[絆]フロム・ディア・サンタクロース 1
今日のアルバイトは、夜の料理に使う仕込みを終えた所で、終了になった。
シドと旧知の仲と言うマスターから、良いクリスマス・イヴを、と言う挨拶をされ、レオンも頭を下げて店を出る。
常であればもう二時間はレオンの勤務なのだが、この時期に恋人、家族と共に過ごしたいと願う者がいると同じく、この時期に諸々の資金を貯めたいと言う者も少なくない。
普段は少ない人数で回している落ち着いた雰囲気のカフェバーだが、この時期の客は更に多くなる為、スタッフも増やして対応している。
これにより、アルバイトと言う立場ではあるが、殆ど常勤スタッフとなっているレオンは、逆に休みを貰う事が出来ていた。
クリスマスは家族とゆっくり過ごしなさい、と言うマスターの言葉に甘え、明日もレオンは一日休みとなっている。
明日は店に顔を出さないので、今日の内に渡して置くよと、揚げたチキンを土産に貰った。
先日、マスターの手作りジャムを貰ったばかりとレオンは恐縮したのだが、にこにこと人の好い笑顔に推されて受け取った。
骨にリボンをラッピングし、しっかりクリスマス仕様を施されたチキンは、きっとティーダが喜ぶだろう。
ティーダは基本的に揚げ物や味の濃いものが好きなのだ。
スコールはそれ程でもないのだが、美味そうにティーダが食べている所を見ると、少なからず食欲が刺激されるようで、僕も食べたい、とよく便乗する。
エルオーネは最近カロリーが気になるようだが、美味しいものは我慢したくないタイプだから、マスター手製のチキンと聞けば喜ぶに違いない。
店を後にしたレオンは、寒空に家路を急ぎたい気持ちを一旦抑え、バラムの駅へと向かった。
クレイマー夫妻の下を離れ、バラムで兄姉弟だけで暮らすようになって間もなく、折々に訪れるようなったケーキ屋は、今年も盛況していた。
レオンはしっかり前日の内に予約して置いたクリスマスケーキを受け取り、すっかり暗くなった夜道を家へと向かう。
北から海風が吹き付ける海岸の堤防沿いを歩くと、玄関の明かりがとても暖かく感じられる。
玄関扉を開け、「ただいま」と言って、「お帰り!」と声が帰って来るだけで、幸せだと思えた。
玄関で風で乱れた髪を手櫛で直すレオンに、食卓テーブルで課題を広げていたエルオーネが席を立って駆け寄る。
「お疲れ様、レオン。外、寒かった?」
「ああ。今日は風が強いな。明日の朝も冷えそうだ」
「洗濯物、外に出さない方が良いかなあ」
「それが良い。飛んで行ってしまいそうだし。───ほら、ケーキ、買って来たぞ」
手に持っていたケーキボックスを差し出すと、わあ、とくりくりとした丸い瞳が輝いた。
「ありがとう、レオン。スコール、ティーダ、ケーキだよ」
「ケーキ!」
「ケーキー!」
ソファでテレビを見ていた二人が立ち上がってぴょんぴょんと跳ねる。
わーいわーい、と喜ぶ二人に、まだまだ幼い無邪気さを見て、レオンの頬が綻んだ。
「ケーキ食べたい!」
「はいはい。ちょっと待っててね。レオンは、ご飯だよね」
「ああ。残ってるか?」
「ちゃんとあるよ。ティーダ、レオンのご飯を先に用意するから、ケーキのお皿とか出して置いて」
「はーい!」
「スコールは、レオンのご飯に使うお皿ね」
「はい!」
姉の指示に、ティーダとスコールは元気よく返事をして、ぱたぱたとキッチンに駆けて行く。
食器を落としたりしないようにと注意が飛ぶと、揃って「はーい!」と言う声がした。
「よく手伝ってくれるようになったな」
「うん。色々起きたりもするけどね」
「だろうな。お疲れ様。ああ、これ、マスターから皆で食べなさいって」
「えっ、マスターから?今度何かお礼しなきゃ」
