闇の力のお陰で、様々な世界に渡る事が出来る。
幼馴染の青年は、それを止めはしないものの、この力に深入りする事には顔を顰める。
だが、危険性も何もかも、自分で理解した上で、それでも必要だから使っているのだ。
出来るだけ早く、件の人物を見つけ出す為にも、クラウドは闇の力に頼る事は止められない。
“外の世界”には様々なものがある。
故郷が失われてから十数年の間住んでいた街は、朝や昼と言うものはなく、常夜の空に覆われていた。
他の世界には、決して夜が訪れない場所もあれば、常に太陽が昇ったままの世界もあるらしい。
万年雪に覆われた世界や、もっと深い夜と寄り添う街、更には朝と昼と夜が一ヵ所でくるくると変わる所もあったようだ。
この辺りは、闇の力とはもっと別の───言ってしまえば、あれが本来の方法になるのだろう───やり方で世界を渡り歩く少年から聞いた事だ。
そう言う世界を渡り歩く生活を送っているクラウドは、必然的に、日付感覚と言うものが曖昧になっている。
この世界に来て何日、と言う計算は出来ても、では故郷を経って何日経ったと問われると、答えられない。
世界事に一分が何秒と言う設定が変わる程ではないと思うが、夕焼けの街を発った後、辿り着いたのが朝空の街だったりと言うのは、よくある事だ。
計算をするだけ面倒になるので、考える事を止めたのは、随分前の事である。
それでも、そろそろ帰った方が良いかも知れない、と言う気持ちは湧く。
以前はそれも振り切って方々を歩き回っていたが、故郷が取り戻された今は、折々に顔を見せに行った方が良い、と言う意識は持つようになった。
その都度、復興の人手に狩り出されるのは閉口するが、代わりに美味い食事に在り付けるのだから、文句ばかりが出る事もない。
ついでに、恋人関係となった青年の所に転がり込めば、甘い(と言うには些か砂糖が足りない感は否めないが、お互いに良い年なのだから気にはしない)時間を過ごす事も出来る。
人恋しさに肌を求めるような性格ではなかったが、それらを思えば、定期的に故郷に帰るのも悪くないと思えた。
そんな調子で久しぶりに戻って来た故郷は、夜の時間を迎えていた。
しばらく見ない内に復興が進んだ街並みを、高い場所から見下ろして、凡その時間を図る。
最近は人が増えて来て、住居も整いつつあったが、明かりを灯している家は殆どなかった。
曇り空で月が見えない為、詳しい時間は判らないものの、人々が就寝している時間である事だけは把握する。
(レオンは────まだ起きてるな)
人々が寄り添うように密集している住宅地から、少し離れた場所に、ぽつりと浮かぶ明かり窓。
クラウドは高台から飛び降りて、屋根を飛び伝いに渡り、その家へと近付いた。
狭い通りを挟んだ反対側の家の上から、窓の向こうを覗いてみる。
簡素なアパートに一人暮らしをしている男は、ベッドに座って新聞を手に飲み物を傾けていた。
あのカップの中身がなくなれば、そのまま就寝するのだろう、彼の服装はラフなものになっている。
入るのなら今の内だな、とクラウドは屋根を蹴って飛んだ。
窓を覆う転落防止の小さな柵に足を乗せて着地すると、物音に気付いて、部屋の主────レオンが振り返る。
一枚ガラスの向こうで柵の上にしゃがんでいる金糸の男を見付けると、レオンは判り易く溜息を吐いて、窓の鍵に手を伸ばした。
カチャン、と鍵が外れて、クラウドが窓を開ける。
「ただいま」
「どうしてお前は其処から入って来るんだ」
「表に回るより手っ取り早いからな」
窓の下に置かれたベッドをジャンプで飛び越えて、クラウドはレオンの部屋へと上がり込んだ。
やれやれ、と溜息を吐きながら、レオンは新聞をベッドに置いて腰を上げる。
「もう少し早く帰って来ると思っていたんだが、当てが外れたな。帰らないのかと思った」
レオンはそう言いながら、カップのコーヒーを空にして、キッチンへ向かう。
クラウドは勝手知ったるリビングのソファに座って、「そうなのか?」と首を傾げた。
「俺が帰って来るのを待ってたのか」
「……まあな」
「珍しい。俺に逢いたかったのか」
「逢いたがってるのは俺じゃなくて、ユフィ達だな」
