[クラレオ]いつもと違う日
闇の力のお陰で、様々な世界に渡る事が出来る。
幼馴染の青年は、それを止めはしないものの、この力に深入りする事には顔を顰める。
だが、危険性も何もかも、自分で理解した上で、それでも必要だから使っているのだ。
出来るだけ早く、件の人物を見つけ出す為にも、クラウドは闇の力に頼る事は止められない。
“外の世界”には様々なものがある。
故郷が失われてから十数年の間住んでいた街は、朝や昼と言うものはなく、常夜の空に覆われていた。
他の世界には、決して夜が訪れない場所もあれば、常に太陽が昇ったままの世界もあるらしい。
万年雪に覆われた世界や、もっと深い夜と寄り添う街、更には朝と昼と夜が一ヵ所でくるくると変わる所もあったようだ。
この辺りは、闇の力とはもっと別の───言ってしまえば、あれが本来の方法になるのだろう───やり方で世界を渡り歩く少年から聞いた事だ。
そう言う世界を渡り歩く生活を送っているクラウドは、必然的に、日付感覚と言うものが曖昧になっている。
この世界に来て何日、と言う計算は出来ても、では故郷を経って何日経ったと問われると、答えられない。
世界事に一分が何秒と言う設定が変わる程ではないと思うが、夕焼けの街を発った後、辿り着いたのが朝空の街だったりと言うのは、よくある事だ。
計算をするだけ面倒になるので、考える事を止めたのは、随分前の事である。
それでも、そろそろ帰った方が良いかも知れない、と言う気持ちは湧く。
以前はそれも振り切って方々を歩き回っていたが、故郷が取り戻された今は、折々に顔を見せに行った方が良い、と言う意識は持つようになった。
その都度、復興の人手に狩り出されるのは閉口するが、代わりに美味い食事に在り付けるのだから、文句ばかりが出る事もない。
ついでに、恋人関係となった青年の所に転がり込めば、甘い(と言うには些か砂糖が足りない感は否めないが、お互いに良い年なのだから気にはしない)時間を過ごす事も出来る。
人恋しさに肌を求めるような性格ではなかったが、それらを思えば、定期的に故郷に帰るのも悪くないと思えた。
そんな調子で久しぶりに戻って来た故郷は、夜の時間を迎えていた。
しばらく見ない内に復興が進んだ街並みを、高い場所から見下ろして、凡その時間を図る。
最近は人が増えて来て、住居も整いつつあったが、明かりを灯している家は殆どなかった。
曇り空で月が見えない為、詳しい時間は判らないものの、人々が就寝している時間である事だけは把握する。
(レオンは────まだ起きてるな)
人々が寄り添うように密集している住宅地から、少し離れた場所に、ぽつりと浮かぶ明かり窓。
クラウドは高台から飛び降りて、屋根を飛び伝いに渡り、その家へと近付いた。
狭い通りを挟んだ反対側の家の上から、窓の向こうを覗いてみる。
簡素なアパートに一人暮らしをしている男は、ベッドに座って新聞を手に飲み物を傾けていた。
あのカップの中身がなくなれば、そのまま就寝するのだろう、彼の服装はラフなものになっている。
入るのなら今の内だな、とクラウドは屋根を蹴って飛んだ。
窓を覆う転落防止の小さな柵に足を乗せて着地すると、物音に気付いて、部屋の主────レオンが振り返る。
一枚ガラスの向こうで柵の上にしゃがんでいる金糸の男を見付けると、レオンは判り易く溜息を吐いて、窓の鍵に手を伸ばした。
カチャン、と鍵が外れて、クラウドが窓を開ける。
「ただいま」
「どうしてお前は其処から入って来るんだ」
「表に回るより手っ取り早いからな」
窓の下に置かれたベッドをジャンプで飛び越えて、クラウドはレオンの部屋へと上がり込んだ。
やれやれ、と溜息を吐きながら、レオンは新聞をベッドに置いて腰を上げる。
「もう少し早く帰って来ると思っていたんだが、当てが外れたな。帰らないのかと思った」
レオンはそう言いながら、カップのコーヒーを空にして、キッチンへ向かう。
クラウドは勝手知ったるリビングのソファに座って、「そうなのか?」と首を傾げた。
「俺が帰って来るのを待ってたのか」
「……まあな」
「珍しい。俺に逢いたかったのか」
「逢いたがってるのは俺じゃなくて、ユフィ達だな」
恋人の相変わらずドライな返答に、だろうな、とクラウドは肩を竦めた。
キッチンでカップを洗う音がする傍ら、レオンが訊ねる。
