借りた、行商人を真似た格好になっている。
腰には、外に出る際には携帯している剣ではなく、丈夫な革のバッグや麻袋。
眩い蜜色の髪には、生成り色のバンダナを巻いている。

ジョシュアの青い瞳が、彼にとっては初めて見る、兄の姿を認め、


「準備は出来たみたいだね」
「ああ。……今回は留守番だぞ、トルガル」


膝元にすり寄って、匂いを移す仕草をしているトルガルに、クライヴはその頭を撫でながら言った。
トルガルはグゥゥと不満げな声を漏らすが、賢い狼は駄々をこねる事もない。
少し拗ねた様子でデスク下で丸くなるトルガルに、帰ったらおやつだな、とクライヴは思った。

そんなクライヴの横顔を、ジョシュアはじっと見つめている。
そっと伸びたジョシュアの手が、クライヴの左頬に触れた。


「ジョシュア?」
「……」


指先を掠める程度、傷むものに触れるかのような弟の指先。
どうかしたのかとクライヴが声をかけるも、ジョシュアはじっと眇めた両目でクライヴの横顔を見ている。

ジョシュアの指が、つぅ、とクライヴの頬を滑った。
クライヴは、その指が辿っているものが何なのか、はたと思い出して、眉尻を提げてジョシュアの手を取る。


「ジョシュア、墨が落ちる」
「……ああ。ごめん、つい」


咎める兄に、ジョシュアは眉根を寄せながら俯く。

クライヴの頬には、タルヤが墨で書き込んだ、ベアラーの刻印がある。
本来ならば、飛竜草の毒と混ぜたインクで入れ墨として彫り込むが、そんなことをしては二度と取れなくなってしまうし、隠れ家ではそれを除去する手段があるとはいえ、危険を伴う行為だ。
あくまで作戦に必要なだけだから、汗程度では容易く落ちないよう、脂と膠を練り込んだ、落ちにくいインクで描き塗ったに過ぎない。
とは言え皮膚の上に乗っただけのインクだから、強く擦れば落ちてしまう可能性もあるので、出来るだけ触れない方が無難なのだ。

クライヴの頬に昔あった刻印は、この五年間のうちに、取り除いてある。
除去手術の痕が残る頬に、上塗りする形で刻印を描き込んでいるが、多少の歪みはともかく、遠目に見れば偽物とは気付かれないだろう、とガブたちは言っていた。

クライヴはグローブのサイズ調整を終えて、他にも箇所の動き具合を確認する。
元が自分用に誂えたものでもないから、多少の不自由は仕方がないと我慢するしかないだろう。
戦うのに邪魔にはならないようにと意識しながら、一通りの準備を終えた。


「……よし、これで大丈夫だろう。あとは……」


武器は普段使っているものが好ましいが、ベアラー兵があまり上等な武具を持っているのも怪しいか。
ブラックソーンかカローンの所で、適当に何か、なまくらでも良いので誂えさせて貰おうかと考えていると、


「………」


じい、と見つめる強い視線に、クライヴはちらと其方を見遣る。
思った通り、自分と同じ青色の瞳が、つぶさに此方を映していた。

噤んだ唇に指を当てて沈黙しているジョシュアだが、存外とその瞳はお喋りである。
整った眉根が微かに寄せられている所を見るに、考え事をしているのは明らかだったが、それよりも視線が何やら強い。
ひしひしと注がれる熱視線は、何かを言おうとして堪えている、と言う様子に見えた。


「───ジョシュア。何か気になることでもあるのか?」
「え?……あ、いや……」


クライヴが視線に気付いていることに、気付いていなかったのか、そんなことも考えないほどに脳内会議に没頭していたのか。
兄に声をかけられたジョシュアは、しどろもどろとした様子になったが、逆に見つめる側になったクライヴの視線に、気まずそうに俯いて言った。


「……話には、聞いていたんだけど。こうだったのかな、と思って」
「こう?」
「……その……兄さんが、ベアラーだった頃の……」


ジョシュアのその言葉に、クライヴの肩が微かに揺れる。

頬の刻印、ザンブレクのベアラー兵装────確かに、五年前の自分と同じ井出達だ。
自分でもそれは分かっていたことだが、ジョシュアの、他者の口からそれを言われて、改めて記憶の底から感覚が掘り起こされる気がした。

何もかもを喪い、ただ生きて、復讐することだけを唯一の目的にしていた、あの頃。
薄暗い場所で寝起きをし、水鏡に映る頬の刻印を見る度、どうしようもなく自分の無力に打ちひしがれていた。
死の安らぎを受け入れることがなかったのは、終ぞ、運が良かったのだと言う他ない。
訓練とは名ばかりの過酷な日々を過ごし、穴倉の中で幾つも躯が転がって行くのを横目に見ながら、ただ復讐を果たすことだけを糧に、一日一日を生き延びた。
その過程でプライドも尊厳も手放したことを、今更後悔などしてはいないが、