恋人の相変わらずドライな返答に、だろうな、とクラウドは肩を竦めた。
キッチンでカップを洗う音がする傍ら、レオンが訊ねる。
「クラウド。お前、夕飯は食べたのか」
「いいや。夕飯どころか、昼も食った覚えがない」
「ちゃんと食うものは食わないと、身長が伸びないぞ」
「……今更伸びるか」
「20過ぎても伸びる奴は伸びるそうだから、望みはあるんじゃないか?」
「おい。笑ってるだろう、あんた」
慰めのような台詞を言うレオンだったが、声が完全に笑っている。
揶揄っているのが明らかな年上の男に、人のコンプレックスを知ってる癖に、クラウドは顔を顰める。
「冗談だ。だが、食事は大事なエネルギーだぞ。ちゃんと食え」
「食いたいのは山々だが、忙しいからな」
「じゃあ、此処にいる間は好き嫌いせずに食えよ」
そう言って、レオンはキッチンからトレイに乗せた食事を持って来た。
テーブルに置かれた夕食の品は、基本的にバランスを重視しているレオンにしては珍しく、クラウドが好きな肉料理ばかりだ。
どれも確りと仕込みが必要な凝ったものばかりで、作り置きでもなければ、直ぐに出せるようなものでもない。
これは、とクラウドが目を丸くしている間に、レオンはまたキッチンへと引っ込んだ。
好物ばかりの夕飯の上に、まだ何か出てくるとは、いつになく豪華だ。
何か良い事でもあったのか、と思ったクラウドだったが、自分が家に入って来た時のレオンの反応はいつもと変わらないものであったし、特別機嫌が良いと言う訳でもなさそうだった。
珍しい事もあるものだ、と思っていると、電子レンジのタイマーの音が聞こえた。
今度は何だ、と待つクラウドの前に、温め直したグラタンが運ばれる。
「今日は随分豪勢な夕飯だったんだな。ソラでも来たか」
レオン一人では、先ず間違いなく、有り得ない料理のバリエーション。
誰かが遊びに来たとかなら納得が行く、と最初に浮かんだのは、この街を闇の力の手から取り戻してくれた少年だった。
元気で無邪気、きっと食べ盛りであろう彼がいたのなら、彼に甘いレオンが腕を振るうのも判る。
が、レオンは首を横に振り、
「ソラは来たが、直ぐに出て行ったからな。夕飯は一緒じゃなかった」
「…なら、なんでこんなに食い物が多いんだ?あんた一人じゃ食い切れないだろ」
他によく食べる者と言ったら、ユフィが筆頭であるが、彼女も此処までの量は食べ切れまい。
エアリスはそれ程量は食べないし、濃い肉料理よりも、野菜の方が好きだ。
シドは味の濃い炒め物等は好きだが、年になって来たのか、そればかり食べる事も出来ないようだ。
レオン自身はと言うと、成人男性としては少し小食な位で、六皿、七皿と増えて行く食事を、一人で食べられる訳もない。
他にレオンの家に来るような人間はいるだろうか。
首を傾げて考えていると、
「そんな事より、食べなくて良いのか。冷めるぞ」
「……食う」
折角のレオンの手料理だ。
温かい内に食べるのが一番良い、とクラウドは疑問を放って、フォークを手に取った。
真っ先にローストした肉に被り付いたクラウドに、レオンは「野菜も食えよ」とサラダの皿を寄せる。
今日は昼を完全に抜いて過ごしていた所為か、胃袋はすっかり空っぽだ。
空の胃に重いものを入れるのは感心されない事だろうが、クラウドは構わずに料理を平らげて行く。
味までクラウドの好みに合わせてあるので、益々不思議な気分になったが、美味いものはやはり美味いので、有難く頂く事にする。
パンをちぎって、グラタンのチーズを乗せて、口に運ぶ。
チーズの塩気がよく効いていて、これもクラウドの好みだ。
隅から隅まできっちりチーズを取って、パンも欠片も残さずに食べ切った。
「残す位に作ったつもりだったが、足りなかったか」
「いや、十分だ」
積み上げられた空の皿を片付けながら言うレオンに、クラウドは首を横に振る。
確かに、いつもの夕飯よりも遥かに多い量だったので、残る可能性もあっただろう。
が、今日のクラウドは昼食を食べていなかったお陰で、胃袋には収まるスペースしかなかったのだ。
食べ切った後になって、残しておけば明日も食えたのか、と少し勿体ない気分にもなったが、今更である。