「クラウド。お前、夕飯は食べたのか」
「いいや。夕飯どころか、昼も食った覚えがない」
「ちゃんと食うものは食わないと、身長が伸びないぞ」
「……今更伸びるか」
「20過ぎても伸びる奴は伸びるそうだから、望みはあるんじゃないか?」
「おい。笑ってるだろう、あんた」
慰めのような台詞を言うレオンだったが、声が完全に笑っている。
揶揄っているのが明らかな年上の男に、人のコンプレックスを知ってる癖に、クラウドは顔を顰める。
「冗談だ。だが、食事は大事なエネルギーだぞ。ちゃんと食え」
「食いたいのは山々だが、忙しいからな」
「じゃあ、此処にいる間は好き嫌いせずに食えよ」
そう言って、レオンはキッチンからトレイに乗せた食事を持って来た。
テーブルに置かれた夕食の品は、基本的にバランスを重視しているレオンにしては珍しく、クラウドが好きな肉料理ばかりだ。
どれも確りと仕込みが必要な凝ったものばかりで、作り置きでもなければ、直ぐに出せるようなものでもない。
これは、とクラウドが目を丸くしている間に、レオンはまたキッチンへと引っ込んだ。
好物ばかりの夕飯の上に、まだ何か出てくるとは、いつになく豪華だ。
何か良い事でもあったのか、と思ったクラウドだったが、自分が家に入って来た時のレオンの反応はいつもと変わらないものであったし、特別機嫌が良いと言う訳でもなさそうだった。
珍しい事もあるものだ、と思っていると、電子レンジのタイマーの音が聞こえた。
今度は何だ、と待つクラウドの前に、温め直したグラタンが運ばれる。
「今日は随分豪勢な夕飯だったんだな。ソラでも来たか」
レオン一人では、先ず間違いなく、有り得ない料理のバリエーション。
誰かが遊びに来たとかなら納得が行く、と最初に浮かんだのは、この街を闇の力の手から取り戻してくれた少年だった。
元気で無邪気、きっと食べ盛りであろう彼がいたのなら、彼に甘いレオンが腕を振るうのも判る。
が、レオンは首を横に振り、
「ソラは来たが、直ぐに出て行ったからな。夕飯は一緒じゃなかった」
「…なら、なんでこんなに食い物が多いんだ?あんた一人じゃ食い切れないだろ」
他によく食べる者と言ったら、ユフィが筆頭であるが、彼女も此処までの量は食べ切れまい。
エアリスはそれ程量は食べないし、濃い肉料理よりも、野菜の方が好きだ。
シドは味の濃い炒め物等は好きだが、年になって来たのか、そればかり食べる事も出来ないようだ。
レオン自身はと言うと、成人男性としては少し小食な位で、六皿、七皿と増えて行く食事を、一人で食べられる訳もない。
他にレオンの家に来るような人間はいるだろうか。
首を傾げて考えていると、
「そんな事より、食べなくて良いのか。冷めるぞ」
「……食う」
折角のレオンの手料理だ。
温かい内に食べるのが一番良い、とクラウドは疑問を放って、フォークを手に取った。
真っ先にローストした肉に被り付いたクラウドに、レオンは「野菜も食えよ」とサラダの皿を寄せる。
今日は昼を完全に抜いて過ごしていた所為か、胃袋はすっかり空っぽだ。
空の胃に重いものを入れるのは感心されない事だろうが、クラウドは構わずに料理を平らげて行く。
味までクラウドの好みに合わせてあるので、益々不思議な気分になったが、美味いものはやはり美味いので、有難く頂く事にする。
パンをちぎって、グラタンのチーズを乗せて、口に運ぶ。
チーズの塩気がよく効いていて、これもクラウドの好みだ。
隅から隅まできっちりチーズを取って、パンも欠片も残さずに食べ切った。
「残す位に作ったつもりだったが、足りなかったか」
「いや、十分だ」
積み上げられた空の皿を片付けながら言うレオンに、クラウドは首を横に振る。
確かに、いつもの夕飯よりも遥かに多い量だったので、残る可能性もあっただろう。
が、今日のクラウドは昼食を食べていなかったお陰で、胃袋には収まるスペースしかなかったのだ。
食べ切った後になって、残しておけば明日も食えたのか、と少し勿体ない気分にもなったが、今更である。
美味いものを鱈腹食べられた事を感謝しながら、クラウドは膨らんだ腹を撫でた。
「クラウド。まだ残っているんだが、もう入らないか?」
「まだあるのか?」
「俺が作った訳じゃないが……ユフィとエアリスからな」
「……?」