チキンの入った袋を差し出すと、エルオーネは弱りつつも嬉しそうな顔でそれを受け取った。
味が染み込んでて美味しいんだよね、と言う妹に、レオンも頷く。
キッチンから、弟達が姉を呼ぶ声がする。
ご飯の用意するね、と言ってキッチンに向かうエルオーネを見送って、レオンは食卓テーブルへ着いた。
傍の窓辺に、母を映す写真立ての傍ら、小さなクリスマスツリーがぴかぴかと光っているのを見付けて、レオンは目を細めた。
レオンが遅い夕食を食べる隣で、妹弟はケーキに舌鼓を売っている。
15cmのホールケーキで買ったクリスマス仕様のそれは、イチゴをふんだんに乗せ、カットオレンジやブルーベリーもあって、彩華やかだった。
美味しい、と言って嬉しそうにケーキを頬張る弟達に、買って良かった、とレオンはいつも思う。
あっと言う間にティーダが食べ終え、エルオーネも食べ終えて、最後にスコールが食べ切った。
レオンは、美味しかったぁ、と笑うスコールの頭をくしゃくしゃと撫でた。
レオンの夕食終わりを待つような形で、三人はテーブルで他愛もない話をしていた。
今日は何があった、こんな事があった、と方向のように繋がる話を、レオンは時折相槌を打ちながらじっと聞く。
そうしている内に時間は過ぎ、スコールとティーダが風呂に入って出た頃には、時計の針は午後10時を差そうとしていた。
湯冷めしない内に寝ちゃいなさい、と言うエルオーネに、二人は何かを言いたげな顔をしていたが、レオンとテエルオーネは何も聞かなかった。
今日と言う日の事を思えば、二人が遅い時間まで起きていたいと思っている事も感じられるが、レオン達にとっては、寝てくれないと困る。
「スコール、ティーダ。そこで寝ちゃったら風邪ひくよ」
「んぅ……」
急かすように言う姉に、スコールが拗ねた表情を浮かべる。
しょうがないなあ、とエルオーネがもう一度ベッドへ促そうと近付くと、小さな手が姉の手を握る。
「…お姉ちゃ……」
「ん?」
「……んぅ……」
「…うん。ちゃんとお願い、伝えておくから」
「……ぜったい」
「うん。絶対」
小声で交わされる姉弟の会話に、レオンは何の話だろう、と首を傾げる。
何か約束でもしていたのだろうか、とレオンがコーヒーを傾けている間に、スコールの瞼は閉じてしまった。
その傍らでは、ティーダがスコールに寄り掛かった態勢のまま、すうすうと寝息を立てている。
「……やれやれ」
「やっと寝てくれたみたいだな」
「うん。レオン、二人を運んでくれる?私、あれ出して来るから」
「ああ」
言われるまでもない、とレオンはコーヒーカップを置き、ソファへ向かった。
眠る二人を起こさないようにそっと離し、先ずはスコールを抱き上げる。
周りの子供達に比べると小柄で、それをスコールは随分と気にしているようだったが、それでも抱き上げると成長した重みが判る。
もう気軽にだっこは出来ないな、と思いつつ、レオンは二階の寝室へと階段を上った。
スコールをベッドに寝かせ、一階に下りて、今度はティーダを抱き上げる。
揺れが伝わってティーダは少しむずかったが、目を開けることはなかった。
小さく「……とうさ……」と呟いたのが聞こえて、今年は帰って来れなかった彼の父に、止むを得ないとは言え残念に思う。
次は年末年始に帰って来れるかどうか、それはまた彼に連絡してみないと判らなかった。
二人仲良くベッドに寝かせ、半分以上が埋まったベッドを見て、そろそろ三人で眠るのは辛そうだな、と思う。
エルオーネも年頃だし、部屋割りか、せめて彼女専用のベッドがあった方が良いかもしれない、と考えていると、ひょこり、と部屋のドアの隙間から妹が顔を出す。
(寝てる?)