美味いものを鱈腹食べられた事を感謝しながら、クラウドは膨らんだ腹を撫でた。
「クラウド。まだ残っているんだが、もう入らないか?」
「まだあるのか?」
「俺が作った訳じゃないが……ユフィとエアリスからな」
「……?」
あまり料理をしない女子二人が、一体何を、と首を傾げるクラウドの前に運ばれて来たのは、直径5センチ程の小さなケーキだった。
可愛らしい皿に乗せられたケーキは、オレンジのムースをベースにしており、デコレーションに輪切りのスライスオレンジが飾られている。
更にホワイトチョコのプレートが乗せられ、『Happy Birthday, Cloud!』の文字。
それを見てようやく、クラウドは今日と言う日を思い出した。
「……俺の誕生日か」
「なんだ、忘れていたのか?」
「忘れてたと言うか、日付感覚がなかった」
クラウドの言葉に、レオンは呆れた、と言う表情を浮かべながら、テーブルにケーキとデザートフォークを置く。
「あんた、俺の誕生日だから、あんなに俺の好物ばかり作ったのか」
「まあ、そんな所だ。ユフィ達にもねだられたし。折角の誕生日なんだから、って。お陰で、お前が帰って来なかったら、俺があれを食べなきゃならなかった」
帰って来てくれて良かった、と心の底から安堵したように、レオンが呟く。
とにかく料理の行方が心配になる所だった、とでも言いたげなレオンだったが、その貌が僅かに赤い事に、彼は気付いているだろうか。
年下の少女達にねだられたからとは言え、あんなにも気合を入れて作ってくれたのだと思うと、クラウドはなんとも面映ゆい気分になる。
が、それを表に出して喜べるほど、クラウドも無邪気ではない。
遅くなって悪かったな、とだけ返して、フォークをケーキに差す。
「そっちのケーキは、ユフィとエアリスから。二人で選んで買って来たんだそうだ。明日、ちゃんと礼を言えよ」
「そうする。……でも、なんで料理もケーキも、あんたの家にあるんだ。料理は判るが、ケーキは……」
ユフィとエアリスが買ったまでは良い。
その後、どうしてレオンの家の冷蔵庫に、このケーキが収められていいたのか────とクラウドが訊ねると、レオンはまた溜息を吐いて、
「お前がいつも真っ先に俺の家に来るからだろう。俺に渡しておけば、今日じゃなくとも、帰って来た時に渡せると」
「……そうか」
「そう言う事だ」
レオンの言葉に、クラウドは納得した。
確かに、寝床を求める意味もあり、恋人との睦言を期待する意味もあり、クラウドはこの世界に帰って来ると、大抵真っ先にレオンを探す。
朝や夜ならレオンの家、昼なら彼が常駐している事が多い城の地下、と言う具合だ。
ユフィ達もそれを判っているから、再建委員会の会議所となっているマーリンの家に置くより、レオンに渡して置くのが確実だと思ったのだろう。
オレンジのムースは、甘さの中にほんのりと酸味が効いていて、クラウドも気に入った。
エアリス達も復興作業で忙しいだろうに、戻って来るかも判らない自分の為に、わざわざ探してくれたのだろう。
レオンの言う通り、明日になったら、きちんと彼女達に礼を言いに行かなければ。
そう考えながらケーキを食べていると、レオンがまたキッチンに行き、程無く戻って来る。
「で、こっちはシドからだ。一応、上等のワインらしいな」
「ワインってのがまたシドらしくないな」
「確かにな。ビールよりは雰囲気があると思ったんだろう」
そう言って、レオンはワインボトルとグラスを置く。
グラスは二本並べられ、レオンの手にはオープナーが握られていた。
「あんたも飲むのか」
「なんだ。駄目か?」
「そう言う訳じゃないが、あんた、酒弱いだろう。明日大丈夫か?」
「明日は休ませて貰う事にした。お前が帰って来たら、どうせ起きれないだろうと思ったしな」
レオンの最後の一言が、酒の耐性とは関係ないものを指している事を、クラウドは直ぐに理解した。
ケーキフォークを噛んだまま、目を丸くしてまじまじと見る碧眼に、レオンはワインを開ける手を止めて口角を上げる。
「プレゼントが夕飯だけじゃ、足りないだろう?」
好物だけで埋め尽くされた、手の込んだ夕飯。
あれを見て、足りない、などと言った日には、ユフィから贅沢者と罵られるに違いない。