(……“あれ”の代償を知ったのも、この頃だったか)


生き延びる為、その手段の是非を選ぶことも、とうに意味を失くしていた。
どんな屈辱だろうと、生き延びた意味も見いだせず、目的も果たせず死ぬよりは良いと選んだ、泥水の啜り方。
そんな自分を知っている人間は、最早幾らもいないだろうが、何より誰より知っている自分自身だけは、どうやっても切り離せないものらしい。

喉の奥に競りあがる感覚を、静かに飲み下して沈殿に戻す。
意識的にそうしなくてはならない位には、この記憶は深く重く昏いものらしい、と再確認のように自覚する。

────ひた、とクライヴの頬に触れるものがあったのは、その時だ。
はたとクライヴが顔を上げれば、随分と近い距離に、弟の端正な顔がある。


「すまない、兄さん。変な事を言って」
「あ────いや。大丈夫だ、何と言うものじゃない」


ばつの悪い顔をしたジョシュアは、きっと自分の言葉の所為で、クライヴが嫌なことを思い出したと考えているのだろう。
確かにきっかけと言えばそうかも知れないが、クライヴはジョシュアに対して、はっきりと首を横に振った。

だがジョシュアは、クライヴの刻印のある頬に緩く触れながら、痛ましい表情を浮かべて見せる。


「もっと早く、兄さんを見付けられていたら……あんなにも長く、苦しませなくて済んだかも知れないのに」


懺悔に似たジョシュアの言葉に、クライヴはまた首を横に振った。


「その頃、お前は酷い状態だったんだろう。それこそが俺の責任だ。俺自身の事は、お前が気にすることじゃない」
「僕は、ただ寝ているだけしか出来なかったんだ。兄さんが辛い思いをしている間にも。見付けて、助け出して、もっと早く再会できていたら……」


ジョシュアの言葉は、独り言めいている。
既に過ぎてしまった過去の選択に、今更別の可能性を探したところで無意味だと言うことは、彼もよく分かっているだろう。
それでも考えずにはいられない程に、彼にとっては、潜まざるを得なかった二十年近い月日と言うのは、尽きない後悔に抉られずにはいられないのだ。
増してや、その頃のクライヴが、誰の手も届かない泥沼の底にいた事を思えば、尚更。

クライヴは陰の落ちたジョシュアの頬に、そうっと手を伸ばした。
厚みのある革の手袋で覆われた手で触れると、いつもの体温が直に感じられなくて、少しもどかしい。
それでも、触れる感触は伝わっていたから、今此処に弟がいると言うことが、クライヴにとっては何よりの喜びを感じさせた。


「大丈夫だ、ジョシュア。俺は今、此処にいるし、お前も一緒にいる。“あの頃”とは違う」


ザンブレク軍のベアラー兵として生きていた頃。
傷を癒す為に生きていることしか出来なかった頃。
お互いが生きていることすら知らず、憎しみと、悲しみと、後悔だけを抱えていた時間は、もう終わった。

ジョシュアは頬に触れる兄の手に、自分自身の手を重ねた。
鳴れたはずの兄の手が其処にあるのに、いつもと違う感触であることが、どうにも嫌だ。


「……兄さん。少し、これを外しても良い?」


頬に触れる、皮手袋越しの手。
普段の黒の旅装と、ガントレット越しならばさして気にならない筈なのに、今日だけはどうしても駄目だった。

見つめるジョシュアの言葉に、クライヴは頷いて、先ほど締めたばかりの手首を緩める。
グローブを外せば、ジョシュアの見慣れた、消えない小さな傷をあちこちに残した、兄の手のひらがあった。
それがもう一度、自身の頬へと触れてくれるのを確かめて、ジョシュアはほうと息を吐く。


「……ああ。うん。兄さんの体温だ」


呟くジョシュアに、クライヴの唇が緩められる。
頬に触れる体温にジョシュアが安堵する傍ら、クライヴもまた、手のひらに直に触れる弟の体温と言うものに、そこはかとない喜びと愛おしさを感じていた。

ジョシュアの手がもう一度、クライヴの頬に触れる。
両の頬を包んだその手の指先が、クライヴの左頬の刻印を擦るように滑ったが、咎める声はなかった。





鉄拳8×FF16コラボで兄さんが参戦。
これでクライヴのスキンにノーマル、2Pカラー(ノーマル服の色違い)、ベアラー兵装、DLC衣装とあった訳ですが、衣装着替えだけなので、顔は33歳で統一されていた訳ですね。
なので33歳がベアラー兵装を身に着けている訳ですが、なんかそれはそれで良いな……とか思いまして。
どうにかして着せたいのと、昔を思い出してしまう兄と、それを見てもやもやする弟が見てえな~!って思ったのでした。勢い万歳。

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