ぱくぱくと口を動かして、エルオーネが音に出さずに確認する。
レオンが頷くと、エルオーネは足音を忍ばせて、部屋の中へと入った。
エルオーネの手には、赤と緑を基調にしたクリスマスカラーのラッピング袋が二つ。
それぞれ『スコールへ』『ティーダへ』とカードが添えられたそれは、今日の為に兄姉が探した弟達へのクリスマスプレゼントだ。
それをいつも通りの格好で持ってきたエルオーネを見て、レオンはくすりと笑う。
「今年はサンタの格好はしないんだな」
「だってもう着れるサイズじゃないんだもん。レオンだって、今年だけで凄く身長伸びてるじゃない。去年着てた服なんて、もう着れないよ」
拗ねた顔をして言ったエルオーネに、成程、とレオンは納得した。
嘗てのレオンの父がそうであったように、エルオーネはクリスマスプレゼントを弟達に贈る時、必ずと言って良いほど今日の為の扮装を用意していた。
枕元にプレゼントを置く時、意外と人の気配に聡い二人が目を覚ました際、夢を壊してしまわないようにと言う気持ちからだ。
しかし、これから二次性徴を迎える弟達は勿論の事、エルオーネも成長期真っ最中で、一ヵ月経っただけでも身長は伸び、一年ともなればその積み重ねは大きい。
レオンも一気に成長する年齢は追えた筈だが、まだ伸びしろがあるようで、服を頻繁に買い替えていた。
そんな訳だから、一年に一回しか着ない服を久しぶりに取り出してみた時、とても着れるサイズではなくなっている事も儘ある事だった。
レオンの頭には、前にジェクトが用意したものもあるじゃないか、と思ったのだが、LLサイズのあれを今のレオンが着ても、袖も裾も余ってなんとも不格好なサンタにしかならないだろう。
こういった理由で、今年のサンタクロースは、お決まりの赤い服はお休みにされた。
となれば、眠る弟達を尚更起こす訳にはいかない。
「じゃあ、こっち、スコールの。お願いね」
「ああ」
小声で会話を遣り取りして、レオンはエルオーネの手からラッピング袋を一つ受け取る。
スコールがサンタクロースに欲しがったのは、外出に使える肩掛けの鞄だった。
今までは幼い頃から持っていたリュックサックを使っていたのだが、長年の愛顧ですっかり草臥れてしまい、背中をカバーする布に穴が開いてしまった。
初めてのお使いにも使った愛着のある物だったので、スコールは乗り換えるのを随分と渋ったが、なんとか納得してくれた。
それからはガーデンに行く時に使う鞄を併用していたが、やはり出掛ける時にはそれ専用のものが欲しいようで、サンタクロースへの手紙に「お出かけ用のカバン」と書いたのである。
エルオーネが持っているティーダへのプレゼントは、これも軽くて上部な靴だ。
ティーダがこれからぐんぐん成長して行く事を踏まえ、少しでも長く使っていられるように、今使っている靴よりもワンサイズ大きいものにして、ある程度紐で調節できるもの。
バラムには余り置いていないものだったので、ジェクトに頼んでザナルカンドで見付けて送って貰った。
手間を取らせて、とエルオーネは言ったが、ジェクトは構わないと言った。
彼にしてみれば、今年は顔を見る為に戻る事も叶わなかった息子への罪滅ぼしの気持ちもあるのだろう。
夢を見させてやってくれ、と言うジェクトに、レオンもエルオーネも勿論と返した。
(それじゃあ)
(起こさないように)
互いに顔を見合わせ、静かに、と釘を差し合って、そっとベッドに近付く。
すうすうと眠る弟達の枕元に、音を立てないように静かに袋を置いた。
ころん、とティーダが寝返りを打っただけで、あとはどちらも深い眠りの中にいるのを見て、よし、と兄姉は安堵する。
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