それでも、貰えると言うのなら、遠慮なく全部貰うべきだろう。
ワインを開ける恋人の、微かに赤い横顔を見ながら、帰って来て良かった、と思った。
クラウド誕生日おめでとう!と言う事でクラレオ。
うちのレオンは何かとクラウドに塩対応なので、偶には至れり尽くせりを。
次の日、起きれないレオンの代わりに、ちゃんと働きます。
二ヶ月前、アルバイトを始めるからしばらく逢えない、と言われた。
その時思ったのは、逢えなくなる事への寂しさよりも、あの過保護な父がよくアルバイトを許したものだ、と言う驚きだ。
クラウドの恋人であるスコールは、現役の高校生である。
学業が本分と言われる学生の鑑ではないが、彼の一日は殆ど勉強に費やされている事が多い。
こう言う言い方をすると、ガリ勉のような印象になるが、彼の勉強スタイルは非常に効率よく行われている為、自分で設定した一日のノルマをクリアすれば、残りの時間は学生らしくゲームや友人との遊びの時間に使っている。
そんな彼の父親は、息子に非常に甘く、その溺愛ぶりは近所でも評判であった。
勉強に関しては何も心配していないようだが、息子自身の事を非常に気にかけており、中学三年生まで門限が五時であった程だ。
高校生に上がって当分の間は、六時に延ばされたそうだが、今時の学生では碌に遊ぶ時間も作れないようなもので、高校に上がってスコールの交友関係が広がった事───クラウドとも恋人関係になった事───もあり、現在は八時まで延長されている。
そんな父親であるから、スコールがアルバイトをしたいと言っても、中々許しては貰えなかった。
元より、スコールの小遣いは非常に潤沢な数字で渡されており、スコールもそれを無駄遣いするような遊び方はしないので、遊ぶ金欲しさにアルバイトを申し出た事はない。
スコールとしては、余りに過保護な父への反発心もあり、自分の可能性を試してみたいと言う思春期特有の一種向う見ずな心の働きもあり、アルバイトをしてみたい、と言ったのだ。
その都度、父は息子の帰りが遅くなる事を仕切りに心配して反対していたのだが、高校二年生の春を過ぎて、ようやく許可が下りた……と言うよりも、許可をもぎ取ったとのこと。
アルバイトを始めると、途端に自由な時間が減る事は、苦学生だったクラウドもよく知っている。
現在は社会人であるクラウドも、金はあるが時間がない、と言う環境だ。
其処に来て、割と時間の自由の利く筈だった恋人がアルバイトを始めるとなると、必然的に逢瀬のタイミングは減る。
一応、クラウドの仕事の時間と、スコールのアルバイトの時間を擦り合わせ、逢える時間を作ってはいるが、アルバイトを始めた時期が時期であった事もあり、更にテスト期間まで重なって、週に一度でも逢えれば良い方、と言う状況になってしまった。
そうなる事はクラウドも直ぐに予想が出来たので、スコールがアルバイトを始める事には苦い表情を浮かべてしまったが、それも直ぐに飲み込んだ。
以前から過保護な父にアルバイトの件で衝突していた事を聞いていたクラウドは、スコールが念願叶った事を挫く気にはなれなかった。
スコールがアルバイトを始めたのは、5月の終わり。
クラスメイトのヴァンの紹介で、週に四回、駅前の大きな本屋で働き始め、要領の良い彼は直ぐに仕事を覚えた。
客対応はどうしても苦手なので、声をかけられると仏頂面が出てしまうが、頼まれた本を探したり、リストアップしたりと言う作業は早い。
二週間もする頃には、客対応の主な部分は人懐こいヴァンが引き受け、彼が苦手としていた本の整理や在庫の確認をメインに行うようになった。
そうしてスコールがアルバイトを始めてから二ヶ月────世間は夏休みへと突入した。
休みを謳歌する子供や学生とは裏腹に、そんな有難いものとは縁のない大人であるクラウドだが、恋人の休みが増えるとなれば、やはり気持ちも上を向く。
学生を夜の街に連れ出すのは気が引ける為、激減していた逢瀬の時間が増やせると思ったのだ。
しかし、クラウドの期待に反し、スコールと逢える時間が増える事はなかった。
休み前は、学校生活から放課後にアルバイト、と言うサイクルだったスコールの生活サイクルが、午前中は勉強、午後半日をアルバイト、と言うサイクルに変わったからだ。