あまり料理をしない女子二人が、一体何を、と首を傾げるクラウドの前に運ばれて来たのは、直径5センチ程の小さなケーキだった。
可愛らしい皿に乗せられたケーキは、オレンジのムースをベースにしており、デコレーションに輪切りのスライスオレンジが飾られている。
更にホワイトチョコのプレートが乗せられ、『Happy Birthday, Cloud!』の文字。
それを見てようやく、クラウドは今日と言う日を思い出した。
「……俺の誕生日か」
「なんだ、忘れていたのか?」
「忘れてたと言うか、日付感覚がなかった」
クラウドの言葉に、レオンは呆れた、と言う表情を浮かべながら、テーブルにケーキとデザートフォークを置く。
「あんた、俺の誕生日だから、あんなに俺の好物ばかり作ったのか」
「まあ、そんな所だ。ユフィ達にもねだられたし。折角の誕生日なんだから、って。お陰で、お前が帰って来なかったら、俺があれを食べなきゃならなかった」
帰って来てくれて良かった、と心の底から安堵したように、レオンが呟く。
とにかく料理の行方が心配になる所だった、とでも言いたげなレオンだったが、その貌が僅かに赤い事に、彼は気付いているだろうか。
年下の少女達にねだられたからとは言え、あんなにも気合を入れて作ってくれたのだと思うと、クラウドはなんとも面映ゆい気分になる。
が、それを表に出して喜べるほど、クラウドも無邪気ではない。
遅くなって悪かったな、とだけ返して、フォークをケーキに差す。
「そっちのケーキは、ユフィとエアリスから。二人で選んで買って来たんだそうだ。明日、ちゃんと礼を言えよ」
「そうする。……でも、なんで料理もケーキも、あんたの家にあるんだ。料理は判るが、ケーキは……」
ユフィとエアリスが買ったまでは良い。
その後、どうしてレオンの家の冷蔵庫に、このケーキが収められていいたのか────とクラウドが訊ねると、レオンはまた溜息を吐いて、
「お前がいつも真っ先に俺の家に来るからだろう。俺に渡しておけば、今日じゃなくとも、帰って来た時に渡せると」
「……そうか」
「そう言う事だ」
レオンの言葉に、クラウドは納得した。
確かに、寝床を求める意味もあり、恋人との睦言を期待する意味もあり、クラウドはこの世界に帰って来ると、大抵真っ先にレオンを探す。
朝や夜ならレオンの家、昼なら彼が常駐している事が多い城の地下、と言う具合だ。
ユフィ達もそれを判っているから、再建委員会の会議所となっているマーリンの家に置くより、レオンに渡して置くのが確実だと思ったのだろう。
オレンジのムースは、甘さの中にほんのりと酸味が効いていて、クラウドも気に入った。
エアリス達も復興作業で忙しいだろうに、戻って来るかも判らない自分の為に、わざわざ探してくれたのだろう。
レオンの言う通り、明日になったら、きちんと彼女達に礼を言いに行かなければ。
そう考えながらケーキを食べていると、レオンがまたキッチンに行き、程無く戻って来る。
「で、こっちはシドからだ。一応、上等のワインらしいな」
「ワインってのがまたシドらしくないな」
「確かにな。ビールよりは雰囲気があると思ったんだろう」
そう言って、レオンはワインボトルとグラスを置く。
グラスは二本並べられ、レオンの手にはオープナーが握られていた。
「あんたも飲むのか」
「なんだ。駄目か?」
「そう言う訳じゃないが、あんた、酒弱いだろう。明日大丈夫か?」
「明日は休ませて貰う事にした。お前が帰って来たら、どうせ起きれないだろうと思ったしな」
レオンの最後の一言が、酒の耐性とは関係ないものを指している事を、クラウドは直ぐに理解した。
ケーキフォークを噛んだまま、目を丸くしてまじまじと見る碧眼に、レオンはワインを開ける手を止めて口角を上げる。
「プレゼントが夕飯だけじゃ、足りないだろう?」
好物だけで埋め尽くされた、手の込んだ夕飯。
あれを見て、足りない、などと言った日には、ユフィから贅沢者と罵られるに違いない。
それでも、貰えると言うのなら、遠慮なく全部貰うべきだろう。
ワインを開ける恋人の、微かに赤い横顔を見ながら、帰って来て良かった、と思った。
クラウド誕生日おめでとう!と言う事でクラレオ。
うちのレオンは何かとクラウドに塩対応なので、偶には至れり尽くせりを。
次の日、起きれないレオンの代わりに、ちゃんと働きます。