おまけに週四日だったアルバイトの時間を、週五日に増やしている。
一週間の内、残りの二日にクラウドの休みが重なれば良かったのだが、クラウドの運が悪いのか、これも悉く当てが外れたのであった。
────そんな調子で、逢えそうで逢えない日々を過ごして、ようやく時間が取れた時の喜びと言ったら。
メールで「明日、あんたの家に行って良いか」と言う文章を受け取った時は、思わずガッツポーズをした程だ。
喜びのあまり、迎えに行こうか、と返信すると、「自分で行くから良い」と返された。
久しぶりに恋人をバイクに乗せて一緒に走りたかったのだが、そんな事はまたの機会でも十分だ。
待ってる、とメールを送ると、「二時頃に行く」と返事が着いた。
それから約十二時間、クラウドはそわそわとした気持ちで一人過ごしていた。
今日が仕事休みで本当に良かった、と心から思う。
(前にスコールが家に来たのは……二ヶ月前か。バイトを始める前だな)
元々、スコールがクラウドの家に来る事は少ない。
逢瀬の時間が基本的に彼の放課後に限定される事もあり、デートと言ったら、スコールを学校から家まで送り届ける時が殆どであった。
それも彼の友人に先約があったりするので、毎回クラウドを優先させる訳ではない。
クラウドは一物の寂しさはあったが、学生時代は自分も通った道であったし、今でもザックスに誘われて遊びに行く事はある。
友人関係は大事にするべきものだから、クラウドも───気持ちがないと言えば嘘であるが───独占欲は引っ込めていた。
クラウドの休みが土日と被れば、一日を共に過ごす事もあるが、その時はクラウドのバイクでツーリングしたり、街をぶらぶらと歩いたり、と言う具合だ。
スコールの家には過保護な父がいて、クラウドも彼の眼が気になるし、スコールはスコールで思春期特有のもので過干渉な父が鬱陶しく思えるらしい。
休日デートの後にクラウドの家に呼ぶ事も出来るが、やはり相手は学生だから、迂闊に外泊させる訳にも行かず。
そんな二人のデート生活を聞いたザックスは、「健全だなあ」と苦笑いしていたものだった。
それでも、ごく偶にではあるが、スコールがクラウドの家に泊まる事もある。
その日は決まって父が仕事で出張している時で、彼が家に一人で残っている時だった。
周りの目を気にしなくて良いので、スコールも遠慮なくクラウドの家に来れるのだろう。
(週一で掃除をして置いて良かった。汚い所にスコールを入れる訳にも行かないし)
スコールが家に来るようになってから、クラウドは出来るだけ部屋を綺麗に保っている。
毎日掃除をする程ではないが、ゴミを溜め込む事も減ったし、布団も定期的に日干ししていた。
早朝の内に、今日の分のゴミを捨て、少し掃除機をかければ、十分だ。
午前中の内にそれをさくさくと済ませた当たり、自分は浮かれているのだろうな、とクラウドは自己分析する。
現金な自分に呆れつつも、久しぶりに恋人と逢うのだから、これ位張り切るのは当然だろうとも思う。
クラウドはキッチン上の棚を開けて、ココアの粉を取り出した。
大人びた風貌の所為か、よく逆だと勘違いされるが、スコールは甘いものが好きだ。
このココアパウダーは、スコールの為にクラウドが常備するようになったものだった。
外は今日も暑いから、来たら直ぐに入れてやろうと、キッチン台にそれを出した所で、玄関の呼び鈴が鳴る。
「───よく来たな、スコール」
「……ん」
濃茶色の髪と蒼灰色の瞳。
薄手の長袖のシャツと、タイトなデニムジーンズと言うスタイルに、シンプルな黒の鞄を肩にかけて、久しぶりに来訪した恋人に、クラウドは頬が緩むのを抑えられなかった。
入るように促すと、きちんと「お邪魔します…」と言って、スコールが玄関を上がる。
「暑かっただろう。ココア飲むか?」
「……飲む」
シャツの隙間から覗くスコールの白い肌は、真っ赤になって汗の粒を浮かせている。
子供の頃から殆ど日焼けが出来ず、長時間日に当たると炎症を起こしてしまうので、後で冷やしたタオルを渡した方が良いだろう。
スコールがクーラーの効いているリビングに入った後、クラウドは早速ココアパウダーの袋を開けた。
グラスに粉を入れ、ポットから少量の湯で粉を溶かし切った後、牛乳を入れる。
白と茶色がすっかり混じってから、氷を入れて、マドラーで一掻き。
それから風呂場に行って、適当にタオルを捉まえ、水に浸してしっかりと搾った。
グラスとタオルを手にリビングに入ると、スコールはクーラーの冷風が当たる場所に座り込んでいる。
「スコール。ほら、タオル」
「……ありがとう」
「ココアも置いておくぞ」
タオルを手渡し、ローテーブルにココアのグラスを置く。
スコールは冷たいタオルに顔を押し付けて、噴き出す汗を抑えてから、赤くなった首や腕を冷やした。
少し清々しい顔になった所で、クラウドがタオルを受け取り、スコールはココアに手を伸ばす。
桜色の唇がグラスに触れ、カラン、と氷が音を鳴らした。
「ん……冷たい」
「俺も少し貰って良いか」
「ああ」
差し出されたグラスを受け取ったクラウドだったが、口は付けない。
ずい、と更に近付いて来たクラウドに、スコールがきょとんと目を丸くして、反射的に頭を逃がす。
クラウドは素早くスコールの後頭部に手を添えて、逃げ道を塞いで、唇をスコールのそれに押し当てた。
「んぅ……っ!?」
予想していなかったのだろう、スコールが零れんばかりに目を瞠った。
ばたばたと逃げようとするスコールだったが、クラウドの手は離れない。
クラウドはグラスをテーブルに置いて、空いた手でスコールの腰を抱き寄せた。
外を歩いて来た所為だろう、スコールの体は記憶にあるものよりも随分と熱い。
タオルで冷やしても、まだまだ内側の熱が冷めていないようだった。
それを宥めるように、逆に煽るように、クラウドの手がスコールの赤らんだ頬を撫でる。
ぞくりとしたものがスコールの背を走って、細い肩が震えたのが判った。
甘いココアの味を残す唇をじっくりと堪能して、クラウドはゆっくりとスコールを解放した。
はあっ、とスコールの濡れた唇から、艶を孕んだ呼吸が零れ、クラウドの体に血が集まる。
そんなクラウドを、蒼灰色がじろりと睨んだ。
「あんた、いきなりするの止めろ…っ!」
「…すまん。久しぶりだったから、つい、な」
夏の気温の所為だけではない火照りを、手で隠しながら睨むスコール。
恥ずかしがり屋な年下の恋人に、クラウドは愛しさを感じながら、悪かった、と詫びた。
スコールは拗ねた顔でココアを取って、ごくごくと飲んで行く。
赤くなった顔を誤魔化そうとしているのだろうが、単純な体温の上昇とは違う赤みは、中々引いてくれない。
いつもは少しずつ飲んで行くココアを、あっと言う間に半分まで消費するスコールを見て、少しがっつき過ぎたか、とクラウドは改めて反省した。
それから、いつもの確認事項について思い出す。
「それで、今日は何時までいられるんだ?」
来た傍から帰りの話は野暮とは思うが、クラウドはいつも忘れず聞くようにしていた。
家事が全く出来ない父に代わり、スコールも夕飯の準備をしなくてはならないので、そこそこの時間には家の近所までバイクで送るようにしているのだ。
が、スコールはグラスから口を放すと、クラウドを見ないまま、
「……今日は、帰らなくて良い」
スコールのその言葉を聞いて、今度はクラウドが目を瞠る。
帰らなくて良いと言う事は、クラウドの家に泊まると言う事。
クラウドは、赤い顔を隠すように目を逸らすスコールの横顔を、まじまじと見つめた。
「良いのか?ラグナは───」
「……出張。明後日まで帰らない」
「アルバイトも……」
「…昨日で終わった」
スコールの答えに、「終わった?」とクラウドは鸚鵡返しをした。
夏休みの真っ最中となれば、学生も今の内に稼いで置きたい所ではないだろうか。
店も殆どが書入れ時だし、本屋も夏休み中に色々なフェアを企画したり、特別編集の新刊や雑誌が発行されるので、人手は欲しい筈。
スコールのような有能なアルバイトなら、店側も是非続けて欲しい、と言いそうだ。
スコールも父の反対を押し切ってようやく漕ぎ着けたものであったし、職場の愚痴もあまり聞かなかった───逢える時間が少なかったのもあるが───ので、案外と水が合っていたのだろうと思っていただけに、すっぱりと「終わった」と言うスコールにクラウドは驚いた。
どうして、と言いたげに見詰める碧眼に、スコールは眉根を寄せたまま答える。
「元々、昨日までって話だった」
「そうだったのか?」
「ヴァンにもそのつもりで紹介して貰った。夏休みの間、ヘルプで呼ばれる事はあるかも知れないけど、毎日仕事に入るのは昨日までだ」
言いながら、スコールはローテーブルの横に置いていた鞄を手繰り寄せた。
お気に入りのブランドロゴが入った鞄を開け、中から取り出したものを、クラウドの前に差し出す。
「……これ、」
「……?」
「……あんたに」
差し出されたのは、四角の黒い小さな箱。
銀色の無地のリボンを結び付け、シンプルな飾り付けにしたその端に、『Happy Birthday』と印字された金縁のシール。
────そう言えば、そうだった。
今日が自分の誕生日である事を、クラウドは今初めて思い出した。
毎日のようにカレンダーや携帯電話の日付を見ていたのに、全く頭から抜け落ちていたようだ。
それから、箱の隅に記されたブランドロゴが、自分のお気に入りのアクセサリーブランドである事に気付く。
その店は、他のブランドアクセサリーに比べれば比較的優しい値段であるが、それでも学生が容易く買える値段とは違う。
次いで、スコールが二ヶ月前に始めたアルバイトを「昨日で止めた」と言う情報が繋がって、つまりそれは、とクラウドの頭の中で図式が組み上がって行く。
「……スコール、」
「……早く取れ」
余計な事を聞くな、と言わんばかりに、スコールは箱を突き付けて来た。
耳まで真っ赤になった顔を、明後日の方向へ向けて。
此処まで頑張っても、最後の最後で素直になれない恋人に、クラウドの頬が緩む。
緊張か、恥ずかしさがピークになったのか、微かに震える手を握って、クラウドは小さな箱を受け取った。
「開けても良いか」
「……ん」
相変わらず此方を見ないまま、スコールは頷いた。
リボンを解いて箱の蓋を開けると、狼の牙をモチーフにしたピアスが収められている。
牙の根本には蒼色の小さな石が埋め込まれており、光に反射してきらきらと光っている。
二人でアクセサリーの雑誌を見ていた時、良いな、とクラウドが呟いたものだった。
あの時、クラウドは独り言で呟いただけだったが、スコールはそれを覚えていたのだろう。
このブランドの直営店は、クラウドの家から最寄にある駅ビルに入っている。
だからスコールは、迎えに行くと言うクラウドの申し出を断り、自分で歩いて行くと言ったのだろう。
昨日終えたばかり、そしてきっと手に入れたばかりであろうアルバイト代を手に、ショップに立ち寄ってピアスを買い、その足でクラウドの下へ来てくれたのだ。
「ありがとう、スコール。大事にする」
「………うん」
クラウドの言葉に、スコールはもう一度、小さく頷いた。
自分の顔が赤い事に自覚があるのか、彼は決して此方を見ようとはしない。
髪の隙間から赤い耳が覗いているし、首まで赤いので、結局は何もかも見られているのだが。
そんな恋人の姿も可愛らしかったが、やはりこっちを見て欲しい。
クラウドはピアスの箱に蓋をして、ローテーブルに置き、そっぽを向いているスコールの頭を撫でた。
びくっ、と大袈裟な反応を見せる少年に笑みを殺しながら、肩を抱いて振り向かせる。
スコールは振り向く事には抵抗しなかったが、クラウドの顔が見られないようで、真っ赤な顔を斜め下へと向けていた。
「スコール」
「……」
「折角だから、もう一つ欲しいものがあるんだが、良いか?」
囁く声に、スコールの顔が益々赤くなって行く。
なんで聞くんだ、と言わんばかりに蒼灰色が睨んだが、クラウドは笑みを浮かべてそれを受け止めるのみ。
スコールは右へ左へ視線を泳がせた後、ぎゅうっと目を閉じた。
恥ずかしさを精一杯堪える顔で、目を閉じて顔を上向かせるスコール。
差し出された唇に、クラウドはそっと自分の唇を重ねたのだった。
クラウド誕生日おめでとう!
スコールが自分でお金を溜めて、自分で用意したプレゼント。
それだけでもクラウドには十分嬉しいけど、更に欲張ったり。それも確信犯で。ズルい←